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2026/09/30

くまモン800系

2026年9月30日


Img_15081a この春から九州新幹線で、くまモンラッピングの800系が走っているのは知っていたのですが、熊本地震その他でなかなか行けずにいました。そろそろ現地も落ち着いただろうと思い、10月中旬に熊本に行く予定でした。ところがこの800系、走るのは10月中旬までとか。急遽久留米まで、日帰りで撮りに行ってきました。

 

行きはみずほ、帰りはさくらだったのですが、どちらもほぼ満席。見たところ観光客ではなく、ビジネス客です。

 

博多では端のホームに止まるので反対側からは狙えず、来る目で待ちました。そこで取ったのが紺写真ですが、九州新幹線区間は山陽新幹線区間T比べると、安普請というか、全体的にケチった設計になっていますね。ホームの幅は狭く、通過線がない上に線路中心間隔も狭く、対向線路でも距離が取れません。おまけにホームドアがびっしりなので、撮影場所も限られます。、各車両を横から撮りたかったのですが、カメラ純正装備のAPS-Cの18mmでは無理でした。


Img_15251a 一応撮れたから良しとしましょう。

2026/09/28

スマホの機種変更

2026年9月28日

小生は東京方面へ新幹線で行くときにはEX予約で予約を取っていますが、乗るときには乗車券が割引乗車券のため、紙のe特急券を使っています。このe特急券、来年には廃止されるそうで 障害者手帳を登録しておけば、EX-ICで障害者割引乗車券+特急券として使えるようになったようです。EX-ICで乗ると東京都区内ではなく東京駅までになりますが、まあ今のうちにと思って、障害者手帳を登録することにしました。

これがパソコンでは登録できないようで、スマホのアプリからになります。アプリを起動したら、「アップデートを行ってください」とでました。アップデートはPLAYSTOPREからで、STOREでダウンロードしようとしたら、「このアプリはお使いのデバイスには対応しなくなりました」とでました。どうやら小生のスマホはOSが古く、対応しなくなったようです。調べてみたら小生のスマホはアンドロイド10で、現在の最新バージョンは16ですね。このスマホ、使い出してからそんなに経ってないと思っていましたが、そんなに経ったかなあ。

マイナポータルも同じような表示が出たので、スマホの機種変更をしようと思い立ち、来店予約を入れて○オンモール内のUQショップに行ってみました。小生は通話無しのデータ通信のみの契約ですが、今はそういうものはなくなっており、調べてもらったところ機種変更自体も不可で、新規契約になるそうです。一時的に2台持ちになり、完全のアプリやらデータが移行した後、古い方を解約ですね。

機種の方は、今使っているのはソニーのXperiaです。これは音楽データをアンドロイドウォークマンから移行するのに、ソニーのもの方が良かろうと思ってソニーにしたのですが、スマホになったら特にこだわることはなかったですね。そこで新しい機種はXperiaか、シャープのAQUOSにしようと思っていました。ところが係員さんが言うには、ソニーやシャープの端末はネット売りだけになっている。中級機で在庫があるのはGoogle Pixelだけ、と言います。仕方ないのでそれで契約しようとしましたが、明日から特別セールがあるとかで、仮注文だけして、本契約は明後日することにしました。

そして明後日の来店予約だけやって店を出て、薬屋に寄ろうと3階に上がったら、目の前にAU/UQのショップがあり、覗いてみたらAQUOSがぶら下がっています。聞いてみたら在庫もあるとのこと。小生としてはGoogle PixelよりAQUOSの方が良いので、さきほどのUQショップに戻ってキャンセルしていいか聞きました。そうしたら、AQUOSを取り寄せるからここで契約できる、と言います。何が何やらわかりませんが、ともかく明後日です。

データ移行は、大変そう。3回分くらいの「顛末記」が書けそうだな。

2026/09/26

住民票コード

2026年9月26日

カミさんが書類の整理をしていたら、底の方から「住民票コード通知表」という葉書が出てきました。日付は平成14年、2002年ですから、小生自身はまだ山形に単身赴任していたときです。そう言えば、昔はこんな番号があり、E-TAXには必要だというので、住基カードも作りましたねえ。E-TAXは結局やりませんでしたが。

昔の葉書だから捨てようかと思いましたが、一応調べました。すると、とんでもないことがわかってきました。マイナンバーカードが交付されるようになったのは2016年ですからマイナンバーなどできる前ですが、実はマイナンバーの12桁というのはこの住民票コードの11桁を変換したものらしいのです。そしてこの住民票コードは、引っ越しても変わりません。言わば国民背番号の元番号ですね。

これから先は真偽不明なので話半分にしてもらいたいところなのですが、政府はこの住民票コードに預金口座番号やら年金の番号やらいろんなものを紐付けしたいと考えました。ところが大反対が起こり、この方法は断念しました。そこで新しく「別システム」としてマイナンバーが登場し、せっせせっせと紐付けを始めています。もうかなりのところまで、政府に筒抜けになっていますね。そのマイナンバーも、元はこの住民票コードです。そしてこれは日本国の住民であれば必ず振られていますから、「管理されるのがいやだ」とマイナンバーカードを拒否しても、マイナンバー自体はしっかり振られて紐付けされていますね。

従ってこの住民票コード通知表は、現在も生きている大事な通知書でした。捨てなくて良かった。

これから先は杞憂ですが、マイナアプリを使うと、スマホ自体が個人認証の道具になります。その状態でスマホ一つで図書館で本を借りたり、買い物したりしていると、すべての行動が筒抜けになります。すでにやっているかどうかはわかりませんが、やろうと思えば簡単ですね。故に小生は「スマホ一つでお買い物」は避けて通っています。

2026/09/22

自動連結器

2026年9月22日

キハ20の台枠について図書館で調べているとき、検索に「自動連結器」という本が引っかかりました。連結器だったら、緩衝器やらそれを受ける台枠やらが関係してきます。中は見ないで、借り出しました。日本十進分類法の番号は686.21、鉄道ピクトリアル別冊の「キハ17系気動車」と同じ番号です。この時には、本が右開きであることに気がつきませんでした。

自宅で順々に資料を読み、一段落付いたところでこの「自動連結器」を開きました。何と、随筆集でした。作者は雑賀進氏、出版社の鉄道日本社を興された方です。さっと読んであまり面白くなかったので、そこで終わっています。

随筆と解説書が同じ分類になってしまっていますが、図書館の分類はそういうものですね。病気の解説書と闘病記が隣に並びます。書庫にある本は中身を確認せずに閲覧申請を出すことになりますが、借りるときには中身を確認して借りるようにしよう。

2026/09/21

キハ20

2026年9月21日

 

久しぶりに、鉄の話です。それもちょっと、マニアックな。

 

一般型気動車がキハ17系からキハ20系に変わるとき、車体幅が2.8mに拡大されましたが、同時に出入り口が車端から車体中央よりに移動しました。昔はずっとキハ20系を眺めていて何の不思議も感じなかったのですが、最近気になり出しました。キハ20系のドアの位置は台車間にあります。車体に側梁があったら、切り欠かなければいけません。

 

旧型客車の車体は中央に大きな中梁が通り、台枠の側面端には側梁が通っていました。客車は編成の牽引力をすべて受けなければならず、また連結時の衝撃荷重にも耐える必要があることから、がっちりした構造になっています。出入り台は車端で、その部分は台枠が狭くなっています。一方気動車は受ける牽引力はせいぜい数両分で、逆に非力なエンジンのために車体は軽量化しなければならず、ずっと簡易な構造になっています。

 

鉄道車両の解説をしてある図書は多々あるのですが、キハ20系に関しては、皆無と言って良いほどありません。岡山県立図書館は交通関係の図書が充実していますが、そこで検索をかけても出てきません。浅原信彦氏が「最盛期の国鉄車両」連載の途中で、それもディーゼル機関車/気動車に入る前に倒れられたのが、残念です。

 

いろいろ調べたら、ネコ・パブリッシングのRMライブラリー「キハ07ものがたり」にキハ07の台枠図面が載っていました。キハ07は20m車でしかもDMH17エンジンを搭載しているので、参考になります。しかも中央に出入り口がある3扉車です。それによると、車体の中央付近に車体全長を通して、細い中梁が2本通っています。この2本の間隔がちょうど車体床にあるエンジン点検口の開口部幅です。ここにエンジンを吊るんでしょう。最もエンジンの固定は駆動トルクの反力を受ける必要もあることから、横張もしっかり通っています。枕梁の横に出入り口の切り欠きがあり、そのステップの内側に補強用に梁が通っており、言わばこれが側梁ですね。枕梁はこの側梁までで、車体幅一杯ではありません。側梁があるのはステップと戸袋の切り欠き部分だけで、車体全長には通っていません。中央ドアのところにも同様に側梁がありますが、側梁は切れ切れに片側3つですね。


0003a_20260921225701 ところが単行運転が基本のキハ07(登場時はガソリンカーのキハ42000=登場は1935年)から連結運転が基本のキハ44000(電気式。登場は1952年=後のキハ09)になると、側梁が復活しているようです。図面はありませんが、枕梁と出入り口まわりの側梁の構造はキハ07そのままで、出入り口間にも側梁を通したのでしょう。出入り口まわりの段違いになっている側梁の繋ぎがどうなっているのか見たいのですが、この図面が見つかっていません。なおキハ44000はキハ07と同じ3扉です。

 

そして液体式のキハ15(キハ44500、1953年)を経てキハ17(キハ45000、1953年)が登場してくるのですが、キハ17の台枠は、「車端衝撃を枕梁から側梁にも負担させる構造」という記載が出てきます。枕梁部の側梁はちょうど出入り口にかかっているので、枕梁部の側梁はキハ07と同じで出入り口の内側を通っており、出入り口間だけ車体の外側隅を通っていると思うのですが、このあたりの図面を見たいところです。車体長手方向の荷重だけを考えると、側梁は出入口の内側の位置で、切らずにまっすぐ通した方が強度的には最も強いです。ただこうすると床下機器の取り付けスペースがなくなり、またエンジンのメンテナンスもすごくやりづらくなるので、この構造はまずないでしょう。

 

なおキハ17はすでにモノコックの考え方が採用されており、そのため2個エンジンの試作車キハ50(キハ44600、1954年)、量産試作車キハ51(キハ44700、1956年)を経て量産車キハ55(キハ44800)が1956年に誕生するのですが、キハ55は拡幅されたものの、床下回りはキハ51と同一です。ということは、台枠構成も幅が広がっただけで同一ですね。そのキハ55の2次型あたりを元に一般用のキハ20が1958年に誕生するのですが、側梁がどう通っているかは、疑問のままです。

 

客車の方は、10系軽量客車(最初はナハ10)が1955年に試作されました、10系軽量客車は中梁は車端から枕梁までで、枕梁間はキーストンプレートを使い、梁らしい梁は全くありません。牽引力も衝撃荷重も、車体全体で受けるという、まさにモノコック構造。この構造計算を手回し計算機だけでやったのですから、頭が下がります。なお10系客車の出入り台は車端ではなく車掌室や洗面所一つ分内側に入っていますが、枕梁の外側です。なお10系客車に1種類だけ、中ドアを持った車両が存在します。車体中央に出入り口を持ったナロハネ10(1958年、後のオロハネ10)で、台枠を切り欠いてその分補強が施されていますが、側梁を切ったという話は一切出てきませんでした。側梁は、無いんですね。

 

こうやってみると、キハ20は10系軽量客車の構造を参考にした、とよく書かれていますが、参考にしたのはシルヘッダーのない外板とか上まわりだけで、台枠より下はキハ17のままのようです。となると、ますます枕梁と側梁のつなぎ目、そしてドアの後ろの段違いの処理が見たくなります。どこかの博物館に行っても、下回りが見られるかなあ。津山のキハ52はそこまで接近できないはずだし、大宮にはキハ11がいるけど、下回りが覗けるかなあ。

 

なお枕梁間に出入り口のステップを設けるのはキハ20系が最初ではなく(国鉄車両としては最初のようですが)、江若鉄道のキニ4が1931年に、キニ9が1935年に登場しています。おそらくキハ07と同一の構造でしょうね。

 

気動車は(客車も)軽量化をめざしましたが、軽量車体は耐久性が劣り、その後に登場した車両は鉄板が厚くなったり、冷房など装備が追加されたりで、ずっと重くなってきています。その分エンジンもパワーアップし、隼がグラマンヘルキャットになったようです(なんちゅう例えだ)。

 

写真は豊後森機関区の扇形庫内にいるキハ07とキハ20です。おそらく、1967年の撮影です。

2026/09/18

Jホールで弦楽四重奏

2026年9月18日

 

昨日は内科で月1回の診察を受けた後、一旦帰宅して薬を置き、そんままO大病院に向かいました。Jホールでの弦楽四重奏を聞くためですが、食事をするために駅の方に行く時間が無く、O大病院内の○CCに行ったのです。12時過ぎとあって混んでいましたが、幸い長椅子席の一つが空いていました座って見たらちょうどソファーの継ぎ目で、お尻の左右に段差が(笑)。


2609j0001a ○CCで昼食を済ませ、病院の構内を抜けJホールへ。Jホールのあるあたりは大学医学部ですが、特に門や柵があるわけではないのでそのまま行けます。会場に入ったときには、地味な弦楽四重奏だから、さすがに空いているな、と思ったのですが、演奏が始まる頃には満席になっていました。

 

今日の顔ぶれは、Vn1:岸本萌乃加(読響次席=倉敷市出身)、Vn2:仁熊美鈴(岡山フィル=岡山市出身)、Va:島田玲(岡山フィル)、Vc:岡本渚(岡山フィル=岡山県出身)というメンバーです。

 

曲目はオールベートーヴェンプログラム(と言っても、2曲ですが)で、まずセレナードニ長調Op.8。作品番号から言って、かなり初期のものですね。そして弦楽四重奏第11番Op.95「セリオーソ」これは弦楽四重奏曲としては、中期の最後の曲ですね。

 

さて演奏、セレナードニ長調は弦楽四重奏ではなく、ヴァイオリンは一丁だけの弦楽三重奏です。そして思ったより長い。章ごとにバラエティーに富んでいますが、聞いていてちょとだれました。
そして「セリオーソ」、内声にヴァイオリンが一丁加わるだけで、音の厚みがまるで違います。外に増える弦楽五重奏で厚みが増えるのはわかりますが、内声が増えても変わるものですね。セリオーソは「真剣」という意味だそうですが、「厳粛」と表記されることもあるほど、厳粛な曲です。20分ほどの曲ですが、すごく重厚でした。こうやって聞いてみると、オーケストラというのは弦楽四重奏の拡大版ですね。

 

アンコールは同じベートーベンの「エリーゼのために」、セリオーソと同時期の作曲だそうです。弦楽四重奏版ですが、ソロが際立つ編曲でした。誰の編曲かなあ。
良い時間を過ごしました。

2026/09/17

月1回の心臓の検診

2026年9月17日

月1回の、心臓の検診に行ってきました。近所の内科です。
報告が主体ですが、このところ血圧、脈拍とも低く、見方によっては順調なのですが、2段脈で止まっている時間が長く、感覚的には1秒くらい止まっているように感じます。そういうときは、脈拍の測定値は50台です。ただ次に測るときには70くらいになっているので、特に問題にしていません。これが何回測っても50台だと、ちょっと問題ですが。

札リウでの貧乏揺すりはますますひどくなり、意識していないときにはいつも揺れている感じです。ただこうやって左手も使ってキーボードを打っているときには何事もないので、放っていますが、ちょっと気になるので先生に相談してみました。専門医に診てもらうのは脳神経外科か内科ということで、もう一ヶ月様子を見てその結果どうするか決めよう、ということになりました。

今年はインフルエンザの流行が早く、またコロナも流行の兆しですが、どちらも今年は高齢者には補助が出るそうです。このクリニックでも、10月から受付を開始するそうです。早速申し込もう。

薬は、変わらずです。

2026/09/15

カミさんの3ヶ月検診

2026年9月15日

かみさんが一人で、市民病院に行ってきました。骨折後(手術後)の3ヶ月検診です。受付が11時半なのでバスで十分、少し先のバス停ですがちょうど雨も上がり、良い具合に付いたようです。再診受付機の操作も無事済み、整形外科の受付に行ったところ、「もう少し早く来ないと、採血に間に合わない、、えっ、採血が入ってない!」検査はCTは入っていましたが、採血は入っていません。そこは事前に確認し受付の30分前に着くようにしたのですが、採血があるのだったらもう30分前に着く必要があります。元々入力されていないのだから、こちらの責任ではありません。そこで急遽採血が追加、バタバタで回りましたがもう遅い時間のため患者さんも少なく、かえって待ち時間は少なかったそうです。

そして診察、先生カミさんに足を動かさせ、足を上げさせたら、「えっ、そこまで上がるの。完璧!100%治っています」カミさんは椅子に腰掛けたまま、伸ばした足が頭の上まで上がるのです。骨折は2カ所でしかも1カ所はボルトが通っておらず、先生は少し心配だったようです。念のために12月にもう1回見て、それで整形外科は卒業になりました。

カミさんは、骨粗鬆症の薬ももらっています。そこでこの薬を今後どうするか聞いてみました。カミさんの骨粗鬆症は年齢相応で、年齢相応の行動なら何もしなくて良いそうです。ただカミさんの行動は、歩く速度と言い年齢相応とは言いがたく、そうなると治療した方が良いそうです。その治療は、自分で注射を続けるなら2年間、飲み薬なら4年間続くそうです。カミさんは、不器用な自分が自己注射などできるわけが無いと、飲み薬にしてもらいました。こちらは近所のかかりつけ医にバトンタッチすることになりますが、元々医者は歯医者しか縁が無かったカミさん、かかりつけ医などありません。そこでインフルエンザとコロナの時に見てもらった、小生のかかりつけに行くことにしました。そこでどうなるか、ですね。

ともかく、足はほぼ完治です。

2026/09/11

秋の花粉症始まる

2026年9月11日

小生は今、と言うかまた副鼻腔炎が悪化したので、耳鼻科で薬をもらっています。薬局の薬剤師の先生に「このまま秋の花粉症になだれ込みそう」と冗談半分に言っていました。そして今日眼科に行っていつもの目薬をもらってきたのですが、聞けばもう秋の花粉症は始まっているそうです。小生の症状は、副鼻腔炎か花粉症かわからない鼻水だけで、まだ目には来ていないのですが、花粉症の目薬は症状が出る前に始めた方が良いらしいので、花粉症の目薬ももらってきました。

まだまだ暑いですが、季節は確実に進んでいます。これから寒くなるまで、花粉症対策だな。

2026/09/10

メルカトル図法

2026年9月10日

最近、メルカトル図法が話題になっています。メルカトル図法に変えてイコールアース図法の仕様を促す国連決議がされたためですが、今は標準的に使われているメルカトル図法も、小生が小中学生の頃はそんなに使われていませんでした。

地球は球体ですから、その表面図を平面に起こそうというのは、どうして無理があります。ましてや一度には見られないはずの裏面まで合わせて世界全図を作ろうというのは、かなりの無理です。その無理をなんとかしようと、いろんな図法が考えられてきました。メルカトル図法もその一つですが、特徴は方位が正確に出ることと、継ぎ目のない図面になることです。そのため昔(16世紀頃)は航海に使われていたようですが、世界全図を表すには高緯度と低緯度の縮尺が極端に異なり、低緯度は小さく、高緯度は大きくなります。その欠点のため、小生が小中学生の頃は、もっぱら断裂モルワイデ図法が使われていました。その元となったモルワイデ図法は、面積は正確なのですが地図の周辺に行くとゆがみが大きく、中心点をいくつも置いてそれを繋いだのが断裂モルワイデ図法です。断裂モルワイデ図法はむいたミカンの皮を並べたような図法で、面積は正確なのですが断裂の名の通り、図面が切れ切れになっています。今回のイコールアース図法は見た感じモルワイデ図法の改良型のようで、ゆがみが少なくなるように改良されてはいますが、やはり周辺に行くとゆがみが大きいようですね。

さて最近はなんでこんなにメルカトル図法が多くなったかというと、メルカトル図法は細かい部分だけ見ると割とゆがみがなく正確なので、サーバー内に大きな地図を1枚保有し、それから切り出して縮尺調整すれば、極地を除けば世界中どこの図面でも取り出せるというメリットがあるからのようです。

ただ小生は、これはあくまでも小生の想像ですが、冷戦時代に米ソ両国ともメルカトル図法が大好きで、それで広まったのではないかと思っています。ソ連は、メルカトル図法では北半球の多くの地域を占めるように見え、その領土を赤く塗ったら、まさに「ソ連が世界の半分を支配する」という地図になります。一方のアメリカも、大きくなるはもっぱらカナダとアラスカなのですが、やはり大好きのようですね。ニュースの映像などで後ろにある地図を見ると、メルカトル図法です。今回も「大好きなメルカトル図法を否定するとはなにごとだ!」とばかりに、国連決議に反対していましたね。

最も最近はトランプ大統領がカナダに喧嘩を売っていますから、そのうち「カナダがUSAより大きくなるのはけしからん」とばかりに、他の図法を提案して世界中に押しつけてくるかもしれません。

なお日本で一般的な太平洋を中心にした地図は、日本だけとは言いませんが、世界的には少数派のようで、国際標準(欧州標準?)は中心に東経西経の0度を置き、180度で切った図面ですね。この図面だと、「極東」や「中近東」という言葉が、感覚的に理解来ます。

またアメリカ合衆国で使われている地図はまた違うようで、アメリカ大陸を中心に置き、東経70度あたり(インドとパキスタンの境あたり)で切ったものようです。これも映像のバックで見たので、それが本当に一般的かどうかはわかりませんが。ただ日本人と、見ている地図が違うことは確かです。

2026/09/08

今年の第九は見送り

2026年9月8日

一昨日(6日)に発団式があり、今年も第九の季節が始まりました。しかし小生は、今年は参加を見送りました。

参加見送りのきっかけはカミさんの入院ですが、すでに退院しており、小生の負担が多少増えたものの、日常は昔通りです。例年通りだと第九の練習には参加できそうなのですが、今年はシンフォニーホールが工事中のため、練習会場は転々、間際になると三蟠とか、遠いところばかりです。そして本番は、岡山市総合体育館。はっきり言って、岡山市の南の外れです。免許証を返納した小生にとっては、行くだけでも大変です。

第九の練習は、食事のことも考えると家族にも負担がかかります。そこで小生は、いろいろやって見ましたが、体調も考えて練習前に食事をするようにしました。シンフォニーホールやその周辺の施設だと、駅前で食事をして練習、という流れにきちんと乗ります。ところが三蟠だと、行くだけで一時間。Sさんが「送り迎え、するよ」と言ってくれていますが、そうなるとますます食事がしにくく、10時くらいに帰宅して食事と言うことになります。ちょっとそこまでカミさんに負担はかけられないので、今年は見送りです。そうでなくても、最後の方は小生の身体が持たないでしょう。

そして小生の方は、少し筋トレをやって身体をしっかりさせておかないと、本番で立っていられなくなります。来年に向けて頑張ろう。

2026/09/06

網戸のロックネジ

2026年9月6日

マンションの大規模修繕工事がベランダ側は終了し、廊下側にやってきました。窓まわりの高圧洗浄の時には、窓に付いている網戸を外す必要があります。このマンショオノ網戸は、内側のロクネジ(2カ所)を外すと、外から外せるようになっています。ネジさえ外しておけば後は工事の方がやってくれますが、ベランダの網戸は室内収納になるので、自分で外しました。廊下側は工事の進捗状況で外すらしいので、ネジだけ外して、後は工事の方にお任せです。

さてその廊下側の網戸、カミさんお部屋は窓も大きく、簡単に外せました。問題は小生の部屋です。小生の部屋は角に棟全体の配管スペースが食い込み、窓は半間しかありません。そして部屋の中から見るとその窓が引っ込んでおり、半畳ほどのスペースになります。これがパソコンラックを置くにはちょうど良いんですね。従ってその半畳をパソコンと周辺機器が占め、窓は半分しか開きません。

その半分しか開かない窓に付いている網戸ですが、規格品だからロックネジは左右両側にあります。開く側のネジは取れたのですが、開かない側はどうするか。パソコンラックの横から手を伸ばして何とか窓を少し開け、ロックネジが見えました。これをどうやって外す?パソコンラックと壁の間は左手1本しか入らないので、ドライバを左手1本で回し、ネジは緩みました。今度は長いラジオペンチを持ち出し、左手で何とか頭をつかみます。小生は両眼視差立体視ができないので、こういう時は不便です。何とか、つかんで外しました。網戸を戻すときの、ロックネジを付けるときのことは、考えないようにします。

我ながら、まだまだ器用に手が動きますね。脳梗塞の心配は、なさそうです。

2026/09/03

カミさんの市民病院

2026年9月3日

カミさんが7月にH病院に転院したとき、熱がなかなか下がりませんでした。大腿骨骨折で手術はしてるし、打撲もあるし、そう簡単には熱は下がらないと思いますが、心配した主治医(内科)の先生がX線を撮ったら、肺に小さな、影と言うにははっきりした異物を見つけました。5mmくらいだそうです。その後熱は下がったのでH病院ではそのままだったのですが、退院した後市民病院の呼吸器内科で見てもらえと、紹介状を書いてくれました。

そこで9月3日(つまり、今日)行くことになったのですが、カミさんはクリニックも含めて病院にはほとんど行ったことが無く、大きな病院に行くのは30年ぶりくらいかもしれません。市民病院には入院していましたが入ったのは救急車ですから、外来受付は通っていません。タッチパネル全盛の今の受付はどうやるのか全くわからないというので、小生もついて行きました。なおカミさんはデジタル機器嫌いでスマホは持っておらず、マイナンバーカードも持っていません。

市民病院の受付は初見にはわかりづらく、小生も一昨日に行っているので自信を持って案内できますが、本当の初めてだったら一緒に迷うところです。一昨日と同じくらいの待ち時間で、「今日の行程」の紙を持ってきました。それを持って内科受付へ。見たら検査など何も入っておらず、まずは面談だけのようです。

内科受付に書類を出して指定された診察室の前で待ちますが、今日の担当の先生は、「次に呼ぶ患者」の入力をしないタイプでした。これは呼び出し番号表示器に次の番号が出ず、いつ呼ばれるかが全くわかりません。ところが意外と早く、予約時刻を10分ほど過ぎたあたりで呼ばれました。H病院からの紹介状は病状連絡書だけでCDなど画像は付いておらず、小生はこれは市民病院の先生は困るな、と思っていました。案の定困ってしまって、ともかくCTを撮らせてくれと、CTを撮ることになりました。CTも、予約なしの割り込みだから待つかもしれないと脅されたものの、さほど待たずに取り終わりました。MRIに比べると、CTは速いです。

再度診察。結果は、今のままではよくわからないというのが結論です。感染症かもしれないし、肺がんの初期の初期かもしれない。3ヶ月後にもう1回検査することになりました。心配性のカミさんは、肺がんで今日あたりに余命宣告が出るくらいに思っていましたが、小さなものだとそう簡単にはわからないですよね。入院中に染めずに白髪が目立ちだした髪を、もう一回染め直すかもしれません。

肝心の整形外科の方は7月の転院時に17日に来いと言われており、予約表にも17日の午後1時半CTと入っていました。ところが今日の会計の領収書に付いていた予約表をよく見たら、17日の午後1時半CTはそのままですが、診察が10時半になっていました。実は17日の午前中はマンションで消防設備の点検があり、動きが取れないのです。そのため今日の呼吸器内科の診察も、当初は17日の午前中でH病院の先生が予約を取ったのですが、今日に変えてもらったものです。カフェでコーヒーを飲みながらこれを見つけたので、再度受付へ逆戻り。整形外科の担当の先生は火曜と木曜の午前中しか外来をやっていないので日にちを変えることになり、整形外科の受付にまで行って15日にしてもらいました。CTも一緒に変更です。

帰宅してから退院時(転院時)にもらった予定表を見たら、17日午後のCTの時間は書いてありましたが、診察の時間は書いてありません。これは退院時にはCTの枠だけ取って診察を入力し忘れたのか、担当医を決めておらず、かなり直前に入力したみたいですね。ここの整形外科は腕は良いのですが、入院中一度も病室に顔を出さないなど、患者とのコミュニケーションはいい加減だからなあ。領収書の付属シートを見なければ、診察をすっぽかすところでした。

小生の方は、カミさんに再来受付機のやり方を教え、お役御免です。

2026/09/01

市民病院へ

2026年9月1日

肝臓の検診で、市民病院に行ってきました。市民病院へはバスが便利なのですが本数が少なく、岡山駅回りのJRです。JRも本数が多くはなく、1本外すと後がありません。

紹介状の指定は地域連携室なのですが、そういう窓口が無いことはざっと見てわかったので、新患のところに並びます。小生は以前肺炎でこの病院にかかったことがあるので、診察券は持っています。そういう意味では全く初めてではないのですが、消化器内科は初めてですね。そうしたら係の人が来て、紹介状を持っているかどうかを確認し、整理券を取ってくれて、呼ばれるまで座って待っていろ、と言います。窓口には整理券の呼び出し番号の表示が無いので、整理券があること自体がちょっと目にはわかりません。そして番号は200番台と300番台がランダムに呼ばれるので(小生は200番台でした)、どのくらい待つのかの見当がさっぱりわかりません。10分ほど待ったら、番号が呼ばれました。そして紹介状とMRIのデータが入ったCD-ROMを提出し、また待つこと10分あまり、いわゆる「今日の予定表」をくれました。予約時刻の40分前に着いておいて、良かったです。

一式が入ったレターファイルを持って、消化器内科の受付へ。ここで診察室を指示され、そこの前あたりで待っているように言われます。多くの患者さんが待っていて、こと内科に限っては、O大病院より多いかもしれません。診察室の様子を見たら、小生のところは新患で、どの先生に振ろうかという振り分け前の予診のような診察室です。そこで待つこと1時間強、予約時刻を1時間以上過ぎて、やっと呼ばれました。今日のところは面接みたいなもので、年齢から言って、認知の気があるかどうか、普通の検査を普通に指定して大丈夫か、と言うのも見たんでしょう。そこで次の診察は11月13日になり、担当の先生は(帰って調べてみたら)少しベテランの先生だと言うこともわかりました。

これで終了して会計ですが、会計窓口の混み方からして、全体の患者数はO大病院よりちょっと少ないようです。ちょと少ないだけなのに自動支払機が2台しかなく、長蛇の列です。放送では盛んにクレジットカードを登録しての後払い方式を推奨していましたが、これは診療明細書を後日取りに来なければならず、半年に1回しか来ない小生のような立場には不向きです。結局、並んで待ちました。

もう12時を回っています。市民病院には、2階に食堂、1階にカフェがあります。食堂の方が安くてボリュームがあるのですが、食の細くなっている小生にはちょっとボリュームがありすぎるので、今回はカフェにしました。半年に1回通うようになると、どうなるかな。

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