2026年7月3日
昨日カミさんが市民病院から、リハビリ専門のH病院に転院しました。介護タクシーが手配してあるので、朝それに間に合うように小生もタクシーです。小生は、2日間連続の早起きです。通常の退院であれば結構な荷物があるのですが、元々手回り品だけ持って救急搬送されたので、荷物はペーパーバッグ一つです。申し送り書類やらなんやらで、書類が増えましたが。
小生は明細書(請求書と言った方が早い(^_^;)を持って総合受付の前にある支払機へ。ここもバーコード読み取りですね。クレジットカードで支払い。手術があったので、結構な金額になりますね。それでも明細を確認したら、高額医療費の分は引かれていました。限度額適用申請書は、出す必要がないのかな?
カミさんはと言えば、部屋の中を杖無し、支え無しで歩き回っています。まだ手術後10日なんですけど、大腿骨骨折でここまで回復するんですね。昨日最後の最後にやっと整形外科のドクターが現れ、説明していったそうですが、やはり骨粗鬆症だそうです。とは言っても、歳相応みたいですが。3ヶ月経っておかしかったら、やり替えるからまた来い、と言って去ったそうですが(笑)。ほとんど、人形の修復。
やがて介護タクシー(運転手さんは女性)が来て、車椅子を持ってきたので、カミさんは車椅子に歩いて乗り込み、押されて出発しました。介護タクシーはワゴンの大型車で、後部座席の左側に車椅子のカミさん、右側(運転手の後)に小生と、並んで乗ることができます。座席も、小生の方は快適ですね。
H病院は岡山市でも南の方にあり、小生は国道30号(宇高国道)を行くのかと思っていたらそれより西の方を南下し、国道2号に入ります。そして旭川を渡ってから南下です。小生は旭川左岸の道は来たことがなく、珍しい景色です。30分弱で着きました。
病院の通用口を入ったところで車椅子を乗り換え、介護タクシーは終了。運転手さん、お疲れ様でした。ベッドが入る大型のエレベーターで2階に上がり、そこでカミさんは病室へ、小生は打ち合わせ室へ。小生は書類書きの仕事が待っています。書類をいろいろ書きましたが、ここは署名だけではなく、必ず捺印付きなんですね。今時珍しい。小生は現役時代に使っていたペンケースを持ってきていたので、その中に浸透印(いわゆる、シャチハタ)も入っています。
市民病院からの連絡書がかなり早い時期に書かれたのか、結構混乱しています。「2階まで階段を上がられるとか」「いや、うちはマンションなので、エレベーターありますよ」これはかなり重要な(リハビリの目標レベルを左右するような)情報みたいです。「移動は車椅子ですか?」「いや、普通に歩いていますが」これはリハビリを開始して、大幅に情報が書き換えられることになります。
このH病院には整形外科医は常駐しておらず、主治医は内科の先生です。診察があり、先生は37℃台の微熱が続いていることを気にしていて、膀胱炎の検査などもされたようです。市民病院の整形外科の先生は、手術後でまだ左足も腫れているので、そのくらいの熱は出るだろうと、放っていました。X線写真の細かい説明も聞きましたが、骨頭部の骨が一部剥離していて、そこは今回繋がらずにそのままです。股関節の内側に剥離していますから、押さえようもないですね。
この日はたまたまK医大の整形外科の先生が来る日だというので、小生は午後までいることにしました。近くにモスバーガーがあったので(近くと言っても400mは歩くと遠い)、久しぶりにモスで昼食。戻ったら13時過ぎていたので、今度は「面会者」です。どこかに面会簿があったはずなのですが、気づかずにそのまま入りました(笑)。
整形外科の先生は若く、後期研修医みたいな感じです。特に問題なく、順調だそうです。そうこうしているうちにリハビリの先生が来て、まず初回と言うことで、腕や足の各部の太さと握力を測定。それから部屋の中の歩き方を見て、これは大丈夫と判断し、廊下を端から端まで。歩き方を見ていると、小生の方がよっぽどふらついているようです。
洗濯も病院に依頼できることがわかり、小生は来る頻度が減らせます。ここは遠いですから。リハビリの途中で小生は帰りました。ここはバスの本数は多いですが、乗ってみてわかったのは、途中国道30号を一切通りません。市立図書館によってそれから見舞い、という手は使えませんね。それにバスに乗るためには、一旦岡山駅に出るしかないというのもわかりました。来るのは週2回だな。
カミさんは順調なので、1回東京に出ることにしました。恒例の写真展です。昨日からですね。
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