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2026/07/11

包丁を買った

2026年7月11日

先日砥石を買って包丁を研いだ話を書きましたが、やはり切れ味は今ひとつですね。おまけに表面の皮膜が剥がれたのか、さびやすくなりました。もう1回研いでみようかとも思いましたが腰痛が怖く、新しい包丁を買うことにしました。

大型スーパーに行ってみてみたら、包丁はいろいろあります。凝ったものは買う気はなくステンレスのシンプルなものを探しました。セラミックス製の包丁がそれほど高くなく、触手が動きましたが、予算オーバーなので却下。ステンレス製のちょっと小ぶりな三徳包丁にしました。2K弱ですから、砥石の方が高かったです(^_^;。メーカーは貝印ですから、品質に間違いはないでしょう。

今のスー^パーでは、包丁は現物展示はありません。現物と同じ大きさのカードが下がっており、それをレジに持っていけば出してくれるという、電気店でのメモリーカードなどと同じ方式ですね。メモリーカードは万引き対策ですが、包丁は安全対策でしょう。ただこのスーパーでは。家庭用品売り場はすべてセルフレジです。早速「係員呼び出し」ボタンを押しましたが、家庭用品は係員対応の品が多く、全面セルフレジはちょっとやり過ぎでしょう。

早速使ってみました。さほど切れ味の良い包丁ではありません。恐ろしいほど切れるのは、こちらも願い下げです。差が出るのは切るときではなく、皮むきですね。人参でははっきりと差がわかります。ストレスが少し減りました。

どこかでカミさんに報告しておくか。

2026/07/09

家庭訪問

2026年7月9日

今日カミさんが入院している病院から、家庭訪問が来ました。リハビリ担当者が2名、家の段差の確認です。各部の段差の寸法を測り、写真を撮り、最後は動線の動画を撮りました。今小生のいるマンションは大規模簿修繕工事が入っており、日によってはベランダに出られません。今日は出られる日だったので、物干し竿の高さ測定ができました。そして最後は、エレベーターはありますが階段を使う場合も考え、階段の段差と段数の確認です。なお階段にはM、手すりは有馬Sん。確か、安全基準の寸法制限に引っかかるので、手すりが付けられないと聞きました。

どういう生活をしているかの質問はなかったですが、どこに買い物に行っているかの質問はありました。カミさんの行動範囲のスーパーは4軒、大抵はそのうちの2軒をはしごしています。

カミさんが自分で言っているリハビリ目標は、手助け無しでバスに乗れること。このあたりのバスは(特に小生の自宅まわりの路線は)ノンステップ車が増えてきたとは言っても、まだまだツーステップ車が多いです。明日病院に行って、様子を見てこよう。

2026/07/07

東京に行ってきました

2026年7月7日

 

東京に行ってきて(1泊だけ)カミさんの様子を見に行ってきました。帰ってくいる途中に病院から電話があり、何事だと思ったら、病室を2階から3階に移動したとか。3階の方が、リハビリを積極的にやる部門だそうです。


26070604a 東京ではM写真展を見てきました。年々スマホの写真が増えますね。最近のスマホは高画素で高性能。写真展の全紙くらいだと、デジカメと遜色がありません。銀塩フィルムの修復も、見事です。これは担当者の力によるもので、頭が下がります。なお↓の案内葉書の写真は、キャプテン・スギエこと杉江弘さん(元JAL機長)の作品「平機関区」です。

 

現役の学生さんが受付をやっていました。小生の孫世代ですね。小生も例会の顔を出さなくなって久しく、だんだん伝説の人物になりつつあります(笑)。

 

写真は、会場入口です。写真展は今日まででした。

2026/07/03

カミさん転院

2026年7月3日

 

昨日カミさんが市民病院から、リハビリ専門のH病院に転院しました。介護タクシーが手配してあるので、朝それに間に合うように小生もタクシーです。小生は、2日間連続の早起きです。通常の退院であれば結構な荷物があるのですが、元々手回り品だけ持って救急搬送されたので、荷物はペーパーバッグ一つです。申し送り書類やらなんやらで、書類が増えましたが。

 

小生は明細書(請求書と言った方が早い(^_^;)を持って総合受付の前にある支払機へ。ここもバーコード読み取りですね。クレジットカードで支払い。手術があったので、結構な金額になりますね。それでも明細を確認したら、高額医療費の分は引かれていました。限度額適用申請書は、出す必要がないのかな?

 

カミさんはと言えば、部屋の中を杖無し、支え無しで歩き回っています。まだ手術後10日なんですけど、大腿骨骨折でここまで回復するんですね。昨日最後の最後にやっと整形外科のドクターが現れ、説明していったそうですが、やはり骨粗鬆症だそうです。とは言っても、歳相応みたいですが。3ヶ月経っておかしかったら、やり替えるからまた来い、と言って去ったそうですが(笑)。ほとんど、人形の修復。

 

やがて介護タクシー(運転手さんは女性)が来て、車椅子を持ってきたので、カミさんは車椅子に歩いて乗り込み、押されて出発しました。介護タクシーはワゴンの大型車で、後部座席の左側に車椅子のカミさん、右側(運転手の後)に小生と、並んで乗ることができます。座席も、小生の方は快適ですね。

 

H病院は岡山市でも南の方にあり、小生は国道30号(宇高国道)を行くのかと思っていたらそれより西の方を南下し、国道2号に入ります。そして旭川を渡ってから南下です。小生は旭川左岸の道は来たことがなく、珍しい景色です。30分弱で着きました。

 

病院の通用口を入ったところで車椅子を乗り換え、介護タクシーは終了。運転手さん、お疲れ様でした。ベッドが入る大型のエレベーターで2階に上がり、そこでカミさんは病室へ、小生は打ち合わせ室へ。小生は書類書きの仕事が待っています。書類をいろいろ書きましたが、ここは署名だけではなく、必ず捺印付きなんですね。今時珍しい。小生は現役時代に使っていたペンケースを持ってきていたので、その中に浸透印(いわゆる、シャチハタ)も入っています。

 

市民病院からの連絡書がかなり早い時期に書かれたのか、結構混乱しています。「2階まで階段を上がられるとか」「いや、うちはマンションなので、エレベーターありますよ」これはかなり重要な(リハビリの目標レベルを左右するような)情報みたいです。「移動は車椅子ですか?」「いや、普通に歩いていますが」これはリハビリを開始して、大幅に情報が書き換えられることになります。

 

このH病院には整形外科医は常駐しておらず、主治医は内科の先生です。診察があり、先生は37℃台の微熱が続いていることを気にしていて、膀胱炎の検査などもされたようです。市民病院の整形外科の先生は、手術後でまだ左足も腫れているので、そのくらいの熱は出るだろうと、放っていました。X線写真の細かい説明も聞きましたが、骨頭部の骨が一部剥離していて、そこは今回繋がらずにそのままです。股関節の内側に剥離していますから、押さえようもないですね。

 

この日はたまたまK医大の整形外科の先生が来る日だというので、小生は午後までいることにしました。近くにモスバーガーがあったので(近くと言っても400mは歩くと遠い)、久しぶりにモスで昼食。戻ったら13時過ぎていたので、今度は「面会者」です。どこかに面会簿があったはずなのですが、気づかずにそのまま入りました(笑)。

 

整形外科の先生は若く、後期研修医みたいな感じです。特に問題なく、順調だそうです。そうこうしているうちにリハビリの先生が来て、まず初回と言うことで、腕や足の各部の太さと握力を測定。それから部屋の中の歩き方を見て、これは大丈夫と判断し、廊下を端から端まで。歩き方を見ていると、小生の方がよっぽどふらついているようです。
20260001a_20260703182201 洗濯も病院に依頼できることがわかり、小生は来る頻度が減らせます。ここは遠いですから。リハビリの途中で小生は帰りました。ここはバスの本数は多いですが、乗ってみてわかったのは、途中国道30号を一切通りません。市立図書館によってそれから見舞い、という手は使えませんね。それにバスに乗るためには、一旦岡山駅に出るしかないというのもわかりました。来るのは週2回だな。

 

カミさんは順調なので、1回東京に出ることにしました。恒例の写真展です。昨日からですね。

2026/07/01

MRIの結果=O大病院終了

2026年7月1日

O大病院に行って、MRIを撮ってきました。
指定時刻は11時半で、前4時間が絶食時間です。ということは、朝7時半までに(食べるのなら)食事を済ませろということなので、7時前に朝食を済ませました。こんな早い朝食は、何年ぶりだろうか。

少し早めの10時半に着いて受付機に診察券を入れようとしたら、様子がすっかり変わっています。まずはマイナンバーカードから。次に隣に移動して診察券ですが、入れて読み込ませるのではなく、バーコードを読ませる形に変わりました。このバーコードを読ませる方式は、機械によって最適距離が違うので、小生は苦手なんです。そうしたら、なんと採血あり。ここの採血は採尿も付いてくるので、準備しておかないと出ないんです(笑)。それに採血が混んでいたら、MRIに間に合わないし。ところがなんと採血が、奇跡的に待ち時間なし。次に造影剤を入れるので看護師さんと相談して、日頃は出にくくて使わない左腕から採血しました。看護師さん、見事に一発で決めました。採尿も、何とか出ました。やれやれ。

予定より早めになったのですが、MRIの待合室で待とうと思ってMRIの受付に行ったところ、問診票を書いたらすぐに着替えろ、と言います。そして着替えたら、右腕の造影剤のシリンジをセット。そのまま流れ作業的に送り込まれました。検査は、結構長かったです。予定より早く入ったのに、終わったのは12時ちょうどでした。

13時から診察なので、U○Cで昼食。いつものモーニングセットではないので、ちょっと値が張ります。15分くらい前に内科の受付に行き待つことしばし、すぐに呼ばれました。問題のPIVKA-Ⅱはまだ高めですが若干下がって、標準値をギリギリオーバー。MRIの結果も問題ありません。

それは良かったのですが、担当のT先生が9月で辞められるとか。それも消化器内科の規模縮小に伴うもので、小生も一緒に追い出されることになりました。消化器内科は教授の他に特任教授が3人いて、T先生もその特任教授なのですが、大学から追い出されるみたいですね。従って地域連携の開業医の逆紹介ではなく、完全に別の病院に移ることになります。その病院も、肝臓ガンの手術ができるレベルというので、済生会、市民病院、日赤レベル。市民病院にしてもらいました。

そうしたらT先生、その場で紹介状を書き始めました。書きながら、いろいろ聞いてきます。「南海さん、Bもあったんですね」「肺結核もやられているんですね」「ぶどう膜炎って、どんな感じなんですか?」IFNの副作用ではないけれど、IFNの影響というのも言っておきました。肺結核は、小生の時代はまだリファンピシンの実用化前なので、結核菌を完全には排除できず、肺のどこかに生き残っています。

そして先生が先導して内科受付で市民病院の9月の予約を取るように指示を出し、紹介状を渡され、放射線受付で今日のMRIの画像が入ったCDを受け取って帰るように言われました。MRIの画像を市民病院に渡すということは、やはり肝臓ガン予備軍なんだ。T先生とは、これでお別れです。

放射線受付でCDをもらい、会計窓口に行ったらここでもシステムが変わっており、「自動終了機」なるものができています。今日の検査診察予定表のバーコードを読ませ、画面が「会計の前でお待ちください」と出たら終了です。ただ小生の場合は、障害者医療券が7月で更新になっており、一度も出していません。そこで窓口で聞いてみたところ、マイナンバーカードが連携しており、情報は全部入ってきているそうです。当初はマイナンバーカードになっても医療券は別に出さなければならず、不便この上なかったのですが、やっと本来の機能になったみたいです。しかし健康保険証のマイナンバーカードへの切替は、国会審議もなされずにどさくさで移行しましたが、良いんだろうか。

病院のシステムは変わりましたが、小生はO大病院はこれで終了です。何と言っても自宅から徒歩10分というのが良かったのですが、まあしようがないですね。

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