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2026/05/26

頸椎のヘルニア

2026年5月26日

右手のしびれが少し広がってきて、心配になって整形外科に行ったら、「可能性としては、脳梗塞」と言われたのが19日の話です。それから脳ドックを申し込もうかと思ったのですが、そこで考えました。脳ドックも含め人間ドックというのは、何も症状のない人が健康診断のために受けるものです。「脳梗塞の可能性あり」と言われたのですから、脳ドックより脳神経外科の診察を受けたほうが良いのではないかと思い、昨日いつもの内科に相談に行ってきました。そうしたら、「脳梗塞の可能性があるのだったら、紹介状書いてやるから即行け」とその日の午後に診察予約を取り付け、前回脳ドックを受けたK病院に行くことになりました。

そこでまず診察を受けたのですが、脳外科の先生によると、脳梗塞だと指だけに留まらず顔まで来るのが普通。頸椎のヘルニア、それも6番と7番の間が一番可能性があるが、念のため首のあたりまでMRIを撮ってみましょう。ということになり、昨日はMRIが空いていなかったので、今日再度行ってきました。

受付の後待っていたら看護師さんが来て、「次の診察日の話、聞かれてます?」と聞いてきました。「いや、今日MRIの後先生が診察されるそうです」と答えたら、何やら紙に書き込んで、「わかりました」と去って行きました。どうやら特別扱いのようで、先生の診察日ではないのに小生だけ見てくれるようです。紹介状の威力ですかね。

撮るのは造影剤無しの単純MRIですから、準備は簡単です。最後は、「首のあたりを撮るので、つばを飲み込まないように」と言われて、じっとしていました。

終わったところで受付に「MRI終わりました」と連絡したら、どこかに「南海さん、MRI終了しました」と連絡していました。多分、先生の呼び出しでしょう。やがて診察室に呼ばれました。撮ったMRIの映像を見せてもらいましたが、脳梗塞や出血は、過去に起こした形跡もなし。「あれだけの手術をやったのに、きれいなもんですね」と、褒められました。褒められたのは、執刀医のT先生かもしれませんが。MRIには首のあたりは4番の頸椎あたりまでしか写っていませんでしたが、こうなるとしびれは頸椎のせいだというのは確定です。そして可能性として(あくまでも可能性のレベル)、頸椎のヘルニアがひどくなったら、今度は指が動かなくなることがあるそうです。それでも手術はせずに、首にカラーを入れて頸椎をまっすぐにしておけば治るそうですから、動かなくなったらここに駆け込みましょう(笑)。

どうにかするか?と聞かれましたが、このくらいのしびれは原因さえわかれば特に問題なく、そのまま様子見にしました。脳さえ問題なければ、後は良い、という方は多いそうです。

とりあえず一安心で、問題は一ヶ月後の肝臓のMRIです。

2026/05/25

現金書留

2026年5月25日

久しぶりに、現金書留でお金を送りました。最近は送金のほとんどが銀行振り込み(それも、ネット経由)になったのですが、いとこが亡くなったものの葬儀には出席できないので香典を送ることになり、現金書留です。

現金書留には現金封筒が必須ですが、その現金封筒が、しばらく使わないうちに、ずいぶん変わりました。現金封筒と言えば、3段重ねの封と、さらにその上の封緘紙、そして割り印というのが特徴でした。いかにも「現金」という厳重さを感じたものです。それがいつ頃か封緘紙が廃止になり、今回は3段封が廃止になって、普通の封筒と同じ1枚貼りになりました。大丈夫かな?また宛先や発信元のところに付いていたカーボン複写紙がなくなりました。控えは、封筒の表面のコピーをくれるようになりました。割り印だけは継続しています。

昔(大昔)は、振替貯金も現金書留も、控えは窓口の係の人が手書きで書いていました。それが合理化か、振替貯金も現金封筒も、相手や自分の名前を書くところが3枚重ねくらいの複写紙になり、お客が自分で書く形になりました。そして、振替貯金はずいぶん前に、現金書留は最近(だと思います)、複写紙重ねが廃止になって昔と同じ形になり、その場でコピーを取るようになりました。複写紙の方がコストが高いですからね。

振替貯金も現金書留も、古くからある制度が今でも残っているため、用紙の変遷を目にすることになりました。

2026/05/23

福山城

2026年5月23日


26052205a 昨日、福山に行ってきました。珍しく、カミさんと一緒です。カミさんお目当てはバラ、小生の目当ては、福山城。
福山までは、各停で1時間。以前は115系の固いスプリングに辟易し、帰りは新幹線にしたりしていたのですが、227系になったら楽です。

 

福山はバラの街を標榜するだけあって、駅前からすでにバラ園のようです。特に反対側(福山城側)も整備され、一段と華やかになりました。ばら祭りは先週でしたが、まだまだ楽しめます。

 

福山城は前回の改修で北側の鉄板張りが復元されたと聞いてはいましたが、新幹線から見えるのは南側なので、北側を見るためにはどうしても城に行くしかありません。そこで無理して坂を登り(歳だ!)城の北GWにやってきました。3面の白い漆喰から一変し、黒っぽい壁面です。これが鉄板張りか。解説によると、昔は現在のような大面積の鋼板が製造できなかったこともあり、瓦のような重ね張りだったそうですが、外観復元の天守と言うこともあり、安全性を考慮して、現在は一枚物のようです。なおこの鉄板は、地元福山の製鉄所から提供されたもののようです。


26052207a カミさんはバラ公園に向かいましたが、小生はあちこち痛くなってここでリタイア。ただ駅前だけでも、バラは十分に楽しめました。帰りも227系の各停でした

2026/05/21

エアロスターのモデルチェンジ

2026年5月21日

昨日、歯の検診に行ってきました。特に何事もなかったので、別の話題を。

GOOGLEの乗り物ニュースを見ていたら、「三菱ふそうの路線バス「エアロスター」モデルチェンジ」というニュースがありました。三菱ふそうと日野が統合してアーチオンになり、「ディーゼルバスはもう作らない」などと言うニュースも流れてきてどうなるかと思っていたのですが、まだディーゼルエンジンのバスも製造するみたいですね。何しろ身近なところは三菱ふそうのバスしか走っておらず、どうなるかの影響は大きいです。

新型の発表ですが、外見は今までと差がありません。新しい燃費規制やタイヤ規制への対応など、言わばソフト系のバージョンアップで、ハードはほとんどそのままです。型式は、今までの2PGが2WGに変わっていました。そうやって見ると、今年の初めに岡電と両備に入った新車は、2026年式ではなく、2025年式なのかもしれません。

新しい規制に適合した新車が出ると、ユーザーオプションの幅が狭まってくるのが今までの流れです。エアロスターのホームページで珍しくカタログが公開されていました。最近はカタログを見るのにも、身分(つまり、個人情報)を入力しないと見られないところが増えたんです。カタログを見たら、シートは都市部仕様と郊外仕様がありますが、K尺のノンステップは都市部仕様だけになっていました。今岡電で使われているのはノンステップでも片側一人、反対側二人がけの郊外型シートですが、これが都市型になると後まで左右ともに一人がけで、座席数はぐっと少なくなります。

この都市型の座席配置を導入したら苦情が殺到するのは目に見えているので、座席配置は郊外型でしょう。その時に、K尺のワンステップになるか、M尺のノンステップになるか。実はこの10年、岡南営業所と桑野営業所に入るのはK尺のノンステックで、津高営業所に入るのはM尺のワンステップです。なぜかこの2種類だけで、K尺のワンステップやM尺のノンステップは登場していません。両備の西大寺営業所は、M尺のノンステップですね。問屋町あたりの狭いところをぐるぐる回るのにはK尺の方が取り回しが良いのでK尺車が入っているのだと思いますが、古いノンステップ(いわゆる、ペタノン)はM尺だし、「たま」もM尺です。M尺が入れないわけではありません。そろそろM尺のノンステップが入っても良い頃ですね。ところがどっこい、今年の秋あたりに、駆け込みで旧モデル(2025年型)のK尺ノンステップが3台くらい入ったりして。

なおこのところ岡南営業所には毎年2台ずつのノンステップの新車が入ってきているので、そろそろツーステップ車を駆逐しても良い頃ですが、運用離脱車は出てこないですね。

2026/05/19

医者のはしご

2026年5月19日

月一回の、心臓の検診に行ってきました。近所の内科です。
先日行ったSビュ院からの返事が来ているはずDす。要は、S病院のT先生は、「メインテートを増やすことを推奨する」、つまり、脈拍をもっと減らせ、ということです。ここの内科の先生は、小生が測定した毎日のデータの月平均を見ていますから、72くらいと認識しています。ところが外科の先生は自分が測定を指示したデータしか見ませんから、小生がS病院の診察に行ったときの値しか見ていません。はるばるS病院に着いて、採血、心電図、心エコー、X線と回る「ツアー」ですから、脈拍は80台に跳ね上がります。それで「下げろ」というのですから、世話はないです。内科の先生も、血圧が下がりすぎることの危険度を認識していますから、メインテートの量はそのままです。

なおこれから暑くなると血圧が下がりやすいので、特に歩行中の下がりすぎ(脳貧血その他)に注意するように言われました。

午後から、以前から気になっていたところを見てもらいに、整形外科に行ってきました。小生は2019年に心臓の開胸手術をしたのですが、それ以来右手小指に軽いしびれ感が出ています。ひどくはなく、他の感覚や動きに支障はないのでそのまま放っておいたのですが、2ヶ月ほど前からそのしびれが薬指の方に広がってきました。単なる腱鞘炎なら良いのですが、脳神経外科がらみだと心配です。

見てもらったところ、原因は「わからない」と言うことです。少なくとも腱鞘炎のような炎症ではなく、脳神経がらみ。これから先はMRIを撮らないとわからない、可能性として脳梗塞もある。自分としては、首のあたりではないかと思っているが、これもMRIを撮らないとわからない、ということです。整形外科の分野ではなく、脳神経外科の分野ということですね。

小生は2022年に脳ドックで脳のMRIを撮ってもらったことがありますので、同じ脳ドックをもう一回受けてみます。

2026/05/17

熊本から帰ってきました

2026年5月17日

 

熊本に行ってきて、今日帰って来ました。高校の同窓会(同期会)+親父の33回忌です。33回忌の方はすっかり忘れていて、お寺に「熊本に行ったついでに、寄ります」と電話をしたら、「今年は音尾さんの33回忌ですね」と言われ、急遽お経も上げてもらうことになりました。当然、お布施も持参です。おちこち声をかける時間もなく、小生一人です。


Img_14471a 高校の同期会に合わせて同期会の「芸術祭」というのもギャラリーの喫茶店でやっており、小生も写真を出品しました。東京の写真展から帰って来た写真をそのまま出品で、写真は再度のご奉公です。

 

すべて無事終わって「さくら」で帰ってきたのですが、JR西日本の車両(7000番台)にもかかわらず、窓ガラスが汚かったですね。JR九州の車両(8000番台)は洗車機にかけた後窓ガラスを拭き上げていないのか、水滴の汚れがそのまま付いていることが多かったのですが、今日の車両はJR西の車両なのに窓ガラスに水滴汚れがかなり付いていました。

 

一眼レフは持っていったのですが、あまり動き回る気にはなれず、市内で夜の熊本城を撮ってみました。手持ちなのでカメラがぶれないようにするのが、大変でした。

2026/05/14

S病院の心エコーの結果

2026年5月14日

S病院から、心エコーの結果が送られてきました。毎回(といっても年に一回ですが)なんで自分の心エコーの結果、それも患者に渡すように簡易型で作られているものをもらうのに、いちいち「カルテ開示請求書」なる書類を書かなければいけないのか理解に苦しむところですが、今は小生=カルテ開示と事務局も理解しており、診察に行くと自動的にその流れに乗ります。

それはともかく、身体の状態があまり良くない、すぐ息切れする、坂道がきつい、に比べると、心臓は悪くなっていません。EFは去年の60が59に落ちましたが、まあ語Sの範囲です。大動脈弁も、逆流度はmildのままで、変わっていません。なおmildの上はmoderate、その上はsevereで、severeが出てくるようになると手術適用です。ただ僧帽弁の逆流度が、trivialからmildに上がりました。2019年に僧帽弁の形成をしたとき、10年以内に交換になる確率が50%と言われてきましたが、あと数年のうちにどう転ぶか、です。

一方2年前に「不整脈源性右室心筋症の可能性は?」とコメントで書かれていました右室ですが、肥大していますね。しかも左室のEFに相当するFACが、30%(標準値は、49±7)まで落ちています。なお肺動脈弁の逆流は、mild~moderateと、一番大きいです。肺動脈弁の交換手術は、昔はあまりやらなかったのですが、最近はやるようになりましたね。もっとも、まだまだ手術になる範囲ではないですが。

で、明日から熊本に行きます。高校の同窓会(同期会)で、本当はついでに少し撮影しようと思ったのですが、体調が本調子ではないので、芸術祭の展示(小生の写真もあります)を除くなど、のんびり目で過ごします。

2026/05/11

新幹線の非常停車

2026年5月11日

小生は8日に東京に行き10日に帰ってきたわけですが、8日の「のぞみ」が久しぶりに非常停止しました。静岡の手前で天井灯が消えたか(実際は半減)と思ったら急減速。直ちに自動ではなく人間のアナウンス、「非常停止します。お立ちの方はおつかまり下さい」。非常停止時は停車間際の段階ゆるめがないため、がっくんと停止します。停電が発生したため非常停止になったという説明の後、地震発生のため停電になったという説明がありました。ひょっとすると、地震発生を検知した自動電源遮断です。

地震発生による自動電源遮断は、東日本大震災の発生後しばらくして、まだ余震が頻発しておいる時期に経験したことがあります。下りの「のぞみ」が新横浜を発車してすぐに携帯の地震警報が鳴り出し、ほとんど同時に照明が消えて非常停止がかかりました。止まるとすぐに揺れが来て、地震対策の優秀さを実感したものでした。

停電による非常停止なので回生ブレーキは使えずディスクブレーキだけの減速のはずですが、粘着限界で制御しているため、高速域は減速がゆっくりですね。100km/hを切ったあたりから、本格的な減速です。ただ同じがっくん停車でも、フルディスクブレーキのせいか、115系あたりよりがっくんが緩やかに感じました。

今回は震源が遠かったのか携帯の地震警報が鳴ることもなく、10分ほど停車して動き出しました。停車中のアナウンスやその他でわかった事が、照明は半減で真っ暗にはならないこと。トイレは使えないが、男子用小便所は使えること。グリーン車の読書灯はそのまま点いていたこと。などです。なお機種は、N700Sです。

普通は何事もない東京往復ですが、たまにこういう「事件」が起きます。

2026/05/09

岡山フィル東京特別公演

2026年5月9日

 

岡山フィルの東京特別演奏会を聞きに、サントリーホールに行ってきました。
溜池山王まではホテルの場所高円寺からは、中央線で四谷乗り換え、地下鉄南北線が便利と出ました。そのように行こうと思ったところ、まず今日は休日ダイヤのため、快速が高円寺に止まりません。少し早めに出たので、各停に四ッ谷まで乗り通します。ところが南北線の四ツ谷駅は、下りのエスカレーターやエレベーターなど、全くなし。丸ノ内線側から回らないといけないようです。そして溜池山王に着いたら、サントリーホール側の出口は銀座線のホーム経由です。いやあ、よく歩きました。そして今日は休日のためか強風のためか、アークヒルズの外側のエスカレーターが動いていません。仕方なしにまた階段を。ところが、中にもう一つエスカレーターがありました。


Dscn4614a 早く着いたので、久しぶりにサントリーホール開場時の自動オルガンの演奏を見ました。通常会場は開演の30分前ですが、岡山フィルの公演のためか岡山に合わせて1時間前の開場です。サントリーホールはしばらく来ないうちにまた改修があったようで、男性用トイレの位置が変わっていました。しかし広くなったので、助かります。

 

今日の指揮者は尾高忠明氏。プレトークでも話されていましたが、この東京公演は元々秋山和慶氏が計画されていたもので、尾高氏は言わば代打です。尾高氏も、秋山先生が計画されていたことならと、引き受けられたようです。

 

小生は右サイドの席だったので、会場が見渡せます。P席は今日は閉鎖ですが、それ以外は1階も2階もほぼ満席、岡山シンフォニーホールよりお客さんの入りは多いようです。すごいな、こりゃ。

 

まず1曲目は中桐望さんのピアノで、ラフマニノフのピアノ協奏曲2番。オーケストラは、12-10-8-8-6という配置です。男性は、ブラックタイ。日頃岡山での演奏会は、定期演奏会も含めて背広にネクタイですが、さすがにサントリーホールではブラックタイに威儀を正したようです。なお後で、地方オーケストラが初めてサントリーホールで演奏するときはよく舞い上がってしまうが、今日は全く舞い上がっていなかった、と語られていました。

 

演奏開始。尾高マエストロは曲の始まりは何もせず、すべて中桐さん任せ。そのピアノに。オーケストラが被さってきます。「のだめ」風に言えば、オーケストラの大津波。すごい!これが岡フィルか?いや、これが今の岡フィルです。アンサンブル、響き、どれをとっても素晴らしい。第1楽章の中間部では、久しぶりに背中がゾクッとする感覚を覚えました。この感覚は、久しぶりですね。第2楽章では、ヴァイオリンの美しいこと。第3楽章になっても、中桐さんのピアノは美しくまた力強く、今までで聞いたラフマニノフの2番の中で、最高ランクでしょう。アンコールは同じラフマニノフのヴォカリーズ(コチシュ編)。これもきれいでした。

 

休憩後の後半は、これもラフマニノフで交響曲2番。弦が増えて、14-12-10-8-6です。これは1時間以上かかる大曲。すごいとしか、言いようが無いです。最後まで迫力は落ちず、アンサンブルは乱れず。尾高マエストロは演奏後「疲れた」とおっしゃっていましたが、この難曲をお疲れ様でした。アンコールは秋山先生を偲んでエルガーのエニグマ変奏曲からニムロッド。全体で2時間15分になるコンサートでしたが、来た甲斐がありました。お土産に、廣榮堂のきびだんご(2個入り)が配られました。

 

さて、「音楽の友」に演奏会評が載るかなあ。

2026/05/07

年一回のS病院での診察

2026年5月7日

S病院の診察に行ってきました。現在は、一年に一回です。主治医のT先生はいつも朝早い時間に予約を入れるので、バスで行くと、岡山駅まではラッシュの順方向になります。そこで去年は体調を悪くしたので、今年はタクシーを予約しました。ところが連休明けでタクシーの予約も混んでいます。「10分くらい遅れるかもしれません」と言われたので、予定より早い時間にしました。そうしたら時間通り、S病院には予約の30分前に着きました。

受付に日頃行きつけの内科に書いてもらった連絡書を出し。それを持ってT先生の診察に行くと、先生は小生を診察する前に書類を見て今日の検査項目を指示します。そこからツアーの始まりです。まずは採血、小生は左は出にくいので採血はもっぱら右で、点滴で左が必要なときはかなり手首に近い位置に針を刺しているのですが、担当の看護師さんは左を指定、そして出にくい左の肘の内側を探って、細い血管に見事一発で入れました。さすがだなあ。

そして指示はないけど5分間押さえて、次の心電図と心エコーへ。検査の前に必ず名前と生年月日を言わされますが、漏れ聞こえる生年が、小生より年上ばかり。いろんな会合で(同期会を除いて)もうかなり最高齢に近いところに来ていますが、ここではまだ若手です(笑)。そしてX線を撮って、ツアーは終了です。ここまで約1時間強。

そして診察。T先生は相変わらず脈拍が高いことを気にしています。一昨年と同じで、メインテートを増やせという先生と、そうすると血圧が下がりすぎて副作用の方が危険だという小生。小生は血圧が下がりすぎると、目が見えなくなるのです。なお自覚症状として、このところ坂道などでの息切れがひどいのですが、それを言ったら先生、「歳のせいです」と一刀両断。元々この先生は、腕は良いけど口は悪いんですね。今のご時世、絶滅危惧種かもしれません(笑)。ともかく、心臓は何事もないので、次はまた一年後です。

血液検査の結果は何も説明なく渡されましたが、クレアチニンがちょっと高く(1,12)、eGFRも49.8と50を切っていました。ちょっと気をつけよう。最も5月はあちこち出かけて外食が増えるので、無理かなあ。

S病院前を通るバス、それだけではなくその方向へ行くバス自体が1時間に1本しかなく、会計が終わって出るときが、ちょうど前のバスが出たばかりの時刻でした。次はほぼ1時間後。そのバスで岡山駅まで行くと岡山駅前着は12時半くらいになるので、初めて病院内の食堂で昼食を採りました。食堂と言ってもうどんとカレーしかないので、きつねうどんです。味は良かったです。

明日から東京です。

2026/05/06

音の聞き分け

2026年5月6日

戦記物などで、戦闘機のエンジン音で敵か味方かを聞き分けるるシーンがよくあります。確かに戦闘機の音は他の雑音が入りにくいので、聞き分けやすいでしょう。酒屋を手伝っているときに、従業員にはトヨタのダイナと三菱のキャンターの音を聞き分けられる人が数人いましたが、小生は走行音など雑音が入ると、聞き分けられなかったですね。

これが鉄道車両になると、同じエンジンを使っていても排気管の取り回しなどで音が異なり、型式ごとに音が違っていました。特に気動車はそうです。発車加速時は走行音よりエンジン音の方が大きく、車両の音の特性がもろに出ました。キハ26とキロ25は、同じDMH-17B(C)×1台装備なのに、音はまるで違っていました。キロ25は独特のガーッという音がするんです。これがキハ58系になると、エンジンが変わっただけでなく排気管も中央から社端に移り、また冷却の送風系も変わり、くぐもった音がしていました。急行「えびの」の熊本出発時など、音だけで型式がわかりました。

ただ小生は音には関心はありますが、とても「音鉄」とは言えないですね。今の「音鉄」の方たちはレベルが高く、とてもそこまでの聞き分け力はありません。晴れた日と雨の日の走行音の差など、意識したこともありませんでした。雨の日は電車といえども空転しやすいので(特に、京王の昔の2600型など)、そっちの音は聞いていましたが。MT46とMT54の音の差など、そもそも国電に縁がなかったので、聞いてないですね。まあ小生の場合、気動車系が専門(だった)と言うことでしょうか。今となっては、小生の耳も周波数特性がかなりおかしくなってきており(高周波がダメです)、細かい聞き分けはもうダメですね。

2026/05/05

大学男声合唱団の団員数

2026年5月5日

小生のところには、定期的に大学の時の合唱団のOB会から会報が送られてきますが、現役の団員数はびっくりするくらいに減っています。一時は消滅するのではないかと思うくらいに減っていたのですが、少しは持ち直してきたようです。その同窓会報に、大学の男声合唱団団員数の推移のグラフが載っていました。1910年代から最近までで、出典をメモしてなかったのですが、おそらく合唱連盟のデータでしょう。大元の男子学生数は戦後うなぎ登りですが、1978年に一旦ピークを迎えてそこで足踏みします。1985年に再度上昇に転じ、1998年が本当のピークで、そこから緩やかな減少に向かいます。

一方の男声合唱団員数(平均)はというと、ピークは1965年、この時は平均団員数が95人です。平均ですから規模の大きいところも小さいところもあっての平均で、規模の大きいところは数百人の団員を抱えていたことでしょう。そこから急激に減少し、そこが1974年で平均団員数39人。まさに激減ですね。直接の原因かどうかはともかく、この時代は学園紛争の時代です。

小生が大学に入学したのは1967年で、まさに合唱団員数がピークの時代。定期演奏会では100人以上がオンステしていました。従って舞台上何列にもなってひな壇も高く、あの時代のひな壇は後に柵も何もない時代だったので、本当に怖かったです。合唱団員数の激減期にあったのですが、小生にはまだそんな意識はなかったですね。ただ同期の仲間がどんどん辞めていったのは確かです。小生も半分休眠状態に入ったので、大きな事は言えませんが。

平均合唱団員数の方は、1980年代からバブル期にかけては65人程度に持ち直しますが、それから就職氷河期に入ると歌っている場合ではなくなったのかまた減少に入り、底は2010年の30人です。そして持ち直したところでコロナ禍に入り、現在に至っています。

こうやってみると、趣味の多様化や楽器をやる人間が増えた事による合唱団員数の減少ではなく、社会情勢をもろに反映しているようですね。合唱は設備投資(?)が要らないので始めやすく辞めやすく、まわりに流されやすいのかもしれません。まあ我々の頃はそもそも母数が多く、どこへ行っても、何をやっても大勢いたのは確かでした。

2026/05/01

岡山フィル東京公演

2026年5月1日


2026a_20260501180901 5月になりました。小生は今年の5月は忙しく、東京に2回、熊本に1回行くことになります。東京行きの1回目は、岡山フィルの東京公演です。最初はこの公演だけの贅沢な旅行になるはずだったのですが、姉がらみの用事が当然のように入り、ホテルも姉の家近くに取り直すことになりました。公演のある土曜日以外は、バタバタです、

 

それはともかく、この公演は注目されています。「音楽の友」2026年(今年です)1月号がオーケストラ特集だったのですが、取り上げているオーケストラの中で、N響、東響、大フィル、都響に次いで、なんと5番目に岡山フィルです。今までの音楽の友の扱いはというと、演奏会評でも中国四国地方は広響しか存在しないような扱いで、全くの無視でした。岡山フィルなど、プロオーケストラと認めていなかったのでしょう。それが今回は、5月9日の公演の全面広告も入っていますが、すごい扱いの変わりようです。

 

東京公演を行うと言うことは、東京公演を行えるだけの実力がある、と認められたのかどうか。クラシックでない歌手やバンドも、東京で演奏しないと評価されない、と聞きますが、クラシック畑も同じなのかもしれません。

 

今回の東京公演はサントリーホールで、小生は何シーズンかN響B定期(サントリーホール)の定期会員だったので、なじみの場所です。聞き比べをやってみようと、N響の時に近いサイドの席を取ったのですが、N響定期はS席が広く、A席だとビオラの後と言うよりほとんどコントラバスの後でした。それに比べると、かなり正面よりです。ピアノコンチェルトがあるので、やはり少し前側の方が良いですね。

 

ただしこの出発の前日に、S病院の診察があります。S病院は遠いので、朝が早いんです。タクシーを予約しておこう。

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