2026年3月10日(火)
ホテルは熊本駅前で、ホテルの部屋がトレインビューならぬトラムビューのポイントである。平日の朝とあって、電車の本数も多い。意外と熊本駅前折り返しが少ない。現在のトラムは冷房は必須なので、屋根の上は賑やかだ。バスも通るが、産交バスの屋根に登録番号(ナンバープレートの番号)が書いてあるのに気がついた。西鉄バスには書いてあるのだが、産交バスも始めたようだ。
今日の行き先は、10時くらいの電車で出かけた方が潮の具合は良いのだが、バスが2時間に1本なので(あるだけマシ)、帰りのバスまで2時間待つことになる。おそらく何もない場所なので、体力を考えて待ち時間を減らしたスケジュールにする。電車は12時過ぎなので、しばらくはゆっくり部屋で読書である。お昼前にホテルを出発、昼食は駅ビルのモスバーガーに入る。岡山の行動半径からモスバーガーが消えたため、モスは久しぶりだ。
鹿児島線八代行きの各停は817系2連、元はクロス/ロングの両用車だが、現在はロングシートに固定である。当然ワンマン。鹿児島線の熊本ー宇土間は、昔の駅間に1駅ずつ駅が増えたため、駅の増設がなかった宇
土-松橋間は駅間をすごく長く感じる。かつての駅間は、C57やC60が7,8両の客車を引っ張ってちょうど良いくらいの駅間だった。
宇土も松橋も、かつては駅本屋側に1面、交換用に島式1面2線と、標準的な配置だった。それがどちらも橋上駅舎になり、ホームも島式1面2線に縮小されている。ポイントというメンテの手間と、故障や事故の危険性のあるものは、極力廃しているのだろう。最も宇土にはかつての特急待避の名残の、ホームのない通過線があるが。
松橋駅で降りる。この前松橋で降りたのは50年以上前(おそらく60年前)になるので、かつては駅本屋がどっちを向いていたのかは記憶がない。旧ホームの残骸から見て、現在のバスターミナルは旧本屋側であろう。

松橋からバスに乗る。三角行きで、かつては三角南線(57号線経由が北線)と言ったものだ。その頃は熊本(辛島町)始発だったが、現在は松橋駅始発である。2時間に1本しかないが、小生が小学生の頃も、やはり2時間に1本くらいだった。ただ現在は、日曜日には全く運行されておらず、知らずに来るとひどい目に遭う(ひどい目に遭った(;_;))。この南線側、現在は国道266号線だが、岬と岬の間の入り江に古くからの集落があり、そこを抜けていくルートなので、かつては狭い集落の間を通っていて、離合できない道も多かった。それが集落の入口あたりに新道ができたところも多く、バスは新道を走っていた。現在はさらに海側に直線のバイパスができ、九州高速道路に入るには便利なため交通量も増えたが、バスはバイパスは通らないはずだ。
バスは中型ロングか。始発の松橋駅で乗り込んだのは小生一人。途中の宇城市役所前あたりでもう1人乗る。結局小生が降りるまではこの二人で、路線バスがどんどん廃止されるわけもわかる。

目的地永尾で下車、「ながお」ではなく、「えいのお」と読む。行政的には、旧不知火町である。現在は、始発の松橋駅も、途中の経由地も、終点の三角も、全部宇城市である。平成の大合併以降、市名を聞いてもどこがどこやらわか
らないことが増えた。
熊本市内のバスはSuica、ICOCAと言った全国ICカードが使えなくなり、その代わりにタッチ式のクレジットカードが使えるようになったが、この路線でも使えた。なお車両の所属は、昔と変わらず三角営業所である。
バスを降りたところに、目的地の永尾神社がある。ただしこちらは裏参道で、表参道は海である。そう、海の中が表参道なので、海中に鳥居が立っているの

だ。神社本殿の脇を抜け、表参道の階段を少し降りる。写真にはもう少し潮が高い方が良いが、鳥居が海中のにある時間帯に間に合った。なお正しい参拝方法は、引き潮の時に鳥居をくぐって参道を登ってくるのだそうだ。ここの
神社の主祭神は、「わだつみさま」と言う海の神様である。
このあたりは不知火町と言うとおり、不知火の本場である。不知火の伝説は景行天皇の熊襲征伐記にまつわるものだが、不知火に導かれて上陸したとされる地点は、宇土半島の先端を回った宇土市と旧三角町の境あたりにある(御輿来海岸)。天草の方でも、景行天皇の伝説には事欠かない。
正式な作法ではないが一応お参りし、引き上げる。帰りのバスでも乗客はもう1名、旧三角町内の方は病院などを回るので、もう少し乗客が多いのかもしれない。
松橋駅から、今度は宇土まで乗る。松橋(まつばせ)にしろ宇土(うと=濁らない)にしろ、地元の人は気がつかないが、実は難読駅である。松橋は1面の島式ホームになったことはすでに書いたが、かつての1番ホーム(=改札口直結)の残骸が見える。島式1面に改造されたのはJR九州になった後なので、かつてのホームには、電化の時にホームをかさ上げした跡がある。やってきたのは821系3連、なんと鳥栖行きだ。SL時代の各駅停車はの上りは、熊本止まりを除けば門司港行きか鳥栖行きだった。電車になっても鳥栖行きの各停があるのはうれしい。なお3連でもワンマンである。ラッシュ時でなければ、3連がワンマンでも良いのだ。
宇土で下車する。このあたりはSUGOCAの範囲だ。
つづく
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