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2025/06/29

ドイツ語読み

2025年6月29日

最近音楽番組を見ていて、気になることがありました。作曲家の名前を紹介するときに、スッペ、オッフェンバックと紹介されていたことです。小生の頭の中では、ズッペにオッフェンバッハです。最近英語読みが多くなってきていますが、ドイツ語圏の人はドイツ語読みで良いと思っているのですが。

調べてみたら、ズッペに関してはドイツではズッペですが、オーストリアではスッペなんですね。しかもズッペはオーストリアの方なので、これはスッペに変えましょう。

オッフェンバッハも調べてみたら、人名はオッフェンバック、都市の名前はオッフェンバッハで使い分けているみたいなんです。なんだかなあ。バッハは英語ではバックと呼ばれていますが、日本ではバッハです。だったらオッフェンバッハもオッフェンバッハでいいなではないかと思っています。

他のところでも、ドイツ語読みはだんだん減っていますね。よくべー・エム・ヴェーと呼ばれているBMW社の日本法人は「ビー・エム・ダブリュー」で、DF50のマン型エンジンで知られるMAN社の日本法人は、かつては「日本エム・アー・エヌ」でしたが、マン何とか(分野別に別会社化)という社名に変わり、現在は全く違う名前に変わって、ドイツ語読みはなくなっています。またSiemens社の日本法人はかつては「ジーメンス」(だから古河ジーメンス電機が富士電機)でしたが、現在は濁点のない「シーメンス」で、こちらもドイツ語読みはなくなっています。

なお余談ですが、かつて東京にいた頃町田街道で、普通Drink!となっているコカコーラの看板がTrinke!と書いてあるのを見たことがあります。あれは一体、何だったんだろう。

2025/06/27

中国地方梅雨明け

2025年6月27日

今日、中国地方を含む西日本の梅雨明けが発表されました。中国地方は、過去最も早い梅雨明けだそうです。

とは言うものの、実際の天気はとても梅雨明けの天気とは思えません。雲が多く湿気も多く、どんよりとしていてとても梅雨明けの雰囲気ではないです。明日は本格的に暑いようですが、来週も雨こそないものの、雲の多い天気ですね。小生は7月になってから集中豪雨が来るような気がしています。

実は、梅雨が明けたら出そうと思っている粗大ゴミがあります。粗大ゴミは申し込んでから実際の回収まで2週間くらいかかるので、いつ強い雨が降るかわからないときは、怖くて出せないんです。そうこうしているうちに東京行きになるので、粗大ゴミは東京から帰ってからですね。申し込みは、逆算して早くにやっておきます。

2025/06/25

手書きの楽譜

2025年6月25日


0001a_20250625175501 0003a_20250625175501 3月に急遽姉(長姉)のアパートを引き払うことになり、とりあえず箏の楽譜を岡山に送ったのですが、やっとその整理をしました。この楽譜は大きく3つのグループに分けられ、
1)母親が修業時代に手書きしたもの。2)修行が終わって飯塚に帰ってから購入したもの。3)母親ではなく、姉が購入したもの
となりました。3)は昔芸能プロでお琴を教えたことがあったと聞いたことがありましたが、その時のものでしょう。これは処分です。2)も処分し、残ったものが手書きの楽譜です。これは捨てられないですね。

 

その手書きの楽譜、ほとんどは万年筆らしいインクでの表記ですが、一つだけ、墨汁のペン書きのような楽譜がありました。拍子もレタリングで書いたような文字です。母がこういう文字を書いたのは、見たことがありません。中に書いてある題名は、母の字ですね。おまけに裏表紙にはサザエさんをまねたようなイラストまで。

 

母は女学校を出てすぐ箏を教え始め、そして数年後にその教室をたたんで上京します。おそらく、20才そこそこです。東京での修業時代には、東急の(当時は目黒蒲田電鉄)の新奥沢線があった時代で、この新奥沢線が存在したのは昭和3年から昭和10年まで。昭和10年は0002a_20250625175501

母が21才の時ですから、ちょうどその頃ですね。


20才の母親にそんな茶目っ気があったのか、それとも誰か友達が書いてくれたのか。姉に聞いても(ぼけ始めたこともありますが)知らないでしょうね。大事に取っておきます。

 

 

なお母が弟子入りした久本玄智先生は箏曲に新しい風を吹き込んだ方で、この曲も調弦指示は西洋音階で、2/4拍子、速度記号88、変ホ長調という指示があります。

2025/06/22

新大阪駅

2025年6月22日

 

昨日大阪から帰ってきましたが、初めて新大阪駅で外に出ました。そのため、新大阪駅での車輪の展示も初めて気がつきました。

 

C57型と9600型の動輪に加え、新幹線0系の車輪(1軸)も展示してあるのは、さすが新大阪です。新幹線は、先頭車21型のものですが、0系は全軸がモーター付きなので、どの車軸も同じですね。細かく言うと、速度計などセンサーの付く軸は軸端処理が異なりますが。


25062101a 0系の車輪径は910mm、標準の860mmより大きいですが、103系のモハも同じ910mmだったので、特に大きいわけではありません。新幹線車両では100系までがこの910mmで、300系から、2階建てのE1,E4系を除き860mmになっています。

 

車輪にブレーキディスクが取り付けられていますが、このやり方は新幹線が最初ではなく、まずアプト式線路対応のキハ57で採用され、その後キハ82系特急気動車で大々的に採用されました。新幹線は、気動車での実績ある方法を採用したものです。

 

余談ですが、今回の大阪での移動のイコカの履歴を見て見たら、面白いことがわかりました。新大阪は「JR新大」ですが、福島はただの「福島」です。長距離の乗車券には「(環)福島」と書かれるのですが、(北)福島たる福島県の福島駅はイコカの範囲外のため、ただの福島になったのでしょう。また阪神にも福島がありますが、これはJRの福島駅の方が古いせいかもしれません。と言うのも、今回調べて地下鉄御堂筋線の新大阪駅の方が、旧国鉄新大阪駅よりも古いことがわかりました。数日の差ですけど。「JR新大」の印字は、そのせいかもしれません。

2025/06/21

山響さくらんぼコンサート

2025年6月21日

 

昨日大阪まで行き、山響のさくらんぼコンサートを聞いてきました。夜のコンサートで、無理すればその日のうちに帰れるのですが、お土産が配られたりで少し長引くことも考え、一泊することにしました。


20250001a_20250622001801 まずは岡山始発の「ひかり」で新大阪へ。ジパング割引の自由席です。新大阪は人人人。外国人が多いです。万博が開催されていますからね。新大阪で地下鉄に乗り換えることはあっても、本当に外に出るのは初めてです。ナビを頼りに歩いていたら、「この先行き止まり」。ナビは上下の区別がありませんから、出る階を間違えたようです。改めて1階の出口から行きましたが、ホテルの名前は「駅前」ですが、その遠いこと、T10分近くかかってやっとたどり着きました。

 

そこで荷物を置いて、再度新大阪駅へ。ホテルを出るとすぐ、新大阪駅が見えます。見えるけれどもどうやって行けばいいのかわからない状態、結局ナビのお世話になりました。今度の道が一番近い道のようで、低いガードをくぐったり、歩道橋のすぐ手前で横断歩道を渡ったり。駅の建物に着いたら、今度は在来線の改札口が遠いです。新大阪はあくまでも新幹線の駅で、在来線は乗り換えしか考えてないですからね。ただ新大阪駅はあちこちにエスカレーターが完備され、膝が痛い小生には助かります。会場のザ・シンフォニーホールまで30分で行くかと思っていたら、40分強かかりました。

 

さくらんぼコンサートではいつものことらしいですが、ザ・シンフォニーホールは山形の物産展です。さくらんぼが飛ぶように売れていました。小生も山形に行ってびっくりしましたが、東京で見るさくらんぼと、まるで違います。

 

演奏前にプレトークがありますが、まず出てきたのは豆菓子メーカー「でん六」のゆるキャラ、でんちゃん。でん六の菓子は昔はよく食べていましたが(今は塩分制限中です)、山形とは知りませんでした。その後、オッコ・カムさんと神尾真由子さんが、でんちゃんと同じ横歩きで登場。このあたりは大阪のノリです。神尾さんは、前日の東京でのコンサートではプレトークには出なかったとか。やはり彼女にとって大阪は地元です。


25062003a 今日の曲目は、オールシベリウスプログラム。まず「鶴のいる風景」、そして続けて神尾真由子さんのソロでヴァイオリン協奏曲。同じ曲のように続けて演奏されましたが、さすがに神尾さんの登場時には、拍手が起きます。神尾さんはダイナミックで情熱的な演奏、素晴らしいです。小生は2階の前から2列目の席で聞いていましたが、ザ・シンフォニーホールは岡山のシンフォニーホールと比べると一回り小さいため、舞台との距離を近く感じますね。小生は、このくらいの大きさの方が好みです。山響も、10-8-6-6-4というこぢんまりとした編成で、会場に合っています。しかし、この第一第二合わせて18人しかいないヴァイオリンが、管に負けていません。神尾さんはアンコールに、パガニーニの「24のカプリース」から第5番を弾いてくれました。これもものすごかったです。

 

山響と言えば、ホルンの首席に元岡フィル首席の梅島さんがいましたが、なんと2024年9月で退団されていました。在京の主要オケを狙っていらっしゃるんでしょうか。

 

休憩後は交響曲第2番。この金管の強い曲で、弦が負けていません。良いバランスです。山響、恐るべし。良い演奏でした。

 

終演後、出口でお土産が配られます。中身はさくらんぼがなんと7粒!てっきり2,3粒かと思っていたのに、大奮発です。それに今年から協賛になった仁丹ののど飴。さくらんぼはホテルで2粒(残りは自宅へ)、懐かしい味でした。

2025/06/19

冷房は夜もつけっぱなし

2025年6月19日

今週初めから、夜寝るときも冷房をつけっぱなしにしています。去年がどうだったのか記録がないのでわからないのですが、つけっぱなしにしたのは、梅雨が明けてからだと思っています。今年のつゆは熱いですね。毎年言っているかもしれませんが(^_^;。

小生は寝るときの冷房設定温度を28℃にしているため、週の初めはつけっぱなしとは言うものの、冷房機は動いていませんでした。ところが一昨日あたりから、夜中でも動いています。コンクリートの建物だから、だんだん建物が熱を持って、夜も冷えなくなってきているんですね。

電気代が上がるけど、必要経費です。

話は変わりますが、明日は大阪ザ・シンフォニーホールでの山響のサクランボコンサートに行ってきます。夜のコンサートなので、終わってから帰ると食事ができません。それでカミさんが「泊まってきたら」と言ったので、一泊してきます。今は大阪のホテルはめちゃ高く、東○インなのに10K越えです。小生は人の多いところは嫌いなので、朝は速攻で岡山に帰ります。

2025/06/16

照明のLED化、ほぼ終了

2025年6月16日

今日工事業者に来てもらい、台所の照明をLEDに交換しました。これで家中の灯りで電球や蛍光管の交換に椅子が必要なところは、全部LED化しました。残っているのはスタンドと、洗面台のいわゆる化粧灯です。

鏡のまわりに付いている化粧灯、これをLED化する場合、普通のLED電球ではダメなはずです。高演色タイプを使えば良いのかそれとも特注になるのか。今付いているのは白熱電球ですが、岡山に来て10年間まだ一度も電球交換は行っておらず、予備球も買ってあるので、しばらくはこのままです。交換するのに普通に立ったままできるし。

スタンドもそうですね。特にLED化するメリットも必要性も感じていません。パソコンのスタンドは、本当はZライトにしたいのですが、現物を展示してあるところがこのあたりにはありません。今度上京したときに、秋葉原にでも行ってみるかな。

さて電気工事ですが、古い蛍光灯器具を取り外すときに、「ブレーカー落としますか?」「お願いします」と台所部分の分岐ブレーカーを落としたら、エアコンも止まりました。ダイニングの照明は付いたままでしたが、台所部分の照明とコンセントが、同じ分岐になっていたのです。工事のお兄さん、器具を外し終わったら「ブレーカー戻していいですよ」と後は活線作業です。今日の岡山は予報では最高35℃、涼しい方を取ったようです。

ともかく、懸案事項の一つがこれで片付きました。

2025/06/13

月1回の心臓の検診

2025年6月13日

月1回の心臓の検診に行ってきました。近所の内科です。
主にこの一ヶ月間の状態報告ですが、5月の末、東京から帰ってきたあたりから6月の初めにかけて、期外収縮が多かったですね。期外収縮が多いときは、期外収縮以外のところで脈拍のデータを取ると、低めに出ます。60台です。心電計で撮った心電図を見たら典型的な2段脈でしたので、そのまま何もせずに放ってあります。放っていたら、6月第2週になったところでちょっと脈拍が上がり、そうすると期外収縮が出なくなりました。

昔自動車のエンジンが自分でいじれた時代(排気ガス規制などなかった時代)、ノッキングの多いエンジンはアイドリングの回転数をちょっと高めにするとノッキングが止まりました。何か自分の心臓を見ていると、この時代の古いエンジンを思い出します。

これが2段脈ではなく変な波形が出だしたら即S病院、それも外科ではなく循環器内科なのですが、今のところ何も無しです。

薬は変更なく、時期的に耳鼻科からもらっていた花粉症の薬(目薬も)が終わりですね。ザイザルは、小生はアレルギー性鼻炎の傾向があるので、まだ続けています。

2025/06/12

発券手数料

2025年6月12日

11月の大阪での前橋汀子さんのコンサートのチケットを手配しました。今年は第九の練習がないので、11月でも心配なく大阪に行けます。14時開始なので、その日のうちに帰れます。

さてこのコンサートのチケット、○○ぴあと言ったおなじみのネットチケットセンターでは取り扱っておらず、今のところかもしれませんが、ザ・シンフォニーホールのチケットセンターだけです。ここもネット取り扱いがあり、無事入手できました。そして発券ですが、これが何種類も方法があり、それぞれ手数料が違います。

この手数料が一番安いのは、当日受け取り。これだと発券手数料110円のみですが、これは直前予約の場合にしか使えません。また事前にザ・シンフォニーホールの窓口で購入しても110円の発券手数料のみですが、岡山シンフォニーホールならともかく、大阪のザ・シンフォニーホールだと行くのが大変です。

次に安いのが電子チケット。発券手数料(この発券とはなんぞや?)110円にシステム手数料110円の220円、ただし事前印刷は不可で、当日入場口でネットに接続しなければいけません。小生はネット環境を信用していないので、このやり方は却下です。

次に安かったのが、おなじみのファミマで長いコードを打ち込んで発券してもらう方法で、これで現金払いにした場合がシステム手数料が220円になって合計330円。同じ方式でも、クレジット払いにすると決済手数料の220円が加わり550円です。結局ファミマで長いコードを打ち込み、現金で払ってきました。

なお郵送を依頼すると、発券手数料に郵送料の660円が加わり、770円になります。この場合はクレジットカード払いですが、決済手数料は要らないんですね。

こうやってみると、どうやっても(電子チケットでも)必ず「発券手数料」というのがついて回るんですね。だったら入場料に合算した方が良いんではないでしょうか。今は入場税がなくなり消費税に一本化されていますから、どっちにしても税額は同じです。それとも、内部での経費処理の都合かな。

2025/06/11

右足も装具を作りました

2025年6月11日

昨日、右足の装具ができあがりました。左足の装具を作ったのが2023年9月、約2年おいて右足も作りました。元々小生の足底腱膜炎は右足が先で、それから左が悪くなったと言われていたのですが、左の方がひどかったので、左を先に作ったものです。このところ膝の裏側の筋が痛く、それに伴って膝全体も痛くなってきており、どうも原因は右足の足底腱膜炎のような気がして、右足分も作りました。整形外科の先生も「それは良い考えですね」と肯定してくれています。

2年前に左足の装具を作ったときと装具屋さんは同じなのですが、担当者が変わって、すっかり話が途切れていました。右足の寸法を採るときに左の分の装具を見せ、いきさつを説明しました。左の装具を見てもらいましたが、まだまだ大丈夫だそうです。

装具の代金は全額自費で支払いましたが、また同じように書類を持って市役所に行き、還付手続きをします。これで9割は返ってくるはずです。

保険関係では、このように「申請したらお金が返ってくる」というものが多いですね。昨日年金の改定通知の葉書が来ましたが、それを待っていたように今日979から始まる番号の、「年金通知について何たら」という詐欺電話がかかってきました。申請しないともらえない(申請すればもらえる)件が多いから、こんな詐欺が増えるんです。

2025/06/10

日本で一番高いマクドナルド

2025年6月10日


250609011a 高いと言っても、ハンバーガーが5000円もするわけではありません(笑)。高さ、それも標高ではなく、高層階です。日本で最も高層階にあるマクドナルドと言うと、東京だろうか大阪だろうかと思いますが、なんと広島の駅前でした。広島駅前のデパート、福屋の11階です。

ビル街にもマック(関西圏ではマクド)はありますが、大抵は1階か2階です。駅前や駅ビルのデパートの高層階にレストラン街があるのはよく見かけますが、大抵はそういうところは高級店が多く、マクドナルドのような客単価が安い店があるのは、珍しいですね。この店の開業は意外と古く1999年4月、デパート故、子供が入れる店として誘致したのかもしれません。

 

11階なので景色が良く、窓側の席からは広島の街が一望できます。念のために書いておきますが、値段は普通のマクドナルドと同じです。2枚目の写真にある路面電車の線路は駅ビル乗り入れの線路で、まだ工事中です。8月には(おそら

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く、原爆投下の日の前に)開業予定です。現在は駅の停留場予定地に電車を引き込み(架線がないのにどうやって引き入れたのか不明)、チェック中でした。この乗り入れ線が完成すると、駅ビルのあちこちにある囲いも取れて、駅ビルも本格的に完成です。


25060904a 昨日広島に行きましたが、本当の目的地は広島ではなく、東広島でした。ワンピース新幹線同士の行き違いが撮れます。
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2025/06/08

季節の変わり目

2025年6月8日

今日から九州北部と四国が梅雨入りしましたが、中国地方はまだのようです。この時期というのは、なんとも着るもの、その他の調整が難しい時期です。まず布団ですが、厚い布団だと暑く、寝ている間に剥いでしまってかえって寒いことがあります(子供か!)。と言って薄い布団1枚だとなんとも心許ない。重ねると暑い。しかも鉄筋の建物なので、外の気温から時間差を置いて変化するのも始末が悪いです。

服もそうで、半袖にするか長袖にするか。ちょうど境目ですね。長袖だと歩いているときに暑く、半袖だと建物の中で寒いです。しかも場所によっては冷房がかなり効いています。今年は熱中症予防のために「冷房温度は高めに」とは言われなくなったので、一段と効いていますね。

ぜんそくの方もそうですが、小生のように呼吸器が弱い系統は、季節の変わり目が調子が悪いのです。真夏真冬は、かえって元気です。これから梅雨入り、梅雨に入ると花粉症が終わるのでそこは楽ですが、しばらくは調子の悪い日が続きます。と言って、おとなしくしていないんだな、これが。

2025/06/05

581系の想い出

2025年6月5日

鉄道ピクトリアル誌の7月号が、583系の特集でした。小生は581系が登場した頃から利用しており、学生時代は熊本-新大阪(新幹線乗換で東京まで)、社会人になってからは北九州の黒崎-新大阪間がもっぱらの利用でした。そこで、581系に関する想い出を書いてみたいと思います。なお一般には583系と言われていますが、門ミフでは583系は少数派であり、クハ583の登場後はクハ581が西日本に集められたこともあって、タイトルも含め581系と書きます。

熊本から東京への往復は20系「みずほ」がメジャーでしたが、「みずほ」の寝台券は入手が難しいこともあって、小生は寝台急行の「ひのくに」で新大阪まで行き、新幹線に乗り換えるというコースをよく使っていました。581系登場前の話です。なお小生は20系も含め寝台はもっぱら上段を使っていました。身長177cmの小生には全長175cmのB寝台は窮屈だったのですが、客車寝台の上段はベッドと荷物棚が繋がっており、枕を荷物棚の方に置けば、ベッドサイズが長くできたのです。

581系が本格登場して「ひのくに」が「明星」に格上げされると、581系を使うことが多くなりました。最初は昔の習慣で上段を取ったのですが、これがあまり良くありません。ベッドサイズは大きくなったのですが、荷物棚がなくなって手荷物と同居、上下の間隔も20系より狭い感じでした。

それではと次は中段にしたのですが、ここもあまりよくありません。結局一番値段が高い下段に落ち着きました。なお581系には上段と中段の寝台にオロネ10のような小窓が付いていますが、これがまず実用になりません。上段は下過ぎて見えるのはレールだけ、中段は上過ぎて架線柱しか見えません。頭のてっぺんに目があれば(カニか笑)、停車駅の駅名がわかったんでしょうけど。

なお同じ中段でも、パンタ下の中段は頭上が広く、ここの小窓は役に立ちました。一度だけここに乗ったことがあったのですが、下関でパンタ下降の大音響で起こされました。パンタの下降音は、外で聞いていると「ずしん」くらいですが、真下で聞くとものすごい音です。特急電車は直流区間は2個パン、交流区間では1個パンで、直流から交流に変わるときは、交直転換後の最初の停車駅(この場合は門司)と本には書いてあったのですが、関門間だけは交直転換前に1個パンにしているというのは初めて知りました。

一方下段は、窓側の中段との隙間に頭が入るので上半身を起こせ、寝ても広く、快適でした。しかし一度だけひどい目に遭ったことがあります。それは先頭車に乗ったときのこと、夜になってうとうとし始めると、頭の下から「コトコトコトコト」とコンプレッサの起動音がします。これがレールのジョイント音のように連続だと良い感じの子守唄になるのですが、コンプレッサは空気圧が規定値に達したところで「プシュー」と言って止まり、静かになります。しばらくしてうとうとし始めるとまた「コトコトコトコト」。結局よく寝られませんでした。クハ581もクハ583も、コンプレッサは床下ではなく機器室(クハ583は助手席の下)なのですが、下段には音がよく響きました。

小生の学生時代の年末年始は、寝台券は徹夜で並んで入手するのが当たり前の時代で、東京発のブルートレインは発売開始10秒で売り切れる時代でした。そんな時代ですから新大阪乗り継ぎの明星といえども手に入らないことが多々ありました。そんなときは、581系の前面貫通路を利用し、3両増結の15両編成ができないものかと、真剣に思ったものです。1972年の3月改正増発分まで製造されましたから、その分を少し前倒しにするとその前の年の年末年始輸送に増結できたのですが、そういう検討はされなかったようですね。

日本が元気な頃、「24時間戦えますか?」を地で行った車両でした。

2025/06/02

古い手書きの楽譜

2025年6月2日

6月になったからと言うわけではありませんが、4月に姉のアパートから岡山に送り込んだ段ボールの整理を始めることにしました。まずは自分で選んだ、箏の楽譜です。改めて見てみると、半分は手書きです。万年筆で几帳面に書いてあり、母の旧姓が書いてあるものもあります。これは戦前のものですね。中には昭和37年作曲というものもあり、これは小生が中学生の頃作曲されたものですが、いつ書き写したんでしょうか。実家には楽譜を書ける場所などなかったはずなので、小生が昭和39年に高校に入って一年間学習机を実家に置きっぱなしでしたから、それを使ったのかもしれません。

その中に、五線譜で書いてある手書きの楽譜を見つけました。かなり大きい厚紙で、全体に五線が12段印刷してあります。230×310という今では見ない寸法ですが、調べてみたらハーフベルリーナ判という、ヨーロッパの新聞で使われたサイズのようです。曲は「感謝の一日」と「快速調」、どちらも久本玄智先生の作曲です。これも戦前かなあ。1st Violinというパート指示があるので、誰かがパート譜用に書き写したのかもしれませんが、表に「久本」の判子があります。ちなみに母は五線譜は読めなかったので、書いたのは母ではありません。

さてこの楽譜、どうしたものか。ひょっとすると、作曲者の手書き楽譜かもしれません。関係ありそうなところに、連絡だけ取ってみるかなあ。繋がるかどうか、わからないけど。

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