2024年10月17日(木)
今日は秋山先生の練習日である。途中でトイレに寄ったら、受付開始時刻ぴったりに着いた。そうしたら、今日はもう会場が開いている。時間前に空いたかな。本番の時の写真とブルーレイの注文書を出し、会場に入ったら、椅子が置いてある。ベースさんはすでにかなりの人数が揃っている。今日は出足が良いと思ったら、テノールがなかなか揃わない。15分前に事務局から、「前半は椅子無しでーす」との指示が来て、椅子を一斉に後に片付ける。テノールも、ほぼ人数が揃った。
15分前から発声練習開始と聞いていたが、なかなか始まらない。O大グリーの学生指揮者経験者あたりが前に出て自主練習でもやらないかな、と思っていたが、該当者はいなかったようだ。5分前にI先生登場。軽く発声練習をやる。そして定刻を少し回った頃、秋山先生登場。それにホリヤンともう1人。この人は誰だ?
初っぱなから始める。割とさらっと。細かい指示が出始めるのは、男声合唱になったところからだ。ここは歩く調子で。楽譜にも、合唱が始まる3ページも前だが、Alla Marciaと書いてある。初っぱなのLauの音(セカンドテナーはC)は音符一杯たっぷりと。
指示がどんどん飛び出したのは、歓喜の歌の後、Andante maestosoになってからだ。最初のGの音(Sein)は腹から出すようにと、何回もやり直しの指示が出る。メモを取っていて出遅れると、なぜか秋山先生と目が合う。「もう1回」。秋山先生は当たりは柔らかいが、妥協しない。ここのスタッカートは音は切るが、音はたっぷり。kussの響きは長めに、など、かなり時間をかけた。それだけ秋山先生はここを重要視しているということだ。
ピアニストのWさんは不慣れというか、合唱の伴奏、特に練習時の伴奏にあまり慣れていないようだ。ベテランのピアニストが、皆逃げたからなあ。Wさん、秋山先生の指示に時々もたつく。間違えても先生は怒らずに、「ここは、こう」と指摘するだけ。やはり、紳士だ。
この後も、特にスローパートを、「ここでこけたら、台無しになりますから」と、重点指導である。どうせ誰も聞いていないからと言うホリヤンとは、エラい違いだ。
ドッペルフーガの後(練習番号R)、ベース、テノール、アルトとパートソロで旋律は渡るが、テノールまではPでクレッシェンドなし、アルトからクレッシェンドが入る。そのまま行ってsfの着いたBru¨der!で最高潮、その後のu¨ber'nはピアノでSternenがクレッシェンド、zeltがデクレッシェンドでmussは完全なピアノと、今まであまり意識してこなかった強弱も、徹底的に指導される。やはり楽譜を見るのは、大事だ。最後の方のDeine ZauberのPoco adagioになってもそうで(810小節)、デクレッシェンドが松葉表記、クレシェンドはローマ字表記とわかりにくいが、下げて上がって下がる。
最後のSeid umschlungenはかなり速い。そしてTochter aus Elysiumをゆっくり響かせるのが秋山流か。そして最後のfunkenもしっかり響かせるようにとの指示、ここまで1時間ちょうどだった。実は45分過ぎたあたりから足が痛くなってきていた。靴紐をきつく閉めすぎたのが裏目に出たようで、足の位置を変えるなどしてごまかしていた。歩かないと静脈ポンプが働かないので、足がむくんでくるのだ。
秋山先生の指導はここまで。先生は6年前の演奏を気に入っていたようで、「6年前も歌った人」と言われるので手を上げたが、「今回も良い演奏にしましょう」とにっこり笑って練習会場を後にされた。なおおそらくだが、秋山先生は明日と明後日は、岡フィルのリハだ。
ここでしばし休憩、椅子を出す。後半はホリヤンの補修かと思ったが、ホリヤンは秋山先生と一緒にホテルに向かったようで、I先生が補習である。ところが小生は、耳管開放症が起こった。最近は立ちくらみより座りくらみの方が増え、信号で立ち止まったときなどに脳貧血を起こすことがある。耳管開放症も脳貧血の一つの症状で、座って起こったのなら、しばらくすれば治ると、そのまま放置した。
I先生の重点補修は、練習番号Rの後半(749小節から)、ein lieber Vater wohnenのところである。ここはソプラノはGで、アルトはE、最後はDで、しかもPで伸ばすところで、だんだん音程が下がってくるのだ。第九はテノールだけでなく、どのパートも大変だ。合唱の仕上げは、ある部分を重点的に繰り返し練習する必要がある。宝石を研磨するように、隅の細かいところをしっかり仕上げるのだ。「テンションが高ければ良いというものではないですから」とのI先生の発言に、一同(特に男声)爆笑。
秋山先生とホリヤンの方向性が違うことがわかったが、6年前は秋山先生の指導が11月になってからで、それから本番前の秋山先生の直前練習まで、ホリヤンの指導は3回だった。今年は4回、ホリヤン色がどこまで出るか。小生は、秋山先生指示のメモを頼りに、自主練習である。
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