朝ドラ虎に翼の時代
2024年5月8日
NHK朝ドラの「虎に翼」、小生の母親も主人公と同じ大正3年生まれ(五黄の寅!)だったため興味があってずっと見ていますが、昭和13年(1938年)無事大学を卒業しました。入学が昭和7年(1932年)でしたから、予科から通して6年ですね。この間の昭和10年(1935年)頃が、戦前の一番良かった時代ではないかと思います。
その頃、かみさんの母親は大手町の銀行に勤め、「花の職業婦人」でした。かつては「女の子はお茶くみ」とか言われていましたが、かみさんの母親はお茶くみなどやったことがなかったそうです。お茶くみは専門の「給仕さん」がいて、女子社員は仕事に専念していたそうです。
その大正3年生まれの小生の母親も、その時期東京にお琴の勉強に来ていました。雪が谷から電車に乗って次の駅が田園調布だった言いますから、目黒蒲田電鉄の新奥沢線があった時代です。新奥沢の駅は、田園調布のすぐそばだったようです。この新奥沢線が廃止になったのが1935年ですから、数年前でしょうか。
国内には「大正デモクラシー」の残り香があった一方、対外的な日本の動きは大分きな臭くなってきていたようです。寅子達が入学した1932年には515事件が起き、また満洲国が造られています。「もずが枯れ木で」の歌ができたのが1935年ですから、兄さが満洲に行ったのはこの頃ですね。なお小生の父親は1938年頃陸軍第23師団として満州に行き、1939年にノモンハンで負傷するも生き残り、無事帰ってきています(帰って来ていなかったら、小生はいません)。
また特高の活動も1932年あたりから活発化し、治安維持法が全面改正された1941年から本格的な予防拘禁が始まりました。寅子達は華やかな時代に学生時代を送ったものの、かなり息苦しい時代になって卒業したことになります。司法試験(現在の)に合格しても、しばらくは暗い時代ですね。
追記です。
訂正したついでに、追記です。大学の授業中に鉛筆を使っていましたが、鉛筆削りできれいに削られていましたね。手動の鉛筆削りが出てくるのは昭和30年代、手回しの小型のものもありましたが、マニアックでした。一般には肥後守です。安全カミソリが出てくるのも、ずっと後でしょう。そう言えば三菱鉛筆では入社式の時に全員にナイフで鉛筆を削らせるそうですが、今はNHKのスタッフでもナイフで鉛筆を削った経験のある人はいないでしょうね。
« 46年前のボールペン | トップページ | S病院の紹介状 »
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- LEDスタンド(2026.10.07)
- 東京から帰ってきました(2026.10.04)
- 今日から10月(2026.10.01)
- 住民票コード(2026.09.26)
- 自動連結器(2026.09.22)


コメント