クララとお日さま
2021年6月5日
ノーベル文学賞受賞作家のカズオ・イシグロ氏の最新作、「クララとお日さま」を読みました。カズオ・イシグロ氏の作はちょっと敬遠していたのですが、友人が書評をよこし、AIロボットと人間との関わりの話というので、これは小生の守備範囲だと思い、図書館から借り出しました。最初は、AIロボット+イシグロというので、てっきり大阪大学の石黒浩教授のことだと思っていました(笑)。
その友人の書評では「心温まる話」とあったのですが、読んでみたら、これはちょっと違うぞ、という感じになりました。(以下、ネタバレあり)
少年少女の相手をするように造られたクララという名前のAF(Artifical Friend)用ロボットのお話で、相手の年齢はアイザック・アシモフ氏の子守用ロボットロビイの相手よりも大きく、ティーンエイジャーですね。自己犠牲をいとわない献身のお話なのですが、ロボットの自己犠牲は、自分の性能低下も顧みず、部品を提供することです。普通ロボットは定期的にメンテナンスセンターに入るなどしてメンテナンスをするのですが、クララなどのAF用ロボットはメンテナンスフリーで、その代わり設計寿命が短いです。
従って、AFの相手が大きくなったときにはどうなるかというと、お払い箱、スクラップ行きです。そのためラストシーンは廃品置き場です。そこでクララは自分は幸せだったと言うのですが、あまり後味は良くないですね。いくら人間につくすために造られたAIであっても。その点、同じ人間のためにつくすために造られた存在であっても、任務終了後は再調整し、必要なら記憶も調整されてされて次の任務に向かえる籐間千歳氏の人工妖精の方が、小生の好みです。
AIも知性を持ったら、AIの人権(この言葉が適切かどうかわかりませんが)という問題が出てくると思います。これは川原礫氏のソードアートオンラインでも触れられていますが、AIの意思を尊重すべきでしょう。任務終了後のクララには、その後の身の振り方について、どこまで実現可能かは別として、クッラらの意思を尊重する必要があると思います。
少し話がずれますが、自由意志と見せかけて選択を強制するやり方は、大嫌いどころか、憎みます。
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