創られた日本の心神話
2020年3月20日
「創られた「日本の心」神話」輪島祐介著、光文社新書。2010年の刊行ですから、10年前の本です。県立図書館では書棚から姿を消し、書庫に収納されていました。
演歌を「日本の心」という風潮に何か違うと思っていた小生にとって、納得できる本です。「演歌」は「日本の心」か、という問いに対しては単純な肯定否定では答えられず、また簡単に答えられるような問いではない、というのが本書の結論ですが、かなり人工的に創作されたのは確かですね。そもそも「演歌」の範囲も、時代によって広くなったり狭くなったり、どうも現在では美空ひばりさえ「演歌歌手」に入れられているようです。小生の感覚では、美空ひばりは流行歌手ではあっても演歌歌手ではありません。なおひばりの「真っ赤な太陽」は違和感があるとこの本には書かれていますが、小生には全く違和感はなく、ああいうアップテンポの歌もひばりの一面だと思っています。
明治大正期の演説歌である「演歌」ではなく今の「演歌」という言葉が定着する過程において、五木寛之氏の創作が(五木寛之氏は小説家です)大きな位置を占めているみたいですね。創作がいつの間にか史実と混同されるのは、よくある話です。また、レコード会社の専属の問題やらレコード会社内の縄張り争いやら、左翼と新左翼と対立やら、演歌が出てくるのにはいろんな社会的な現象/状態も絡んでいるようです。
自分が不勉強なのですが、この本で初めて知ったことも多々ありました。ヨナ抜き五音階は日本の伝統ではなく、明治以降に入ってきた西洋音階を歌いやすくするための和洋折衷の産物(五音階自体はかなり古くからあるようですが)、「東村山音頭」は東村山市が委嘱して創った新民謡がオリジナル(志村けん版はその替え歌)などなど。
気になったものの本書の主題と外れるため明らかにされなかったのは、昔は「良い子は歌ってはいけません」と言われた歌がいつの間にか大手を振って表通りを歩くようになった過程です。既成左翼・進歩派がめざした「健康で明るい歌」(労音などがそうでした)を否定する新左翼が力を付け、現在の日本の知的ジャーナリズムもその延長にあるためのようですが、下品なものは下品です。
この本の主題からは離れてしまいますが、現在熊本県の民謡代表として「おてもやん」が挙げられています。ただこの歌、元々は酒席で歌われる歌のため内容は下品で、それこそ子供の頃は「あんな歌を歌ってはいけません」という歌でした。どうも1970年頃から大手を振って歩き出したようなのですが、未だにこれがNHKで放送されると抵抗があります。熊本民謡というと、やはり「五木の子守歌」でしょうか。なお手まり歌の「あんたがたどこさ」は関東の方言で歌われており、熊本民謡ではありません。
« バスビジョン-つづき | トップページ | 大分行き中止 »
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- LEDスタンド(2026.10.07)
- 東京から帰ってきました(2026.10.04)
- 今日から10月(2026.10.01)
- 住民票コード(2026.09.26)
- 自動連結器(2026.09.22)


五木の子守歌と言うと典型的な守子唄ですよね。一時期五木の子守歌にすごく興味を持ったことがあって、松永伍一著「日本の子守唄」と赤坂憲雄著「子守歌の誕生」を買って読むと、さらに興味をかき立てられたので、その年か次の年の旅行先を九州にし、真っ先に五木村に行きました。
子別峠を経由したなかなかチャレンジングなドライブだったので、15年経った今でもよく覚えています。
子守唄公園では、「正調:五木の子守唄」が流れていました。
キングレコードから発売されていた、「五木の子守唄の謎」というCDも買いました。全部で25バージョン収録されていますが、違和感を感じる歌唱も多いです。
投稿: 豆パパ | 2020/03/26 11:39
豆パパさん、ありがとうございます。
小生は同じ熊本県でも五木とは反対側の海沿いの生まれで、五木も行ったことがありません。従って恥ずかしながら、「正調」も聞いたことがないんです。合唱団で歌ったときは、歌詞の注意だけはしました(×おらんど→○おらんと)。
この五木村も、五家荘と並んで平家の落人伝説があるところですね。ちなみに小生の田舎(三角町)にも、「平重盛公の墓」という石碑があります。平重盛は都で亡くなっていますので、落ち延びるはずはないんですけど、平家の誰かが落ち延びてきたのでしょう。
本の紹介、ありがとうございます。さっそく図書館で探してみます。
投稿: 南海 凡吉 | 2020/03/26 18:30