久しぶりの「サザエさんを探して」
2018年3月6日
四国に行っているときは新居浜の東○インに泊まりましたが、置いてある新聞が、珍しく朝日新聞でした。今まで泊まったところは読売か毎日で、朝日は初めてです。そして朝日は土曜日にBeが付いていたので、それだけは持って帰ってこちらで読むことにしました。以前東京では朝日を取っていたのでBeはなじみでしたが、岡山では地元紙の山陽新聞に変えたので、Beも久しぶりです。
そのBeの中に、「サザエさんを探して」はまだ連載されていました。ひょっとしたら、再開かもしれません。この「サザエさんを探して」の解説は、ときどきピント外れのことがありましたが、今回のものも見事にピントを外していました。
「サザエさん」の内容は1965年2月の作品で、マスオさんが会社のバレーボールチーム(と言っても実業団ではなく、昼休みに屋上でやるバレーのチーム)のコーチを頼まれ、その気になって準備運動して行ってみたら、マスオが世話好きそうだから結婚相手を探してくれるだろうと思ってコーチを依頼した、という落ちです。ところが解説は、会社の屋上のバレーの話で、何でこの落ちが落ちになっているかはわかっていないと見え、スルーしています。
実は大事なのは1965年2月という掲載時期で、1964年10月の東京オリンピックの4ヶ月後なんですね。東京オリンピックで金メダルを取ったバレーボールチーム「東洋の魔女」は、オリンピック時は全員独身だったのですが、それをオリンピック終了後、大松監督が全員を嫁がせたのです。「結婚こそ女の幸せ」と言う当時の価値観がわかっていないと理解できないと思いますが、「高年齢」(と言ってもせいぜい30ちょい)に「高身長」(と言っても160cm台)と言う「二重苦」だった女性達を全員嫁がせたと、大松監督の「手腕」が当時話題になったものでした。アラサーの結婚が当たり前で、170cm台の女性が珍しくなくなった現在では、理解しにくいでしょうね。
朝日の記者ともあろうものが、何で先輩(70歳くらいの方も顧問でいるはず)に当時のことを聞かなかったのかな、と思ったのですが、小生が今書いたようなことをコラムで書くとセクハラになるかもしれないと、わざわざわかっていて逃げたのかとも思いました。考えすぎかな?
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こんにちは!
1965年の東京オリンピックの後で、女子バレーチームの全員が結婚したのですか^_^
大松監督の信念や手腕が猛烈ですが、選手も従順でしたね。
それから、50年余りで結婚年齢も結婚感も様変わりしました。
投稿: yokobue | 2018/03/07 12:50
yokobueさん、ありがとうございます。
あの当時、よほどの専門職でなければ、「結婚しないで仕事を続ける」という選択肢はなかったですからね。ましてプロのバレーボールチームなど、ありませんでしたから。確か河西主将が一番大きかった(170cm台?) と思いますが、立派な体格の自衛官と結婚されました。
50年も経てば、いろいろ変わります。
投稿: 南海 凡吉 | 2018/03/07 17:46