高校受験の話
2017年12月29日
昔話ついでに、高校受験の時の話を。どちらかというと、試験ではなく受験勉強の話です。
小生の高校受験は、昭和39年(1964年=東京オリンピックがあった年!)でした。その頃の熊本の県立高校の受験科目は、9科目ありました。国語、数学、社会、理科、英語に、美術、音楽、技術家庭、保健体育のテストがありました。実技試験はできないので、ペーパーテストです。配点は、国語、数学、社会、理科が各50点、英語以下他の5科目が各30点、合計350点満点でした。英語の配点が低いところに、時代を感じます。
その頃県内で一流と言われる高校は、合格最低点が270点前後でした。これは主要5科目で満点を取っても230点にしかならないので、届かないんですね。必然的に、他の4科目のペーパーテストの勉強もやることになります。しかし実技のないペーパーテストをやることの意味やら、英語の配点が低いことの問題やらいろいろ問題が指摘され、小生達の2年か3年後には入試制度が変わり、英語を入れた主要5科目だけの500点満点に変わりました。
その他4科目ではどんな内容が試験に出たかというと、美術では色の3原色、色の3要素(色相、明度、彩度)、加算混合に減産混合、補色など。彩度が一番高いのは赤(彩度10)で、その次が黄色(彩度9)というのは、その頃教わりました。色彩理論の入口みたいなところですが、その後社会人になるまで(なっても)色彩理論を学ぶ機会はなく、十二色環や色立体などは中学の時に見たきりです。ただこれが頭に入っていたおかげで、マンセルは記号を見ただけで色がぴんとくるようになりました。
音楽は、シャープやフラットが付いたときが何調になってドの位置は五線譜(ト音記号だけ)のどこになるか。その頃は移動ドが自明のこととして扱われていましたね。おかげでシャープやフラットが3つまでなら、見ただけで何調とわかるようになりました。高校受験の範囲はシャープもフラットも3つまでです。それからオーケストラの楽器。おかげで見たこともない楽器の名前だけは覚えました。そして作曲家が何楽派か、古典派やらロマン派やらです。
技術家庭では、木工の道具の名前やら製図の基礎。第何画法とか、線の太さとか。太い実線が0.5mmから0.9mm、細い実線が0.3mm以下というのは、この時覚えました。それから、加工の精度記号。小生は途中で転職しましたが、転職先の会社は身分というか職掌というか、技術系は科学系と機械系しかなく、小生は機械系で入社しました。そのため図面も描かされたのですが、製図の知識はすべてこの中学時代に覚えたことでした。意外にも、きれいな図面を描くと褒められました。
一方カミさんは中学入試を経験して高校入試は経験していないため、小生が教わったようなことは何も教わっていません。その代わり、小学校時代の鶴亀算やら植木算やら、もう忘れたと言っていますが苦労したようです。小生はと言うと、中学受験はやっておらず学校でも受験者はいなかったため、鶴亀算などは一切やっていません。教師が、これは先に行っても役に立たない袋小路の学問だ、と判断したようです。実際中学で方程式を習ったら、鶴亀算なんか必要ないですからね。
入試の勉強でやったことは後では何の役にも立たない、という話を聞きますが、小生の高校入試の勉強は役に立たないどころか後々まで立派に役に立ち、身を助けることにもなりました。ただもうあんな後々まで役に立つような知識が身につく受験勉強など、出てこないでしょうね。
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コメント
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南海さんは、かしこいからいいですわ。
あたしも一応中学の成績はよくて高校も当時は偏差値高い高校でしたが、旧型国電に
本格的にはまり、授業ウヤにしてでかけてました。毎日ペンタックスをかばんにいれて。
そうするとだんだん授業についていけなくなって、某越後屋大学入試ぎりぎり。
思い切ってランクすげえおとしたところに推薦入試ではいっちゃいました。
まわりの学生アホかと思いました。苦手な科目、入学したら試験があって能力別クラスで
なんといちばん優秀組。
化学系苦手でしたがサークルはいっていたおかげで、過去問ゲット。数値がかわるだけで
同じ問題出て、ことごとく優。いいかげんな学生生活していいかげんな論文で卒業して、いい
かげんな会社はいって、このざまです。
社会に出たら、頭の良さは、学校の成績ではないことを学びました。
あたしは、どっちもだめですけど。
投稿: ひでほ | 2017/12/29 12:31
こんにちは!
小学校の鶴亀算などの和算には、泣かされました。方程式で、解けば、たわいないですね。中学の図形や因数分解は、毎日のように、宿題が出て、これも、習得するのに、一苦労でした。
12色環は、懐かしいですね。黄、黄緑、緑、青緑、、と覚えました。反対色などは、ファッションの色合わせで、役にたちますが、今は、言語の仕事なので、関係ないですね。
大学では、マックスウェルの電磁波の方程式、4つで、電磁気学が、表わされることに、感動しました。ベンゼン環の電子の非局在化を夢で、思いついた話も、なかなか、インパクトがありました。
投稿: yokobue | 2017/12/29 15:12
ひでほさん、ありがとうございます。
このその他4科目のおかげで高校はすんなり入れたのですが、高校に入ったらグラム分子やらグラム当量やらの新しい言葉で苦労し、数学はX(変数)とX1(定数)の違いがわからず、物理は質量と重量の違いがわからず成績は急降下、そのおかげでK大は推薦が受けられませんでした。中学時代は田舎できちんとした本屋などはなく、高校に入って熊本市内の本屋で「鉄道ファン」を見つけたのも、成績落下に拍車をかけました。
高3の秋に「何だ、こういうことだったのか。」という感じでわからなかったのが言葉の定義だったことに気がつき、大学入試は現役で間に合いました。その頃から、本番には強かったです。
投稿: 南海 凡吉 | 2017/12/29 17:09
yokobueさん、ありがとうございます。
中学での図解は、かなりやらされましたね。おかげで平面図形は強いのですがこれが立体になるとどうも良くなく、大学に入って等角写像やら周回積分になるともう「あきまへん」になりました。幸いモーターの中の磁束分布も断面で表した2次元だし、扱ったロボットもほとんどが「2次元+H」だったので、3次元が苦手ということはばれませんでした。
なお最近は、女性は2次元にしか興味がない、という変なオタクがいますが、小生は違います(笑)。
行列式やラプラス変換は、大学でもっとしっかりやっておけば良かったと、卒業後20年くらい経ってから後悔しました。
投稿: 南海 凡吉 | 2017/12/29 17:19