2009/11/09

眼科は大学病院を卒業

2009年11月9日

半年ぶりに眼科の診察に行ってきました。しばらく行かない間に眼科は引っ越しており、近くですが系列の「リハビリテーション病院」に同居していました。元々の病院で他の科が拡張したとも思えないので、医療制度の変更でリハビリ期間が短縮されてしまったため、リハビリテーション病院の入院患者が少なくなったのではないかと思っています。

さて全く初めての病院、入口を入ると「ここはG階です」との表示があります。眼科外来は1階で、一つ上の階になります。エレベータに乗るとG階の下にはB階があり、まるでイギリス英語のグランドフロアです。
1階に上がると、診察室が皆個室になっていました。これはまあ今の流れから言えば当然で、従来のカーテンで仕切っただけの診察台が珍しかったのかもしれません。眼科の患者は多いので、待合室に椅子はふんだんに用意してあります。以前は向かいにあった形成外科の待合所も、かなり眼科が占領していました。
診察受付や検査のスタッフは皆昔と同じ、全員引っ越してきたようです。お疲れ様です。

診察の前に検査に呼ばれますが、検査室に患者専用の手洗い場ができていました。小生のような、コンタクトを外す人のためだそうです。以前はスタッフの手洗い場を借りていました。
視力自体は以前より悪く、0.05くらいです。場所が変わって壁が白いので、目標がつかみにくくなってCの字を探せなくなったのも一因です。しかし診察では以前と膜も変わっていないということなので、見方だけでしょう。

さてその診察ですが、もう完全に安定というか固定しているので、1年に1回でも良いだろうということになりました。しかしその後S先生しばらく考え、
「もうここ(大学病院)に来なくても、近所の眼科でも良いですけど。」との発言。
「では最初にここを紹介してくれたところで。」
「あ、○○眼科ですね。紹介状を書いておきます。2千円くらいかかりますけど。郵送します。」ということで、次回は近所の眼科に見てもらうことになりました。近所の眼科は時間ができたときに行けばいいので、気楽です。
「何か異常があったら、すぐこちらに来て下さい。」とのこと、異常があったら駆けつけます。S先生、最後に緑内障の傾向がないかもじっくり見ましたが、元々眼圧は低めですので、その傾向はないようです。

会計で他の人の話を聞いていると、1年以上間隔が開くと初診扱いになるそうです。そのために1年に1回だと色々面倒なのでしょう。明細を見たらその2千円の文書料は入っていないので、S先生は郵送と言いましたが現金を持って取りに行くことになると思います。

会計の時に次の予約について確認されます。
「次の予約が入っていませんけど。」
「卒業だそうです。」
「まあ、おめでとうございます。」
と、2005年10月からずっとお世話になったF病院も、これで卒業です。

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2009/09/16

コンタクトが1年持った

2009年9月16日

先日コンタクトに何か違和感があり、夕方外してみたら、端に裂け目が入っていました。どうやら寿命が来たようです。このコンタクトは4つめで、2つは紛失、後1個は半年もしないうちに裂けました。今回のものを買ったのは去年の7月ですので、約1年1ヶ月持ったことになります。やっと1年持ちました。

今のソフトコンタクトは1日タイプ(洗浄しない)や1週間タイプ(たんぱく除去をしない)がほとんどで、小生のもののように1週間ごとのたんぱく除去を行いながら使うタイプは、ぐっと少数になりました。小生のコンタクトは17度という高度数なので、1週間タイプもないようです。
しかし1年持ったと言ってもすんなり持ったわけではなく、
5が月:コシが無くなり、すぐずれ、やたら外れやすくなる
8ヶ月:コシが無くなった状態でバランスしたのか、また安定期
1年:また少しずれやすくなる
と調子の良いときと悪いときが交互に来ます。本来は最初に不調になった5ヶ月くらいで取り替えた方が良いのでしょうが、2万円強のものを半年弱で使い捨てにするのは、経済的負担が大きすぎます。何とか1年間は使いたいものです。09091601a


去年2個同時に作ってもらったので、スペアが1年間待機していました。早速新しいものに取り替えましたが、さすが新品、装着感がよく不自然さが全くありません。やはり半年ごと交換の誘惑に駆られます。
洗浄するときは久しぶりに弾力性のあるものを扱ったため、飛ばしてしまいました。3個目を紛失して以来洗面台の排水口には蓋をして扱っているので、すぐに発見でき、事なきを得ました。近いうちに眼鏡屋さんに行ってスペアを発注しますが、ボーナスが無くなったので、この費用をどこから出そうか悩みます。

写真はコンタクトの入っていた入れ物、ほとんどバイアルです。

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2009/08/05

遠近両用コンタクトレンズ

2009年8月5日

先日デパートの中の眼鏡売り場(と言うより、店を出している眼鏡屋さん)の前を通ったら、遠近両用コンタクトを宣伝するPOPがあったので、釣られてチラシを数枚もらってきました。以前遠近両用眼内レンズの治験の案内をF病院で見たことがあったのですが、コンタクト自体はすでに実用化されているんですね。

遠近両用コンタクトレンズの原理は、何やら難しい理屈を見たことがありますが、簡単に言えば人間ははっきりした画像とぼけた画像を一緒に見ると、はっきりした画像しか見ないという脳の性質によるものだそうです。つまり二重焦点レンズの場合は、目にはぼけた画像とピントのあった画像が飛び込んできますが、脳はその中のピントのあった画像のみを選択してぼけた画像は無視すると言うことですね。視覚は目ではなく脳で決まり、カメラよりもその後の画像処理機能の方が重要と言うことです。

具体的にはどうなっているかというと、3社のチラシをもらってきましたが、
旭化成(ソフト):中心部が近用、周辺部が遠用。
HOYA(ハード):中心部が遠用、周辺部が近用、中間部もある累進焦点型。
ボシュロム(ソフト):中心部が近用、周辺部が遠用、中間部もある累進焦点型。

遠近両用眼鏡は上から下に行くにつれて焦点距離が変わっていますが、コンタクトレンズは中心部から外側に向けて焦点距離を変えてあるのですね。近用を中心に持ってくるか周辺に持ってくるか2タイプがありますが、それぞれ理屈があるのでしょう。明るくすると瞳孔が小さくなり周辺部の光が見えなくなりますから、小生は中心部が近用の方が良いような気がします。

いきなりコンタクトは大変ですが、小生の場合すでに右目はソフトを使っているので手入れは一緒にできるので、その手間は省けます。現在は眼鏡は遠近に中近、それにハンダ付けなど細かい作業をするときには近近まで3つを使い分けているので、コンタクトの累進焦点がどこまで付いてくるかわからないのですが、ちょっと興味はあります。

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2009/06/11

目は変わりなし

2009年6月11日

久しぶりに、眼科の診察に行きました。今眼科は半年に1回になっていますが、F病院は予約ができるのが向こう3ヶ月です。それでもたもたしていたら満員でなかなか予約が取れなく、予定より1ヶ月遅れました。視力は0.08で変わりなく、視力検査板の一番上に明かりが点いているのはわかるのですが、どこが切れているのかまではわかりません。

今日は良い方の左目にも散瞳指示が出ており、左目もじっくり検査してもらいました。左目は良いと言っても、軽い飛蚊症があります。このことを話しましたが、これは年とともに硝子体がだんだん小さくなり、隙間ができてくることにより起こるものとのことです。まあ、言ってみれば老化現象ですね。他は問題なく、右目も安定しています。しかし見える目を散瞳して強い光を当てて検査するのは、はっきり言って拷問ですね。しばらくは何も見えず、外来の師長さんが「あら、お久しぶり」と声をかけてきましたが、全くわかりませんでした。仕事ができるようになったのは、午後からです。

右目の方はもう炎症はすっかり無くなっています。網膜に膜が張り付いているのですが、その膜も完全に固定しています。この膜が網膜をふさいで視野を狭くしているのですが、小生の場合は中心部がわずかに開いているため、視力検査で0.08という数字が出てきます。左目は矯正視力1.5のため右目は日常は全く役に立ちません。それでも右目だけで物を見てつかんだり、位置を確認したりすることが可能なので、たまには右目だけを使って右目に見えることを自覚させながら、非常用として大事に取ってあります。左が白内障になって手術するときなどには、右目が見えるおかげで、常時介護の必要はなくなります。あまり見えない右目にコンタクトを入れて使っているのは、廃用性斜視の防止と、非常用として準備しているためです。目も使わないと、どんどん見えなくなりますので。
でももし右目だけになったら、コンタクトを入れたり、また洗浄したりするのが大変ですね。その時は瓶の底目眼鏡でしょう。

今回で、目薬も完全に終了しました。今右目は、市販の「コンタクトの上からさせる目薬」というのを使っています。時々コンタクトの表面が乾くので、そういうときには役に立ちます。またF病院の眼科は、近いうちに隣の建物に引っ越すそうです。今度行くときは、隣の建物です。

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2009/05/24

右脳左脳と目の関係

2009年5月24日

事の起こりは、昨日(5月23日)のキムタク主演のドラマです。右脳を活性化させるため、左目だけが見えるサングラスをかけて考え事をしていました。右脳と左脳の働きの分担については言い古されていますが、一般には、

左脳の機能:論理、詳細思考、物証主義、言葉と言語、数学と科学、「知っている」
右脳の機能:直感、鳥瞰思考、想像主義、シンボルとイメージ、哲学と宗教、「わかる」

と言われています。科学者は左脳人間、芸術家は右脳人間という俗説もありますが、これは当てになりません。右脳については実際に「速読術」の本なども売られており、一字ずつ読み取る「詳細思考」ではなく、全体を眺める「鳥瞰思考」で本を読む訓練をします。その本では右脳を活性化させるため左手を使う訓練もあります(以上立ち読みのため、多少違っているかもしれません)。この右脳を活性化するために左半身を使うのは目でもよく、それがキムタクのドラマのシーンになってくるわけです。

そこで疑問、常に左目だけを使っている小生は、どうなったかです。やっている仕事は基板を作ったりソフトを組んだり、物性特性の理論解析をやったりと純理系、先日は四十数年ぶりに定積分をやり、苦労しました。つまり日頃使っているのはもっぱら左脳、それが右脳人間に変わったかということです。右脳派か左脳派かを判断する動画があります。このシルエットが右回り(時計回り)に見えたら右脳派、左回りに見えたら左脳派と言うことですが、小生は右回りに見えます。ちなみに音楽大学に行こうかどうか迷った末に文学部に来たカミさんも、右回りです。つまり、左脳派だった小生は目の病気で右目が使えなくなり、右脳派に変わったということが、言えなくもないのです。

ただし、「お前は潜在的な左利き、しかも利き目は元々左だったではないか」という声が、どこからか聞こえてきます(^_^;。
なお左手や左目を使って右脳の鳥瞰に必要とされる部野まで活性化されるのかどうか、どうも疑問のところもあります。これはもうちょっと調べる必要がありそうです。

余談ですが前述のキムタクのドラマ、ガリレオの二番煎じを狙ったのでしょうが表現がどぎつい上にキムタクにおかしさが無く、来週からパスです。やはりTBSのキムタクのドラマはダメかな。決めつけてはいけませんが。

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2009/05/06

国立病院と大学病院

2009年5月6日

先日同僚の結婚式に出席しました。同僚と言っても小生の息子より若く、座席表の書生の肩書きは「上司」でしたが。そのお相手は某国立病院(現在の正式な名称は、独立行政法人国立病院機構国立××病院)の看護師さんで、祝辞を述べたのはそこの病棟師長さんでした。そこの病棟は眼科を含んだ混合病棟だったので、ちょっと挨拶がてらに話を聞きに行ってきました。ところが、この5年間で4回入院し、1回はC型肝炎という話をしたのですが、全く反応がありません。F病院でも眼科病棟は混合病棟だったのですが、師長さんは胸部外科の出身(心臓の手術はうちでやれ、と勧めていました(^_^;)、消化器内科の経験のある人もいて、「あ、南海さん、フェロンやったんだ」という話になったのですが、全くの無反応です。また目の病気の話になり、桐沢型ぶどう膜炎という話をしたら、全く初めて聞いたこともないというのです。急性網膜壊死と言っても通じません。急性網膜壊死と言えば、内科の先生でも「聞いたことはあるな」くらいの反応はあるのですが。「うちは白内障ばっかりよ」という話で、硝子体手術をどのくらいやっているかと聞こうかと思ったのですが、止めました。

そこで思い出したのが、小生の会社で同じ病気で失明した方の話です。最初は近くのS会病院(かなり大きな病院です)に行ったところ「うちでは見られない」と言われ、市大病院に行ったという話です。小生は入院中に、保険が利かずに研究として行われているという治療をいくつか聞きました。桐沢型ぶどう膜炎の治療だけでなく、ごく一般の硝子体手術でもそれがありますので、研究費を持っている病院でないと治療はできないと言うことになります。国立病院と言えども(国立病院だからよけい?)眼科の研究費対象の症例を避けていたら、それこそ手術は白内障だけになってしまいます。大学病院(私大も含めて)と国立病院の思わぬ差を感じました。これは看護師としてはあまり関係ないかも知れませんが、もし医者として技量を身につけようと思ったら、少なくとも眼科では国立病院はダメですね。

話は変わりますが、昨日は佐倉にある国立歴史民俗博物館(ここの正式名称は、大学共同利用機関法人人間文化研究機構)に行き、「錦絵はいかにつくられたか」という特別展示を見てきました。ぼかしと空刷りの技法が興味深く、また位置あわせのマークである「見当」が版木にあることも確認できました。ここは常設展のボリュームがものすごく特別展の4倍は軽くあり、古代だけ見て終わりました。古代でも縄文時代から弥生時代に移った年代(水田稲作の開始を弥生時代の始まりとしています)が九州北部と関東では750年ほど違うこと、九州北部と南部とでは弥生人の骨格(特に顔)がまるで違うことなど、興味深い展示が色々ありました。そのうち常設展示だけを見にまた行くかもしれません。

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2009/04/29

2年目のメタボ検診

2009年4月29日

児童生徒から会社員まで、専業主婦も含めてフリーランスの方を除くと、春は健康診断の季節です。会社の健康診断は去年からいわゆるメタボ検診が加わり、今年はその2年目です。それだけでは無く、毎年少しずつ変わっています。

視力検査は両目で覗く方式で、このやり方は検査しない方の目は白い紙が見えており、小生の右目は左目に比べて暗いので、このやり方だと全く見えません。去年は自己申告で「0.1以下」というところになったのですが、今年はその後「はい機械から外して左目を押さえて」と言われ、検査員の人が手に持っているCの字を見る検査があるいました。去年は気がつかなかったのですが0.1以下が「0.1以下」、「明暗のみ」、「失明」と別れており、その検査もやりました。距離と字の大きさから見て0.03相当くらいの検査でした。なおこの覗きからくり、光学的に距離3m相当に設定してあるそうで、それに気がついた去年から使う眼鏡を遠近に変え、左の矯正視力が0.9から一気に1.5に跳ね上がりました。

採血は真空採血管が一般的になっていますが、小生を含め、何人かの人はシリンジ(いわゆる、注射器)でした。横目で見たら真空採血管の針がやたら太く、血管の細い人はシリンジになっているようです。小生も昔は血管は太かったのですが、長年の採血疲れですっかり細くなってしまったようです。ただ注射針を外してシリンジから試験管に移す作業を手袋もしないでやっていたので、「大丈夫か?」と思ったのは確かです。

採血のあと普通5分で血は止まるそうで、小生も5分で止まりました。ワーファリンを飲んでいると内出血はなかなか止まらないみたいなのですが、空気の作用か、外に出た血はきちんと止まるようです。

メタボ検診の腹囲測定は、去年の81.5cmが一気に76.5cmに5cmも細くなりました。小生は男にしては珍しくウエストが細い割には腰骨が張っており、計る位置がちょっと下目になるだけでも数cmは簡単に違います。まあ最近腹筋の運動も少しやり、少ししまったのも確かなのですが。今年は一番細いところを計ったようで、その後もう1回計り直して、公式記録は77.5cmになりました。このメタボ検診、身長に関係なく腹囲だけを計って判断しており、実にいい加減だと思います。なお小生は身長177cmで体重69.5kg、BMIはぴったり22です。

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2009/01/31

コンタクトのドライアイ

2009年1月31日

前回、目の「痛みや違和感は全くありません。」と書きましたが、細かい不具合はしょっちゅうあり、そのほとんどがコンタクトがらみです。その一番が瞬きした時に突然はずれることで、これはどういう時に起こるか、最近はほとんどわかっています。まず起こりやすいのが群馬出張の帰りで、渋谷の湘南新宿ラインからの長い通路か駅から自宅まで歩いている時で、その次が会社からサントリーホールに直行する時です。人混みの中で外れると、まずなくさないように確保し、それから人通りの少ないところに行ってコンタクトケースを鞄から出してその中に入れてと、結構大変です。

そのサントリーホールで目に違和感があったのでコンタクトがずれたのだと思い、トイレで直そうとコンタクトにさわってみました。するとコンタクトの表面がからからに乾いています。これではまぶたとの間で滑りが悪くなり、瞬きした時に引っかけて外れるはずです。その時は仕方なしに指先を舐めてちょいちょいと修正し、無事はずれずにすみました。いつもの通勤経路ではまずはずれないところを見ると、渋谷や溜池山王など人の多いところを通る時は目が普段より活発に動くのか、あるいは精神状態で目が乾きやすくなっているのでしょう。

こうなると対策は簡単で、コンタクトを装着中にさせる目薬を探してくればいいのです。ドラッグストアに行くといっぱい並んでおり、刺激の強いすっきりするタイプから刺激のほとんど無いものまで、小生はできるだけ刺激のないものを買いました。ただ1時間くらいしか効果は続かないので、群馬の帰りは途中で2回さす必要がありました。それでも外れた時の手間を考えると、楽です。

実は治療の目薬が全部終わった後、もし目薬を差したくなるようなことがあったらどうすればいいかと先生に聞いたら、ドライアイの目薬の処方箋をくれました。しかしこれは原則コンタクトを外した後と言われており、今回のような時には使えません。本当にコンタクトの上からはダメなのか、今度薬剤師のナオコ先生に聞いてみようと思っています。

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2009/01/24

治療薬としての目薬、完全に終了

2009年1月24日

前回の眼科の検診で目薬は終了になったのですが、まだ手持ちがあるので、それを使っていました。それが19日に無くなり、治療薬としての目薬が終了しました。最後の目薬は殺菌剤のクラビット0.5%とステロイドのフルメトロン0.02%で、うまく調整して2つ同時に終わりました。目薬を使った期間は2005年10月3日以来約2年3ヶ月で、特に10月7日以降はステロイドの目薬も加わり、ずっとステロイドの目薬、最後はかなり弱いものでしたが、使い続けていました。これでステロイドと完全に縁が切れました。

日頃の目の症状はというと、痛みや違和感は、全くありません。違和感はコンタクトがずれたり引っかかったりする時だけです。コンタクトを入れ、その上に眼鏡をかけて視力は0.07くらい、しかも視野はものすごく狭いのですが、一応見えているので、時々ゴーストのような映像が左目の映像にかぶります。しかし不思議なことに、長時間目を使う時は右目にコンタクトを入れていない時の方が、入れている時より左目の疲れが大きいのです。人間は常に両目を使っているわけではなく適当に交代しているというのを聞いたことがありますが、0.07の右目でも時々交代してその分左目を休めているのかもしれません。

実質片目の行動にも、ずいぶん慣れました。ド○ールなどの喫茶店でコップに水をくむ時にこぼさなくなりましたし、大抵の段差はわかるようになりました。これは両眼での立体視はできないものの、移動する時や頭を動かして時間差で立体を捉えているものです。ただ時間差で捉えているので不意打ちには弱く、予想もしていないところに段差があると、空足を踏みます。

人混みにも慣れました。視野が狭いのはどうしようもないのですが、ぶつかるのが平気になりました。先日渋谷で右側から追い越してすぐかぶせるように左折した人がいて、まともにぶつかってしまいました。ただ車ではぶつかっても平気というわけにはいかないので、運転はずっとやっていません。09012401ajaf30


そういう時に、JAFから入会30周年記念ステッカーが送られてきました。昔車を持っていた時に入会し、車を手放した後も会社の車に乗ったりレンタカーを使うことがあるのでそのままにしていたのですが、そろそろ辞め時かもしれません。

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2009/01/05

ウエストが細くなった

2009年1月5日

今日から仕事開始、しかし今日は仕事は早々に切り上げ、Oデパートのオーダーワイシャツバーゲンの案内があったので、そちらに行ってきました。最近Y体はおろかA体も含めたJIS規格のワイシャツが姿を消したため、仕方なしにワイシャツはオーダーにしています。前回作ったものがやや太めだったので、今回寸法を測り直してもらいました。すると胸囲は89cmで変わらないものの、腹囲は83cmが78cmと5cmも小さくなっています。これでは作ったワイシャツが太めになるはずです。腕周りなど、その寸法に合わせて細くしてもらいました。前回太すぎると文句を付けて1cm細くしてもらった首周りは、40cmが38.5cmになっていました。

前回の採寸は2006年で、IFNが終わり今度はぶどう膜炎になって、ステロイド漬けになっていた頃です。ステロイドの副作用では顔が丸くなるムーンフェイスが有名ですが、首も太くなり、肩もごつくなります。最近方のごついのが治り前回書いたように背広の上着が一サイズ小さくなったのですが、今回首周りをきちんと計ったら1.5cm小さくなっていました。元々既製品を買っていた頃は38-82だったので、これで正常です。

ウエストは元々細かったのですが、太ったのではなく、むくんでいたようです。体重は変わっていないので、その分は中身が詰まったのでしょう。物理的に言うと比重が重くなっているので、プールに入ったら沈むかもしれません(笑)。ともかく、身体のサイズは元に戻ったようです。

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2008/12/10

背広の上着のサイズが下がった

2008年12月10日

最近作業服ではなく背広で行動することが多いせいか、背広の傷みが早くなりました。先日ズボンのほころびを見つけ、修理しようと思ったら他にもガタがいっぱい見つかり、急遽「今年最後」と銘打ったT○屋の紳士服バーゲンに行ってきました。

前回からイージーオーダーにしたら良い感じなので、今回もイージーオーダーにしました。前回の服を着ていったところ、「ずいぶんゆったり目に作られていますね」と採寸する店員さん。これを作ったのが2006年1月で、「やせられましたか?」と言われたのですが、体重は変わりありません。思い至ったのが2006年1月といえば、ちょうど桐沢型ぶどう膜炎の治療でステロイド漬けの時でした。この時も背広のズボンに穴があき、急遽バーゲンに駆けつけたものです。

ステロイドの副作用にバッファロー肩というのがあり、肩がいかつくなったり首が太くなったりするのですが、「肩幅も少し狭くなっていますね」と言われたところを見ると、まさにそうです。両肩を5mmずつ詰めてちょうど良いそうで、上着が基準サイズで一つ下になりました。ステロイド、恐るべしです。ワイシャツもその頃採寸したものは、全部測り直しでしょう。

会計の時にひょいと見たら、礼服もあります。そう言えば略礼服も30年近く着ており、そろそろ作り替えなければいけません。「礼服もセール中です」の声に引かれ、略礼服も注文しました。最近は略礼服もほとんどシングルになっているそうですが、結婚式の時には乾杯前にスピーチしなければいけないこともあり、ダブルにしました。昔のダブルは6つボタンでしたが、最近のものは4つボタンです。散財になりましたがちょうどボーナスの支給日、そのうちボーナスもなくなりますから、買えるのも今のうちです。

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2008/11/30

眼科はほぼ卒業

2008年11月30日

木曜日(27日)に眼科の検診に行ってきました。視力は残念ながら0.08、やはりほんのちょっとコンタクトがずれると見えなくなるのと、目標よりやや左上を見るのが、今回はうまくいきませんでした。しかし全体的には問題なく、目薬(クラビットとフルメトロン)は終了しました。しかし目薬が全くないと目にゴミが入ったときなど困るので、「市販の目薬で良いですか?」と聞いたところ、「じゃあ、これを出しておきます」と言われて出てきたのは、ドライアイ用の目薬でした。「今の時点の記録を取っておきますから」と言われて、久しぶりに眼底の写真を撮りました。じっくり見ている時間はありませんでしたが、膜が白い雲のように張り付き、ごくわずかの隙間の網膜で見ているようです。通常眼底写真を撮るとまぶしくてしばらくは何も見えなくなりますが、小生の右目は平気です。平気ということは感度が悪いことですので、残念ではあります。次の診察は半年後、目薬もなくなって眼科はほぼ卒業です。

ここF病院の眼科には2005年から特に去年までは通いつめでした。しかし3年の間に先生方はかなり替わり、教授、助教授(現在は准教授)は変わりないもののN講師が辞められてN助手が昇格、若手だったS先生が助手(現在は助教)に昇格したものの、それ以下の先生達は誰も残っていません。大きい病院の若手先生は、回転が早いですね。

その日はそれから柏に行く用事があり、北千住で降りて昼食にしました。最近は顔を動かしたり目の位置をずらしたりして距離確認ができるようになり、階段も平気になりました。以前はセルフサービスのコーヒー屋でコップに水を入れるときによくこぼしていたのですが、最近はうまくなりました。と思っていたら、久しぶりに昼食中にコップに手を引っかけてひっくり返しました。手を伸ばしたとき、思っていたより手前にあって、突き倒した形になったのです。幸い何もない方向に倒れたので隣の人にも、小生の荷物にも被害はなかったのですが、後片付けで○ニーズ北千住店の方々には、ご迷惑をおかけしました。

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2008/10/19

コンタクトケースの洗浄

2008年10月19日

福岡出張のついでに所用で熊本により、昨日帰ってきました。福岡も熊本も暑いと思っていたら、28℃を超えていました。冬の背広を着ていての28℃は、暑いです。熊本では時間があったので、本丸御殿が復元完成した熊本城に寄ってきました。08101802a


さて本題。小生が今使っているコンタクトの洗浄剤は専用ケースを使うため、保存用に使っているケースは保存だけにしか使いません。実際には洗浄したあとのコンタクトをちょっと入れておく時や、何かのはずみでコンタクトが外れた時に入れておく程度です。ただ旅行中は、携帯に便利な違う洗浄剤を使うため、コンタクトケースの左をその洗浄剤用に使い、保管は右だけを使ってきました。コンタクトを使っているのは右だけなので、こういうことができます。08101804a


岡山旅行の時、コンタクトケースの右と左の感じが違うのに気がつきました。ケースの底にはリブが立っているのですが、右はそのリブがくっきり見えます。どうやらこれは汚れのようです。コンタクトケースに指を入れる時は必ず石鹸で洗ったあとで、ケースも定期的に水洗いしているのですが、どうやら水洗いだけでは足りなかったようです。とは言うものの変な洗剤は使えないしと思っていたら、良いものが見つかりました。以前使っていた東レ純正の洗浄剤です。これは中身はほとんど合成洗剤なので、ちょうど良いです。これをケースに付けてごしごし洗ったら、きれいになりました。やはり保管用ケースも水洗いだけではなく、定期的に洗剤で洗わないとダメなようです。

以下余談。
ココログに検索ワードが出るようになりましたが、そのトップは「昭和19年の10円の価値」この検索ワードでどうしたら小生のブログが出てくるのか、全く不明です。
緒方拳さんの遺作となった「風のガーデン」、1回目をビデオに録画していて、やっと見ました。カミさん曰く、「中井貴一が歳取ったら、ますますあなたに似てきたわね。」小生が似てきたのではなく、中井貴一が似てきたのです。まあ似ていると言われて、「いやだ」と思う俳優さんではないです。

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2008/09/21

ぶどう膜炎・発病して3年

2008年9月21日

昔の日記(ホームページ)を見返してみたら、2005年9月20日に最初にぶどう膜炎の兆候に気がついた記述がありました。本格的に病院に通い出したのは10月になってからですが、発病してちょうど3年になるわけです。10月の体育の日を挟んだ3連休がだいたいのめどになるのですが、発病した年は3連休に引っかかって病院が休みのため、強引に九州旅行に出かけています。翌2006年は3回目の手術を控えていたためおとなしくしており(オフ会があったのは、この頃です)、去年は板谷峠に行っています。今年は岡山のドラ息子のところを訪ねて、そのまま讃岐の金比羅さんまで足を伸ばそうと考えています。何せ琴平まで岡山から1時間ですから。ホテルの予約を取り、今日切符を買ってきて準備完了です。

さて発病して3年、ずいぶん変わりました。目は最終的にコンタクトで落ちつき、何とか視力0.1を確保するまでになっています。この0.1、視野が狭いので左と一緒になっての立体視はできませんが、非常用としては十分役に立ちます。以前も書いたことがありますが、もし左目に何かあった場合、この歳になっての完全失明だと誰かが付きっきりになりますが、今の右目の状態でも、家の中であれば何とか行動ができます。これはものすごい差だと思います。

内服薬は眼科関係はすでに終了し(心臓関係で飲まされています)、目薬だけが朝晩1回ずつで残っています。面倒(気を使う)のは泊まりの旅行の時だけで、これも切らしてはいけないワーファリンの方が気を使います。

通常の生活においては、片目に慣れました。2年前はセルフサービスの喫茶店などでコップに水をくむ時によくこぼしていたのですが、うまくなりました。また人混みと階段が怖かったのですが、平気になりました。これは度胸が付いたのが一つ、ぶつかるのが平気になったのが一つ、もう一つは立体視はできないものの顔を動かしてある程度の距離感がつかめるようになってきたからです。慣れというものは恐ろしいものです。なお右側が見えないので人混みでは平気で他人にぶつかっていますが、車でそれをやるわけにはいかないので、車の運転だけは再開していません。

足の筋力が落ちると膝が痛くなってくるので、スクワットを再開しました。3年前に眼科の医者から「絶対ダメです」と言われて止めたものです。今は目ではなく心臓との見合いですが、特に脈が乱れない範囲でやっておけば、大丈夫のようです。

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2008/09/20

読書用眼鏡

2008年9月20日

小生は現在、中近両用眼鏡と遠近両用眼鏡を使い分けています。この手の累進焦点式の眼鏡はどこでもピントが合わせられるという利点はあるのですが、ピントを合わせられる範囲が広いほど、ピントの合う有効視野(縦方向の)が少なくなっています。そのため遠近で全範囲がカバーできるのですが、遠近では近くを見る時の有効範囲が狭く、中近と使い分けているわけです。ちなみに遠近で本を読むと、すぐに目が疲れてしまいます。

この累進焦点眼鏡のピントを合わせられる範囲は、レンズの度数の変化が大きいほど狭くなります。つまり大して老眼が(遠視度が)進んでいない時は変化幅が狭いので、遠近でも広い視野を持っていました。ところが次第に老眼の度が進み、最近では中近でも視野が狭く、眼鏡の下の方でないと近くが見えなくなりました。そのため、ついに読書用の眼鏡を作ることにしました。

中近両用眼鏡は中央部、つまりまっすぐ正面を見た時に見やすい距離が、2mから3m程に設定されています。会議室の向こう側の席の距離です。近くを見る時には目を少し下向きにしますが、ハンダ付けなど拡大鏡を付けて細かい仕事をする時は正面を向かないと仕事ができないので、以前は近く専用の固定焦点の眼鏡も作っていました。それから度が一段進み中近は作り替えたので、今回もその固定焦点の眼鏡を作り替えようかとも考えたのですが、眼鏡屋さんでいろいろ試して、結局「近近」という累進焦点の眼鏡を作りました。本当の近距離専用なのですが、多少累進がかかっており、細かい距離の微調整が本を動かさずにできます。言い換えれば、以前は細かい距離の微調整くらいは目が働いていたのが、最近はそれもできなくなったということです。ご存じかとも思いますが、老眼は目が遠視になることではなく、ピント合わせすなわち距離の調整ができなくなることです。大抵は目が無限遠にピントが固定されてしまうので、遠視のように思われてしまうのです。08092001a


中近と遠近を作る時にはフレームも張り込んだので、今回は外を歩かない眼鏡でもあることですし、古い眼鏡のフレームを流用しました。2001年頃、ちょうど山形にいる頃かけていた眼鏡の再度のお勤めです。これで多少目は疲れなくなるはずですが、夜更かしは厳禁です。

なおいろいろ思うところがあって、アルヴィン・D・クックス著「ノモンハン」全4巻の古本をネットで手に入れ、それを読んでいるためにまた「積ん読」状態になっています。買ったきり手を付けていないのは、「SL甲組の肖像」NO.3、「ミッキーマウスの憂鬱」、「昭和天皇・マッカーサー会見」、「ナイチンゲールの沈黙」(上下巻)。まず「ノモンハン」を片付けなければ。

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2008/08/31

コンタクトを再開しました

2008年8月31日

昨日、コンタクトができあがりました。前回のものと全く同じにしてあるため、特に何もありません。コンタクトを最初に入れる時は1日6時間から始めて徐々に時間を延ばしていきますが、コンタクトを入れていなかった期間は2週間ちょっと、このくらいなら何も6時間から始めなくても良いだろうとの、眼鏡屋さんの意見です。しかしちょうど土曜日の午後から再開したので、2日間短縮モードができます。

さて2週間ぶりに入れてみたら、昔ほど良く見えません。右目には、ごくわずかですがすごく良く見える、言わばスイートスポットがあるのですが、そのスイートスポットの上にゴミがたまっているような感じです。2日目の今日になって右目を少し動かしていたら、だんだんスポットがはっきりしてきました。やはり目も、使っていないと劣化するようです。先生が「大変でも、極力右目で(も)見るように」と言われたわけがわかります。

明日から9月、そろそろ次の眼科の診察の予約を入れなければいけませんが、11月末にしようかそれとも12月初めにしようか、いろいろ行事の多い時期だけに、考えています。

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2008/08/16

コンタクト紛失!

2008年8月16日

小生は、今コンタクトの洗浄液は、6時間以上漬けておくタイプを使っています。従って寝る前に漬けて、翌朝取りだしています。13日のことですが、コンタクトの洗浄ケースの中蓋を開けたところ、コンタクトが入っていません。さて、困りました。考えられることは、
1)前夜洗浄ケースに入れる時に、どこかに落ちた。
2)中蓋がきちんと閉まっておらず、洗浄液と一緒に流れた。
3)中蓋を開けた瞬間に、どこかへ飛んだ。
4)コンタクトは、まだ目の中にある。

洗浄液を捨てるのは洗面台で、一応流れ出し防止の網は使っています。網(と言っても、穴の空いたゴム)の周辺を見ても、ありません。ケースのあちこちを見ても、ありません。結局あきらめました。なお4)だったら相当ぼけが進んでいることになりますが、さすがにそれはありませんでした。

昨年の秋、古い東レのコンタクトをなくした時は、1)でした。全くの透明だったため、指にくっついているのに気がつかず、そのまま周りを拭いて手を洗ってしまったものです。ただ前回も今回も、ふと気がゆるんだ時に起きているようです。今回も網の置き方が雑でしたから、隙間からこぼれて可能性もあります。やはり常に注意が必要です。

以前からそろそろ予備を頼もうかと思っていたところでそのままになっており、予備のコンタクトはありません。事故は大抵こういう時に起こります。眼鏡屋さんは昨日まで休みで、休み明けを待って今日新しいものを頼みに行ってきました。特注品扱いなので1個2万2千円、予備も含めて2個頼んで、2千円引いてくれました。できあがるのは今月末で、それまではコンタクト無しです。コンタクト(つまり水晶体)無しでも、意外と見えることに気がつきました。これを書いていて、どこがキーボードか、どこがディスプレイかくらいはわかります。まあ、実用上は全く役に立たず、またコンタクト無しでも不便はありませんが。

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2008/07/25

やったぜ、視力0.1!

2008年7月25日

昨日、眼科の検診に行ってきました。いつものことながら、診察の前に視力検査があります。小生の右目は真ん中よりやや右下に良く見えるところがあり、中央部は霞がかかったようになっています。従って視力検査の時には、目標のやや左上を見るようにするのがコツです。こうやって目の中心部(他の人から見ると、目線)を目標からずらしてみる見方は痴漢かスリがやっているそうで、電車の中で練習したりすると、あらぬ誤解を招きます。昔の○レ製のコンタクトの時は、コンタクトの中心が瞳の中心からずれるため、この見方をやってもあまり効果はなかったのですが、メ○コンのコンタクトに変えてから、コンタクトの外径を少し大きくしたこともあって、コンタクトの中心が瞳の中心に来るようになりました。こうなると、この見方が効いてきます。さてその見方がうまくいき、検査の先生、Cの字を持ったままどんどん下がり、ついに視力検査表に電気を点けました。多少怪しいところもありましたが、見事視力0.1です。

この視力0.1は手術後「視力を確保できた」という目安のレベルで、眼内レンズの手術も視力が0.1ないと、対象になりません。最も小生の場合は水晶体を抜いた後は癒着しているのでそのままでは眼内レンズは入らず、視野もものすごく狭いので0.1の実力はありません。とは言うものの、やはり0.1見えると気分的にも違います。網膜の方も、見えることにより回復してくるような気ががします。

先生の方は手術後視力確保できたかできないかの境なので、0.1はすごく気にします。S先生開口一番「視力が0.1ありますねえ。」一応真ん中より少し右下が良く見えることを話します。やはり増殖膜が真ん中に少しかかっているので、これが悪さをしているようです。網膜は10年単位の長いスパンで変わってきますので、じっくり待つしかないでしょう。ぶどう膜炎自体は、すっかり落ちついているようです。良い機会なので、再発の可能性と、左に出る可能性を聞いてみました。再発の可能性はないとは言えないものの、非常に低いこと、左へはこれだけ時間が経ったので、こちらも可能性は非常に低いということでした。かつてN講師が「心配性」と言ったS先生が言う「可能性は非常に低い」ですから、事実上「ない」と考えて差し支えないようです。次回の診察は4ヶ月か5ヶ月後になりました。このF病院のシステムは3ヶ月先までしか予約ができないので、しばらく経ってから電話で予約を取ることになります。そのため、4ヶ月から5ヶ月先という曖昧な時期になっています。言い換えれば、その間の好きな時期に予約を取れということです。

最近F病院に来る間隔が延びたため、来る度に先生方の様子が変わっています。N講師が辞められ、4月にN助手が講師に昇格されました(紛らわしいので、これからはN講師2と書きます)。そのあおりで診察担当曜日も代わり、S先生は以前は木曜日に関連病院に行って不在だったのですが、木曜日が診察日になりました。また若い先生はほとんどすべて入れ替わっています。ただ若い先生は女医さんが多いので、単に名前が変わっただけかもしれません(^_^;。

目も収束に向かいつつあります。ただこの桐沢型ぶどう膜炎、一生収束にはならず、肝臓のように半年に1回の診察が継続するかもしれません。

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2008/07/06

ホームページを更新しました

2008年7月6日

久しぶりに、ホームページを更新しました。「桐沢型ぶどう膜炎治療記」に2007年2月~12月分を追加したものです。ご笑覧ください。

なおホームページの編集には「ホームページビルダー」(11)を使っていますが、日付の表示にロゴを使っているため、項目が増えてきたらだんだん重くなり、1回の修正に2分以上待つようになってきました。しかも他のロゴを使おうとすると、ファイル保存の時にエラーになります。それで今回ソースネクストの「ホームページZERO」を買ってみたのですが、ページ構成やロゴの考え方が全く異なり、白紙から作るのならともかく、現在あるページに修正をかける使い方には全く不適であることがわかりました。現在写真のポップアップは手で作っているので面倒なのですが、これも当分はそのままです。そのうちに、旅行記も増やします。とは言うものの、当てにしていた「自宅療養期間」がなくなったので、いつになるやら。

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2008/06/11

肩こりはめまいの元

2008年6月11日

ここ数日肩が凝っていると思っていたら、昨晩横になった時に少し天井が回り始めました。このまま放っておくとめまいで3日くらい寝込むことになるので、「やばい!」と思って一旦起き、肩を十分に回して血行をよくし、それからまた寝ました。小生の持病頸椎脳底動脈血流不全はこのところ起きなかったのですが、久しぶりに起きかけました。

それというのも、昨日はチェックサムの検算を電卓でやり(やったことのある方ならわかる、とんでもない作業)、今日はバイナリーデータの羅列のチェックをやっていたからです。エクセルデータのように区切られた、それも十進数ならチェックも楽ですが、バイナリーの羅列はついつい真剣に眺めるため、目から肩こり、ひいてはめまいに繋がってしまいます。小生のめまいは実は目から、それも両目が元気な時から左目が原因なのです。しかしおかげで、0が2つ入力漏れてしているのに気がつきました。会社でも暇を見ては肩を回し、肩こりの防止に努めました。肩こりがひどくなると、もう肩も回せなくなります。

がんばったおかげで今週の予定はほぼ終了、後の2日はペースダウンします。

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2008/05/28

目の紫外線対策

2008年5月28日

小生は元々まぶしさに弱く、サングラスを掛けないと車の運転ができなかったのですが、目の病気になって以来一段とまぶしさに弱くなりました。老人性白内障が出てきているのかもしれません(^_^;。先日も電車の中で外を見るとどうもまぶしく、時期的にも5月は盛夏よりも紫外線は多いそうで、紫外線対策をすることにしました。

新聞によると、紫外線対策は帽子とサングラスが一番で、サングラスは、08052802a

1)顔のカーブにそい、なるべく顔との隙間がないもの。
2)色は薄いもの→色が濃いと瞳孔が開いてしまい、かえって良くない。
だそうです。ちょうどぶどう膜炎になりかけのときにまぶしくてたまらなくて買ったサングラスが、上の二つに当てはまりました。本当はもう少し薄いのが良いのかもしれません。これに去年の夏に買った帽子がまた登場し、今日からこの出で立ちで出勤です。会社に行くにはちょっと問題がありそうですが、小生が目が悪いことは知れ渡っているので、こういう時には便利です。08052803a


なお小生は日頃眼鏡を掛けていますが、このサングラスには度は入っていません。眼鏡の上から掛けられるオーバーグラスタイプのものも持ってはいるのですが、あまりにもゴーグル調になるので、さすがにスーツでこれは止めています。度付きのサングラスにすればいいのですが、遠近両用レンズの色つきは目の玉が飛び出るほど高く、手が出ません。

追記です。退院以来目薬は抗菌剤とステロイドの2種類を使っていますが、次第に弱いものに変わっています。現在抗菌剤はクラビット0.5%、ステロイドはフルメトロン0.1%だったのですが、先日の眼科の検診で、フルメトロン0.02%に変わりました。徐々に止める方向に持っていくそうです。

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2008/04/17

コンタクトを変えたら視力が上がった

2008年4月17日

眼科の診察に行ってきました。最近は3ヶ月おきになったので、行く度に様子が変わっています。昨年N講師が辞められ、後任にはどこからか別の先生が来るという噂だったのですが、結局N助手が昇格しました。N助手が(新)N講師になられたので、すごくわかりにくくなりますが、略さなくてもにた名前です。N助手は入院中に接して良い方だと思っていたので、講師昇格は何よりです。

コンタクトを東レのものからメニコンに取り替えて、初めての診察です。先生はコンタクトを入れた状態を見るわけではありませんが、診察前の視力検査に影響が出ます。メニコンに変えて、感覚的には良く見えると思っていたのですが、やはり数字も良く、0.09になりました。東レの時は0.07が最高でほとんど0.05だったので、ずいぶん良くなった感じです。0.1が見えないかじたばたしてみたのですが、ちょっと無理でした。

実際のところ、0.1が見えるか見えないかは、特に小生は水晶体が入る部分が癒着して眼内レンズが使えないので、小生にとってはなんの影響もありません。しかし先生方にとっては0.1が境界で「成功」の方に入るので、大問題のようです。

小生の右目は水晶体がないため角膜がきれいなカーブを描いておらず、コンタクトがどうしてもきちんと収まりません。そして17度という小生のコンタクトは、ちょっと(0.1mm単位で)ずれると、それだけで見え方が変わってしまいます。以前の東レのコンタクトは、茶目の上をコンタクトが適当に(適切にではなく、いい加減に)動いていました。そのため、レンズが瞳の中心に来てくれれば見えたものが、見えなかったのだと思います。メニコンのものは、外径を一回り大きく作ってもらったせいか、レンズ中心がほぼぴったり瞳の中心に来ます。それがこの数字に表れていると思います。

このあたりをきちんと病院が見てくれると有り難いのですが、現在の主力は眼内レンズに移ってしまい、水晶体代用のコンタクトは作るメーカーも少なくなり、置いてけぼりのようです。

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2008/04/04

廃用性斜視を防ぐ手術?

2008年4月4日

3月の末から4月始めにかけては何かと忙しく、更新が出来ませんでした。
さて先日会社の実験室、実験室といっても独立した部屋ではなく、広いフロアの一角なのですが、そこで測定をしていたところ、記憶にはあるけど日頃あまり見ない顔の中年女性が横を通りました。「あれ、どこかで見たような。」と思ったら、向こうから声をかけてきました。「あらあ、南海さん、久しぶり!目はどう?」会社にもう1人いる、桐沢型ぶどう膜炎の人でした。彼女は製造部の所属なので日頃顔を合わせることはないのですが、試作品を持ってR&Dまで来たんだそうです。まあ病人が顔を合わせると病気談義に花が咲くものですが、面白い話が聞けました。

彼女はあっという間に失明してしまったのですが、それでもY市大病院の勧めで、「廃用性斜視を防ぐための手術」というのをやったそうです。話を聞いたところ普通の硝子体手術のようですが、あまり細かいことを聞かないような性格なので、詳細はわかりません。水晶体は取り除いたと言っていますから、間違いないでしょう。舞台の緞帳の下から光が漏れる程度の光はわかるそうですから、廃用性斜視の防止にはそれが効いているのでしょうか。また外見は正常と変わらず、どちらが悪いのか全くわかりません。かえって小生の方が目の奧に巻いたバンドのせいで目の中心がずれていますから、彼女から見るとどっちが悪いのかすぐわかるそうです。

そういえば小生も手術前にT医大で診察を受けた時、「これは外観保持のための手術になるな。」と言われました。小生は幸い0.07という数字が出ますが、視力が数字に出なくても少しでも光がわかれば、廃用性斜視が防げるようです。

なお彼女は、Y市大でこの病気は10万に1人と言われたそうです。たった数百人の事業所に10万にに1人が2人もいるのですから、F病院の先生が「初めて聞いた」と言うわけです。またY市大でも両目に出ることをすごく警戒していたようで、彼女は病気になって4年目で、もうほとんど心配ないと言われたそうです。小生はあと2年くらいは、要警戒です。

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2008/03/20

コンタクトの世代交代

2008年3月20日

今年の1月、新しいコンタクトを発注しました。今までのメーカーは○レですが、今度のはメ○コンです。○レのブレスオーは含水率(酸素透過率もほぼ比例)が78%と最高なのですが、メーカーか指定の眼鏡店かわかりませんが対応が悪いので、行きつけの眼鏡屋さんで新しいものを作りました。

小生のコンタクトは水晶体の代わりをするもので、それを病院で処方してもらったので、当然保険は利くと思っていました。また保険は利かないまでも医療器具として医療費控除が認められると思っていたところ、これはどちらもダメということでした。ならば病院に出入りする眼鏡屋さんにこだわることもないので、行きつけの眼鏡屋さんに頼んだものです。

最初に作ったコンタクトはだんだん汚れが落ちなくなって半年くらいでレンズが白内障状態になり、メーカーに調査を頼みました。原因は不明でしたが、調査費を取られました。その時に作ったスペアのコンタクトは半年もしないうちに壊れ、メーカーで洗浄してもらった初代のコンタクトを使っていました。しかし古くなってコシが弱くなり、時々勝手に外れるようになったので、新しいものを買うことにしたのです。

新しいコンタクトは薄いブルーに着色されています。会社で、アクリル樹脂は黄変しやすいのでブルーに着色して防ぐ(ごまかす?)ことがあるというのは聞いていたのですが、主成分がジメチルアクリルアミドですから、同じ考えなのかもしれません。製造番号が打ってありそこが濃いブルーなので、そこだけ汚れが落ちていないようにも見えます。含水率は72%とやや落ちるものの、装着感に差はありません。逆に中心部分がやや大きいようで、少し良く見えるような気がします。これは新しいコンタクトで視力を計っていませんから、感覚的なものです。また半年で壊れるようなことがあれば、無償で補償してくれるそうです。

さて新しいコンタクトをしばらく着けてみて大丈夫ということを確認し、古いコンタクトに戻しました。○レ専用のたんぱく除去剤が、2ヶ月分くらい残っていたからです。また古いコンタクトはメーカーから帰ってきた時にはまだ取り切れない汚れが残っていたのですが、毎日の洗浄剤を過酸化水素系に変え、週1回のたんぱく除去をメーカー純正と過酸化水素系とを隔週で使うようにしたら、すっかりきれいになりました。汚れがひどい原因は、○レ純正の洗浄剤の洗浄力が足りなかったのです。

そうこうして1ヶ月半ほど使っていたところ、コンタクトが行方不明になりました。どうやら洗浄してケースに移す時、また指にくっついて戻ってしまい、そのままどこかに落ちてしまったようです。○レのコンタクトは無色透明でしかも最近すっかりきれいになったので、保存液に入れると全く見えなくなります。それがかえってあだになり、ケースに入っていないのに気がつかなかったようです。

そこで新しいコンタクトが本格的にデビューしました。新しくて弾力性があるので、今までの感覚でつかんでいると、取り落とします。こういう時にブルー着色は有り難いです。ケースも白にし、あるかないかが一目でわかるようにしました。とは言うもののこれも寿命のあるもの、近いうちにスペアを頼まなければなりません。九州まで旅行したし、小型パソコンは遠くなります。

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2008/03/09

「TOBYO」というサイト

2008年3月9日

miyaさんのところで知りましたが、「TOBYO」というサイトがあります。言わば「お仲間アンテナ」の拡大版みたいなもので、ネット上に公開してある闘病記のホームページやブログを、病気毎にまとめてあるものです。開設者は(運営者)は株式会社イニシアティブというところで、その代表者三宅啓氏は2004年にJIMA(Japan Internet Medical Assosiation)で「患者経験調査システムPSIの概要」という口演をされています。

さてそのTOBYOですが、まだα版であちこち未完の部分も多いようです。病名に対する闘病記の数で言うと、C型肝炎は乳癌に次いで2位になっています。そのC型肝炎をクリックすると小生のこのブログがトップに来ていますが、これは闘病記の検索で小生のブログが最後に出てきたためのようです。しかしブログの画像は一つ前のmiyaさんのブログのものです。やはりα版はまだ問題が多いようです。

どういう基準で集められたのかはわかりませんが、「お仲間アンテナ」のメンバーの方はほとんど入っているようです。ただし「ほとんど」であって、「もれなく」ではないようです。またブログだけではなく、ホームページも検索対象になっているようです。小生のホームページも、ずいぶん前の方にありました。そして小生は「C型肝炎」の分類になっていますが、心臓病や目の病気には入っていません。最近は小生のブログをキーワードの検索で訪ねてこられる方は心臓病関係が多いようで、この「TOBYO」は実態に即していませんね。さらに各ブログには「日記」とか「費用」とかの、ブックシェルフに登録した人が付けたというタグが付けられていますが、このタグも実際の内容とは違っているようです。

まだα版ですが、今後これがどうなっていくのか、さらにどういう風にしたいのか、運営者が「株式会社」であるだけに、ちょっと気になるところです。

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2008/02/07

E-TAX事始め(2)-結局始めなかった

2008年2月7日

会社の帰りにヨ○バシカメラに寄り、ICカードリーダーを見てきました。サイトにはいろんな機種が書いてあったのですが、実際にはシャープ製と日立製の2種類しか置いてありません。どちらも接触型です。一応型番だけ控えて、調べてみました。だんだんとんでもないことがわかってきました。

1)住基カード用のICカードリーダーは、住基カード以外は使い道が無いこと。
フェリカと兼用できるものがないかと思っていたのですが、今のところ無さそうです。そうすると1年のうちにほんの数分しか使用しない、ものすごく稼働率の悪いハードになります。

2)住基カードは接触型と非接触型の2種類があるが、非接触型は駆逐されつつあること。
自分が住んでいるところ、その周りと見てみましたが、全部接触型でした。非接触型のところは(例えば飯塚市)「○年○月以前に発行されたもの」と限定付きで非接触型が使われていますが、新しいものは接触型のようです。そのため接触型を買って引っ越しても、無駄になることは無さそうです。

E-TAXの総費用は、住基カードが1,000円、ICカードリーダーが3,000円で、計4,000円になります。E-TAXの初回(ただし来年まで)の5,000円控除追加は、「設備投資の金額は、面倒見ます」という金額のようです。

もっと大事なことがありました。小生のようなサラリーマン(給与所得者)は、その他の収入が20万円以下だったら、確定申告をする必要がないのです。詳しくはこちらをご覧ください。今日の新聞に、このサラリーマンの特例が全く知らされていない、という投書がありましたが、全くそうです。小生もこの投書を見なければ、調べてみようと思いませんでした。

最終結論。E-TAXは来年からです。

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2008/02/06

E-TAX事始め(1)

2008年2月6日

いつもは確定申告の計算をする時期ですが、去年は医療費が10万円に届かないことがわかっていたので、放っておきました。先週、確定申告の書類だと思いこんでずっと放って置いた税務署からの封書を開けてみたら、E-TAXの案内でした。おやと思っていつもの国税庁のホームページを覗いてみたら、今年はE-TAXが最初に来ています。ちょっといやな予感がして去年の源泉徴収票に還付税の金額を加えてみると、何と8,000円以上の税金を取られます。払いすぎた税金が返ってくるだけで何で税金を取られるのか腑に落ちないところもあるのですが、寄付金(毎年、「国境無き医師団」に寄付をしています)その控除を入れても、3,000円強の税金を払うことになります。税務署の資料を読んでみると、E-TAXにすると初年度は5,000円までは税金をまけてくれるとか。どうせ来年も医療費控除があることだし、泥縄ですが、早速動き始めました。

E-TAXを行うには、まず電子署名付きの住民基本台帳カードを手に入れる必要があります。そこで今日、会社はフレックス出社にしておき、市役所の出張所に行ってみました。聞くとこれは本所でないとダメとのこと、後でわかったことですが、自分でパスワードを入力する端末が設置してあるところでないとダメなのです。ここまで来たら乗りかかった船で、電車に乗って本署まで行きました。

自治体によって違うかもしれませんが、わがM市では住基カードは顔写真付きと無しの2種類があります。さらにそれに電子署名を付けるかどうかで、都合4種類あることになります。身分証明は免許証があるので特に必要なく、顔写真無しの電子署名付きを申し込みました。時間にあまり余裕がないので受け取りは後日にしようと思っていたのですが、申し込んだら30分で出来るので待っていろとのこと、近くのコーヒー屋に行って待っていました。

20分で戻ってきたらもう出来ていました。さすがに写真無しは早いです。それにログインパスワードと本人認識用パスワードを打ち込み、完成しました。このカードは接触式と非接触式の2種類があるようで、教えてもらったサイトから調べたら、M市は接触式で、適合カードリーダーの一覧が出てきました。M市ののシステムは、どうやらF通製のようです。

今度はこのカードリーダーを買い、国税庁のE-TAXページにアクセスすることになります。ひょっとしたら開始時の手続きに手間取り、今年は間に合わないかもしれません。どうなるか、次回乞うご期待です。

なお5,000円税金が安くなるのですが、住基カードの発行手数料が1,000円、カードリーダーが3,000円位すると言っていましたので、実質はほとんど特にはならないようです。なお市役所では、税務署がPRしているせいか、このところやたら住基カードの発行依頼が多い、と言っていました。

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2008/01/22

視野が狭いのは膜のせい

2008年1月22日

眼科の診察に行ってきました。最近どんどん間隔が延びるので、行く度に様子が変わっています。ひょいと外来診察予定表を見たら、水曜部と木曜日が入れ替わっていました。今まで木曜日はS先生は不在だったのですが、外来担当になっています。これもN講師が辞められた影響でしょう。なお診察室で漏れ聞いた話によると、4月に新しい講師の先生が来て、凡太郎氏の主治医だったT先生(女医さん)がどこかに異動されるようです。

さて自分の方ですが、目は落ちついたというか、変わりはありません。縫った糸の端も、今のところ治まっています。視力は正規の視力板自体は見えるのですが、Cの字が見えるのはずっと近づいたところ、今日は0.05ぎりぎりだったでしょう。

S先生にいろいろ聞いてみました。まず眼内レンズですが、やはり小生のように水晶体を取りだした後長く放っておくともう眼内レンズは不可能で、レンズを外に縫いつける手術になるそうです(眼外レンズ?)。ただしこれをやっても視力が良くなるわけでもなく、また炎症が起こることがあるので、S先生としては勧めないそうです。まあ今のところコンタクトで問題はありませんから、左目に何か起こったらその手術が出来るという持ちネタにしておき、しばらくはこのままです。なお今使っている東レのコンタクトレンズ、半年しかもたないので違うメーカーのコンタクトを入手するよう画策しています。
小生の網膜は増殖膜がびっしり張り付いており、中央部だけがかろうじて開いている状態だそうです。「視野が狭くなるんですよね」とS先生は言っていましたが、確かに狭く、五円玉から覗いている状態です。小生はこの視野が狭いのは網膜の外側がやられているせいだと思っていたのですが、網膜の上に張り付いた膜のせいだったんですね。この膜はべったり付いているので手術で取り除くことは不可能だそうですが、まあ待っていればそのうちはがれることもあるので(これは小生が勝手に考えていること)、気長に待ちましょう。

S先生に「ひょっとしたら5月に心臓の手術をするかもしれない」と言ったら、「ではその前に」ということになり、次の診察は4月になりました。安定してきたので、助かります。

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2007/12/27

コンタクトが壊れました

2007年12月27日

朝からコンタクトをきちんと入れたのに妙に違和感があり、取り外してみたところ、周辺が見事に裂けていました。ソフトコンタクトは周辺が裂けることがありそれが寿命と聞いていたのですが、その通りになりました。1ヶ月くらい前から使っている時に突然はずれたりずれたりし始めたのですが、どこかがおかしくなり始めていたのでしょう。しかしこのコンタクト、元々は予備品で、6月末にそれまで使っていたコンタクトの汚れがひどくて白内障状態になった時、降ろしたものです。従ってまだ半年しか使っていません。

この新しい方も汚れがだんだん落ちなくなり、洗浄剤を純正品から過酸化水素系に変えたところきれいに落ちるようになったため、そのまま過酸化水素系の洗浄剤を使っていたものです。純正品と違ってこすり洗いをするのですが、その時コンタクトの端をつかんで生理食塩水を流しながら洗っていたため、端の方に無理がかかったのでしょう。過酸化水素でもろくなっていたのかもしれません。

このコンタクトは同じものを作ってもやはり一個2万円かかるので、計算上年に4万円かかることになります。保険も利かず、医療費と認められないので年末調整に合算するわけにも行かず、ちょっと痛いです。

最近はソフトコンタクトはデイリーまたはウィークリーの使い捨てに移行し、こういう半年も使うようなコンタクトは少なくなっているようです。そして小生のような水晶体代用は、多くの方が眼内レンズになっているようです。小生も視力が0.1見えれば眼内レンズに出来るのですが、まだちょっと届かないため、手術の対象になっていません。

年が明けたら、また予備レンズを頼まねば。

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2007/11/25

目の抜糸は延期

2007年11月25日

先日、先生の都合で一週間延びた、眼科の診察に行ってきました。目自体は落ちついているのですが、縫った後の糸の端が出てきており、これが時々まぶたの裏をひっかくような感じになって、違和感がありまた目やにが出たりします。これを取ってしまおうかどうか、結局なんだかんだで4ヶ月経ってしまったのですが、時々違和感というだけで痛みはないし、目やにもさほどのことではないので、そのままにすることにしました。取るとなると抜糸ですが、少し目を切り込んで引っ張り出さないといけないようです。なおこの糸、強膜を縫ってある糸で、自然に消滅するものではないようです。Pb240069a


先週からずっと風邪気味で、ひどくはならないのですが抜けきらない状態です。それなのに、23,24日と津山に行ってきました。ちょうど紅葉のきれいな時期でした。Pb250107a写真は津山市内の衆楽園(元は藩主の別邸)と、おみやげのDE50のチョロQです。

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2007/11/14

眼科の診察は延期

2007年11月14日

お昼前、珍しくカミさんから携帯に電話がありました。カミさんが会社に電話してくることは滅多になく、それこそ10年に1回くらいです。それが電話してきたのですから何事かと思ったら、今日午後1時から診察予定のS先生が急遽外出することになり、もう1時間前に来られないかという電話が入ったというのです。しかもそれは留守電に入っており、カミさんが気がついたのは電話があって約1時間後のこと、会社に電話をもらった時刻は電話をもらってすぐ飛び出せばちょうど病院に着いているはずのときでした。

ちょうどお昼になり、今から行っても他の先生の代診になることはわかっていますが、急いでロッカールームに行きました。病院までは着替えの時間を入れると約1時間かかり、食事抜きで飛び出してぎりぎりです。と思ったところにまた携帯が鳴りました。今度は登録していない番号です。出てみるとS先生、診察日を変えようという電話です。12時まで待って、来ないのを確認して電話してきたみたいです。おかげで診察日を一週間後にずらし、午後からの休みを取り消して事なきを得ました。今日はずっと引っかかっている目の中の糸を取り除く予定だったので、他の先生には任せてはおけないと思ったのでしょう。しかしS先生、いろいろ面倒見の良い先生ですが、自宅に電話をもらってまともに出たことがなく、小生は留守電に録音させる常習犯です(^_^;。


おまけ。
元西鉄ライオンズのエース、稲尾和久氏が亡くなられました。熊本は西鉄バスが走っていないこともあって西鉄ファンは少なく、川上選手の巨人ファンが多い土地でした。それでも昭和30年代に、当時のキャンプ地の島原に行ったことがあります。その時外野で犬を抱いている女性(知り合い?)の所に稲尾氏が寄ってきて、まさに至近距離で「生稲尾」を見たことがあります。その時の印象は、「眼が細い人だなあ」というものでした。
また伝説になっている3連敗の後の4連勝、稲尾氏のサヨナラホームランは、リアルタイムでラジオで聞いていました。「バッターは稲尾ですが、代打は出ませんね。代わるバッターがいないんでしょうか?」「いや、代わるピッチャーがいないんでしょう。」というアナウンサーと解説者とのやりとりを覚えています。
合掌。

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2007/11/11

混合診療について

2007年11月11日

いくつかのブログでも話題になっていますが、混合診療の禁止には法的根拠がないという東京地裁の判決が出て、国(厚労省)は控訴しています。訴えは、混合診療が認められていないため、多額の医療費を払わされたという趣旨です。

実は混合診療については小泉内閣時代、「規制改革・民間開放推進会議」が全面的に解禁するよう厚労省に迫っています(色平哲朗+山岡淳一郎「命に値段がつく日」中央公論新社)。ところがこの時の混合診療の解禁要求は、医療を「並」と「上」にわけ、保険適用は並まで、上にしたければ自費で、という考え方だったんですね。推進会議自体が「医療ビジネスで儲けよう」という考え方が根本にあるように見え、患者の医療費負担を減らそうという考え方はありません。それどころか、医療費負担をどんどん増やし、医療保険に入っていないと「上」の医療が受けられないような世の中を作るのがねらいのようでした。

もし小泉内閣時代にこの答申が採用されて混合診療が解禁になっていたとすると、C型肝炎のIFN治療の保険適用はペグイントロンまでで、リバビリン併用は自費となっていたでしょうし、その先リバビリン併用が保険適用になることはなかったでしょう。東京地裁へ求められた混合診療の解禁と、小泉内閣時代に出た混合診療の解禁は違う趣旨です。しかし混合診療の解禁には、保健医療が縮小するという危険な側面があるのです。こういう意味で、小生は現時点での混合診療の解禁には、反対です。

混合診療の解禁以前に、現在の健康保険は適用範囲を限定しすぎると思います。良く例に引き出されるのが、保険適用のC型肝炎のIFN治療も、肝臓の繊維化がF3からF4に進行すると、適用外になってしまうことです。F4になると「肝硬変」という病名が付くのでそこでの線引きなのですが、F3からF4にデジタル的に変わるわけもなく、変化の中の単なる線引きです。そこでIFNが使えなくなってしまうため、医療機関によっては「重度の慢性肝炎」ということにしてIFNを投与しているところもあると聞きます。
小生の桐沢型ぶどう膜炎も珍しい病気のせいか保険適用範囲が狭く、かなりの部分を大学の研究費から出してもらいました。また心臓弁膜症のため歯科治療時に必須な抗生剤も、保険が利きません。これも変な話です。

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2007/10/27

慣れ

2007年10月27日

右目の具居合いが悪くなって、早いものでもう2年経ちました。最後の手術から1年、まだ物をしっかり見ようとすると右目を閉じる癖があるため写真写りが悪いのですが、普段は外見上わからなくなってきました。階段を下りる時も人混みをあるく時も、周りと速度は同じです。これは目が見えるようになったわけではなく、単に度胸が付いただけです。まあ、これが一種の「慣れ」なんでしょうね。

オーボエの演奏を止められた宮本文昭氏の本を読んでいたら、若い頃の栄養失調で右目が網膜剥離だ、という記述が出てきました。見えないとはっきりとは書いてなかったのですが、前後の文章から見ると、実用上見えていないみたいです。宮本氏は車の運転もされていますが、小生は今までの自分の運転が広範囲に遠方まで見える視力に頼ってきたため、右の視野が狭くなった今怖くて運転は出来ません。田舎には住めなくなりました。

血圧低下剤「レニベース」を飲み始めて3ヶ月、立ちくらみが起こることが身体に染みつき、急な動きはしなくなりました。おかげで薬の不便さを感じなくなっています。走ったり、特に階段を駆け上がったりすると動悸が収まるまでに1時間くらいかかるので、こちらもやらなくなって久しいです。目と違ってこちらは「慣れた」と言うより、無理して合わせた感じが強いですが、不便は感じなくなっています。

しかしIFNてレベトールの不快さ、あれは慣れないものですね。

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2007/10/03

レニベースの飲み合わせ

2007年10月3日

今日は朝から風邪気味であまり行きたくはなかったのですが、見ておいた方が良いという別ルートからの情報が入り、仕方なしにCEATECに行ってきました。会社をお昼前に出てお昼過ぎに海浜幕張に到着、いつもここの○野家で昼食です。ところが今日は、時間限定の牛丼がありました。久しぶりのヨシギュー、これが今日一番の収穫かもしれません(笑)。

会場内で何に一番注目したかはここでは書けませんが、それなりの収穫はありました。ム○タセイサク君のキーホルダーももらったし(^_^;。

帰りはまっすぐ行きつけの内科へ、風邪薬をもらってきました。と言うより、今飲んでいる心臓の薬レニベースはいろいろ飲み合わせの制限があるようなので、市販の風邪薬を飲んで良いのかどうかの確認も、ありました。結論は飲み合わせの制限は利尿剤や血圧降下剤で、特に他の心臓病関連の薬との飲み合わせがいけないようです。市販の風邪薬も含め、風邪薬関係は制限無しです。また昨日の夜から左目(良い方の目)が少し痛く心配したのですが、今日は特に赤くなっていないので、昨日プロジェクタで投影されたビデオを、距離の合わない近距離用の眼鏡をかけたまま真剣に見たのがいけなかったようです。
さてこれで安心して明日から出張です。

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2007/09/25

0.1の壁は厚い

2007年9月25日

眼科の検診に行ってきました。最近は眼科も2ヶ月または3ヶ月おきなので、久しぶりの感じがします。今日は視力検査に呼ばれるのがずいぶん後です。やはり連休明けだけあって、混んでいるようです。

先日コンタクトレンズをマンスリークリーナーで洗浄したらずいぶんきれいになり、視力検査も視野が明るくなり良く見えます。ただ見えることは見えるのですが、肝心の細かいところになるとぼやけてしまい、Cの字の切れ目が見えません。やはり0.1の壁は大きいようです。

予約時間から1時間半くらい経ったところで呼ばれました。今日は連休明けの上にN講師が休みで、一段と流れが悪いようです。中の待合所の前に、外来の師長さんがいました。
「あらあ、南海さん。お変わりない?今日は待たせてごめんなさい。」
「連休明けなのに、N先生が休みのようですね。」
「そうなのよ。でもN先生、10月でお辞めになるのよ。」
これは、これは。1年前から何となくそんな気配はしていたのですが、やっぱりですか。N講師には初診の時以来お世話になりました。あの腕なら、どこへ行っても引っ張りだこでしょう。この病院は、おそらくS先生(今は、S助教)がN助手を抜いてナンバースリーになるでしょう。

さて小生の方は、目の方は炎症再発もなく、順調です。S先生も[0.1見えればずいぶん違うんですが」と言っていましたが、まあ、これは仕方ないでしょう。ただ糸が出っ張っているところがどうも引っかかった感じがして目やにも止まらないので、次回までそのままなら何とかしてもらうことにしました。一応「大ごとですか?」と聞いてみたのですが、「たいしたことはありません。白目をちょっと切って、糸を取ります」という処置で、以前なら「いや、いいです」と言ったところですが、3回も手術をするとこのくらいは平気になり、取ってもらうことにしました。次回は11月です。07092503a


今日は中秋の名月、本当の満月は明日らしいのですが、今日もきれいです。

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2007/09/17

コンタクトのマンスリークリーナーとC型肝炎ワクチン

2007年9月17日

コンタクトレンズの汚れが、また目立つようになってきました。毎日洗浄していて、週1回ウイークリークリーナーというたんぱく除去剤を使っているのですが、それでも落ちない汚れが出てきます。コンタクトレンズの説明書には月1回マンスリークリーナーというもので洗うように書いてあるのですが、コンタクトレンズを作った眼鏡屋さんからはマンスリークリーナーの話は出ませんでしたし、聞いても「そこまでは、要らない」ということでした。しかしどうにも汚れが気になるので、自宅に比較的近い(と言っても、電車を乗り換えて4駅の)その眼鏡屋さんの支店に注文を出しました。当然小さな支店には在庫はなく本店に確認しましたが、本店にも在庫はありません。小生が必要なのは1箱だけですが、本店が仕入れるとなると10箱かひょっとしたらもっと多く入った大箱単位となります。仕入れが可能かどうか、連絡をもらうことにしました。

帰りに行きつけの眼鏡屋さんにより、水晶体代用のコンタクトは他のメーカーで作っていないか、聞いてみました。すると、
○ソフトコンタクトはどんどん使い捨てタイプに移行し、通常のソフトコンタクトの市場は小さくなってきていること。
○眼内レンズの適用例が増え、水晶体代用コンタクトレンズ自体もあまり使われなくなってきていること。
○洗浄液の消毒性能が上がり、煮沸消毒はほとんど行われなくなったこと。
○煮沸消毒自体はたんぱく質を固着させるので、汚れを落としにくくしていること。
○含水率の高いコンタクトレンズほど、汚れやすいこと。
と言うおもしろい話が聞けました。小生のように水晶体代用コンタクトを煮沸消毒しているのは、絶滅危惧種のようです。まだジオメトリーが10以上(小生のは、17です)のコンタクトレンズを作っているメーカーもあることはあり、比較的安く買えるメーカーもあるようです。ただ小生の使っている東レのブレスオーは含水率が78%なのに対し、他のメーカーは最高でも72%でした。ここまで含水率が高かったら、汚れやすいはずです。

先日そのマンスリークリーナーが入手可能との連絡があり、早速購入して使ってみました。成分はたんぱく除去剤に、漂白剤まで入っているようです。洗濯を繰り返して黄ばんできた下着を漂白剤に漬けるのと、同じですね。使ってみたら、黒ずんできた中心部がきれいに透明になりました。さすが純正品!ただ漂白した後中和剤で中和するのですが、中和剤は使い切りのプラスチックボトルになっています。そして、当たり前ですが両眼を処理するように作られているので、片方しかない小生の場合は中和剤があまり、半分を捨てることになります。従って全体としても半分は捨てることになり、ものすごく高く付いています。効果は抜群ですが、使い続けるかどうか、迷うところです。

なおこのコンタクトレンズを作っているメーカーの東レが、C型肝炎ワクチンを開発しているようです。詳細はこちらをご覧ください。

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2007/08/25

コンタクトのケース

2007年8月25日

コンタクトレンズのケースが、一週間くらい行方不明になっていました。大学に行って鞄からパソコンを出したとき、いつもと違う形で鞄を開けたため、ポケットからはみ出してしまったようです。てっきりなくしたと思い、まあコンタクトのケースくらいどこにでも売っていると思って、軽い気持ちで買いに行きました。ところが、小生の使っている東レのものとは、構造が違っていました。写真の左が東レのもので蓋が二重になっており、メッシュの仕切りが付いています。レンズをすすぐときは、この内蓋だけをして洗浄液ですすぐわけです。右がボシュロムのもので、メッシュの仕切りはありません。07082502a

これはえらいことになったと思い何軒か薬局を見て回ったのですが、蓋が二重のタイプはありません。これは土曜日に純正品を扱っている日比谷の眼鏡屋に行くしかないかと思っていた頃、別のものを探して鞄の中を探し回っていたら、ひょっこり出てきました。ポケットの外側と外のジッパーの間に入っていました。やれやれです。今まで違うタイプの洗浄液を使っていたのですが、今日から純正品です。

このメッシュの仕切りのあるコンタクトケース、買おうとするとなかなか手に入らないので、今のうちに注文しておきました。近くの眼鏡屋でも、注文すれば手にはいるようです。しかし市場性のあまりないメーカーの物を使っていると、手入れも大変です。

「コンタクト」という単語を見出しに付けると、視力回復やら、レーシックやらのトラックバックが沢山付くので、今日のものだけはトラックバック禁止にしてあります。

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2007/08/06

日傘が欲しい!

2007年8月6日

眼科の診察、それも臨時診察に行ってきました。縫ったあとの糸が出てきたところが、治ったかどうかの確認です。まだ違和感は少しありますが、痛みはなくなり、炎症も治まったので、そのままになりました。「痛みがひどいようなら、糸を切りますけど。」と言ったS先生の言い方から見て、糸を切るのはかなり大事のようです。元々ほおって置いても吸収されてしまう糸ですから、しばらく様子見でしょう。明日からコンタクトも復活します。

朝からまず病院に行き、それから会社に行ったのですが、お昼過ぎに仕事でまた出かけました。一番暑い時間です。休日に外に出るときは帽子にサングラスですが、会社から出かけるときはそういうわけにも行かず、何も無しです。男用の日傘が欲しいと思いました。上着も一応持っていきましたが、結局持っていっただけに終わりました。明後日もお昼前に出かけます。雨傘を差していくかな。

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2007/07/23

風雲急、心肥大悪化

2007年7月23日

循環器の診察に行き、先日のホルター心電図と心エコーの結果を聞いてきました。最近坂道を登ると多少息切れするようになり何となくいやな予感がしていたのですが、やはり逆流が進行していました。さらに逆流よりも、心肥大が進行していました。前回(2006年)はLVDs(左心室内径)が27mmでほぼ正常だったのですが、今回は34mmです。それ以上に左心房の肥大が大きく、前回の32mmから43mmに拡大していました。EF(車で言えば、圧縮比)も79%から68%に落ちています。まあ前回はぶどう膜炎で入院中は寐てばかり、退院後も「安静」を言い渡されていたのが、最近は心臓に悪いことばかり(ヒヤヒヤ、ドキドキ、脂汗)やっていますので、無理もありません。

そうなると手術が考えられますが、
小生「手術時期は早い方が予後良好と聞き及ぶが、如何に?」
先生「然り。事情さえ許せば、いつでも手術可也。」
小生「小生、定年まで2年なれど。」
先生「薬にて2年持たせることは可也。然れども、現役中が高額医療費補助等、有利ならざるや?」
小生「然り。」
先生「3ヶ月後再会せん。」
ということで、3ヶ月後までの間に方針を決めることになりました。先生の話からすると、来年中には手術をやった方が良さそうです。

なお「心疾患の手術適応と至適時期」という本によると、EFが60%を割ると手術後の5年生存率が90%から70%台に落ちるようです。手術は早いに越したことは無さそうです。なお今回初めて心臓の薬が出ました。レニベースという心臓の働きを助ける薬だそうですが、血圧を下げる作用があり、薬剤師の先生は小生が低血圧気味のこともあって、「立ちくらみに注意するように」と言っていました。28日のオフ会でいろいろお聞きすることが増えました。また手術をしたら、こういう宴会はしばらく出られなくなるでしょう。良い機会です。


循環器はT病院だったのですが、それからF病院に回りました。実は先週の月曜日、北海道で右目に何か飛び込んだような感じがして、ずっと違和感があったのです。今日は予約外で、一昨年から「何かあったらすぐに来るように」と言われていたのですが、今まで病院からの緊急呼び出しはあったものの予約外で行ったことはなく、今回が初めての予約外診療になりました。S先生に見てもらったところ、何と手術の時の糸が飛び出て炎症を起こしていました。とりあえず目薬の回数を増やすことになりましたが、2週間経っても治らないときには糸を取ります。何か痛そうですが。それまでの間、コンタクトは着用禁止になりました。

そのコンタクトですが、メーカーで洗浄したものが戻ってきました。原因は不明だそうです。炎症の関係で、小生はたんぱく質が多く出ているのかもしれません。しっかり洗浄して封印してありますので、これが予備として使えます。

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2007/07/04

これが本来の見え方

2007年7月4日

コンタクトを新しくして約10日経ちましたが、以前に比べてずいぶん見え方が良くなっています。
その1。先日目の向きを確認するため洗面所で鏡を眺めていて左目をつぶったら、右目(悪い方の目)で鏡に映った自分の顔が見えました。以前は鏡があることまではわかっていたのですが、写った像までは見えませんでした。
その2。テレビを見ているとき、またまた試しに左目をつぶってみたら、画面の中の人の形まで確認できました。以前はテレビの画面まではわかったのですが、映っている映像まではわかりませんでした。

コンタクトを取り替え透明度が上がったのでこれが本来の見え方なのですが、最初にコンタクトを入れた昨年12月より良く見えます。これは眼鏡を新調したのが影響しているようです。昨年12月の時の眼鏡は、右はまだ自分の目(と言うより、水晶体)に合わせてありました。小生の左目は強遠視ですが、右目は弱遠視です。そのため、右の眼鏡の度数がやや(と言うより、かなり)弱めになっていました。水晶体をコンタクトに取り替えたとき、白内障手術の慣例で度数は左目に合わせてあります。ところが去年12月の時点では、眼鏡がコンタクトの度数に合っていなかったわけです。眼鏡を新調したとき右も左に合わせたのですが、今度はコンタクトの透明度が落ちて、良く見えなくなっていました。今回やっと本来の(意図した)見え方になったわけです。

良く見えるようになると、今度は問題点も良く見えます。まず右の映像が左の映像のやや左上に来ますが、これは目の向きだけではなく、網膜がゆがんでいることにも原因があるそうです。小生の右目は網膜裂孔の治療の時にバンドを巻いてあるため、網膜面がきれいな球面になっていません。そのため、像が移動すると左との差も変化します。これは網膜の全面剥離を防ぐためにこうなったのですから、致し方ないでしょう。もう一つは、右目の像が左目の像より小さく、感覚的には8割の大きさです。そのため視力検査の検査板は見えても、中のCの字までが見えません。これはコンタクトと眼鏡とレンズを二つ使っているのですから、なんとか出来るのではないかと思っています。次は9月ですが、その時に聞いてみます。

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2007/06/25

コンタクトが白内障?

2007年6月25日

久しぶりに、眼科の診察に行ってきました。2ヶ月間が開くと、久しぶりという気がします。いつもの視力検査ですが、見えません。視力は0.1未満なので、Cの字を書いた板を持って検査表より手前に立ってもらうのですが、いつもは真ん中よりちょっと後ろあたりです。今日は真ん中に立っても見えません。かなり手前に来ると見えるので、全く見えなくなったわけではありません。

1ヶ月くらい前からコンタクトの濁りがひどくなり、中心部の色が茶色になって、サングラスみたいになっていました。これが自分の水晶体なら、色は違いますが白内障です。ちょうどいつもの眼鏡屋さん(から派遣された、検眼技師さん)がいたので、コンタクトを見てもらいました。半年でここまで色が着くのは、異常だとのこと。有料とのことですが、検査に出しました。診察でS先生が、眼底がきれいなのに急に視力が落ちたのを不思議がっていたので、コンタクトの着色の件を話しました。S先生も聞いたことがないとのこと、やはり何か異常があるようです。

検査には1ヶ月かかるので、帰宅後予備に買っていたコンタクトをおろしました。ソフトコンタクトの未使用のものは、まるで注射薬のようなバイアルに入っており、生理食塩水の中で全く見えません。見えないものを出すのですから、出すのにも一苦労。少しずつ食塩水を取り除き、手のひらに開けて手触りでやっとわかりました。装着すると、今まで見えなかったものが良く見えます。やはりコンタクトの透明度は、大事です。

次の診察は3ヶ月後の9月、そろそろ収束です。

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2007/06/03

純正品の購入先

2007年6月3日

小生のコンタクトは東レ製ですが、前にも書いたように、洗浄剤はやはり純正品の方が汚れがきちんと落ちるようなので、今はまた純正品に戻して使っています。ところがこの純正品の洗浄剤は、まず普通のドラッグストアには置いてありません。今までは病院に月1回行っていたので、病院に定期的に来ている眼鏡屋さんに頼んでおくと翌月には手に入ったのですが、最近は通院が2ヶ月に1回になったのでその手が使えなくなりました。コンタクトを作った眼鏡屋さんの本店は都心も都心の内幸町で、そこまで出かけていく用事はありません。調べてみると小田急の沿線に支店ができたようなので、そこに行ってきました。

小さな駅なのに駅から5分ほど歩いたところに総合病院が2つ並んで立っており(何なのだ!ここは)、その病院の前にありました。小さな、店長さんが1人だけの店です。聞いてみたら、東レの純正品は取り寄せになるとのこと、「うちにあるのはこれだけですが。」と言って出してきたのが、何と東レ製でした。「申し訳ございません。不勉強で。」と店長さんは謝っていましたが、ともかく純正品が近くで手に入るルートが見つかりました。それでも在庫は1本だけだったので、行く前に確認した方が良さそうです。

順序は逆になりますが、眼鏡屋さんに行く前にJ○Bで7月の北海道旅行の周遊切符の手配をしてきました。帰りの北斗星の切符の発売が17日なので、それが取れたら連絡をもらうことになっています。ところが帰りに張り紙を見たら、この支店は7月から土日の営業が休止になります。J○Bは元々法人需要が多いので平日営業だけでもやっていけるのでしょうが、危ないところでした。帰りに近くの本屋の一角にある、これも同じJ○Bの支店を見たら、ここは5月で事前予約(小生のように、発売日前に依頼するもの)を中止していました。周遊切符は発行に時間がかかるため今までJ○Bで手配してきましたが、どうやらJ○Bの利用は今回が最後になりそうです。

旅行ネタ続きですが、カミさんが押し入れの片付けをしたとき、1991年の英国出張の時の写真が出てきました。スキャナでスキャンし、何枚かをホームページの「インターフェロンに挑戦」の英国出張の所に貼り付けてあります。やはりネガからスキャンした方がきれいに取れますね。今回はまだネガが出てこなかったので、サービスサイズの印画紙のスキャンです。

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2007/05/20

初めてこのブログにおいでになった方へ

2007年5月20日

ココログのベーシックでもアクセス解析ができるようになったのは知っていたのですが、最近になってやっとそのアクセス解析を覗き始めました。やはり「お仲間アンテナ」経由でおいでになる方が一番多いのですが、キーワードの検索でこのブログにたどり着かれる方もまた多くいらっしゃいます。このページをご覧になるかどうかわかりませんが、初めての方のために少し解説をしておきます。

まずC型肝炎関係のキーワードで訪ねてこられた方へ。小生は2006年3月に完全著効になっています。IFNは3回目で、3回目以外の記録は小生のホームページをご覧ください。特に2回目の時の「インターフェロンリターンマッチ記」はniftyのフォーラムにリアルタイムで書いていたものの総まとめです。「3回目のインターフェロン」もまとめてあります。なおこのブログの名前もかつては「南海凡吉の3回目のインターフェロン」だったのですが、著効を機会に、と言うより著効の時は他の病気にかかりきりだったため、多病息災日記に変更しました。

眼科関係のキーワードで訪ねてこられた方へ。小生のぶどう膜炎は桐沢型という数の少ないものです。急性網膜壊死とも呼ばれています。これも小生のホームページに「桐沢型ぶどう膜炎治療記」としてまとめてあります。こちらはブログの総まとめだけではなく、別に付けていたノートから書き下ろした部分もかなりあります。特に入院中の出来事はかなりの部分が書き下ろしですので、興味のある方はこちらをご覧ください。なお小生はIFNの治療中はほとんど眼科の診察を受けておりません。従ってIFNと目の症状との関連については、あまりお役に立てません。

心臓関係のキーワードで訪ねてこられた方へ。小生は僧帽弁逸脱で逆流度3、おまけに不整脈もありますが、残念ながら情報としてはまとまっていません。もう少し記事が溜まったら、ホームページにまとめます。ブログの記事は、心臓に持病を持った方のIFN治療記としては参考になると思いますが、いかんせんあちこちバラバラに点在していますので、右下の方にあるブログ内検索機能をご利用ください。

おいで頂き、ありがとうございます。

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2007/05/09

久しぶりの健康診断

2007年5月9日

うちの会社は毎年5月中旬に健康診断(全員)があり、秋に成人病の検診があります。小生は一昨年の10月から、毎年10月と5月に入院していたので、このところずっと会社の健康診断はサボってきました。やっと体調が良くなり、と言うより5月に娑婆にいるようになり、久しぶりに会社の健康診断を受けました。

今まで体重計はずっとアナログ式で、服の重さを差し引くため適当に1kg程度逆に回してありました。ところが体重計もデジタルに代わり、差し引き量はきっかり0.5kgです。おかげで体重が少し増えました。
視力検査は機械をのぞき込むタイプで、このタイプだと右目は全く見えません。左も0.9がやっと、聞いたところ遠方視力だそうで、中近ではなく遠近の眼鏡をかけていけば良かったです。右の視力はCの字の板を目の前に出して一応見えることだけ確認、あとはコメントだそうです。

最近実験中に高周波の音が聞こえなくなっているのに気がつき、聴力検査も心配していたのですが、普通の聴力検査レベルでは異常なしでした。内科の診察では心雑音がはっきり聞こえていたようで、「病院に行っているのね。では主治医任せですね。」で終わりました。あとは心電図にどのくらい不整脈が出ているか、です。

病院での血液検査と違い、集団検診の血液検査は遠心分離を行わないので、前の晩から「油ものを採るな!」と言われています。また健康診断は部署によっては午後になるので、社内食堂も油ものを控えたメニューになっていました。ところが今日のメニューは鶏肉のステーに卵付き、これを食べたらもろに引っかかってしまうでしょう。独身寮の昨日の夕食もトンカツが出たと言うし、最近たがが少しゆるんでいるようです。

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2007/04/28

さすが純正品?

2007年4月28日

小生が使っているコンタクト(ソフト)は東レ製です。東レ製のコンタクトはもっぱら医療用のようで、一般にはあまり聞かないメーカーです。最初に買ったときに純正品の洗浄剤なども買ったのですが、東レ製の純正品はどこの薬局でも置いて無く、またたんぱく除去の操作があまりにも面倒なので、切れたあとは他のメーカーのものを使っていました。コンタクト自体はタイプⅡ(機種依存文字、すみません)と呼ばれるソフトコンタクトなので、ボシュロムやシードの物でも使えるのですが、使っているうちにだんだんコンタクトの透明度が落ちてきました。以前は保存液の中に入れるとどこに行ったかわからなくなっていたのが、わかるようになってきたのです。これはメーカーが違うせいではなく、きちんとしたたんぱく除去剤を使っていないことが原因とわかったのですが、その間に注文しておいた純正のたんぱく除去剤が入荷し、それを使い始めました。

ちなみに東レのたんぱく除去剤の操作法は、
1)たんぱく除去剤(粉)をコンタクトケースに入れ専用液で溶かし、煮沸する。(約70分)
2)煮沸し終わり温度が下がったところで液を捨て、洗浄液(生理食塩水)を満たして1分後に捨てる。それを2回繰り返す。
3)もう一度洗浄液を入れ、今度は10分放置し、捨てる。
4)次にクリーナー(洗剤)で30秒振り洗いし、洗剤が残らないように洗浄液ですすぐ。
5)ケースに洗浄液を満たし、もう1回煮沸する。

この手間、休日かその前日でないと、とてもできません。行きつけの眼鏡屋さんも、2回煮沸など聞いたことがないと言っていました。ただ取り柄は、翌朝の処置が全くないことです。前日に時間を取っておけば、翌朝は楽です。

さてこの純正品に切り替えたら、コンタクトの透明度が上がってきました。また保存液の中であるのか無いのかわからない状態です。うーん、さすが純正品です。
毎日の洗浄も純正のクリーナーに戻しましたが、最近は旅行の時は煮沸セットは持って歩かず、煮沸しないタイプの洗浄剤を使っています。コンタクトのためには、煮沸したりしなかったりというのは良くないと言われていますが、荷物が多いときには煮沸セットはじゃまです。先日の熊本行きの3泊は煮沸無しにしました。しかし煮沸無しの日が長くなると保存液が古くなってくるので、少し気にしています。7月に4泊の北海道旅行を企てていますが、煮沸セットを持っていくかどうか、迷っているところです。

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2007/04/23

またまた医者のはしご

2007年4月23日

最近は病院に行く間隔が開いてきましたが、今日は珍しくはしごです。まず循環器のためT病院へ。ずっと見てもらっていたN先生が退職されたため、新しい先生です。少し間隔が開いたこともあり、また自分でも確認したいとも思われたのか、24時間ホルター心電図と心エコーの検査が入りました。ホルターは5月、心エコーは6月です。

ホルター心電図は今まで8月のお盆休みに引っかけてやっていたのですが、今回は7月の次回診察までにということなので、会社のある日です。金曜日装着土曜日返却にしてもらったので会社の休みは1日だけですが、機械をぶら下げたまま会社に行くことになります。ホルターはもう何回もやっているのですが、会社に機械をぶら下げていくのは初めてです。最近はメモリーカード式の小さな機械も出ているのですが、T病院のはカセットテープ式の大型の物で目立ちます。メモリーカード式に変更するためにはシステム全体を変更しなければならず、「お金がないのよ。」とは担当の先生(技師)の弁です。そろそろ会社に心臓が悪いことがばれるかな。

時間があるので一旦帰宅し、午後からはF病院の眼科へ。視力は先月と同じ0.07で、今度はS先生に見てもらいました。眼底も安定(ひょとすると、小康?)しているので、次回は2ヶ月先の6月になりました。今まで「コンタクト外来」の午後だったのですが、久しぶりに午前中です。手術から1年経過、ひょっとすると教授に回されます。

肝臓心臓に加え、眼科も間隔が開き始めました。そのうち全く病院に行かない月が出現しそうですが、もしそうなれば1992年以来です。

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2007/03/26

少しずつ良くなっています

2007年3月26日

今日は月1回になった眼科の検診です。検診が月に1回になって楽になりましたが、もっと楽になったのは目薬の回数が減ったことです。一番多いときには4本、それも3時間おきと4時間おきがあり、その組み合わせですから時間によっては1時間おきのこともありました。今は朝夕だけですから、出先で目薬を差すこともありません。

コンタクトを入れ始めてから3ヶ月、やはりいくらかは効果が出てきています。2回目の手術後目がやや右下を向いてしまったため、右目で見るためには、無理して左上を見るようにしないと見えませんでした。ところが最近は、左目を閉じるとそのまま右目で見えます。そのためか視力もやや良くなり、今日は余裕で0.08でした。今まで0.05と0.07の間をうろちょろしていたので、少し良くなっています。しかし0.1の壁は厚いです。

この右目で自然に見えるようになったことをS先生に報告しようと思ったら、S先生何と当直あけで午後からお休みです。看護師さんが、「S先生、自分で予約を入れておいて、忘れちゃったのかしらねえ。」と言っていましたが、予約を入れたのは1ヶ月前、よほどの重要事項でないと覚えていないでしょう。代わりはW先生(女医さん)、名前も目元(マスクをかけているので、目元しか見えません(^_^;)も、あまり記憶がないなと思っていたら、何と旧姓Y先生でした。3人いる女医さんの中で、小生の評価(顔の評価ではありません)は2番目、一番目立たないところです。確か入院中も見てもらったのは2ヶ月半で2回だけだと思います。ちなみにこの病院、眼科の常勤医は9人で、役付(助手以上)が5人、ヒラの4人のうち3人が女医さんです。もう1人のヒラの男性医、この人にはまだ一度も見てもらったことがありません。

次の診察は4月23日ですが、午前中は循環器、午後が眼科と、はしごになってしまいました。間に時間が空くのでどこかの博物館に行こうと思ったのですが、何とその日は月曜日!時間をつぶす場所を探さなければなりません。

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2007/03/21

遠近の眼鏡も新しくしました

2007年3月21日

前回中近の眼鏡を作り替えましたが、今度は遠近の方も作り替えました。前のものは、レンズだけはゆがみの少ない両面非球面のものを入れていたのですが、フレームは10年前のものを流用していました。今回はフレームも最近の形のものに取り替えました。おかげで散財です(^_^;。またまた牛君の出番ですが、上が古いもの、下が新しいものです。最近のものはレンズ細身になっていますが、このくらいの幅だと標準の遠近レンズが使えます。もっと細身になると、累進のカーブが急なものを使うそうです。古い方の眼鏡

小生は、中近と遠近とを使い分けています。中には遠近だけを使っている方もいますが、遠近はカバーする範囲が広い分だけピントの合う範囲が狭く、小生は中近と遠近とを使い分けています。どちらも累進焦点なので、望遠までカバーできるズームレンズと、標準系のズームレンズとを使い分けているようなものです。新しい遠近両用眼鏡


眼鏡を作るとき、右もコンタクトを入れた状態に合わせ、作り直しています。右目は実用上はほとんど役に立ってはいないのですが、以前は右目で見るときに無理して左上を見るようにしないと視野の真ん中に来なかったものが、最近は自然に真ん中に来ています。それだけ外観も自然になっているはずなので、やはり右目を使えるような状態にしておくことが大事なようです。

全視界眼鏡というものがあり、これはフレーム自体が6mmほど上下し、レンズもそれに合わせた設計になっているようです。まだ試したことはないのですが、理屈から言うと遠近と中近を使い分けた方が見やすいはずなので、手を出していません。なお近々というものもあり、近距離は中近よりもっと見やすいはずなのですが、小生はデスクワークと言っても机に座りっぱなしでもないので、中近でカバーしています。

今日は早速この眼鏡の試運転、日本橋まで「王貞治展」を見に行ってきました。快適です(^^)v。

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2007/02/26

変わりないのが一番

2007年2月26日

眼科の診察に行ってきました。1ヶ月に1回にとなると、本当に楽です。しかし最近は眼科の診察の度に、「もう少し見えるはずだ」と思いながら、見えません。今日も肝心なところにもやがかかったようになり、視力は0.05でした。S先生に聞いてみたところ、ちょうど中央部の眼底が少し痛んでいるとのこと、一番みたいところが見えづらくなるそうです。やはり目を少しずらして、見たいところの横に目を持って行くようにしないと見えないようです。これをやると結構疲れるので、最近は無精していました。またついでに聞いてみましたが、癒着した瞳はなかなか戻らないだろうとのこと、瞳が動けばもう少しは見えるようになると思うのですが、これも無理のようです。

「眼底は何とか保っていますね。」と言われて、現実に戻りました。小生の網膜はもうかなりぼろぼろで、いつ全剥離してもおかしくない状態なのです。何とか0.1が見えないかとじたばたしてきましたが、現状維持ができれば御の字のようです。薬局の薬剤師の先生からも、「変わりないのが、一番ですよ。」と言われました。砂上の楼閣かもしれませんが、楼閣が立っている間は使って楽しみます。

今日予備のコンタクトをもらってきました。予備でも、\21,000です。バイアルに液体とともに封入され、未開封での有効期間が書いてあります。使い始めれば寿命が1年くらいですから、これが無駄になることはないでしょう。なおソフトコンタクトは使っているとだんだん黄色みを帯びてくるとのこと、たんぱく質除去不良ばかりでもないようです。

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2007/02/25

コンタクトのたんぱく除去

2007年2月25日

眼鏡屋さんに行き、先週作った眼鏡を微調整してもらいました。その時、最近コンタクトがやや黄色みを帯びてきた話をしたら、たんぱく除去不良だろうとのこと、何となくそういう感じがしていたのですが、やっぱりでした。ソフトコンタクトは通常一週間に1回たんぱく除去を行うのですが、最初に買ったときに付いていた純正のたんぱく除去剤はなくなり、この純正品は地元では置いてある薬局がないので、「たんぱく除去もできる」という洗浄剤を使っていました。眼鏡屋さんに聞いたところ、これはほとんどたんぱく除去の効果はなく、たんぱく除去にはさらに「リムーバー」というものを追加しなければいけないとのことでした。ただたんぱく除去には「こすり洗い」が最も効果的らしく、小生は「こすり洗い」を比較的丁寧にやっていたので、ある程度は落ちていたようです。

薬屋で探してみたら、使っていた洗浄剤のシリーズでリムーバーがありました。ところが「専用容器に入れ、、」と書いてあるものの、専用容器なるものはどこにもありません。係の人に聞いてみたら、専用容器付きのものは滅多に売れないので置いていないとのこと、ポスレジ以降の「売れ筋商品しか置かない」販売システムの弊害です。結局清浄剤、たんぱく除去剤、専用容器のフルセットが置いてある物を買うことになってしまいました。ただ使ってみると、洗浄後の装着するときに手間がかかります。洗浄の手間は少しかかっても良いのですが、装着時に手間のかかるものは朝の忙しいときに時間を取ってしまうので、小生は使いたくはありません。この調子でいろいろ試していると、「男の料理」のように、使わない器具が次々と溜まりそうです。

さてこのブログで、「眼鏡」や「コンタクト」をタイトルにすると、必ず宣伝のトラックバックが付きます。内容とは関係なく、単にキーワードで引っかけているようです。これは今まで放置していたのですが、小生の病気に全く関係がない、逆に言うと神経を逆なでするような「レーシック」や「近視矯正」のトラックバックは、過去に遡って削除することにしました。

小生のホームページの「桐沢型ぶどう膜炎治療記」に、2006年12月と2007年1月分を追加しました。明日が眼科の診察日で、2月分もまとまりつつあります。

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2007/02/04

またまた確定申告の季節

2007年2月4日

またまた確定申告の季節がやってきました。昨年の医療費は一昨年に比べると減っており、80万円弱です。領収書を整理すると、去年の4月から5月にかけては毎日のように病院に行っており、また毎月定期的にあった肝臓の病院の領収書が4月以降たまに出てくる程度になるなど、病気の様子までがわかってきます。

いつものように、国税庁のホームページから作成しました。これは各項目を入力するごとに税金額が動くので、どれがどのくらい占めているのか、一目でわかります。去年の還付金約10万円を雑収入で入力すると、1万円近く税金が上がります。「取る方だけ率が高い!」と思ったのですが、医療保険の給付金を除いた約45万円に対して5万円の還付金の計算になりましたから、同じような率ですね。昔はもっと戻っていたような気がするのですが、扶養家族が無くなり配偶者控除だけになったのが効いているのかもしれません。しかしこの「国税庁マクロ」、毎年微妙に入力方法が変わります。

今年は税務署から確定申告用紙が送られてきていましたが、いつものように自宅から「国税庁マクロ」を使ったので、送られてきた用紙は使っていません。ところが印刷したあと、確定申告用紙送付の要不要入力欄が出てきました。これの不要にチェックを入れておきましたが、誰がどう入力したのか、筒抜けですね。当然ですが。

いつもは受付開始のちょっと前に郵送するのですが、今年は医療費控除還付請求のような単純なものは1月から受け付けているとホームページに書いてあったので、明日にでも郵送します。ちゃんと宛名ラベルも出てきました。のりは付いていません(^_^;。満月

確定申告も、今年で卒業できればいいのですが。

おまけです。数日前の満月がきれいだったので、デジカメで、それもシャッター速度を手動設定して撮ってみました。今まで自動で撮って失敗していたのですが、手動だとうまくいきました。1/125、F3.5です。

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2007/01/27

「連日出歩いています」平日版

2007年1月27日

以前(1月14日)「連日出歩いています」という駄文を書きましたが、これは休日の話でした。しかし今週は平日も連日出歩くことになってしまいました。出張が3日、残り2日が通院です。

出張は北は群馬、東は栃木、西は愛知と、山形から徳島まで飛び回っていた10年前に比べるとぐっと範囲は狭くなりましたが、あちこち飛び回っています。体調が良くなって以前断っていた仕事を解禁したら、どっと来てしまいました。これだけ飛び回ってもさほど疲れませんから、やはりウイルス(ヘルペス)の活動が治まったのは大きいです。10年前はC型肝炎ウイルスはいましたから、C型肝炎ウイルスがいなくなって体調が良くなったということはないようです。C型肝炎は本当に自覚症状が無く、時限爆弾のように肝臓ガンに追い込んでいく、怖い病気です。

この出張の最中に、久しぶりに東海道新幹線の700系に乗りました。小生は500系の乗り心地の方が好きですが(これは好き嫌いがあります)、さすが700系、上越系のE1系やE2系より乗り心地はずっと上です。おまけに小生は新横浜乗車なので、西に行った方が断然楽です。もっと西に行く仕事がないかな。

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2007/01/22

瞳が癒着していました

2007年1月22日

久しぶりに眼科の診察に行ってきました。前回が12月11日ですから、1ヶ月以上経っています。もう炎症がどうこうではなく、いかに収束をはかるかになってきています。
コンタクトを使い始めて約1ヶ月、目も慣れてきたところですが、残念ながら視力は上がっていません。0.08というところです。視力検査板の一番上、Cの時が並んでいるところに明かりがついているのはわかるのですが、残念ながらどこが切れているかまではわかりませんでした。

視力検査のあと、久しぶりにS先生の診察を受け、コンタクトを使い始めてわかった問題点を聞いてみました。なお眼底は、問題有りません。
小生:映像が上に10°ずれる、また二回り小さい。
先生:光軸のずれだけではなく、網膜のひずみから来ている可能性もある。これは慣れてもらうしかない。
→サーボ系だけではなく、CCDがずれているとは思いませんでした。
小生:瞳が動いていないようだ。
先生:その通り。瞳孔が癒着している。従って房水の出口も癒着して閉じているため、レーザーで虹彩に穴を開けてある。これはまだちゃんと開いている。閉じ気味で癒着しているので、暗いところは見えないと思う。
→2回目の手術の後で術後の炎症が起き、その時に癒着したのでしょう。これがはがれるかどうかは、もうちょっと経ってから聞いてみます。確かに暗いところは見えませんが、明るすぎるものも見えません。信号機のように、光っているものもだめです。
小生:右目がやや外下を向いているが。
先生:廃用性斜視の兆候かもしれない。大変だろうけど、できるだけ右目を使うこと。また使わないと、弱視にもなる。

やはり使わないと右目はそっぽを向きます。それどころか視力確保のためにも、弱視にならないよう右目を使ってやる必要があります。コンタクトの度数もこのままで良く、予備のコンタクトレンズも注文しました。また小生が右目を細めるのは、瞳孔が動かないための反射的な行動のようです。これはモデル並みの、明るい照明の下でもしっかり目を開ける、という訓練をすれば開くようになります。さあて、やってみるかどうか。

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2007/01/14

連日出歩いています

2007年1月14日

今朝いつもと同じように右目にコンタクトを入れたら、どうも感じが変です。見え方からすると入っているようなのですが、収まりが悪い感じがします。仕方なしに一度はずしてよく見ると、どうやら逆さになっているようです。新しいときは逆さにすると半球形を無理に折り返したようになりすぐにわかったのですが、何回も煮沸している間にコシが無くなり、きれいに逆さになってしまったようです。それでも凸レンズの部分は逆になりませんから、収まりが悪かったのでしょう。ひっくり返したら、今度はきれいに収まりました。いろんな事があるものです。

さて、昨日は早く(13年前)になくなった同期生の墓参りに出かけ、その後姉に頼まれた書類を印刷するためにA5のインクジェット用紙を探し回り、今日は日本橋の三越まで「川﨑小虎と東山魁夷展」(14日まで)を見に行ってきました。しかも動き回ると、やたらおなかが空きます。少し減量しなければいけないのに(^_^;。去年の今頃は医者から「安静にしろ」と言われ、「1日外に出ない日」を作ったりしていたのですから、嘘のようです。外見も変わったようで、久しぶりにあった元同僚からも、「ずいぶん顔色が良くなった」と言われました。良くなったのではなくこれが本来で、今までがずいぶんひどかったのでしょう。目の中も顔色同様に良くなっているのかどうか、久しぶりの次の診察は22日です。

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2007/01/09

今年初出張

2007年1月9日

今年初出張、しかも泊まりですが、コンタクトを入れ始めて初めての泊まりでもあります。
コンタクトの説明を聞いたとき、日常手入れのあまりの大変さに、「泊まりの時は、どうするんですか?」と聞いたのですが、「泊まりの時は、はずしていってください。」と言われました。あんた本当に、眼鏡屋か。しかし小生としては4月に熊本に数日滞在する予定なので、泊まりの度にはずしていくわけにもいきません。そこで今回は、ソフトコンタクトの手入れ用品を一式持ってきました。大荷物


写真がその手入れ用品です。右が洗浄液、左が保存液、コードの付いたものは煮沸消毒器です。これが後のケースに入ります。手前がコンタクトのケース、小生は片方だけですが、両方用しかありません。荷物はこのほかに、ノートパソコンがあります。

なおこの写真は、携帯電話のカメラで撮りました。会社の都合で携帯電話がFOMAになり、カメラが固定焦点からオートフォーカスになりました。いくらか鮮明になったでしょうか?

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2006/12/30

後半良いから、良い年でした

2006年12月30日

今年も残すところ、あと1日となりました。2006年を振り返ってみたいと思います。
今年は去年の10月から引き続いた、目の中のヘルペスをなだめながらのお正月から始まりました。そのため恒例の初詣その他を、すべて省略しました。順調に見えたのですが、目の中に増殖膜が広がって視力0になり、5月の2回の手術で前半が終わりました。そんな中で、2月に心肥大が改善していることがわかり当分手術の必要が無くなったことと、3月のC型肝炎の著効は、ビッグな良いニュースでした。

目の硝子体手術がウイルスの活動にどう関係しているかはわからないのですが、5月の手術後ウイルス(ヘルペス)の活動は目に見えて沈静化してきました。10月にオイルを抜く仕上げの手術をして、12月には水晶体代用のコンタクトを入れられるようになったのは、大前進です。視力は0.1に届かず、まだ目の角度が左目と合っていないのですが、この干支交代もちゃんと右目で見えます。身体も元気になり、12月は5回も出張してしまいました。13年ぶりの飲酒許可など今年は後半良くなったので、まあまあ良い年だったということでしょうか。06123001a


今年は「お仲間」さん達を初め、いろんな方にお会いできた年でもありました。そういう意味では、非常によい年でした。また来年が良い年でありますよう、皆様のご活躍とご幸運をお祈りします。
来年の干支は亥、去年は犬の代わりに同じイヌ科のタヌキが出てきましたから、今年はタヌキからイノシシへの干支引き継ぎです。

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2006/12/23

スキャナの実力

2006年12月23日

先日スキャナを買いました。キャノンのCanoScan LiDe 600Fです。最高1200dpiの解像度ですが、この解像度になるのはフィルムを直接スキャンするときだけで、通常の印刷物(写真も)は300dpiです。061223

さてこの実力を把握するため、いろいろやってみました。写真の最初のものはデジカメで撮ったものをL版で印刷し、スキャナで取り込み、それを少し縮小したもの、061223_1
2枚目は元の写真を直接縮小したものです。違いがわかりますか?この大きさなら、そこそこ良い画像が撮れます。Photo

フィルムを直接スキャンすることもやってみました。1枚は1970年2月の会津線、C11型の重連です。最後の1枚は36年前の小生、大学4年の時の卒業研究中のものです。03


話は変わりますが、昨日駅で電車を待っていたとき、右目(コンタクト入り)で広告のあんどん看板の字が読めました。かなり大きなひらがなでしたが、この看板は手術前には調子が良いときにかろうじて読めていたものです。手術前の調子の良いときは視力は0.3ありましたから、実力的に同等にはなってきたようです。

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2006/12/20

水晶体代用コンタクトレンズ

2006年12月20日

小生のコンタクトについて、もう少し詳しく説明します。なお「水晶体代用コンタクトレンズ」という言い方は、無いようです。
大きさは普通のソフトコンタクトと同じで、黒目(茶目)より一回り大きい大きさです。小生はカミさんのハードを見慣れていましたので、第一印象「でかい!」そのため、装着するときに上まぶたや下まぶたにぶつかり、半球がひっくり返って逆になってしまうことがよくあります。そして小生のは水晶体代用のため、レンズの半球形のドームの頂点に一段と高い出っ張りがあります。これが凸レンズで、そのためレンズが逆にひっくり返ったとき、スピーカーのコーンのような形になります。この凸レンズ、大きさは瞳より大きいそうで、そのため多少中心位置が合わなくても問題はないと、コンタクトを持ってきた技師さん(実は眼鏡屋さん)は言っていました。しかし小生の行きつけの眼鏡屋さんで見てもらったところ、0.5mmずれるともう焦点距離が変わってしまうとのことでしたので、コンタクトの位置がずれると見え方は変わるでしょう。しかし0.5mm以内に装着するにはどうすればいいのかわかりませんので、日によって調子の良い悪いを我慢しなければならないでしょう。

そのコンタクトを付けていると、いろいろわかってきました。まず色ですが、大きい面積ならわかります。プリント基板のレジストの緑色もわかりましたし、電池ケースの中にオレンジ色の単3電池が4本並んでいるのもわかりました。しかし瞳の調節が動かないようで、車の尾灯や信号機はわかりません。またあんどん式の表示もだめで、暗いところも全くだめです。瞳はほぼ一年間薬で動きを止めていましたので、動かす筋肉がすっかり麻痺してしまったようです。腕や足ならリハビリ(かなり苦痛を伴う、地獄のリハビリ)で治るのですが、瞳はどうすれば良いんでしょう。
右目が日頃やや下を向いているせいか、右目で見ようとするとかなり上を見るつもりで目を動かさないと見えません。ところがそれで右目の正面に対象物を捕らえると、その像は左目の像よりかなり上(正確に言うと、やや左上)に見えます。像の位置と距離から逆算したところ、ずれは約10°でした。そのため両目で見ていて右目で見ようと意識すると、背後霊のように像が二重に見えます。右目のサーボ機構がおかしいのはわかっていたのですが、どうもサーボに対する命令で視野中心を判断しているようです。これが慣れると(訓練すると)治るのかどうか、次回の診察は1月22日です。

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2006/12/18

ソフトコンタクトは面倒だ

2006年12月18日

自分の度数に合わせたコンタクトレンズができあがり、受け取りに行ってきました。そしてまず取り付け、取り外しの練習です。付けるのは一回でできましたが、はずすのが少し手間取りました。目にしっかり指を当てなければ行けないのに、慣れないとどうしても指先がさわるかさわらないか位になってしまうんですね。ソフトは本当に頼りなく、水の中に入れると全くわからなくなりそうです。

しかしソフトコンタクトは取り扱いが面倒ですね。まず精製水を買ってきて食塩錠を入れて溶かして保存液(要するに、生理食塩水)を作っておき、取り外したあと洗浄液(中身は洗剤)で洗い、保存液ですすいで煮沸消毒です。これが毎日。一週間に一回はこれに蛋白質除去の煮沸が加わります。ソフトコンタクトは違和感が無いのが売りで、小生も今日病院でコンタクトを付けて約2時間歩き回っていて違和感は全くなかったのですが、その分手入れが面倒なわけです。カミさんは「そんな面倒なことはできない。ハードの方が良い。」と言っていますが、小生は目がきれいな球面になっていないので、ハードは難しいでしょう。

さてこのコンタクトで視力はどうなったかというと、まだ慣れないこともあり、あまり見えません。まあ、慣れれば視力は出てくるでしょうし、ホームで黄色い線が白く見えましたので、非常用としては役立ちそうです。しかし電車の中で黄色が白にしか見えないことに気がつきましたので、見えるようになるとますます「見えない」ことが出てくるかもしれません。

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2006/12/11

ソフトコンタクト

2006年12月11日

眼科の診察、と言っても、今日は「コンタクト外来」です。必要な度数を測り、まず「お試し用」コンタクトを入れます。自分の物ができると自分で着脱するようになるのですが、今日は技師さんが入れてくれます。コンタクト初体験ですがソフトなので違和感はなく、そのまま1時間ほど待って視力を計ります。もう少し見えるかと思ったのですが、やはり中心部が見えないので目をずらしながら見るのに変わりはないので、視力は0.07でした。視野が暗く、網膜の感度が落ちているのを感じます。色ははっきりとはわからず、逆に白い物だと良く見え、ときどき二重に見えます。

その後診察、緊急オペが無かったようで、S先生の診察です。コンタクトはきれいに装着されており、この先どうするかと聞かれたので、このままやってみると答えました。このままと言っても今付けているのは「お試し」なので、新たに自分用のを作ることになります。完成は一週間後で、今度は自分で付けたりはずしたりする練習をすることになります。

コンタクトを付けても右目はさほど実用になるとは思えないのですが、やはり少しは使っていないと、廃用性斜視になる危険があります。また毎日付けていると少し慣れて、もう少し見えるようになるのでは、と思っています。その価格は\26,000也、保険は利きませんでした。また煮沸消毒が必須と言われると、そのセットが1万円かかります。

帰りがけにS先生に聞いてみたところ、「コップ1杯くらいならば」と飲酒OKがでました。酔っぱらうと目が充血してきますが、やはり飲み過ぎると目にも良くないようです。ともかく今日は、超ミニ缶で乾杯です。

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2006/12/03

行きつけの眼鏡屋さん

2006年12月3日

小生が眼鏡(老眼鏡)をかけ始めたのは1994年からですが、ずっと同じ眼鏡屋で眼鏡を作ってきました。大手のチェーンではなく個人でやっている店で、商売用か本当に目が悪いのかわかりませんが、大旦那夫婦も若旦那夫婦も、全員眼鏡をかけています。1994年以来の小生の視力(というより眼鏡の度数)の変化の記録はカルテとしてその店に保管されているのですが、その眼鏡屋が引っ越してしまいました。直線距離ではたいした距離ではないのですが、電車ではJRと小田急と、乗り継いでいくことになります。

引っ越しの挨拶状をもらったとき、小生は遠くなったからもうここには行かないなと思っていたのですが、最近拡大鏡を付けて細かい作業をするときに目が疲れるようになり、結局その眼鏡屋に行くことになりました。と言うのも、小生は11日からコンタクトの練習を始めますが、新しい眼鏡を作れるのは早くて年末、おそらく年明けです。ところが左目の老眼の度が進み、そこまで待てないような状態なのです。ただ新しい眼鏡を作ってもレンズは左だけ、右のレンズは年明けに入れることになります。そこで古い眼鏡の枠だけを使い、左だけ今の度数のものに交換することを考えたのですが、そういうことを頼めるのはその眼鏡を作ったところ、つまり引っ越した眼鏡屋になってしまったわけです。

引っ越しの挨拶状に地図が書いてあったので、迷わずに行けました。店にはお客さんが誰もいなかったので、去年の10月の発病から現在に至るまでの経過を若旦那と話し込んでしまいました。今使っている眼鏡を作ったのが去年の2月ですから、それからあっと言う間の変わりようです。病院はF病院にかかっているという話をしたら、何と大旦那さんも、F病院で白内障の手術を受けたそうです。なお引っ越した最大の理由は前の店には駐車場がなかったことで、しかもあのあたりは取り締まりが厳しく、3分止めていただけでも切符を切られる状態だったそうです。

他にお客さんがいなかったこともあり、じっくり計ってもらいました。右目は現在の、水晶体がない状態で、15ジオメトリー。単位がどういう意味かはよくわかりませんが、小生の眼鏡を作ったときの製作表には0.25という数字が書いてありましたので、ものすごい度数になります。15ジオメトリーの眼鏡というと、眼鏡の中の1カ所だけがふくらんだ凸レンズになるそうで(そうしないと、分厚くなります)、0.5mm顔を動かしただけでも見えなくなるそうです。視力検査機で15ジオメトリーのレンズを入れてみましたが、目の位置が合わないせいか、何も見えませんでした。しかし目の屈折率の検査機の方は、これは青い海に浮かんだ白いヨットが見えるものなのですが、右目でヨットが見えました。右目でこれだけはっきりものが見えたのは初めてです。網膜は健在なことがわかりましたが青い色は見えず、どうやら色覚細胞はかなりやられているようです。

右目は乱視もひどく乱視も見てもらいましたが、ほとんどが角膜乱視だそうです。小生は網膜のゆがみから来ていると思ったのですが、水晶体がないことできちんとしたカーブが出ず、角膜が変形しているようです。この乱視はコンタクトでも矯正できないため、眼鏡に頼ることになります。

さて結論ですが、現在くらいの度数の変化なら今新しいものを作ることはなく、右目が落ち着いてから一緒に作った方が良いだろうとのことでした。拡大鏡を付ける作業の時は、中近両用眼鏡よりも単焦点の方がよいので、予備として作った単焦点の眼鏡を使うことにします。この単焦点の眼鏡はそれをかけては歩けないので、ついつい中近をかけっぱなしにしています。少し気をつけなければいけません。なお右目が落ち着いたあとは、フレームも新調して作ることにしました。今度はどういうデザインにするかな。

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2006/11/28

来月からコンタクトの練習

2006年11月28日

昨日、眼科の検診に行ってきました。眼科の場合、他の病院でも多分そうでしょうが、診察の前に視力などの検査を行います。右目の視力検査の時は水晶体がないために、その分もカバーしたレンズを入れた眼鏡をかけるのですが、今までなぜか顔を上げないと良く見えないような気がしていました。そこで昨日実験してみたのですが、見えるところが小生が考える目の中心部よりやや右下に寄っており、よく見ようとすると、視野がどんどん右下に逃げていくことがわかりました。

そこで見たいところよりやや左上を見るようにすると、視野が逃げずに真ん中に止まります。そのやり方で検査の先生が持ったCの字を追ってみたのですが、さすがに遠くなるとしっかり見ないとどこが切れているかはわからなくなり、0.1までは見えませんでした。それでも動かして止まったときには、視力検査板の0.1の段にCが3つ並んでいるのが見えますので、目の動かし方に慣れれば0.1は見えそうです。なおこの見たいところから目線をはずして見る見方は、電車の中ではスリか痴漢がやっているそうです(笑)。

診察の時にS先生にこの話をしたところ、網膜の所見と矛盾していないとのこと、中心部から左側(先生の側から見て)に膜があるそうです。しかしこの膜を取ろうとすると全剥離になる危険があるため、膜は取らずにそのままにしておきます。

全体とすると炎症も治まり、来月からコンタクトの練習をすることになりました。それでS先生、角膜のあたりをじっくり見ていたのですが、
S先生「あ、手術の時の糸が残っていますね。取っちゃいます。」(看護師さんに向かって)「すみませーん、鑷子(せっし=ピンセットのこと)ください。」
看護師さん「どの鑷子ですか?」
S先生「Y○○鑷子ください。」
小生「先生、Y○○って、Y○○先生(Y教授)のY○○ですか?」
S先生「そうなんです。この鑷子の形をY先生が決められたので、Y先生の名前が付いたんです。はい、痛くないですから、左を見ていてください。」
と、診察台で糸を取りました。あとは消毒用の目薬を差して終わりです。しかしY教授、若い頃は「白内障手術の名手」として知られていたそうですが、道具もいろいろ工夫されていたんですね。

左の老眼の度が進み、眼鏡がだんだん合わなくなってきました。コンタクトを入れて落ち着いてから新しいのを作ろうと思っていたのですが、どうもそれまで待てず、古い眼鏡の片側だけレンズを入れ替えることにしました。

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2006/11/22

伊豆長岡へ

2006年11月21日

前日に思い立ち、日曜日に伊豆まで行ってきました。行き先は伊豆長岡です。日曜日だから混むだろうと思い、前日に「踊り子」号の指定席を確保しました。

さて当日、「踊り子」号に乗るのは初めてですが、スーパービュー(鉄道ファンはSVOと略しています)ではない普通の「踊り子」だったので、車両は185系、ときどき群馬の帰りに利用する「草津」と同じ車両です。それでも東北/上越系の200番台の寒地向けとは違い暖地向けで、シートの感じがちょっと違います。06111901

土日にしか走らない不定期列車なのに、車内は満員。取れた指定席は1Aで、車両の端の壁に面したところです。しかも戸袋窓で、景色もやや悪いです。それでも伊豆まで座っていけます。

大船から先の東海道(在来線)を日中に下ったことはあまりありません。海が近くなると、東海道を下っている感じが出てきます。あいにくの曇り空で海の色が鉛色ですが、熱海に近くなるとミカンが色づいているのが見かけられます。

「踊り子」は熱海で切り離し、前7両が伊豆急下田に向かいます。その時後5両に乗っていた車内販売員も、前へ引っ越しです。後5両は乗務員もJR東海に交代します。185系は5両編成だけになると電動車比率が下がって残った電動車の負担が大きくなるのですが、ちょうど降り始めた雨もあり、熱海の発車で見事に空転しました。

丹那トンネルを抜けて三島へ。三島は町が好きで、何回か来たことがあります。そこで伊豆箱根鉄道の乗務員に交代です。修善寺へ向かう伊豆箱根鉄道の駿豆線は、伊豆と行っても海岸ではない、言わば中伊豆へ向かいます。小生が伊豆へ来たのは、天城から河津七滝へのコースと、西伊豆での研究室の合宿、どちらも学生時代です。駿豆線に乗るのは、初めてです。06111905


今回の目的は伊豆長岡のギャラリー・ノアールでやっている工藤絢子さんの個展を見に行くことです。工藤さんにお会いするのも目的の一つではあります。と言うのも、工藤さんは小生と同じ桐沢型ぶどう膜炎で、硝子体の手術もされた方です。最初の手術は工藤さんの方が早かったのですが、オイルを抜く手術は小生の方が先でした(別に張り合っているわけではありません)。この病気は数が少なく(病院では、数年に1人と言われたそうです)、小生もこの病気の方とお話しするのは初めてです。病院では、いろいろご苦労もされたようです。小生は、病院運に恵まれていると思いました。

この病気になってから個展を開こうと思われたそうですが、いや、見事なものです。小さめの作品ですが、小生の好きな作品の写真です。06111909
個展そのものの案内はありませんが、伊豆の国市の案内がこちらにあります。終了日順に並んでいるので、12月10日を見てください。

帰りも「踊り子」、充実した楽しい1日でした。

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2006/11/06

抗生剤の目薬、開封したら1ヶ月

2006年11月6日

今日は眼科の検診、1日早いけど手術後2週間に当たります。連休中から少し右目のまぶしさが増してきましたが、視力検査の時真ん中のじゃまになるゴミが消えていたたCの板を追うのが楽で、視力は0.07くらいでした。手術後は順調で、次回は3週間後になりました。通院間隔が開くのは安定しているということで、こちらとしても会社の調整をする必要が無く、有り難いです。

コンタクトを始めるのは1ヶ月から2ヶ月経ってからが良いとのことで、次回にはうまくいって「試し」くらいです。と言うのも小生は現在眼圧が低い(今日で4くらい、標準は7以上)ので、角膜のカーブがきれいに出ないそうです。まして小生は水晶体が無く左目よりへこんだような感じになっているので、なおさらです。そのため、コンタクトがうまく収まるかどうかを、先生は心配しています。これこそ、やってみないとわからないことなので、まずやってみます。

なお今度の手術の後から、目薬がリンデロンはそのままですが、抗菌剤のガチフロがクラビットに変わりました。実は5月の手術の前もクラビットとリンデロンだったので、クラビットが残っていました。そのため今日行きつけの薬局の薬剤師さんに聞いてみたところ、
○開封前なら、半年くらいは平気である。(薬自体の有効期限は、もっと先)
○開封後は、特に抗生剤は保存剤が入っていないので、1ヶ月が限度である。
ということでした。(ナオコ先生の実際の言い方は、もっと優しいです。)帰ってから、使いかけのクラビットとガチフロは、みんな捨てました。

明日から早速、1泊の出張です。

追伸です。一番大事なことを書き忘れていました。洗面と洗髪、普通に洗って良いとOKが出ました。今日お風呂で、じっくり(と言っても、毛が抜けすぎない程度に)洗います。

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2006/11/01

明日から会社です

2006年11月1日

結局、明日から会社に行くことにしました。仕事の流れから言うと月曜日(6日)からでも良いのですが、事務処理がたまっているようなので、処理した方が良さそうです。疲れたらフレックスタイムを使い、さっさと帰ります。そして3連休、予行演習ですね。本当は今日からでも会社に行ける状態なのですが、顔と髪が洗えないせいで、何となく家に引っ込んでいます。

朝から顔が洗えないので、朝は清浄綿とか言うもので顔を拭くだけです。髪は連休中のどこかでもう一度美容院に行きます。そして月曜日の午前中が眼科の検診で、おそらくその晩から髪と顔が洗えるようになるはずです(期待)。

これだけ休みがあったのだから何かまとまったことが出来るかと思ったのですが、やっぱりだめですね。ビデオの消化もあまり進みませんでした。ホームページの旅行記の2003年分をまとめようと思ったのですが、これも手つかずです。

なおカミさんは、体ガンの方は異常なしと判定されました。今度は頸ガンの方の再検査です。一緒に出来るのですが、やらなかったのですね。精密検査ではなく再検査、灰色状態だと入口のところでうろうろしているようです。

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2006/10/30

美容院でシャンプー

2006年10月30日

退院後初めての診察に行きました。特に問題なく、経過は順調です。教授診察もありませんでした。眼圧は6で、このくらいあれば大丈夫です。
視力検査では、どうしても一番見えるところがやや右に寄っています。そして見ているうちに、また次第に右に寄ってきます。そのため思いもかけないときに先生の全身が見えたりしますが、真剣にCの時を見ようとすると、なかなか見えません。それでも視力は0.05でした。

診察の時に、このやや右しか見えないことと、右目がやや右下を向いていることをS先生に言ってみました。視野が欠けているのは、増殖膜のせいだろうとのことです。しかし増殖膜は正面から見て右に多く、どちらかと言えば右が見えないところにあります。増殖膜以外の別の影響かもしれません。

その別の影響の可能性があるのが、右目の向きです。失明性斜視という言葉があるかどうかは知りませんが(ネットで検索しても、出てきませんでした)、目が見えなくなると、目が正面ではなくそっぽを向き始め、斜視になることがあるそうです。小生の場合はそのなりかけで、日頃水晶体がないままに放ってあるので、右目が「役に立たない」と思い始めているようです。まだ左と一緒の時は同じ方を向きます。S先生が実験していましたが、左を隠すと次第にそっぽを(外側を)向いていくのが、左が見えるようにするとすっと戻るそうです。この対策は右目を使うことで、右目にはせっかく残った0.05の視力を目一杯使ってもらうことにしました。そのためにはコンタクトを入れるのが一番で、手術の痕が落ち着いたあたりで始めます。役に立たないと思うとぐれるあたり、何やら人間社会を思い起こさせます。

入浴洗髪はOKですが、顔に水のかかるような洗い方が出来るのは、術後2週間経ってからと言われました。そのため、病院の帰りに美容院により(ひらがなで書いた方が面白いですが)、シャンプーをやってもらいました。床屋は顔を下に向けて洗うので、顔に水を付けないためには顔を上に向けて洗う美容院が必須です。入院前(先週の日曜日)に洗って以来なので、快適でした。
待っていたら小生の次に小生より10才くらい年上の白髪の男性(はっきり言って、おじいさん)がやってきました。目の手術の仲間かと思っていたら、カットでした。おしゃれな方です。

入院時の体重測定で3kgほど軽い数値が出たのでびっくりし、これはと思って新しい体重計を買ってきました。今度のは体脂肪率が出るタイプです。それで計ったところ、体重68.7kg、体脂肪率18.7%、この数字だけ見れば理想的です。古い体重計はやはり3kgほど多めに出ることがわかったので、スクラップです。

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2006/10/29

治療の反省点

2006年10月29日

小生の桐沢型ぶどう膜炎の治療は今までほぼ最高の状態出来ていますが、決してベストではありません。今にして思えば、1回目の退院後の後の自分の対応に反省点があります。

この病気は、最初のウイルスの活動をいかに押さえ込むかがその後の治療の鍵になります。網膜は一旦破壊されると戻りませんので、最初の活動の押さえ込み方で、予後が決まってしまうと言っても言いすぎではありません。小生は入院後、どちらかというと奇跡的という状態で、ウイルスを食い止めました。その後膠着状態になったところで、退院しました。そして順調にいっていたのですが、退院後1ヶ月で言わばぶり返した状態になっています。問題はこの時会社に行っており、ブログでも「バテバテ」と書いていることです。

その後1年近くも立ってわかったことですが、やっぱりウイルスが活動しているときは安静第一、それも身体の安静が一番大事です。今にして思う最良の方法は、そのまま会社を休み続けて自宅療養を続け、それもほとんど家の中で横になっており、出社するのを年明けにすることです。ほとんど昔の結核の治療状態ですが、ヘルペスに対する特効薬がない状態ではこれが一番良い方法のようです。こうすればそのままウイルスは沈静化し、ひょっとすれば手術無しで完治したかもしれませんし、手術となっても視力視野とも現在より上のレベルで確保できたでしょう。

しかし現実としてみると、書類は机の上に広げたままコーヒーカップも置いたままの状態で緊急入院し、それから3ヶ月間も会社を休むことはまず出来ません。これだけの休みは休職になりますし、歩けて会社に行ける状態なので、どうしても途中で出社してしまうでしょう。ましてや3ヶ月休めば完治するという保証もないし、休んでいても無言の圧力を感じてしまうでしょう。おそらく他の病気でも、後から考えれば「あそこで休んでおけば良かったのに」と思った方は多いと思います。そうやってみれば、小生はあまりひどく悪い方には転がっていかなかったようです。

もし「桐沢型ぶどう膜炎」で検索してこのブログにたどり着いた方がいらっしゃったら、最初の抗ウイルス薬投与中の安静が最も大切だということを、明言しておきます。

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2006/10/28

今回の手術の目的について

2006年10月28日

今回の手術の目的は、目に充填されていたシリコンオイルを水(生理食塩水)に置き換えることで、自分では5月の手術の続編と考えています。従って、今回の手術をしたからといって、特に症状が改善したり、視力が戻ったりすることはありません。シリコンオイルは身体に害は少ないといっても異物であり、長期間(1年以上)そのままにしておくと、緑内障など他の病気を引き起こすおそれがあります。緑内障は視力を失うことのほか、めまいや吐き気など不快な症状があるそうで、5月の手術で眼圧が高いときの気持ちの悪さ(吐き気)はいやになるほどわかったので、予定通り今回手術を行いました。特に緑内障はなってからの治療が大変なので、避けられるものは避けた方が良いと思った次第です。

もう一つは、そろそろ「治療中」の状態から脱却したいとも思ったからです。そのためにはまずウイルスの活動が沈静化するのが第1なのですが(沈静化しないと、この手術も受けられません)、オイルを水に抜き変え、使っている目薬を徐々になくすことです。特に散瞳剤系の目薬を使っていると瞳孔が開いているためまぶしく、左目でしっかり像を捕らえることが出来ません。
そしてもう一つが「見てくれ」の問題です。右目がまぶしいため、しっかり見ようとすると右目をつぶってしまいます。そのためいかにも「目が悪い」という印象を与えてしまっています。さらに右目が自分で見ないで左目について動くだけなので、目が寄りません。

今更見てくれはどうでも良いかもしれませんが、特に自分で気にしていると相手に「自信がない」という印象を与えるようです。社内のよく知っている人が相手だと「お前は少し自信がないくらいでちょうど良い」などと言われますが、新規事業で社外の人が相手だと、自信がないという印象を与えるのはマイナスです。

そのため小生は密かに眼内レンズを入れることを期待していましたが、これは術前の視力が矯正して0.05で増殖膜が手つかずの状態では、入れられませんでした。後はコンタクトで、コンタクト+眼鏡(左右のバランス上)で右目が自立して動くことが次の目標です。なお小生の網膜の外周部はウイルスにかなりやられたので右目の視野は狭く、5mで視力検査表の幅がやっとです。それでも中心部は生きており、レンズをたっぷり入れた眼鏡をかけると視力検査表があることは確認できますので、うまくレンズを調製すれば「SEE」だけではなく「LOOK」が可能です。手術後しばらくは目が落ち着かないので、コンタクトの話が出るのは1ヶ月くらい先でしょう。

ウイルスの活動はもうほとんど(完全に?)沈静化しており、5月の手術の時に大量に投与された抗ウイルス薬もステロイドも、今回は目薬を除いて一切使いませんでした。おかげで入院費も、約7万円と安かったです。
またもう一つ5月の手術の時に「オイルを抜くときが一番危ない」と言われた眼球癆は(今年の5月3日の記事を参照ください)、まず起こらない状態と判断されたのか、気にすることなく手術は行われました。こういうときに肝臓だったらGOTやGPT、あるいはウイルス量でどういう状態かこちらもある程度わかるのですが、眼科の場合は先生方は目視で確認して目の元気が良い、あるいは炎症が起こっているというのがまさに一目瞭然でわかるのに、こちらは全くわからず、そのあたりは不安(と言うより、不満)です。

今回の手術は白目に開けた穴が小さかったのか充血が少なく、もう見た目は術前と変わりません。このまま炎症など何事も起こらなければ、大成功でしょう。

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2006/10/27

予定より早く、無事退院しました

2006年10月27日

早々と今日、退院しました。以前だったら来週月曜日か火曜日に退院するところですが、病棟の改修工事のあおりでベッド数が少なくなっており、状態の良い患者はさっさと追い出されたようです。今日は朝夕と抗生剤の点滴があるはずだったのですが、それも中止になり、抗生剤は飲み薬になりました。まあ、追い出される「状態の良い」レベルであることは、良いことです。しかし手術後一週間経っていないため、まだ顔も洗えません。退院はしたものの、当分は自宅かすぐ近くまでです。

ザウルスで見るとココログの画面はコントラストが少なくて見づらく、コメントに対する返事は割愛させていただきました。そのため、見出しの誤変換までやってしまいましたが(^_^;。まとめてになりますが、凡太郎さん、digiさん、chokoさん、memoreさん、miyaさん、ポチさん、振宿さん、meeさん、前向きさん、ばんばんさん、コメントありがとうございました。

次の診察は月曜日、それでこれからどうするかが少し見えます。

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2006/10/25

手術は無事終了、週末退院へ

2006年10月25日

手術は24日、Y教授の執刀で無事終わりました。安全第一で増殖膜をいじらずオイルを抜くだけにしたので、1時間足らずで終わりました。網膜の状態も良かったので、普通の水充填です(助かった)。

今日(25日)視力検査の後S先生の診察を浮け、説明を聞きました。
○増殖膜は今の位置だと取り除いても視力に影響はなく、取り除くことで網膜全剥離に至る危険が大きいこと。
○今後膜が網膜中心部に至る可能性は、小さいこと。
○眼内レンズをいれると、その後何かあった時に大変になること。
で、今のままで収束に向かうことになりました。今のところ再剥離の兆候は見られず、金曜日朝の検診で何もなければ、そのまま退院ということになりました。28日(土曜日)からの薬もすでに出ているのに、予想外に早い退院です。確かに今回は痛み止めも使わず、楽でした。それだけ早く退院しても良いということでしょう。コンタクトは外来での処方になります。

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2006/10/23

今日から入院しました

2006年10月23日

予定どおり、入院しました。今回は7階です。そしてベッドは、通路側になりました。ちょっと窓の外を見たら、2階違うだけで、随分景色が悪くなっています。スタッフは全員違う顔触れ、これから名前を覚えます。同室の方は、全員腎臓のようです。

過去の病歴を説明する際、1回目の手術の時脈が飛んだのに平然と手術が続いた話をしたら、「眼科の先生、あまり他の病気は気にしないことが多いですから。」S先生は一応気にして、リズムが変わらないことを確認していましたから、まあいいでしょう。

午後から教授診察、9階に呼ばれました。どうやら新しい患者から7階に切り替わるようで、9階のスタッフは皆そのままです。ついでにナースセンターにあいさつに行きました。

教授のとなりはN講師、教授は小生の目の中を見ながら、N講師は眼底の写真を見ながら、「無理しないでオイルを抜くだけにした方がいいな」「そうですね」という会話です。7時過ぎにS先生が現れ説明してくれましたが、増殖幕は無理して取らず、網膜の再剥離を防止して、安全第一に行こうということです。なおウイルスはもうほとんど活動しておらず、術後の抗ウイルス薬や、ステロイドの点滴はないそうです。

明日の手術は、午後2時からです。

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2006/10/21

硝子体手術について、まとめ

2006年10月21日

来週の手術についての説明の意味も含め、硝子体手術についてまとめてみました。なお小生は医学の専門家ではありませんし、内容にはかなり主観が入っていることをお断りしておきます。

硝子体手術は、端的に言えば硝子体を取り除いてしまう手術ですが、その後代替えとして何を入れるかでその後がいろいろ変わってきます。硝子体手術は網膜硝子体手術が正式な言い方であるように、網膜に状態によって変わります。

1)網膜の状態が非常に悪いとき
硝子体を取り除いた後にシリコンオイルを入れる、オイル置換になります。オイル置換は網膜を押さえる力が一番強く、そのため眼球の後にその内部からの力を受けるようバンドを巻くのが、一般的なようです。押さえる力が強いということは内部の圧力が高いということで、眼圧が高いことに繋がりそうですが、眼圧は普通と同じです。このあたりのメカニズムは、まだ理解していません。
オイル置換は術後普通に(あおむけに)寝ていて良いのですが、病院によってはうつぶせ寝を推奨、あるいは必須にしているところもあるようです。
オイル置換後そのままにしておくと緑内障になる危険があるため、最短3ヶ月、最長1年で水に置き換えます。その時の網膜の状態次第では直接水置換とせず、一旦ガス置換とすることもあるようです。会社で化学屋さんから、オイルを抜いた後洗わずに直接水を入れるのかと聞かれましたが、これも不明です。まあ、あと3日経てばわかります。

2)網膜の状態がやや悪いとき
硝子体を取り除いた後にガスを入れる、ガス置換になります。ガスは自然と身体が作り出す水に置き換わりますが、網膜にはガスが当たるようにするため、うつぶせ寝にする必要があります。このうつぶせ寝、専用の枕があればいいと思うのですが、何もありません(少なくともF病院には)。一度やってみましたが、気持ちが悪くなりました。

3)網膜の状態が良いとき
硝子体を取り除いた後に水を入れる、水置換になります。水といっても、生理食塩水です。眼球は一定の内圧(眼圧)があることでその形を保っているのですが、自分で水を作り出す力と、排出される水とのバランスで眼圧を保っています。従って病気で眼球の水を作り出す力が弱っていると、水置換にしたときに作り出す水が排出される水に追いつかず、眼球が外からの圧力に負けてつぶれてしまいます。これが眼球癆で、こうなったらもう眼球を摘出して義眼を入れるしかありません。オイル置換後で一番危ないのがこの時で、手術時期の見極めが大事になります。

なお硝子体手術をするときには、よほどの例外でない限り、水晶体は取り除きます。その後状態が良かったら眼内レンズを入れ、眼内レンズが入れられなかったら眼鏡に水晶体の分をカバーさせるか、コンタクトレンズを使うことになります。

ということで、来週23日から入院し、24日に1から3に(ひょっとしたら2に)する手術を受けてきます。なお入院中はスパムトラ対策のためにトラックバック不可としますので、ご了承ください。

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2006/10/12

鏡よ、鏡

2006年10月12日

若い頃、特に20歳代の頃は、鏡を見るのが嫌いではありませんでした。と言うより、チェックのうるさかった姉からしつけられたせいで、かなり積極的に、いろいろチェックしていました。しかし40歳代ともなると、デパートのエスカレータの横の鏡に映るくたびれたおぢさんの姿(自分のことです)を見て愕然としたこともあります。

それからまた十数年、今年5月の目の手術をした後、見つめても見返してこない右目が気になり、何となく真剣に鏡を見なくなりました。左目で右目を見ているので、右目の目線は並行に横を向いてしまい、当然のことなのですが、やはり気になります。
右目は目薬でずっと瞳孔を開いたままにしてあるので、明るいところではまぶしく、左目で見ている像にハレーションがかかったようになります。そのため、何かを見ようとすると右目を細める癖がついてしまいました。写真は正直で、皆右目が細くなっています。同じ桐沢型ぶどう膜炎で相談を受けた方に、「鏡を見て訓練すれば、開くようになりますよ。」と言ったものの、「見せよう」という意識より「見よう」という意識が先に立ち、左右をバランス良く開けるという感覚はどこかへ行ってしまっています。日頃鏡を見ていないツケです。まあどちらにしろ次の手術でまた変わります。もっと開くようになるか、それとももっと閉じるか、はたして。

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2006/10/05

2回目、3回目の手術

2006年10月5日

小生は全回の入院の時に手術は2回やっているため、今度の手術は3回目になります。実は目の手術の麻酔は普通点眼なのですが、これが2回目になると、ぐっと効きが悪くなります。目のpHが変わるせいだと聞いたこともありますが、本当のところはわかりません。小生の2回目も麻酔の効きが悪く、ずいぶん痛い目にあいました。1回目の手術のあと、それまでしみていたステロイド剤、リンデロン(おなじみの、シェリングプラウ社製(^_^;)がしみなくなり、目の様子が変わったのはわかりました。

夏あたりから、またリンデロンの目薬がしみるようになっています。そうすると今回の手術は、また麻酔が効くようになっているはずですが、さてどうでしょう。

群馬のホテルにて。
最近のホテルはインターネットの設備を備えたところが増えました。これは自分のノートパソコンをLAN接続にして書いています。

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2006/09/25

そのうちコンタクト?

2006年9月25日

手術前の最終診察のため、眼科に行ってきました。前回の検査結果も出ていましたが、特に異常はありません。心電図も、何も出なかったようです。S先生は前回の「シンコペーション」の現場にいたのでこの心電図をあまり信用していないのですが、小生のは負荷心電図か24時間ホルターでないと出てきません。ただ循環器関係のデータはこの病院にはないので、心臓の状態は自己申告です。ともかく予定通り、来月23日入院です。

手術についての詳しい説明も聞いてきました。術中に網膜剥離の傾向が見られたら、水置換ではなくガス置換に変えるそうです。ガス置換はうつぶせ寝など術後がちょっと大変ですが、網膜を押さえる力は水より上です。今がオイルでがっちり押さえているため、オイルを抜いたときどうなるかが一番心配のようです。増殖膜はべったりくっついて固まっているようで、取れるだけ取るというスタンスです。診察の後眼底写真を撮りましたが、のぞき見したところ膜はかなり広がっていました。

オイルから水に変わっても、見え方は特に変わらないそうです。そうなると何で抜くのかということになりますが、入れっぱなしにしておくと緑内障が怖いそうです。ぎりぎりまで先送りにする手もありますが、今体調が良いので、良い機会でしょう。

術後ですが、眼内レンズは入れられたら入れるけど、多分無理だろうとのことです。虹彩も周囲の炎症の影響で癒着しやすくなっており、水晶体を入れる場所も癒着している可能性が高いようです。するとどうなるかというと、コンタクトレンズになるそうです。眼鏡にすると片側普通、片側瓶の底になるので、みっともないし、かけたときの重量バランスも悪くなるそうです。この年になってコンタクトレンズの話が出るとは、思ってもいませんでした。ただし両眼見えるようになると、視力のバランスが取れないのでかえって見づらくなることもあるそうです。まあ、それは見えてからの話です。

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2006/09/20

アトロピン

2006年9月20日

話題になった「MASTERキートン」に、アトロピンで毒殺を計るというシーンがありました。アトロピンといえば、目薬としてずっとお世話になっている薬です。調べてみたら、目薬として使われている硫酸アトロピンも、毒性がありました。
少し使うと薬、多量に使うと毒というのは、薬には良くある話です。いや、薬は皆そうだと言って良いかもしれません。それだけ、量をきちんと守ることが大事になります。

目薬としてのアトロピンは、散瞳、調節麻痺剤として使われ、使うと瞳孔が開いてまぶしくなり、またピント調節が出来ないので実用上見えなくなります。これはねんざの時のギブスを巻いて動かなくするのと同様、炎症の起こっている筋肉を安静にさせるためだと、眼科の開業医から聞きました。
なおアガサ・クリスティのミステリーに、目薬のアトロピンで中毒症状を起こすという話があるそうですが、それは読んでいません。目薬で中毒を起こそうとすると、ずいぶん量が必要になりそうです。

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2006/09/18

4と9

2006年9月18日

先週の手術前の全身検査の時の話ですが、会計で検査指示書と結果の入力とが合わず、しばらく待つように言われました。そのため椅子に座ってぼんやり会計を眺めていたのですが、会計の番号が飛んでいることに気がつきました。この病院の会計は窓口がずらりと並んでおり、1から12まで番号が振られているのですが、4と9がないことに今頃気がつきました。

4は死に通じ9は苦に通じると言って嫌われていることは知っていましたが、まさか会計の窓口まで避けているとは気がつきませんでした。なお病室にも4はないのですが、9でなく10がありません。10は重に通じ、第10病室だとそれこそ「重病」になるので、嫌ったのでしょう。

この4が死に通じるのは中国語(聞いたのは台湾なので、大陸は違うかもしれません)も同じらしく、中でも54が「吾死」に通じると言って、最悪のようです。

飛行機は逆に13を避けているようですが、こういう縁起担ぎの欠番を全くやらないのが旧国鉄で、4も9も13も全部そろっています。小生はというと、出身高校の入試の時の受験番号は42、出身大学の受験番号は4448だったので、4は縁起の良い数字です。

(記録をしっかり確認しないで書いたため誤りがあり、全面的に書き直しました。)

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2006/09/14

多焦点眼内レンズ

2006年9月14日

このところ帰宅時間がだんだん遅くなり、カキコの時間が取れなくなっています。といって寝る前に巡回しそれも書き込みまでやると、それこそ目に悪そうで自粛しています。今日は比較的早く帰宅できました。

先日(9月4日)に書いた多焦点レンズ眼内ですが、ぼやけた映像としっかりした映像を一緒に見ると、しっかりした映像だけを見るという脳の働きを利用したもので、同時に遠近両方の二つの映像を見るようです。多焦点とは言うものの焦点が合うのは2カ所で、ピントが甘いという評もありました。また右目と左目で遠近を分担する方式(モノビジョン)もあるようです。どちらも小生には縁がなさそうです。

11日(月)に手術前の検査を受けてきました。角膜、採血、レントゲン、心電図と、かなりあちこち回りました。検査結果を聞くのは25日ですが、不整脈は出なかったようです。

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2006/09/04

オイルを抜く手術の日程が決まりました

2006年9月4日

今日は眼科の検診日、しかも教授診察もありました。オイルを抜く手術の可否、良ければ日程を決めるためで、回復は順調なので、オイルを抜いても良かろう、ということになりました。視力検査では、視野が以前より明るくなったのを感じます。ただオイルの中の不純物が横筋になっているので、Cの字は見えるものの、どこが切れているのかはなかなかわかりません。それとどうも一番良く見えるところが真ん中に来ず、目をあちこち動かして見ています。オイルを抜くと、この状態もまた変わるでしょう。

ただ小生は増殖膜が少し広がりかけており、しかも今回はそれが網膜にぴったりくっついているので、S先生はその手術を心配しています。出来るだけ取らなければ視力に影響するし、放っておくと牽引性網膜剥離になるのですが、手術中に下手をすると網膜に傷を付けてしまいます。瓶の口から覗きながら瓶の底のゴミを、瓶の底にさわらずに取るようなもので、かなり高度な技術を要します。小生の場合はまた執刀医T教授、第1助手S先生になるのでしょう。なおS先生、助手に昇格されたようです。

さてその手術の日程ですが、10月24日になりました。入院は前日の23日からで、多分2週間くらいでしょう。久しぶりの、と言うよりこの病院では初めての、予定入院です。何しろ今までの2回は、どちらも緊急入院でしたから。病棟ですが、今度は7階になりました。眼科が9階から7階に引っ越したそうです。看護師さん達は一緒に引っ越したのかどうか、楽しみです。手術までに、検査に何回か通うことになります。

その病院の待合室で、多焦点眼内レンズの治験の募集を見かけました。対象者を見たら、両眼の白内障の手術をする人です。やはり片方だけだと、具合が悪いのでしょう。いわゆる遠近両用眼鏡の多焦点、もしくは累進焦点レンズは目を上下に動かしてピントの調整をしますが、眼内レンズは一体どうやってピントの調整をするのでしょう。自分には関係ありませんが、今度調べておきます。

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2006/08/16

10月から保健の自己負担限度額変更

2006年8月16日

会社の健康保険組合から、「健康保険が変わります」という小冊子が送られてきました。変更時期は平成18年10月(今年だ!)、平成19年4月、平成20年4月、と3段階です。変更内容は70歳以上が対象のものや、出産手当金などいろいろありますが、当面最も関係がありそうなのは高額医療費の自己負担限度額の変更です。それも、この変更は今年の10月からです。

変更内容は、現行の、72,300円+(医療費-241,000円)×1% が
          80,100円+(医療費-267,000円)×1% になるというものです。(どちらも「一般」の場合)
わかりにくいので医療費を50万円として計算すると、74,890円が82,430円に変更になります。ただこれらは「一般」の場合ですが、「一定以上所得がある方」の範囲も標準報酬月額56万円以上が53万円以上に変更になりますので、運の悪い方は10月で適用も変更になり、その場合は、
    150,000円+(医療費-500,000円)×1%になり、先ほどの50万円の場合は150,000円になります。

なお高額医療費の計算はレセプト(医療費の請求書)1件ごとの計算になりますが、世帯合算の特例(同一世帯で21,000円以上の自己負担が2件以上ある場合)があったり、「多数該当の場合」があったり、細かく見るともっと複雑です。一応、自己負担限度額が増える、というお知らせでした。

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2006/08/14

膜は静かに増殖中

2006年8月14日

久しぶりに眼科の検診に行ってきました。間が3週間開いたので、本当に久しぶりです。これだけ間隔を開けても良いくらい安定しており、視力も0.07~0.08と変わりありません。しかしなかなか0.1は見えませんね。

しかし網膜のあたりでは、増殖膜が徐々に大きくなっています。約2ヶ月前の眼底写真では、「ここに膜がある」と言われてやっと気がつくくらいなのですが、3週間前に撮った眼底写真でははっきり広がっているのがわかります。増殖膜が網膜の中心部を避けて広がっているので視力には影響がないのですが、広がるのはあまり良くありません。そして今回の膜は網膜にべったりくっついているため、なかなか全部は取れないそうです。この増殖膜をいつ頃どうするかは、次回教授に見てもらい決めることになりました。オイルを抜く手術をするのがそろそろですが、会社の都合で自分では入院は10月と思っています。しかし10月から高額医療費の自己負担限度額が上がるという、いやな話もあります。ぎりぎりの9月末に手術をするという手もありますが、なかなかそううまくもいかないでしょう。

行きつけの薬局は、今夏休みです。病院の前の薬局はさすがにやっていましたが、新しいところに行くと過去の病歴やらアレルギーやらいろいろ書かされるので(書けばA41枚分)、処方箋が17日まで有効なので、17日まで待って行きつけの薬局に行くことにしました。もう目薬だけなので、多少余裕があります。

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2006/08/09

入院後初めての「泊まり」出張

2006年8月9日

群馬での打ち合わせが3つ重なり、ついに群馬に一泊することになりました。以前(ぶどう膜炎の発病前)はIFN中でも出張で飛び回っていたのですが、ぶどう膜炎で入院したあとは運動制限になったため、日帰り出張も出来るだけ楽なスケジュールにし、「泊まり」の出張は控えていました。手術をしたあとは回復が順調のせいもあって運動制限が無くなり、「泊まり」の出張も解禁しました。前回の泊まりの出張は、去年の十月の山形行きです。ぶどう膜炎になって入院する前、目薬を差しながらの出張でした。

久しぶりにビジネスホテルに泊まると、やはりよく寝られません。寝付きは良いのですが、すぐに目を覚まします。特に冷えるのを警戒して冷房温度を28℃にしたのも、やりすぎたようです。暑くて目が覚めてしまいました。

行き帰りの電車はやはり上着が無いと寒いし、上着を着るのならネクタイを締めないと収まりが悪いので、結局普通の、スーツにネクタイの格好です。そして半袖シャツだと汗をかいたときにかえってべたべたするので、ワイシャツも長袖です。駅まで歩いたり、ホームで待ったりするときの暑いこと!群馬は台風の影響か、特に暑かったようです。しかしあの暑さの中でスーツにネクタイで平気だった(倒れなかったという意味です)ので、体力もだいぶ回復したようです。

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2006/07/24

写真は撮られているが

2006年7月24日

先週末レーザーで虹彩に穴を開けたため、今日も診察が入りました。レンズを沢山付けた眼鏡をかけると、視野は狭いながらも良く見えるのですが、濁りが横筋となって、Cの字は見えるもののどこが切れているかがわかりません。それで視力は0.07でした。目全体としては安定してきており、次の診察は3週間後になりました。ただ増殖膜が徐々に広がってきており、これをどうするかは次の診察時に教授ぬ見てもらうことになりました。増殖膜はちょうど視神経の上(いわゆる盲点)にあるため、視力には今のところ影響していません。教授診察に備え、眼底の写真を撮りました。

会社が終わったあとは歯医者です。右の上の歯がかなり深いところでやられており、今日その歯の治療が終わったので、確認のためにX線写真を撮りました。

この所撮られている写真といったら、こういう写真ばかりです。普通の、しかもスーツを着た写真は、10年以上撮っていないように思います。「葬式の写真がない!」と言われそうです。しかも昔はいきなり倒れたときはアルバムをめくって適当な集合写真から引き延ばしていたんですが、小生の写真はほとんどハードディスクの中です。いきなり倒れたら、どうするんだろう。

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2006/07/22

右目の動きについて

2006年7月22日

一時期右目が左目の動きに付いてこないような気がしたのですが、少なくとも今はちゃんと付いてきているようです。しかし左に付いてきても、正しい動きとは異なるようです。
右目の30cm前の物を見ようとした場合、左目はやや右を向きます。そして右目は自分の正面にあるので正面を見なければいけないのですが、小生の場合はそこで右目も左目と一緒に右を向いてしまいます。右目の動きが変だと感じていたのは、ここでした。

手術前(=水晶体があったとき)はこういう変な動きは感じていなかったので、ちゃんと独立して動いていたんだと思います。そのころすでに立体視は出来なかったのですが、明るいものは見えたため、室内の明かりや街灯はぼやけながらも独立して見えました。そのため右目も、対象物を右目の中心に置くように動いていたのだと思います。

手術後は水晶体が入っていないため、室内の明かりは蛍光灯が一個一個独立せず、全体がぼやけた明かりとして見えます。そのため右目だけではどこを見たいのかがわからず、左目と一緒に動いているのだと思います。これが右目が全く見えなくなり光すら感じなくなると、もう左目の動きには付いてこず、勝手な方向を向いてしまうことがあるそうです。そして動くことすらなくなってしまうのでしょう。

オイルを抜いて水に置き換えるとき、視力の確保(0.1以上)が確実視されるときは、一緒に眼内レンズを入れる手術も行うそうです。そうすればぼやけてもものの形はわかりますので、また右目が独立して動くことになるのでしょう。ただし小生の場合は増殖膜が出かかっているので、オイルを抜くときに除去手術も一緒にやるそうなので、同時に眼内レンズを入れるかどうかはわかりません。眼内レンズを入れるとその後の眼底診察がやりにくくなる(普通の目と同じになるだけなのですが、現在の水晶体がない状態だと、眼底検査がやりやすい)ため、増殖膜の除去がはっきり確認できてから、あらためて眼内レンズを入れることになるかもしれません。うーん、また手術は2回か(;_;)。

昨日、入院中に眼圧調整のために虹彩に空けた穴がふさがりかかっていたため、広げる処置をしました。レーザー処置だったのですが少しちかっとするだけでほとんど痛みはなく、簡単に終わりました。また2週間分の目薬をもらってきたのですが、同じように差していても減り方が違います。行きつけの薬局で薬剤師の先生に聞いたところ、メーカーによって容器の穴の大きさが違い、そのために差が出てくるそうです。特に良く減る「ガチフロ」のメーカーは、特に穴が大きいそうです。容器の押し方に気をつけなければ。

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2006/07/17

手術から2ヶ月

2006年7月17日

昨日で右目の2回目の手術をして2ヶ月になりました。退院当初、右目は痛くて触れませんでした。そのため洗面の許可は出たのですが、右目の回りはさわらずに洗っていました。左右関係なく平気で洗えるようになったのは、半月ほど前です。
今日の明け方(と言っても、完全に朝ですが)無意識に右目をこすっていて、自分でびっくりしました。2ヶ月でやっと平気でこすれるようになりました。外観も、「目はどうかしましたか?」と言われない状態になってきました。退院した頃は1ヶ月で外観は戻ると思っていたのですが、2ヶ月かかりましたね。そうこうしているうちに、再手術の時期が近づいてきました。

この外観の「目が腫れている」とか「パンダ」とかは、目の中身とは全く関係が無く、単なる手術の後遺症で、今やっとその後遺症が無くなったところです。手術の本当の後遺症、目の奧にバンドを巻いたことによる影響は、目が動きにくくなると言われていました。その影響で右目が何となく右下方向を向いていたのですが、それもほとんど気にならないようになりました。ただ鏡で右目を見た場合、左目だけで見ているのでどうしても右を向くことになり、右目は見返さないので左につられて右を向いてしまうようです。

昨日、今日と、朝11時近くまで寝ていました。夜は12時すぎたら寝ていましたので、毎日10時間近く寝ていることになります。カミさんは「壊れた。」と言っていますが、やはりどこかが疲れているのでしょう。まあ、精神的には問題ないようです。

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2006/07/09

「3回目のインターフェロン」総集編

2006年7月9日

目が70%くらい開くようになってきました。人の目は意外と左右アンバランスなので、そろそろちょっと目にはわからなくなります。ただ中身は何も変わっていないのに、「目は治った」と誤解されそうです。最も手術前は右目は外観上全く正常なのに、実用上は全く見えませんでしたので、同じになったと言えばそれまでです。変わったのは目の表情で、手術前は悪い方の目には表情が無く、じっくり見るとちょっと怖かったのですが、今回は目の軸線がやや下を向いてしまったこともあり、少し優しい表情になりました。他の方のブログに中井貴一が歳を取って小生に似てきた(小生が、ではありません)と書きましたが、この右目の方が中井貴一に似ています。

小生のホームページに、「3回目のインターフェロン」の総集編をまとめました。とりあえず、2005年までです。この3回目のインターフェロンはすんなり始まったわけではなく紆余曲折があったのですが、今回はそのあたりもまとめて2003年4月を始まりとしました。このあたり(2004年3月まで)は「2回目と3回目の間」として発表していたものですが、「3回目のインターフェロン」にまとめたことにより、流れがすっきりしてわかりやすくなった、と小生は思っています。

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2006/07/08

湿疹!薬疹?

2006年7月8日

昨日朝起きて指が妙に痒いので見たら、湿疹が出来ていました。それと首筋に一つ。湿疹など珍しくありませんが、小生は湿疹が滅多にできたことがなく、前回できたのはおそらく30年くらい前です。最近変わったことと言えば、一昨日の昼から歯の治療のための抗生剤「メイアクト錠」を飲み始めたことくらいです。そこで気になって薬局からもらった解説を見たら、「発疹・かゆみ等の過敏症錠や、気になる症状が現れた時は、、、」。どうやら発疹の副作用がありそうです。しかし会社では何ともなかったので、そのままにしました。来週また出たら、その時は薬を変えてもらいます。

そして会社が終わってから歯医者へ。右側が鈍く痛かったのは、ほとんど10年前に治療した歯の奥の方が炎症を起こしたようで、先週金冠だけはずしたのですが、今回はかなり奧まで削りました。右目の2回目の手術のあと、右のあごの付け根が腫れましたが、歯の影響かもしれません。歯科の先生は、右のあごの動きが少し悪くなっている、と言っていました。「ちょっと心配。」と言っただけで、特にどうこう言う指示は出ませんでしたので、放っておいて良いんでしょう。

抗ウイルス薬のバルトレックスを昨日飲み終わり、眼科用の内服薬は完全に終わりました。ステロイドも7月1日に飲み終わって一週間、どうやら今回は軟着陸に成功したようです。

しかし「ココログ」、昨日からレスポンスがめちゃくちゃ悪いです。

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2006/07/04

ステロイドは無事終了?

2006年7月4日

眼科の診察に行ってきました。2週間間が空くと、会社の調整が楽です。このところ目は落ち着いており、先週あたりまでは午後3時過ぎになると右目に引っかかったような痛みがあったのですが、それもなくなりました。ただ右目が右下を向くようになってきたのは気のせいだけではないようで、炎症検査の時に目を正面に向かせるため、やや上を見させられました。よそを向いた目を正面に向ける手術もあるのですが、目を動かす筋肉を切りつめて向きを調整するため、ものすごく痛いそうです。

今日は右目の視野が広くなった感じがしました。広くなったと言っても3m離れて直径1mくらいです。それでもこのくらいだとCの字の板を持って後退する先生も見えるので、先生の動きにもついて行けます。そのため今日の視力は0.08にまで上がりました。
診察では虹彩にレーザーで空けた穴が閉じかかっていることがわかり、次回開け直すことになりました。また痛い目に遭います。その次回は21日です。

視力は良いのですが、増殖膜はわずかながら成長しているようです。ただこれは急成長しない限り、オイルを抜くときに処置することになります。またまたパンダになります。

ステロイドは今1日おきの服用になっていたのですが、7月1日で飲み終わりました。それから3日経っていますが、今のところ何も異常はありません。このまま何もなければ、去年の秋から飲み始めたステロイドがやっと軟着陸できます。

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2006/06/25

パンダ目はほぼ解消

2006年6月25日

目が次第に開くようになり、パンダ目もほぼ解消しました。ところが開くようになって悪い方の右目が良く見えるようになってくると、どうも右目がやや外側を向いているようです。眼球に対するバンドの取り付けや、手術の時に白目を縫った影響で、ちょっと外側を向いた位置に機械的に収まる場所が出来たようです。意識的に右目で見ようとすると、右目が正面を向きます。時々意識的にやった方が良いのかもしれません。

右目は、こうやって意識的に見ようとするとハレーションが気になってきますが、何かに集中しているときは、ほとんど気になりません。一昨日は久しぶりに拡大鏡を付けてハンダ付けをやりましたが、右目は気にならず、仕事もはかどりました。手術前よりかえって気にならないくらいです。こうなるとつい無理をしがちなので、気をつけながらぼちぼちやります。

小生のホームページ「南海凡吉の部屋」の、「桐沢型ぶどう膜炎治療記」に入院前の3~5月と、2回目の入院中を追加しました。入院中の記事はノートに付けていた日記を元に書き下ろしたもので、ブログに未発表のものがほとんどです。どうぞご笑覧ください。

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2006/06/20

口の中がガタガタ

2006年6月20日

歯医者に行ってきました。歯医者は会社のすぐそばなので、会社から直接行きます。
「南海さん、2年ぶりですねえ。」そうなりますか。それから1年間インターフェロンをやって、3週間入院して、半年経ったらまた3週間入院して、やっと歯医者に行けるようになったところです。先生口の中を見るなり、「うわ、口の中がガタガタだ。どうしたんですか?」入院したことを話しましたが、入院したりすると、一気にガタガタになることがあるそうです。しばらく歯医者に通うことになりました。手術と今の目の状況を話しましたが、「いやあ、目の中の話をされると怖くて。」医者でも?

心臓の先生から言われている、「歯の治療の時には、抗生剤を出してもらえ」の話をしたところ、「うーん、それだけでは、何とも。」と怪訝そうです。予防的に薬を出すことは保健上認められていないそうで、どの程度の治療でどの程度の薬を出すことを想定しているのか、自分で聞いてみるとのこと、心臓でかかっている病院の電話番号と先生の名前を書いておきました。この先生、真面目です。まあそれだからこの歯科に通っているわけなんですが。肝臓の先生は長いつきあいで小生の名前を覚えていますが(何せ、いろいろあったもので(^_^;)、心臓の先生は多分思い出さないでしょう。さて、どういう返事になるか。

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2006/06/19

パンダがだいぶ改善

2006年6月19日

この所、毎週月曜日が眼科の診察日です。それも朝1番なので、うまくするとフレックスの時間内に間に合います。

昨日右目でテレビの画面がわかるようになったのに気がつきました。今日の視力検査では、視力板が見えました。しかし視野の中にゴミが浮いていてなかなか細かいところまではわかりませんので、どこのCが切れているかまではわかりません。視力は0.05というところです。視野の周りがダイヤガラスのように見え、手術をする前と同じような見え方になってきました。おそらくオイルの中に不純物が増えてきたのでしょう。このオイルはそのうち抜く予定になっているので、それまでは特に濁りを減らす予定はありません。網膜は元気なので、あとは待つだけです。

今日の診察でS先生、看護師さんに「第1診察台、混んでますか?」と聞いたあと、「教授にも見てもらいます。」(やばい、フレックスに間に合わなくなる。)さほど待たず教授から、「S先生!」「南海さ~ん。」とセットで呼ばれました。S先生が「膜っぽい」と言っていた視神経の部分は、膜が広がればオイルを抜くときに処置をすることになりそうです。それまでは様子見で、ずっと安定してきているので次の診察は2週間後になりました。ひょっとすると、2週間も診察間隔が空くのはこの病気になって初めてです。

パンダがだいぶ改善し、ちょっと目にはわからなくなってきました。なお、フレックスにはぎりぎり間に合いました。

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2006/06/12

目はほぼ安定

2006年6月12日

眼科の検診に行ってきました。週末あたりから右目がやたらまぶしく、それだけ透明度が上がった感じはあったのですが、視力は0.05が見えました。しかし見える範囲はすごく狭く、Cの字を一度見失うと、もうだめです。今日は手前から少しずつ遠ざけてもらえたので、比較的遠くまで追えました。こうやってみると、最初の手術直後の0.05の時はCの板を持った先生まで見えましたので、余裕の0.05でした。言い換えれば、透明度が上がればそこまで見えるということです。

そのほかでは、
○虹彩のレーザーの穴が、少し小さくなってきている。→必要なら外来でも追加で開けられる。
○視神経のところの膜っぽいところに変化はない。→様子見。
次の診察も一週間後になりました。会社に行き始めると週1回の通院が限度ですので、次が来週というのは有り難いです。

入院中、特に手術後は歯磨きがおろそかになったせいか、入院中に引き続き、今日また歯にかぶせてあった詰め物が取れました。今度は歯医者にも通わなければなりません。

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2006/06/08

仕事の前に面接官

2006年6月8日

会社にいつ出ようかと思っている矢先、昨日は本社に呼び出され、面接試験の試験官をやらされました。スーツを着るのは一ヶ月ぶりです。入院中にステロイドの点滴もやったため、首周りがまた太くなったのではないかと思いましたが、首周りは変わらず、ワイシャツはそのままOKです。心配したのは靴で、一ヶ月も革靴を履いていないと靴擦れが出来やすいのですが、この所革を柔らかいものにしているため、こちらもOKでした。

目の周りは、いくらか引いたとは言うもののまだパンダで、相手をぎょっとさせないために眼帯を準備しました。これだと、ものもらいか何が出来たようにしか見えません。まあ、何とか無事に終了しました。

久しぶりに30分以上電車に乗りましたが、思いの外疲れませんでした。半年前に比べ、体力がさほど落ちていないようです。ウイルスの活動が、沈静化しているせいかもしれません。そのため、明日から仕事に出ることにしました。とは言っても、1日出たら土日休みです。

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2006/06/06

運動量制限の必要なし

2006年6月6日

眼科の検診に行ってきました。目は少し見え方が悪く、視力としては0.01くらいです。まあ、これくらいの行ったり来たりは、良くあることです。ただ網膜の視神経のあたりが、少し膜っぽくなっているそうです。これはしばらく経過観察ですが、増殖膜がまた出てくるようなら取り除く手術が必要になります。今度の手術は、もう硝子体は取り除いてあるので、オイルを抜いて膜を取り除くだけなので、さほど大変な手術ではありません。増殖膜は網膜のすぐ近くにでてくるので、技術的には難しい手術ですが。手術をやるとしても、数ヶ月先の話でしょう。

以前は「安静に」と言われていたのですが、炎症の元を取ってしまったため、さほど気にする必要がなくなったようです。今日確認したところ、「特に運動量を制限する必要はない。普通にやって良い。」と言われました。少しずつ運動量を増やし、鞄を持っても平気なように体力の回復を図ります。まだ時々目が痛いのでなかなか仕事をする気にならないのですが、そろそろ会社に行く準備をしなければいけないようです。

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2006/06/05

リハビリ!

2006年6月5日

リハビリをかねて、会社に挨拶に行ってきました。駅まで歩くときの、鞄が重いこと!いつも持っている鞄ですが、久しぶりの持つとやたら重く感じます。
しばらくJRに乗っていなかったら、自宅近くの駅の自動改札機が新型に変わっており、すごく反応が良くなりました。もうSuicaをちょっと浮かせる必要はありません。

会社近くの駅は、エレベータエスカレータ、何もありません。近くに盲学校があるんですから、もうちょっと何とかしても良いのではないかと思っています。といいながら会社は、3階までこれもエレベータがありません。お昼になると、3階から下りて隣の棟の3階に上がり(ここが社員食堂)、食事が終わればまた3階から下りて3階へ。いやあ、自宅にいるのと運動量がまるで違いますね。ほんのちょっといただけで帰ってきましたが、さすがに疲れました。こうやって徐々に身体を慣らしていきます。明日は検診日です。

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2006/06/02

経過は順調

2006年6月2日

退院後初めての眼科診察に行ってきました。
半年前は退院の時に電車の加速に身体がついていかない感じだったのですが、今回はさほど体力が落ちていません。前回の方が動き回っていたのですが、前回はウイルスも元気で、炎症が強かったのかもしれません。

病院に着くと、まず角膜細胞検査、その後視力検査です。昨日あたりから右目がかなりまぶしく感じ始めていたので、少し見えるかなと思っていやのですが、矯正レンズ(水晶体の分も眼鏡のレンズの方に足してあります)を付けて0.04が見えました。ただ手術後一回炎症を起こしているのでオイルの中に少し不純物が浮いているようで、1回目の手術のあとの方がきれいに見えました。今回はまさに液体を通して物を見ている、という感じです。

その後フレアーの検査をするため診察室の外で待ったいたところ、「南海さん、教授が見たいと言っています。」といきなり中に呼ばれました。直接教授診察台です。
「視力0.04ですか。オイルできっちりガードされていますね。眼底も良いですね。」
看護師さんに向かって、「S先生呼んで!」S先生、あわてて登場。
「S先生、こっちきて一緒に見なさいよ。眼圧も良い。LI(レーザーで虹彩に小さな穴を開ける処置)正解だったな。」(教授、自画自賛)「オイル抜けるところまでいければ良いんだけどね。」
小生に向かって「南海さん、順調です。しばらく経過観察させてください。」
そこでS先生「南海さん、次回の予約を入れますから、ちょっと待っていてください。向こう(自分の診察台)で呼びますから。」
やはりS先生、自分の診察台の方が落ち着くようです。改めてじっくり見ます。
「先生、フレアーの検査がまだなんですけど。」
「まだでしたか。炎症も激しくないし、フレアーの検査は次回にしましょう。」
ということで、予定より早く終わってしまいました。まずは順調です。

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入院費は、締めて50万5千円強でした。2回も手術をした割には、安いと思います。桐沢型ぶどう膜炎の手術や治療は定型化されていない部分が多く、費用が大学の研究費から出ている部分もあるようです。しかし2回の入院で、心臓の手術のために蓄えていた貯金と休暇を使い果たしてしまいました。心肥大が進行しないよう祈るだけです。

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2006/05/31

心音がシンコペーション

2006年5月31日

目の手術は局部麻酔のため、周りの音は全部聞こえます。顔には布がかかっているため見えませんが、一回目の手術の時は、硝子体を切るカッター(と言うより、電気ドリル)の音と中身を吸い出すバキュームポンプの音で、いま何をやっているかがよくわかりました。

オイルを入れると、もう手術も終わり近くです。一回入れて眼圧を計り、圧力調整のために少しオイルを抜きます。ぴりぴりしていた教授の声が、少しほっとしたように変わりました。
教授「あとは眼注やって、縫合すれば終わりだな。」
そこで小生に向かい「南海さん。やるだけのことは全部出来ました。あとは縫合すれば終わりです。」
小生「はい。ありがとうございました。」
まさか手術台の上から執刀者に挨拶するとは、思っても見ませんでした。
教授「じゃS先生、あとはお願いします。」ここで教授は立ち去ります。

S先生「南海さん、白目を縫いますので、ちょっと上を見てください。」そのあと右だ、左だと、白目を3カ所縫います。黒目の下、水晶体を取りだしたところも縫ったはずです。手術中ずっと心音らしき音が聞こえていたのですが、シンコペーションのリズムです。
小生「先生、今聞こえているのは、私の心音ですか?」
S先生「そうですよ。」
小生「派手に飛んでいますね。」
S先生「そうなんですよ。最初はどうなることかと思っていたんですが、ずっとリズムが変わらなかったので、そのまま続けました。」
聞いていると脈が飛ぶだけで、期外収縮はなかったようですが、先生方の心臓には悪かったようです。

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2006/05/30

とりあえず退院しました

2006年5月30日

今回は直前の診察で足止めを食うこともなく、無事退院しました。入院中の皆様の応援/コメントに直接返事を書くことが出来ませんでしたが、改めて御礼申し上げます。
次回の外来診察は6月2日(金)です。

退院時点では、右目がだんだん明るく感じてはいるものの、まだ視力としては出てきていません。ただ一昨日明るい場所で実験したところ、ボールペンの軸のオレンジ色がわかりましたので、網膜は徐々に元気になってきているようです。あとは少し時間をかけて待ってみることになります。なお「パンダ」は相変わらずです。

オイルを抜く手術は、早ければ3ヶ月後、遅ければ半年後か一年後になります。このあたりはまさに「様子見」です。どうやらオイルを抜いた方が視力は良いらしいのですが、小生の網膜はかなりぼろぼろになっており、オイル漬けの間はきっちり保護されているのですが、オイルを抜いた場合にはそれから何年持つかという問題も出てきます。まあ先のことは先のこととして、当座の課題はいかに軟着陸するか、つまり炎症を起こさずに薬(ステロイド)を止められるか、です。ぶどう膜炎での硝子体手術の解説書(専門書)には「ステロイドの投与は、手術後速やかに終了させる。」と書いてありますが、そのせいかかなり速いピッチでステロイドの減量に入っています。これでうまくいってくれればいいのですが。

入院中はどうしても夜の眠りが浅く、睡眠不足と言うことはないのですが、何となくすっきりしませんでした。今日からゆっくり寝られます。

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2006/05/29

予定どおり、明日退院です

2006年5月29日

午後から教授の診察を受け、明日の退院が正式に決定しました。もっとも前回は退院予定日当日朝の診察で退院が一日伸びましたので、それこそ下駄を履くまでわかりませんが。ただこのところ眼圧も安定しており、入院期間が伸びる要因はありません。

教授診察後、S先生にアルコールについて聞いてみました。今のところ炎症をおこしやすい状態であり、そのためにアルコールは控えた方が良いそうです。ゆえに炎症がさほど起こらないような状態になれば、酒は飲んでも良いそうです。肝臓からのアルコール制限が外れましたが、次の制限は以外と早くはずれるかも知れません。なお小生は今成分表に「洋酒」と書いてあるお菓子類(かなりのお菓子が引っ掛かります)は一切口にしていませんが、そこまでやることはなさそうです。これでシュークリームがOKになりました。入院中に体重は5kg減ったので、しばらくは制限なしで食べられます。

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2006/05/27

退院予定は30日

2006年5月27日

このところ眼底はずっと落ち着いており、眼圧だけが毎日変動していました。そして先日のレーザー処置で穴を空けてから眼圧も安定し、退院の話が出て来ました。来週月曜日の教授診察で最終決定ですが、退院予定は30日(火)です。

まだ目の痛みは少し残っているのですが、ここ数日で痛みがずっと少なくなり、ずいぶん楽になりました。目は相変わらずパンダというかponkichiなのですが、これはしばらく待つしかありません。

退院となっても体力の衰えは前回よりも激しいので、自宅療養期間を前回より長く取らなければなりません。少し自宅でのんびりします。

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2006/05/25

パンダ目の男

2006年5月25日

今朝の診察で、眼底は安定しており、オイルでしっかりガードされているので、予定より早く洗髪、洗面、入浴の全面許可が出ました。たまたま今日は男性の入浴日だったので、早速入浴しました。もっとも左手にまだ点滴用の置き針が付いているので、湯船には入らずシャワーだけにしました。顔を洗ったのは17日ぶりです。

経過は順調なのですが、目尻の下にアイラインのようにあった黒いラインがだんだん広がり、とうとう上まぶたまで来て、すっかりパンダになってしまいました。N講師の見立てによると、下まぶたは手術時の出血がだんだん降りて来たもの。上まぶたは昨日のレーザーのように、まだ腫れているところを無理して明けると起こることがあるそうです。どちらも害は無く、放って置けばそのうち消えるレベルだそうですが、ちょっと人前には出られない顔です。これをネタに、会社はもうちょっと休めます。

タイトルは、昔グリコ森永事件で話題になった「キツネ目の男」をもじりました。

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2006/05/23

2週間振の洗髪

2006年5月23日

目の手術の場合、術後2週間は首から上(髪や顔)が洗えません。小生の場合、術後一週間で手術が追加になったため、計3週間洗えないことになります。そのため先生の特別許可をもらい、洗髪だけやってもらいました。フルリクライニングのいすを使い、仰向けで洗うやり方です。顔には水がかからないようにタオルをかけておきます。当然自分ではできず、看護師さんにやってもらいました。2週間ぶり、生き返りました。

目自体は2回目の手術もうまくいき、安定した状態となりました。ただ水晶体を取り除いた後が癒着し始め、眼圧調整回路をふさぐ形となったため、眼圧が高めです。そのため「茶目」のところにレーザーで小さな穴をあけることになりました。このためには眼圧を下げなければならず、今夜から薬が追加になりました。レーザー処置は、早ければ明日です。

眼底が安定しているので、入院期間は今週をメドという話も出て来ています。おそらく、来週の初めまででしょう。

言い訳になりますが、平日は検査や診察と忙しく、読書時間は一時間もありません。土日が暇ですが、それでも2時間くらいのものでしょう(と、当人は思っています)。

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2006/05/21

いろいろ補足

2006年5月21日

いろいろ書き忘れたこと、書き足りなかったことがありますので、まとめて補足します。
2回目の手術ですが、やはり教授の執刀で 2時間半近くかかりました。時間的には、1回目より長かったです。それだけ難しい位置の手術だったらしいのですが、長かった分だけ痛い時間も長かったです(泣)。

皆様に目の疲れを心配していただき、ありがとうございます。ただ悪い方の右目は水晶体がないこともあり、普通の状態では全く見えません。悪い方の目は疲れるといった段階は通り越しています。
右につきあわされて入院させられている左目(裸眼視力1.5=遠視)ですが、一応念のためにさっと検査はしているものの、いたって普通の目です。ただザウルスの画面は長時間見ると疲れるので、ほどほどにしています。最もザウルスを見ない時はハードカバーの本を読んでいますので、どちらが疲れるか分かりませんが。

同じザウルスの画面でも、メールとメモ帳(これはメモ帳で書いています)は字の大きさを含めたフォントが自由に選べるので、疲れが少ないです。それに対しココログの入力画面はフォントが指定され、淡いコントラストに細い文字と、見づらいことこの上もありません。一番大変なのはタイトルの入力です。したがって長文は負担にならず、書き込む回数が多くなると負担になります。

そのため皆様からいただいたコメントそれぞれに対する返事は差し控えさせていただいています。なおコメント自体はメールに転送していますので、じっくり読まさせていただいています。改めて御礼申し上げます。

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2006/05/19

こんなに痛いとは思わなかった!

2006年5月19日

火曜日(16日)の追加手術は無事終わりました。目の水晶体を南極とすると、前回は赤道の位置に一周バンドを巻きましたが、今回は北回帰線辺りに半周追加したものです。また予定外だったですが、見ず抜き穴を1個追加しました。そのため、オイルを一回抜いて再注入しています。

言うのは簡単なのですが、いや痛いの何の、手術台の上で脂汗が出てきました。麻酔薬は前回の倍くらい使ったそうですが、2回目の手術は麻酔がききにくいと聞いていたのですが、その通りでした。その後術後の炎症が出たため、今週は眼底写真を撮っただけです。眼圧がやっと落ち着き、書き込みができる状態になりました。

手術の翌日水曜日の夜7時に小生だけのために「教授特診」があり、看護師さん達の間では、「南海さんはVIPだ!」とうわさになっていました。

オイルを抜いたり入れたりすると網膜に影響が出るそうで、視力は今のところ明暗がわかるだけです。ただ先生の検査では赤い光が分かりましたので、色覚細胞も生きているようです。これでしばらくは様子見です。

追伸:ともみさんへ。メール送っています。

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2006/05/14

手術について補足

2006年5月14日

今日は体調も良く、日曜日で暇なので、手術について補足します。
9日の手術は、
1)目の中の増殖膜を濁った硝子体ごと取り除き、代わりにオイルを入れる。
2)オイルで網膜を押さえ付けるため、眼球の回り(赤道位置)にぐるりと補強バンドを巻く。
3)手術の邪魔になり、またウイルス性の白内障を起こしているので、水晶体は取り除く。
の3つです。これを全部終わり、網膜の端の方はめくれかけていたので、そこをオイルで押さえ付けてレーザーで固定しました。レーザーは術中に打ちました。また後で見せてもらった写真には、水抜き穴も映っていました。
16日(予定)の手術は、今巻いてある補強リングのさらに後ろに補強リング(又は補強板)を取り付けます。

皆様からのコメントに、御礼申し上げます。ただザウルスから見るとココログの画面は見づらい上に不安定で、それぞれのコメントに対する返事は控えさせていただいています。悪しからずご了承ください。コメント自体はメールに転送していますので、じっくり読めています。メールは見やすく、安定しています。この文はメモ帳で書いて張り付けるようにし、ココログの画面を極力見ないようにしています。そのため、誤変換脱字はご容赦ください。

まぶたの腫れが引き、目が開くようになってきました。そうすると赤い白目(?)がはっきり見えるようになり、実に不気味です。白目を4カ所も縫ってあるので無理はありませんが。

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2006/05/13

来週再手術します

2006年5月13日

手術で硝子体の濁りが取れ網膜がすみずみまで見えるようになったため、今まで見えなかった正面から見て7時の方向に、結構大きな網膜裂孔が発見されました。小生の網膜は視力に影響のある中心部が奇跡的に無傷で残っており、裂孔を放置すると中心部に影響が出てくるため、再手術というか、追加手術を行うことになりました。

手術は眼球の後ろに補強バンドを追加するもので、目の中はいじらないので前回ほどの大手術ではありません。ただし、結構痛いとか。月曜日に最終判断をし、手術は火曜日の予定です。入院期間は「術後2週間」と言われていますので、自動的に一週間伸びます。

なお小生の網膜の状態からすると、もっと見えても良いはずだ、という思いを先生方は持っているようです。まだ網膜からの信号処理がうまくいっていないのでしょう。小生は、そう思っています。

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2006/05/11

手術は無事終了

2006年5月11日

教授執刀で午後5時から行われた手術は、約2時間で、無事終了しました。「予想されただなかで、最高の仕上がり。」(S先生)とのことです。事前にS先生が「こうやって、こうやって。まあ、ここまでできれば良いんですけど。」と言っていたことは、全部できたそうです。翌日の視力検査で、視力は0.05が出ました。

ただ小生はこれからが本番で、早速抗ウイルス薬など、点滴づけの毎日が始まりました。

手術後傷が痛いこととあわせ、眼圧が高く、少し動くと気持ちの悪くなる状態が続いていましたが、やっと良くなりました。皆様の応援に、御礼申し上げます。

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2006/05/08

明日手術です

2006年5月8日

朝から教授診察を受け、そのまま入院することになりました。手術は、明日です。やはりこのままでは網膜の剥離が進行し、見えなくなる確率が非常に高いそうです。なんとか少しでも視力を確保するためには、手術が一番良い選択肢とのことです。
手術はT医大でも、こちらの病院でも、どちらでも良いと言われましたが、こちらの病院を選びました。なんとか少しでも視力を確保したいという熱意にかけます。
硝子体除去後はおそらくオイル充填になるのですが、オイルを入れっぱなしにすると、緑内障などいろいろ起こることがあるそうです。オイルを抜いた後は水充填で、その後目が自分で作る水に置き換わるそうです。

病室は前回と同じ部屋になりました。入院センターで手続きを終え、9階に上がって行きます。「こんにちは!入院手続き終わりました。」あれ、おなじみのF看護士。
「Fさん、おひさ。」
「南海さん、お待ちしてました。902号室です。」
「今度は違う方かと思ったけど、同じですね。」
同じ9階でも、東半分と西半分とでは、担当の看護士さんが違います。
[南海さんは、こっちですよ。」
今度は手術になるので、顔なじみが多い方がありがたいです。

明日手術なので、しばらく更新できなくなるかもしれません。

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2006/05/07

最終決定は月曜日

2006年5月7日

昨日T医科大学からの返事を持って、いつもの病院に行ってきました。土曜日ですが、先月から土曜日も診療を行うようになっています。ただ医師は「当番」の先生が順に診療を行っています。呼ばれて入ってみると、当番はS先生1人、なるほどそれでS先生、月曜日休診にして休んでいたんだ。

T医大からの返事を渡し、「出来るだけ早い時期での手術を勧められました。」と付け加えました。今日は他に先生方は誰もいないのでどうするかの結論は出ず、月曜日にN講師と教授の診察を受けて最終決定をすることになりました。とは言うものの、病室は「オペ前提」で9階を確保してあります。「1名様2週間宿泊予約」です。ただ目の方は透明度がどんどん上がってきているので、S先生はもうちょっと待ちたいという考えのようです。

もう一度整理すると、
一旦手術をするともう後戻りは出来ない。手術をしてかえって悪くなることもあり、ステロイドだけで1年経って濁りが消えた実績もあるので、もうちょっと待ってみよう。→これが手術慎重派の考え方。
透明度が上がると言っても後で今回のようにいきなり膜が出てくることもあり、もたもたしている間に網膜はどんどん劣化してくる。半年経っても下の濁りは消えなかったのだから、網膜がまだ生きている今のうちに手術した方がよい。→これが手術積極派の考え方。
T医大は手術積極派でしたが、教授がどう判断するかです。小生は、「手術希望」と言っておきました。

なお小生は網膜はまだ生きていると思っていますが、先生方は否定的です。これは網膜反応検査では全く反応が出ていないことによるのですが、これにも小生は意義があります。今は膜が張っているので反応などあるわけもないのですが、その前の0.3が見えているときでも網膜の反応はありませんでした。網膜反応検査は網膜全体の言わば平均値の反応を見るのですが、見えるかどうかは網膜のあるスポットだけで決まります。つまり網膜の9/10が反応がなくても1/10が見えるレベルであれば見えるわけで、これは平均値では出てきません。このあたりは医学は学んでいませんが、光学センサをさんざん使ってきたので、経験的にもよくわかります。この話、月曜日に持ち出そうかどうしようか、考えています。

一応手術ありの前提で動いているので、手術の説明書と同意書を渡されました。それによると、硝子体は残っていると再剥離の危険があるので、完全に取り除くそうです。また硝子体除去後シリコンオイルを入れて、その後半年から1年経ってシリコンオイルを抜く手術が必要になってくるのですが、そのオイルを抜いた後どうするかは書いてありません。これは月曜日に聞いてみる必要があります。また目全体にシリコンバンドを縫いつける輪状締結術というのも行いますが、これをやると遠視や乱視がひどくなることもあるとか。ともかく目としてはかなり大変な手術であることは、間違いありません。

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2006/05/03

出来るだけ早い時期での手術を勧めます

2006年5月3日

昨日は新宿まで行ってきました。いつもは殺人的な急行は避けるのですが、S先生から「T医大病院は、ものすごく混むそうです。」と言われているので、出来るだけ早めに着いた方が良いと思い、始発を待つ行列の脇を抜け急行に乗りました。するとどういう訳か、座席が1つ空いています。即座り、楽に都心まで出られました。

地下鉄を乗り換え、T医大へ。建物が大きすぎ、入口がわかりません。どうやら反対側から来たようで、メインの通りの方に大きい表示がありました。一般初診ではなく、医療連携室受付カウンターへ。ここで紹介状を出します。先週S先生が小生のデータをFAXで送ってあるので、手続きはスムーズです。受診カードとカルテを受け取り、2階の眼科へ。混んでいません。1日のF病院での診察の時N講師が「今日は連休の谷間だから、予定通り進んでいるなあ。」と言っていましたが、急行電車で座れたことといい、連休の谷間で少し空いているようです。

まず予診、やはり過去の病歴の中の結核を気にされますが、出てきたのは帯状ヘルペスとEBウイルスであることを説明します。去年の秋からの投薬記録をずっと付けていますが、その紙を「もらって良いですか?」と言われてカルテに綴じ込まれました。その後検査。検査担当の方も「医師」という名札を付けています。研修医も含め、医者が一杯いるようです。

さほど待たずに紹介状の宛先であるK講師から呼ばれました。目を見た後、そのまま移動するK講師に付いていき、眼底の写真を撮ったり、超音波検査をしたり。K講師、すべて自分でやります。右目の眼底は真っ白で、まず眼底自体が見えていません。あちこちで話されたことをまとめると、次の通りでした。
○この病気(桐沢型ぶどう膜炎)は両眼性が多く、この病院では3人に1人が両眼性である。今のところ、左目にはその症状は見られない。
F病院では「両眼という報告は見たことがある。」という程度の発生頻度なのですが、さすが重症患者が集まるこの病院では、両眼性が多いようです。
○目の中に出来ている膜は網膜がはがれたものではなく、目の組織がウイルスでやられたところを補修しようとして作った膜である。
その膜がじゃまして視力がなくなっているのですから、小生にとっては迷惑な話です。
○このまま放っておいてもじり貧になるだけで、出来るだけ早めの手術を勧める。
少し遅いくらいとも言われましたが、視力検査で0.3が出ていたことを説明しました。0.3見えれば手術はしないそうですから、タイミング的にはちょうどでしょう。。
○眼球癆(がんきゅうろう=目がしぼんでしまう症状)は硝子体混濁除去手術では起こらない。起こるとすればその後のオイルを抜くときで、ここは慎重にやってもらうしかない。
オイルを抜くのは半年から一年後だそうですが、場合によってはオイルを抜かないこともあり得るそうです。
○手術自体はさほど難しい手術ではなく、大学病院クラスであれば、どこでも出来る。
手術の説明も受けましたが、N講師の説明と全く同じでした。こちらのK講師の話がよりリアルでしたが。
「F病院で大丈夫ですよ。網膜硝子体を専門にやっている私の友達のA先生もいるし。」
え~~っ。A助教授がお友達!知らなかった!
○ただし視力の回復は、あまり期待できない。全く見えなくなると、その後黒目が白くなったり、目が勝手に他の方向を向いたりするので、外観上の意味が大きい。
これに関しては、小生は違う意見を持っています。目の中の膜が出来る前は悪い方の目でテレビが見られていましたし、視力検査でも0.3が見えていました。検査では反応はありませんが網膜はまだ生きているので、硝子体の濁りさえ取れれば、ある程度の視力は回復すると思っています。ただ硝子体の代わりに入れるシリコンオイルの透明度で左右されそうです。あまり期待していると手術後見えないときのショックが大きいので釘を刺されているのでしょうが、小生は密かに期待しています。

「こちらの病院はいろいろ経験がありますので、こうしたらこうなったということを手紙に書きます。」と小生の前で一通手紙を書き上げ、封筒に入れて渡してくれました。小生はこれを持って、6日(土)にまたいつもの病院に行きます。「出来るだけ早い時期での手術」なので、月曜日(8日)入院の9日手術ではないかと思っており、会社にはその予定で言ってあります。決まるのは6日か、8日の教授診察時です。

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2006/04/29

意外な進展=セカンドオピニオン

2006年4月29日

昨日は、眼科の教授診察でした。連休前のせいか、時間が遅れ遅れです。聞いたところ、病棟で具合の悪くなった方がいたとのこと、先生方は掛け持ちですから、大変です。先にS先生に見てもらい、教授診察台の前へ。そこで待っていると、「女の子、今から見ます。暗いところはそれだけで怖がるから、明るいところで見るよ。」との声。見ると今日は外来担当ではないN講師、患者さんはお母さんに抱かれた2歳くらいの女の子。見ていると明るい検査室の方へ行き、お母さんを椅子に座らせ、女の子はお母さんの膝の上。N講師は目の高さを女の子に合わせるため床にしゃがみ込んで、両手にぬいぐるみを持って目の動きを観察中。「この先生、子供好きだ」と思える自然な動きです。体育会系のN講師の、意外な一面を見ました。

黒いカーテンの引かれた教授診察台から「S先生!」との声、教授は患者を呼ぶときとスタッフを呼ぶときとで、声のトーンが違います。S先生すぐに飛んできて検査室のN講師のところへ。声は聞こえませんでしたが、「N先生、来て下さいよ。」「主治医はお前だ。自分で説明しろよ。」という雰囲気です。S先生に連れられて教授診察台へ。教授は診察した後、「これはセカンドオピニオンだな。」と意外な答えです。もっと症例の多い大学病院の意見を聞いてみろということでした。セカンドオピニオンというのは患者から要求するものだと思っていましたが、先生から指示が出ることもあるんですね。

確かにこの桐沢型ぶどう膜炎は非常にまれで、常勤医が9人いるこの病院でも年に2,3人と聞いています。そこで失明率が70%ですから、単純計算すると治る人は2年に1人です。その中で硝子体手術をする人は半分もいないでしょうから、4,5年に1人くらい。桐沢型ぶどう膜炎での硝子体手術は、N講師は「10年前はやらなかった。」と言っていましたから、この病気での硝子体手術の成功例は、この病院では1例あるか無しでしょう。珍しい病気だとどうしてもそうなってしまいます。

小生は教授から追加検査の指示が出て、先に食事を済ませるようにとのことで、病院地下の食堂で食事を済ませます。結局3日連続で病院で昼食を取る羽目になりました。その後フレアーの検査と網膜の反応検査をすませ、かなり長いこと待って、やっとS先生から呼ばれました。漠然とK大かなと思っていたところ、何と新宿にあるT医大でした。紹介状を書いたから、そこに行けとのこと。それも5月1日は不在の先生方が多いので(メーデーか?)、5月2日です。小生も帰ってから調べてみたところ、スタッフは今の病院の倍以上、それもぶどう膜炎の専門家がずらりとそろっています。こんな病院もあるんですね。ちなみにこちらの教授の専門は、白内障です。スケジュールは2日にT医大に行き、6日(土)にS先生に報告をすることになりました。その結果次第では8日(月)に入院です。

外来診察が終わった後N講師を捕まえて担当外の外来診察を入れ、それを小生の自宅にまで連絡してくるS先生も熱心で有り難いですが(携帯電話を放り出してテレビを見ていて、何回も電話をかけさせてしまいました。申し訳ありません<m(_・_)m>。)、教授の権威を振りかざさずにセカンドオピニオンの指示を出す教授も、立派な方です。今回の病気で、小生は周りの人に恵まれているということを、つくづく感じます。

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2006/04/27

十中八九手術します

2006年4月27日

やっぱり風雲急を告げていました。N講師にじっくり見てもらった結果、軽い剥離が2カ所、壊死の兆候が1カ所発見されました。その対策ですが、手術を勧められました。2週間前はN講師は現在の段階での手術は勧めていなかったのですが、今回勧めるところを見ると、網膜剥離が放置すれば危険な段階まで来ているのでしょう。逆に言えば、手術にも勝算があってのことと見ました。

手術は思っていたより大がかりです。まず水晶体を取り除き(手術のじゃまになるから)、次に網膜を保護するため眼球に枠(おそらく細いシリコンバンド)をはめます。そして硝子体の濁っている部分を取り除き、代わりにオイルを入れます。このオイルは永久に入れておくのではなく、そのうち抜くそうです。また眼内レンズは、オイルが抜けて視力が回復したことを確認できるまで、入れないそうです。この視力の目安は0.1で、それ以下だと眼内レンズを入れても意味がないとか。N講師は「手術自体はそんなに難しくはないけど、後が大変です。」と言っていましたが、確かに手術が終わってからも大変そうです。「そんなに難しくはない。」と言ってもこれだけのことをやるので、通常の目の手術は1時間半くらいですが、3時間半はかかるそうです。それも局部麻酔!そして手術が終わった後、早ければ翌日にレーザー治療で網膜の剥離部分をふさぎます。

日程は5月1日入院で2日に手術ですが、最終決定は明日の教授診察を待ってからということになります。というのも、桐沢型ぶどう膜炎ではどうしてもリスクが伴い、手術後ウイルスが暴れ出して房水を作る力が弱まり、眼球がしなびてしまうこともあるそうです。こうなると視力はおろか外観にまで影響するので、そちらを警戒すると「手術無し」になる可能性もあります。

小生自身としては、今までの半年間は一進一退であったものの下側の濁りは全く解消しておらず、また数字では0.3が出ても実力にはほど遠いため、ずっとこのままではらちがあかないと思っていました。多少ばくちかもしれませんが、手術をお願いするつもりでいます。五分五分の勝算があれば、御の字です。

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2006/04/26

久しぶりの目のエコー検査

2006年4月26日

今日の診察は午後で時間に余裕があったこともあり、目のエコー検査も行いました。すると、目の中心部と網膜とのちょうど間のあたりに、膜が浮いているのが映っていました。これでは見えるわけはなく、また宙に浮いているので網膜には影響はなく、消滅するかどこかに行くのを待っていれば、やがて目は見えるようになるはずです。ただこの宙に浮いている膜は端が網膜に繋がっているように見え、これが問題視されています。端が良く見えないため確定が出来ないのですが、もし繋がっていると目の中の膜の動きによって網膜が引っ張られ、剥離を起こしてしまいます。

そのため今頻繁に病院に通い診察を受けているわけですが、もし網膜剥離が発見された場合でも、具体的に打てる手はありません。網膜の強度が足りず手術に耐えられない上、硝子体が濁っているのでレーザーも打てません。だったら早期発見しても意味ないではないかと言いたいところですが、現在網膜は2/3ほど手が打てているので、最悪の場合生かせるところだけ網膜を生かすことになるのでしょう。

この所の頻繁な診察は、かなりの負担です。小生は「短期集中」も「気長に長期」もどちらも対応できるのですが、「少し集中しながら長期」というのは、全く苦手です。会社としても、特に休暇は、ある時期に集中すれば取れますが、だらだら長期間はなかなか取れません。連休明けはまた少し変わるでしょう。

今日から目薬の「アトロピン」が追加になりました。散瞳剤と調節麻痺剤です。今使っている散瞳剤の「ミドリン」もそのまま。併用してもあまり意味はないと思うのですが、まあ害もないでしょう。

ここまで19:23記

追記です。 S先生から直接自宅に電話があり、明日N講師の臨時診察が入りました。おそらく夕方エコーの結果をN講師に見てもらっての判断だと思います。何やら風雲急を告げてきました。(23:20)

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2006/04/24

炎症が目の前面に出てきた

2006年4月24日

この所眼科の診察が頻繁です。今日も行ってきました。
ちょうど目の真ん中の一番じゃまになるところにもやがあるため相変わらず見えませんが、横から入ってくる光は感じるため、やたらまぶしく感じています。これは網膜が生きていることなので、有り難いことです。

今日はフレアーという炎症細胞の検査をしたところ、前回より増えていました。しかも炎症が目の前面に出てきています。ただ前面の炎症は目薬が効く範囲なので、ある意味では眼科の得意分野です。早速目薬の量が増え、ステロイドが1時間おきになりました。また以前入院中に、レーザー治療をすると一時的に炎症は増えるということを聞いたのですが、今回のフレアーの増加はそのせいかもしれません。また秋に発病してずっと寒い時期だけだったのが今回暖かくなり始め、身体の調子事態も変わりつつあるのかもしれません。小生は熱帯仕様で暑くなると身体が活発になる方ですが、この病気は身体が活発になるとそれに増してウイルスも活発になるようなので、こちらのせいもあるかもしれません。

ただこういう状態なのでますます診察が頻繁になり、次の診察は明後日(水曜日)になりました。明日は群馬に出張です。さて、影響が出るかどうか。

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2006/04/23

本の立ち読み=硝子体手術

2006年4月23日

「月間ホークス」を買いに隣の駅の本屋に行きましたが、その途中久しぶりにちょっと寄り道をしたため、いろいろ収穫がありました。
まずCD屋によってふらふらとCDを2つ(庄司沙也香のバイオリン協奏曲と、ショスタコービッチの交響曲1番)買い(これは収穫と言うより、散財(^_^;)、次に医学書の沢山置いてある本屋へ。なぜかこの本屋、本格的な(医者用、もしくは医学部の学生用)な医学書が沢山置いてあります。前回心臓病手術の本を買ったのもここです。そこで硝子体手術の本を見つけ、ちょっと立ち読みをしました。

立ち読みの記憶だけですので内容は間違っている可能性がありますが、ぶどう膜炎での硝子体手術も書いてありました。桐沢型ぶどう膜炎も対象になっています。いわく、「薬物投与に頼って手術時機を逃がすと取り返しが付かないことになるので、時期を見てさっさと手術すべし。」(超意訳)。まあ、普通の桐沢型ぶどう膜炎だと硝子体の濁りがひどく網膜はなかなか確認できないそうなので、どこかで思い切った方が良いのでしょう。小生の硝子体は今の見えない状態でも「奇跡」と言われるくらい透明度が高いそうなので、網膜はほぼ全域目視確認が出来ています。そのためじっくり構えることが可能になっているわけですが、このままですむのかどうかは、まだまだわからないところがあります。

さて硝子体の混濁除去手術ですが、一応西眼科のホームページで確認し、「こんなものだろう」と思っていました。しかしぶどう膜炎、特に桐沢型ぶどう膜炎での手術は、もっと大変そうです。まず水晶体は原則撤去で、虹彩も切り開いて手術視野を一杯に確保します。そして硝子体の混濁部を言わば吸引する形で取り除くのですが、桐沢型ぶどう膜炎での混濁部は網膜のすぐ近くにあるので、網膜を傷つけたら一巻の終わり、慎重の上にも慎重にやる必要があるのでしょう。なお手術後虹彩の癒着防止のため、結膜に薬液を注射するという記載もありました。小生は今虹彩が水晶体に癒着してそれをはずす目薬を点眼していますが、はずれないときは眼球直接注射の可能性が出てきました。くわばらくわばら。

また「ステロイドを投与しても混濁が改善しない場合は」という記載があったところを見ると、ステロイドは透明度を増す働きもしているようです。ただ小生は目の活力がない(眼圧が低い)のはステロイドのせいではないかと思っており、ステロイドを止められれば眼圧は上がると思っています。ステロイドを止めるためには炎症がなくなることが大前提ですが、先週聞いたときにも硝子体内に新しい湧出物は出ていないそうで、どうやら炎症事態は収まりつつあるようです。後はじっくり発病後1年の秋まで待って、そこでそれからどうするかを決めることになるのでしょうが、毎週病院に通うのが長期間になると休暇をやりくりするのが結構苦しくなってきています。半休取得の回数制限がなくなり、本当に助かっています。051305

小生のホームページに「インターフェロンに挑戦」の85年から92年までをアップし、次は93年の原稿作成なのですが、先に旅行記の方をアップしてしまいました。目玉は下北半島 にある横浜町の菜の花畑です。ホームページに使わなかった「恐山と菜の花畑」の写真を付けておきます。そろそろ菜の花の季節です。

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2006/04/18

混濁除去手術は、今のところ無理

2006年4月18日

このところ眼科の診察が頻繁です。それだけ危ないところがあるわけですが、ぎりぎりのところで踏みとどまっています。
予約時間から1時間以上経って(いつものことです)、診察室内の待合所に呼ばれました。待っていると、
「南海凡吉さまー。」(ありゃ、今日はN講師が先だ!)
N講師はそのうち聞こうと思っていたことを、先に説明してくれました。

○網膜に、壊死の兆候はない。(ただし3時半の位置に少し気になるところがあるそうで、そこは要観察。)
○硝子体の混濁除去手術というものもあるが、今それをやると、失明はおろか、眼球全体が萎縮して外観まで変わってしまう可能性が高い。
□現在小生の目は房水を作り出す能力が低く(そのために眼圧も低いのですが)、今硝子体混濁除去(たぶん、硝子体を人工のものに交換する手術)をやると、眼球全体がしなびたトマトのようになってしまうそうです。
○ステロイドを飲んでいると炎症は治まるが、身体の抵抗力がなくなるのでウイルスの活動はかえって活発化する。そのため、炎症の度合いを見ながらステロイドは減量する。ただ1年間くらいは薬は続ける。
□ステロイドを飲んでいるとウイルスの活動は活発化するということは、知りませんでした。ステロイドも5mgくらいになると身体も楽で、副作用もあまり気にしなくても良くなるので、少し長く飲んでも良いと思います。
まさに長期戦になります。リファンピシンが登場する前の結核は、療養所にそれこそ年単位の入院が必要でしたが、それを思い出しました。

なおその後のS先生の診察で、瞳孔が硝子体と癒着していることが発見され、目薬のミドリンが追加になりました。これは瞳孔を開く薬なので、皆さんお世話になった方も多いと思います。見えないはずの右目ですが、このミドリンを差すと、なぜかまぶしく感じます。網膜が生きている証拠でしょう。

眼圧の標準値は、7~22(mmHg)です。小生はそれまでが下限ぎりぎりだったのですが、先週は4台にまで落ちました。さすがにこの時は頭を下にすると目が痛かったのですが、これは1日だけでした。今日は5台まで回復しましたが、まだまだ低いです。眼圧が低いときは網膜剥離が疑われるので、診察が頻繁に入っています。今のところ、網膜には異常はないようです。右目の視力は相変わらずありませんが、天体望遠鏡の前に雲がかかっているような状態なので、そのうち晴れると思っています。

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2006/04/14

もやが移動しただけ?

2006年4月14日

眼科の診察に行ってきました。実は昨日あたりから右目がどんどん見えなくなってきており、もうテレビの画面も全く確認できなくなっています。普通だったら大騒ぎするところですが、明暗はわかることと、右目がまぶしくハレーションが起こった感じがそのままなので、今日の診察まで放っておきました。今まではこのハレーションが起こっているときは良く見えていたのですが、今回は見えません。

視力検査では全く見えず、久々の視力0です。ところが先生が目の中を見てみると普段と変わらないそうで、「悪くなった感じがあります?」と逆に聞かれました。ただ目(硝子体)の中の「もや」が中心部に移動したらしく、それが視力のじゃまをしているようです。そのためある瞬間だけぱっと見えることがあります。今日も今まで見えなかった眼圧検査の目標の緑のLEDが、一瞬見えました。

これはひょっとすると(あくまでも、「ひょっとすると」です)、先日急激に視力が落ち再燃したかと思ったのは、単にもやが移動しただけだったのかもしれません。ただその影響か、あるいは対策として取ったバルトレックスとステロイド増量の影響か、今まで濁りのために打てなかった自分から見て目の右下部(時計で言えば、3時から4時)に今日初めてレーザーが打てました。先生は「一番打ちたいところ(たぶん、5時あたり)にはまだ打てない」と言っていますが、退院後5ヶ月でやっといくらか前進しました。

昨日は頭を下にしたときに目が痛く、眼圧が高いのかと思っていました。ところが逆に眼圧が低い(低すぎる)そうで、長期間の炎症で房水の生産と排出のバランスが壊れているのだろうとのことです。しかし網膜剥離でも眼圧が下がるので、しばらくは網膜剥離に対して要警戒です。小生のように網膜の病気から仮に網膜剥離に至った場合は、元々の網膜が弱くなっているので、起こる寸前かごく初期に手を打たないと、視力は戻らないようです。そのため早期発見が重要で、しばらくは週2回の病院通いです。なお体調は、ステロイドが25mgに減った影響で、非常に良くなっています。5mgでも違うものです。

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2006/04/10

薬のよく効く身体

2006年4月10日

眼科の診察に行ってきました。先週火曜日(4日)あたりにすごく見えだした感じがあったのですが、週末はだんだんまた元に戻ってきました。目が見えるようになるとものが二重に見え始めるので、わかります。今日の診察では視力は変わらないものの、目全体の透明度は上がっているということです。30mgに増やしたステロイドが効いてきているのか、それとも抗ウイルス剤のバルトレックスが効いているのか、我ながら薬によく反応する身体です。だからなおのこと薬の減らし方が難しいのでしょう。明後日(12日からステロイドが25mgに減り、少し楽になります。20mgを切るとずいぶん楽になるのですが、焦ってはいけません。

先週のN講師の診察では診察は一週間に1回と言われていたのですが、そこは慎重なS先生、次は金曜日に来るように言われました。午後になったのは、目全体の透明度が上がればレーザーを打つつもりなのでしょう。

なおこの書き込み、パソコン内蔵のテレビを見ながら書いています。録画をしているとパソコンは全く使えなくなるのですが、単にテレビを見ているだけなら、「ながら」が可能です。

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2006/04/08

副作用の変化

2006年4月8日

現在飲んでいるステロイドの量はプレドニン30mg/日ですが、プレドニン換算で20mg以上になるのは今回の治療では3回目です。さすがに20mg以上になると身体がだるいのですが、今回は今までと少し違うようです。小生のステロイドは入院中の換算60mgの点滴から始まり、去年12月に一旦5mgまで落ちたのですが、悪化して20mgに増えました。そしてこの3月に5mg隔日にまで落ちたのですが、最悪化です。

入院中の大量投与の時は、副作用のステロイドにきびを除き、皮膚や粘膜の炎症が治まり、それどころか粘膜からの分泌も少なくなって、鼻水、耳あかなど全く出なくなりました。またからだが痒いところもなくなり、入院して2週間頭が洗えなかったのですが、全く平気でした。そしてこの「痒くない」状態は今年の3月まで続きました。

3月にステロイドが5mg隔日投与になったとき、頭が痒くなる現象が戻ってきました。そして今回30mgに増量になっても、この痒いのが消えません。やはりかゆみを抑えるためには一旦大量投与し、それから減らさないと抑えられないようです。鼻水、耳あかも同じです。なお今回多少涙目気味になっていますが、これは前回無かったことです。

ステロイドの量が多いと、眠りが浅くなります。寝付きは良いのですが、すぐに目が覚めます。入院中は典型的で、10時に眠るのですが、2時か3時に目が覚めていました。今は眠りが浅いため、良く夢を見ます。幸い肝炎が片付いて心配事が減ったせいか、悪夢はありません。夢がだんだん長編になってきており、昨夜は前日の続編の夢を見て、夢の中で記憶が連続しているのかと感心したら、それも夢だったということに目が覚めてから気がつきました。

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2006/04/06

入院準備あれこれ

2006年4月6日

今回は3日に入院するつもりで、準備は万端整えていました。下着、洗面用具、この病院は箸持参なので割り箸、フォーク、スプーン。一応入浴用品。自分のものでは、ディスクマン、CD、衝動買いしてまだ読んでいないハードカバーの本が2冊、新書版が1冊。しかし入院が中止になった今も、ペーパーバッグ2つにまとめて、そのままになっています。なおザウルスもセッティングが完了し、ブログの読み書きが出来るようにしました。

実は前回の緊急入院の前にも、「入院があり得る」ということで準備をしていました。しかし入院が無くなったので荷物を片付けたところ、その4日後に緊急入院になってしまいました。そこで今度は縁起を担ぎ、荷物はそのままにしてあります。

今回入院になると2~3週間の休暇を取ることになるため、常務にまで話を通してありました。今回入院は流れましたが、同じようなことがあったのが2003年8月で、ペグの治験に申し込んだため、この時も常務にまで話を通しました。しかし治験はお流れになり、2004年9月に改めて3回目を始めましたが、著効となりました。常務に話を通してそれが流れると結果がうまくいことが「吉例」になると、非常に有り難いです。

なお2週間も入院すると3kgは痩せるため、最近太り気味72kg超になりましたが、「痩せ代」確保のためにそのままにしていました。しかし入院中止、こちらは何とか片を付けなければいけません。

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2006/04/03

入院は中止になりました

2006年4月3日

眼科の検診、それも入院するかどうかを決定する検診に行ってきました。ただ今朝は朝から目が良く見え、それに先週末からあった右目が重く、顔の右半分がしびれたような症状がありません。ひょっとすると、飲み始めた抗ウイルス薬、バルトレックスが効き始めたのかもしれません。視力も0.03くらいまで回復していました。しかし目が見え始めると眼圧検査の目標の緑のLEDが見えるのですが、横の赤いLEDも含め、まだ見えません。

入院するかどうかを決定するため、炎症細胞の検査を行ったあと、N講師の診察を受けました。N講師の診察は、久しぶりです。横に主治医のS先生も立っています。
S先生「網膜上部に気になるとことが、、。」
N講師「うん、ここがレーザーの跡でしょう。だからここの○○が××だから、これは△△だよね。そしてここの○○が気になるところだけど、網膜の色が良いからこれは××だよね。(このあたりの言葉、理解不能)」
N講師は小生の目を顕微鏡で覗きながらの会話ですから、S先生は頭の中に小生の目の様子が入っているわけですね。しかしさすがはN講師、信頼感があります。

そしてそんなこんなで、
1)ウイルスによる炎症は、網膜には来ていないこと。
2)ステロイドの増量と、バルトレックスの効果が出てきていること。
3)入院して抗ウイルス薬を点滴するには、もう一度眼房水を取って(目に直接注射針を刺して採取します)ウイルス検査(ヘルペスの検査は保険が利かず、自費です)をしなければいけないが、そこまでの緊急性はないこと。
により、入院は中止になりました。
ただ入院中止は万々歳ではなく、2回の着陸失敗の後の再着陸の手段をどうするかは、先送りされたことになります。現在30mgのステロイドが5mgに落ちるには4ヶ月くらいかかるでしょうから、夏頃が本格的な勝負になります。

小生の目の状態は、一番良いときには視力検査で0.4をたたき出していますが、実力はとてもそこまではなく、最高の時でもまだ右目は実用には役に立ちません。ただもう少し見えるようになると、右目だけでも何とか部屋の中が歩けたり、食事(目の前に出されたものは)やトイレ(自分の家に限る)が可能になります。つまり今までの最高の状態でも、仮に左目が失明すると常時誰かが付いていなければ生活できなくなりますが、もう少し見えるようになると、一人暮らしは無理でも常時介護の必要はなくなります。右目に可能性がなかったら考えませんが、今回は「うまくいくと」という期待があるので、ついつい欲をかいています。左目