門司撮影記
2026年2月17日(火)
今日から3日間、門司港でゆっくり過ごすつもりだが、まだホテルのチェックインには少し時間があるので、門司で撮影することにした。まずはネットの地図で当たりを付けた、駅の外の場所からである。今回の荷物は、迷った末に結局キャリバッグ+リュックになったが、せめてキャリーバッグは駅に置いていきたい。コインロッカーはあるにはあったが、100円玉専用である。キャリーバッグの入るロッカーは700円、100円玉5枚は用意してきたが、さすがに7枚はない。まわりに両替できそうなものもないし、仕方なくキャリバッグを引きずっていくことになった。ところが、目星を付けた場所は横からだと草が茂って、ススキの中から列車が顔を出す感じになる。「関門トンネルの出口」という写真を撮りたかったのだが、これではダメで、結局駅に戻ることになった。

門司駅は、ホームの端から関門トンネルの入口が見える。カメラを構えてみたが、ズームを最大の130mmまで伸ばしてもちょっと遠い。今回は荷物を軽くするため、300mmは持ってこなかったのだ。まだ草が邪魔だが、長玉で狙える場所ではある。ここで撮ることにする。
隣のホームから、415系下関行きが出発する。関門間をゆく旅客列車は、このシャトルトレインだけになってしまった。小生の記憶にある関門トンネルは、各駅停車だけでも小郡行きの421系の他、山陰線から気動車も乗り入れていた。当然優等列車は頻繁に来る。遙か50年以上前の話である。
門司を下関に向けて発車する列車は、発車してすぐ交直切り替えになるので、すぐにVCB開放状態になる。415系は(455系なども)、遮断機開放の無電圧状態ではヘッドライトが片目になるので、すぐわかる。片眼の415系の写真は撮っていなかったので、早速撮る。
関門間を行き交う電車は、出発前に切り替え試験でVCB開放、それから本番の切替で開放と、片道で2回VCBが動作する。往復で4回である。シャトルトレインの車両は、一日でVCBの動作が20回近くになるだろう。本来遮断器というものは高頻度動作は考えられておらず、産業用のVCBだと、一日の動作想定回数は1,2回である。鉄道用と言うことで特殊仕様になっているのであろうが、過酷な用途であることは間違いない。
狙っていた下り貨物がやってきた。関門間の交直切り替え地点は関門トンネルの出口の坂を登ったところであるが、下り貨物線だけは、門司駅の小倉側の端にある。重量貨物列車を完全に引き上げるまでは、ノッチオフする必要がないように造ってあるのだ。従って、ホームの横を通過する下り貨物列車は、まだ直流運転である。
JR九州の在来線は、小倉止まりや小倉始発の列車が増えたが、小倉には留置線はないので、留置は門司港で行っている。そのため、門司を通過する回送列車も多い。また昔からだが、関門間の機関車の回送も多い。なお鹿児島本線の列車はほとんどが7両以上で、筑豊線直通列車だけが3両(ワンマン)である。車種は811系や813系が多いが、ほとんどロングシートに改造されてしまった。
重連の回送機関車がやってきた。昔はEF30の4重連というものがあったが、EH500は2車体連結なので、見た目は4重連である。発車してすぐ交直切り替えのためにノッチオフ、その時ピーッピッピッという絶気合図を鳴らし、ぶら下がっているだけと思っていた後部機も応答した。まさか今時絶気合図が聞けるとは、思っていなかった。
ちょっと立ち寄っただけのつもりだったが、大収穫であった。




















り。そして船団護衛の概念がなく、大戦中に亡くなった人の数は、海軍軍人(乗組員)より商船船員の方が多い。海上自衛隊は、帝国海軍の伝統を反省なく受け継いでいるのだ。まあ自衛隊は、出番がないのが一番であるが。












これで予定は終了。少し早いが広島に戻り、すっかり行きつけになったガストでお茶を飲みながら過ごす。帰りは「さくら」の指定席を取ってあるので、時間が来たら乗るだけだ。岡山ー広島間は近いようだが、「のぞみ」か「さくら」を使う距離である。



3階がジオラマになっているが、この模型のコレクションがすごい。自動車、鉄道、船、飛行機とあって、やはり気になるのは鉄道である。誰がどうやって作らせたのか、市販されていないようなものも多数である。









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