2018/06/14

名古屋界隈ぶらぶら記(6)

2018年4月2日(月)(つづき)

JR四日市から、一駅だがJR富田に移動する。富田は各停しか止まらないため列車本数が少なく、30分に1本だ。電車は名古屋周辺の標準車313系、番代が細かく別れているが、覚えきれない。Img_53691a


JR富田には、今は使われていない三岐鉄道のホームがある。立ち入りはできないが、隣のホームから眺めるとOkmポストが見える。三岐鉄道は、かつては国鉄連絡だったのだ。三岐鉄道のセメント列車がやってきたので、撮影。しかし今日も炭カル/フライアッシュ列車は1本運休のようだ。日中の炭カル列車が運行していると構内入換が見られるのだが、どうも日、月に来るとダメなようだ。やはり炭カル列車をメインに撮ろうと思ったら、貨物鉄道博物館と一緒に見ようなどとは考えずに、平日に来なければいけない。次は、あるかな?Img_53731a


セメント列車は、三岐鉄道のELが外れて代わりにJRのDD51が連結される。JR側は富田-四日市間の1駅間だけなので、同じ機が行ったり来たりしている。さっき撮ったDD511801だ。何と、後部標識も付けていない。ちゃんと8365列車という列車番号がある、れっきとした本線の「列車」だ。調べてみたら、貫通ブレーキ使用列車の場合は(今はほとんど全部の列車がそうだが)、昼間省略可能の規定があった。途中にトンネルもなく、何かあって(事故で途中で止められても)も夜にかかることはないというので、省略しているのだろう。Img_53751a


ドジなことに、貨物列車のダイヤを持ってくるのを忘れた。到着時刻と発車時刻はM君から聞いているが、富田を通過する貨物列車の時刻がわからず、適当にホームで待つ。本当は上り、下りに合わせてホームを移動した方が良いのだが、リュックも重いので無精を決め込む。ただ油断していて、DF200は撮り損なった。DF200はこれから増えるだろうから、後でも撮れる(色が変わったりして(^_^;)。Img_53801a


貨物列車が中線に入ってくれると、撮りやすい。重量物用のコキ200にタンクコンテナを積んでいたが、このタンク、JR規格ではなく海上コンテナだ。ただJR線を輸送するため、規格通りの危険物表示は行ってある。海上コンテナは総重量表示が端面なので、列車に積まれると見づらい。延岡で見た黄色いタンクコンテナは、どちらの規格だったのだろう。しかし名古屋界隈は、DD51もDE0も、更新色だらけだ。Img_53781a


これが旅客列車所属の機関車、JR海は機関車を持っていないので例えばJR西なら、国鉄色だったのに、と思う。EF65やEF64は入場の度に国鉄色への復元が始まったが、DD51は入場自体が終了してしまったため、JR貨物所属の国鉄色DD51はもう現れない。DD51が見られるだけまだ良い、と思わなければいけない。Img_53871a


JR富田の駅前にはそれこそ自動販売機も含め何も無いが、なぜか裏口に相当する口を出てすぐのところにイオンモールがある。全く場違いな感じだ。とは言え、そろそろきちんとしたところで(駅のベンチなどではなく)昼食を食べたくなったので、イオンモールに入る。中に入ると、サ○ゼリヤがあった。これは助かる。昨日もそうだったが、リュックが重いせいで、午後になると腰が痛くなってくるのだ。ゆっくり食事とコーヒー、ドリンクバーはありがたい。Img_53921a


食事が終わってまた富田駅に戻ったが、炭カル列車はウヤだし、セメント列車を引くDD51も同じ機番だし、そろそろ撤収にかかる。30分に1本の各停で、名古屋に戻る。なお四日市からだと快速も使えるが、快速「みえ」は日中2両編成なので、四日市からだと座れないことも多い。四日市からなら、やはり近鉄だ。名古屋からは「のぞみ」で岡山へ。この旅行、収穫は多かった。

(完)

2018/06/13

名古屋界隈ぶらぶら記(5)

2018年4月2日(月)

天気、晴。
ホテルは近鉄四日市の近くだったので、JR四日市駅まで歩く。ホテルや商店などは近鉄四日市駅の近くにあり、JR四日市駅近くは何も無い。JR四日市駅へ向かう道路はさすがに広く、かつては国鉄四日市駅がメインだったと思わせる。Img_52941a
JR四日市駅は、もう何回も来ているが、建物は立派だ。しかし中身は案内所、売店も含め、全部閉鎖。広い待合室が自転車置き場になっている。いかにも「寂れた」という感じがする。かつては急行「伊勢」や関西線経由の「大和」などが発着したが、今は昔である。なおかつての長距離急行の列車名は旧国名のものが多く、同じ名前を持つ旧帝国海軍の戦艦、巡洋艦が多い。現在は列車本数は、断然近鉄の方が多い。しかし運賃だけは、珍しくJRの方が安い。Img_52971a

JR四日市に着いて少し名古屋側へ歩くと、線路際に出る。四日市の構内もよく見える。四日市駅には、いつも何らかのDLが止まっている。関西本線は側線はおろか中線も電化されていないので、DLの独壇場である。旅客列車も、伊勢方面が非電化のためにDCも多い。この電化、四日市-名古屋間だけでも近鉄に対抗したいという意思の表れであろう。Img_53141a

四日市駅の南には、かつて撮影した末広可動橋を経由する貨物線があり、北側には石油基地がある。どちらも四日市の構内運転の扱いなので、機関車に誘導員が乗り、標識灯を1灯点灯させた状態で走る。ただ列車編成は長く、石油タンク車は16両編成だ。構内運転のDE10はA寒地仕様の旋回窓付だ。名古屋界隈は暖地仕様なので、どこか北の方から移ってきたのだろう。国鉄時代は車両の高域配転が行われていたが、JRになってから全国組織はJR貨物だけになった。従って高域配転は、貨物用機関車だけである。Img_53251a

昨日三岐鉄道で見たセメント列車がやってきた。16両編成、880tである。これから末広可動橋を渡り、太平洋セメントの配送基地まで行く。要は工場から配送基地までの、社内連絡列車だ。頻繁に走ってくれるから、写真を撮る方としてはありがたい。牽引機はDD511801、トップナンバーのようだが1800番代はなく、899の続きで900番代を避けただけである。1800で良かったと思うのだがなぜか0番を避けた。余談だが、DD51は799の次も1001に飛んでいるが、キハ58は799の次はやはり800番代を避けて1000番代に飛んでいるものの、1000から始まっている。Img_53551a

四日市に石油基地があるため石油タンク車も走っているが、最近の石油タンク車は重量級でタキ1000は1両62tもあるため、長編成になるとDD51は重連になる。石油需要の多い冬場は重連が多いが、この時期は単機牽引も増える。それでもまだ重連の列車があり、その時刻は例のM君から聞いてきた。あまり良い場所とは言えないが、ともかく撮影。先頭の1146はA寒地仕様、かつて北海道にいた機だ(カマと書くのは、抵抗がある)。古い写真を探したら、出てくるかもしれない。

(つづく)

2018/06/12

名古屋界隈ぶらぶら記(4)

2018年4月1日(日)(つづき)

今回のこの旅行は一人で来ていたのだが、前回四国に行ったときに「4月1日に貨物博物館に行く。」と言ったらT大生のMくんが「私も行きます。」ということになった。貨物鉄道博物館で合流し、お昼前から一緒に行動する。彼の方がこのあたりは詳しいので、いわゆる定番の撮影地に連れて行ってもらう。Img_51941a午前中小生が撮ったところよりかなり先で駅からかなり歩くが、上り列車が主体、少し動けば下り列車も撮れる、というポイントだ。ここで上りのセメントタキと、下りの炭カルホキを撮る。教は昼間の炭カル列車の502,503列車が運休なので、撮影可能な炭カル列車はこれと、夕方の1本だけだ。やはり日曜日は運休が多い。なお炭カルと書いているが、上り列車(富田行き)の中身は炭カルだが、下り列車の中身はフライアッシュである。Img_52061a

またセメントタキと炭カルホキと書いたが、実は粉体用タンク車(タキ)と密閉式有蓋ホッパ車(ホキ)は、構造上全く同じである。何でタキ1900がホキでなくタキになったのかは不明だが、丸胴で丸い鏡板を持っているため、タキに分類されたのかもしれない。Img_52151a

丹生川のあたりには、コンビニなどはない。そのため小生は非常用のビスケットを持ってきており、一旦丹生川駅に戻って自動販売機のコーヒーと合わせて昼食にする。M君は「抜き」のつもりだったそうだが、小生は予備のビスケットも持ってきていたので、それを提供する。若いときに無茶な食生活をしていると、40過ぎてたたるぞ。Img_52331a

今日は502,503列車が運休で時間が空くため、東藤原まで行ってみることにする。三岐鉄道の列車はワンマンカーだが、各駅に駅員がいるため、ドアは全部開く。そのため停車時間は、短い。貨物列車が多く列車密度が高いため、各停が駅でもたもたすることを嫌うのだろう。駅員も早朝深夜は不在になるが、その時は車掌が乗務するようだ。このやり方も一つの方法である。Img_52361a

東藤原はELが入換をやる場所、特に突方をやる場所として有名であるが、今日は日中の炭カル列車が運休のため、ELは奥でパンタを下ろしてお昼寝中。セメント列車はやってくるが、こちらは16両の固定編成で、貨車の点検の時に抜き取るとき以外は入換をやらないようだ。最も到着すると今度はセメント工場に貨車を押し込むために機回りをするので、ELは構内を動き回っている。誘導員が乗っているせいか、構内運転の速度が速い。Img_52631a

ここまで来たので、終点の西藤原にも行ってみる。東藤原を出とすぐに太平洋セメントの工場がある。セメント積み込み用の引き込み線があるが、地形に高低差があるので、高い高架の上にセメントタキが並んでいる。ちょっとシュールだ。西藤原にも、古い機関車などが展示されている。Img_52691a

そこから再度丹生川に引き返し、歩くのがいやになったので駅の近くで貨物を撮る。そのあたりでM君と別れ、小生は四日市に向かう。M君は今夜の夜行で帰京だ。

四日市泊。
(つづく)

2018/06/11

名古屋界隈ぶらぶら記(3)

2018年4月1日(日)

天気、晴。早起きしてホテルの部屋で朝食を採る。昨日も天気が良く、今日も天気が良さそうだ。写真撮影には良いのだが、そろそろ紫外線も気になる。化粧品屋から試供品としてもらった日焼け止めクリームを顔に塗る。目のまわりに塗ると、花粉よけの効果もあるそうだ。身支度終わり、6時25分にホテルを出発する。朝食が7時からのところが多いが、名古屋近郊は6時30分からだ。と言っても、6時30分にはホテルを出ているので、間に合わないが。Img_51251a

京都もそうだが、名古屋駅も近鉄がJR在来線と新幹線の間にある。先に近鉄が国鉄の駅の裏口側にぴったりくっつき、あとから来た新幹線がその外側に来た、という感じだ。駅の中を案内標識に従って、近鉄の改札口まで行く。乗るのは急行なので、そこから先はIcocaの出番だ。なおあとでわかったことだが、名古屋界隈のJRも名鉄も「圏外」扱いで、Icocaの履歴には会社名しか出ないが、近鉄は関西圏内の扱いなので、名古屋から乗ってもちゃんと履歴に乗車駅名が出る。乗ったのは2721、デュアルシート車で、日曜日なのでクロスシートになっている。そして編成にトイレも付いている。さすがは近鉄。駅でトイレに行ったが、小生朝はトイレが近く、トイレが付いていると気分的に落ち着く。Img_51271a

約30分で近鉄富田へ。改札口付近でコインロッカーを探すが、見つからない。実はこれはホームにあることに、帰りがけに気がついた。三岐鉄道の窓口は裏口側で、そこで一旦改札の外に出て、一日乗車券を買う。丹生川へ往復するだけなら少し高いが、東藤原や終点の西藤原にも行ってみるつもりなので、十分元は取れる。ホームにはすでに電車が入線しており、元西武の701系だ。小生が西武線の沿線に住んでいた1980年代初めは、ちょうど701系の冷房改造が進められていた頃、外見的には赤から黄色に塗り替えられていた頃だ。そのため701系や401系は、一目でそれとわかる。Img_51721a

ここも約30分で丹生川へ。目的は貨物鉄道博物館だが、そこの開館は10時で、その前にセメント列車を撮るつもりだ。ネットで紹介されている場所とは違う場所だと思うが適当なところを見つけ、藤原だけをバックに走るセメント列車を撮る。このセメント列車、25パーミルの登りがある下り列車は空車回送なので、16両編成と長い。積車だと880tになる。Img_51831a

JRの富田でJR貨物のDD51にバトンタッチし、四日市から例の可動橋を渡って太平洋セメントの四日市出荷センターまで行く列車だ。言わば工場から出荷センターまでの社内便である。ただ専用貨物列車はこういう比較的短距離のものが多く、石油タンク車だけが例外的に長距離だ。沿線の桜がきれいで、桜をバックにした写真も撮れた。Img_51851a

そろそろ10時になり、貨物鉄道博物館が開館する時刻だ。この貨物鉄道博物館、運営はボランティアによっているため、開館は月1回だけである。最も展示車両は屋外なので、その気になれば休館中でも見ることはできる。博物館と言っても三岐鉄道の昔の貨物施設をそのまま流用しているので、意外としょぼい。Img_51921a

古い貨車が寄贈されたときにそれを修復再塗装して展示しているのだが、開館したときはもう国鉄(すでにJRか?)貨物はコンテナに移行したあとなので、「ウ」や「カ」などバラエティーに富んだ貨車は姿を消したあとだった。それでもかなり集まっており、シキ160は圧巻である。1万両以上製造されたワラ1も欲しいところだが、テラ1があっただけでもまだ幸いと言うところか。三岐鉄道で現在活躍中のタキ1900も、引退したら欲しいところだ。

(つづく)

2018/06/10

名古屋界隈ぶらぶら記(2)

2018年3月31日(土)(つづき)
Dscn2331a


東海道線を名古屋で降り、名鉄に乗り換える。ところが、改札口を出て、行けども行けども着かない。名鉄の名古屋駅はJRの北側(実際は東海道線が東西ではなく南東から北西に走っているので、北東側)にあるはずなのだが、正面ではなくやや東京よりによったところにあった。そして、地下である。名鉄の名古屋駅は、長いホームを行き先によって停車位置を分けているので、変な位置で待っていたら列車が来ない。行き先の栄生(「さこう」と読む)は名鉄本線なので、頻繁に列車は来る。何とか間違えずに栄生に着いた。ここからトヨタ産業技術記念館は歩いてすぐで、何とか16時に着いた。ここは17時に閉まってしまうので、遅く着くと見る時間がないのだ。Dscn2332a

窓口が混んでいたので、自動販売機で500円の入館券を買って入る。あとで気がついたのだが、65歳以上は無料だった。まさに後の祭り。今日は「後の祭り」が多い(^_^;。
最初は繊維機械館で、トヨタ発祥の豊田式自動織機その他、綿紡績に関する機械や資料が展示してある。写真撮影可だ。糸紡ぎを実演しながら説明してくれていた女性の説明が、いきなり英語になる。ひょっと隣を見たら、欧米人らしきグループがいた。それから先の説明は、日本語と英語交互、当然質問にもその言語で答える。さすがトヨタ。Dscn2340a


紡績の材料として、綿だけではなく他の素材も展示してある。その中に亜麻があった。「亜麻色の髪の乙女」はこんな髪をしていたのだ。思っていたより、金髪に近い。Dscn2346a


自動織機をじっくり見ていたら、係員が自動車館はもう見てきたかと問うので、いやまだ、と答えたら、自動車館はここ(繊維機械館)の1.5倍あるので早く見た方が良いという。そこで途中を省略し、かなりのスピードで自動車館を回った。ここは自動車好き、特にエンジン好きにはたまらないだろう。小生はどちらかというと繊維機械の方に興味があるので、一旦自動車館を出て、再入場でまた繊維機械館に入り、そこで今度はじっくり見てきた。個別駆動(と言っても、機械1台に1モーター)になっている機械があったので、この時代にもう個別駆動があったのかと質問したら、展示の都合上で実際は集中駆動だったそうだ。Dscn2350a

17時5分前に出た。1時間ではとても足りないことがよくわかった。喫茶室で一服しようかと思ったが、喫茶室も17時閉店とのこと、仕方なしに栄生の駅前まで戻る。するとコメダ珈琲があったので、入る。コメダ珈琲は、名古屋が地元である。後で調べてみたら岡山にも数店あったが、小生のところからは行きづらいところばかりだった。コーヒーだけではなく何か軽い物をと思ったら、デニッシュがある。レギュラーサイズとミニサイズがあり、ウェイターに大きさを聞いてみたら、「ミニサイズがこのくらいで」と手で示した大きさが10cmを越えている。ミニサイズを頼んだが、それでもベックスのものの1.5倍くらいあった。コーヒーカップも大きい。さすが名古屋。Dscn2354a

名古屋に戻って夕食をどうしようかと思ったが、どうもしっくりくるところがない。弁当にしようと思って名鉄百貨店に入ったら、ちょうど北海道物産展をやっている。そこで海鮮弁当と、コンビニで補充の野菜と明日の朝食を買い、ホテルの自動販売機でビールを買って、出来上がり。明日はのんびりしようかとも思ったが、やはり朝の列車を撮ることにし、早起きすることにした。

名古屋泊。
(つづく)

2018/06/09

名古屋界隈ぶらぶら記(1)

写真がクラッシュしたディスクに入っていたため、救出するまで旅行記がアップできませんでした。遅くなりましたが、4月の旅行記です。


2018年3月31日(土)

天気、快晴。珍しく土曜日に出発する。岡山駅の新幹線ホームはすごい混雑。ホームに柵があるのだが、その柵ぎりぎりに立っている人に対し、神経質なくらいに「下がってください!」を連呼する。黄色い点字ブロックは柵から30cmくらい内側なので、柵の間は一人分空けなければいけない。柵ぎりぎりに立つと、そこから手を伸ばせば列車に触れるので、下がらせるのだ。「4号車付近で赤い服を着て黄色い鞄を持って立っている方、下がってください!」もう名指しも同然である。Img_50961a

上りの「のぞみ」は臨時を取ったせいで、珍しく700系である。シートはネイビーブルー、昔からこんな色だったかどうか、記憶がない。700系はトンネル内で蛇行動を起こしやすいのだが、14号車と上りでは前の方だったせいか、蛇行動もなくスムーズに走った。トイレは和式で、住宅の方が洋式トイレ化のスピードが速いことを改めて感じる。

名古屋で東海道線に乗り換え、大府へ。JR東海の在来線電車はほとんど313系だが、東海道線用は5000番代。確か高速仕様のはずだ。車内は転換クロスシート、列の端のシートも転換できる。大府で武豊線へ乗り換える。今度は同じ313系でも1300番代、ワンマン対応だ。列車は3両編成で、途中の小駅では乗車は2両目の後ろのドア、降車は先頭車の前ドアで、最後尾車両は締切である。そして駅に着くと、運転手が立ち上がり、右側の時は右に移動して窓から後方を確認し、ドアを開ける。そのため停車してからドアが開くまでに、やたら時間がかかる。発車も同様。運転席に座ったままのミラー確認にすれば時間短縮になるのだが、時間短縮の必要は無いというJR東海の方針なのだろう。乗客離れになるぞ。Img_51051a

東成岩で下車。改札を出たらすぐ踏切で、その踏切の先はJFEの工場である。やはり岡山(倉敷)から東成岩への乗客は、多いのかもしれない。そこの踏切で、下り貨物列車を狙う。下りと言っても半田埠頭へは東成岩の先でスイッチバックしてくるので、東成岩は2回通ることになる。待つことしばし、衣浦臨海鉄道のDE65がやってきた。国鉄のDE10と同じであるが、JR貨物の所属機がほとんど更新色なのに、国鉄色を保っているのが嬉しい。しかも、きれいだ。逆走に相当する右側を通ってくれたので、距離もちょうど良い。幸先よし。Img_51141a


東成岩から東浦へ移動、ここから往復乗車券の帰りの切符だ。やってきた313系は同じ車号、武豊線の運用に入ると一日行ったり来たりなので、同じ番号に遭遇する機会が増える。途中半田の駅前に、C11が置いてあるのを見つける。C11265、戦時型だがドームの片方だけ角ドームという、C11にしかいないバリエーションだ。そのまま通過したが、東浦で時間があったので、半田で途中下車することも可能だった。後の祭り。半田には、ミツカンの本社もあった。Img_51201a

東浦で降りて、しばらく待つ。衣浦臨海鉄道はJR武豊線の東浦と東成岩の2箇所で分岐しているが、東成岩からの線は衣浦湾の西岸、東浦からの線は東岸を走っている。双方の終点、半田埠頭と碧南市は、車で行くと衣浦トンネル(海底トンネル)を抜けてすぐだ。碧南市への線は、下りは中部電力の石炭火力発電所へ送る亜硫酸ガス中和用の炭酸カルシウム、上りは発電所から出るセメントの原料になるフライアッシュ(石炭灰)という、珍しい往復輸送だ。三岐鉄道東藤原にある太平洋セメントの工場で炭酸カルシウムが造られ、またその工場でセメントの原料としてフライアッシュが使われている。どちらも積車のため、下りはDE65の重連、上りは2列車分割で輸送されている。こちらも無精して、踏切で待つ。今度は左側の一番手前の線に入るので、近くに寄せては撮れなかった。Img_51211a

この炭カル輸送、往復とも積車という効率のよい輸送だが、衣浦臨海鉄道の終点碧南市から碧南火力発電所まで、距離が少しあるのが気になる。火力発電所から碧南市駅までの輸送、また碧南市駅での積み替えに手間がかかっていたら、トラックでの直行輸送に切り替わる可能性は、十分にある。「大家」のJR東海が貨物輸送に冷たいので、先行きが心配ではある。Img_51241a


大府に移動する。すると先ほどの炭カルホキ(ホキ1000)を、EF64が入換をしていた。6両と8両の2列車で大府まで来ていたものを、14両編成の列車に仕立て直すのだ。ホキ1000は1車55tのため、14両編成で770t、私鉄やローカル線ではかなりの重量列車だ。国鉄時代はローカル駅でしか見られなかった本線用機関車を使っての入換を、JRになったらターミナルでもやるようになった。旧型の直流機はスロー運転は苦手なので、それなりに大変だろう。それから、バックするときは必ず運転士が移動し、「前向き」で走るようになった。

(つづく)

2018/06/08

ハウステンボスから帰ってきました

2018年6月8日

ハウステンボスから無事帰ってきました。Dscn2434a

中国地方も梅雨入りしたのですが、6日は雨がちょうど止んだタイミングで無事傘をささずに駅に到着。博多で途中下車しましたが、福岡は雨はあがっていました。博多山笠の出発地である櫛田神社にちょっとお参り。
7日はハウステンボス、天気が良くて暑かったです。紫陽花がきれいでした。紫陽花以外でも、常に花で一杯にしてありますね。紫陽花が終わると百合だそうで、ばら→紫陽花→百合と移ります。
ハウステンボスから佐世保に帰ってきて、少し佐世保の街をうろつきました。港には、自衛艦がたくさんいますね。国道沿いから写真が撮れます。「出雲」型の護衛艦かと思って写真を撮って、どうも錨の位置が違うので調べてみたら、米海軍の強襲揚陸艦「ワスプ」でした。自衛艦と並んで停泊しています。Img_5723a


8日は「鉄」の日で、鍋島で撮ろうと思ったのですが、朝の鹿児島本線の人身事故でダイヤが大幅に乱れ、貨物列車はやってきませんでした。2時間近い遅れだったようです。それでも千早に移動し、EF81の450番代を捕らえました。小生はダイヤ通りと思っていたら、全く違う列車でした。

今日も天気が良く、かなり日に焼けました。

2018/06/05

ハウステンボスに行ってきます

2018年6月5日

明日から、ハウステンボスに行ってきます。ラオスの首都が続いているので、マスク持参です(;_;)。

2018/03/20

北九州経由熊本行き(4)

2018年2月22日(木)

天気、晴。気温はやや低いが、さほど寒くない。
朝からお腹の調子が悪い。昨日とんかつの店に行ったのがまずかったか。出発する頃は何とかよくなったので、市電で熊本駅へ向かう。また関係ない荷物をコインロッカーへ。簡単なバッグやリュックは300円のロッカーに入るが、キャリーバッグは500円以上の大きいロッカーでないと入らない。一人で来る撮影旅行は、リュックに限る。Img_42871a


今日の三角線は、珍しくキハ147の2連。お腹の調子が良くないときは、トイレ付きでないと困るので、助かる。以前はトイレ付きとトイレ無しとが駅の時刻表に書いてあったが、熊本地震以降運用がめちゃくちゃになった。2連になったと安心していると、トイレ無しのキハ31の2連が来る。このキハ31、何とかならないものか。Img_43001a


三角は元は小さな漁村だったのだが、明治の三大築港の三角港築港で発展した町だ。それが天草架橋と熊本新港で寂れたので、言わば国策によって造られ、国策によって寂れた町とも言える。この話を昔会社でしたら、若いのが「それじゃ、夕張と同じじゃないですか!」と言った。確かにそういう見方もできる。三角線はその三角港と門司港(熊本ではなく、門司港ですよ)を結ぶために造られた線で(計画時は、三角線の方が本線だった)、開通は国有化前の九州鉄道時代と古い。しかし三角港の開港はもっと古いため、最初は道路だけだった。この道路、当時としては幅が広すぎ、三角線建設の時に道路の半分が鉄道用地に提供された。そのため、宇土から網田までは、駅部分を除いて道路と鉄道が併行している。09r36a


例の「七つ星」に天草観光ルートがあるが(ひょっとしたら、オプション)、七つ星編成は三角線に乗り入れることはなく、乗客はバスか「A列車で行こう」を使う。三角線に「七つ星」編成が乗り入れられない理由は2つある。一つは、途中の交換駅(網田か住吉の短い方)の有効長が7両分しかないこと。「七つ星」は客車が7両で、機関車を入れると8両だ。ただこれは行き違う片方の列車だけなら有効長オーバーでも運転は可能で、昔はそういう列車が走っていた。もう一つは石打ダム-波多浦間にある波多第四橋梁の耐荷重性で、補強するまでDE10が入線できなかったくらいだ。100tもあるDF200が入線するためには、掛け替えないと無理だろう。18022209a


無事トイレは使わずに、三角駅に着いた。この後「A列車で行こう」が追いかけてくるので、この各停編成はそのまま奥の方、昔のヤードの入口の方に移動する。昔は退避するときは転線して3番線に入っていたが、ほとんどの列車が2両と短くなったので、縦列駐車まがいのことができるようになった。これだとポイントを操作するのが1箇所だけなので(一応ホームからの線は、安全側線側に切り替えられるはずだ)、入換の誘導員が要らない。せっかくなので、入線と出発とを撮る。三角駅の構内も側線が整理され、寂しくなった。昔の写真もお目にかける。当時から定期列車はすべてDCであったが、たまに入るこのお座敷列車のような臨時列車は、C11が引いていた。1972年の撮影である。Img_43151a


お墓の用事その他を済ませところで、お昼になった。一時期三角からは昼食を食べられる店が姿を消し、スーパーでおにぎりを買って駅の待合室で食べるしかなかったのだが、ファミマが駅前に開店し、しかもイートインコーナーがあるので楽になった。そこで昼食を取ってひょいと見たら、大盛食堂が営業していた。この店は古く、小生が子供の頃からある。ひっくり返った「な」で、「さかな」と読ませるのは60年前から同じだ。一時期閉じていたが、また再開したらしい。たいしたものだ。18022213a


またキハ147の2連で熊本へ戻る。このキハ147は、今日は一日三角線の運用だ。網田で梅が咲いていた。熊本では少し時間があるので、熊本市電を撮ってみる。祇園橋から熊本駅前にかけては、センターポールがきれいに並んでいるので、それをうまく画面に入れられないか、やってみる。後追いの方が、画としてはきれいだ。そして、まだ営業しているミスドで一服。となりのモスもそうだが、このあたりも駅ビル工事の影響で、一旦閉店→移転して再開ということになるようだ。これからしばらく、熊本に来ても駅前に何も無い状態が続く。今度来るときは、裏側(新幹線口)の方で探さなければならない。Img_43261a


新幹線口に回って、そちらから入場。巨大くまモンを見て、ホームに上がる。来たときから気がついていたが、熊本駅のホーもの番号(何番線)は、駅正面である現在の白川口方面から(実際には、駅長室のある側から)付けられている。これは高架になっても、同じだ。ところが新幹線は、逆に新幹線口から番号が振られている。在来線は下り側が若番(1番線)だが、新幹線は上り側が若番(11番線)となっている。熊本は同じJR九州なのに、どうしたわけだろう。こんな例は、他にはないと思う。

珍しく「さくら」運用(九州内だけの「さくら」)に入っている800系を撮り、N700系の「さくら」に乗り込む。これで岡山まで行けば、全行程は終了である。

(完)

2018/03/18

北九州経由熊本行き(3)

2018年2月21日(水)(つづき)

所定の目的は達したのであとは小倉へ帰るばかりだが、予定より早く片付いたので、DENCHAに乗ってみることにする。DENCHAとは、Dual ENergy CHArge trainの略だそうだが、かなり無理をしている。乗ったのはクモハBEC819-2。JR東と違って、型式に「クモハ」が付いている。これもまたブラックフェイス。前照灯は常時点灯だが、LEDで指向性が強いため、視認性はやっぱり悪いだろう。車体は日立製のA-Train仕様。窓ははめ殺し。209系やその時期の東京圏の電車は、はめ殺しの窓は停電時に換気ができないというので、全部開閉式に改造した。ところがJR九州では、817系などはめ殺しのままだ。暑い九州で夏に停電で立ち往生したら、マジで死者が出ると思う。シートの背ずりは、水戸岡氏好みの木製。ただこの木部は水戸岡木工(と言う社名かどうかは知らないが)の製品なので、デザイン以外の作為も感じる。車内はトイレも付いており、烏山線のものは「試作車」という感じだったが「量産車」という感じがする。Img_42461a

走り出すと、烏山線よりきびきび走り、飛ばす。75km/hくらいは出ている。短区間で途中に勾配もないため、バッテリーの残量を気にしなくて良いのだろう。15分で若松に着いたら、若松には充電設備がない。折尾まで折り返して充電しても、間に合うのだろう。なお若松駅には機回り線が残っており、イベント列車の運行も可能だ。Img_42481a


若松の駅前の公園に96が置いてあった。若松に96はふさわしいのだが、いかんせん錆だらけでボロボロである。屋根がないところに置いてあるSLは、相当まめに手入れしてやらないとボロボロになる。地元にボランティアの保存会はないのだろうか。Img_42531a


若松から戸畑までバスで行こうかと思ったら、目の前を通過していった。この後は30分以上来ないので、若戸渡船の矢印を目当てに船着き場まで歩く。案愛があると言うことは、まだ動いているはずだ。若松は古い町で、風情のある建築が残っている。かつては北九州市営軌道(その前は若松市営軌道)があり、路面電車ならぬ路面機関車が貨車を引っ張って走っていた。さすがにその痕跡はわからない。Img_42551a


若戸渡船は北九州市営で、料金は何と100円!頻繁に運行しており、バスより便利だ。戸畑駅前のイオンの中にサイゼリヤがあり、遅めの昼食。九州まで来てサイゼリヤもないものだが、慣れたものが一番である。Img_42571a

811系で小倉まで戻り、一旦外へ出て一服し、今度は新幹線に乗り換え(JR九州からJR西日本に乗り換えたことになる)、「さくら」で熊本へ。今回の旅行の、写真撮影部分は一応終わった。熊本では駅ビルで食事をしようと思い、時間はまだ早いが確認のために食堂街へ行ったら、駅ビルが取り壊し予定のため食堂街はすでに全店閉店していた。本屋だけが開いており、今日が閉店だという。せっかくなので、週刊誌を買う。Img_42581a

この駅ビルの取り壊しは熊本駅在来線の高架化のためで、3月から取り壊しにかかるそうだ。熊本駅は駅裏側からすでに新幹線は高架で完成しており、在来線も上り線用ホームは高架になっている。そして今度は下り線用ホームも高架化する工事が始まる。すでにかなり完成しており、あとは切り替え工事だけだろう。なお上り線下り線用のホームのどちらにも切り欠きで折り返し専用のホームが付いており、それらは三角線と豊肥線用になるのだろう。それを合わせて、全部で6線。地上時代は5番ホームまでに0番がABとあったので、1本減る。優等列車は減ったものの、「あそぼーい」やSL人吉などの熊本始発のイベント列車が増えたので、捌くのに苦労するかもしれない。貨物列車用の通過線が欲しいところだが、その貨物列車も減ったので、必要ないか。Img_42591a

全面高架になれば、地上のホームは取り壊し、高架下を抜けられるようになる。そのためには駅ビルも大改装が必要になるので、取り壊して別に造るのだろう。熊本市電を駅の下を通して西部に延長する案もあるそうだが、どうなるものやら。ともかく駅ビルでは食事はできないので、ホテルへ直行する。

熊本泊。
(つづく)


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