2017/10/18

岡電ミュージアム

2017年10月18日17101807a


岡電ミュージアムに行ってきました。岡電の東山終点が、「東山・岡電ミュージアム前」になっているので、てっきり東急の「電車とバスの博物館」のミニ版みたいなものかと思っていました。ところが、中は「水戸岡鋭治サロン」ですね。1階は本を読むスペースと劇場、2階はプラレールをコントローラーで動かせる設備と、まあ、子供の遊び場です。

ホームページには電車をトラバーサで移動させるところを間近で見るような絵が描いてありますが、よく見ると「完成予想パース」の文字が、、、。グランドオープンと書いてあったのでてっきり完成したのだとばかり思っていたら、まだ一期工事が終わったところのようです。いつ二期工事にかかるのかすらわかりませんが。一日乗車券を持っていると半額になるとは言え、これで入館料1000円は高い。17101801a

ただサロンから、電車越しに日光線色の電車が撮れました。

2017/08/25

鞆の浦に行ってきました

2017年8月25日

鞆港(鞆の浦)まで行ってきました。福山からバスなので、岡山からだと楽です。
まずは各停で福山へ。東福山で高校生が大量に乗ってきましたが、それ以外は途中でほとんど入れ替わりがありません。福山は広島県ですが、元々備後という吉備の国でもあり、経済的には岡山との結びつきの方が強いです。それでも県が変わるので、山陽新聞が中国新聞になります。銀行は中国銀行が広島銀行へ。新聞の名前と銀行の名前が入れ替わっているので、最初はまごつきます。Img_2857a


福山駅の駅ナカで昼食、と思っていたら、レストランがスタバに変わっていました。仕方なしにド○ールへ。昼食後バスで明王院へ向かいますが、鞆港行きのバスが使えるので、言わば途中下車です。やってきたトモテツバスは、何と懐かしい日産ディーゼル製。ミンセイ以来の日産ディーゼル製のバスは、固定ファンの事業者が多かったのですが、日産ディーゼルはバスから撤退してしまいました。撤退した後は三菱ふそうに変わっているところが多いのですが、ハイウェイバスタイプには韓国の現代自動車も一部入り込んできているようです。路線バス車ではまだ見ないですね。トモテツはナンバープレートの番号を社番と一致させています。そして、ICOCAが使えました。Img_2866a


路線バスで明王院に行くコースは、明王院のホームページには出ていません。わずかに見つけた記述を頼りに草戸大橋で降りてみても、どこがどこやらさっぱりわかりません。コンビニを見つけたのでそこで聞いて、やっとわかりました。何と、GOOGLEの地図が間違っていた!

炎天下を15分ほど歩き山門へ、そこから階段を登ると、本堂と五重塔があります。きれいな五重塔で、来た甲斐はありました。この五重塔、建築は南北朝時代で、国宝です。その他、本堂も国宝です。Img_2868a


今度は10分で草戸大橋のバス停に戻り、またトモテツバスで終点へ。鞆は道が狭いと聞いていたのですが、ずっと片側1車線に所々2車線、それも歩道の付いた1車線があり、快調に走りました。

鞆は海岸沿いに古い家並みが残っており、感じが良いですね。交番の建物も、環境に配慮した造りです。山の上の歴史民俗資料館の前に、宮城道雄の銅像がありました。そして2階には宮城道雄関係の展示がされていましたが、福山は琴の生産は日本一と言いながら、琴の製造工程や琴についての解説をしたような施設が全くないですね。小生は母親が箏曲師範だった関係で琴は身近に見ていたため、和楽器の楽器博物館がないのが残念です。

鞆港からは、目の前の離島に渡るフェリーや渡し船が出ています。観光客には、仙酔島に渡る「平成いろは丸」が人気のようでした。楽しめましたが、暑かったです。Img_2882a


鞆港は、鞆の浦を半分埋め立てて自動車道路を通すという話が、反対運動のために出ては引っ込み、しているようです。来るときバスは狭い道というのは全く通らなかったので、一体どこのことかと思っていたら、鞆の街中は車が通過できないので、街中を通過できるようにする、というものだったのですね。つまり現在の観光資源になっている鞆の浦を壊し、道路を通すというものです。よそ者の意見ですが、観光資源を壊したら造った道路に一体誰が来るんでしょうね。こんな出っ張ったところに工場を造るような酔狂な人はいないし、無駄な道路と思えます。

2017/08/03

大洲と松山撮影紀行5

2017年7月21日(金)(つづき)

松山駅前で昼食、予定より1本早い特急で伊予西条に向かう。この旅行では、切符は細切れの自由席にし、それをまとめてジパング割引で買っている。従って乗車券は途中下車の連続で、最近はそういう客が少ないのか、改札では怪訝な顔をされる。Img_23611a
松山あたりはフリー切符もあるが、伊予西条は範囲外で、広範囲のフリー切符よりジパング割引の方が安いのだ。なお予讃線は松山-宇多津間はしおかぜ/いしずちが併結だが、この区間の自由席はもっぱら「いしずち」の方に乗っている。「しおかぜ」より空いているのだ。高松編成が3両から2両に減らされつつあるのも、宜なるかな。Img_23681a


伊予西条の目的は、四国鉄道文化館である。北館と南館に別れているのは知らなかったが、入場券は両館共通、まず北館から入る。靴を脱いでスリッパに履き替えるのが、珍しい。目玉はDF50の1号機と0系新幹線(21-141)、21はカットモデルだ。DF50はわかるが新幹線は何で?と思ったところ、新幹線の生みの親、十河元国鉄総裁が西条の出身だった。そう言えば、北館の正面に十河氏の銅像が建っていた。Img_23691a


次に歩道橋を渡って南館へ。外に出ると、暑い。入る前の表には、フリーゲージトレインの試作車が展示されている。フリーゲージトレインは現在も九州で開発が進められているが、車両価格が高価になりすぎ、実用化が危ぶまれている。Img_23731a


中の展示はDE10のこれも1号機、キハ65にC57。DE10時は65はわかるが、C57は何で?である。しかも岩見沢にいた北海道型。本来は四国に縁のあったC58が良いのだが、保存しようと思ったときにはC58はいなくなり、最後まで残ったC57のうちの1両を譲ってもらった、というところだろう。Img_23761a

十河信二記念館もあったが、そこはパスし、予定より2本前の「しおかぜ」で岡山に向かう。暑かったが体調も悪くならず、収穫の多い旅行だった。

(完)
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おまけ。
四国旅行はこれで終わりですが、実は倉敷でもう1泊し、早朝の水島臨海鉄道の貨物列車を撮っています。水島臨海所属のDE70が本線を走るのはこれだけで、自宅から出発したら間に合わないので、一泊したものです。逆光をそのままにし、煙が目立つ写真を載せます。

2017/08/01

大洲と松山撮影紀行4

2017年7月21日(金)

天気、晴。昨日松山城を入れた市内線を撮ったが、今日は腰を据えて狙う。昨日の市役所前が一番良い、というより、ここしかない。しかし車が多い。これぞという写真が撮れないので、微妙に場所を変えて狙う。ちょうど良い位置は電線が邪魔になるが、これも微妙に中腰にすると、電線がちょうど櫓をかわすことができた。Img_22031a


予期していなかったが、坊ちゃん列車がやってきた。昨日は姿を見かけなかったので休日のみの運行かと思っていたのだが、後でわかったことだが平日も運行しており、昨日は点検のための減便ダイヤだったのだ。坊ちゃん列車と松山城の組み合わせも面白い。Img_21991a


市内線に本町線という、地図で見ると短絡線なのに運行は盲腸線になっている線があり、気になったので乗りに行く。待っていれば普通にやってくる線だが、西堀端から先は単線区間で離合場所がなく、これはラッシュでも運転間隔が詰められないだろう。これも調べたら運行間隔は30分間隔になっており、待っていてすぐ乗れたのは運が良かった。Img_22851a


本町六丁目の終点は、踏切の手前である。そのまま前進すれば市内線同士の交差点なのに踏切があるという、面白い平面交差が見られるのだが、その手前である。循環線(城北線)のこのあたりは軌道線ではなく鉄道線なので、鉄道と軌道の平面交差ということになるのだろう。この本町線も、一応延長計画があるようだ。実現すれば、面白いことになる。Img_22921a


ここから循環線に乗車、市内線なので、乗換券をもらってある。昨日見た古町の平面交差を今度は乗車して横断し、大手町へ。やはり松山に来たからには、ここの平面交差は撮っておく。坊ちゃん列車が踏切待ちをしてくれると面白いのだが、さすがにそこまでタイミングは良くなく、普通に横断していった。郊外線に5000系の旧塗色車がまだ残っており、これを撮れたのはラッキーだった。個人的には、旧色の方が好きだ。Img_23331a


松山駅で昼食、予定より1本早いが、これから伊予西条へ向かう。

(つづく)

2017/07/31

大洲と松山撮影紀行3

2017年7月20日(木)(つづき)

JR松山駅から、伊予鉄の松山市駅まで歩く。松山では旧国鉄より伊予鉄の方が開通が早く、松山市の方が本家の「松山」である。途中の大手町の平面交差で写真を撮り、市役所の前で松山城を入れて写真を撮る。市内線の電車(郊外線もだが)は伊予国体に合わせた全面みかん色への塗り替えが進んでおり、旧色が残り少なくなってきた。小生の好みから言うと、旧色の方が良い。この撮影ポイント、一番良い場所は車道の真ん中である。横断歩道でもあれば渡ながら撮る手も使えるが、何もない。Img_20731a

ともかく、暑い。そうしたら、突然夕立。機能は日傘に使った折りたたみ傘が、今度は本来の雨傘になる。雨があがると、また暑い。松山市駅に着いたときたまらずド○ールに飛び込み、アイスコーヒー。電車賃を使わずに歩いてきたが、かえって高く付いた(^_^;。Img_20811a


一息入れたところで、松山市駅から高浜線に乗車。伊予鉄道の郊外線の架線電圧は750Vだが、この高浜線だけが600Vである。これは市内線が600Vで、平面交差があるためだと聞いている。確かに異電圧の平面交差はかなり大変で、1500Vの大牟田線と600Vの市内線が交差していたかつての西鉄薬院の平面交差では、交差部に電圧切り替え装置が付いていたという話も聞いた。なお伊予鉄道は逆に600V/750Vの直直セクションが必要で、これが松山市駅の大手町側にあるというのを、岡山に帰ってから聞いた。事前に知っていれば、写真を撮ってきたものだが。Img_21041a


伊予鉄の郊外線の車両は、元京王井の頭線の3000系に、元京王線の5000系と、元京王だらけである。以前は電力容量が足りなく、ラッシュが終わったらすぐに3両編成を2両にする必要があったため、松山市駅から5000系1両、それも片運転台1両の回送があった。それが消費電力の少ない3000系の入線で3両固定になり、現在は変電所が増強されたのか、5000系も日中3両編成である。乗ってみたら、運転台の無い側は広幅貫通路、運転台と繋がる車両は狭幅貫通路であった。5000系の前面貫通路は、京王時代には使われなかった設備だ。Img_20951a


今日の目的は梅津寺駅で、夕日が見える駅とのことなので、どういう風に見えるのかの調査である。来てみたら、確かに海のそばで、ホームから夕日を眺めることはできそうだが、夕日と電車を組み合わせた写真は難しそうだ。それ以前に、柵とケーブルで電車の写真を撮るのが難しい。良い写真が撮れそうなら夕方まで粘ろうかと思っていたが、早めに引き上げる。Img_21021a

伊予鉄の郊外線と市内線は、大手町での複線同士の平面交差が有名だが、地図を見たらもう一つ平面交差があることがわかった。それが古町(こまち)で、何らかの形でクロスしているようだ。そこで古町で降りてみる。古町には郊外線、市内線ともに車庫がある。ホームは隣接しているが、改札はある。乗り継ぎ割引はなさそうだ。定期ならあるのかもしれないが。小町の松山駅側に行ってみると、複線の郊外線を単線の市内線が斜めに横断していることがわかった。クロッシング部分は一体鋳鋼の固定で、可動トングなどは無い。Img_2106a


架線はと見たら、普通に交差して交差部分は接続されていた。電圧が同じで同じ会社だからできることだ。非常用か回送用か、市内線と郊外線の間に渡り線があった。市内線の車庫の奥を見たら、坊ちゃん列車がお昼寝中。この平面交差部分は古町駅の松山駅側にあるので、坊ちゃん列車の運行時はこの平面交差を坊ちゃん列車が渡ることになる。その写真も撮りたくなった。Img_21191a


小町から市内線に乗り、それも循環線を大回りでホテルに戻る。循環線の城北線と呼ばれる部分は専用軌道で、単線である。郊外線が複線なので、この逆になっているところが面白い。歴史的には、このあたりは郊外線だったところらしい。そして古町から平和通一丁目までは、軌道線ではなく鉄道線だ。調べれば調べるほど、伊予鉄道は面白い線だ。Img_21431a


電車はホテルの前では降りずに、デパートの前まで入ってデパ地下で弁当購入。この時間だと割引になっている。食べる店を探すのが面倒なときは、弁当が一番楽だ。Img_21711a

松山泊。
(つづく)

2017/07/28

大洲と松山撮影紀行2

2017年7月20日(木)

天気、晴。
泊まっているホテルは東○インだが、チェックインして部屋に入ったとき、エアコンが動いていた。しかも27℃設定。これは珍しい。ほとんど、と言うより今までの経験では全部、部屋に入ったときにはエアコンは動いておらず、デフォルトの設定は28℃である。松山はよほど気温が高いのか?夜も暑いので27℃のまま寝たが、エアコンが動くと寒いし止まると暑い。何となく、寝冷え気味で起きた。少し高めに設定してタオルケットで寝た方が快適だが、ホテルは年中同じ布団である。Dscn2137a


不要なものはホテルに置きっ放しにし、コンビニで水を買って出発。駅で特急の出発前に3回トイレ(大)に行って、何とか落ち着いた。
松山発宇和島行きの特急「宇和海」は2000系気動車だが、何とトップナンバーの2001だった。車内にはローレル賞と機械学会賞の2つのプレートが貼ってある。ただそれは1990年だから27年、そろそろ交代時期だ。ホームの先には「お遍路さん」と言われている新鶴見機関区所属のEF65がお昼寝中。このEF65の走行中の写真を撮りたいのだが、時間が悪く、なかなか撮れない。Dscn2138a

出発、加速の良さは相変わらずだ。最初にこの2000系に乗ったとき、加速の良さにびっくりした記憶がある。電化区間は伊予市までで、その途中に貨物ターミナルと電車区の工事中。松山駅は高架化される予定で、そうなると地上にある貨物駅と電車区が邪魔になり、引っ越すのだろう。EF65も運転区間が伸びる。

予讃線から別れて、内子線に入る。カーブを高速で曲がるとき、2000系は飛行機並にダイナミックに車体を傾斜させる。同じ振り子車でも、電車の8000系よりも傾斜を感じる。走行区間のせいだろうか。以前は宇和島まで車内販売があったが、今はない。Dscn2139a


松山から約40分で伊予大洲着。伊予国は伊予八藩と言われたくらいに小さな藩が集まっていたので、その分各地にお城がある。大洲も脇坂安治の後、加藤貞泰が6万石で入部し、明治維新まで大洲加藤藩である。大洲城の天守閣は明治の老朽解体後の復元で、2004年と比較的新しい。大洲城は予讃線と組み合わせた写真の絶好の場所にあるのに、昔のSL時代の写真がないわけだ。Img_19941a


その大洲城の撮影ポイント、大抵の案内は一駅先の西大洲から歩くように書いてあるが、西大洲は各停しか止まらないので、伊予大洲から歩く。一旦逆方向(松山側)に歩いて肱川を渡り、それから川沿いの道を歩く。昨日もそうだったが、海沿いや川沿いの道は片側が開けているので日陰がなく、やたら暑い。梅雨が明けたばかりのせいか日差しも強く、日差しが痛い。20分ほど歩いたところで大洲城が見えてきた。このポイントでも良いが、道路の川側に空き地がないので、もう少し歩く。そうしたら、林の陰が駐車スペースになっている場所があり、その林が終わったとこからちょうど大洲城が狙える場所があった。JR四国のポスターは、ここから撮った写真かもしれない。JR四国のポスターはお城と列車のアップだが、せっかく鉄橋を渡っているので、川も入れる。Img_20021a


ここで「店開き」をして、何枚か撮る。特急は1時間に1本なので、上り下り2本ずつ撮ろうと思ったら、2時間待つことになる。上りで先頭が流線型の編成が来たが、これは時刻から言って乗ったトップナンバー編成のはずだ。アンパンマン塗装もやってきて、バラエティーのある写真が撮れた。Img_20281a


午後までここで粘るつもりだったが、あまりにも暑いので12時過ぎたところで引き上げる。また「宇和海」で松山に戻り、松山駅でやや遅めの昼食。朝のおなかの具合から、ワッフルにした。

(つづく)

2017/07/26

大洲と松山撮影紀行1

2017年7月19日(水)

天気、岡山は薄曇り、香川は晴。
四国撮影旅行へ出発である。最初はまだ足を踏み入れたことがない高知県を考えていたが、大洲城を撮りたくなり、松山に変更した。そして日程も、梅雨明けをにらみながら一週間後にした。それが今日だ。まずは行きがけの駄賃に予讃線を撮ろうと、海岸寺に向かう。海岸寺は各停しか止まらないが、岡山から観音寺行きの各停があるので、それを使う。Dscn2128a


海岸寺駅で下車、駅から海側に歩いたところに海岸寺がある。別格18番の札所、さすがは四国。お寺の山門に金剛力士像が建っているところは多いが、ここ海岸寺は本物の力士像が建っている。向かって右が琴ヶ浜関、左が大豪関、どちらも香川県の出身だ。さすがに阿形と吽形にはなっていない。Dscn2125a


そこから県道を撮影ポイントまで歩く。ともかく暑い。ひょっとしたら梅雨が明けたのではないか(夕方のニュースで梅雨明けを伝えていた)。予讃線をオーバークロスするポイントを過ぎ、踏切まで確認するが、歩道のないところを大型トラックがビュンビュン走るので、またオーバークロスのポイントまで戻る。ここはガードレールの外に少しスペースがあるので、「店開き」ができる。今日は折りたたみの椅子を持参、しかし日陰が全くないので、たまらず折りたたみの傘(雨用)を広げる。かなり違う。直射日光の当たるところに手が出ていると、日差しが痛い。一応水は用意してあるので、ときどき飲む。Img_19461a


ここは海を入れて撮れるので、良いポイントだ。日差しが強く、コントラストが強すぎて足下が真っ黒になるが、正面気味なので気にしない。ここで特急を何本か撮る。8000系の高松側の流線型先頭車は岡山には来ないので、ここでしか撮れない。来た8000系は塗装が変わっており、塗装変更車かと思って後で調べたら、台湾鉄路管理局との友好鉄道協定締結1周年を記念した台鉄デザインのラッピング車だった。Img_19741a


この場所は上り列車線用で、下り、特に下り貨物を撮ろうと思ったら、先の踏切まで移動しなければいけない。しかし暑い中をあの車の多いところを歩く気が無くなり、駅撮りでお茶を濁すことにする。しかしまだ余裕があると思って駅に着いたところ、ちょうど入線してくるところだった。しかも行き違いの停車。慌てて近くの踏切に行くが場所が悪く、真横からしか撮れなかった。EF210-300は旭川で散々撮っているので、今回は記録だけ。Img_19521a


予定より1本早く観音寺に移動し途中下車したら、駅前にコンビニがある。さすがは特急停車駅。早速飛び込み、ソフトクリーム。暑いと余計な金がかかる(^_^;。観音寺からしおかぜ/いしずち併結車の「いしずち」側に乗る。こちらの方が、空いているのだ。そのまま松山まで乗車、松山駅前で夕食を採り、ホテルに入った。ホテルで入浴時に見たら、日焼け止めを塗っていなかった手首が真っ赤に日焼けしていた。Img_19881a


松山泊。
(つづく)

2017/04/16

宇野港に行ってきました

2017年4月16日

宇野港に行ってきました。実は小生は宇高連絡船には乗ったことがなく、宇野港に行くのは今回が初めてです。クルーズの豪華客船が入港しており、それに伴ってイベントが行われるというので、見に行きました。17041610a


瀬戸大橋線の各停で茶屋町まで行き、そこで宇野線に乗り換え、宇野線は213系2両のワンマンです。宇野線はなぜか外国人の、それもヨーロッパ系の観光客が多く、今日も満員です。茶屋町からは立っていました。宇野線は単線ですが各駅に交換設備があり、そして有効長も長く、かつては四国連絡の幹線であったことを偲ばせます。ただこの駅の有効長、かつての12両編成の特急列車やD51牽引の1000t列車が交換したにしては、少し短いような気がしました。駅舎も全部取り払われていますから、整理されたのかもしれません。17041604a


宇野駅も着発線2本と留置線1本に縮小され、かつての面影(写真で見ただけですが)はありません。駅の位置も、移動しているみたいですね。逆に、宇野から瀬戸内海の島は(そのほとんどが香川県ですが)、現在は「アート」で売っています。宇野港もいろんなオブジェがありますが、見た目がきれいなのはあまりないですね。

クルーズ客船は、10,000t級のフランス籍の「ロストラル」。日本近海クルーズのようです。その寄港に伴い、いろんな出店が出ています。17041606a


小生の目当ては宇高連絡船時代の遺構ですが、桟橋が残っている青函連絡船と違って、ほとんど何も残っていません。わずかに繋留岸壁の一部が残っているだけでした。

天気が良く(暑いくらい)、小さな旅を楽しめました。

2017/03/30

ハウステンボスに行ってきました

2017年3月30日Dscn2007a


28日から1泊2日で、ハウステンボスに行ってきました。ハウステンボスは3回目ですが、チューリップの季節に行ったことが無かったからです。岡山をゆっくり出発したのでハウステンボス駅に着いたのは15時過ぎでしたが、夜のパレードも目当てだったので、狙い目は夕方です。Img_9198a


長崎県は日没が遅いので、16時頃入場してもまだまだゆっくり見物ができます。ちなみに、入場割引になるのは18時からです。ゆっくり眺めてのんびり日が暮れるのを待ち、光のパレードとショーも楽しみました。チューリップは、有機EL仕掛けの夜のチューリップもあります。この夜の写真は、オートではなくマニュアルです。Img_9211a


1日目はカミさんと一緒だったのですが、翌日は別れてカミさんは祐徳稲荷へ、小生は大村線経由で長崎へ。長崎は平和公園は行ったことはあるのですが、爆心地に行っていなかったことに気がつき、見残しているところを重点的に回るためです。雨の予報でしたが雨は落ちずに、ゆっくりと回れました。写真は、キハ66と長崎電軌の方が多くなりました(^_^;。

2017/03/17

再挑戦の「カシオペア」(4)

2017年2月19日(日)(つづき)

小樽市内を抜け、まず塩谷に行ってみることにする。さすがのAもこのあたりは撮影したことがないので土地勘がなく、駅の回りがどうなっているのかもわからない。レンタカーに付いているナビをセットしたら、山越えの道が表示された。雪の夜に知らない山道を越える気は無く、函館本線は国道5号線に沿っているはずなので、国道5号線を見つけて国道を走る。Img_86061a


塩谷の駅の近くで一応撮れそうなところを見つけ、ラッセルが普通列車と交換するはずの、一つ先の蘭島へ向かう。途中で簡単な食事ができるような店があったら入ろうと考えていたが、何もない。コンビニを見つけて、パンなどを仕入れる。Aは「今日の晩飯は、これでいいや。」と言いだしたので、巻き寿司も買う。これはホテルに帰ったから食べよう。Img_8608a


蘭島の手前に線路をオーバークロスする陸橋があり、これが使えそうだ。その陸橋の下あたりで、ちょうどやってきた各停を試し撮り、ISO6400、1/250でF2.8。さすがは最近のデジカメ、真っ暗でも撮れるものだ。Img_86161a


駅の駐車場に車を駐め、蘭島の駅へ。ラッセルが来るためか、この時間でも駅には人(おそらく保線区員)がいる。断ってホームに入り、やってきたDE15を撮影、複線型だ。何枚か撮っているうちに交換の各停到着、交換シーンも撮る。出発を撮ろうと思って前に回ったら、吐く息で眼鏡が曇っており、そこに4つのヘッドライトが反射して何も見えなくなる。カンでシャッタを切ったら本能的に光を外したと見え、見事に画面から外れていた。Img_86211a


Aは明日3時にホテルを一旦出て下りのラッセルを撮るつもりだが、小生はパスしてAが帰ってから一緒に出発することにした。Img_86241a

小樽泊。


2017年2月20日(月)

朝6時半に小樽を出発。Aは良い写真が撮れたそうだ。ところがここで小生は大ポカをやっており、JALの伊丹便が7:40出発なのを8:40と勘違いしていたのだ。本当はもう30分から1時間早く出なければいけなかったのだ。そうとは気がついていないAと小生、のんびり新千歳空港に向かう。新千歳空港で先に下ろしてもらい、Aはそれからレンタカーを返しに行く。小生は「当日シルバー割引」というのを使うつもりだが、どうやらこれは有人の発券カウンターに並ぶしかなさそうだ。

そこで発券カウンターに行ったら手荷物受付と一緒になっているため、長蛇の列である。仕方なしに「8:40に間に合うかな」と思いながら行列に並んでいたら、「7時40分発の伊丹行きのお客様はいらっしゃいませんか。」と係員が呼んでいる。時刻は7時過ぎ、ここで初めて小生は1時間間違えていたことに気がつく。次に係員が来たときに手を上げ、「乗れたら」と言ったら行列から引っ張り出された。「航空券はお持ちですか。まだですか。」そこでカウンターに向かい、「どなたか発券お願いします。」返事は「ごめん、手が離せない。」カウンター内も出発ラッシュで、手一杯なのだ。そこでチーフ級の方が現れ、「私がやるわ。」と端末を立ち上げる。「当日シルバー割引でございますね。16,000円でございます。お席のご希望はございますか。後方になりますが窓際も空いております。」とさすがベテラン、てきぱきと処理をした。行きが満席なので窓側の席が空いていることに驚いたが、平日と土曜日の違いかもしれない。

聞いたところ天候が悪化しており、午後からは運行見合わせになる可能性が高く、できるだけ朝の便で行ってもらおうとするための呼び出しだったそうだ。確かにJALの伊丹便は7:40の次は12:40だ。1時間間違えたドジが、悪天候のおかげで助かった。なお帰ってからわかったことだが、強風で羽田空港が一時運航見合わせになったようだ。

(完)

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