2018/09/18

山陰に行ってきました

2018年9月18日

山陰を回って、昨日帰ってきました。
15日(土)の夕方所用があったのでそちらに出かけ、そのまま19時発の「やくも」で米子へ。相棒のAは11時頃岡山に入り、レンタカーを借りて伯備線沿線を一人で撮影。20時過ぎに仕事を終えて東京からやってくるMをピックアップし、そのまま途中で仮眠しながら米子へ。16日(日)は、ホテルに泊まっていた小生を朝4時50分にたたき起こして一緒に伯備線の撮影へ。Aと一緒の時は日の出前出発、日暮れ後到着ですから、朝5時の出発はまだ良い方です。暗いときに撮るので、明るい固定焦点のレンズ(小生のは、50mmF1.8)が必須です。

今回の撮影対象は、先日の中国地方の大雨でまだ山陽本線が不通のため山陰線を迂回している貨物列車です。迂回貨物列車は一日1往復、それも6両編成(300t)で、山陽本線の通常の貨物列車(24両編成1200t)の1/4しかありません。ほとんどの貨物はトラックや船に移っているのですが、やはり鉄道で運びたいという荷物があるようです。積み替えのロスはありませんし、荷痛みも少ないです。ただ山陽本線の復旧工事も急ピッチで進んでいるので、この迂回貨物列車も9月一杯で運行終了です。Img_62921a


その1日1本の貨物列車を追いかけて、米子から山陰線沿いに津和野まで。津和野はさすがにAとMもホテルに泊まりました。翌17日は津和野を出発して今度は米子側へ追いかけ、途中大田市で上り下りが交換するので下り列車も撮り、伯備線に入ったところで終了、高速で岡山まで戻り、AとMは最終の新幹線で東京に帰りました。二人とも今日は朝から出勤しいています。タフだなあ。

昨日(17日)お昼頃雨に降られましたが、それ以外は天候に恵まれ、大収穫でした。写真はその迂回貨物列車、牽引機は4月に四日市で撮ったDD51です。

2018/08/20

南国土佐へ(5)

2018年7月20日(金)

天気、晴。今日も日差しが強い。当初の計画では今日はごめん・なはり線に1駅乗り、そこから大歩危まで行き、各停しか止まらない祖谷口で何本かの特急を撮って帰るつもりだった。ただ週明けの月曜日に行けば良いと言っても、それまでの連絡などは金曜日の今日にやっておかなければいけないこともあるので、なるべく早めの特急に変更し、帰ることにした。とは言っても、朝から電車を撮る時間くらいはある。Img_60721a


駅から来てはりまや橋交差点を右折して県庁まで行く系統は、ほとんど朝だけしか動かない。そして、日中は直交だけで、右折左折する電車は入庫車だけだ。入庫車は朝のラッシュが終わったときが一番多いので、せっかくの朝の時間は、交差点を曲がる電車を重点的に撮ることにする。例の交差点3本進入は、朝のダイヤでしか出現しない。Img_60521a


もう一つ気になっていたのが、とさでんの200型に、どう見ても家庭用のクーラーを積んだとしか思えない車両がいることだ。この200型、暑い高知でまだ非冷房車がいるくらいで、全車冷房ではない。その中の試作として、家庭用クーラーを一部改造して取り付けてあるようだ。電車の冷房機の標準品は3相440Vなので、直流電車に冷房機を取り付けようとすると、必ず電動発電機かインバータが必要である。小容量なら、440Vのインバータより200Vのものの方が安くて手軽なので、家庭用の200Vクーラーを一部改造して使っているのだろう。(追記:電源は単相100Vのようだ)なお3相200Vのクーラー(エアコン)は西日本では標準品で売っているが、東京では見たことがない。200型には、家庭用ではなく業務用のエアコンを改造取り付けしたのではないかと思える車両もいた。Img_59201a


写真を撮りながら駅まで来た。9時13分発の「南風」8号に間に合う時間だ。みどりの窓口に変更を申し込むと、元々が特急券2枚だったので、1枚変更、1枚払い戻しという扱いになった。差額金額はカードに入金、払戻手数料は現金払いである。帰ってから詳細計算したら、払戻手数料を入れて同額であった。Dscn2542a


指定席に乗ったが、多度津や丸亀からの乗車が多い。多度津行き/始発の「しおかぜ」に指定席が無いせいでもったいない話しだが、これも予讃線が復旧するまでの話しだ。しかし、とさでん交通は面白い。また行かねば。

(完)

2018/08/19

南国土佐へ(4)

2018年7月19日(木)(つづき)

無事制限時間内に窪川駅まで戻った。窪川も暑い。何か、底からあぶられるような暑さだ。高知市内の方が風がある分だけ、まだ良い。お昼を過ぎたが、窪川駅前には入れるような店はなく、昼食は持参の非常用ビスケット。やはりちょっと田舎に行くときには、非常食は準備しておかなければいけない。特急「あしずり」4号で高知に戻る。Dscn2531a


高知に着いて、高知も暑いが、高知城に行くことにする。路面電車をはりまや橋で乗り換え、高知城前へ。はりまや橋交差点は線路が直交している上に渡り線もあると書いたが、その渡り線、高知駅前から伊野方向へだけ複線になっている。他は単線でほぼ入庫専用だが、高知駅前からはりまや橋交差点を右折し、県庁前まで行く系統があるのは、後で知った。その渡り線に、電車が3本乗り入れる瞬間を撮った動画が、youtubeで話題になっている。電車を撮るのは、また後だ。Dscn2539a


公園を通って高知城へ。入口のところに板垣退助の銅像がある。小生たちの世代には「500円札」と言えば通じるが、今は知っている人が少なくなったであろう。高知城も戦国末期に造られた平山城なので、小高い山の上にある。松山城(四国と備中、どっちも)みたいに山の上ではないので、歩いて登ってみる。暑いが、心臓は平気だ。高知城の特徴は水はけ用の石樋で、雨が多い土地柄か石垣のあちこちに装備してある。天守閣に登るのは止めたが、それでも結構な高さだ。降りてきてあまりの暑さにたまらず、コンビニに飛び込んでアイスコーヒー。生き返った。Dscn2536a


事前に仕入れた情報によると、土佐電鉄、現在のとさでん交通の後免線と伊野線は一本に繋がっていて、中央部の高知市内は普通の路面電車のように複線で路面中央を走っているが、両端は単線で道路に沿った専用軌道のようだ。路面から専用軌道に変わるのは福井電鉄などでもあるが、道路に沿った専用軌道というのは古い地方私鉄に見られた形である。道路が拡幅され舗装されてきちんと整備されたのは最近だが、道路の開通自体は鉄道より古い。その道路の片側に併用軌道で線路を敷設したり、併行して専用軌道を敷設したりする手法がよく取られた。開通時は九州鉄道だった三角線も、その手法である。終点まで乗ってみたいが、まずは専用軌道に変わるあたりを目指して伊野方面に行って見る。Dscn2529a


伊野方面行きは道路の中央を複線で走るが、やがて鏡川橋で単線になり、道路の山側の端に移る。道路の幅は片側1.5車線といった感じで、完全な片側2車線ではない。そこの端と言うか、ほとんど山側半分を電車が走るので、逆走しているような感じだ。対向車はちゃんと海側に避けているが、慣れないと大変だろう。Img_60061a


そして朝倉駅前から専用軌道となる。このまま伊野まで行ってみたいのだが、何やら疲れて来たので引き返し、途中で見たイ○ンモールで休憩することにする。ちなみに、朝倉駅から高知駅までは土佐電で300円だが、JRなら320円かかる。やはり路面電車は庶民の足だ。今日は伊野側へ来たが、後免側も気になるところだ。運行形態から見て、複線なのは文珠通までであろう。どこから専用軌道になっているか。Img_59861a


帰りの電車でカメラはしまってのんびりしていたら、単線区間の交換場所でタブレット交換をしていた。しまった。このあたりはタブレット閉塞だったのだ。交換の模様を撮るんだった。とは思ったが、もう引き返す元気はなく、そのままイ○ンモールの中の食堂でおやつ休憩。暑いときは、無理はしない方が良い。歳も歳だし(^_^;。しかしとさでん交通、じっくり腰を据えて観察したい路線である。松山にも何回も通うことになってしまったが、また来たいものだ。もっと涼しいときに(^_^;。Img_59891a


たっぷり休憩してはりまや橋まで戻り、また少し撮影する。車両の中に自動連結器を装備したものがいるが、かつて土佐電鉄の安芸線(現土佐くろしお鉄道、ごめん・なはり線)が存在していた頃、軌道線から鉄道線への直通が走っており、その名残のようだ。安芸線廃止後も軌道線内で連結運転はあったらしいが、車庫が桟橋通に移った後、はりまや橋交差点を左折するときに直進車を止めている時間が長いため、取りやめになったそうだ。電車の左折の時に車も左折可にすれば、影響は少ないと思うのだが、それをやるには交差点の拡幅が必要なのだろう。Img_60361a


このはりまや橋交差点、駅から県庁方面に行く方向以外は、電車は直進と左折のみ可だ。県庁方面(伊野方面)からの入庫車は右折する必要があるが、どうやるのだろうと眺めてみた。すると一旦左折して駅方面に入り、そこで折り返して直進して交差点を横切り、車庫方面へ走って行った。電車はワンマンカーでミラーを装備しているが反対側にミラーをたたまないので、折り返しの動作が速い。Img_60421a


夕食は昨日と同じ店に入る。今日は鰹の塩たたき。結局たれと塩の両方を食べたが、塩の方が鰹本来の味がするようだ。鰹の差や、あぶりかたの差が出るかもしれない。

本来ならこれで終了なのだが、ホテルで風呂から出たとき、神奈川の警察から携帯に電話があった。義兄が死んだ、正確に言うと、死んでいるのが発見されたそうだ。詳細は省略するが、カミさんにも連絡し、急いで帰る必要は無いとのことだが、やっぱり予定は変更して帰ることにした。明日の大歩危は中止だ。

高知泊。
(つづく)

2018/08/17

南国土佐へ(3)

2018年7月19日(木)

天気晴れ。高知にはいつもの東横インはなく、西鉄インに泊まった。西鉄インは朝食は有料だが、さすが有料だけあって、たまごに野菜、パンも豊富で、きちんとした朝食である。こういう朝食は、ゆっくり食べないともったいない。Dscn2505a


8時20分発の特急「しまんと」1号に乗るために、高知駅へ向かう。朝から暑い。高知駅前に、維新の三英傑の像がある。昨夜気がついていたが、暗くて写真が撮れなかった。武市半平太、坂本龍馬、中岡慎太郎で、当然土佐出身の「三傑」で、普通に言う「維新の三傑」とは顔ぶれが違う。明治維新150年のせいか、こういう像が増えたような気がする。Dscn2506a


「しまんと」1号は高松始発で、中村行き。つい先日までは窪川止まりだったが、中村線は復旧したようだ。当然混雑しているが、一応座れた。高知を出たあと、伊野までの間の高知市内の駅にちょこちょこ停車するが、結構な数の乗客が下車する。通勤、通学のような乗客も見受けられるが、新幹線通勤ならぬ「特急通勤」もあるようだ。伊野を過ぎると、ずいぶん空いてくる。Dscn2508a


高知から窪川までは、高速バスとの競合区間ではないのか線路も1線スルー化はされておらず、駅通過の度に減速と加速を繰り返す。予讃線の方は宇和島まで線路の高速化がなされていたが、土讃線はかなり差がある。Dscn2522a


窪川で下車。中村線は第三セクターの土佐くろしお鉄道なので、ここで乗務員が交代する。土佐くろしお鉄道の駅舎は別で、バス会社(四万十交通)の営業所も兼ねている。土佐くろしお鉄道を1駅行った若井からはまたJR四国の予土線が別れているのだが、その予土線はまだ不通である。今日の目的地は海洋堂ミュージアムで、最寄り駅は予土線の打井川である。最寄り駅と言っても歩いて行ける距離ではなく、日曜日だけは打井川から連絡バスがある。ただホテルが日曜日を挟んだ日程では取れずに、バスはあきらめて窪川からタクシーにするつもりで、平日にした。ところが予土線が不通では、日曜日にしても同じ事だった。平日で正解である。Dscn2518a


窪川駅前に待機しているタクシーに海洋堂ミュージアムと言ったら、切符を持っているかと言う。何でも駅のみどりの窓口で「タクシー観光券」というのを売っていて、それが5280円。通常だと片道5000円はかかるところを貸切でその値段、その上に海洋堂ミュージアムの入場料も割引になるという。ただし制限時間が全体で2時間だそうだ。海洋堂ミュージアムだけだと長くても1時間くらいのものなので、早速駅に買いに行く。そして改めて、タクシー観光のスタートである。Dscn2509a


海洋堂は精密フィギュアの名門、と言うより、精密フィギュアというものを初めて造った会社と言って良いかもしれない。海洋堂自体は大阪だが、創業者の出身地が高知で、このとんでもないところ(廃校を利用したらしい)にミュージアムを造ったそうだ。出来てしばらくは、団体バスがたくさん来たり、定期バスも運行されていたそうだが、今は静かになっている。ただ川沿いの国道から折れてミュージアムまで行く路は狭く、ここを大型バスが走るのは大変そうだ。現在は大型バスはカッパ館に止めて、そこからはシャトルバスで行くようになっている。Dscn2513a


ミュージアムに団体割引料金で入る。中が写真撮影OKなのは楽しい。歴史をたどって、プラモ店時代から見ていくが、フィギュアになると造型師それぞれの個性が出た作品であり、どんな造型師がいるかで、会社の製品の方向性が決まっていくようだ。海洋堂は現在流行の美少女フィギュアに手を出していないが、アニメの2次元から3次元の美少女を起こすことが得意な造型師がいなかったからではないかと思う。海洋堂の作品で好きなのは根付サイズの精密フィギュアだが、これは実際に買って部屋に置くと埃が付いて大変なので、専用の整理ケース(量が増えると、整理ダンス)が必要となる。もうこれ以上ものは増やさない方針なので(本当は断捨離をやらなければいけないのだが、やらない)、買わない。Dscn2516a


ミュージアムには40分くらい居たが、タクシーは待っていてくれた。まっすぐ帰っても2時間には余裕があるので、途中の沈下橋に寄ってもらうことにした。沈下橋も、所定の観光コースに入っている。四万十川には47の沈下橋があるそうで、長い橋は下流の方にある。ここはかなり上流側なので橋の長さは短いが、立派な沈下橋である。タクシーは手前に止まっていてくれ、歩いて渡ってみる。2t社なら渡れそうな幅だが、欄干が全くないので、実際に運転して渡れと言われるとちょっと尻込みする。多分地元の人は、当たり前に渡っているのだろう。岡山や倉敷市内の柵や手すりが全くない用水路も、地元の当たり前、他所から見ると驚異である。Img_59661a


(つづく)

2018/08/16

南国土佐へ(2)

2018年7月18日(水)(つづき)Dscn2496a


高知に着いたが、「鉄」はしばらくお預けである。まずバスで桂浜へ向かう。高知駅前から桂浜までは路線バスで、30分以上かかる。1時間に1本だったが、ちょうど良い時刻のものがあった。路面電車と同じとさでん交通のバスである。土佐電鉄がとさでん交通になるにはいろいろあったようだが、電車もバスも、路線が維持されているだけでもありがたい。Dscn2494a


平日の真っ昼間なので乗客は少ないが、それでも貸し切り状態ではなく発車、街中を抜けると、淡々と走る。現在日本の路線バスは、整理券方式の区間運賃にほぼ統一されているが、このとさでんバス、区間運賃が切り替わる前に「運賃区界です」というアナウンスがある。そしてそこを過ぎると、「運賃表が変わりました」というアナウンスがある。「運賃が変わる1駅手前で降りよう」と考える人には、すごく便利なアナウンスだ。こういうアナウンスをするところを見ると、高知県人はケチなのだろうか?Dscn2495a


途中「南海中学校前」という気になる停留場を通過し、桂浜に着いた。結構乗りでがある。桂浜に着いたらやっぱり坂本龍馬の銅像を見てみたいが、小高い丘というか、ほとんど山の上にある。まだホテルに着いていないのでリュックの中身が重いが、山登りをする。心臓はなんともなかったが、暑い。そしてその山を越えて、桂浜へ。先日の西日本豪雨の影響か、海岸にはゴミに近い流木が多い。目の前は「おらんくの池」太平洋、こういうところで育ったら、やはり気宇壮大になるだろうと思える。Dscn2498a


再度山登りをしてバスターミナルに戻るが、ともかく暑い。バスの時間まで、まずは冷たいもの、それから「土佐ロール」なるロールケーキを食べる。結構うまい。バスでまた戻るが、ホテルは駅前ではなくはりまや橋交差点の近くなので、はりまや橋で降りる。そしてホテルにチェックインを済ませ、カメラだけを持って交差点に出る。Dscn2500a


はりまや橋はよさこい節に歌われた名所で、現在も観光のスポットになっているが、このはりまや橋交差点は「鉄」、特にトラムマニアの中では有名な場所である。路面電車の全盛期には、十字路で直交する路面電車というのは、銀座4丁目交差点を初めとして、あちこちにあった。しかし現在は路面電車自体が少なくなったので、直交する交差点はここだけになった。その上に、各方面に渡り線が設けられているので、模型でもここまではやらないだろうという配線になっている。なお路面電車と鉄道線との直交は、松山にある。四国は、電車が隆盛だ。Img_58881a


ここの交差点で撮影したかったのは、後免線と伊野線の方向幕で、それぞれひらがなで、「ごめん」「いの」と大書きしている。片方が「ごめん」と謝って、片方が「いの」(いいの)と許しているようだ。最近のLED方向幕でこれがどうなったのか気になっていたのだが、それぞれ「ごめん」「いの」とひらがなで大書きした方向版を前面に付けていた。30分ほど撮影したが、この交差点は車が多く、なかなか良いタイミングで撮れない。まあ、撮れるのは今日だけではない。Img_58651a


早めに夕食と思い、高知に来たからには鰹、と考えた。しかし商店街の中にある店は割烹風で、あまり財布に優しそうもない。駅まで歩くことにする。駅までの通りには、アンパンマンのキャラクターの石像があった。そう言えば、やなせたかし氏は高知の出身だった。駅前の居酒屋のチェーン店に「鰹たたき定食」というのがあったので、そこに入る。塩とたれ(ポン酢)があり、ポン酢の方にする。さすがに、うまい。暑かったから、ビールもうまい。Dscn2502a


一杯やって夕食も終わったところで、ホテルに戻る。今日は早じまい。
高知泊。
(つづく)

2018/08/15

南国土佐へ(1)

2018年7月18日(水)

小生は全国あちこち旅行に行っているのだが、なぜか高知県だけが足を踏み入れたことがない。それもあって、高知行きの旅行はいろいろ計画しているのだが、なにやかやで延期になったり中止になったりで、今日まで来た。やっと念願の南国土佐行きである。これで、足を踏み入れていないのは沖縄だけになる。Dscn2477a


先日の大雨で鉄道網はあちこち被害を受け、予讃線も鉄橋が流され、特急「しおかぜ」も途中がバス連絡になっている。幸い高知までは被害がなく、土讃線の特急は平常通りである。少しゆっくりした出発、岡山1105発の「南風」7号である。高知までは2時間40分、高知は松山より近い。土讃線は非電化なので、車両は2000系気動車、今日はアンパンマン列車だ。ただ大雨で車両のやりくりが大変になったのか、前3両だけがアンパンマン、1両は普通の車両である。なおさらに後に徳島行き「うずしお」が併結され、こちらは馬力アップのN2000系である。アンパンマン車両に乗るのは初めてだが、天上までアンパンマンが書いてある。子供は喜ぶだろう。Dscn2485a


今日の予想最高気温は、岡山が37℃、高知が34℃。ただ最高気温だけでは本当の暑さはわからず、岡山と広島を比較した場合、最高気温は岡山の方が高いが、温度が高い時間は広島の方が長い。日中の気温を積分した平均気温を出すと、また違う結果が出るだろう。

「南風」7号は、岡山を定刻に、50~60%の乗車率で発車する。岡山から高知までは、高速バスの方が速いのだ。高速バス対抗として2000系の量産車が登場したのは1990年で、もう28年も前になる。初めてこの2000系に乗ったときは、その加速の良さに驚いた。その快足ぶりとブレーキの効きの良さは28年経った今でも全く見劣りはしない。水回り(特に、トイレ)を中心に車内のリフレッシュ工事をやれば、もう10年は楽に使えるのではないだろうか。Dscn2480a


宇野線は一部複線で単線区間の方が多いが、茶屋町を過ぎて本四備讃線の区間になると高架複々線、2000系は快調に飛ばす。このあたりは、120km/hを出せる区間だ。児島で乗務員がJR西日本からJR四国に交代、JRになった当初は乗務員の相互乗り入れも行われていたが、国土交通省(当時は運輸省か?)の「指導」が入り、会社境界での乗務員交代が厳密になった。児島から先も地上区間は快走するが、橋の上に来ると騒音対策のために速度規制がかかる。橋の上には熱伸縮と橋のたわみとを吸収する伸縮自在継ぎ目があるが、この継ぎ目の上を通過するときは轟音となる。これでは速度規制も止む無しと思うが、これが高速道路との競争力を落としているのは間違いない。難しいところだ。Dscn2481a


丸亀で、指定席から大量の下車がある。多度津でも下車があり、また帰りでも多度津、丸亀で大量の乗車があった。これは、通常なら定員の多い「しおかぜ」に流れるところが、現在「しおかぜ」は多度津止まりで全車自由席のため、席を確保したい客が全部土讃線特急に流れてきているためだと思われる。多度津止まりの「しおかぜ」に指定席を設けても十分に利用客は見込めるということだが、指定席を設定するためのマルスのシステム変更は東京で行っているはずなので、何かと小回りがきかないのだろう。

予讃線の「しおかぜ」は現在多度津止まりだが、多度津に8000系と8600系が1本ずつ昼寝をしていた。岡山-多度津間は時刻変更を行っていないため、車両運用上は多度津での待ち時間がすごく多いダイヤになっている。なお、多度津-観音寺間に連絡バスが走っているが、完全な鉄道代行バスではないので、「目安」の接続列車はあるが、接続の保証はされていない。Dscn2484a


「南風」には社内販売は無いことになっているが、多度津から琴平までの短区間、ちょうどお昼の時間帯だが、車内販売が来た。事前の案内がないので、知っている人でないと利用しないだろう。多度津から土讃線に入るが、とたんに線路が悪くなる。そして琴平から本格的な山越えに入るが、カーブも勾配もものとせず、速い。これで高速バスより遅いのが、不思議だ。ただ大歩危を過ぎると駅の1線スルー化がされておらず、駅での減速が増え、これが土佐山田まで続く。と言うことは、大歩危-土佐山田間で高額な費用がかかる路線改良は行わなくても、駅配線の改良工事を行えばまだスピードアップができるということだ。土讃線は空気バネによる車体傾斜はあきらめ従来通りの制御付き振り子車で行くことになったので、新車の開発と一緒に、駅配線の改良工事もやってもらいたい。Dscn2489a


「南風」7号は定刻に、立派な高架の高知駅に着いた。
(つづく)

2018/07/18

高知にいます

高知に来ています。
岡山から松山へは、途中がバス連絡になっていますが、高知へは直行です。実は高知は初めて、「鉄」もですが、桂浜にも行って来ました。明日は海洋堂ミュージアムに行く予定です。

2018/06/14

名古屋界隈ぶらぶら記(6)

2018年4月2日(月)(つづき)

JR四日市から、一駅だがJR富田に移動する。富田は各停しか止まらないため列車本数が少なく、30分に1本だ。電車は名古屋周辺の標準車313系、番代が細かく別れているが、覚えきれない。Img_53691a


JR富田には、今は使われていない三岐鉄道のホームがある。立ち入りはできないが、隣のホームから眺めるとOkmポストが見える。三岐鉄道は、かつては国鉄連絡だったのだ。三岐鉄道のセメント列車がやってきたので、撮影。しかし今日も炭カル/フライアッシュ列車は1本運休のようだ。日中の炭カル列車が運行していると構内入換が見られるのだが、どうも日、月に来るとダメなようだ。やはり炭カル列車をメインに撮ろうと思ったら、貨物鉄道博物館と一緒に見ようなどとは考えずに、平日に来なければいけない。次は、あるかな?Img_53731a


セメント列車は、三岐鉄道のELが外れて代わりにJRのDD51が連結される。JR側は富田-四日市間の1駅間だけなので、同じ機が行ったり来たりしている。さっき撮ったDD511801だ。何と、後部標識も付けていない。ちゃんと8365列車という列車番号がある、れっきとした本線の「列車」だ。調べてみたら、貫通ブレーキ使用列車の場合は(今はほとんど全部の列車がそうだが)、昼間省略可能の規定があった。途中にトンネルもなく、何かあって(事故で途中で止められても)も夜にかかることはないというので、省略しているのだろう。Img_53751a


ドジなことに、貨物列車のダイヤを持ってくるのを忘れた。到着時刻と発車時刻はM君から聞いているが、富田を通過する貨物列車の時刻がわからず、適当にホームで待つ。本当は上り、下りに合わせてホームを移動した方が良いのだが、リュックも重いので無精を決め込む。ただ油断していて、DF200は撮り損なった。DF200はこれから増えるだろうから、後でも撮れる(色が変わったりして(^_^;)。Img_53801a


貨物列車が中線に入ってくれると、撮りやすい。重量物用のコキ200にタンクコンテナを積んでいたが、このタンク、JR規格ではなく海上コンテナだ。ただJR線を輸送するため、規格通りの危険物表示は行ってある。海上コンテナは総重量表示が端面なので、列車に積まれると見づらい。延岡で見た黄色いタンクコンテナは、どちらの規格だったのだろう。しかし名古屋界隈は、DD51もDE0も、更新色だらけだ。Img_53781a


これが旅客列車所属の機関車、JR海は機関車を持っていないので例えばJR西なら、国鉄色だったのに、と思う。EF65やEF64は入場の度に国鉄色への復元が始まったが、DD51は入場自体が終了してしまったため、JR貨物所属の国鉄色DD51はもう現れない。DD51が見られるだけまだ良い、と思わなければいけない。Img_53871a


JR富田の駅前にはそれこそ自動販売機も含め何も無いが、なぜか裏口に相当する口を出てすぐのところにイオンモールがある。全く場違いな感じだ。とは言え、そろそろきちんとしたところで(駅のベンチなどではなく)昼食を食べたくなったので、イオンモールに入る。中に入ると、サ○ゼリヤがあった。これは助かる。昨日もそうだったが、リュックが重いせいで、午後になると腰が痛くなってくるのだ。ゆっくり食事とコーヒー、ドリンクバーはありがたい。Img_53921a


食事が終わってまた富田駅に戻ったが、炭カル列車はウヤだし、セメント列車を引くDD51も同じ機番だし、そろそろ撤収にかかる。30分に1本の各停で、名古屋に戻る。なお四日市からだと快速も使えるが、快速「みえ」は日中2両編成なので、四日市からだと座れないことも多い。四日市からなら、やはり近鉄だ。名古屋からは「のぞみ」で岡山へ。この旅行、収穫は多かった。

(完)

2018/06/13

名古屋界隈ぶらぶら記(5)

2018年4月2日(月)

天気、晴。
ホテルは近鉄四日市の近くだったので、JR四日市駅まで歩く。ホテルや商店などは近鉄四日市駅の近くにあり、JR四日市駅近くは何も無い。JR四日市駅へ向かう道路はさすがに広く、かつては国鉄四日市駅がメインだったと思わせる。Img_52941a
JR四日市駅は、もう何回も来ているが、建物は立派だ。しかし中身は案内所、売店も含め、全部閉鎖。広い待合室が自転車置き場になっている。いかにも「寂れた」という感じがする。かつては急行「伊勢」や関西線経由の「大和」などが発着したが、今は昔である。なおかつての長距離急行の列車名は旧国名のものが多く、同じ名前を持つ旧帝国海軍の戦艦、巡洋艦が多い。現在は列車本数は、断然近鉄の方が多い。しかし運賃だけは、珍しくJRの方が安い。Img_52971a

JR四日市に着いて少し名古屋側へ歩くと、線路際に出る。四日市の構内もよく見える。四日市駅には、いつも何らかのDLが止まっている。関西本線は側線はおろか中線も電化されていないので、DLの独壇場である。旅客列車も、伊勢方面が非電化のためにDCも多い。この電化、四日市-名古屋間だけでも近鉄に対抗したいという意思の表れであろう。Img_53141a

四日市駅の南には、かつて撮影した末広可動橋を経由する貨物線があり、北側には石油基地がある。どちらも四日市の構内運転の扱いなので、機関車に誘導員が乗り、標識灯を1灯点灯させた状態で走る。ただ列車編成は長く、石油タンク車は16両編成だ。構内運転のDE10はA寒地仕様の旋回窓付だ。名古屋界隈は暖地仕様なので、どこか北の方から移ってきたのだろう。国鉄時代は車両の高域配転が行われていたが、JRになってから全国組織はJR貨物だけになった。従って高域配転は、貨物用機関車だけである。Img_53251a

昨日三岐鉄道で見たセメント列車がやってきた。16両編成、880tである。これから末広可動橋を渡り、太平洋セメントの配送基地まで行く。要は工場から配送基地までの、社内連絡列車だ。頻繁に走ってくれるから、写真を撮る方としてはありがたい。牽引機はDD511801、トップナンバーのようだが1800番代はなく、899の続きで900番代を避けただけである。1800で良かったと思うのだがなぜか0番を避けた。余談だが、DD51は799の次も1001に飛んでいるが、キハ58は799の次はやはり800番代を避けて1000番代に飛んでいるものの、1000から始まっている。Img_53551a

四日市に石油基地があるため石油タンク車も走っているが、最近の石油タンク車は重量級でタキ1000は1両62tもあるため、長編成になるとDD51は重連になる。石油需要の多い冬場は重連が多いが、この時期は単機牽引も増える。それでもまだ重連の列車があり、その時刻は例のM君から聞いてきた。あまり良い場所とは言えないが、ともかく撮影。先頭の1146はA寒地仕様、かつて北海道にいた機だ(カマと書くのは、抵抗がある)。古い写真を探したら、出てくるかもしれない。

(つづく)

2018/06/12

名古屋界隈ぶらぶら記(4)

2018年4月1日(日)(つづき)

今回のこの旅行は一人で来ていたのだが、前回四国に行ったときに「4月1日に貨物博物館に行く。」と言ったらT大生のMくんが「私も行きます。」ということになった。貨物鉄道博物館で合流し、お昼前から一緒に行動する。彼の方がこのあたりは詳しいので、いわゆる定番の撮影地に連れて行ってもらう。Img_51941a午前中小生が撮ったところよりかなり先で駅からかなり歩くが、上り列車が主体、少し動けば下り列車も撮れる、というポイントだ。ここで上りのセメントタキと、下りの炭カルホキを撮る。教は昼間の炭カル列車の502,503列車が運休なので、撮影可能な炭カル列車はこれと、夕方の1本だけだ。やはり日曜日は運休が多い。なお炭カルと書いているが、上り列車(富田行き)の中身は炭カルだが、下り列車の中身はフライアッシュである。Img_52061a

またセメントタキと炭カルホキと書いたが、実は粉体用タンク車(タキ)と密閉式有蓋ホッパ車(ホキ)は、構造上全く同じである。何でタキ1900がホキでなくタキになったのかは不明だが、丸胴で丸い鏡板を持っているため、タキに分類されたのかもしれない。Img_52151a

丹生川のあたりには、コンビニなどはない。そのため小生は非常用のビスケットを持ってきており、一旦丹生川駅に戻って自動販売機のコーヒーと合わせて昼食にする。M君は「抜き」のつもりだったそうだが、小生は予備のビスケットも持ってきていたので、それを提供する。若いときに無茶な食生活をしていると、40過ぎてたたるぞ。Img_52331a

今日は502,503列車が運休で時間が空くため、東藤原まで行ってみることにする。三岐鉄道の列車はワンマンカーだが、各駅に駅員がいるため、ドアは全部開く。そのため停車時間は、短い。貨物列車が多く列車密度が高いため、各停が駅でもたもたすることを嫌うのだろう。駅員も早朝深夜は不在になるが、その時は車掌が乗務するようだ。このやり方も一つの方法である。Img_52361a

東藤原はELが入換をやる場所、特に突方をやる場所として有名であるが、今日は日中の炭カル列車が運休のため、ELは奥でパンタを下ろしてお昼寝中。セメント列車はやってくるが、こちらは16両の固定編成で、貨車の点検の時に抜き取るとき以外は入換をやらないようだ。最も到着すると今度はセメント工場に貨車を押し込むために機回りをするので、ELは構内を動き回っている。誘導員が乗っているせいか、構内運転の速度が速い。Img_52631a

ここまで来たので、終点の西藤原にも行ってみる。東藤原を出とすぐに太平洋セメントの工場がある。セメント積み込み用の引き込み線があるが、地形に高低差があるので、高い高架の上にセメントタキが並んでいる。ちょっとシュールだ。西藤原にも、古い機関車などが展示されている。Img_52691a

そこから再度丹生川に引き返し、歩くのがいやになったので駅の近くで貨物を撮る。そのあたりでM君と別れ、小生は四日市に向かう。M君は今夜の夜行で帰京だ。

四日市泊。
(つづく)

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