2019/01/14

東京から帰ってきました

2019年1月14日

東京から帰ってきました。去年は秋に上京しているので久しぶりではないのですが、改めて町田界隈の印象。田園都市線のホームドアが、ほとんど出来上がった(市が尾から渋谷より)。町田のベックスが全面禁煙になり、中の様子が変わった。神奈中バスが、ほとんどオリンピック協賛の白ナンバーになった。横浜線の乗り心地が良くなり、田園都市線との遜色がなくなった(これは数年前から)。その他東京全般の印象として、相変わらずエスカレーターを駆け上がり、駆け下りている。岡山ではデパートやショッピングセンターの中では、完全に2列になりました。

今日は横浜へ出ました。横浜では今日が成人式だったようですが、岡山では昨日(13日)だったそうです。気になって年齢を調べたら、まだ20歳なんですね。成人が18歳になるのは、2022年からでした。ついでに対象者を見たら、最近は学年の区切りできるんですね。つまり、早生まれは19歳です。小生の頃は熊本の小生の田舎は学年で切ったのですが、東京は1月15日で切っていたため、その途中で住民票を移すと、早生まれは成人式がなくなりました。小生もそのタイミングで東京から熊本に住民票を移したため、小生には成人式の案内は来ませんでした。別に出たいとも思いませんでしたが。

2019/01/11

東京に来ています

2019年1月11日

東京に来ています。いくつかのグループで、新年会です。
まだ北陸新幹線(長野以遠)に乗ったことがなかったので、さくら→サンダーバード→かがやき、と乗り継いできました。新規開業の新幹線はどこもそうですが、トンネルだらけです。JR東海系とJR東日本系の新幹線の内装の違いがはっきり出て、面白かったです。
そのうち、詳しくまとめます。

2019/01/09

岡山県立図書館で鉄道車両色見本帳公開

2019年1月9日18071601a


昨年8月に、岡山県立図書館に「鉄道車両色見本帳」を寄贈しましたが、それがやっと一般公開されました。「寄贈の本が多く、てんてこ舞い」というのは聞かされていたのですが、ずいぶん時間がかかりました。

県立図書館の利用者に鉄道ファンは多く、鉄道雑誌の新刊が出た頃には取り合いになり、「RMライブラリー」も新しいのが入るとすぐに貸し出されています。さて、誰か読んでいるところに出くわすかな?

2019/01/08

確定申告の準備

2019年1月8日

義兄が住んでいた神奈川のボロ家(ボロマンション)は売却したため、今回の確定申告では、カミさんの確定申告をしなければいけないと思っていました。こういう売却益(譲渡所得)は基礎控除がないため、わずかな金額でも申告しなければいけないんですね。ただそれだけでは済まなそうなので、税務署の電話相談センターに電話をかけて聞いてみました。

聞いた内容というのは、わずかとは言っても150万円を超えているため、扶養家族(配偶者控除)の取り扱いがどうなるかということです。やっぱり心配していた通りで、カミさんは譲渡所得を確定申告し、小生の確定申告ではカミさんを扶養家族から外して申告する、というものでした。これで市民税、保険料など、全部変わってきます。

譲渡所得には、必要経費が認められています。そこで片付け費用が経費として認められるか、聞いてみました。これはケースバイケースだそうです。ここで具体的な話になり、マンションだと言ったところ、「相続前、いつ頃いくらでお買いになったのですか?」「20年前○○万円です。」「あ、それだったら税金はかかりませんよ。減価償却を計算するまでもありません。確定申告も、不要です。税務署から電話はかかってくるでしょうが、その時に購入価格を説明してください。」とんでもないどんでん返しになりました。

税務署から「税金はかからない。」と言われたので間違いないのですが、小生の方が購入価格と時期を間違えていました。20年前ではなく30年前で、価格も1.5倍くらい高かったです。30年前の平成元年と言ったらちょうどバブルの真っ盛り、東京都内からの買い換えで買ったので買えたのですが、良い値段していましたねえ。

30年前に買ったときの値段だと当然今回の売値より高いのですが、土地代はそのまま使えるのものの、建物は減価償却分を差し引かねばなりません。ところが領収書は合算で、土地と建物の金額の区別が付きません。そこであちこち調べたら、三井のリハウスのホームページに、マンションを売却したときの減価償却の計算方法と、標準建築単価による建物代の計算方法が詳しく載っていました。ついでにそこには、「譲渡所得がマイナスになった場合でも、譲渡所得の内訳書は提出した方が良い。」と書いてありました。小生は毎年確定申告(内容は、還付請求)をしていますので、一緒に付けて出すことにします。

そこで国税庁のホームページから譲渡所得の内訳書の用紙をダウンロードし、その内訳書に基づいて計算していったら、計算上は大幅な譲渡損失が出ました。心配になったので、三井のリハウスには知り合いの営業マンがいるので相談できる税理士さんを紹介してもらい、そこに電話して計算方法を確認しました。OKでした。やれやれ。

昨年分の医療費はもう集計が終わっているので、あとは昨年分の年金の源泉徴収票が送られてきた時点で、また国税庁マクロで計算すれば、確定申告は出来上がりです。これで交通費や宿泊費など、いろいろかかった費用の分が回収できますが、カミさんが1年だけでも扶養から外れるといろいろ面倒なことが起こるので、それがないことが何よりです。また還付請求だけだと早めの郵送ができるので、心臓の手術の時期との兼ね合いを気にすることもありません。これも、やれやれです。

2019/01/07

NHK大河ドラマ「いだてん」

2019年1月7日

NHKの今年の大河ドラマの主人公の一人は金栗四三氏ですが、読みは「かなくりしそう」です。小生も熊本ですが、てっきり「かなぐりしぞう」だと思っていました。いや、熊本弁の自然な発音だったら、「かなぐりしぞう」なんです。一般に東日本が濁って西日本が濁らないと言われていますが、熊本に関して言うと、地名と人名は発音が違うんです。

例えば平原、平原綾香のせいで「ひらはら」という発音が一般的になりましたが、熊本では、これが人名だと「ひらはら」ですが、地名だと「ひらばる」です。他にも、地名は田原坂「たばるざか」で、人名だと田原さん「たはらさん」です。

これから先は想像なのですが、昔律令制度ができた頃、肥後では地名も人名も「たばる」と読んでいたのが、都から役人が来たら京風の発音で名前を呼ぶので、人名だけは都風に「たはら」と読むようになった、というものです。「原」だけではなく、他も清音が都風ですね。高校の頃、小生は熊本のなかでも市内でなく田舎者だったので、桑原さんを「くわばらさん」と呼んで怒られていました。なお宮﨑(日向)は京風に合わせなかったのか、地名も人名も「ばる」です。そうですよね、東国原さん。

大河ドラマが始まる前に「見所紹介」みたいな番組がありましたが、そこで「金栗足袋」なるものが紹介されていました。足袋の裏にゴム底を付けたもので、言わば地下足袋のランニングシューズ版です。これは明治か大正になった頃の話ですが、小生が小学生の頃(昭和30年代初期)は、運動会で走るときは「裸足足袋」なるものを履いていました。足袋の底がキャンバス地みたいなものになっており、こはぜ止めではなくゴムだったように思います。この裸足足袋、絶滅種かと思っていたら、お祭り用に今でも売っているんですね。おそらくこれは、「金栗足袋」の前の手作りの厚底足袋(これでオリンピックで走った)の直系の流れを汲むものですね。

大河ドラマ「いだてん」の初回は、昭和34年(1959年)から始まっていますが、まちを走る車はその当時のものをよく集めてきています。トヨタ(当時はトヨペット)のクラウン、マツダのオート3輪など。ただし出てくる東京都電はいけません。ダブルポールの単車など、明治のものです。東京都電は現在も存続しているので、ちょっと調べれば昭和34年頃の車両はすぐに出てきて、各地に保存してある車体から合成映像は作れたはずです。NHKにしては珍しい怠慢ですね。

2019/01/04

岡山神社とパソコン引き取り

2019年1月4日19010401a


三が日が過ぎ、医院が営業再開ではなく開院したところで、眼科に行ってきました。角膜周辺部潰瘍、完治です。やっぱり2週間でした。先生、「これで2年間安心かしら。」今年は割り込みでいろいろありそうなので、どうなるかです。ついでに、中近両用眼鏡が何となく見づらくなってきたので、相談してみました。「遠視だからねえ。10cmずれると、ピントが合わなくなるのよ。」テレビが一番見づらいのですが、読書時には中近を使っているし、しばらくはこのままで我慢します。19010402a


その後、岡山神社に行って来ました。初詣は自宅近くの氏神様に行っているので、どちらかと言うと観光です。ここの呼び物は、毎年恒例の大絵馬。今年の亥は、立体的でした。この岡山神社からは、岡山城がきれいに見えます。写真は電線が邪魔ですね。19010403a


夕方、取りに来た郵便局員さんにパソコンを引き渡して、パソコン(7機)の廃棄処理は終了。午前中中央郵便局に電話したら、当日に引き取りに来てくれました。リサイクルマークの付いているパソコンは購入代金にリサイクルまでの料金が入っているので、送料も含めて無料です。

2018/12/31

昔の大晦日

2018年12月31日

年の瀬と言っても、いつもと変わることはありません。逆に今年は年賀状はないし、年明けにやることが山積しているので、落ち着きません。玄関ドア横の松飾りは飾りました。おせちは塩分制限もあって、そろそろ買うのを止めようかとも思っていたのですが、止めると食事の支度が大変だというカミさんの意見で、継続することにしました。お餅だけは毎年あまるので、止めました。そろそろ歳も歳だし、喉に詰まる危険を避けた方が良いかもしれません。

大晦日の年越しそばですが、これは小生は夕食とは別に夜食で食べるものだと思っていたのに対し、カミさんの実家では夕食がおそばだったそうです。大掃除や正月の準備で夕食の準備をする時間がなく、そば屋から出前でおそばを取って夕食にしていたそうです。年越しそばとはそういうものだと主張するカミさんに対し、歴史と経験から夜食を主張する小生とは、未だに意見があっていません。ただ結婚後は、年越しそば自体を食べていません。夜食は、最近は健康のために夜食を止めていますが、ケーキでした。

昔、昭和30年代の小生の実家は、酒の卸屋をやっていたこともあって、大晦日は戦争でした。まだ盆暮れ払いを通している小売店もあり、現金も1千万以上入ってきていました。夜11時過ぎに追加注文で満載のトラックが出発したりもしていました。そのため食事も、いつもの夕食は家族と住み込みの従業員(女性)分なのですが、大晦日だけは男衆の分も用意し、そのためカレーと決まっていました。夕方6時頃、手の空いた人から順次食べに来るわけです。そのため一升炊きの電気釜が、2回転していました。夜9時頃は、夜食で年越しそばの準備ができていました。時間がなく、カレーとそばと、一緒に食べる人もいました。

外回りのトラックが全部戻って来るのは12時を回っていて、つまり年は明けていて、それからトラックを洗車して松飾りを付けて、車庫入れ。事務の女性陣はそれから計算して決算ですから、明け方までかかります。その間親父はと言うと、もらったお歳暮を従業員にお裾分けするための仕分けです。年功や地位に応じて仕分けるのが、楽しみみたいでした。これは31日に帰るときに手渡します。

決算作業を終えた住み込みの女性陣は、そのまま徹夜で今度は自分の身支度をし「よそ行き」を来て朝から新年の挨拶をしたら、親父からもらったおみやげそのままつかの間の帰郷です。まあ、3丁目の夕日の世界ですね。

この時小生は何をしていたかというと、大学に入って運転免許を取ってからはちゃんとした戦力で、トラックに乗っていました。中高時代が一番居場所がなかったですね。勉強していたら怒られるし、バイクにも乗れないし力もないので手伝いに行ってもあまり役に立たないのですが、ぼうっとしているともっと怒られるので何となくお店にいました。サラリーマン家庭のカミさんも、ピアノの練習をしていて怒られた、と言っていましたから、忙しそうにしていないと怒られるのは、お店だけではなかったのでしょう。後で姉の友人の魚屋の娘さんが、「前掛けをかけて、適当にそのあたりを急ぎ足で歩いていると、怒られないですむ。」と秘訣を教えてくれました。今はもう、こういうことはないでしょうね。

と、昔話をしたところで2018年も終わりです。皆様、良いお年を!

2018/12/25

第9のBD

2018年12月25日

日曜日(23日)に第9のBDと写真が送られてきていたのですが、写真は見たもののBDは時間がなく、今日見ました。
去年はDVDだったので、DVDとBDの違いかどうかはわかりませんが、今年のものはシンフォニーホールへ入場するところから始まる前置き付きです。

会場内は、カメラ2台で、それもズーミングによる切り替え付き。今年がなのかBDだからなのか、凝っています。合唱団が入場するところから始まっていますが、小生は姿勢が悪い!猫背ではありませんが、首を前に突き出しすぎです。80代ならともかく、60代(あと2ヶ月ですが(^_^;)でこの姿勢はない。遠近両用眼鏡で足元の悪いところを歩くと、こういう姿勢になるか、極端に顎を引いた姿勢になるのですが、首を前に出した方が楽なので、こういう姿勢が癖になってしまったようです。東京にいた頃の行きつけの整形外科の先生が見たら、怒られます。座っているときの姿勢は、小生は前傾姿勢を取っていたのですが、画面では見た目はわかりませんね。しめしめ。

第3楽章まで、いや第4楽章前半までの演奏、良いです。BDはDVDと比べて、メディアの性能ではなく製作したところの編集の違いでしょうが、明らかに音が良いです。コントラバスの低音も、良く聞こえます。岡フィルは以前と比べて、本当にアンサンブルが良くなったと思います。

問題の第4楽章の後半、思ったほど悪くないです。それどころか、「これもあり、結構良い」とさえ思えます。極端かと思われた強弱の付け方も、会場で聞くと丸くなるのかそれとも録音で丸くなったのか、違和感がありません。歌っていてタメの作りすぎかと思った部分も、そんなに違和感はないです。合唱最初のFreude!は音程めちゃくちゃの叫びですが、それ以外は結構ぶつ切りで歌ったのに、「オーケストラが入るとレガートに聞こえる。」とホリヤンが言ったのは本当でしたね。ただ聞き直してみたら、アラがわかります。小生は、やっぱりレガートで歌いたいですね。

男声はと言うかテノールは、今年は特に声の大きい人もいたため、声が良く出ていました。4声の合唱部分でもテノールはちゃんと聞こえていました。男声合唱の部分ではテノールソロを完全に消していましたが、あれで良いんでしょうか?今回のカメラワークではアップも多く、女声の方が情感たっぷりと歌われているのに、小生も含め男声は何か面白くなさそうに歌っていました。「最後の部分は歓喜の歌なんだから、にこやかな表情で。」と言われていたのですが、全くなっていないです。表情は声質に出ますが、どうだったんでしょう。

入退場の仕方と立ち方は事前に練習したのですが、最後に拍手を受けるとき、特に合唱団が拍手を受けるときにはどうするかについては、全く指示がありませんでしたから、ばらばらですね。ホリヤンが出てきたときは「頭を下げろ!」と身振りで指示したので頭を下げましたが、これもばらばらです。小生は、最初に秋山先生が合唱団を指したときに、全員拍手は止めて頭を下げるべきではないかな、と思っています。まあこういうところがプロではない市民合唱団ではありますが。

来年、あるかな?1月の入院の結果次第で、来年のスケジュールはすべてそれからです。

2018/12/20

入院前の書類の準備

2018年12月20日

1月の検査入院に備え、入院時に提出するようにと言われた書類を書いていますが、これが大変です。まずは保証人や連絡先など。保証人は勝手に二男にしました。これは手術の時は岡山に土地勘がある二男を呼ぶようにしているので、保証人からそっちです。この保証人なるもの、「同一生計、同一住所でない人」という指定です。

この保証人制度、賃貸住宅を借りるときもそうですが、いい加減になくならないものかと思っています。ところが、東京都の病院でも92%が保証人を必要としているそうですから(元ネタはNHK)、しばらくはなくならないようですね。こういうものは東京から離れるほど旧態依然ですから、岡山では向こう10年はなくならないでしょう。

ところが驚いたのは仙台です。以前(2012年頃)仙台で賃貸住宅を借りたときには保証会社との契約で連帯保証人が要らず、びっりしました。今回も検索したら、入院時の保証会社が引っかかりました。ところがこれも仙台市です。この話、以前(おそらく3年くらい前)ここで書いたような記憶がありますが、未だに変わりはないようですね。これから先、日本はどんどん身寄りのない一人暮らしが増えて行くというのに、どうするつもりなんでしょう。なおこれは東京での話なので他のところはどうだかわかりませんが、手術の時の立ち会いは「友人」でも良いようです。多分手術前に委任状を書かされるのでしょうけど。

追記です。↑の入院保証会社の話、2014年9月10日の記事でした。ホームページの方にもあります。

それから連絡先。「必ず連絡の付く方を3名書いて下さい。」病院というところは、常に元気な家族が家にいるものと考えている、といわれたのは元慶応の米沢富美子先生でしたが、大体いきなり電話して「必ず連絡の付く人」がいるものですか。今はセキュリティの厳しいところは私用の携帯電話は職場に持ち込めませんから、必ず連絡を取りたいと思ったら、「何月何日の何時から何時まで、待機しておいてください」と事前に言っておかなければなりません。実際には、今回は単なる検査だし、突発事態があったらかみさんが来るしかないしで、適当にカミさんと子供二人の電話番号を書いておきました。手術の時は、どうせ待機です。

病室のカーテンは、相変わらず「常に開けておくように」ですね。従って、また個室です。この件は3年前に書きましたが(その時に書いた内容は、小生のホームページにもあります)、カーテンを閉めるという行為は、精神的なバリヤでもあるんですね。仮に患者の具合が悪くて看護師さんがカーテンを閉めた場合、これは病院の権威で「無断立ち入り禁止」の線を引いたことと同義です。常に開けろというのは、この病院の権威の放棄でもあります。そうすると逃げる場がなくなり隣人への過干渉が容認され、病室を取り仕切る人間が出てきて、良く言えば部屋長、悪く言えば牢名主が出てくるわけです。

大昔(50年近く昔です)の結核療養所など、「患者の自治」とか言って牢名主の支配を容認していたので、大変でした。小生はそういう集団に溶け込むことは苦手で、リンチにこそ遭いませんでしたが、村八分には遭いました。カーテン開けっ放し義務の大部屋では、患者間の暴力行為や自殺が出る危険性があることを、病院側は認識すべきです。

2018/12/18

大腸の内視鏡検査、何事も無し

2018年12月18日

大腸の内視鏡検査を受けてきました。
大腸の内視鏡検査をやるときは、前日の晩に下剤を飲まされます。小生はこの下剤が効きすぎ、脂汗を流す七転八倒になったことがあったので、いつも量を減らしてもらっていました。東京にいたときは3/4、岡山に来てからは半分です。

ところが、七転八倒からはだいぶ時間がかかったせいか今回は下剤の効きが悪く、朝目を覚ましたもののお腹がぐるぐる言うだけでトイレに行きたくはならず、結局トイレ(大)に行ったのは、例に2リットルの洗浄剤を飲み始めるちょっと前でした。それもいつもと同じ量でした。

そのせいか、洗浄剤を飲んでも便(と言っても、液体)がすっきり透明にならず、最後まで何かかすが残ったような感じでした。洗濯なら、もう1回すすぎをかけたくなる感じです。これは次回からは、下剤は通常量の方が良いですね。忘れないように、ここに書いておきます。最も最近は、書いたことすら忘れますが(^_^;。

検査結果は、珍しく何も無し。かすが残ったことは検査前に看護師さんに言いましたが、こっちも何事もなかったです。指摘されたのは、軽い痔くらいです。大腸の内視鏡検査で何事もなかったのは、何年ぶりでしょう。確か2013年あたりではないかと思ったので、そうなると5年ぶりですね。従って来年の大腸内視鏡検査は、パスです。

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