2018/08/13

今年も写真展に出品します(しかも2点)

2018年8月13日

今年も、写真展に出品します。2018002a

今年の写真展の会期は10月25日から30日までの6日間、例年より1日短いです。これは会場が変更になったせいで、会場は例年の四ッ谷ではなく、池袋の藤久ビル東五号館14階にある、ギャラリー路草の「路」の方です。藤久ビル東五号館と言ってもピンと来ないかもしれませんが、電車のある丸善のビル、と言った方がわかりやすいかもしれません。

会場が例年より広くなったせいで、今年は追加で2点目の募集もありました。いつもは、一人1点限定です。それで古い写真のネガをスキャンしたものを送って、「これで使えたら使ってくれ」と言って出したら、それも採用になったので、今年は2展の出品です。参加費が2倍になると気がついたのは、請求書が来てからでした(笑)。

皆様のお越しを、お待ちします。小生も、土日に合わせて上京します。

2018/08/09

ポーラ美術館コレクション展

2018年8月9日

気分を変えて、岡山県立美術館で行われている、ポーラ美術館コレクション展に行ってきました。副題は、「モネ、ルノワールからピカソまで」。18080908a


箱根のポーラ美術館は良い場所にあるのですが、何せ遠く、公共交通機関で行こうと思ったら、小田原か箱根湯本から美術館行きの直通バスに乗るしかありません。東京から行ったら、一日掛かりの旅行になってしまいます。箱根に旅行に行くときに合わせて組み合わせる場所なんでしょうが。それが岡山に引っ越し展示をやってくれるのですから、ありがたいです。料金も岡山の方が安いし(シニア料金で、箱根1.6K、岡山1.1K)。

展示は年代順に、1.印象派の誕生:モネとルノアール、2.色彩の会報:セザンヌからフォーブへ、3.造形の冒険:ピカソとブラック、と3部に別れていて、そのうちの第1部印象派は写真撮影可能です。最近、こういう一部撮影可能の展覧会が増えました。フラッシュをたかなければ、デジカメ/スマホで撮る分には絵は傷みませんしね。他だ小生のコンデジは、暗くなると勝手に測距用LED(緑色)が光るので、要注意です。18080904a


今回の目玉、看板娘はルノアールの「レースの帽子の少女」。展覧会のポスターにも使われています。さすがに良いですね。そうそう。「鉄」としては、モネの「サン・ラザール駅の線路」も押さえておかねばいけません。印象派の時代は鉄道は格好の題材だったのか、その他にもモネの「貨物列車」、シスレーの「セーヴルの跨線橋」、などあります。18080910a


セザンヌから後の時代になると小生の趣味の範囲から外れてきますが、気になったのがデュフィの「五重奏」です。ヴァイオリンかヴィオラが合わせて4本、チェロが1本の編成だったので、おそらくヴァイオリン2本、ヴィオラ2本、チェロ1本の五重奏でしょうが、そういう編成の曲があるかと思って調べたら、いやたくさんありました。小生はあまり弦楽四重奏の演奏会には行かないので、このあたりの知識は抜けています。

帰りの電車は、夏らしい「風鈴電車」でした。

2018/08/07

この2週間(3)

7月30日(月)
銀行へ行って税金の支払い。延滞金額は日々増加するので、電話で確認するよう窓口に依頼する。少し待たされたが確認が取れ、最終的な支払額がわかる。印刷してある支払い通知書の合計金額から、2K円ほど増えていた。

今度は小生の長姉から、連れ合いが倒れたとの連絡あり。ICUに入っているが、幸い命に別状はなく、手術もしないで済みそうだとのこと。死んだ兄貴にかかり切りになって、生きている姉貴を放っておくわけにもいかないが、大丈夫そうなのでしばらく静観。いくら「修羅場の南海」とは言え、二つ同時並行はたまらん。

7月31日(火)
カミさんがこちらではまだ実印の登録をやっていなかったので、印鑑登録に行く。ところがカミさんは顔写真の付いた身分証明書を持っていないので(断固として作らない)、印鑑登録証は即日発行は出来ず、郵送されてきた書類を持って再度役所に行くことになる。不便だと思うが、当人に言わせると、数年に一度しかないことだから、これくらいの手間は何でも無いとのこと。コンビニで印鑑証明が取れる小生とは、大違いだ。
午後の新幹線で出発。桃太郎の祭り寿司は、品切れだった。

8月1日(水)
マンションを一部片付け。見積もりの時からあまり変更してはいけないので、ほどほどにする。東京ガスのガス漏れ警報器、今日明日居ると連絡したらすぐに行くとのこと、作業員二人が来て、無事取り外し終了。NTTのレンタル機器を送られてきた袋に詰め、郵便局に持って行く。仏壇屋さんからの連絡が、まだ来ない。電話したら、刻印業者から連絡が来たら、すぐに携帯に電話を入れるとのこと。

8月2日(木)
片付け業者による運び出し。2t車一杯のゴミが出た。13時までの予定が、12時過ぎに終わる。詳細は省略するが、大変な作業だ。
部屋の見通しがきくようになったら管理人さんが現れ、ベランダに台風で飛ぶようなものがあるので何とかしてくれ、とのこと。マンションのベランダは避難通路を兼ねた共用区域で、ものは置いてはいけないのだ。ところが義母の時代から植木鉢がたくさん置いてあり、さらに義兄がベランダを物置代わりに使っていたので、大変なことになっている。全部片付けようかと思ったら、飛びそうなものや、手すりから出っ張ったものだけで良いとのこと。管理人さんが手伝ってくれ、そこだけ処理をする。あとは全部運び出すときにベランダのものも一緒に持って行ってもらうだけだ。ただ土の処理は現在では高く付くとのこと。

仏壇屋さんに連絡したところ、携帯の番号を間違えていたようだ。ホテルにFAXしてもらい、問題なかったのですぐにOKの返事を入れる。これで位牌の件も、一件落着。10日頃には出来上がるはずだ。これは後日談になるが、法要用の写真は部屋で見つけた義兄の身分証明所要の写真を一眼デジカメで撮り、トリミングして葉書大に印刷した。一眼デジカメは分機能が良いので、これできれいな写真が出来る。

高松のホテルから、予約の最終案内が来る。明日(3日)からAと撮影旅行に行くつもりだったのだが、Aに断りを入れただけで、ホテルをキャンセルするのをすっかり忘れていた。慌てて3箇所をキャンセルする。キャンセル料を取られる前で、間に合った(^_^;。

8月3日(金)
予定を変更し、8年前にお世話になった司法書士事務所へ行く。代替わりしていた。8年前は事務のおばさん(失礼)がすべてを取り仕切り、大先生は最後に出てきて判子を押すだけだった。そのおばさんは健在だったが、さすがに若先生になったらあまり表に出ず、若先生に任せていた。準備する資料のあまりの膨大さに驚き、すべて丸投げする。マンションを家捜ししても権利書に類するものが出てこなかったが、要らないとのこと。家捜しの手間が一つ減った。

その後区役所へ、国民健康保険の埋葬料の申請である。義兄の財布の中に入っていたのは1年前の保険証で、最新のものは見つからなかったが、無事受け付けてくれた。今回の騒ぎの中の、初めての入金。最新のものをもう一度探さなければいけないかと思っていたが、その手間も省けた。もう家具の運び出しが出来る。

新幹線を2時間早いものに変更し、帰岡。新幹線の中で、久しぶりに寝た。

(完)

2018/08/06

この2週間(2)

7月25日(水)
再度マンションへ。まず一昨日急遽用意した手土産を持ち、マンションの「向こう3軒両隣」(マンションなので、実際は向こう1軒両隣)に挨拶。1軒は不在だが、しょうがない。すでに警察も来ているし、これから業者が来てゴミを運び出したりするので、挨拶はやっておいた方が良い。ゴミ屋敷を片付けてくれるところは、ネットで調べるといろいろ出てくる。その中の1社は、急な話なので現地に行くことはできないと言うことで、電話で部屋の大きさ、ゴミの量から概略見積もり。もう1社は見積もりに来てくれることになった。ゴミを確認し、生ゴミの占める比率が高いので、やや高くなるとのこと。見積もりを出してもらったが、妥当な値段だと思う。

ひかり電話のルーター(と言って良いのかどうかわからないが)からどこか線が行っていないか調べたが、どこへも行っていない。となると、このルーターを外して送り返せば良いだけだ。なおあとで出てきた預金通帳に、有料テレビの契約と、金が続かなくなって解約した形跡があり、そのためかもしれない。

部屋の整理をしていたら、督促状が出てきた。慌てて電話したら、税金を2年分滞納していることがわかった。義兄は死んだと言ったら担当が代わり、払ってくれるのなら(相続しなかったら払う義務はない)、延滞金は毎日増えるので、出来るだけ早く払ってもらった方が良いという。大手銀行ならどこでも払えるので、岡山へまとめて送ってもらうよう依頼。その時、相続人代表者選出の用紙も一緒に付けるので、書いてくれとのこと。

駅前に区役所の出張所があったので寄って、除籍票が取れるか聞いてみたところ、二重にダメだった。まず除籍票はこの出張所では取れずに区役所本庁舎へ行かなければいけないのと、さらに非同居の親族だと兄妹であるという証明書類を持ってこないと出せないとのこと。要は門前払いだ。原戸籍を持ってくるしかない。

結局予定通りの夕方の「のぞみ」になる。駅弁と缶ビール。まだ仕事をしていて、岡山に仮拠点を置いていた時代のパターンだ。

7月26日(木)
岡山に帰って、カミさんは洗濯等家事、小生は葬儀屋の支払いをネットで済ませた後、電話であちこちに支払先変更の連絡を入れる。名義も換わるので、ネットでは出来ない(出来るのかもしれないが、どうやれば良いのかがわからない)。東京電力、水道局はすんなりOK、東京電力は自動支払いの申込書も送ってくれるとのこと。東京ガスは解約にしたが、ガス漏れ検知器がレンタルになっているとのこと、外しに来たいと言うがすでに東京(実際は神奈川県だが)は引き払っているので、付けたままにしておいてもらう。確かこのガス漏れ検知器を付けたままにしておくと、電気のブレーカーが切れないのだ。

年金事務所は、死亡通知書を付けて死亡届を出してくれと言う。そして生計同一なら、最後の月の年金を支払うと言う。生計同一などしていたら、こっちもとっくに破産していたはずなので、生計同一にあらず、年金不要、死亡届は発行(再発行)に6K円かかるので取らない、除籍票は門前払い、と言ったら、そのうち死亡届の連絡が庁内ネットワークで来るので、届け出不要とのこと。これで良いのだ。

7月27日(金)
見積書をくれた片付け屋さんに、作業可能日の確認。第1希望の8月2日がOKだったので、依頼する。それに合わせ、ホテルと新幹線を手配。ホテルの宿泊ポイントがどんどんたまる(^_^;。郵便局によって必要な定額小為替を買い、義兄の原戸籍と、自分の(カミさんの)戸籍謄本を郵便で依頼する。今は申込書がネットでダウンロードできるので楽だ。義兄の戒名が送られてきたので、石屋さんにFAXを送る。墓石に刻んでもらうのだ。この自宅のFAX、確か親父が死んだあとの事務処理のために電話機をFAX付きのものに変更したものだ。今回も活躍で、やはり人が死ぬと大活躍する。

7月28日(土)
35日の法要を行うことにしたので、それに合わせて位牌を作らなければいけない。本当は曹洞宗では葬式の時に白木の位牌、35日(49日)の時に塗りの位牌に取り替えるのが正式なやり方だ。その位牌を買いに仏壇屋さんに行ったが、49日だと3ヶ月にまたがるので良くないとのことで35日にしたところ、間にお盆休みが入って実働期間が短く、在庫のあるものしか出来ないと言われた。塗りの位牌は時間がかかるので、現代風の寄せ木造りのものにした。寄った店が現代仏壇の店だったのでこうなったのだが、伝統より変わったものを好んだ義兄なので、良いだろう。文字確認のためにFAXをすると言うが、7月31日から不在なので一度携帯に連絡をもらい、ホテルにFAXしてもらうようにする。

台風12号がまともに来ている。明日は大阪のザ・シンフォニーホールで行われる関西フィルのサマーポップスコンサートのチケットを買っていたのだが、これは交通機関が動きそうもないし、なまじ大阪で閉じ込められるのもいやなので、行かないことにする。

7月29日(日)
台風がまともに来てしまった。朝からJRの在来線は、全線止まっている。しかし幸い、雨は大したことはない。岡山、特に被災地はまだ堤防が仮復旧の工事中なので、今大雨が降ると危険なのだ。ところが午後になると大阪は台風から完全に抜け、サマーポップスコンサートは予定通り開催されたようだ。新幹線は動いていたのでその気になれば行けたが、その気にならなかったのが本当のところだ。そう言えば義母が死んだときも、チケットを買っていたコンサートを1件キャンセルした。そんなものだろう。

(つづく)

2018/08/05

この2週間(1)

2018年8月5日

岡山は桃太郎まつり(通称、うらじゃ)の真っ最中ですが、暑くてとても人混みの中に行く気がしないので、逆方向の市立図書館に行ったりしています。
自分の備忘録代わりに、この2週間を日記にまとめました。


2018年7月19日(木)
高知のホテルでお風呂から上がったときに、神奈川県警の警察署から、義兄が死んでいたのが発見された、と携帯に電話が入る。折り返し岡山にいるカミさん(ただ一人の身内)から警察署に電話してもらったところ、身内が確認できたので、あとは都合のつくときに来てもらえれば良いとのこと。今日は何もしなくて良い。

7月20日(金)
急いで上京する必要は無いとは言え、のんびり大歩危で写真を撮っているわけにも行かず、切符を変更して岡山に帰る。岡山から警察署と葬儀屋さんに連絡を取ったが、同じ「死んでいるのを発見」でも、義母の時はまだ同居の義兄がいたが、義兄の場合は身内は「探して連絡」する状態なので、遺体の所有権が完全に警察に移っていた。そのため葬儀屋も警察出入りの葬儀屋になったのだが、元々義兄の時は葬式はしないとカミさんが決めていたので、火葬だけの処理には適した葬儀屋だった。

7月21日(土)
何もやってくれない代わりに適切なアドバイスができる葬儀屋で、火葬した遺骨は普通49日まで自宅におくが、今回は「お墓があれば、仮埋葬することもできますよ。」と言ってくれて、それから霊園や石屋さんに連絡を取って、何とか25日に火葬後仮納骨する段取りになった。岡山に運ぶことになったら、どうしようかと思っていた。戒名も葬儀屋さんが、「霊園の方で手配された方が、」と言ってくれて、霊園経由で手配した。この日は連絡取りまくり、ついでにホテルと新幹線も手配した。早く帰ってきて、良かった。

7月22日(日)
警察署の方には明日(23日)朝岡山を出るので、現地に着くのは14時くらいと連絡しておいたが、やはりそれではまずかろうと、前日出発にした。朝から胸が痛かったが、午後の出発なので、その頃はなんともなくなっていた。心電図を撮ったが、脈が速い(96)だけで、波形に異常は無かった。久しぶりにカミさんと二人で「のぞみ」に乗る(カミさんは、いつも「ひかり」だ)。桃太郎の祭り寿司を、これも久しぶりに食べる。

7月23日(月)
まず菓子折を持って、義兄が住んでいたマンショへ行き、管理人さんに挨拶。管理人さんは、8年前に義母が死んだときから変わっていなかった。義兄とはここ数年全く連絡を絶っていたが、連絡を絶つような事情がいろいろあったのだ。一応周りの人が探せばわかるようなレベルで連絡先を知っている人がいたのだが、その網には引っかからなかったようだ。部屋に入り、その荒廃ぶりに唖然とする。このまま放置すると悪臭で近所から苦情が来るので、やばそうなものを重点的に始末する。冷房機は壊れているので暑さと臭いに参る。ちょっとやっただけだが、ゴミが大袋7個出た。

14時に時間を合わせて警察署へ。身元不明遺体の引き取りである。遺体は葬儀屋さんの保冷庫の中に保管してくれているが、14時に合わせて警察署へ持ってきてくれていた。そこで対面。髪もひげも伸び放題、孤独死するときは、こんなものか。それでもずいぶんきれいにしてくれている。ありがたいことだ。

ホテルに戻って、NHKに解約の連絡。すんなり受け付けてもらえた上、日割りで受信料を返してくれるという。そう言えば、米沢を引き払うときも返してくれた。次にNTTに連絡したら、調べてもらったところ普通の電話からインターネット回線のひかり電話に変わっているので担当が別と、別の電話番号を指定された。そうこうしているうち、今日は時間切れ。

7月24日(火)
朝9時の火葬開始なので、集合は8時45分、ホテルから斎場へ黒服で直行する。田舎者には東京のラッシュはきついが、神奈川県止まりで東京都に足を踏み入れていないので、まだ楽な方だ。予定より少し早く着いたが、駅から歩いて行く途中で道を間違えてしまった。それでも、予定の少し前に着いた。長男、二男共に時間に間に合う。やがて呼ばれて、整列しているところに棺が運ばれてくる。棺の蓋はもう開けないので、窓を開けて最後の対面。ひげが剃ってあった。子供達は昨日来ていないので、これが最初で最後の対面になる。そして窓も閉められ、炉の中へ送り込まれる。なお全くの非宗教で、お坊さんはいない。

火葬が終わるまで約1時間だが、その間にNTTへ連絡する。「あなたはどういう関係だ」と聞かれたので、「故人(契約者)の妹の夫だ」と言ったら、「第3者からの申し出は、、」とぐだぐだ言い始めたので、電話をカミさんと代わる。そのうちカミさんでは話がわからなくなったので、また小生と代わり、解約と、接続機器返却用袋の送り先を連絡する。かなり長い電話になったが、ともかく片付いた。

火葬が終わったと連絡があり、炉の前に行く。そこは確認だけで、収骨室というところに回される。そこではある程度骨が分類されており、2人ずつで作法通りに骨壺の中に入れる。そして骨壺を木箱に収め、さらに布製のカバーを掛ける。普通はそこまでだが、さらに骨壺運搬用のバッグというものに入れてくれたので、運ぶのは楽だ。義母の時は、骨壺が入るキャスター付きの鞄を探すのに苦労した。聞いた話だと関東と関西では骨壺の大きさが違い、関東のものが大きいそうだ。葬儀屋さんがタクシーを呼んでくれ、カミさんは車に弱いのだが、所用で別行動の長男を途中で下ろし、高速経由で一気に八王子まで行く。そこで一旦昼食休憩にする。そしてまたタクシーで霊園へ。事務所で納骨者を記録するが、そこで義兄の戒名と35日の法要を依頼する。

事務所での仕事が終わって、お墓へ。暑い中石屋さんが待っていてくれた。納骨室の中を見たら、中が2階建てになっている。石屋さんに聞いたら、10体分位は入るとのこと。このお墓は最初は義母と叔母の共同名義で、そこから叔母が抜け、義母の単独名義になった。法事の時に叔母から、「名前を連名にして、お墓ももらったら?」と言われたことがあったが、その話が現実味を帯びてきた。現在の管理はカミさんだし、カミさんの実家はこれで絶えてしまったので、同居しようか。

不埒な考えは置いておき、お骨を納め、蓋を閉じたあと各人お参り。長男も駆けつけた。あとは戒名を35日までに刻んでもらうだけだ。帰る途中のファミレスで、アルコール抜きの打ち上げ、いや、お清めと言って良いのかな。早めにホテルに帰る。長い一日が終わった。

(つづく)

2018/08/04

ああ原戸籍

2018年8月4日

義兄の残した財産は、資産価値があるかどうかわからないボロ家と、ごくわずかな現金のみ。それでも一応相続財産には違いは無いし、まだ義母のものも残っているので、相続手続きのために原戸籍と、自分の(と言うより、実際にはカミさんの)戸籍謄本を東京に出発する前に郵送で手配しました。そして今回の上京は部屋の片付けのため、二人とも汚れて良いような格好、はっきり言ったら汚い格好で出かけました。部屋のゴミ出しが終わった夜、「やれやれ一段落」と思ってベッドに入ったとき、ボロ家と言えども借金のかたに出来ることに気がつきました。これは調べておく必要があります。相続放棄する時間はあるし。

そこで東京での最終日、予定を変更して昔お世話になた司法書士事務所を訪ねました。汚い格好なのでいやがるカミさんを説得し、行きました。お世話になったのは8年前ですので、今では代替わりし、その時の司法書士先生の義理の娘さん(息子さんの奥さん)が司法書士として事務所を引き継いでいました。大先生は、89歳まで仕事をして2年前にお亡くなりになったそうです。

そこで抵当権の設定がないかを調べてもらいました。抵当権の設定は無し。どうやら、借金を相続する心配はなさそうです。それに、相続税を心配しなければいけないような物件でもありません。そしてついでに相続についても、聞きました。

親子の相続の場合、死んだ親が生まれてから死ぬまでの改製原戸籍(以下、原戸籍)を取り寄せる必要があります。子供の数を確定させるためです。ところが兄妹相続の場合は、ちょっと面倒です。と言うのも相続順位で見ると、配偶者は別格として第1順位は直系卑属(子、孫)、第2順位が直系尊属(親、祖父母)、第3順位になってやっと兄弟姉妹となるからです。そのためカミさんが兄から相続しようとすると、第2順位までが誰もいないということの証明と、他に兄弟姉妹がいない、ということの証明をしなければいけません。よって父側母側とも祖父母まで遡って「すでに死んでいる」という原戸籍と、両親ともに生まれたときに遡って、「他に子供はいない」という証明の原戸籍を揃えなければいけません。とても手に負えないので、司法書士先生に依頼しました。

また義兄の原戸籍ですが、結婚もしていないのに本籍がやたら移動しているんですね。これは義父の性格で、引っ越しで住民票を移動するのと同時に、本籍まで移動させていたみたいなのです。そのため義兄だけでも、最低5通(ひょっとすると10通近く)揃えなければいけません。これも先生に依頼です。まめな性格の親がいると、子供が苦労します(笑)。仮に小生が死んだ場合は、原戸籍は結婚前と結婚後の2通揃えれば良いですが、カミさんは義兄と同じように、10通近く揃えなければいけなくなります。子供達に言っておこう。

原戸籍が全部揃うのに、8月一杯はかかるそうです。無理して早めに行っておいて、良かった。

2018/08/02

ゴミ屋敷の整理

2018年8月2日

義兄の住んでいたマンションは完全なゴミ屋敷と化していたので、遺品整理も何もできません。それでまずゴミだけを処分するために、業者さんを頼みました。朝から午前中一杯、3人がかりで2t車一杯でした。それなりの値段はかかりましたが、やっと家らしくなりました。

管理人さんと話したところ、何回か水漏れ事故を起こしているため、家具などを出してしまった後給排水管両方を更新しないとダメだろうとのことです。トイレも詰まっているのですが、詰まりの改善以前に配水管のやり直しですね。それだと床をはがしたりするので、そのままリフォームまで行ってしまうかどうかです。クリーニングをかけなくて、良かった。家具などを出す大片付けは、あと数ヶ月先です。

片付けをしているときに企業年金の数年前の振り込み通知が見つかったので、一応連絡をしていた方が良いと思って電話をしました。そうしたら、死亡診断書を付けて書類を出してくれ、とのこと。死亡診断書は1通しかなく、それは区役所に提出しているので、再発行を依頼しなければなりません。この手数料がめちゃ高く、6K(生命保険会社の指定用紙だったら、7K)もかかります。そして区役所は、除籍票は同居の親族以外には発行してくれません。まあこれはカミさんの原戸籍が揃ったら区役所にもらいに行くので、コピーでも良いとのことなので、コピーでも送りましょう。

年金は公的年金も含め、「死亡したら速やかに届けを!」と書かれていますが、届けるのに金がかかるような状態だと、知らん顔をした方がマシです。小生も、カミさんから「バカなことをして、」という顔で見られています。届けたら、生計同一など関係なしに、届け出た人に少なくとも書類の手数料と交通費くらいはカバーできるような「お見舞い金」か何かを支給するような制度にしないと、誰も死亡届を出さなくなります。

2018/07/31

図書館に寄贈しました

2018年7月31日

岡山県立図書館に、「鉄道車両色見本帳」全3巻を寄贈しました。第1巻が国鉄/JR編、第2巻が大手私鉄編、第3巻が地方私鉄編です。第3巻はまだ岡山の本屋では見かけたことがないので、棚に並んだら岡山初登場になります。棚に並ぶまで1,2ヶ月かかるそうですが。

寄贈するのに、最初は全部小生が買って寄付しようと思っていたのですが、「公立の図書館への寄贈なら」と鉄研の事務局が費用を持ってくれました。事務局長さん、ありがとうございます。これも小生の「冥土の土産プロジェクト」の一つだったので、一つ達成です。いや、まだ第4巻があります。

岡山県立図書館は、寄贈も含めて購入する本は精査され、そして購入した本は資料として永く保存する方針のため、寄贈を申し込んでから本の内容が県立図書館に置くことがふさわしいかどうか、審議会にかかります。今回はその審議会を経て、「寄贈OK」の返事をもらったものです。第3巻には下津井電鉄を初め岡山の鉄道も載っていますから、そのあたりも許可の決め手になったのかもしれません。

今は寄贈を申し込む方が、かなり多いそうです。自費出版やら(色見本帳も、一種の自費出版です)、「おじいさんが死んだので、持っていた蔵書を寄贈したい」というのまで。断られる分も多いでしょうね。

その点市立図書館は、ベストセラー系などよく読まれる本は複数冊揃え、読まれなくなったら数冊を残して残りは処分(バーゲンセールがときどきあります)という柔軟な方針のため、寄贈するのはハードルは低そうです。どちらかと言うと軽い本を寄贈するなら、市立の方です。

今日は午後、東京に向け出発します。

2018/07/29

ココログコメント機能異常

2018年7月29日

この忙しいときに、ココログがトラブっています。自分のブログに対し、コメントが出来ません。実際にそういう事例は多いようで、問い合わせの例がありました。IPアドレスがスパム源と見なされて、ブラックリストに載せられたようです。ところがniftyに問い合わせを出したら、「そういう事例は、確認されておりません。」という返事が来ました。再度返事を返しましたが、今週末(東京から帰ってから)電話しないとダメでしょう。東京にいる間は自宅と違うIPアドレスで書き込みますが、それはすんなり通るような気がします。

新規の記事は書き込めますから、コメントに対する返事をまとめて書きます。

小生の7月27日付の記事に対し
ひでほさん。

ひでほさん、ありがとうございます。

役所が考える親族は親子と配偶者までで、きょうだいは半分他人、その配偶者は全くの他人です。同居していればまた別でしょうが。兄妹であることの証明書がないと、除票も出ないですね。

ひでほさんも、ご両親名義で動いた方が手続き上楽な場合が多いと思います。実際にそれで動けるかどうかはわかりませんが。


miyaさん。

miyaさん、ありがとうございます。

台風は真上を通り抜けた割に、拍子抜けするくらい何もありませんでした。四国、特に愛媛県はひどいみたいです。
小生は日頃が家事はあんまり出来ず粗大ゴミ状態ですから、非常時くらい活動しないと、存在意義がなくなります(笑)。片付けは、とても片付けに着手できる段階ではないので、まず業者に入ってもらって第1段階のゴミを捨て、それから遺品整理です。8年前に他界した義母の遺品整理も、おそらくできていないと思います。そこからですね。無理はしないように気をつけていますが、35日の法要の期日は決まっているので、そこまでは頑張りモードです。


7月28日付の記事に対し
ひでほさん。

ひでほさん、ありがとうございます。

本当はこの秋の手術が良いのでしょうが、頼んで来年の年明けに延ばしてもらっています。不整脈がひどくなったら緊急手術もある、と言うことですが。まあ来年ならまだ心臓もさほど悪くなっておらず、よい頃でしょう。月に1回くらい「おかしいな」と思って心電図を撮っていますが、そのペースなら来年までこのままで行けそうです。

2018/07/27

手続きその他、進行中

2018年7月27日

岡山に帰ってから、電気、ガス、水道は電話で支払先の変更が出来ました。引っ越しだけだとネットで出来るのですが、名前まで変わると、電話でないと出来ないですね。こういう事務手続きに多少相続がらみがかかる場合、同居している親の場合が一番簡単です。これが兄妹になると二親等になるため、多少手間がかかります。そして同居してないとなると、証明書が必要なレベルになってきます。そしてそのまた夫になると、完全に第3者扱いです。ただ今回のように「こちらが肩代わりして払います。」という場合は、すんなり事務手続きが出来ます。

区役所が非同居の親族だと住民票(除籍票)を発行してくれないので、兄妹であることの証明が必要なので、原戸籍を郵便で請求しました。請求しましたと言っても、実際に請求したのはカミさんですが。義兄は生きている間に結婚などのイベントが何も無かったので、原戸籍は一箇所ですみます。養母(小生は養子縁組していなかったので、正式には養母でもありませんが)の時には、最初の頃は戦前だったので20箇所にわたり、集めるだけでも一苦労でした。葬儀代を下ろすため郵便局にそれをどかっと置いたときは、局長さんが目を白黒させていました。その時に比べれば、今回はずいぶん楽です。

8月下旬に35日の法要をするためその準備を行っていますが、葬式を簡略化した分それが大変になっています。戒名が送られてきたので、それを石屋さんにFAXし、仏壇屋さんで位牌を買って書いてもらわなければなりません。浄土真宗だと位牌まで書いてくれるので、楽です(カミさんの実家は、曹洞宗)。

8月初めに、片付け業者を頼んで、ある程度の「ゴミ」をまとめて捨ててもらうことにしました。それからやっと、遺品整理です。今、なんだかんだで100K単位でお金が出ていきます。人が死ぬと言うことは、お金がかかるものです。

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