2019/08/16

岡山電軌の乗降中表示

2019年8月16日7202img_318241a_20190818101201 

 

昨日の台風は、岡山市の小生が住んでいるあたりでは、何事もなく終わりました。最も同じ岡山市でも、南の方では停電になったと聞いていますので、小生の住んでいるあたりが特に何事もなかったようです。 

 

さて、岡山市内を走る路面電車岡山電気軌道の車両に、「乗降中」の表示が付き始めました。ドアが開いているときには「乗降中」の表示がLEDで出るもので、ほとんどの路線バスは後部に付けていますね。岡山電気軌道には安全地帯のない停留場もありますので、やっと付いたか、という感じもしますが、遅すぎるということはないです。

この乗降中の表示ですが、バスは縦書きです。従って電車も縦書きにするとバスと同じものが使えるのですが、7600型以降は前面のデザインが変わってヘッドライトのあたりが引っ込んでおり、縦書きの表示器がつきません。そのため、7600型以降は横書きの表示器が付いています。それなら全部横書きにした方が部品の統一になるのですが、バスとの統一など、いろいろあるのでしょう。7701img_318041a

現在在籍ボギー車の2/3ほどに取り付けが完了しています。間もなき全車に取り付けが完了するでしょうが、その時日光軌道線色(3005)とクロ(3007)がどうなるかです。なおタマ(7001)には、縦書きの表示器がすでに取り付けられています。

 

 

2019/02/04

青函トンネル通過の冷凍コンテナ

2019年2月4日

鉄の話が続いていますが、前回までは「鉄」の話ではなく、本当は入院記でした(笑)。今回は、本当に鉄の話です。

貨物列車に積まれているコンテナには、冷蔵/冷凍コンテナが多く見られます。このうちの冷凍コンテナは、「冷凍」と言っても温度設定で「冷蔵」も可能なのですが、エンジン駆動の冷凍機を搭載しています。そこで問題になるのが、青函トンネルの通過です。

青函トンネルには赤外線式の火災検知器、実際には温度検知器が設置されているため、表面温度が高温になるエンジン付きの車両/コンテナは通過できません。北斗星/カシオペアのディーゼル発電機は、機械室の中央にさらにケーシングされて収められていたためOKだったようですが、エンジンむき出しの気動車はそうもいかず、エンジンを止めて電気機関車に引っ張ってもらって通過していました。Img_09361a


冷凍コンテナのエンジンも引っかかるので、青函トンネルに入る前にエンジンを止め、出たあとに再起動する必要があります。以前はこれを人手でやっていたようですが、さすがにそれは出来なくなり、電波指令で一斉停止、再起動をやるようになりました。小生はそこまでの話は現役時代(2008年頃)に関係者から聞いていたのですが、それからGPSで「青函トンネル入口/出口」を判断して、自動でOFF/ONするようになったみたいです。

ところがこのGPSを利用したシステムは信頼性が悪く、やはり電波指令をバックアップとして併用しなければいけないと、バックアップシステムも設置が義務づけられました。これがどうやら2016年3月からのようです。エンジンが動いたままのコンテナを積んで青函トンネルに入ると「火災発生」と見なされ大騒ぎになりますから、コンテナのエンジンが止まっていないと列車自体の非常停止措置を取らなければいけません。GPSを使ったシステムにが信頼性がないとなると、やはり電波指令は必須ですね。

西日本を走るコンテナは青函トンネルとは無縁ですが、貨車やコンテナは全国的に運用されるので、電波受信装置のないコンテナには「青函トンネル通過禁止」と書いてあります。

ところがこの電波受信装置、名称はバックアップタグと言うらしいですが、これがすでに生産中止となって新規の取り付けができなくなっているそうです。新しい冷凍コンテナを造ったら、廃棄された古い冷凍コンテナからこのタグを引っぺがして、取り付けるしかないようです。おそらく、タグの中の電子部品のどれかが製造中止になって造れなくなったのでしょうが、寿命の長い産業用品に新陳代謝の激しい電子製品を組み込むとよく起こるトラブルです。小生も、昔苦労しました。

一昔前だったら、ソニーやパナがすぐ代替品を造ってくれたのですが、今ではそう簡単には代替品を造ってくれないでしょうね。

2019/01/15

チャギントンの練習運転

2019年1月15日
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岡山電気軌道の新型電車「チャギントン」はこの3月にデビューする予定ですが、練習運転が始まっています。車両番号は1081、新形式ではなく、9200型の第3編成という位置づけのようです。ドアの配置は、全く同じです。デビュー後は、貸切専用車になるそうです。

きちんとした写真を撮りたいのですが、入院前に張り込む時間が取れるかなあ。

2018/11/18

宇野線サロンカーなにわ

2018年11月18日

Aからの情報で、宇野線/瀬戸大橋線にサロンカーなにわが走るというので、撮りに行ってきました。最近は無精して、駅撮りばかりです。Img_68681a

田舎にもかかわらず、日曜日というので同業者が5名ほど。宇野線は沿線に家が建て込んでしまってあまり良い撮影場所がなく、こういう高架の対面式の駅が良い撮影場所になっているようです。

宇野線はほとんど単線で、駅付近だけがちょっと長めの複線になっています。そのためダイヤ通りなら、上下線の列車がスピードを落とさずにすれ違うことができますが、駅撮りではかぶられる危険が多いということです。今日も、サロンカーの岡山出発がちょっと遅れると、かぶられるダイヤです。Img_68831a


日曜日はよくアンパンマントロッコが走りますが、さすがに11月ともなるとトロッコではなく、2000系4連の臨時特急が走りました。愛称名は何だったのか、確認していません。

今日のサロンカーなにわは、前面はヘッドマーク無し。後部は普通のサロンカーなにわのマークでした。きれいな標準色(国鉄色)のEF65が牽引していました。Img_68861a


2018/11/09

ハローキティ+ドクターイエロー

2018年11月9日Img_68021a


いつものAからドクターイエローが走るという連絡を受けたので、昨日新倉敷まで行ってきました。前回は下り線側から上り列車を撮ったのですが、今回は逆サイド(山側側面)を撮ろうと思って、あえて逆光は承知で上り線側から狙ってみました。光の当たるところと影との差が大きい写真になったので、多少補正してあります。やっぱり270km/hは速いです。Img_67781a


なおこのドクターイエローが通過する時間帯は、少し早めに行くとハローキティ新幹線が撮れ、ドクターイエローの後を追いかけて通常の500系「こだま」がやってくるので、40分くらいの間にレア車豪華3本立て(いつ頃の映画館だ)が撮れます。東京にいる人間には、うらやましくなるような環境です。なお平日とあって、同業者は誰もいませんでした。Img_68071a


2018/05/22

おもひでぽろぽろ

2018年5月22日

レンタルビデオ屋に行き、ジブリの「おもひでぽろぽろ」を借りてきました。棚にないので、古いので置いてないのかと思ったら、高畑勲監督の追悼で特設コーナーができていました。

借りてきた目的は、特急「あけぼの」(実際には「あけぼの」3号)の山形駅進入シーン、小生はED78の重連だと思っていたのですが、ED78+EF71だと言われたので、その確認のためです。

このビデオ、ビデオで見たのか劇場で見たのかは忘れましたが、スジはすっかり忘れていますね。小学校時代の回想シーンがこんなに多いとは思いませんでした。

スジは置いておいて「鉄」関係のシーン、上野駅は当時の雰囲気を良く出していますね。それから24系24型3段寝台車の車内の雰囲気、良く出ています。上野駅での進入の時先頭車が電源車ではない(演出上の都合?)とか、3段寝台なのに三つ星マークだとか(絵面の都合?)、突っ込みどころはいろいろありますが、寝台車の中の雰囲気はそのまま出ています。これは貴重かもしれません。問題の山形駅進入シーン、ED78+EF71でした。中間台車のTR103BとDT137を見事に描き分けています。長さも後の機関車がちょっと長いですね。実際にもEF71の方がエアフィルター1個分長いです。

新幹線開業前の山形駅、残念ながら小生は米沢までしか行ったことがないので昔を知りませんが、覚えている方には懐かしい景色でしょう。ラスト近くの仙山線のキハ20系(キハ52?)、仙山線にはDCはいなかったという突っ込みもありましたが、この作品の舞台である1982年には、急行の間合い運用でキハ58系は運行していたようです。そうなると、キハ58系を演出上キハ20系に変えたのは、わかります。乗り換えた455系は、まさに455系でした。いやあ、鉄分の多い作品だ。

2018/03/22

電車気動車用DT台車

2018年3月22日

ちょっと専門的、と言うよりマニアックな鉄の話です。
旧国鉄、現在のJRの電車や気動車の動力台車には、DT何とかという型式が付いています。そして先日鉄道雑誌でJR東のハイブリッド気動車の記事を見ていたとき、「DT75、そうかDT台車は70番代もそのまま使っていたのだ。」と思いました。この「70番代」ですぐ反応する方は相当のオールドファンだと思いますが、70番代に意味があったのです。

元々国鉄の台車の型式はTR何とか(TRuckの略。なお私鉄は、メーカーの型式をそのまま使っています)という型式だったのですが、昭和24年(1949年)の型式命名基準の改正で、動力台車はDT何とか(Drive Truckの略)、非動力台車はTR何とかという風に分けられました。そしてDT10から始まり、国鉄最後の型式はDT55でした。

TR台車は3軸のものがあり、3軸台車は70番代と80番代が使われていました。70番代と80番代には、「3軸」という意味があったのです。「やまぐち号」にかつて使われていた展望車マイテ49の台車は、TR73ですね。90番代は試作台車なので、TR69(165系や485系など、優等車両用)の次は3桁になるのですが、100番代はすでに機関車用として使っていたので、次の軽量客車用改良型はTR200になりました。実はこの200番代というのは新幹線電車用だったのですが(DT200、MT200など)、0系もその次の200系も全電動車だったため、「新幹線用電車にはTR台車は存在しない。」と思われたのかどうかは知りませんが、200番代を使ってしまいました。そのあおりで、100系で新幹線営業車として初めてのTR台車が使われたときは200番代が使えず、TR7000になってしまいました。

DT台車に話を戻して、国鉄が分割民営化された後は、台車も各会社が独自設計をするようになりましたが、その時国鉄時代の番号を引き継いで追い番を取ったのが、東日本、東海、西日本、四国の4社で、北海道、九州、貨物の3社は別体系の番号になりました。そして東海、西日本、四国はそれぞれC、W、SをWDT5のようにDTの頭に付け、東日本だけはDT何とかをそのまま使いました。旧国鉄時代の設計をそのまま使った型式、たとえばDT50とWDT50は同じシリーズと言えますが、分割された後は、DTの後の番号は同じでも、例えばDT56、CDT56、WDT56、SDT56は、全く別の台車です。

その中でJR東日本が一番番号の進みが速く、253系2000番代でDT69が出たあと、205系のDT50の改造型でDT70が現れています。TRの70番代は3軸でしたが、DT台車では(東日本の、と注釈を付けるべきかもしれませんが)その区分をなくしているのですね。最もDT台車全体で言えば、EF62の3軸台車はDT170ではなくDT124になっていますから、この時点で「DT台車では2軸と3軸の区別を付けない」となっていたのかもしれません。

現在の最終番号は235系のDT80です。やがてDT89が現れ、90番代は試作用ですからその次は、100番代は機関車用、200番代は新幹線用なので、DT300になるか、それともそのあたりで全く別の番号体系になるか、ですね。その頃まで、生きているかなあ(笑)。JR東にはEOO1系というとんでもない型式が出現していますから、ある日突然に別体系になるかもしれません。なおJR西日本にはすでにWDT300がありますが、60番代はまだ空いているので、おそらく160km/h用で分けたと思われます。

2018/01/10

今年の鉄初めはドクターイエロー

2018年1月10日

Aからドクターイエローの運行予定表がメールで送られてきたので、昨日(9日)撮影に出かけました。一昨日は下りが運行されたのですが、夕方遅い時間でしかも雨模様の天気だったので止めました。Img_38351a


撮影は、無精して新倉敷で。一番の取り柄は人が少ない(と言うより、人がいない)ので、場所を自由に選べることです。ホームの端から進入してくる列車を撮ることもできますが、入換信号機が並んでいるので、ホームにしました。通過線を挟んだ対向ホームなので、距離が十分に取れます。Img_38441a


まずはエヴァンゲリオンから、毎日一往復で、検査時以外は決まったダイヤで走っています。エヴァは停車するからよいのですが、通過列車はこのあたりは300km区間のはずなので、猛烈な勢いで通過します。ただ最近の新幹線は静かで、すぐ近くに来るまで気がつきません。「さくら」を試しに撮りましたが、連写を掛けてもきれいにフレームに入るのは1枚しかありません。1/1000秒で何とか止まります。Img_38531a


次に目当てのドクターイエローが。番号は確認できませんでしたが、情報によるとT5だそうです。ドクターイエローをまともに撮ったのは、初めてですね。通過列車は皆N700系だったので、700系顔の通過は久しぶりに見ました。その次の標準の500系まで撮って帰りました。当日は瀬戸大橋線が止まるような強風で、ともかく寒かったです。

帰りに在来線ホームに降りたら、下関の115系がやってきました。岡山の115系は先頭方向幕がLEDですが、下関車は先頭方向幕を使っていません。そしてその先頭が何とクハ115-608、元の東ミツのサハ115-6で、50年選手です。窓が上段下段とも上昇する非ユニットサッシ車の生き残りは、この車だけだそうです。屋根も分散型のクーラーです。Img_38671a


寒かったけど、収穫の多い日でした。

2017/12/04

伯耆大山まで行ってきました

2017年12月4日

東京での鉄仲間、大学出同じクラブで同じ研究室だったのですが、そのAから珍しく岡山に行けることになった、と連絡が来ました。12月2,3日の土日で、1日(金)に大阪にプロジェクトでの出張があるみたいなのです。出張のついでに土日に足を伸ばすのはAの常套手段ですが、小生は現役時代は出張は多かったのですが、土日にそこから遊びに行くことはなかったですね。不器用なのか、仕事と遊びを途中で切り替えることができず、仕事は出発して帰着するまで仕事、遊びは最初から最後まで遊びでした。Img_36261a


さて、土日に来るのは良いのですが、Aの行動はすごくハードスケジュールです。小生と一緒の時は小生に気を使ってホテルを取りますが、一人か体力のある仲間と一緒の時は夜通し撮影して車中で仮眠です。ところが小生は土曜日は練習日、練習のため途中で抜けるのは良いのですが、翌日の早朝出発はちょっと体力的に厳しいので、最初は3日だけつきあうことにしましたが、本番の一週間前ということもあって、予定を変更して2日だけつきあうことにしました。

2日の朝8時過ぎ、岡山駅にAと連れのT大4年生のM君が現れました。T大も合同のプロジェクトで、M君はAのパシリをやっていたようです。仕事場ではAは技術士の「先生」なので(しかも新潟で大学の講師もやっています)、エラいのです。そしてレンタカーで出発です。Aはレンタカー代の「分母」を増やすために、仲間に声をかけます。小生も、分母要員です(^_^;。

行き先は伯備線です。まず新見の手前あたりで撮って、そこから一気に伯耆大山を目指します。途中コンビニによって食糧を補給、Aと一緒の時は昼食休憩などないので、食料と飲み物は確保しておかないと、大変になります。大山をバックに、特急と貨物を撮影、晴れていて良かったです。地元の方の話では、一週間前の方が大山の雪は多かったそうです。

そこから貨物列車を追いかけます。伯備線はほとんどが単線なので貨物列車は停車時間が長く、その間に追い越して先回りができます。そして数回撮って、新見で下ろしてもらいました。小生は新見から「やくも」で岡山に行き、駅ビルのド○ールでおやつと休憩、それから練習に行きました。Img_37101a


翌日は反省会という名の打ち上げ会をやることにして、その前に岡山を通る臨時の「サロンカーあさかぜ」の駅撮りで合流です。夜というのに、結構同業者がいましたね。今はデジカメの性能が良くなったので、夜でも駅の明かりで撮影ができます。まあ東京ほどの混雑ではないので、小生でも写真が撮れました。

打ち上げ会と言っても、小生は岡山で飲み屋風の店には入ったことが無く、駅ビルで適当な店、一応ママカリを出してくれるところがあったので、そこに入りました。下津井のタコがおいしかったです。彼らは駅前で岡山電気の路面電車を撮り、夜行の「サンライズ」で帰りました。学生さんはともかく、Aはアラコキなのに体力あるなあ。

2017/08/16

永久保存版

2017年8月16日2017001a


今年も写真展に出品します。場所は同じ四ッ谷のポートレートギャラリーで、期間は9月28日から10月4日までです。小生も9月30日(土)には、会場にいるつもりです。

その公式案内状に、小生の写真が採用されました。セミプロ級の方達もいる顔ぶれですので、こんなことは一生に一度でしょう。この案内状と案内葉書は、永久保存です(笑)。同じデザインのポスターがあるはずで、東京にいたら事前に1枚もらっておくところでした。

この写真展の出品作のうち何点かが「アサヒカメラ」に紹介されますが、それはないだろうなあ。

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