« ナイキエアフォース1 | トップページ | 定点観測 »

2020/01/13

復刻時刻表

2020年1月13日

昨日無事東京から帰ってきました。携帯電話に歩数計が付いていますが、東京滞在中は毎日7000歩超。東京では、地下鉄に乗ると言って歩き、乗換でまた歩き、
東京にいるときの方が良く歩きます。街の規模が大きいせいで、そのため歩くばかりではなく、イコカの減りがものすごいです。

さてその東京にいる間、と言うより鉄研の新年会で、復刻版の時刻表を譲ってもらいました。昭和39年9月号で、新幹線開業直前のものです。本屋には並んでいる(並びだした)ものですが、岡山にはなかなか並ばないので、後輩が買ったばかりの物を定価で譲ってもらったのです。靴だけではなく、本も岡山にいるとネットでしか手に入らないものが多々ありますね。

この時刻表、じっくり見ていて見飽きません。新幹線の開業前ですから、「ひかり」は豊肥線を走っています。しかも下りは三角発。準急列車は、九州内は「第1火の山」というネーミングですが、山陽線に入ると「とも1号」。確か10月改正で「○○1号」に統一されたはずです。各地で気動車準急が大活躍し、分割併合だらけでした。私鉄からの乗り入れも多かったですね。

岡山界隈を見ると、吉備線から津山線への直通列車が目に付きます。元々1本の私鉄で直行できる配線なので、今でも直行しても良いのですが、今は無いです。しかもこの直通列車は、SL牽引です。おそらくC11の牽引でしょう。吉備線も津山線も気動車化されていますが、朝夕の通勤時間帯にはSL列車が残っています。このあたり、昭和39年頃は見もしなかったですね。

昭和39年10月改正では新幹線の開業だけではなく、山陽本線の広島小郡(現、新山口)間が電化され、山陽本線の全線電化がなりました。それまでは九州特急(ブルートレイン)は広島からC62が引いていました。そして九州に入ると門司博多間はED73ですが、そこからはやぶさはC61、さくらはC60、みずほは鳥栖からC59と、大型蒸気のオンパレード。すごい時代でしたね。

ちなみに熊本のC59が引退したのは、熊本電化の昭和40年10月の改正です。熊本電化の時は、小生は高校2年生。電化があと1年遅かったら、小生は浪人していたでしょう(笑)。鉄仲間の1年先輩である凡太郎氏は、浪人しています。危なかったー。

« ナイキエアフォース1 | トップページ | 定点観測 »

鉄の話」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ナイキエアフォース1 | トップページ | 定点観測 »

フォト
2020年2月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
無料ブログはココログ