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2019/09/18

頭の上を飛ぶ飛行機

2019年9月18日

岡山に越してきて、飛行機を見かけたり、音を聞いたりすることがなくなりました。自宅の場所が岡山空港の進入路とも外れていて、自衛隊や米軍の航空基地もないため、飛行機は全くと言って良いくらい見かけません。たまに、それも半年に1回くらい、開けたところで岡山空港に向かう旅客機を見るくらいです。

以前住んでいた東京の南西の外れは、飛行機の音がやかましかったです。厚木基地の進入路から少し外れていたのですが、自衛隊の対潜哨戒機が離陸して旋回するため、テレビの音がよく聞こえなくなりました。米軍機の進入路からは外れていたのですが、たまに風向きなのか、進入路を間違えたのか、近くに飛んでくる飛行機がいました。一度は、機体番号が読めるくらい低空を飛んでいったこともあります。

小生の住んでいたところはさほどではありませんでしたが、もっと近くでは、夜間離着陸訓練をやっていた頃は大変だったでしょう。一度中央林間のマンションを見に行ったとき、目の前で米軍のE-2が旋回していて、早々に引き上げたことがあります。不動産屋によると、飛行機を撮るために引っ越してくる人もいるとか。現在は米軍の空母の艦載機は厚木ではなく岩国に降りるようになりましたが、うるささも一緒に岩国に引っ越したのでしょうか。

ヘリも、東京は何かあると新聞社のヘリが飛び回り、そうでなくても交通渋滞の観測にヘリが飛んでいるので、やたら多かったですね。岡山は、静かなものです。たまに飛んでくるヘリは、近くのO大病院への患者の緊急輸送ですね。屋上のヘリポートに着陸するシーンは、O大病院でも、S病院でも(ヘリポートがあります)、見たことがあります。

子供の頃は、頭の上を飛ぶ飛行機は、結構多かったですね。住んでいた熊本の田舎がちょうど福岡(板付)と沖縄(那覇)を結ぶ航空路の真下にあり、その当時のプロペラ機は高度をあまり上げられないので、音も聞こえました。現在の福岡空港がまだ板付基地と言っていた時代で、朝鮮戦争の休戦が1953年ですから、飛んでいる飛行機も多かったでしょう。

その1953年頃、双胴双発の飛行機が頭の上を飛んでいくのを見かけたことがあります。南から北でしたから、板付に向かっていたのでしょう。プラモデルをいじり始めて飛行機に関する知識が増えた頃、見た飛行機はP-38「ライトニング」だと思っていました。しかしP-38は1949年に米空軍からは退役していますから、見た飛行機はP-82「ツインムスタング」だろうと現在では思っています。時期的には、F4U「コルセア」も見ているはずですが、下から見たら普通のシルエットなので、印象に残っていないですね。

小生たちが、朝鮮戦争に参加したレシプロ機を見た、最後の世代になるでしょう。

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