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2019/09/30

180度V型エンジン

2019年9月30日


旧国鉄気動車のエンジンはずっとDMH17系(DMH17Cで180PS)でしたが、パワー不足だったので、国鉄末期にDMF15/DML30系(DML30HSで500PS)が開発されました。6気筒のDMF15と、その2台分を一体にした12気筒のDML30。このやり方はDD13のDMF31SからDD51用のDML61Sを作ったときと手法は同じなのですが、DML61系はV型なのに対し、気動車は床下設置のためにV型が使えず、水平対向になったと記憶していました。


ところが最近調べていたら、「180度V型」なる言葉が出てきました。DML30系は水平対向ではなく、180度V型だというのです。さっそく調べてみました。


水平対向エンジンは、スバルの車などに使われていますが、シリンダが向かい合わせ横向きに寝ています。そして対向するピストンが、クランクシャフトの180度違った位置に取り付けられていることがわかりました。対向するシリンダの動きは、両手で2つのピストンを表すと、左手が左に行ったときには右手は右に、左手が右なら右手は左、つまり両手が外内外内と動きます。この動きがボクサーに似ているので、ボクサーエンジンとも言いますね。Img_82831a


対してV型エンジンは、向かい合ったピストンはクランクシャフトの同じところに取り付けられています。180度V型だと、先ほどの手の動きで左手が左に行ったら右手も左、左手が右に行ったら右手も右です。動きは左右左右です。


180度V型の意味が、やっとわかりました。なお180度V型はピストンの動きによる振動をバランスさせるためには6気筒以上の多気筒化が必要なのに対し、水平対向エンジンは2気筒でもバランスします。一方全長は水平対向機関の方が長くなるので、スペースに余裕のない気動車用エンジンは180度V型にしたのだと思われます。


長いこと鉄道ファンをやっているつもりなのですが、まだまだ知らないことがいろいろ出てきますね。


今日で9月も終わり、あっという間に今年の3/4が過ぎました。

2019/09/27

3年目の第九合唱練習記(5)

2019年9月26日(木)

岡山の第九の演奏会は、去年までずっと12月の第2日曜日だった。津山が第1日曜日で、重ならないようになっていた。そのため、掛け持ちする人も数人いた。ただ12月の第2日曜日は新聞休刊日のため、津山の第九は盛大に報道されるのに対し、岡山の第九は影が薄い。それが今年は、岡山が第1日曜日になった。津山とバッティングである。聞いたところ「諸般の事情」とのことだが、そのあおりでベースの何人かが津山を選び、今年は岡山に参加していない。

さて、今日から合同パート練習で、テノールとベースが一緒になる。今日はなぜか集まりが悪く、開門時のベースは2人だけだった。いつもの、小生と同期のお二人である。今日は四国から直行のSさんも、間に合ったようだ。

今日は、保育園の最後の日である。1ヶ月経ってしまったのだが、速い!今日はベースの部屋で、椅子を並べる。椅子を出すときは、また元の位置に戻せるようにしておかなければならないが、Sさんが取り仕切っているのでまかせる。鍋奉行ならぬ椅子奉行。ベースは「こんなものだろう」と言って8脚、テノールは倍以上いる。これはボリュームの差が出るかな。元々岡山の第九の合唱団は両端が少ないのだが、今年はソプラノに大量に新人が入ったので、ベースの少なさが余計に目だつ。

指導のM先生も人数の少なさを気にしていて、「がんばらずに、響く声を出しましょう。」がんばろうとすると余計なところに力が入るので、良いことは何も無い。

M先生の指導、言われることは毎年同じで(言われ続けている方もいる方だが)、「子音を早く」と「レガート」。ところが今年はそれに、「オーケストラのリズムを意識して」というのが加わった。「歓喜の歌」については前回書いたが、その次のがらっと変わってSeit umschlungen,となるところは、途中からオーケストラがタンタタタンタタというリズムを刻み出す。練習中はピアノだが、保育園のアップライトピアノでは、フルボリュームで歌うと聞こえない。来週からシンフォニーホール内のホールになるので、そこのグランドピアノなら聞こえるだろう。

小生の方だが、やはり今年は声のバテが早い。例年Eから上を連続して出すところは途中からくたびれて出なくなるのでそれなりにサボっていたのだが、今年は「歓喜の歌」の3回繰り返し(Freude,Deine,Deine)も危なくなった。例年「歓喜の歌」は、その後の男声合唱に力を入れるために軽く流しているのだが、今年は本格的にサボる部分を増やさないと行けないようだ。

前にも書いたが、保育園はこれで修了、次はシンフォニーホール(イベントホールかスタジオ1)である。ただ日程は変則的になり、間が9日開く。小生はその間に東京行きが入るので、これからは体調管理も重要になる。変な時期にインフルエンザが流行っていたな。気をつけよう。

2019/09/24

MUSESCOREというソフト

2019年9月24日

小生が通っているカルチャーセンターのヴォイストレーニングの先生が、最近「ハモり」に凝りだしています。このヴォイストレーニング、小生は元々「第九」のオーディションに受かるために始めたのですが、第九の指導者の先生から「第九ばかり歌っていると、歌が下手になる」と言われたこともあって、そのまま続けています。ここのコースは、発声の基礎をしっかりやってくれるので、ありがたいです。何事も、基礎は大事です。

発声練習のあとは、みんなで童謡、日本の歌曲、海外の歌曲、ミュージカルにカンツォーネなどを歌ってきたのですが、最近参加者が増えて2つに割っても良いくらいの人数になったせいか、上下2パートに分かれて歌うことが増えました。パート分けはその時座っている位置で分けるのですが、歌っている側から見て右側、女声合唱だとソプラノの側に座っているグループが高音部を歌うときの方が、すっきり行きます。その逆は、どうもうまく行きません。やはり皆さん、自分の声域に合わせて座っている見たいですね。ちなみに小生の位置は、右端です。なお顔ぶれは高校のクラブを含めた音楽グループの例に漏れず、大多数が女性です。

そのヴォイストレーニングコースで、先生がとんでもない編曲の楽譜を持ってきました。よく知っている曲ですが、主旋律に対し男声が合いの手を入れるような感じで、リズム音程ともめちゃくちゃ難しいです。第九ほどではないですが。男声は二人しかいないため、先生「自主練習!」。そこでもう一人の男性、第九仲間のSさんが教えてくれたのが、MUSESCOREというソフトでした。

このソフト、言わば楽譜用のワープロなのですが、再生すると、さすがに歌詞は歌いませんがその通りの音を出してくれるので、便利です。音程だけならピアノで確認できますが、それに休符の多いリズムが加わったら、小生の腕では弾けません。2パートの楽譜を「二重唱」というテンプレートで書いておけば、両方の音を出します。

Sさんが送ってくれた楽譜というか音源を、聞いてみました。すごくきれいです。だけど難しい。横で聞いていたカミさん、「あなた、本当にこれ歌えるの?」第九が先です。

2019/09/20

3年目の第九合唱練習記(4)

岡山の第九の合唱練習には、パー練(パート練習)の時からピアニストが付き、今の時点では4人のピアニストが練習に来ているという贅沢な布陣になっている。そしてだんだん歌えるようになってくると、ピアノも第九のピアノ譜通りの、華やかな演奏になってくる。もっともアップライトピアノでは、速いパッセージ(特に連打)になると、キーが付いてこないが。本当の腕の見せ所は、来月になって、場所をシンフォニーホールのスタジオに移してからだ。

このピアノ譜、ほぼオーケストラの部分部分を抜き出しているのだが、所々ピアノ独特のところもある。最後のPrestissimoになってしばらくして、Diesen Kuss der ganzen Welt!のところ、合唱の各パートとも同じ音を延ばすあたりは、ピアノは最初はタンタタタンタタのリズムを刻んで、次は和音短音の繰り返し、具体的には右手は(レ♯ファ♯ラ)ラ、左手は(シレ♯ファ♯)シの繰り返しで(小生にしては珍しく固定ド表示)音の幅も広く、実に華やかなのだが、ここはスコアを見たらこういう音型はないことがわかった。最初の和音、右手は第1と第2ヴァイオリン、左手はビオラとコントラバス。次の短音は、右手はビオラの1オクターブ上、左手はチェロだった。小生は専門にスコアの読み方を勉強しているわけではないので間違っているかもしれないが、弦のパートを時間差で鳴らしているのは確かなようだ。まあ、こういうことを調べても合唱には何の関係もなく、趣味の範囲である。


2019年9月19日(木)

今日が最後のパー練である。時間が経つのは、速い。練習開始前に保育園の部屋を眺めていたら、「線路は続くよ」が階名で大きな紙に書いて張り出してあるのに気がついた。しかし、何か変だ。よくよく眺めていたら、ト長調を固定ドで書いてあることに気がついた。合唱のことに詳しいKさんにその話をしたら、時間前に来ていたM先生が聞きつけ、「もう、移動ドという言葉はなく、全部固定ドなんですよ。」え~~っ、もうそうなったか。この保育園は鍵盤ハーモニカを使っているので固定ドだと思ったのだが、ぜんぶそうか。M先生もいい歳だから「固定ド、移動ド」という言葉を知っているが、そのうちそういう言葉すら知らない先生方が増えてくるのかもしれない。しかし固定ドでト長調の歌が歌えるのだろうか。少なくとも、小生にはできない。

練習になりあちこち注意が入るが、毎年言われていることは同じである。「子音を早く」と「レガート」。本番ではそこそこのものになっているのに、半年経つとまた戻ってしまうのだろう。しかも去年は、レガートからほど遠かったし(^_^;。だいぶ良くなってきたようだ。

「歓喜の歌」の仕上げに入ったとき、ここはタンカタンカと歌うのではなく、八分の六拍子の八分音符のリズム、[タタタ][タタタ]のリズムを、具体的にはピアノの左手で鳴らすリズムを意識するように言われた。「オーケストラの場合、ここは弦がやっていますね。ところで、スコアを持っている方。」えっ、と思って小生は手を上げたら、「二人だけですか」意外と少ない。歌うときに、オーケストラのどの楽器がどこを弾いているのか、知ることも大事だと言われたが、小生が趣味でやっていると思っていたことも、どうやら重要なことらしい。ついでに書いておくと、弦のタタタタタタはオクターブユニゾン、右手は管楽器で、一番上のソプラノと同じ音を出しているのは、オーボエ1番とホルンの1番である。余計なことだが、クラリネットはこの「歓喜の歌」の間、ずっと休みである。気の毒に。なお、知ることとうまく歌えることとは、別物である。発声練習をやらなければ。

2019/09/19

吉田秀のコントラバスワールド

2019年9月19日

昨日、Jホールで行われた「吉田秀のコントラバスワールド」を聞きに行ってきました。吉田秀氏はN響の首席コントラバス奏者ですが、経歴を見たら現在は芸大教授も兼務しています。芸大は「国立大学」の流れで兼業禁止(組織に属したらダメ、フリーならOK)だと思っていたのですが、変わったみたいですね。

曲目は、前半は吉田氏のソロで、マルティーニ「愛の喜び」、クーゼヴィツキー「小さなワルツ」、プロト「カルメンファンタジーよりトレアドールソング」、ラフマニノフ「ヴォカリーズ」、パガニーニ「モーゼ幻想曲」。ピアノは角田奈名子さん、第九の伴奏でお世話になっています。現在のパー練では、ベース担当です。

コントラバスは、ソロで聞くと良い音ですねえ。特に高音と和音がきれいです。1台で和音を出すのは弦楽器はできますが、ヴァイオリンは「無理して和音を出している」感が強いのですが(うまい人のを聞いていないせいかもしれませんが)、コントラバスで出す和音は実に自然です。それと高音は、指板から外れた、もっと高い部分を押さえてもきれいな音が出ます。これは「出る」のではなく、「吉田氏は出せる」と言った方が良いのでしょう。

曲の合間には、吉田氏がマイクを握っての曲目解説その他、です。吉田氏は大阪人だそうで、大阪人にマイクを持たせると「笑いを取ってナンボ」の精神が出ますから、軽妙な語りでした。Jホールだと、こういう気楽なコンサートが合っているような気がします。語りは気楽でも、音はすごい。

後半は岡フィルのコントラバス奏者3人(南出信一、嶋田真志、嶋田泉、の各氏)が加わっての、コントラバスカルテット。コントラバスカルテットの場合は高い方から、ファーストベース、セカンドベース、サードベース、ホームベースというと聞いたことがありますが、真偽のほどはわかりません。岡フィル3人のうちの2人は、吉田氏の後輩(芸大)ですね。曲目は、ブラームス「ハンガリー舞曲第五番」、モーツァルト「アヴェ・ヴェルム・コルプス」、ボッテシーニ「パッショーネ・アモローザ」(これは嶋田真志氏とのデュオ+Pf)、ビゼー「カルメン組曲」。

コントラバスが4人揃うと、余計に吉田氏の響きの良さが目だちます。あの大きなNHKホールで日頃演奏している人は違うと言うべきか、さすがはN響の首席と言うべきか。アンコールにコントラバスソロで「荒城の月」カルテットで「ジブリメドレー」を聞かせてくれました。堪能しました。

第九仲間のSさんと会場で一緒になったので、Sさんと、もう一人のSさんの友人と、同学年の親父(ジジイか?)3人でお茶です。帰りがけにひょいと見たら、今日の出演メンバーもベランダ席でお茶をしていました。

2019/09/18

頭の上を飛ぶ飛行機

2019年9月18日

岡山に越してきて、飛行機を見かけたり、音を聞いたりすることがなくなりました。自宅の場所が岡山空港の進入路とも外れていて、自衛隊や米軍の航空基地もないため、飛行機は全くと言って良いくらい見かけません。たまに、それも半年に1回くらい、開けたところで岡山空港に向かう旅客機を見るくらいです。

以前住んでいた東京の南西の外れは、飛行機の音がやかましかったです。厚木基地の進入路から少し外れていたのですが、自衛隊の対潜哨戒機が離陸して旋回するため、テレビの音がよく聞こえなくなりました。米軍機の進入路からは外れていたのですが、たまに風向きなのか、進入路を間違えたのか、近くに飛んでくる飛行機がいました。一度は、機体番号が読めるくらい低空を飛んでいったこともあります。

小生の住んでいたところはさほどではありませんでしたが、もっと近くでは、夜間離着陸訓練をやっていた頃は大変だったでしょう。一度中央林間のマンションを見に行ったとき、目の前で米軍のE-2が旋回していて、早々に引き上げたことがあります。不動産屋によると、飛行機を撮るために引っ越してくる人もいるとか。現在は米軍の空母の艦載機は厚木ではなく岩国に降りるようになりましたが、うるささも一緒に岩国に引っ越したのでしょうか。

ヘリも、東京は何かあると新聞社のヘリが飛び回り、そうでなくても交通渋滞の観測にヘリが飛んでいるので、やたら多かったですね。岡山は、静かなものです。たまに飛んでくるヘリは、近くのO大病院への患者の緊急輸送ですね。屋上のヘリポートに着陸するシーンは、O大病院でも、S病院でも(ヘリポートがあります)、見たことがあります。

子供の頃は、頭の上を飛ぶ飛行機は、結構多かったですね。住んでいた熊本の田舎がちょうど福岡(板付)と沖縄(那覇)を結ぶ航空路の真下にあり、その当時のプロペラ機は高度をあまり上げられないので、音も聞こえました。現在の福岡空港がまだ板付基地と言っていた時代で、朝鮮戦争の休戦が1953年ですから、飛んでいる飛行機も多かったでしょう。

その1953年頃、双胴双発の飛行機が頭の上を飛んでいくのを見かけたことがあります。南から北でしたから、板付に向かっていたのでしょう。プラモデルをいじり始めて飛行機に関する知識が増えた頃、見た飛行機はP-38「ライトニング」だと思っていました。しかしP-38は1949年に米空軍からは退役していますから、見た飛行機はP-82「ツインムスタング」だろうと現在では思っています。時期的には、F4U「コルセア」も見ているはずですが、下から見たら普通のシルエットなので、印象に残っていないですね。

小生たちが、朝鮮戦争に参加したレシプロ機を見た、最後の世代になるでしょう。

2019/09/16

ユーザー辞書が初期化してしまった

2019年9月16日

小生はFEPにATOKを使っていて、略称なども登録しています。たとえば、「なんかい」と打っただけで「南海 凡吉」と出るようにしています。ところがある日、これが出なくなりました。その他、いろいろ登録してある略称も、全部出ません。仕方ないので、フルに打ち込みをやっていました。

ひょいと気になってユーザー辞書(ATOK29U1.DIC=最近新しいのを買っていないので、まだ29です)を見てみたら、すっかり初期化されていました。大きさもごく少なく、全くの初期です。このATOK、1997年くらいから使っているので(その当時のバージョンは、いくつだったかなあ)、蓄積も多いですね。それをまたゼロから作るのもいやなので、復元することにしました。

復元は、旅行用のノートパソコンがあるので、簡単です。ATOKのユーザー辞書のあたりをまとめてコピーし、USBメモリー経由で置き換えて終わりです。内容が1年くらい前に遡ってしまいますが、IDのいくつかが出てこないだけで、たいした問題ではありません。

初期化した原因は、キーボード、特にFEPに関係するようなところをごそごそやっていて、初期化のショートカットを押してしまったのでしょうが、何でFEPをごそごそやらなければならないか、です。思い当たるのが岡山市立図書館のホームページで、今年3月に図書館のホームページがリニューアルしたら、入力が強制的に半角英数字モードになるようになりました。本の検索などで日本語を入力したい場合は、ATOKの「変更したモードを元に戻す」操作をしなければいけません。ところがこの半角英数字モード、強制的に変更されるのが毎回ではなく、9割くらいなんですね。それで残りの1割の時、変な操作をしてしまうことになります。

またホームページのリニューアル後IDを記憶しなくなり、毎回入力になりました。EDGEはIDの記憶機能が廃止され(だと思います)毎回入力しなければなりませんが、小生はIEを使っています。他のところは全部記憶されているのに、記憶しないのは岡山市立図書館だけですね。

市にクレームを入れても、おそらくホームページのリニューアル作業は外注ですから、市では対処ができないでしょう。また初期化しても良いように、ユーザー辞書をどこかにバックアップしておきます。

2019/09/15

3年目の第九合唱練習記(3)

2019年9月12日(木)

今日は朝からS病院に行ってきて、一旦家に帰り、それからの練習行きである。開始時刻が11時間(ほぼ、半日)ずれているので、一度家に帰った方が楽だ。なお練習の時は駅までバスに乗っているが(日頃は乗らない)、練習会場の保育園までは駅から結構歩く。まあ声を出すには、少しウォーミングアップをした方が良い。今日は朝から出ているので、歩きすぎだが(^_^;。

練習会場へ。開始10分前になっても、集まりが悪い。M先生が来た頃は、まだ「つ止まり」(10人未満)である。練習開始までピアニストのBさんとしゃべっていて、公演準備の裏話を仕入れる。内容を書くのは、止めておこう。

練習が始まって、19時30分くらいまでにどんどん増える。今日は平日なので、仕事が終わって19時にここに駆けつけるのは、結構大変なのだろう。小生が昔N響の定期会員だった頃、仕事が終わって19時にサントリーホールに駆けつけるのは、結構大変だった。17時10分の就業ぎりぎりまで仕事をしていると、仕事の整理や翌日の準備(やることを書いておかないと、忘れる)で、30分くらいはすぐ経った。

話は前後するが、少人数の男声で女声と伍して歌うためには、良く通る声を出すこと、と言われる。ボリュームを上げてわめきまくる(ホリヤンか?)のとは、違うのだ。そうすると息の消耗も少ないので、フェルマータで多少延ばされても平気である。ということで、330小節のvor Gott!のフェルマータを思いっきり延ばす。途中で息切れしてしまうが、広上さんの時は10秒続いたそうだ。ここはオーケストラも、連打のティンパニー以外は全部同じ音を延ばすが、途中で弓を返せる弦楽器はともかく、管楽器は大変だろう。

この後の男声合唱部分、今日のM先生はソロパートを歌ってくれない。ただ第2テノールの場所をまとめられたので、回りにくっついて音は取れる。小生は絶対音感はないので、基準音がないとどうにもならないのだ。最も絶対音感のあるカミさんに言わせると、音がわかるのと、ある音を出すというのは、全く別物だそうだ。

進み方が速いと思っていたが、パート練習は来週で終わりである。月日が経つ方が速いのか。

後日談であるが、別のヴォイストレーニング、個人レッスンではなくカルチャーセンターみたいなものだが、そこの先生に第九の練習は各パートにピアニストが付いた、すごく贅沢な練習をしている。学生の時は音叉だけだった。と言ったら、「それはそれで、すごいけどね。」と言われた。まあ、基準音が出れば途中の音の変化はピアノなど無くてもやってしまうのだから、すごいのかもしれない。なお小生、今はもうとても無理である。

2019/09/14

中秋の名月

2019年9月14日

中秋の名月というのは昨日だったようですが、月例は今日の方が15に近く、14.7です。

ぽんぽこぽん。19091401a

2019/09/13

アミオダロン終了

2019年9月13日

昨日の報告も兼ねて、かかりつけの内科に行ってきました。本当はS病院のT先生からの手紙(連絡票)が着いてからの方が良いのですが、来週月曜日が祝日であることを失念し、薬が足りなくなりました。

まず先生に、アミオダロン終了、ワーファリンの減量、3ヶ月後のワーファリンの終了の3点を伝えます。先生はワーファリンを(も?)すぐに止めるように連絡したのですが、T先生の判断では、アミオダロンが効いている間はワーファリンを飲んだ方が良い、というものみたいです。アミオダロンは半減期が19~53日と長く、3ヶ月たっても1/4くらいは体に残っています。まあ2ヶ月たつと、体感として減ったのがわかりますが。

このアミオダロンの影響とおぼしきところが、昨日の血液検査でも出ています。ヘモグロビン=13.7(下限ぎりぎり)、AST=29(上限ぎりぎり)、eGFRの43.7は、アミオダロンの影響か本当に悪くなっているのか、不明ですが。

今日もらった薬からアミオダロンはなくなりましたが、アミオダロンとペアで飲んでいたファモチジン(ガスター)はそのまま出ていました。これはアミオダロンの副作用対策で、薬局から連絡して取り消してもらおうかとも考えたのですが、そのままもらってきました。昨日T先生が「バイアスピリンは胃に影響があるので、胃の内視鏡検査を受けるように。」と言ったことを思い出したからです。この1ヶ月は、バイアスピリンを飲むときにファモチジンを飲むようにします。朝夕が朝だけに減るので、必要量は半分ですね。

2019/09/12

S病院で心臓の検診

2019年9月12日

S病院に、心臓の検診に行ってきました。手術後6ヶ月です。
前回のS病院での検診が4月25日で、そのとき「次は半年後」と言われました。この半年、診察から半年なのか、退院から半年なのか、はたまた手術から半年なのか。この話をかかりつけのクリニックで言ったところ、間隔が一番短い手術後半年になりました。かかりつけの先生は専門が呼吸器科ですから(肺炎の時には、お世話になりました)、不整脈の薬を自分の判断でどうのこうのするのはあまり好きではないみたいで、なるべくS病院の判断に任せたいところもあるみたいです。

さて、今日は予約が8:30、30分前には着きたいと思って早めのバスに乗ったところ、8時前に着きました。受付前に人は大勢いましたが、まだ受付のシャッターは閉まったままです。うろうろしていたら、番号札を渡されました。受付だけの整理番号です。8時になったらシャッターが上がります。すると、各端末の前に受付嬢が一人ずつ付いて起立して待っています。シャッターが上がりきったところで、主任さん(とおぼしき人)が出てきて、「おはようございます。」すると各端末の担当者も一斉に「おはようございます。」と頭を下げます。ここはデパートか!やっぱりこの病院、変だ。それから番号順に呼ばれますが、4番と9番は欠番でした。

とりあえずかかりつけの先生からの手紙が主治医のT先生に渡ったようで、診察室前で待っていたら検査指示が出ます。心エコー、心電図、採血、X線(回った順)。心エコーに行ったら、「今日は自転車こぐような疲れることはないわよ。」とにやり。前回の負荷心電図の時の担当技師さんでした。小生はすっかり忘れていましたが、向こうは覚えていたんですね。負荷心電図をやったのは3月の入院時ではなく、その前の1月の検査入院時でしたから、よく覚えていたものです。

検査が全部終わったのが9時半、それから30分ほど待って、呼ばれました。特に異常はないものの、急に負荷をかけると(先日みたいに、交差点の途中で小走りになったりすると)心臓のどきどきの前に脳貧血になることを報告します。画面を見たら、かかりつけの先生からの連絡では、そろそろワーファリンを止めるよう提言です。T先生の判断では、まずアミオダロンを止め、その3ヶ月後にワーファリンを止めるように指示が来ました。これはかかりつけの先生に直接手紙を出すそうです。余談ですが、T先生はこの手紙の中で愚痴ったりするので、今度何を書かれるか、です。そのほかでは、あと3ヶ月になりましたが、ワーファリンが効きすぎているので減らすこと。バイアスピリンを飲んでいるので、定期的に胃の内視鏡検査をすること、です。小生としては、やっかいな副作用の多いアミオダロンを止めるので、助かります。それとワーファリンが12月までですから、一番気管支炎/肺炎になりやすい時期は、ワーファリンなしです。

次の診察は、1年後になりました。その間は、かかりつけの先生の当てが外れて、かかりつけ医の判断になります。まあアミオダロンもワーファリンも止めてしまえば、期外収縮が起こったときにどうするかだけになります。メインテートを増やす(戻す)かどうかでしょうね。

2019/09/10

3年目の第九合唱練習記(2)

2019年9月5日(木)

今日から保育園での練習が始まった。現在の名前は制度が変わって保育園ではなくなっているが、ここでは保育園で通す。2年前の小生が新人だったときは、保育園の入り口についての案内や注意が全くなく、どこから入って良いのかわからず、うろうろしている人が結構いた。それが、去年から案内が書かれるようになった。一般的には「裏口」に相当する場所が、入り口である。また2年前は保育園が休みの日に練習日が設定してあり、時間になっても鍵が開かず、一騒動になったことがある。去年から、練習日は保育園が開いている日になった。そのあたりは、きちんとフィードバックしてある。今年の保育園での練習は、全部平日である木曜日だ。

開場時間の少し前に着く。ベースの新人さんが早く、もう来ている。「第9も合唱も、全く初めてです。」と不安そうに言われる。同期のベースのSさんがいたので、Sさんに引き継ぐ。Sさんも第九も合唱も全く初めてであった。しかも面倒見がよい。テノールの新人さんは、第九の経験はないが合唱経験はあるので、なんとかなる(と思う)。練習用CDの紹介を、前回やっておいた。

練習に先立ち、全員の自己紹介。小生は、「3月に心臓の手術をしたので、今年はどこまで歌えるか不安。」という話をしたが、手術の具体的なことまでは言わなかったので、ステントかバイパスかと思われたかもしれない。ステントの経験はないが、正中線切開とはずいぶん大変さが違うようだ。

今日はM先生がお休みで、代わりに女声のN先生だ。N先生、カタカナの書かれた歌詞表を準備していて、希望者に「M先生にばれたら怒られるけど」と言いながら配る。「Scho¨ner]と「シェーナー」は、全く別物だ。といいながら、小生もどっちで発音するのが不明な語尾のrやら、イタリア語発音のCherubなどには、仮名でルビを振っているが。語尾のrについては、今年は一段と巻かない方向に行くみたいだ。

練習はさーっと全体を通すつもりのようで、どんどん行く。ただピアノ伴奏は正式な伴奏ではなく、歌の音程を弾いてくれる。小生が音程が怪しいと思っているところは、皆さん怪しい。特にKu¨se gab sie(313小節)から始まるところ、臨時記号がふんだんに出てきて、音程が取りづらいのだ。その後のund der Cherubのスタッカートは、「去年こうやったから」と、楽譜上二分音符のところを四分音符+四分休符で歌うよう指示される。ところが帰ってから去年の楽譜を見たら、最初は四分音符+四分休符の指示(ひょっとして、ホリヤン?)があったが、秋山先生の指示でその指示にバッテンが付いていて「発音は明瞭に。音はたっぷり。」という書き込みがある。まあここは、村上先生の指示次第だ。

テノールは前回声が全く出ていなかったが、今日はよく出る。皆さん、やっと第九モードになったか。411小節Laufetからの男声合唱、ここはいかにも合唱らしくて好きなところだが、1stと2ndのバランスが悪い。自己申告のせいか、今年は一段とひどくなった。手を上げたら、1stが10人強、2ndは3人。次回のM先生の時に、少し移動指示があるか?ちょっと頑張ろうと思い、初っぱなのLaufetはよかったが、次のfreudigは音を外した。ここはベースから音を取っているので、ベースの音が鳴らないと取れない。M先生はソロの部分や他のパートを歌ってくれるから、次回はなんとかなるだろう。

なお第九全体として、全部全力で歌うとバテて後半声が出なくなるので、所々サボって重要だ(と小生が思っているところ)に力を入れている。毎年「歓喜の歌」の後のSeit umschlungenに力を入れているが、女声が入るところではサボっている。それでもganzen Welt!はソプラノより上になって、CDでもテノールがよく響いているので、なんとかここのGを出したいと思っていた。しかしここで頑張ると次の男声だけのFの連続が出なくなるので、こちらを優先していた。毎年「次はなんとか」と思っていたのだが、今年は体力が落ちたせいか喉のバテが早く、かえってサボる場所を増やさなければいけないかもしれない。まあ今年は、通しで歌えれば良しとしよう。

2019/09/09

台風の「上陸」と「通過」

2019年9月9日

台風15号の被害に遭われた方に、お見舞い申し上げます。

さてこの台風15号、一旦三浦半島に上陸し、そこを突っ切って東京湾に出て、千葉に上陸しました。ところがニュースでは、「千葉に上陸」です。以前から離島、仮にそこはもう陸続きになっていても島であれば「上陸」とは扱われないので、ずいぶん失礼な話だと思っていました。具体的には沖縄がそうですし、天草なども陸続きですが、「上陸」とは扱われません。「上陸」とは、北海道、本州、四国、そして九州に上陸したときに言います。日本の得意な少数切り捨ての思想が働いた表現かもしれません。

その本州の三浦半島が「上陸」と扱われないので、なぜかと思って調べたら、上陸してすぐにまた海上に出るような場合、たとえば半島を横切るような場合は上陸ではなく、「通過」と言うみたいですね。島の場合も「通過」です。

今回の台風は、三浦半島に上陸後シュート回転で進路を右に曲げ、すぐに東京湾に出たため「上陸」ではなく「通過」だったのですが、それがまっすぐ内陸に向かっていたら、三浦半島に「上陸」ということになります。上陸した場所は同じでも、それから先の進路によって「上陸」か「通過」かと変わるというのも、上陸された場所から見ると、変な話です。

半島を横切った場合や、少なくとも人の住んでいる島に上陸した場合は「上陸」とした方が良いのではないかと思います。どうしても「上陸」した地点に目が行くため、島や突端が忘れ去られます。昔、昭和天皇に「台風は幸い上陸を免れました。」と報告した侍従が、「石垣島が被害を受けたではないか。」と叱責されたという話を聞いたことがあります。

2019/09/08

中央図書館で鉄道映像の上映会

2019年9月8日

市立中央図書館で、鉄道関係の映写会があるというので、行ってきました。14時からの上映で、10分前についたら超満員!やっと1席見つけました。時間ぎりぎりに行ったら、立ち見のところでした。会場に、鉄道ファンには有名な宇田賢吉氏の姿もありました。

作品はいずれも高畠正之さんの作品で、昭和40年代の鉄道映像です。元は8mmで、それをデジタル化したものです。同じ8mmでも初期のはダブル8で、後に出たシングル8の方が映像はきれいですね。

上映作品は、
「赤穂線の老兵C58」昭和40年、ダブル8、モノクロ、サイレント。
「C59の勇姿」昭和40年、ダブル8、モノクロ、トーキー。呉線です。
「三重連」昭和44年、シングル8、カラー、トーキー。岡山界隈で三重連と言ったら、伯備線です。
「鷲羽とハチロク」昭和42年、シングル8、カラー、トーキー。宇高連絡線(鷲羽丸)の貨車引き出し、積み込みの様子です。

高畠氏はアマチュアとのことですが、作品の作り方などを見ていると、セミプロですね。
赤穂線:貨車から手荷物を降ろすシーンがありましたが、赤穂線(旅客は気動車)破棄はユニを使わず、貨物列車で「荷物」を運んでいたのですね。普通「荷物」を運ぶのは客車で、貨車で運ぶのは「貨物」です。
C59:C59はなじみのある型式で、懐かしく眺めました。広島工場受け持ちのSL(特に、旅客機)は、標識灯(尾灯)をエンドビームに埋め込みに加工しています。九州のC59はテンダーに増炭枠をつけていますが、長方形のC59のテンダーは、増炭枠はない方がきれいですね。
三重連:絶気合図を、久々に聞きました。三台目の機関車になると、かなり省略して鳴らしていますが。
ハチロク:青函連絡船は眺めたことも乗ったこともあったのですが、宇高連絡線は乗ったことがなく、入れ替えも初めて見ました。その当時でも旧型の鷲羽丸ですが、中に2線しかないのは初めて知りました。青函連絡船の入れ替えは牽引力の強いキューロクですが、宇野駅はカーブの関係でキューロクが入れず、ハチロクが使われています。青函連絡船は控え車をつないでさらに船側にテンダーを向けるのですが、宇野駅は控え車だけで頭を船に向けています。外洋と瀬戸内海の違いで、宇高は積み込んだ貨車の位置が桟橋のすぐ近くにあるためでしょう。バウスラスタがない船は、離岸の時も引き船が必要なことがわかりました。

楽しめたのですが、次回から会員制になるようです。会員申込書を配っていましたが、会員になる気はないので、残念ながら今回限りです。

2019/09/06

半年に1回の肝臓の定期検診

2019年9月6日

O大病院に、半年に1回の肝臓の検査に行ってきました。C型肝炎は、著効から13年半になります。思えば遠くへ来たものだ。

今回の検査は、3月の心臓手術の時の感染症検査のうちのB型肝炎、C型肝炎の検査も兼ねているので、結果を聞くために一週間前採血にしました。AST/ALTが正常範囲とはいえ高めなのも、気になっています。

まず気になっていた感染症検査の結果は、B型:S抗原定量→検出限度以下。C型:HCV核酸定量(リアルタイムPCR法)→検出せず。まずはOKです。AST/ALTが高いのは、アミオダロンが悪さをしているような気がします。

血液関係は、白血球数:5.13(4.48)E3(括弧内は、半年前)、赤血球数:4.62(4.76)E6、ヘモグロビン:13.7(14.5)、血小板数:207(164)E3。ヘモグロビンがやや少なめですが、おおむね良いところです。あまりよくないのがクレアチニンで、1.17でした。半年前(手術前)が1.00ですから、明らかに悪くなっています。原因は、これもアミオダロンか、はたまた利尿剤か。どちらにしろ、あの強力な薬は、あまり続けて飲むものではありません。利尿剤も、腎機能を低下(少なくとも、見た目は)させるらしいです。

腹部超音波を撮るとき、フィブロスキャンを一緒にやりました。フィブロスキャンを計る機械は数が少なく、検査前に隣の部屋の技師さんと話して、どちらが先にやるか、です。小生の方が先で、検査終了後カーテンの外に機械を出しておくと、隣の技師さんが持って行きました。10回計って平均値ですから、大学1年の時の応用物理学実験(測定法の基礎)を思い出しました。測定値の上下両端1個ずつはカット(昔は、オリンピック方式といいました)というやり方も、たまに使っていました。なおフィブロスキャンも超音波も、異常なしです。検査後診察まで30分以上あったので、ここでまたアメリカンブレックファーストです。

O大の診察が終わった後、行きつけの内科に行ってきました。来週S病院に行くのに紹介状を書いてもらうためです。O大は半年に1回でもう半年後の予約が決まるのに対し、S病院は半年ごとに逆紹介と紹介の繰り返しです。薬の処方があるのでバトンを渡した、ということになるのでしょうが、なんとも面倒なシステムです。来週のS病院での診察後、薬はかなり変わる可能性がある(変わってくれなければ困る)ので、今回は一週間分だけもらいました。後の商法は、S病院に行った後です。

2019/09/02

3年目の第九合唱練習記(1)

2019年9月2日

昨日(9月1日)から、今年の「第九」がスタートしました。小生にとっては、3年目になります。さて、今年は、、、。

 

2019年9月1日(日)

元々「第九」は、冥土の土産で1回だけ歌うつもりだった。しかも指揮はシェレンベルガー氏で、1回だけやるにはちょうどよかった。ところが翌年(去年)は秋山和慶氏で、「指揮の技術は、小澤征爾より上」と言われる秋山氏の指揮を見たく、また秋山氏の「鉄」にも関心があったので、去年も歌ってしまった。去年の本番の控え室で、「実は来年早々に心臓の手術をする」と言ったら、「それは生きていたら報告がてら来年も顔を出せ」と言われ、素直な(?)小生はまた申し込んでしまった。しかしまともに歌えるかどうか、一抹の不安はある。

16時50分、発団式の受け付け開始は17時からだから、まだ少し時間がある。少し早めに来たのは、1階と地階にある本屋「丸善」によるためだ。岡山に大型書店はいろいろあるが、ここは品揃えが多い。特に文庫本の、ハヤカワ文庫などほかの書店ではあまり置いていない本の品揃えがよい。ただしここは、音楽関係の本もあるが、縮小版スコアも含め、楽譜は置いていない。楽譜は2階の「ヤマハ」である。

丸善で、一度図書館で借りたもののじっくり読みたいと思っていた本を買い、上に上がろうと思ったら出口でドクターと鉢合わせした。ドクターは今年も参加されるようだ。

受付を済ませ、オーディションの発表を見たら、今年はソプラノが多い。去年アルトが多かったことへの反動か?男性は相変わらず少なく、それでもテノールは3名。ベースは1名だけである。小生の番号(出席番号?)は、去年より1番若い。小生の本名は五十音でかなり後の方なので、全体の動きがもろに番号に反映する。新人さんが入ってこうだから、何人か抜けたか?

今年は合唱指揮者というものを置かず、指揮の村上寿昭氏の来岡の回数が多い。そしてその間は、地元のI先生とY先生で指導することになる。去年はI先生とY先生をホリヤンは完全に「一兵卒」として扱っていたが、今年は肩書きが「合唱指揮」である。それぞれの全体指導は、2回ずつである。

発団式が終わった後は、男声女声に分かれて第1回の練習。男性の指導者はM先生。この日は歌詞をつけずに全部「ナ-」で歌うが、これが大変である。全体のタイミング、ブレスの位置などは歌詞で覚えていたので、これがわからない。そして、子音でごまかしていた曖昧な音程が、露骨にわかる。小生が「怪しいなあ」と思っていたところは、皆さん怪しかった。途中で転調と言うか臨時記号が出るところで、半音上がるところが上がりきれず、下がるところが下がりきれないのだ。ここは、練習あるのみである。去年のホリヤンはやたら刻むように、怒鳴るように歌わせていたから、レガートに戻すのが大変だろう。

休憩を入れての2時間の練習だったが、後半で声が出なくなった。高音が、特にEから上ばかりのところを繰り返し歌っていると声がばてるのだが、今回はそればかりではないようだ。昔は5階までは平気で上がっていた階段が、今は3階がやっとである。あちこち筋力が落ちているので、心臓リハビリに加えて声帯リハビリもする必要があるか?しばらくは、声出しを毎日やった方が良さそうだ。

練習が終わって、男どもがピアニストのBさんところで「俺の指揮を見ろ!と言ったって、見えないじゃん。」など、ひとしきりホリヤンの悪口。Bさんは去年はホリヤンの日には当たらなかったが、噂は聞いていたと見え、笑うだけだった。どうも男の方が女性ピアニストに甘い?

そして今週から早速、保育園での練習が始まる。どこまで歌えるかな。

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