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2019/04/30

アンサンブル・エアーの木管五重奏

2019年4月30日

 

昨日(29日)、ルネスホールに木管五重奏を聞きに行って来ました。
ルネスホールは旧日銀岡山支店で、建物がほとんどそのまま使われています。日銀なので立派な金庫室がありますが、その金庫室が頑丈な扉はそのまま、喫茶室になっているのが面白いです。

 

木管五重奏はアンサンブル・エアーで、メンバーはFl岡城絵梨菜、Ob沼佳名子、Hr中橋慶子、Cl松本典子、Fg西牧岳。ホルンの中橋さん以外は皆岡山フィルのメンバー(二番奏者)です。岡フィルの一番(首席)奏者は全国公募→オーディションで選ばれましたが、そのため皆さん活動拠点は東京近郊です。アンサンブル・エアーの方は、5人のうち4人がくらしき作陽大学の出身、残る一人は国立ですが、高校は就実という、岡山出身者の集まりです。19042901a

 

どちらかと言うとマニアックな木管五重奏、入りは良くて7割くらいだろうと思っていたら何と満席!高校やジュニアオーケストラの「先生」が多いので、生徒達がたくさん聞きに来ていました。

 

曲目は、ダンツィの木管五重奏曲Op56、ベートーベン作曲モーツァルトの「ドン・ジョバンニ」から「お手をどうぞ」の主題による変奏曲(Fl,Cl,Fg)(ベートーベンに、こんな曲があったのだ)、ヒンデミット5つの管楽器のための小室内楽曲Op24。後半はシェイベルのダンス組曲(Fl,Ob,Cl,Fg)、最後はニールセンの木管五重奏曲Op43という、かなりの大曲だらけというプログラムでした。

 

木管五重奏はアンサンブルがきれいなのですが、これが二重奏になった場合、フルートとクラリネットの組み合わせが一番きれいですね。完全な主観ですが。

 

楽しめました。

2019/04/29

心臓手術入院日記21

2019年3月26日(火)

起床5:50、6:07採血。そこから撮影に行き6:45まで待ったが、サンライズが来ない。珍しく旅客列車まで遅れている。途中で事故か何かあったか。

昨日のココログだが、作成のところで「最新の情報に更新」にしたら、昨日入力した記事が反映された。反映はされたものの、この仕様はおかしい。そのうちに修正が入るだろう。

10時前に撮影に行き、2080レ(EF510)、1086レ(EF200)と撮影する。Aが送ってくれた貨物時刻表のおかげで、列車番号がわかる。

11:15K師長が現れ、退院日の確認。この病院、入退院に関しては病棟師長が権限を持っているような気がするが、気のせいか?

13:00からリハビリ。30Wから35Wに途中で変えて20分。この運動量だと、息切れが回復するまで30分以上かかる。RFCA前だと、確実に心房細動が起こっていた運動量だ。もう少し鍛えたら、回復時間も早くなるだろう。
14:10検査部長先生の診察。循環器内科の権威だが、「検査部長」という役職名なので、内科外科関係なく回られる。たまにこの先生から追加検査の指示が出る。

14:30にワーファリンが来た。空きっ腹で飲むのもいやだから、おやつを早くし、その食後に飲む。1階のコンビニに行って、スイートポテトと午後の紅茶を買ってくる。

16:00シャワー。シャワーの後本を読んでいたら、To先生が現れた。数日前から飲み始めたアミオドロンは、半年くらい飲むことにしたそうだ。ただし量は、途中で減らす。それに、土曜日の退院がOKである。

18:10、K先生が現れた。Ta先生の代わりに主治医になったとのこと。退院直前だが、診断書を2通お願いしているので、その作成などの雑用がK先生に回ってくるだろう。

背中の湿布薬を止めようかと思ったが、やっぱり痛い。自分で貼ろうかとしたがさすがにうまく行かず、消灯の時に貼り直してもらう。残り数日、やっぱり夜勤の始めの時に貼ってもらおう。

(つづく)

2019/04/28

心臓手術入院日記20

2019年3月25日(月)

起床5:30、6:10よりサンライズ撮り、今日はEF510が遅れている。貨物列車は1時間くらいの遅れはざらだから、後の予定があるときはあきらめる。なお写真を撮ると言うより待つときに、極力立ったままでいるようにしている。これもリハビリの一環である。予定は今日が心電図、明日が採血、明後日がX線である。

8:30にその心電図に呼ばれる。早い。油断していたから、まだひげそり前だった。

9:10To先生が来る。「脈が落ち着いたので、ぼちぼち退院。日中はリハビリをするように。」とのこと。最初の計画では入院期間は3月一杯だったが、ほぼその計画通りだ。

その後副総師長さんが来た。投書についての回答の説明で、前回のお箸の投書の時は、事務長さんが説明に来た。3月21日に投書した、ワーファリン服用中に他科を受診する際、S病院でPT-INRを測定し、ワーファリンの量の加減ができないかということについて、はっきり言ったら「できない」との回答。一番の障害は、何となくそうではないかと思っていたが、厚労省だった。まあ、そうだろう。これがいやで生体弁にしたようなものだが、ものの本に書いてあるように、すんなりワーファリンが3ヶ月で終わるかだ。

13:00リハビリ。25Wを途中で30Wに変え、計20分。このくらいの負荷だと、終了後「運動した~~」という感じになる。
14:30病棟主任さんが来て、退院をいつにするか決めておいてくれ(家族と連絡し、決めてくれ)という話。水曜日が栄養指導だから、早くても木曜日か金曜日だ。そうこうしているうちにカミさんが来て、退院は土曜日になった。亭主元気で留守が良い。

退院後の生活についていろいろ聞きいたが、びっくりするくらいに制限事項がない。RFCA後は、禁酒、禁煙、禁長湯、禁階段に禁コーヒーと、禁止事項だらけだったのだが、「激しい運動はするな」「重いものは持つな」だけである。あとは自分で考えて、心臓への負荷を徐々に増やしていけば良いのだろう。

カミさんは、Aから送ってきた貨物時刻表を持ってきた。Aが見舞(写真撮りだろう)に来ると言ってきたので、「見舞い品の代わりに、貨物時刻表を持ってきてくれ」と言ったところ、先に送られてきたものだ。結局Aは3月末は忙しく、来られなかった。

ココログが不調で、投稿した記事が表示されない。ココログはフルモデルチェンジしたが、何やら設定が丸変わりで、webページがどうたらこうたら、今まで設定していなかったものを設定するように言ってきた。ともかく、明日だ。

(つづく)

2019/04/27

心臓手術入院日記19

2019年3月24日(日)

 

起床は5:10、今日はEF510を撮り損なわないように、6:20には7階ロビーにいる。元カシオペアの通称銀ガマが来ないかと思っているが、銀色塗装の車両は量数が少なく、なかなかお目にかかれない。3月のダイヤ改正で運用が変わって一番に岡山に来るようになったので、使用機の予測が立てにくくなった。

 

看護師さんから、27日(水曜日)に栄養指導があるから、奥さんも呼ぶようにとの通達、カミさんに電話する。このあたり、料理は奥さんが作るもの、という固定観念があるようだ。まあ、我が家はそうだから違うと言い張れないが(^_^;。

 

日曜日で何も無いので、写真の整理。EOS M5には32GBのメモリーカードを入れてきたが、それが一杯になってしまった。パソコンにコピーしているので、少し削除してメモリーカードを空ける。なおこのEOS M5、バッテリーがフル充電表示からいきなり残量少の警告表示になる。同じバッテリーを使っている8000Dはそういうことは無いので、電圧検知かソフトウェアの違いだろう。ただいきなり警告だとどうしようもないので、使用時間を見ながら早め早めに充電しないといけない。19032401a

 

今日のシャワーはいつもの16:00だったが、病院側からの依頼で15:00に変更になった。特にどうと言うことは無いが、一度取った予約が病院側からの依頼で変更になるのは珍しい。シャワー後におやつになったので、15:30である。なお共用シャワールームにはドライヤーも置いてあるので、シャワー後すぐに買い物に行くことも可能だ。

 

本日の夕食はデラックス版。今日からご飯が160gに増量になった。

 

相撲は、白鵬全勝。19:00のニュースから大河ドラマまで、テレビを見て過ごす。21:00に寝たら1:30に目が覚めた。そこで山田和樹指揮のシューベルトのグレイトを聞いて、再度寝直し。そのまま朝まで。

 

(つづく)

2019/04/26

心臓手術入院日記18

2019年3月23日(土)


起床5:40だったが、部屋を出たのが6:20で、サンライズは撮れたが、EF510は撮り損なった。


10:30心電図のテレメーターの電池が切れたとかで、電池を交換に来る。単3×1だ。パナソニックのエヴォルタを使っていて、新品もエヴォルタである。この病院、備品などはけちらずにお金をかけている。ただ院内で出る薬は、徹底してジェネリックだ。


土曜日は検査はまず無いので、DVDを見て、合間に外歩きをして過ごす。リハビリはリハビリセンターが休みなので、午前2周に午後2周、それに写真撮りが2回、コンビニが1回。これだけ歩いていれば、十分だろう。


おやつは、ツインシューに午後の紅茶。出てくる食事は塩分制限された食事だが、カロリーに関しては多少の目こぼしがあるので、おやつは黙認である。食事制限が厳しいところ(例えば。Hハートセンター)だったら、大変だ。


昨日あたりから、咳が出始めた。以前は咳が出ようとすると痛くてブレーキがかかっていたが、今は咳やくしゃみでも痛くないので、痰を出すために咳が出始めたのかもしれない。


夜フィギュアスケートの世界選手権を見ていたら、看護師さんが、「今日はどこの部屋に行っても相撲からフィギュアね。」と言った。相撲はともかく、フィギュアスケートがそれだけ人気なのだ。ただ日本の場合はシングル偏重で、ペアやアイスダンスといったカップル競技は、後日のBSでの放送を待つしかない。女子と同じで、最終グループの二人まで見て寝る。最終結果、ネイサン・チェン、羽生結弦、ヴィンセント・ジョウ、宇野昌磨。


(つづく)

2019/04/25

心臓の検診に行って来ました

2019年4月25日

心臓の検診のため、S病院に行って来ました。退院後初検診です。

まず採血。順番通りだと最初にX線ですが、結果が出るまでに時間がかかる採血を、まず済ませておきます。それから、心電図に心エコー、そしてX線に行きました。1時間弱で回れるかと思って来たのですが、1時間20分ほどかかりました。

それでもTo先生の診察は遅れ遅れになるので、予約時刻から30分くらい遅れても、どうと言うことはありません。やがて診察。弁の状態は、順調だそうです。本当は現在のEFを聞きたかったのですが、この病院(というより、岡山全体?)は心エコーの結果を教えてくれません。立ちくらみのことについて聞いてみましたが、血圧を下げる薬は飲んでいないし、半年くらい様子を見るしかないとのことでした。実は飲んでいる薬の中でメインテート(実際に飲んでいるのは、そのジェネリック品)があり、これは血圧を下げる薬です。そして、「めまい、ふらつきが起こることがある」と書かれています。まあ、2.5mgを半分にして朝夕飲んでいますから、このくらいの量だと、影響が出ても軽微と判断されているのでしょうか。

薬の種類、量は基本的に変更なく、アミオダロンだけが次の処方から半分になりました。ずいぶん遅いと感じますが、副作用は出ていないし、まあ良いでしょう。

血液検査の結果だけは会計の時に渡されますが、これがかなりひどいです。赤血球数=425万(435万=標準の下限値)、ヘモグロビン=12.5(13.7)。完全な貧血ですね。eGFR=40.9、腎機能がかなり悪い。BNP=119.9(18.4)、ほとんど心不全です。これらの数値が、心臓の手術をしたから一時的にこうなっているのか、あるいは薬の副作用でこうなっているのか、会計時に渡されたので聞く暇がなく、不明です。今度近所の内科に薬をもらいに行きますので、その時聞いてみます。

先生自体はBNPが高いことは全く問題にしておらず、運動制限について聞いてみましたが、制限無しでOKとのことです。今まで4000歩~5000歩に歩く距離を制限していましたが、制限無しでOKです。ただ上半身はまだ(3か月間)動きが制限されていますので、家事はまだですね。

次回の診察は「半年後」ということになりました。入院中の先生の言い方だと、アミオダロンを飲むのは術後半年だったので、この「半年後」の起算が、手術からか退院からか、あるいは今日からかが不明です。またかかりつけの内科からの手紙を持って行くことになりますので、手術後半年経ったあたりで、様子を見て決めます。この厚労省の方針である逆紹介方式は、面倒な上に余分な費用を払わされていますね。

2019/04/24

心臓手術入院日記17

2019年3月22日(金)

 

6:08採血、6:11起床。今日は7階ロビーに行き、そこでEF510とサンライズを撮る。6階だと新幹線の架線柱が在来線の鉄橋のそばにかかり、出来上がった写真がちょっとうるさくなる。やはり7階の方が良い。ちなみに、7階は内科の病棟である。Img_04761a

 

今日のニュースはイチロー引退、新聞が来ていないので、どのくらい大きい記事(と言うより、見出し)かはわからない。朝起きたときに不整脈が出ていたが、心房細動ではなかった。しかし、血圧が低い。薬のせいだと思うのだが、上が90である。

 

9:50ハローキティ新幹線を撮ったところで、X線に呼ばれる。もう前回から、単独行動だ。

 

11:40Ta先生が来る。この病院は私立で、それも全国チェーンの病院ではないので、基本的に人事異動はない。ところが他の病院から勉強に来ている先生も多いようで、Ta先生もそうだった。4/1付けで広島に帰るそうだ。3年前に見てもらっていた内科の先生は、沖縄に帰られた。Img_05901a

 

13:00リハビリ、今日の自転車は、20W×20分。14:00から健康教室「意外と知らない高血圧」。運動をすると血管が広がり、血圧が下がるのだ。そう言えば自転車漕ぎの後血圧を測っているが、大抵上が90だ。なお土日はリハビリがお休みなので、6階のフロア5周をノルマとして言い渡された。

 

15:50薬剤師の先生が来て、アミオダロンについて説明、強い薬なので、説明を要求していたのだ。一番ひどい副作用は、間質性肺炎。これは軽い咳とかそういうレベルではない症状だそうだ。その他肝機能に影響など。ただし他の薬や食品との食べ合わせ、飲み合わせはないので、量をきちんと守っていれば、問題ない薬のようだ。

 

古巣の鉄研OB会のホームページに、「入院中」として写真を投稿。3年前は「今度いつ入院するのか、教えて下さい。」というとんでもないコメントがついたが、実際に長期入院しても、3月末は時期が悪いのか、東京からこちらまで来る連中はいない。来そうな顔ぶれに、退院日が決まったら連絡しておこう。

 

フィギュアスケート世界選手権、今日は女子フリー。最終グループの二人を見たところで、21:00になった。最終結果順位、ザギトワ、トルシンバエワ、メドベージェワ、紀平、坂本、宮原。トルシンバエワが化けた。

 

(つづく)

2019/04/23

心臓手術入院日記16

<2019年3月21日(木)

起床6:00、今日こそはと、カメラを持って撮影に行く。EF510はうまく撮れたが、サンライズはかぶられてしまった。複線区間で反対側から狙うと、こういうこともある。

9:00Ta先生が来た。心房細動を止めるために強力な薬にしたので、一週間効き方を見るそうだ。一昨日電気ショックで失敗したので、今度は内服薬作戦だ。9:20傷チェック、何も問題なく、すべての傷がガーゼ等がなくなって、オープンになった。なお、今日からベプリコール中止である。

傷チェックが終わった後、カメラを持ってロビーに行く。福山レールエクスプレスが9:30に通るのだ。この福山レールエクスプレス、3月のダイヤ改正で牽引機がEF66に変更になったようで、連日EF66が引いてくる。これは待っていると、ただ1台の原色、EF6627に巡り会えるか?

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ワーファリンを飲んでいると、開業医で治療を断られることがままある。完全に断られることは医師法違反だからないのだが、抗生剤を使えば一発で治るところ、その抗生剤を出したがらないのだ。耳鼻科などその典型である。こういう時に、どこかがPT-INRを測ってくれて、抗生剤に応じてワーファリンの量を加減してくれたら問題なく、その役目をS病院でできないかということを、投書にして出した。ロビーに投書箱が置かれているので、そこである。さて、どういう反応が来るか。

1階のコンビニまで水を買いに行き、そのままおやつ。利尿剤を飲まされているせいか、夜中に喉が渇く。水はたっぷり飲むように言われているので、毎日500mlの水を飲んでも、平気だ。お金がかかるが(^_^;。水道の水を飲む手もあるが、最近は生水を飲むとお腹を壊すようになり、家でも湯冷ましかミネラルウォーターにしている。

16:00シャワー、シャンプーの残りが少なくなったので、代わりをカミさんに持ってきてもらわねば。こういう時、一人だとどうするかだが、もうコンビニまで行けるので買ってくることは可能だ。一人だと、動きが制限されているときの買い物が大変だ。病院によってはこういう雑用を引き受けてくれるクラークさんがいるが、この病院にはいない。

夕方、フィギュアスケート世界選手権の男子ショートプログラムが始まった。普通だと最後の方が見られないのだが、遅れた薬(花粉症の薬と、湿布薬)が薬剤部21:00発で届くのが21:30頃になるため、たっぷり見られた。個室だから多少延長しても迷惑はかからないのだが、この病院は消灯時間にうるさいのだ。薬が遅れると、公認で延長できる。

今日中国地方に、春一番が吹いた。

(つづく)

2019/04/22

心臓手術入院日記15

2019年3月20日(水)

 

5:45起床、6:20頃からロビーにカメラを持って行ってみたが、EF510、サンライズとも霧の中で撮れず。こういう日もある。

 

心房細動は昨日の電気ショックでも消えなかったが、代わりに強力な薬、アミオダロンが処方された。これは致死性不整脈の治療薬(蘇生薬)としても使われる強力な薬で、副作用は間質性肺炎に急性膵炎。使い方を間違えると、大変なことになりそうな薬だ。最も、ワーファリンでも間違えると大変なことになることに変わりはないが。

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9:50残った抜糸。起き上がるときに、腹筋で起きられた。徐々に筋力も回復してきている。最高血圧は90、薬のせいなのか、心房細動のせいなのかは不明である。

 

10:20ウォーキングを兼ねて写真撮り。115系の新ラッピング車、SETOUCHI TRAINが撮れた。昼食からご飯を増量してもらった。ウォーキングやリハビリで運動量が増えたので、お腹が空く。

 

13:00からのリハビリの後、14:00から健康教室を受講する。「しなやかな血管を保つために」特に新しいことはなかった。

 

この病院は、入院室だけではなくすべての部屋の3桁の番号が振られているが、上2桁には関係なく末尾の4と9が欠番である。その代わり、重に通じる10番は使われている。

 

15:00負荷心電図検査。負荷心電図は普通の自転車の体制でマスクを付けるタイプと、横になって足を上げるタイプがあるが、今回は足を上げるタイプである。これは運動中に心エコーが撮れる。胸より先に足が限界に来て、ダウンした。息切れの後の回復が速い。心臓は相当高性能になっているようだ。ソフトウエアが、いきなり高性能になった心臓をもてあましているか?

 

部屋に戻ったら、カミさんが来ていた。駐車場を世話したお寺さんから、熊本名産のデコポンが送られてきたとかで、持ってきていた。老夫婦二人のところにミカン箱1杯送られてきているので、せっせと食べないと、悪くしてしまう。夕食(特別食=追加料金\600)後にお礼の電話をかける。まだ酸っぱいかもしれないので、少し時間をおいた方が良いとのこと。産地で出荷するときは、輸送時間を見込んで早めに摘み取るので、直送されるとまだ酸っぱいことがある。食べてみたら、そうでもなかった。

 

19:00To先生が来る。アミオダロンは一番強力な薬で、これを半年飲む予定だそうだ。ひょっとすると、ワーファリンの期間も通常は3ヶ月だが、半年に延びる?どんどん動くことという指示が出る。1階のコンビニに行ったり、7階まで写真撮りに行く、良い口実ができた。

 

(つづく)

2019/04/21

心臓手術入院日記14

2019年3月19日(火)

6:00起床の予定だったが、少し早く5:40に起床、昨日のリハビリのせいで眠りが深く、早起きでも快調である。6:00前に洗面、ひげそりが終わった。すると、6:00ちょうどに採血と、留置針刺しが来る。ところが残念ながら、1回目は失敗、2回目でうまく行く。病棟の看護師さんの方が、技術的に未熟な人が多いようだ。

7:00に服薬だが、本日は朝食抜き、デラックス版を注文したのが昨日で良かった。8:10点滴開始、流量はゆっくりである。8:50Ta先生が来て、電気ショックの説明と同意書にサイン、そして9:00に出発した。

行き先はICUだが、救急処置室といったところだ。他の患者は、誰もいない。ここで電気ショックだが、麻酔下でやる。まず2ccを静脈から入れるが、このくらいだと効かない。「このくらいだと効きませんね。」と小生が言ったところで麻酔薬追加、意識が飛んで、「南海さん、終わりました。」という状態になった。

結局3回(75J、100J、150J)やったが、心房細動は止まらなかった。筋肉が収縮したせいか、妙に疲れている。傷も少しひりひりする。まあ、身体は勝手に動いていたのだろう。

13:00からリハビリだが、午前中のことがあったので、今日は軽めに流す。ところが、自転車を漕いでいたら心房細動が止まった。以前からそうだったが、小生の心房細動は、少し負荷をかけると止まることがあるのだ。アイドリングでノッキングを起こす車は、少しアクセルをふかすとノッキングが止まるようなものだ。最も、排気ガス規制のせいでそういう車自体が少なくなったが。

14:00に第九仲間のSさんが見舞いに来る。Sさんは小生が通っていたヴォイストレーニングコースに、小生が手術のため抜けた後もそのまま通っているが、今度の発表会でソロをやることになったとのこと。Sさんは良い声のバスだから、ソロも冴えるだろう。

検査部長先生の診察が終わったところで、1回のコンビニまで紅茶を買いに行く。1階のX線検査まで1人で行かされたのだから、1階のコンビニへ行くのも平気だ。そして、Sさんお見舞い品のロールケーキを食べる。

19:30にカミさんから電話、先日電話したHから、お見舞い品が届いたそうだ。下手に電話したのが、まずかったか。退院したら、返礼品を送らねば。

20:30に電気を消して横になったら、そのまま寝てしまった。おかげで寝る前に飲む薬を飲み損ない、0:00に目が覚めたときに飲む。そのまま、ブラームスのピアノ協奏曲を聞いて寝る。1回の睡眠単位が、3時間になった。

(つづく)

2019/04/20

心臓手術入院日記13

2019年3月18日(月)

 

5:00に目が覚め、そのままCDを聞く。起床は6:20。今朝の朝食は、デラックス版洋食。コンソメスープに野菜のソテー、ロールパン2個にストロベリージャム。おいしいが、追加料金分(記憶では、\300\130)の価値があるかどうかは疑問である。9:05Ta先生が来た。心房細動が消えないので、明日か明後日、電気ショックをかけるそうだ。結局明日朝9:00からということになり、明日は朝食抜きである。9:45留置針を抜く。明日はまた点滴なので、針の差し替えになる。

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10:001回目のウォーキング。10:30薬剤師さんが来て、薬の説明。このあおりで、部屋の掃除がなくなった。

 

午前中はDVDを見て過ごし、午後、13:00からリハビリ、カミさんとちょうど入れ違いになる。リハビリセンターは別棟で、病院棟から行くと一旦外に出なければいけない。おそらく消防法の関係で、「屋内」通路が繋げられないのだろう。外に出るので、短時間だが結構寒い。入院前にこういうこともあろうかと厚手のカーデガンを買っておいたので、役に立っている。

 

小生は手術後心電図のテレメーターをずっと付けているが、この送信機を別のものに取り替える。リハビリ中、リアルタイムで心拍数や異常波形がディスプレイに出るようになっている。さすがは病院内のリハビリ施設である。

 

リハビリセンターでのリハビリは、15~20人くらいである。まずストレッチ、それから自転車漕ぎ、小生は初回だから軽めに15W15分である。それからまた整理体操のストレッチ、なんだかんだで、たっぷり1時間はかかる。明日は20W20分だそうだ。負荷は軽いが漕いでいるときに身体が揺れるため、LCDパネルの速度計を見るとめまいがする。ちらと見て、後は遠くを見るようにしないと、自転車漕ぎで車酔いだ。

 

なお自転車タイプに乗れない人用に、スワンボートのように椅子にふんぞり返って自転車を漕ぐタイプのものもある。小生は片目でバランスがうまく取れないため、場合によってはそちらにしてもらおうかと考えたが、自転車タイプで無事乗りこなせた。

 

カミさんを待たせていた部屋に戻っておやつ。そして16:00にシャワー。16:00がしっかり確保できた。シャワーが終わった16:50にTo先生が来る。不整脈についてだが、心臓をいじって1ヶ月くらいは、不整脈は出やすいそうだ。カテーテルアブレーションの時も3ヶ月は心房細動が出やすいと言われたから、あちこちぶった切った後なら、1ヶ月といわず3ヶ月くらいは不整脈が出やすいだろう。そのため目くじらを立てることはないのだが、心房細動があると退院できないので、ともかく止める算段をするそうだ。

 

夕食後看護師さんが、薬の出し方が変わったことの説明。今まで1日分が1回分の小分け袋に入ってきたが、それを小分け袋にシールし、4日分をまとめて出すという。薬の量が安定したら、多少まとめないと薬剤部も大変だ。小分け袋に「朝食後」などと書いてあるので、間違う心配はない。ただしワーファリンはPT-INRの測定値によって量が変化するので、別である。

 

夕食後、熊本のお寺さんに電話をした。母親の50回忌の時、お経だけを頼んだお寺だ。実は入院前に、暇なときに電話をくれ、と言ってきてあったのだ。聞いてみたら、今度講話があるので、その時今は使っていない倉庫の前を駐車場に貸してくれ、という話だった。基本OKだが、そこの土地は小生のものではなく、姉のものだ。姉2人に電話をして、OKを取り付ける。お寺には、入院していることは言わずにおいた。

 

(つづく)

2019/04/19

晴れて(?)身体障害者

2019年4月19日

市の福祉事務所から連絡があり、身体障害者手帳を受け取りに行きました。1級1種です。

小生はもう70歳になっているので年金は関係ありませんが、医療費が変わってきます。心身障害者医療と後期高齢者医療(どちらも、自己負担額は10%)のどちらかが選べるのですが、小生は同じ国保にカミさんがいるので、心身障害者医療の方を選択しました。この受給資格証は5月1日から有効なのですが、もう身体障害者手帳は発行されたため、それまでの受診に対しては窓口(福祉事務所か区役所か、聞き忘れました)で10%分の還付請求ができるそうです。

他に税金も変わりますが、これは来年の確定申告の時に、「国税庁マクロ」で計算すれば出てくるでしょう。来年は医療費控除の金額も多いのですが、医療保険の金額も大きく、これから先の医療費が少なくなれば、ひょっとすると還付でなく支払いになります。

いろいろ交通機関の割引や、岡山市の場合有名観光地(後楽園、岡山城)の入場料が無料になるのですが、その他にNHKの受診料も割引になるそうです。これは知りませんでした。その場で申請書を書いて投函してきましたから、そのうちNHKから何か言ってくるでしょう。

長距離の旅行をする場合、小生はジパング倶楽部に加入しているため、「乗車券だけ半額」と「乗車券特急券とも30%引き」のどちらが安いか、ということになります。5月の熊本行きは、微妙にジパングの方が安いので、ジパングにするつもりです。

2019/04/18

心臓手術入院日記12

2019年3月17日(日)

起床6:00。今まで食事の時は電動ベッドをほとんど直立するまで立てていたが、今朝からベッドは立てず、普通にあぐらをかいて食べる。背もたれがなくても座っていられるようになった。なおこの後、退院までベッドは一切立てなかった。

9:201回目ウォーキング。ロビーにしばらくいたが、福山レールエクスプレスは来なかった。貨物列車は、ダイヤ乱れですぐに1時間くらい遅れるので、写真を撮ろうとするとその分覚悟が必要だ。

9:40今日(休日)の当番らしいI先生が来て、お腹に残っていたリード線を抜く。ペースメーカーらしい。これでいろいろぶら下がっていたものが、全部なくなる。ドレーン管の後の抜糸も行う。なお縫ってあるのはドレーン管の後など一部で、メインの胸を縦に走っている傷は、接着剤のため抜糸はない。

動くと脈が速くなるとのことで、メインテートが倍量になった。

10:30から、スヴェトラーノフ/N響/中村紘子のチャイコフスキーピアノ協奏曲のDVDを見る。NHKで中村紘子さんの追悼特集で放送されたものだ。この撮影されたNHKホールに、小生もいた。しかし惜しい人を亡くした。大腸がんくらいで、という思いはあるが、大腸がんでも甘く見てはいけない、ということだろう。最近涙もろくなった(歳のせい)ので、こういうDVDを見ると、泣けていけない。

昼食は麻婆豆腐。スプーンは準備していたので、スプーンを出す。以前書いたが、この病院、と言うより岡山では一部の病院を除き、食事にお箸その他はついてこない。小生は割り箸を準備して毎回使い捨てにしているが、スプーン(プラスチック)を使い捨てにするかどうか、カミさんに確認し損なった。

14:00の検温の時、明日の16:00のシャワーは激戦だから、今日の夜勤さんに頼んで明日16:00を取ってもらうよう、自分も言うけど小生からも言うように、と看護師さんから言われた。どうやら夜中0:00過ぎると、当日になって予約が可能なようだ。明日の午後はリハビリセンターに行って本格的なリハビリ開始なので、シャワーが取れないと困る。

19:30の検温では、なぜか発熱。大河ドラマを見て、21:00の検温では平熱に戻っていた。やはり左で測ると、自宅ではよく測定異常になって測れなかったが、どうも左は誤差が大きいようだ。

(つづく)

2019/04/17

心臓手術入院日記11

2019年3月16日(土)

6:00採血、採血がある日は、朝が早い。朝、花粉症の薬のザイザル相当品を頼む。この病院はザイザルは置いてなく、その次くらいの強度のものになる。9:40ウォーキング1回目、土日は一日3回歩くことを宿題に課されており、その1回目だ。10:00認知症の検査というか、知能テスト。数字を線で繋ぐもので、所要時間は手術前と1秒しか違わなかった。1分ちょいである。

10:20Ta先生が来る。エコーの結果は良かったそうで、「これからはリハビリがメインです。」11:00清拭。前は自分で拭き、背中を拭いてくれる。11:302回目のウォーキング。お昼前に今日の分のワーファリンは来なかった。

14:00昔、それも10年位前に「心臓の手術で入院することがあったら、見よう。」と思って買ったドラマのDVD、「奥様は魔女」を見る。ところがテレビのシリーズとは違っていた。調べたら、このDVDが最初の作品で、テレビのシリーズは題が同じで別物、それにテレビシリーズのリメイク版と、3種類あることがわかった。そして、テレビドラマシリーズのDVDはどうやらなさそうだ(残念)。

14:35に3回目のウォーキングをやった後の15:00、やっとワーファリンが来たので、即飲む。16:454回目のウォーキング、心臓が多少ドキドキする。ピッチが速すぎたか。小生は手術後ずっと心電図のテレメーターを付けており、これは過去の波形が保存されているので、確認することができる。17:20の検温時に波形を見てもらうが、特に乱れはなく、単にドキドキしただけだった。

朝頼んだザイザル相当品が、夜勤の看護師さん→日勤の看護師さんと伝わるはずの伝言ゲームの中で、漏れていたことが夕食後に判明。急遽夕方の手配になった。夕方手配された薬は薬局を出発するのが21:00で、病棟への到着は21:00を過ぎる。おかげでBSアサヒのドキュメント番組、21:00まであるので普通は最後の方が引っかかるのだが、これが全部見られた。ザイザル相当品(エピナスチン)が来たのは、21:30だった。

そこから1:00まで爆睡。何となく目が冴えて、CD、実際はウォークマンに入れているのだが、前橋汀子さんのシベリウスを聞く。このところこのパターンが増えた。

(つづく)

2019/04/16

歯医者に行ってきました

2019年4月16日

退院後、と言うより手術後初めて、歯医者に行ってきました。入院前に、退院したら来いと言われていたのです。入院が長いと歯がガタガタになることがあり、小生は目の病気(桐沢型ぶどう膜炎)で1ヶ月入院した後歯医者に行ったら、「口の中がガタガタです。どうしたんですか?」と言われました。

歯医者に関しては、血の出るような治療をするときは(事前に)抗生剤を飲むこと、と言われています。ただこの説明をしてくれたK先生は、歯医者に行くこと自体にあまりいい顔はしていませんでした。なるべくリスクは避けたいというのでしょうけど、ワーファリンと違って人工弁は一生ものですから、下手に放っておくと、歯石を取るだけでも「血の出る」治療になってしまいます。小生は、まめに行った方が良いと思っています。

さて行きつけの歯医者さん、手術前に、「南海さんは歯茎がきれいだから、血管もきれいです。手術はうまく行きます。」と言った歯医者さんです。早速、上行大動脈を人工血管に交換せずに残した話を報告です。それと、血の出る治療には抗生剤、という話も。先生は心得ていて歯科衛生士さんに、「血の出ることは厳禁ね。内膜炎になると命落とすから。」

まず全体の検査も行いましたが、「相変わらずきれいですねえ。」小生は歯医者さんに褒められることなどついぞなかったのですが、最近は、と言うより歯の磨き方を変えてから、褒められるようになりました。長期間入院していたのに、全く変化がないそうです。小生は、ICU内でもきちんと歯磨きをしていた話を報告です。今小生は冠動脈もきれいですから、その状態を維持するためにも、口の中はきれいに保っていなければなりません。

治療するところはどこにもないので、歯石を取ってクリーニングで終了です。普通小生のような状態だと次は早くて半年後なのですが、心臓のこともあるので、と次は3ヶ月後になりました。小生が考えていた、血の出る治療を防ぐためには、まめにクリーニングした方が良い、と言う考え方ですね。小生の考え方が、裏付けられました。

2019/04/15

心臓手術入院日記10

2019年3月15日(金)

7:00起床、本日は採血無し。9:00前、入院して初めて爪を切る。やはり元気がないと、爪の伸びも悪い。9:40リハビリ。ロビーまで歩くが、心房細動は出ない。ロビーに行く途中にナースセンターがあり、ナースセンター前に体重計があるので、体重測定。64kg。小生の入院前の標準体重だが、水分のバランスが落ち着いたのだそうだ。ロビーにいたら、ちょうど福山レールエクスプレスが来た。牽引機はEF66、ダイヤ改正でEF66に変わったか?なお土日はリハビリは休みだが、その間1日3回ロビーまで歩くことを指示される。

10:00過ぎにシャンプー、洗面台で顔は下向きだ。まだ上半身を支えられるくらいには背筋は戻っていないので、胸のあたりを洗面台に付けて身体を支える。快適である。

シャンプーの後、X線に呼ばれる。今回は、1人で歩いて行かされる。さすがに連続しての歩行は無理で、帰ってきてロビーで一休みする。このロビーから自分の部屋まで、ナースセンターを突っ切ったらすぐなのだが、普通に歩いて行くと建物を半周しなければならないのだ。なおリハビリは、月曜から自転車漕ぎになるそうだ。

昼食時に、カミさんが来た。この病院の平日の面会時間は14時からだが、家族はどの時間帯(さすがに21時過ぎは無理だが)でもフリーパスである。リンゴ、バナナ、ビスケット持参。おやつだ(^^)v。ちなみに以前カテーテルアブレーションをやったHハートセンターは食事の管理が厳しく、食品は一切持ち込み不可で、院内の売店にも食品は置いてなかった。ここはそういう意味では管理が甘く、糖尿病は別として、間食もOKである。なお今日の昼食から、かゆ食から普通食に変更になった。

14:00の検温の時、背中にロキソニンを貼ってもらう。さすがにこれは1人ではできない。なおお腹には、その出口はガーゼだが、まだドレンチューブがついている。

14:10シーツ交換、この病院のシーツ交換は金曜日だ。15:00午後のウォーキング。ロビーの自動販売機ではちみつレモンを買う。コーヒーも売っているが、何となくコーヒーは敬遠している。

16:20、このところ友人のHからのメールが途絶えているので、自宅に電話してみた。彼は膠原病で、緊急入院の可能性もあったのだ。すると奥様が電話口に出て、何やかにやで1時間くらい話し込んでしまった。彼は単に無精しているだけだったようだ。なお奥様といろいろしゃべったおかげで、Hが話していなかったこと(隠していたわけではないだろうが)、彼はC肝だが膠原病のためIFNが使えず強ミノで押さえていたのだが、ハーボニーでウイルスが消えたそうだ。目出度い!また合唱団の同期生が二人立て続けに死んだが、そのうち一人のお通夜に浦和まで行ったそうだ。ずいぶん元気になった。もう一人は、連絡せずに葬儀が終わっていた。なお二人立て続けに死んだため、小生の入院手術の話は事前に言い出し損ねた。退院したあたりで、みんなに報告せねば。

この病院は、朝食と夕食に「特別食」が注文できる。追加料金が必要だが、ものは試しと来週朝夕1食ずつ注文してみる。3週間もいるから、試しでもいろんなことができる。

夜中に目がかゆくなる。ついに花粉症が出たか。なおくしゃみは出そうになっても痛みでブレーキが掛かり、途中で不発になる。これはこれですっきりしないのだが。

(つづく)

2019/04/14

心臓手術入院日記9

2019年3月14日(木)

朝6:10に、PT-INRその他で3本採血。ワーファリンを使い始めたばかりなので、PT-INRは毎日測定か?小生は、ワーファリン+ヘパリンで内出血を起こした前科がある。朝食後にヘパリンが切れ、看護師さん(男性)が交換に来た。その直後、ヘパリン中止の指示が来る。1本まるまる無駄になった、もったいない。なおヘパリンを交換に来た看護師さんは、すごい花粉症だ。そう言えば小生の方は、鼻水はいくらか出るものの、全体としては花粉症の症状が軽い。

今の状態は、立って歯を磨いて顔を洗うと、息が切れてはあはあの状態だ。トイレに座り込んでしまった。ただ息が切れるだけで、苦しくはない。

9:15今日の病棟担当らしいS先生が来て、傷の確認とガーゼ交換。9:45看護主任さんが個室の申込書を持ってくる。これは一度書いたが、部屋が変わったのでまた書き直しなのだ。そこで小生が使っているタブレットパソコン、ノートパソコンだがキーボードが外せるタイプ、について話し込む。

10:00過ぎに清拭。椅子に座った状態でやると、結構疲れる。10:40リハビリ。何も支えなくロビーまで歩く。部屋で何かをごそごそやるよりも楽で、心房細動も出ない。今日は午後も歩いて良いとのこと。室内限定から、室外歩行の許可が出た。

痰が肺の奥にあるが、咳が出ようとすると痛みから咳にブレーキがかかる。何となく、痰が出きらない。ただ外科は、一日一日元気になっていくのがわかる。内科だと、一進一退だ。

14:50上席副院長先生の回診。「一週間ですか、元気ですね。もう退院できますね。」ベッド不足だと追い出されるところだが、岡山は病院一院分ベッドが過剰なのだそうだ。確かにこのところ、岡山は病院の新改築ラッシュだったからなあ。一緒に付いてきた看護師さんに、背中が痛いので湿布薬を頼む。

そこで心エコーと心電図に呼ばれる。室外歩行許可は出ているが、検査室は2階なので、さすがに車椅子だ。心エコーの画像を見せてもらったが、僧帽弁、大動脈弁ともしっかり動作している。ただし脈はめちゃくちゃ。まだ少し水がたまっているそうだが、その影響かどうかはわからない。

部屋に戻ったところで、To先生が来た。弁はしっかり動いているので、後は不整脈。時間をおくしかないとのこと。なお上行大動脈について、聞いてみた。小生のような大動脈弁の弁輪が拡大している症例では、大抵上行大動脈も人工血管に取り替えるのだ。しかしそんなに大きくなっていないし、取り替えるリスクと取り替えないリスクを比較し、取り替えないことにしたそうだ。問題になるのは動脈瘤だが、「多分墓場に行くまで出ませんよ。」悲観的な言い方が多いTo先生にしては珍しく自信のある答え。多分上行大動脈を触って確かめられたのだろう。

背中が痛くて気分が悪かったが、湿布薬を貼ったらずいぶん楽になった。さすがロキソニンは効く。
19:00昨日出なかった「大」がやっと出た。

点滴が何もついていないと、よく寝られる。

(つづく)

2019/04/13

心臓手術入院日記8

2019年3月13日(水)

昨日点滴が全部なくなったと思っていたら、2:00にヘパリンが追加になった。爆睡中だった昨夜22:30頃、心房細動が出まくりだったらしい。電源コードを2本繋がれたので動きが取れず、夜中のトイレは溲瓶を活用した。済んだ後でナースコールを押し、始末してもらう。ただ寝るのは細切れだ。

6:00採血、PT-INRの測定だ。採血の時に「PT-INRの測定ですね。」と言ったら、「よくご存じですね。」と返事が返ってきた。何でも、入院時に提出した過去の病歴の治療歴が、看護師さんから見てもわからないことが多いそうだ。確かに、昔の結核の治療薬を略号で書いているから、いまのひとはINH(イソニコチン酸・ヒドラジッド)やPAS(パラ・アミノ・サリチル酸・カルシウム)と言われても理解できないだろう。なおTBとは書かずにちゃんと肺結核と書いておいたが。余談だがINHはリファンピシンが登場するまでは定番と言える抗結核菌薬で、天皇陛下も使ったことがおありのようだ。

昨夜は「歯磨きはベッド上で」という話だったが、朝食の時に歯磨き用のうがい受けが付いてこず、結局電源コードを引っこ抜いて洗面所に行く。こういう行動は負担が重いが、日に日に楽になっていくのが外科の良いところだ。

9:15診療看護師(女性、制服の色が違う)さんを先頭に、一チームが来た。「傷の確認をさせて下さい。」傷の確認後、シールからガーゼに代える。そうこうしている間に先生と電話連絡がつき、ドレーンの管も抜く。診療看護師だと、こういう処置ができる。後で調べたところ、診療看護師の資格を取るためには大学院(修士)を出る必要がある。

コードがすべて外れたが、今のところ行動許可は室内のみである。と思っていたら、10:00にヘパリンが再開し、また電源コードで繋がれる。なおこの点滴のシリンジポンプはバッテリーを内蔵しており、8時間(バッテリーが新品の時)持つそうだ。しばらくは電源コードを引っこ抜いていても、平気である。なお現在出ている心房細動は、脈拍は70台で、周期だけがめちゃくちゃとのこと。そのせいで心房細動が出ているのに気分が悪くならないのだ。

11:00リハビリ。点滴の電源コードを引っこ抜き、点滴棒を押して部屋の外へ、ロビーまで歩く。ロビーに自動販売機があるので、そこで水を仕入れる。水は一日1リットルは飲むこととの指示がある。心臓病の場合は水分制限をされる方多いが、小生の場合はきちんと尿が出ていてむくみもないので、悪いものを洗い出すためにも水分は多く取った方が良いのだろう。部屋に帰ったら数分間心房細動出まくりで、今日のリハビリはここまでになった。

13:00に看護師さんに点滴のチューブにやたら気泡が多いことを伝えたら、留置針の差し替えになった。4日しか持たないとのこと、今日の分は3月17日までだ。13:30頃地震、岡山では珍しい。午後は室内にいるように指示されたので、読書で過ごす。

18:20頃To先生が来る。明日は心エコーだそうだ。18:45麻酔科の部長先生(女性)が来る。麻酔から覚めた後の症状の聞き取り。楽だったことを伝える。いろいろチェックがあるのだ。

(つづく)

2019/04/12

心臓手術入院日記7

2019年3月12日(火)

昨日夜中の移動があるかもしれないと脅されたものの、夜の移動はないことになり、さてゆっくり寝ようとすると、「ティンティンタラリン」と、独特のメロディでアラームが鳴る。このICU内にはいろんな機器がついているが、そのアラームはいろいろメロディが違っているので、聞いただけで何の異常か(優先順位も)わかるようになっている。1時間くらいそのままになっていたが(何もしなかったわけではなく、消してもすぐ鳴り出す)、ひょいと頭上を見たらLCDパネルが真っ赤である。アラーム源は小生だった(^_^;。「何だ、原因は俺か。」と声に出したら、「南海さん、気分悪くないですか?」との声、Ta先生が来ていた。脈が60と80の間を行ったり来たりする、ペースメーカーの不調のようだ。技士さんらしき人も来ていて、「バックアップまで全部消えています。」中身(基板)を取り出しリセットをかけたのか、「はい。これでOKです。」その後はアラームは鳴らず、2時間くらい眠れた。後で聞いた話だが、心房細動出まくりの時に追従できず、狂ってしまったらしい。

朝方、そのペースメーカーのカテーテルを抜く。首が楽になる。今日は体温も36℃台なので、気分爽快だ。午前中にお腹のドレーン1本と、腕の点滴、さらに導尿管も抜く。これで残りはドレーン1本と、腕の点滴1本(カリウム)だけになった。

朝食を初めて完食。これから後は、退院までずっと完食だった。いくらか本調子。

10:30頃リハビリ。今日はガイド台を使って、ICU内を一周する。歩き方はしっかりしているとのことだが、かなりバテた。

11:25頃6階病棟から迎えが来て、車椅子で6階672号室(個室)へ移動する。もうICUに来ることは無いので、お世話になった看護師さんたちに挨拶していくが、3交代のため、本当にお世話になった人たちはいない。病棟の個室は先に書いたように北向きの部屋だが、正面が山で、ここは4月になると桜がきれいなところだ。退院と桜と、どっちが早い?

点滴は1本だけだが、これが100Vコンセントに繋がっている電動点滴で、これとドレーンと、トイレに行こうとすると電源コードを2本抜かなければならない。夜中は間に合いそうもないので、一応溲瓶を置いておいてもらう。カミさんが来たので手伝ってもらって電源コードを2本抜いてトイレに行ったら、これが結構な負担になる。夕方洗面所で顔を洗ったら、これが一番の負担である。直立して何かするのが大変だ。カミさんが来ているけどバテてどうしようもなく、寝てしまった。

夜20:30にナースコールをかけてトイレに行き、寝たら爆睡した。ICUで寝られなかった分が、一気に出たようだ。23:40頃目が覚めトイレに行こうとしたが電源コードを外す暇がなく、溲瓶を使った。大量に出たのでそれからトイレに捨てに行ったが、トイレにちゃんと溲瓶を洗えるような蛇口がついている。あの蛇口は何に使うのか不明だったが、自分で溲瓶を使ったらよくわかった。

(つづく)

2019/04/11

かかりつけの内科に行って来ました

2019年4月11日

近所のかかりつけの内科に行って来ました。実はS病院の退院時の薬は2週間分しかなく、それから先は近所のかかりつけの内科にバトンタッチするようなシステムになっているのです。大きな病院だとPT-INRはその場で(1時間くらいかかりますが)出るので、それからその数字を見ながらワーファリンを加減することもできるのですが、結局薬の種類、量は退院時の処方のまま、現状維持です。ただ胃の薬のファモチジンだけは、認知機能に悪影響があるとかで、量が半分になりました。

ちなみにどんな薬が出ているかというと、利尿剤、バイアスピリン、ワーファリン、不整脈の薬2種類、胃の薬、それに花粉症の薬です。花粉症の薬はザイザルに戻さず、エピナスチンのままにしました。エピナスチンで何となく治まっていますし、ザイザルより腎臓に対する影響が少なそうです。

To先生は退院時に、「かかりつけの内科に手紙を書きます。」と言っていたのですが、実際に手紙が来たのは昨日だったそうです。何やら大変な手術だったと書いてあるそうで、まあ大変だったのはわかりますが、開業医の先生に愚痴らなくても、と思います。

細かい診察と、体重測定。特に体重は、増えないように気をつけろと言うことです。現在ほぼ標準の(それでもBMIは20くらいですが)64kgまで増えてきたので、そろそろ食べ過ぎないように気をつけないといけません。足の筋肉もだいぶ戻ってきたので、後は心臓を鍛える有酸素運動です。

採血もして、結果がFAXで送られてきました。括弧内は入院前(2月28日)にO大病院で測定した値です。白血球数=4900(4480)、赤血球数=429万(476万)、ヘモグロビン=12.5(14.5)。やや貧血ですね。手術時の出血からまだ立ち直っていないのか、いろいろ飲まされている薬の副作用か、です。PT-INR=2.68、ちょっと高い。ワーファリンの量を少し減らしても良いのですが、次の検査(4/25)でどう出るか。ワーファリン自体は、5月10日分までもらっています。クレアチニン=1.23(1.00)。腎機能が落ちています。手術+薬の影響かどうか、ですね。

話は少し重複しますが、薬は1ヶ月分もらったので、次にこの内科に行くのは5月初めですが、その前にS病院の診察が入っています。ここで血液検査も含めいろんな検査をするので、薬の変更指示はその時に出るのでしょう。ただ実際に変更になるのはその半月後なので、地域連携のこのシステム、退院直後はまだ適用せず、3ヶ月くらい経ってからの方が良いと思います。

2019/04/10

心臓手術入院日記6

2019年3月11日(月)

清拭の時、昨日の予定だったシャンプーをやってもらう。小形のビニールプールみたいなものを使い、ベッドの上で寝たままやる。うまいものだ。実に快適。こういう作業は、女性の方がうまい、と言うより、丁寧だ。

ただ今日は、昨日の夜から心房細動が出まくりで、体調は絶不調である。リハビリも起きて立ち上がるだけ。食事も昨日より食べられない。昼に心房細動の薬(点滴)が出て、これで止まって楽になる。

朝の話だが、ICU内は大学病院の教授回診ならぬ、院長補佐先生の回診がある。外科だけだそうだが、診療看護師さんも含め15人くらいの大名行列だ。Tの門では熊さんの回診があったし、組織の実質トップの先生は、全体像を把握したいのだろう。なお眼科は教授回診ではなく、患者の方が教授のところに行った。これは診察用の顕微鏡を持ち歩けないからだ。

午後初めて「大」が出た。今日はポータブル便器に座ってやった。尿管は、やっぱり何となく漏れている。普段はそのまま出ているが、いきんだりして大量に出ようとすると、漏れるみたいだ。

午後の検温で、38℃の熱がある。それに腹水もたまっているとかで、今日の一般病棟への移動は無し、一日遅れになる。とは言うものの夕方To先生が来て、「一番大変なところは越えました。順調です。明日一般病棟に移動しましょう。」と伝えてくれた。無愛想なTo先生が言うと、説得力がある。なおTo先生は大学に行ったS先生の次、つまり2番手の位置づけだが、手術だけやって大学に戻るS先生より、ずっと病院にいてくれる先生の方がかえって良かったのではないかと思える。

夜、病棟主任らしき看護師さん(女性)がやってきて、場合によっては夜中の移動、つまり明日の移動ではなく前倒しの移動があり得ると言ってきた。こういう話を聞くと、眠れなくなる。まあ一般病棟に移動したら個室だし、ゆっくり眠れるから今は眠れなくてもかまわない。

今日は3.11だが、こちらはそれどころではなかった。やっと右側を下にして寝られた。

(つづく)

2019/04/09

心臓手術入院日記5

2019年3月10日(日)

朝の検温で、37℃を超えていた。胸骨を切っているのだから、熱が出ない方がおかしい。とは言え熱があるため、今日のシャンプーは中止で清拭だけになる。この清拭、全身をくまなく洗う。玉のまわりやおしりもしっかり洗う。出血や床ずれの確認もあるのだろう。ICUではこれが毎日ある。後でわかったことだが、一般病棟では清拭は2,3日に1回、シャンプーは週に1,2回である。ICUの方がサービスが良い。こういう清拭を若い女性にやってもらうと、エステ気分である。ちなみに一般病棟は2交代であるのに対し、ICUの看護師さんは3交代である。

食事はかゆ食で、普通に出てくる。昨日はほとんど食べられなかったが、ノリの佃煮の勢いで、少しだけ食べる。病院の食事を残すのは、何年ぶりだろう。目の手術の時以来だ。

今日のリハビリは、座る、立つ、足踏み、それから車椅子に移動し1時間そのままということだったが、45分でダウンした。熱もあるので、そのまま寝ていた。

18時頃電動ベッドを起こし、テレビを付ける。昨日はテレビも付けずに寝てばかりいたので、もっと動くようにと言われていたのだ。笑点をやっていた。笑点は数年ぶりというか数十年ぶりに見たが、メンバーは大変わりである。そのままNHKに変更し、大河ドラマまで続けて見たら、少しバテた。翌日心房細動が出たが、新しいことをやると心房細動が出るようだ。

リハビリで身体を起こしたとき、肺の奥からの咳が出て、痰が大量に出た。すると、「良い咳が出ますね。」と褒められた。痰を大量に出せるのは、良い咳らしい。これは痛み止めが効いているから肺の奥からの咳が出るので、一般病棟に移動したらこういう咳は出なくなった。

「大」が出そうな気がして、差し込み便器を持ってきてもらう。その時排尿感があったので、何となく変だと看護師さんにアピール。尿管が抜けかけているのか、横から漏れた。昨日のリハビリの時に尿管を引っかけちょっと痛かったが、その時抜けかけたのかもしれない。結局尿管の差し替えになった。これが結構痛いのだ。

夜、右側を下にして寝てみたが、痛くてダメだった。なおこうやって横を向いて寝ることは、床ずれ防止の点から推奨されている。

(つづく)

2019/04/08

心臓手術入院日記4

2019年4月8日

市の福祉事務所に、身体障害者手帳の申請書を出してきました。今日は、出しただけです。3週間から1ヶ月後に福祉事務所から手紙が来るので、それを持ってまた行くと、手帳が交付されるはずです。


2019年3月9日(土)

目が覚めたのはICU内だが、思ったほど、というより全く痛くない。しかし時々吐き気がする。痰もだが、口に挿管され、両手を拘束されているので、吐き気はどうしようもない。ナースコールはないので、ベッドの柵を爪でたたく。来てくれたので指文字で訴えるが、身体をベッドに近づけるので、指文字が見えない。「はい。わかっているわよ。え?なに?「は」「き」吐き気!ごめんなさい。」やっと通じて、鼻に入れた管を胃まで通し、内容物(ほとんど唾液だが)を出し、また胃に空気がたまっていたのでそれも出してくれた。さらに枕の横のポリ袋を置き、口から垂れ流しても良いようにしてくれた。この看護師さん、マスクを外したときに見たら、すごい美少女系だった。

4時頃に口の挿管、5時頃には鼻の管も抜く。挿管が抜けると手の拘束が解けるので、痰が自分で処理できるようになる。朝になったら、看護師さんがひげを剃ってくれる。アフターシェーブローションも付けてもらい、さっぱりする。

11時頃にリハビリ開始。まずは起きてベッドに腰掛ける。次に立ち上がって足踏み20回。首にカテーテルが入っているので首に力が入らず(力を入れると痛い)、起きる前に電動ベッドを立てないと起きられない。起きるのがこんなに大変だとは思わなかった。起きたら吐き気がする。何とか足踏みまではこなした。

12時過ぎ、カミさんと二男が来る。今日は土曜日なので、今日中に横浜に帰ってもまだ一日余裕があるのだ。手術直後は、すごく顔色が悪かったそうだ。手術自体は無輸血で終わったものの、それから出血が止まらず、成分輸血を行っている。今は普通の顔色らしい。

この病院は救急処置室といったものがないらしく、ICUに術後の患者ばかりでなく、救急車の患者も運び込まれてくる。そうすると、これをICUせん妄と言って良いのかどうかわからないが、自分の置かれた立場がわからない人も多い。暴れている人に、「あなたは病院に運ばれたの。ここは病院。わかる?落ち着いて、力を抜いて。このままだと何もできないから。」ほとんど怒鳴り声である。この状態が24時間だから、寝られないのもわかる。

15時頃、ICU内でベッドごと移動する。ICU内に重症区画と軽症区画があり、軽症区画へ移動だ。軽症区画はテレビも見られ、ナースコールもついている。ほとんど病棟と同じだがそこはICU、警報音やら指示を出す先生の声やら(ほとんど怒鳴り声の時もある)で、かなりやかましい。移動中にまた吐き気、痛みは、おそらく痛み止めで抑えているのだが、吐き気がひどい。

夕食から、かゆ食だが普通の食事が出た。とても食べられる状態ではなく、デザートでついているリンゴだけ食べた。夜はどうなるかと思っていたが、1時間ずつの細切れだが眠れた。

(つづく)

2019/04/07

心臓手術入院日記3

2019年3月8日(金)

6:20起床、歯磨き、洗面、ラジオ体操。身体が硬くなっている。さすがに今日は、写真を撮りに行くのは止める。7:00に救急車が入って来るのが見える。ICUはバタバタしているだろう。7:00検温。PCを覗いたら、LINとメール各1通、コメントが3つ来ていた。携帯を片付け、7:30にはPCも片付ける。

手術室に行くのに、行きは車椅子だが、カーデガンを羽織って良いとのこと。手術室で脱いだカーデガンを入れる袋、靴入れ、靴下入れのそれぞれポリ袋を準備する。

7:40執刀医のTo先生が顔を出し、予定通りとのこと。7:50術衣に着替えたところで、やっと大が出た。ともかくこれで一安心。8:00前に二男が、8:00過ぎにカミさんが来た。こちらも準備完了である。8:20に点滴開始だが、針刺しに失敗する。一旦ナースセンターに引き返したのでどうするのかと思っていたら、代打副主任さんが登場。さすがに見事、一発で決めた。

9:15車椅子にカーデガンを羽織って4階の手術室へ。4階へ行くのは初めてだ。手術室は、ちょっと見ただけで4つくらいある。今日は名医として名高いS先生のTAVI手術も小生の手術と併行してあるはずだ。麻酔医は部長さんがS先生の方か。手術室の入口で、病棟看護師さんから手術室担当看護師さんに引き継ぎ。要は小生が引き継がれる。

この間に、部屋に残ったカミさんと二男は、荷物を持って685号室から672号室に移動していた。術後対応でナースセンターに近いところに移動したのだが、小生はてっきり南側の部屋だと思っていたのが北側の部屋だった。北側の部屋は、ナースセンターの裏口からすぐなのだ。なお南側の部屋はA個室で、B個室は北側である。この南側の部屋は、部屋からそのまま新幹線も在来線も撮れるところで、まさに「鉄」ルーム。こうとわかっていればA個室にしておくのだった。わかったのは小生がICUから病棟に戻ってきた後だったので、完全に手遅れである(;_;)。

部屋を移動したカミさんと二男は、新しい部屋で手術が終わるまで待機である。普通は7~8時間というところだが、途中で突発事態が起こったら急遽呼ばれることがあるので、部屋を出てうろちょろするわけには行かない。その間、二男は有線LANがあるのを良いことに、仕事用のパソコンを持ち込んでひたすら仕事。時々ふらっと出て行っては携帯で電話をかけまくる。おかげでカミさんは話しかけることもできずに、ひたすら読書だったそうだ。心配性のカミさんに少しは寄り添ってくれるかと思ったが、全くダメだった。手術が6時間で終わって、良かった。

さて小生の方は、靴を脱いで手術台に上がって、眼鏡、マスク、靴下を脱ぐ。マスクは廃棄だが、その他は所定の入れ物に入れてもらう。手術台は冷たいというイメージがあったが、足元からは温風が出ており、意外と暖かい。ここで手術医用の帽子をかぶり、マスクを付け、「眠くなります」と言われたあたりで意識が飛ぶ。その次に気がついたのは、「南海さん、わかりますか。」と言われて目を開けたときだ。この時一瞬長男がいるかと思い、「なんだお前、来ないと言っていたのに来たのか。」と言おうとし、挿管中なので声が出なかった。はっとしてよく見たら、Ta先生だった。マスクを付けていると、目元とヘアスタイルが長男によく似ている。なお後日談だが、この話を脳の検査担当さんにしたら、「声が出なくて良かった。声が出ていたらICUせん妄と判断された。」と大笑いになった。

これが23:30くらいで、後はうとうととして過ごした。傷は全く痛くない。心臓が何時間か止まっていたはずだが、いわゆる臨死体験みたいなものは全くなかった(残念)。なおカミさんと二男は小生の麻酔が覚める前にTo先生から説明を受けた。その時、「麻酔で眠っているのか、脳梗塞で意識不明なのかは、区別がつきません。」とやたらブラックな説明も受けたそうだ。小生の胸骨はスカスカだったそうだ。まあこれは、2006年頃目の病気でステロイドを浴びるほど使ったので、その影響だろう。股関節が無事なのが、信じられないほどだ。

(つづく)

2019/04/06

心臓手術入院日記2

  2019年3月7日(木)

 

朝6:20に目が覚める。思い立ってカメラを持ちだし、サンライズを撮る。意外と暗く、ISOを4000以上に上げないと撮れない。朝は撮れたが。ハローキティ新幹線は検温に引っかかり、撮れなかった。

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昨日の夜飲んだ下剤が、9:00頃効いてきた。今夜はもう少し早く飲まないと、手術室に行く時間に引っかかる。
10:00に麻酔科のO先生(男性)が来て説明。一般に全身麻酔はガスを使うが、人工心肺使用中はどうするのか聞いてみた。やはり静脈からの麻酔である。この後、10:40に手術室担当の看護師さん、11:20にICU担当の看護師さんと、千客万来である。ICUはうるさいそうだ。

 

11:30に脳の検査担当さんが来た。今回は、数字を繋ぐ検査のみである。小生はこの検査は速く、特に数字とひらがなを混在させながら繋ぐ検査(1→あ→2→い、と繋いでいく)は普通3分以上かかり、途中でギブアップする人も多いと言われているところを、1分5秒だった。この検査、認知症の検査かと思ったが、ICUせん妄の発生確率を見ているのだそうだ。小生はICUせん妄になる確率は、非常に低いそうだ。

 

11:50リハビリ担当の方が説明、手術の翌日からICU内でリハビリを始めるそうだ。手術の翌日だったら、点滴も1本ではなく、その他に管も多数付いている時期だが、「管を付けたままやります。」なお病室に戻ったらウォーキング、その後自転車漕ぎといった有酸素運動をやるそうだ。あまりの早いペースのリハビリ計画にびっくりし、手術に対する恐怖が飛んでしまった。

 

昼食後14:00から毛ぞり。看護師さん(女性)が腕、胸、下半身は陰毛を含み腿まで、全部剃る。輸血をするときは、股の付け根の静脈(カテーテルアブレーションでカテーテルを入れたところ)からだそうなので、そのあたりも準備をしておく。さすがにバリカンのような電気カミソリである。最近は毛ぞりはやらないところが増えたが、昔風である。おへそも、きれいに掃除する。そして14:30からシャワー。しばらく頭も洗えないだろうと表、丁寧に洗う。ところが実は、ICU内で一日おきにシャンプーがあるのだった。

 

15:15ソーシャルワーカーさんが、身体障害者申請用の診断用紙を取りに来る。作成は、退院後だそうだ。この分の文書料と郵送料は、退院時に一緒に支払うことをOKしている。

 

16:40執刀医のTo先生が来る。予定通りだそうだ。実は多少風邪気味で、今日はイソジンで何回かうがいをしていた。手術まで何とか持った、という感じである。主治医になったTa先生は来ないな、と思っていたら、18:30に現れた。まだ若い。ただ申請書の作成など、実務はこのTa先生になる。

 

入院2日目だが、新聞が来ない。後でわかったことだが、3年前はA個室B個室とも新聞が配られていたが、今はA個室(シャワー室付き)だけになったそうだ。シャワー室自体は部屋装備より共同シャワー室の方が使い勝手が良く、それで今回はB個室にしたのだが、A個室の方が良かったか。なおA個室が良かったと思える事態は、部屋に戻ったときに出てくることになる。

 

手術室/ICUに行って帰ってくると部屋が変わっているはずなので、寝る前に荷物をある程度まとめ、キャリーバッグに入れる。ICUへの持ち込み荷物用にビニール袋(米沢市のゴミ袋)を用意しておいたが、この袋の指定がいつの間にか不透明に変わったので、東○ハンズのペーパーバッグにする。

 

今日も何やら忙しく、手術を不安がっている暇がない。手術や処置前の恒例、モーツァルトの交響曲40番41番(ジュピター)を聞いて寝る。

 

(つづく)

2019/04/05

心臓手術入院日記1

2019年3月6日(水)

今日入院し、約3週間病院にいることになる。ところがその間に火災報知器の点検があり、部屋に係員が入ってくるので、出発前に部屋の整理をし、ベッドにカバーを掛ける。ところがベッドカバーが結構重く、心臓がバクバクになった。脈拍108、リミットである。ただ休んだらすぐに下がった。

13:00入院、通算12回目の入院だ。いつもは自宅から病院までバスの乗り継ぎだが、雨が降りだしたので駅から病院まではタクシーを使う。今日の入院も3組、同じ6階だが、後の2人は車椅子である。部屋は西側の685号室(個室)。二男も東京(正確には、横浜市)からやってきた。

16時からTo先生の説明、カミさんと二男が同席する。執刀はこのT先生である。「内科のH先生から、「やっかいな症例だけど頼む。」と言われたから。」とか言っていたが、小生みたいな面倒な手術は、T先生の担当のようだ。なお名医として名高いS先生は、大学に移られてからはもっぱら低侵襲手術専門のようである。

予定では大動脈弁を人工弁(生体弁)に交換し、僧帽弁は人工弁輪と人工腱索を使って形成する。発作性の心房細動が出ているので、メイズ手術もやり、左心耳も切り取る。生体弁の寿命は、大動脈弁で15年、僧帽弁だと10年。肺静脈の圧力をまともに受ける僧帽弁の方が、寿命が短い。若い人だと、もっと短いそうだ。小生の場合僧帽弁は形成だが、人工腱索が固くなると再手術になる。また、これは前回の説明で言われたことだが、形成(修理)する僧帽弁自体が痛んでいるので、その再手術の可能性が10年間で10%ある。まあ、再手術の可能性は、それなりにある。手術予定時間は7~8時間だが、僧帽弁の合わせがうまく行かなくて漏れがあるようだと10時間を越える。後で二男が、「この先生、人工心肺を2回まわすつもりでいる。」と言っていた。小生の左肺の癒着について質問したが、正中線切開の場合は、肺が癒着していても関係ないそうだ。ただ小生のように肺が癒着していると、低侵襲手術はできないそうだが。

死亡率は1~2%と書いてあるところを、3~4%に書き直してあった。弁が二つだから、リスクも倍になるらしい。個室は、小生がICUにいる間もずっと確保してあるので、手術中はこの部屋での待機が可能だ。ただしICUから戻ったときに、ナースセンターから近いところに移る、つまり部屋替えの可能性があるとのことだ。これは手術前に荷物を少しまとめておかねば。入院予定は3月末まで、約1ヶ月になる。手術前は、心電図のモニターは付けない。

薬は日頃飲んでいる薬を持ち込んだが、その薬がそのまま出てきた。手術前は、そうらしい。そして手術の前日夕食まで食事がある。ただし今日(前々日)と明日(前日)は、寝る前に下剤を飲む。夕食後喉がもやもやするので、こっそり風邪薬のジキニンを飲む。またイソジンでうがい。夕食後36.7℃。ちょっと高めである。

消灯後宮本文昭氏のオーボエ協奏曲を聞いて寝る。初日は終わったが何やら忙しく、不安になっている暇がない。

(つづく)

2019/04/04

筋肉痛

2019年4月4日

退院して5日目ですが、やっと今日、S病院のリハビリ担当に届けて置いたリハビリコースで歩きました。退院して今まで、外を歩いてはいたのですが、病院内の廊下と違って、人は出てくる、対向の自転車は来る、横から車は出てくるで、外界は神経を使うことが多く、そっちで心拍数が上がります。その他、平坦と思っていたところが坂になっていたり、やはり外界を歩くのは厳しいですね。

階段は別に禁止されていないので、1階分ですが、あちこちで上がりました。ところがこの階段を上がるとき、ある限界を超えるととたんに足と心臓に負荷がかかることがわかります。同じ1階分でも建物によって高さが違うので、高さがあるところでは後半負荷がぐっと増えます。一番負荷がかかったのは、県立図書館です。ここの1階は天井が高いんですね。

そんなこんなで、現在腿のあたりが筋肉痛です。入院中のリハビリは有酸素運動で心臓への負荷が主体だったのに対し、今外を歩いているのは、有酸素運動に加え筋トレの効果もあるようですね。腿がすっかり細くなっていましたから、戻さなくてはいけません。

筋肉を戻すと、当然ですが体重も増えます。退院するときに「現在の体重61kg~62kgを維持して下さい」と言われ、即座に反論しました。あの細い腿の状態では、ろくに歩けません。ある程度戻すと、最低でも64kgにはなるはずです。これでもBMIは21弱ですから、まだまだ細いです。今は(今朝の測定では)、63kgです。

なおサラリーマン現役の頃は、69kg(BMI=22)ありました。退職したら腰回りがすっかり細くなり、その部員体重が落ちました。これは通勤電車で、満員電車にゆられていると、腰回りに筋肉が付くのです。もうそこまで筋肉を付けることもないですね。

2019/04/01

退院後まずは眼科

2019年4月1日

退院したのが土曜日だったので、まず最初の平日、眼科に行ってきました。入院中、光ったミミズみたいなのが時々目の中を走るのが気になっていたのです。

眼圧等を計って診察、「光ったミミズ」と言ったら、先生の目がきらっと光りました。「精密検査やりたいけど、時間ある?」この時間というのは検査時間ではなく、散瞳するのでその後数時間何もできないからです。今日の予定は時刻表を買うことだけですから、1も2もなくOKです。

ちょうど目薬を差して瞳を広げている頃、NHKのニュース(と言うより特番)が新元号を「令和」だと伝えていました。自分では大学卒業の時以来西暦しか使っていませんから関係ないのですが、役所に出す書類は元号なので、換算が必要です。令和+18が西暦か。

眼底撮影は、両目です。これが見える左目は良いのですが、見えない右目は左目を動かして間接的に合わせるしかありません。ところが右目は眼球に2本バンドが巻かれているため、動きがスムーズではないんですね。やっとこさ写真が撮れました。

診察で原因を教えてもらったのが、硝子体中のゴミです。ちょうど中央部に浮いていました。まあ、歳のせいですね。これが徐々に「ミミズ」が消えてくれるならそれで良し、増えるようならまた来い、とのことです。この「ミミズ」になついては何もせず、花粉症の目薬だけ出してもらいました。入院中は花粉症の症状は出なかったのですが、退院してからやたらに涙が出たり、アレルギーの症状が徐々に出ています。例年5月まで目薬を差していますから、今年も少なくとも4月中は必要でしょう。

年度替わりを機会に、ブログの模様替えを行いました。ついでにプロフィールも変更してあります。

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