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2019/01/31

2回目の心臓検査入院日記(5)

2019年1月25日(金)

天気、晴のち曇時々雨。

この入院中に、ひょんなことからLINEを始めた。ただ小生のガラホはパケット従量制の料金コースにしているため、Wi-FiのないところでLINEを多用すると、翌月の電話代が跳ね上がる。そこで有線LAN接続のパソコンにもLINEを入れようとしたら、その前にLINEにメールアドレスを登録しなければいけない。そこで、ガラホのLINEにメールアドレスを登録しようとして携帯メールのアドレスを入れたら、「メール認証システム」で引っかかって先へ進まない。ガラホはスマホと違ってマルチタスクができないので、LINEの画面を開いてメールアドレスを登録し、メールで送られてきた認証番号を見ようとすると、一旦LINEを閉じなければいけないのだ。一旦閉じると次にLINEを開いたときは新しい認証番号を送ってもらうことになるので、永遠にできない。やっとLINEの登録は携帯のアドレスの必要は無いことがわかり、パソコンメースのアドレスを入力して無事登録ができた。そうなると、パソコンへの移植も簡単である。朝5時に目が覚めてそのまま起きてこれをやっていたので、ずいぶんパケットを使ってしまった。Img_71901a


昨日入院期間が延びたのでその間の持病の薬をどうするか(禁止薬の袋から2日分を回す)を依頼していたら、病院から新しい薬が来た。ムコダインはジェネリック薬、ザイザルの変わりがエピナスチン塩酸塩錠。ザイザルのジェネリックかと思ったら、ザイザルはレポセチリジン塩酸塩錠なので、成分が違う。この日は特に気にすることもなく、寝る前にそのまま飲んだ。

10:30何やら「長老」といった感じの先生が診察にやってきた。名札から調べたら、顧問のN先生だった。後で聞いたら、元は外科だったそうである。やはり外科医は定年(外科医として)が早いので、移られたのか。「手術決定ですか。」と確認して帰られた。

11:00過ぎに、首の超音波に呼ばれる。時間帯のせいか、待合室は人が多い。そうか、検査室は「外」だったのだと、この時初めて気がつく。マスクをしてくるのだった。次回から、検査に呼ばれたらマスクをしていこう。

ここの個室は出るときに必ず鍵をかけるように言われていて、例えば検査や1階の売店に行くときなどフロアから離れるときは、その鍵をナースセンターに預けるようになっている。ところがナースセンターは忙しそうだし、買い物に行ってすぐ帰るようなときは、鍵を預けずにそのまま行く。14:30に鍵を持ったまま売店(○ーソン)に行ってミルクティーを買ってきて、昨日カミさんが来たときに置いていったお菓子を少し出して、DVDプレイヤーを店開きしたところで、I看護師が来た。血圧測定127。「鍵預けないの、バレたわよ。」とにやり。なおこの病院は、多少のお菓子のつまみ食いぐらいは、見逃してくれる。Hハートセンターは「食料品の持ち込み禁止」で、売店にもお菓子など食料は一切なかった。

15:00過ぎ、造影剤CTに呼ばれる。右腕から点滴、造影剤が入ると、身体が熱くなる。そう言えば、HハートセンターでもRFCA前にこれをやったなあ。迎えに来たI看護師に、おしっこには別に色は付かないことを確認する。眼科の造影検査の後はおしっこが蛍光インクになるが、I看護師は昔眼科にいたことがあるそうで、この話がよくわかった。

今日は金曜日で、退院時の支払窓口は日曜日でも開いているがそれは現金のみで、カードの支払いは今日の17時までである。一応概算を出すように頼んだら、3年前は200K越えだったのに、今回は140K強と、個室のランクを上げたのに意外と安い。やはり3年前の限度額は、めちゃめちゃ高かったのだ。ただ結局17時までには請求書は来ず、カード支払いには間に合わなかった。

(つづく)

2019/01/30

2回目の心臓検査入院日記(4)

2019年1月24日(木)

天気、晴時々曇。
起床6:40、検温、血圧測定。昨日は130台(一時期は、150)と高かったが、今日は111と正常である。元々小生は血圧が低く、病院で計っても120台、普通は近郊型で、体調が悪いと通勤型になる(古参の「鉄」にしかわからない表現(^_^;)。やはり経食道エコーの前は、緊張していたのだ。小生の家系(父方)は高血圧なので、母方が低かったか、橋の下かだ(笑)。Img_71591a


洗面所は自動水栓で、水とお湯は押しボタンで切り替えられるが、お湯にして実際に温度が上がるまで、特に朝方はかなり時間がかかる。配管の先に台所等お湯を大量に使うところがないのであろう。自動水栓で顔を洗うのは、結構コツがいる。

午前中は暇なので、上りのハローキティ新幹線をロビーで撮る。新幹線を含めて電車の写真は架線柱をいかにかわすかなので、連写のできる一眼レフはありがたい。

11:25にカミさんが来て、11:40に外科から呼ばれる。外科部長のT先生。病棟(内科)の看護師も同席する。まず大動脈弁閉鎖不全症(逆流)、重症。中央が閉じない上に弁の一つに穴が空いていて、そこからも漏れている。次に僧帽弁閉鎖不全症(逆流)、これも重症。弁体がボロボロで、中央が閉じず、全体的に漏れている。バーロー症と言われる症状で、しかも検索も伸びている。これらの説明の時に、弁を軸方向(流れ方向)から見た動画を見せられたが、この向きの動画は初めて見た。普通の心エコーも動画が撮れるが、横方向である。やはり経食道エコーの威力は大きい。Img_71731a


それに心肥大もあり、もう薬での根治は不可。手術するしかないとのこと。ほぼ即答でOKを出す。手術は大動脈弁は人工弁に交換(形成不可)、僧帽弁は形成にチャレンジするが、難易度は高い。そして成功しても弁体がボロボロなので、10年で15~20%の再手術(今度は交換)の可能性があるとのこと。ここまでして形成にこだわるのは、僧帽弁は形成と交換で5年生存率が倍半分違うからだが、そこの話は出なかった。なお弁膜症手術の死亡率は、3~4%とのこと。年度がわからないが(おそらく2013年)、実績は5/132で3.8%の死亡率だった。小生は1~2%くらいと思っていたから、意外と多い。待機手術と緊急手術を分ければ、もう少し下がるか。

心房細動に関しては前回のRFCAできれいに治まっているため、今回はメイズ等の処置は行わないが、左心耳を切り取るとのこと。左心耳を切り取っておけば90%以上脳梗塞のリスクが減らせるらしい。

これが最終決定かどうかわからないが、生体弁を希望しておいた。先生は10年後の再手術があると言っていたが、小生の家系では10年後(80歳)はない。ただ理由を説明するのに過去ワーファリンを飲んでいるときの話をしたのだが、このあたりがまるで伝わっていなかった。小生は「過去の病歴」をまとめたものを初診の時に出しており、先日それがスキャンされて電子カルテの中にあるのを横から見たのだが、急な話なのでT先生、そこまで見なかったか。鞄の中には常に1枚入っているので、持ってきておけば良かった。

僧帽弁のバーロー症は若い人に多い病気だが、小生は若い頃になっていたのだろうとのこと。子供の頃は病気ばっかりで、太腿に太い注射をしたり(リンゲルか?)、脊髄液を取ったりしたこともあるので、何の病気にかかっていても不思議はない。「この子は小学校に無事入れるのだろうか。」と親は思っていたらしいから、古稀までとは、良く生き延びたものだ。

手術が決定し、いろいろ手続きの余裕を取って3月8日になった。この日は、名医S先生の手術日だ。ただ実際にS先生が執刀するかどうかは、わからない。入院は3月6日になる。

午後からまた負荷心電図で、今度は3年前にやったのと同じく、足を上げて漕ぐものだ。これは漕いでいる最中心エコーのプローブを胸に当てるための上向きで、そのためやや左に傾く。前回腰が痛かった話をしたら、左腰(体重を受ける)に当てるクッションをくれた。かなり重くなったところでギブアップ。先生は100まで行ってませんね、と言っていたが、足を上げて漕ぐと、疲れ方が違うのだ。

部屋に戻ってからシャワーを依頼、洗髪もする。今回はシャワー付きの部屋に入ったが、伸びて6泊7日になったうちに結局2回しか使えなかった。次回は手術で使えない期間が長かろうから、シャワー無し(共同シャワー)を依頼しよう。

なお外科から検査の追加依頼が来たので、金曜日退院の予定が日曜日退院になった。日数が伸びたので、持参薬(副鼻腔炎の薬)の使用延長(禁止薬から少し持参薬に回す)を依頼する。すると19:00頃M先生が来て、必要な薬を聞いてきた。風邪薬は、持ってきたもの飲みきりで終了。副鼻腔炎は、入院してから完全空調のせいか全く起きていないが、一応ムコダインとザイザルだけ依頼する。

今は自己血の貯血は行っていないため、退院したら次に来るのは手術前の入院日になった。何やらずいぶんあっさり決まったというか、事前の話が話したりないような気もする。

(つづく)

2019/01/29

2回目の心臓検査入院日記(3)

2019年1月23日(水)

天気、晴。
起床7:00で検温、血圧測定。ここの看護師さんたちは、岡山弁ネイティブの人が多い。岡山弁だと、知らない言い回しでも大体わかる。全くわからなかったのが、ネイティブ山形弁と、同じ熊本ながらネイティブの天草弁だ。小生が生まれたのは九州本土でも半島の突端で目の前は天草なのだが、海を隔てているのと、江戸時代は天領だったところで違いが出ているのだろうか。Img_70941a


今日は午前中は何も無いというので、ロビーに写真を撮りに行く。ただしハローキティ新幹線は21日から今日まで入場で、レールスターが代走だ。今日は昼食抜きなので、12時過ぎても平気で撮れる。岡山駅を12時に通過する上り貨物が、EF200の牽引だった。EF200はすでに定期運用はなく、もう引退したのかと思ったが、残った数量がフル稼働している。

先生の指示で、「頭の検査」というものが入った。頭の検査というのは、子供の頃の知能テスト以来だ。最初に図形を書いたり、文章を書いたり。そのうちの5つの単語、それも神社と机など相互の関連性が全くない単語を言って覚えさせる。それから算数、100から暗算で7を順番に引いていく。これは認知症の検査でおなじみのものだ。さらに「か」で始まる単語を1分間にできるだけ言わせる。思いついたまま言ったので途中で止まってしまったが、「かあ」から始めて「かい」、「かう」と順番に行っていけば良かった。と、ここまで頭を使わせた後、さっきの5つの単語を思い出せという。小生はこの手の単純記憶が小学校の時から苦手だったのだ。結局2つしか出なかった。退院までにH先生には会わなかったので、これは何の目的でやったテストなのか、聞きそびれた。Img_71221a


予定より遅く、14:30になった、経食道エコーに呼ばれた。前回は静脈からの軽麻酔で爆睡してしまったのだが、今回は鎮静剤止まりで麻酔はない。ずっと意識があり、最初の「ごっくん」を気にしていたのだが、意識する間もなく入っていったようだ。そうしたら普通の心エコーと同じように、「息を吐いて」「そのまま止めて」をやらされた。これは寝てしまったらできない。検査途中でのどの麻酔が切れ、プローブのコードを動かすときに当たって痛いというか、気持ち悪い。プローブ操作はH先生で、弁に穴が空いていると言われた。

15:40に車椅子で部屋に帰ってきて、すぐ横になる。頭痛い。18:00までCDを聞いていたら頭痛は治まったが、あまり食欲がない。一応夕食は全部食べたが、直後に気持ち悪くなって、半分ほど戻した。最初から半分にしておけばよかった。夕食に付いていたリンゴは食べる前で、戻してすっきりした後リンゴを食べて薬も飲んだ。

19:00過ぎ、新しく担当になったM先生が来て、外科の先生と打ち合わせた結果明日外科の診察を入れたから、かみさんを呼べ、と言う。朝一は無理ですと言ったら11:30だと言う。その場でOKしておいて、携帯でカミさんに連絡、結局カミさんは昨日の心カテの立ち会いに引き続き、3日連続だ。

20:30に電気カミソリでひげを剃っていたら、「脈拍が200になっている」と言って看護師さんが飛んできた。心電計かテレメーターか、どちらかにノイズが入ったのだ。歯を磨いても脈拍が跳ね上がると言うから、筋電を拾っているのかもしれない。今日はいろいろあった。

(つづく)

2019/01/28

2回目の心臓検査入院日記(2)

2019年1月22日(火)

天気、晴。
前回の検査入院時には気がつかなかったが、部屋の足元灯が自動点灯になっており、起き上がると点く。ところがセンサーの感度が良く、寝返りを打っても点いてしまう。とは言え、多少の灯りでも平気で寝る方なので、しっかり寝た。

6:30起床。早い病院ではこの時間に検温が来て起こされるが、ここは7時過ぎだ。6:30はまだ真っ暗で、今回は一眼レフを持ち込んだが、「サンライズ」は撮れない。ハローキティ新幹線で我慢しよう(何しに入っているのだ!)。

9:30より点滴開始、明日もあるので、置き針だ。その後、パジャマの着替えが届く。もう点滴を始めているので着替えられず(無理すればできるが)、結局着替えたのは19:00になった。

昼食はスープカレー。こういう献立があるなら、スプーンも必要だ。今回は持ってきておらず、お箸で何とか食べる。

12:50カテ室へ移動。手首(動脈)だけではなく首からも静脈に入れるが、局部麻酔のポイントが刺す場所とずれており、痛くて2回麻酔を追加してもらった。指先までびりっとくるような痛みも走った。咳をしていたところを見ると、やったのはM先生だ。後で前回の時の日記(WEBではなく、原本のノート)を見たら、首からもちゃんとやっていた。記憶に残らないくらい痛くなく、その時の主治医のT先生(異動で沖縄へ)はうまかったのだ。検査は約1時間、冠動脈は異常なしだった。

この病院の心臓カテーテル検査要の検査機、ベッドのサーボモーターの調整が悪く、止まるときに衝撃があって、前後動する。前回もサーボモーターの設計が悪いとぶつぶつ言ったが、設計ではなく調整が悪いのだ。調整不能範囲なら設計自体が悪いのだが。要は位置ゲインの上げすぎで、オーバーシュートがかかっているのだ。小生がいた会社の自動化ラインでこんな調整をしたら製品が皆倒れてしまい、製造課は機械を受け取ってくれずに差し戻しになる。

14:00部屋に戻り、16:00に首の圧迫がなくなり絆創膏だけになる。Hハートセンターでカテーテルアブレーションを受けたときはまだワーファリンを飲んでいたので血の止まりが悪く、首の止血がなかなか外れなかった。手首も1時間ごとに圧迫エアの圧力が下がり、19:00にバンドが外れて絆創膏になった。ここで看護師さんに手伝ってもらい、パジャマを着替えた。寝る前に間に合って、良かった。

20:45に点滴終了。そのまま歯磨き洗面に行き、消灯。アンドロイドウィークマンでモーツアルトの交響曲40番と41番を聞きながら寝た。

夕食後メールを開いたとき、大学時代の同期生、合唱団の仲間だった男が、7月になくなっていたことがわかった。元々癌があり、免疫療法などでうまく繋いでいたのだが、脳に転移してしまったらしい。死ぬ前に「誰にも連絡するな」という意思表示か、住所録など連絡先をすべて処分していたので、連絡ができなかったそうだ。新年会の案内にうんともすんとも行ってこないし、電話にも出ないので、幹事が心配になって奥様のアドレスに連絡したら7月になくなっていたことがわかった。ご冥福をお祈りする。

そろそろ危ないと自分が感じたときに、「誰にも知らせるな」と言っておくか、あるいは「こことここに連絡してくれ」と連絡先をまとめておくか、その人その人によるのだが、悩ましいところだ。小生の場合は企業年金をもらっているのでどうせ連絡しなければならず、ブログの更新が止まったりメールが来なくなったりしたらそこでまた誰かが騒ぎ始めるので、連絡先をまとめておくつもりだ。

(つづく)

2019/01/27

2回目の心臓検査入院日記(1)

2019年1月21日(月)

天気、晴。
今日からまたS病院に検査入院である。13時の入院は言われていたが、入院期間については何も聞かされていない。今回の目的は手術適用かどうかの検査で、カンファレンスは木曜日だから、金曜日の退院だろうと思ってはいるが。Dscn2705a


月曜日の午後一とあって、他にも入院する方が数組待っている。みんな男性入院、女性付き添いのようだ。一人の人はいない。小生の過去の入院(今回が11回目)を思い出してみると、検査のつもりがそのまま捕獲されたのが2回、あとは皆付き添い付きだった。

定刻、「団体様ご案内」で7階病棟に案内される。今回も個室で、今回は東向きの710号室。西向きより景色が良い。東南角が一番良いが、そこは特室だった。開いていたときにちらと覗けたが、応接室付きの2部屋構成だった。

何も個室にするまでも無いのだが、この病院は「カーテンは常に開けておくこと(夜の睡眠時も)」という変な(小生から見れば)規則があるので、この規則を巡って小生は絶対に病院側と喧嘩するとカミさんが言っており、個室代くらいは払えるからと、個室になった。ただ個室は有線LAN完備の上に携帯電話も使え、テレビもイヤホン無しで使えるので、一度使ったら止められない。しかも今回は、シャワー付きの部屋だ。Img_71461a


全体のスケジュールの説明があり、今日負荷心電図(自転車漕ぎ)、火曜日に心カテーテル、水曜日に経食道エコー、木曜日にまた負荷心電図で、金曜日退院の予定。期間は思った通りだ。

看護師さんが来て、レンタルのパジャマのサイズを合わせる。Lを着たらちょっと窮屈、ズボンも短い。LLだった。すぐに心電図のモニターを付けられる。レンタルのパジャマは脇の下に穴が開いており、そこからコードを出して、無線の中継ボックスをポケットに入れる。「全員装着ですか?」と聞いたら、「数に限りがあるので、特定の人だけです。」まあここは180室あるので(入院患者数400人弱か?)、全員は無理だろう。入院すると患者IDのバンドを付けるが、右は心カテ、左は点滴があるので、足首に付ける。新生児並みだ(^_^;。

副鼻腔炎が続いており、それに直前にもらった風邪の薬も続いているので、今回は持参薬が多い。全部説明して出したら、1回分だけケースに分けて戻ってきた。その後「院内使用分」と「禁止薬」に分けて、全部戻ってきた。

15:00、負荷心電図に呼ばれる。せっかく付けたモニターを外す。ただパッチはそのまま。場所はリハビリ棟とのことで、「場所わかります?」と言われたが一人で送り出された。リハビリ棟に行くには途中で一旦外に出なければならず、カーディガンを羽織っていって、良かった。ところが入口に受付がなく、しかも「靴は履き替えてください」と書いてあるので、どうしたものかとうろうろしていたら、奥から声がかかった。そして「一人で来たのですか?」この病院、検査の時は看護師が付き添い、申し送りをするのが原則なのだ。忘れたか?靴は室内履きなので、そのままで良かった。

今回の負荷心電図は前回の、横になって足を上げて自転車を漕ぐものと違い、普通の自転車のように座って漕ぐものだ。しかし口にマスクを付けられ、呼吸の状態も調べるものだ。スポーツ選手が良くマスクを付けて走らされている、あれの自転車版だ。右目が見えないのでちょっとバランスを取るのに苦労するが、両手でつかめるので大丈夫。漕ぎ始める。意外と速いペース。最初は楽だが、だんだんしんどくなる。途中で声がかかり、足と心臓の状態を「チョー楽」から「もう死ぬ」(どちらも、意訳)まで20段階くらい書いてあるレベルを指さす。療法士さんから「えらくないですか?」と声がかかる。「えらい」とは岡山弁で「しんどい」と言う意味だが、後で調べたら岡山人はこれを標準語だと思っているそうだ(笑)。負荷が重くなると期外収縮出まくりで、心電図を見ながら、そろそろ無理だろうというところで終わった。

その後説明があったが、運動処方で、心拍数90までが適正、最大108.感覚的には「ややきつい」と「きつい」の間くらいが適正、最大で「かなりきつい」である。なおこの上は(ボルグ指数による表現)「非常にきつい」である。日常生活では、やや速く歩くことと入浴、それに重い荷物がイエローになった。入浴は41℃、湯船は10分以内とのことだが、冬は浴室や浴槽が冷えており、もう少し高い温度にいておかないと、入った瞬間に温度が下がる。お湯を張ってしばらく放置などの処置が必要だろう。また運動は必要で、20分は歩けと言われた。

部屋に帰ったところで、シャワーを依頼する。明日が心カテでシャワーは無理なので、今日入っておいた方が良いのだ。看護師さんに先生の許可をもらって、心電図のモニターを外してもらう。せっかく貼ったパッチだが、外す。シャワー付きの部屋は更衣室がなく、部屋で裸にならなければいけないことに気がついた。足ふきマットもないので、これはタオルを別に用意した方が良さそうだ。思ったほど便利ではなかった。

シャワーが終わってまた心電図モニターを取り付けたところの16時過ぎ、主治医のH先生(部長)ではなく、若いM先生(初対面)が来て検査の説明。M先生は、入院中の世話係に指名されたようだ。ただM先生、咳をしながら説明した。マスクくらい、付けてくれ。

今日の臨時担当の看護師さん(女性)、結構ドジで、「これもあった」とか言いながら五月雨式に書類を持ってくる。最後は21時に着た。「勤務は何時まで?」と聞いたら、「5時まで。終わっとるがや。」大変だ。

なんだかんだで、初日が終わった。

(つづく)

退院しました

2019年1月27日

外科からの検査依頼が入ったので入院期間が伸びましたが、本日(1月27日日曜日)、退院しました。入院した病院は、日曜日の入退院が可能になっています。

もう途中での診察はなく、後は指定日の3月6日にそのまま入院するだけです。それまで、「風邪を引くな、インフルエンザにかかるな(かかったら、入院日までに直せ)」と言われました。2月に上京するときにインフルエンザをもらわないように注意しないといけません。岡山もインフルエンザは警報状態ですが、人の多さが違います。

それまでに1回歯医者に行って、歯をチェックしておきます。かぶせてあるのがぐらついていたら、危険だそうですから。

さて、確定申告書の作成だ。

2019/01/26

明日退院します

2019年1月26日

外科から要求の検査も追加になったため、入院が伸びています。今日は鼻の粘液を取りました。インフルエンザの検査の時と同じですが、「蓄膿の気がある」と言ったため、どんな菌がいるのか調べるのでしょう。また頭のMRIも撮りました。これも脳だけなのか、顔全体(鼻の奥)を含んでいるのか、わかりません。

今日次回入院時、と言うより手術時の必要品の説明がありましたが、東京の病院だと病院が準備してくれるものがかなり自己準備なんですね。例えばT字帯、バストバンド、ストロー付きの湯飲みなど。質問すると、「他の人が使っていたものはいやがる人が多いから」という返事が返ってくるでしょうが、それだったらベッドのシーツだって持ち込まなければなりません。まあ、あと10年もすれば岡山も変わるでしょう。

事務の方が病室の予約に来ました。今回はシャワー付きの個室を頼んでいましたが、検査だったのに意外とシャワーを使えるときがなく、次回はシャワーなし(シャワーは共同使用)の個室にしました。すると、それまでは「ICUに入っている間は部屋明け渡し」と聞いていたのですが、個室だと連続確保がOKだそうです。これは楽です。ただ手術の最中に、その部屋で待機するのが可能かどうか、不明です。ここは内科の病棟で、外科の病棟とは考え方がいろいろ違うようなので、聞いていません。

入院期間が延びたことにより、持参した薬との中で「使う」と分けた分が違ってきますが、耳鼻科の薬は新しくこの病院で処方されました。その中で、抗アレルギー剤の「ザイザル」だけは、「エピナスチン塩酸塩錠」(以下、エピナスチン)に変わっていました。入院中は鼻炎の症状が全く出ず、やはり温度変化が悪いのかなと思っていたら、今朝鼻がむずむずしてエピナスチンはザイザルより効きが悪いような気がしました。調べてみたら確かに聞きは悪いのですが、ザイザル自体は腎臓にあまり良くないんですね。そこを考えて変更されたのかな、とも思いました。そこで土日になってしまったため先生はいなかったのですが、ナースステーションい聞いてみました。ナースステーションから薬局に確認したところ、何のことはない、単にザイザルの在庫がないだけでした。退院してまた耳鼻科に行ったら、ザイザルです。

明日支払い分の請求書が来て、個室のランクを一つあげたのに、3年前よりずいぶん安かったです。これは3年前の限度額適用が、岡山に引っ越してきて翌年だったため岡山に小生の前年度の収入データがなく、最高ランク(年収1000万円以上!)適用になってしまったためでした。今回の支払いが、小生の年収にふさわしい額です。なお次は高齢者医療になるため、もっと下がるはずです。

今居る病棟は7階です。ここは実に「鉄」向きで、新幹線やら山陽本線の写真が撮れます。線路の北側にあるので、天気の良い日は逆光になるのが難点です。次の外科の病棟はおそらく6階で、ちょっと角度が悪くなります。明日退院前に、もう少し写真を撮っておこう。

2019/01/24

心臓手術決定

2019年1月24日

昨日、経食道エコー検査を受けました。3年前の検査はほとんど爆睡していて楽で、終わり頃麻酔が切れてそれが苦しかったのですが、今年は軽麻酔無しで鎮静剤だけでした。そしてずっと起きていて、しかも途中で心エコー検査のように「息を吐いて、はい止めて」が何回もありました。だんだんのどの麻酔が切れて、位置を変えるときにプローブのコードが当たると痛いし、意識もしっかりしてくるしで、どうなるかと思っていた頃終わりました。プローブを引き抜くときに最後の部分がすごく気持ち悪かったので、どうやら先端が太く、コードの部分は細くなっているようでした。

夕食時の食欲はあまりなく、それでも全部食べたら無理だったのか、直後に半分くらい戻しました。それからまた夕食に付いてきたりんごを食べられたので、一過性です。

夕方若いM先生(内科。小生の主治医はH部長ですが、入院中の世話係として付いている)が来て、何でも大動脈弁に穴が開いていたとのこと。手術はほぼ確定(病院では手術推奨、後は当人が受けるかどうか)なので、明日(24日)の外科の診察を入れたので、カミさんも呼んでくれとのことでした。先生にはOKをし、病室から(個室は携帯電話可です)電話して連絡しました。

そして今日(24日)、外科のT部長先生の診察というか、面談を受けてきました。これには、病棟の看護師さんも立ち会いました。心エコーの動画、弁を真上(軸方向)から見た動画は初めて見ましたが、大動脈弁の1枚に亀裂が入っていて、さらにその奥が穴になっている(ペン先の切れ込みと穴のイメージ)ようで、そこからも逆流していました。さらに中央部からも逆流で、重症の閉鎖不全症です。僧帽弁は弁体自体がボロボロで全体から逆流しています。バーロー症と言われるもので、ネットで検索すると若い人に多いとでてきますが、小生は若い頃にかかったのだろうとのことです。さらに検索も伸びていて、こちらも重症です。

ここまで来ているともう手術しかなく、後はいつやるかだけの問題ですが、3月1日で健康保険が老人医療保険に切り替わり、高額医療費対策は手続きに出向く必要があることから、3月8日にしました。金曜日で、一番腕の良い先生の手術日です。また、確定申告もそれまでには終わります。

歯車が回り始めました。

追記です。外科の先生に担当が代わった結果検査が追加になり、入院期間が延びて27日(日)までになりました。日曜日の退院というのが、あるのだ。

2019/01/23

弁に穴が開いていました

2019年1月23日

今日、経食道エコー検査がありました。前回の経食道エコーは軽麻酔下で、小生はずっと寝ていたんですが、今回は鎮静剤だけで軽麻酔がありません。心配していた最初の飲み込みは、特に「ゴックン」ともやらずに入っていきましたが、途中で「はい息を吐いて、そのまま止めて。」と普通の心エコーの時の検査みたいにいろいろやらされました。だんだんのどの麻酔が切れてプローブが動くと気持ち悪いし、やたら「息を吐いて」が多く、大変でした。

ところが細かい検査の結果、大動脈弁に穴が開いていることがわかったそうです。普通の逆流は弁が合わさる中央部からですが、その他にも弁体自体からも漏れていたそうです。これで手術決定です。さらに僧帽弁も破損がひどく、交換になるだろうとのことです。

夕方新しく担当になったM先生(若い)がやってきて、外科の先生たちと打ち合わせた結果、明日外科の診察を入れたとのこと。いずれは来ることですが、青天の霹靂です。「奥様も一緒に。」と言われて、カミさんに電話をかけて、来てもらうことにしました。本当はこういうことは二男が一番良いのですが、横浜から今日の明日では来られません。

歯車が回り始めました。

2019/01/21

検査入院しています

2019年1月21日

今日から検査のため、S病院に入院しています。予定は聞いていなかったのですが、早速今日が負荷心電図検査(自転車漕ぎ)、明日が心臓カテーテル、水曜日に経食道エコー、木曜日にまた負荷心電図検査と、目白押しです。

さっそく今日負荷心電図検査がありましたが、前回の足を上げての自転車漕ぎと違い、普通の形、スポーツジムなどで見る形の自転車で、マスクを付けての検査でした。スポーツ選手が時々検査しているのがニュースで出ますが、あれと同じですね。漕いでいる間に心電図と血圧計が動いていますが、負荷が重くなると期外収縮が出まくりでした。

結果説明がありましたが、脈拍90までに押さえること。リミット108です。運動だけではなく生活全体がそうで、特に風呂が良くなく、熱い湯、長湯は禁止です。またお風呂を掃除するのも、誰かに代わってもらった方が良いと言われました。弁の手術をしても心機能自体は回復しませんから、このあたりはどうなるのかな。

入院する前の20日には、岡山フィルのニューイヤーコンサートに行ってきました。曲目はモーツアルトの交響曲第41番「ジュピター」と、歌劇「フィガロの結婚」ハイライト。演奏会形式です。オーケストラは8型の小編成だったのですが、素晴らしかったです。なおニューイヤーコンサートらしく舞台には花が飾られ、女性奏者は色とりどりのドレスで、華やかでした。

2019/01/18

金沢経由東京行き(2)

2019年1月11日(金)(つづき)19011116a


「サンダーバード」が金沢に着いたら、すぐに新幹線の富山行き各停が接続している。金沢-富山間の短距離運航で、以前の「サンダーバード」が富山行きだったことの埋め合わせだ。ほぼ全便の接続で、ここまでやるのなら「サンダーバード」を富山行きで残しておけば良いと思うが、新幹線並行区間は第3セクターに変更しているので、「他社乗り入れ」となり、手続き、法的規制、いろいろ面倒なのだろう。小生は、並行在来線を切り離さなければいけないような区間には、新幹線は開業すべきではないという持論だ。最近は、国鉄の分割民営化は失敗であり、再国有化が必要だと思っている。19011119a


金沢の駅は高架になり、すっかり変わった。その兼六園口は、鼓門になっている。その地下は広いコンコースになっており、グランドピアノが置いてあり、誰でも弾ける。小生は残念ながら、ピアノは弾けない。北陸鉄道の金沢駅は地下で、このコンコースで接続している。写真を撮るなら、地上に出たところだ。駅構内のイタリアンカフェで、ケーキとコーヒーのおやつ。19011122a


北陸新幹線E7系「かがやき」に乗り込む。東海道/山陽新幹線のN700系はJR東海主体の車内デザインで、JR西日本はそれに習っている。逆に北陸新幹線のE7系はJR東日本主体のデザインで、JR西日本のW7系はそれに習っている。席についてまず気がつくのは、東京の方ならおなじみだろうが、カップホルダーに傘フック、これらはN700系にはない。テーブルの裏には枕の取り扱い方法と、コンセントの注意事項。東海道は車内案内だ。なおE7系はコンセントが普通車も各席にある。座席は新幹線普通車標準の5アブレスト。実は新幹線の5アブレストより、在来線の4アブレストの方が、一人あたりの横幅は広いのだ。今日は「さくら」の4アブレストから始まったので、乗り換える度に横が窮屈になってくる。座り心地はN700の普通席より良いが、小生はE5系の座面が動くタイプの方が好きだ。19011123a


発車。富山までは景色が良い。新高岡は開業したときは何も無いと思っていたが、今はイオンモールや東横インなど、いろいろできた。立山連峰を見ながら走るが、やがてトンネル。新幹線の新規開業区間はご多分に漏れず、トンネルだらけだ。これがリニア新幹線になると、もう水平移動のエレベーターである。

長野で乗務員はJR西日本からJR東日本に代わるが車内販売員は通し乗務らしく、富山界隈でもJR東のコーヒー割引券が使える。勤務の都合上途中で交代することはあっても、本来は1列車通しの車内販売で良いはずだ。19011131a

長野から先はおなじみの区間、半分居眠りで過ごす。大宮近くからずいぶん減速したように感じたが、それがダイヤ通りで、東京は定刻に着いた。

(完)

2019/01/17

金沢経由東京行き(1)

2019年1月11日(金)

今日から3泊東京に滞在するが、今日は移動日で他に予定がない。そこでまだ北陸新幹線に乗っていなかったので、金沢まわりで東京に行くことにした。正味の所要時間は約6時間で、東海道新幹線経由だと3時間半で着くので、2時間半余分にかかることになる。思ったほどは、かからない。

岡山10:35発の「さくら」542号でまず新大阪に向かう。787-8008、N700系だが、8000番代はJR九州所属車だ。指定席は4アブレストシートなので、ゆったりしている。車内はほぼ満席、山陽新幹線の「さくら」はジャパンレイルパスの利用者か、欧米人が多い。今日は新神戸で大量に下車した。新大阪着は11:24だが、車内で昼食を済ませる。19011102a


新大阪駅在来線4番ホームで「サンダーバード」を待つ。今まで散々新大阪で在来線に乗り換えていたが、在来線特急に乗り換えるのは、かなり久しぶりなような気がする。北陸へ行くときはほとんど米原乗換だったから、ひょっとすると、京都方面へ行く特急は、初めてかもしれない。改めて新大阪の在来線ホームを眺めると、昔の記憶がよみがえってくる。昔は確か、新幹線が一桁で、在来線は10番代だった。そして各停用ホームを優等列車用ホームで挟んだ構造だったが、現在は山陽線に向かう特急はほとんど無くなり、貨物線経由で南紀に向かう特急が主力になったため、上り線のさらに外側に貨物線用ホームを増設している。その改良工事のあおりで、上り優等列車ホームは片面1線しかないことになった。そのため、遅れて着いた山陽線からの新大阪着列車の後に「サンダーバード」がやってきたが、ホームが空くまで場内信号機前で待っていた。19011106a


「サンダーバード」は新大阪を4分延で発車。車両は683系4000番代、683系の後期増備車だ。9両貫通編成で、両側とも貫通型の先頭車である。ホームで乗車位置を探しているときに気がついたが、北側(京都側)が1号車である。北陸線列車は大阪から北へ行く方が下りなので、下りの先頭車が1号車というのはある意味正しいのだが、山陽線とは逆になる。調べてみたら、2015年に編成ごと方向転換していた。北陸新幹線金沢開業の時で、北陸新幹線の車両に合わせたものだ。なお北陸新幹線は、金沢では北向き(東向き=東京方向)が1号車で、そのまま走って東京駅では新大阪側が1号車になる。いつになるかわからないが、北陸新幹線が新大阪まで伸びて東海道新幹線の列車と並んだら、東京では同じ向きだったものが逆向きになるのだ。19011107a


「サンダーバード」には(にも)、車内販売は無い。JR西日本は、在来線特急での車内販売を全廃したようだ。来たらコーヒーを頼むつもりだったが、当てが外れる。湖西線内ではいつもは吹っ飛ばすはずが、さほどでもない。と思っていたら遅れが拡大しており、福井で7分延になった。JR西日本の在来線特急は昔から、しゃかりきになって走ってやっと定時だから、先行列車が遅れるか何かだったのだろう。

福井駅は高架になっており、新幹線スペースを挟んで、えちぜん鉄道も高架だ。今度また福井を訪問せねば。金沢には、結局8分延で着いた。北陸新幹線と七尾線は待っていてくれたが、IRいしかわ鉄道は待っていてくれなかった。

(つづく)

2019/01/15

チャギントンの練習運転

2019年1月15日
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岡山電気軌道の新型電車「チャギントン」はこの3月にデビューする予定ですが、練習運転が始まっています。車両番号は1081、新形式ではなく、9200型の第3編成という位置づけのようです。ドアの配置は、全く同じです。デビュー後は、貸切専用車になるそうです。

きちんとした写真を撮りたいのですが、入院前に張り込む時間が取れるかなあ。

2019/01/14

東京から帰ってきました

2019年1月14日

東京から帰ってきました。去年は秋に上京しているので久しぶりではないのですが、改めて町田界隈の印象。田園都市線のホームドアが、ほとんど出来上がった(市が尾から渋谷より)。町田のベックスが全面禁煙になり、中の様子が変わった。神奈中バスが、ほとんどオリンピック協賛の白ナンバーになった。横浜線の乗り心地が良くなり、田園都市線との遜色がなくなった(これは数年前から)。その他東京全般の印象として、相変わらずエスカレーターを駆け上がり、駆け下りている。岡山ではデパートやショッピングセンターの中では、完全に2列になりました。

今日は横浜へ出ました。横浜では今日が成人式だったようですが、岡山では昨日(13日)だったそうです。気になって年齢を調べたら、まだ20歳なんですね。成人が18歳になるのは、2022年からでした。ついでに対象者を見たら、最近は学年の区切りできるんですね。つまり、早生まれは19歳です。小生の頃は熊本の小生の田舎は学年で切ったのですが、東京は1月15日で切っていたため、その途中で住民票を移すと、早生まれは成人式がなくなりました。小生もそのタイミングで東京から熊本に住民票を移したため、小生には成人式の案内は来ませんでした。別に出たいとも思いませんでしたが。

2019/01/11

東京に来ています

2019年1月11日

東京に来ています。いくつかのグループで、新年会です。
まだ北陸新幹線(長野以遠)に乗ったことがなかったので、さくら→サンダーバード→かがやき、と乗り継いできました。新規開業の新幹線はどこもそうですが、トンネルだらけです。JR東海系とJR東日本系の新幹線の内装の違いがはっきり出て、面白かったです。
そのうち、詳しくまとめます。

2019/01/09

岡山県立図書館で鉄道車両色見本帳公開

2019年1月9日18071601a


昨年8月に、岡山県立図書館に「鉄道車両色見本帳」を寄贈しましたが、それがやっと一般公開されました。「寄贈の本が多く、てんてこ舞い」というのは聞かされていたのですが、ずいぶん時間がかかりました。

県立図書館の利用者に鉄道ファンは多く、鉄道雑誌の新刊が出た頃には取り合いになり、「RMライブラリー」も新しいのが入るとすぐに貸し出されています。さて、誰か読んでいるところに出くわすかな?

2019/01/08

確定申告の準備

2019年1月8日

義兄が住んでいた神奈川のボロ家(ボロマンション)は売却したため、今回の確定申告では、カミさんの確定申告をしなければいけないと思っていました。こういう売却益(譲渡所得)は基礎控除がないため、わずかな金額でも申告しなければいけないんですね。ただそれだけでは済まなそうなので、税務署の電話相談センターに電話をかけて聞いてみました。

聞いた内容というのは、わずかとは言っても150万円を超えているため、扶養家族(配偶者控除)の取り扱いがどうなるかということです。やっぱり心配していた通りで、カミさんは譲渡所得を確定申告し、小生の確定申告ではカミさんを扶養家族から外して申告する、というものでした。これで市民税、保険料など、全部変わってきます。

譲渡所得には、必要経費が認められています。そこで片付け費用が経費として認められるか、聞いてみました。これはケースバイケースだそうです。ここで具体的な話になり、マンションだと言ったところ、「相続前、いつ頃いくらでお買いになったのですか?」「20年前○○万円です。」「あ、それだったら税金はかかりませんよ。減価償却を計算するまでもありません。確定申告も、不要です。税務署から電話はかかってくるでしょうが、その時に購入価格を説明してください。」とんでもないどんでん返しになりました。

税務署から「税金はかからない。」と言われたので間違いないのですが、小生の方が購入価格と時期を間違えていました。20年前ではなく30年前で、価格も1.5倍くらい高かったです。30年前の平成元年と言ったらちょうどバブルの真っ盛り、東京都内からの買い換えで買ったので買えたのですが、良い値段していましたねえ。

30年前に買ったときの値段だと当然今回の売値より高いのですが、土地代はそのまま使えるのものの、建物は減価償却分を差し引かねばなりません。ところが領収書は合算で、土地と建物の金額の区別が付きません。そこであちこち調べたら、三井のリハウスのホームページに、マンションを売却したときの減価償却の計算方法と、標準建築単価による建物代の計算方法が詳しく載っていました。ついでにそこには、「譲渡所得がマイナスになった場合でも、譲渡所得の内訳書は提出した方が良い。」と書いてありました。小生は毎年確定申告(内容は、還付請求)をしていますので、一緒に付けて出すことにします。

そこで国税庁のホームページから譲渡所得の内訳書の用紙をダウンロードし、その内訳書に基づいて計算していったら、計算上は大幅な譲渡損失が出ました。心配になったので、三井のリハウスには知り合いの営業マンがいるので相談できる税理士さんを紹介してもらい、そこに電話して計算方法を確認しました。OKでした。やれやれ。

昨年分の医療費はもう集計が終わっているので、あとは昨年分の年金の源泉徴収票が送られてきた時点で、また国税庁マクロで計算すれば、確定申告は出来上がりです。これで交通費や宿泊費など、いろいろかかった費用の分が回収できますが、カミさんが1年だけでも扶養から外れるといろいろ面倒なことが起こるので、それがないことが何よりです。また還付請求だけだと早めの郵送ができるので、心臓の手術の時期との兼ね合いを気にすることもありません。これも、やれやれです。

2019/01/07

NHK大河ドラマ「いだてん」

2019年1月7日

NHKの今年の大河ドラマの主人公の一人は金栗四三氏ですが、読みは「かなくりしそう」です。小生も熊本ですが、てっきり「かなぐりしぞう」だと思っていました。いや、熊本弁の自然な発音だったら、「かなぐりしぞう」なんです。一般に東日本が濁って西日本が濁らないと言われていますが、熊本に関して言うと、地名と人名は発音が違うんです。

例えば平原、平原綾香のせいで「ひらはら」という発音が一般的になりましたが、熊本では、これが人名だと「ひらはら」ですが、地名だと「ひらばる」です。他にも、地名は田原坂「たばるざか」で、人名だと田原さん「たはらさん」です。

これから先は想像なのですが、昔律令制度ができた頃、肥後では地名も人名も「たばる」と読んでいたのが、都から役人が来たら京風の発音で名前を呼ぶので、人名だけは都風に「たはら」と読むようになった、というものです。「原」だけではなく、他も清音が都風ですね。高校の頃、小生は熊本のなかでも市内でなく田舎者だったので、桑原さんを「くわばらさん」と呼んで怒られていました。なお宮﨑(日向)は京風に合わせなかったのか、地名も人名も「ばる」です。そうですよね、東国原さん。

大河ドラマが始まる前に「見所紹介」みたいな番組がありましたが、そこで「金栗足袋」なるものが紹介されていました。足袋の裏にゴム底を付けたもので、言わば地下足袋のランニングシューズ版です。これは明治か大正になった頃の話ですが、小生が小学生の頃(昭和30年代初期)は、運動会で走るときは「裸足足袋」なるものを履いていました。足袋の底がキャンバス地みたいなものになっており、こはぜ止めではなくゴムだったように思います。この裸足足袋、絶滅種かと思っていたら、お祭り用に今でも売っているんですね。おそらくこれは、「金栗足袋」の前の手作りの厚底足袋(これでオリンピックで走った)の直系の流れを汲むものですね。

大河ドラマ「いだてん」の初回は、昭和34年(1959年)から始まっていますが、まちを走る車はその当時のものをよく集めてきています。トヨタ(当時はトヨペット)のクラウン、マツダのオート3輪など。ただし出てくる東京都電はいけません。ダブルポールの単車など、明治のものです。東京都電は現在も存続しているので、ちょっと調べれば昭和34年頃の車両はすぐに出てきて、各地に保存してある車体から合成映像は作れたはずです。NHKにしては珍しい怠慢ですね。

2019/01/04

岡山神社とパソコン引き取り

2019年1月4日19010401a


三が日が過ぎ、医院が営業再開ではなく開院したところで、眼科に行ってきました。角膜周辺部潰瘍、完治です。やっぱり2週間でした。先生、「これで2年間安心かしら。」今年は割り込みでいろいろありそうなので、どうなるかです。ついでに、中近両用眼鏡が何となく見づらくなってきたので、相談してみました。「遠視だからねえ。10cmずれると、ピントが合わなくなるのよ。」テレビが一番見づらいのですが、読書時には中近を使っているし、しばらくはこのままで我慢します。19010402a


その後、岡山神社に行って来ました。初詣は自宅近くの氏神様に行っているので、どちらかと言うと観光です。ここの呼び物は、毎年恒例の大絵馬。今年の亥は、立体的でした。この岡山神社からは、岡山城がきれいに見えます。写真は電線が邪魔ですね。19010403a


夕方、取りに来た郵便局員さんにパソコンを引き渡して、パソコン(7機)の廃棄処理は終了。午前中中央郵便局に電話したら、当日に引き取りに来てくれました。リサイクルマークの付いているパソコンは購入代金にリサイクルまでの料金が入っているので、送料も含めて無料です。

2019/01/03

N響の第九

2019年1月3日

喪中につき、新年のご挨拶は控えさせていただきます。

昨年暮れに録画したN響の第九を、昨日やっと見ました。指揮はマレク・ヤノフスキ。ヤノフスキさんは、N響とのつきあいは長いんですね。徳永さんがコンマスをやっていた頃の映像が出ました。ひょっとしたら小生も、一回くらい聞いているかな。ヤノフスキさんの話の中で驚いたのは、ドイツのある地方(ドルトムントなど)では、毎年暮れに第九を演奏しているとか。そして日本では12月になると「第九まつり」になっていますが、これはドイツの地方都市と同じだそうです。第九を暮れに演奏するのは日本だけ、とか言われていましたが、ドイツも広い。なお今年のソリストは、ソプラノ:藤谷佳奈枝、メゾソプラノ:加納悦子、テノール:ロバート・ディーン・スミス、バス・バリトン:アルベルト・ドーメン。合唱は東京オペラシンガーズ、合唱指揮は田中佑子さんです。なお楽譜は、ソロの歌詞からベーレンライターのようでした。

ヤノフスキさんの指揮について団員は、ともかく速い(65分)。「うるさい」と怒られっぱなしだった(fのところをffでやると怒られる)。という感想が聞かれました。やたら迫力を求める演奏とは、一線を画しているということでしょうか。なお岡フィルの昨年、もとい、一昨年のシェレンベルガーさんの指揮も、速かったです。

テレビを通じて聞いたので、N響の演奏についてはコメントしません。驚いたのは、バスソロに続いての男声の「Freude!」がバスだけだったこと(テノールは、お休み)、そして最初のDeine Zauberから始まる「歓喜の歌」の後半部分、ここではソプラノがお休みだったこと。どちらも楽譜通りですが、音量(迫力)を出すためテノールとソプラノをそれぞれ加えることが多いんです。そのため、テノールのオクターブでの動きが良く聞こえました。なお合唱団員は総勢100名くらいですが、50:50ではなく、55:45(女性が多い)のようでした。それでもテノールは、良く響きます。さすがはプロだなあ。

テノールソロを追いかけるように歌う男声合唱、ここでは男声は、ソロを消さないように音量を落としていました。やっぱりそうですよねえ。ヴァイオリンコンチェルトで、オーケストラのヴァイオリンが音量一杯に弾いたらソロが聞こえなくなるのと同じで、やっぱりソロは聞こえないといけません。シェレンベルガーさんの指示も、そうでした。

fを大きくしすぎるなと言うくらいですから、ppはきれいです。特にIhr-stu¨rzt nieder,からのG-molの所、すごくきれいでした。その後のU¨ber Sternen muss er wohnen,の所、テノールはGの連続で、自分で歌うときはffなのに息切れしてしまうのですが、ここもさすがプロです。音量も音程も、全く落ちません。ドッペルフーガのテノール初っぱな、SeidはAの音ですが、ここがスコーンと出るときれいです。自分では出したいなあと思いつつ、出ません。

全体を通して、迫力という点では今一つで、拍手もそんなに熱狂的ではありませんでした。だけど繊細で、品が良いです。岡フィルの昨年の第九と比べると、技術的な優劣は別として、対照的な演奏でした。

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