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2018/12/31

昔の大晦日

2018年12月31日

年の瀬と言っても、いつもと変わることはありません。逆に今年は年賀状はないし、年明けにやることが山積しているので、落ち着きません。玄関ドア横の松飾りは飾りました。おせちは塩分制限もあって、そろそろ買うのを止めようかとも思っていたのですが、止めると食事の支度が大変だというカミさんの意見で、継続することにしました。お餅だけは毎年あまるので、止めました。そろそろ歳も歳だし、喉に詰まる危険を避けた方が良いかもしれません。

大晦日の年越しそばですが、これは小生は夕食とは別に夜食で食べるものだと思っていたのに対し、カミさんの実家では夕食がおそばだったそうです。大掃除や正月の準備で夕食の準備をする時間がなく、そば屋から出前でおそばを取って夕食にしていたそうです。年越しそばとはそういうものだと主張するカミさんに対し、歴史と経験から夜食を主張する小生とは、未だに意見があっていません。ただ結婚後は、年越しそば自体を食べていません。夜食は、最近は健康のために夜食を止めていますが、ケーキでした。

昔、昭和30年代の小生の実家は、酒の卸屋をやっていたこともあって、大晦日は戦争でした。まだ盆暮れ払いを通している小売店もあり、現金も1千万以上入ってきていました。夜11時過ぎに追加注文で満載のトラックが出発したりもしていました。そのため食事も、いつもの夕食は家族と住み込みの従業員(女性)分なのですが、大晦日だけは男衆の分も用意し、そのためカレーと決まっていました。夕方6時頃、手の空いた人から順次食べに来るわけです。そのため一升炊きの電気釜が、2回転していました。夜9時頃は、夜食で年越しそばの準備ができていました。時間がなく、カレーとそばと、一緒に食べる人もいました。

外回りのトラックが全部戻って来るのは12時を回っていて、つまり年は明けていて、それからトラックを洗車して松飾りを付けて、車庫入れ。事務の女性陣はそれから計算して決算ですから、明け方までかかります。その間親父はと言うと、もらったお歳暮を従業員にお裾分けするための仕分けです。年功や地位に応じて仕分けるのが、楽しみみたいでした。これは31日に帰るときに手渡します。

決算作業を終えた住み込みの女性陣は、そのまま徹夜で今度は自分の身支度をし「よそ行き」を来て朝から新年の挨拶をしたら、親父からもらったおみやげそのままつかの間の帰郷です。まあ、3丁目の夕日の世界ですね。

この時小生は何をしていたかというと、大学に入って運転免許を取ってからはちゃんとした戦力で、トラックに乗っていました。中高時代が一番居場所がなかったですね。勉強していたら怒られるし、バイクにも乗れないし力もないので手伝いに行ってもあまり役に立たないのですが、ぼうっとしているともっと怒られるので何となくお店にいました。サラリーマン家庭のカミさんも、ピアノの練習をしていて怒られた、と言っていましたから、忙しそうにしていないと怒られるのは、お店だけではなかったのでしょう。後で姉の友人の魚屋の娘さんが、「前掛けをかけて、適当にそのあたりを急ぎ足で歩いていると、怒られないですむ。」と秘訣を教えてくれました。今はもう、こういうことはないでしょうね。

と、昔話をしたところで2018年も終わりです。皆様、良いお年を!

2018/12/27

パソコン廃棄の準備作業

2018年12月27日

第9が終わって、大腸内視鏡の検査も済んで一段落したところで、急遽税務署に相談の電話をかけたり、バタバタ始めました。もう少し早く始めれば良いのにと思いますが、昔のレポートと同じです(^_^;。

税務署の話は年明けにもう少しまとまったところでするとして、来年の入院/手術を前に、Windows7機を処分することにしました。10機を買ってすぐに処分するつもりだったのですが、10機の初期トラブルがひどく、結局10機はだましだまし使っている状態でそのまま、2年近く経ってしまいました。テレビ機能は未だに不安定で、大事な録画は必ずnasneでバックアップを取っています。nasneだけにすると、nasneは編集機能がないためDVDに焼くときのCMカットができないんですね。ただその状態で安定(小康状態?)していますので、もうそろそろ処分しても良かろうと思い、術後力仕事はしばらくできないでしょうから、今のうちに処分することにしました。

パソコンを処分するには、今は昔みたいに捨てるわけにはいかず、所定機関でリサイクルです。幸い7機は富士通がリサイクルしてくれるので、ホームページで申し込んだら後は郵便局が回収に来ます。その前にハードディスクを消去する必要がありますが、「ただ初期化しただけではダメ!所定の手続きで完全に消去しろ」と書いてあります。

ハードディスクを消去するには、「トラブル解決ナビディスク」なるものが必要と書いてあります。こんなディスクあったっけ、と思ってCDやらDVDのストック(こんなものがあるから、部屋が片付かない(^_^;)を引っかき回したら、購入したときに作ったリカバリディスクの中にありました。ディスクに単に「リカバリディスク」とだけではなく、副表題まで書いて置いて良かったです。

やっとハードディスク消去の準備完了、キーボードのサポートボタンから起動します。ところがメニューは出たものの、矢印キーに反応せず、項目が変わりません。そのままリターンキーを押すと、Windowsが起動してしまいます。別のUSBキーボードを差し込んでも、反応しません。ネットを検索しても似たような症例は出てこないので、富士通にメールで質問を上げました。電話での問い合わせもできますが、電話相談は購入後1年間以外は有料なんです。

意外と速く、翌日には返事が来ました。「おそらくメニューが異なっているだろうから、TABキーでメニューを切り替えろ。」やってみました。今度はTABキーに反応しません。そこで「待てよ」と思って、Windowsを起動してみました。そこで確認しても、矢印キーは反応しません。キーボードの故障でした。キーボードが半分くらい反応しなくなったのも、パソコンを買い換えた一つの理由でした。そしてUSBキーボードは、USBポートを変えてやっと反応しました。

その状態でシャットダウン→サポートボタンで起動したところ、USBキーボードが反応しました。そこで「トラブル解決ナビディスク」を挿入したら、後はマウスが効くので、とんとん拍子です。今足元で消去作業を行っていますが、4時間くらいかかりそうです。

これから富士通のホームページで回収を依頼しますが、今から申し込んだら回収は年明けですね。

2018/12/25

第9のBD

2018年12月25日

日曜日(23日)に第9のBDと写真が送られてきていたのですが、写真は見たもののBDは時間がなく、今日見ました。
去年はDVDだったので、DVDとBDの違いかどうかはわかりませんが、今年のものはシンフォニーホールへ入場するところから始まる前置き付きです。

会場内は、カメラ2台で、それもズーミングによる切り替え付き。今年がなのかBDだからなのか、凝っています。合唱団が入場するところから始まっていますが、小生は姿勢が悪い!猫背ではありませんが、首を前に突き出しすぎです。80代ならともかく、60代(あと2ヶ月ですが(^_^;)でこの姿勢はない。遠近両用眼鏡で足元の悪いところを歩くと、こういう姿勢になるか、極端に顎を引いた姿勢になるのですが、首を前に出した方が楽なので、こういう姿勢が癖になってしまったようです。東京にいた頃の行きつけの整形外科の先生が見たら、怒られます。座っているときの姿勢は、小生は前傾姿勢を取っていたのですが、画面では見た目はわかりませんね。しめしめ。

第3楽章まで、いや第4楽章前半までの演奏、良いです。BDはDVDと比べて、メディアの性能ではなく製作したところの編集の違いでしょうが、明らかに音が良いです。コントラバスの低音も、良く聞こえます。岡フィルは以前と比べて、本当にアンサンブルが良くなったと思います。

問題の第4楽章の後半、思ったほど悪くないです。それどころか、「これもあり、結構良い」とさえ思えます。極端かと思われた強弱の付け方も、会場で聞くと丸くなるのかそれとも録音で丸くなったのか、違和感がありません。歌っていてタメの作りすぎかと思った部分も、そんなに違和感はないです。合唱最初のFreude!は音程めちゃくちゃの叫びですが、それ以外は結構ぶつ切りで歌ったのに、「オーケストラが入るとレガートに聞こえる。」とホリヤンが言ったのは本当でしたね。ただ聞き直してみたら、アラがわかります。小生は、やっぱりレガートで歌いたいですね。

男声はと言うかテノールは、今年は特に声の大きい人もいたため、声が良く出ていました。4声の合唱部分でもテノールはちゃんと聞こえていました。男声合唱の部分ではテノールソロを完全に消していましたが、あれで良いんでしょうか?今回のカメラワークではアップも多く、女声の方が情感たっぷりと歌われているのに、小生も含め男声は何か面白くなさそうに歌っていました。「最後の部分は歓喜の歌なんだから、にこやかな表情で。」と言われていたのですが、全くなっていないです。表情は声質に出ますが、どうだったんでしょう。

入退場の仕方と立ち方は事前に練習したのですが、最後に拍手を受けるとき、特に合唱団が拍手を受けるときにはどうするかについては、全く指示がありませんでしたから、ばらばらですね。ホリヤンが出てきたときは「頭を下げろ!」と身振りで指示したので頭を下げましたが、これもばらばらです。小生は、最初に秋山先生が合唱団を指したときに、全員拍手は止めて頭を下げるべきではないかな、と思っています。まあこういうところがプロではない市民合唱団ではありますが。

来年、あるかな?1月の入院の結果次第で、来年のスケジュールはすべてそれからです。

2018/12/24

二日続けてコンサート

2018年12月24日

昨日今日と、連続でコンサートに行って来ました。まず昨日(23日)は大阪まで出かけ、ザ・シンフォニーホールで関西フィルの藤岡幸夫のクリスマスファンタジア。藤岡幸夫+関西フィルは、実は7月29日に「サマーポップス」のチケットを取っておいたんです。ところがちょうど台風が来て、それも東から西へ行くと行く逆走台風。無理して行けないことも無かったのですが、様子見をして止めました。ところが岡山が回復する前に大阪の天候が回復し、コンサートは予定通り行われました。ゆえに払い戻しは無しです(;_;)。

今回はそのリベンジ版。曲目は前半はクリスマスらしく「そりすべり」、ワルツ「金と銀」、四方典子さんのソプラノで「アヴェ・マリア」、片桐聖子さんのオルガンでバッハの「羊は安らかに草を食み」、また四方さんのソプラノで歌劇「ラ・ボエーム」から「私が街を歩くと」、モーツァルトの「魔笛」から「夜の女王のアリア」、最後は「威風堂々」です。後半は歌劇「マドンナの宝石」から間奏曲、チャイコフスキー「くるみ割り人形」から花のワルツ、ドビュッシー「月の光」(オーケストラ編曲版)、最後はレスピー技の「ローマの松」でした。

このクリスマスファンタジア、いつもは女性奏者は華やかなドレスで、途中でみんなでサンタの帽子をかぶって演奏したりするのですが、今年はあえていつもの定期演奏会と同じ黒の衣装にしたそうです。曲目も、後半はクリスマスとは全く関係ないですね。

さてその演奏ですが、関西フィルはうまくなったように感じます。藤岡幸夫氏はテレビでレギュラー番組を持っており、その時ほとんどの回で関西フィルの演奏が流されますが、やはりテレビに出続けていると演奏も磨かれるのでしょうか。

ハープ、パイプオルガン入りの(おそらく、これが原曲)「威風堂々」は大迫力、また「ローマの松」はパイプオルガンに加えて2階客席に金管バンダまで置いて、「これでもか」と言うくらいの大スペクタクルでした。

今日(24日)は岡山で「東京芸術大学在学生・卒業生によるクリスマスコンサート」。曲目は前半は、山越(尺八:イオ・パヴェル)、勤行寺(地唄三弦:山路みほ)、久本玄智作曲複協奏曲(箏:佐伯明彦、フルート:安達雅彦、ピアノ:岡陽子)。クリスマスコンサートと言いながら、半分は邦楽です。後半は、ドビュッシー作曲「月の光」「喜びの島」(ピアノ:重利和徳)、シューベルト作曲ピアノ五重奏「鱒」(P:岡陽子、Vn:近藤浩子、Va:久郷寿実子、Vc:岡本蒼馬、Cb:嶋田真志)

目当ては前半最後の久本玄智作曲の複協奏曲でした。久本玄智先生は(いろいろ訳ありで、「先生」呼称)箏曲に洋楽の要素を取り入れ、洋楽器と箏の合奏曲などを多数発表しています。一時は宮城道雄に次ぐ近代箏曲の改革者として二人を「双璧」としている時代もあった(今日のプログラムによる)そうですが、現在はほとんど忘れられています。ただただ最近は邦楽と洋楽のジョイントが増えていますので、昭和10年代にそういうことをやった先駆者として、再評価されても良い頃だと思っています。

この複協奏曲は、原曲は箏と尺八の複協奏曲(バックはオーケストラ)で、今回はオーケストラをピアノに編曲した版の、さらに尺八をフルートに置き換えての演奏でした。久本先生の曲はいろいろ聞きましたが、この曲は初めて聞きます。第1楽章ハ長調、第2楽章ハ短調、第3楽章ハ短調ですが、途中でさらに転調しており、箏は箏柱の移動が大変そうでした。なお久本先生は山田流ですが、今回演奏した佐伯氏は生田流の方で、爪は生田の角爪でした。曲は、ピアノをバックに箏とフルートが華やかに掛け合い、「久本先生の曲だ。」と思いました。

最後にアンコールとして、弦楽五重奏のメンバーに箏、尺八、フルートも加わっての「きよしこの夜」。今はそれを不思議に思わなくなっています。

2018/12/22

2年に1回、角膜周辺部潰瘍

2018年12月22日

昨日(21日)から、右目の目頭近くが何となく痛い感じがして変なので、眼科に行ってきました。いつもの、角膜に傷が付いたときの違和感とは、ちょっと違います。診察の順番が来て、先生に右目の目頭近くが痛いことを言います。「目の使い過ぎなら良いんですけど。」先生、顕微鏡で目を覗きながら、「そういうわけには、行かないわね。エラいことになっているわよ。」何と、おなじみの角膜周辺部潰瘍でした。

この病気、放っておくとかなりの高確率で失明に繋がるので、危険度ランクは高い病気です。ただ小生の場合は発見が早いのか、今まで3回かかっていますが、それぞれ目薬だけで2週間で治っています。小生はこの「変だ」と感じる感度が高く、それで早期発見になっているようですね。「やっぱりわかる?」と先生は聞いてきましたが、今回は角膜周辺部潰瘍だとは思いませんでした。

先生カルテをくって、「この前はいつだったかしら、去年ではないわね。」これまた何と、前回は2016年12月、ぴったり2年前でした。小生は「肺炎の周期と同じですね」と冗談交じりに言いましたが、前回2016年も1月に肺炎になって12月に角膜周辺部潰瘍、そして今年は4月に肺炎になって12月に角膜周辺部潰瘍です。直接の相関関係はないのでしょうが、周期がぴったりです。

そしていつもの目薬、クラビットとフルメトロンが出たのですが、それをもらう薬局でのこと、「この目薬は初めてではないので、注意はおわかりですね。」「はい。クラビットを先に、時間をおいてフルメトロンですね。」「えっ。順番のことはは聞いていませんけど。」フルメトロンのようなねばっとした目薬(実際は「ねばっと」ではなく「懸濁性」と言うそうです。点眼前に良く振るようにと書いてあります)は最後に差すように、と今までいろんな薬局(と言っても、2軒ですが)から言われてきました。2年前はこの薬局で、順序の注意は受けたものです。この薬局も顔ぶれがだいぶ変わって若い薬剤師さんが増えたので、経験不足というか、知識不足なんでしょか。管理薬剤師.comにもこの注意は書いてありますから、勉強不足ですね。

潰瘍なので、しばらく禁酒です。こりゃお正月も引っかかるな。

2018/12/20

入院前の書類の準備

2018年12月20日

1月の検査入院に備え、入院時に提出するようにと言われた書類を書いていますが、これが大変です。まずは保証人や連絡先など。保証人は勝手に二男にしました。これは手術の時は岡山に土地勘がある二男を呼ぶようにしているので、保証人からそっちです。この保証人なるもの、「同一生計、同一住所でない人」という指定です。

この保証人制度、賃貸住宅を借りるときもそうですが、いい加減になくならないものかと思っています。ところが、東京都の病院でも92%が保証人を必要としているそうですから(元ネタはNHK)、しばらくはなくならないようですね。こういうものは東京から離れるほど旧態依然ですから、岡山では向こう10年はなくならないでしょう。

ところが驚いたのは仙台です。以前(2012年頃)仙台で賃貸住宅を借りたときには保証会社との契約で連帯保証人が要らず、びっりしました。今回も検索したら、入院時の保証会社が引っかかりました。ところがこれも仙台市です。この話、以前(おそらく3年くらい前)ここで書いたような記憶がありますが、未だに変わりはないようですね。これから先、日本はどんどん身寄りのない一人暮らしが増えて行くというのに、どうするつもりなんでしょう。なおこれは東京での話なので他のところはどうだかわかりませんが、手術の時の立ち会いは「友人」でも良いようです。多分手術前に委任状を書かされるのでしょうけど。

追記です。↑の入院保証会社の話、2014年9月10日の記事でした。ホームページの方にもあります。

それから連絡先。「必ず連絡の付く方を3名書いて下さい。」病院というところは、常に元気な家族が家にいるものと考えている、といわれたのは元慶応の米沢富美子先生でしたが、大体いきなり電話して「必ず連絡の付く人」がいるものですか。今はセキュリティの厳しいところは私用の携帯電話は職場に持ち込めませんから、必ず連絡を取りたいと思ったら、「何月何日の何時から何時まで、待機しておいてください」と事前に言っておかなければなりません。実際には、今回は単なる検査だし、突発事態があったらかみさんが来るしかないしで、適当にカミさんと子供二人の電話番号を書いておきました。手術の時は、どうせ待機です。

病室のカーテンは、相変わらず「常に開けておくように」ですね。従って、また個室です。この件は3年前に書きましたが(その時に書いた内容は、小生のホームページにもあります)、カーテンを閉めるという行為は、精神的なバリヤでもあるんですね。仮に患者の具合が悪くて看護師さんがカーテンを閉めた場合、これは病院の権威で「無断立ち入り禁止」の線を引いたことと同義です。常に開けろというのは、この病院の権威の放棄でもあります。そうすると逃げる場がなくなり隣人への過干渉が容認され、病室を取り仕切る人間が出てきて、良く言えば部屋長、悪く言えば牢名主が出てくるわけです。

大昔(50年近く昔です)の結核療養所など、「患者の自治」とか言って牢名主の支配を容認していたので、大変でした。小生はそういう集団に溶け込むことは苦手で、リンチにこそ遭いませんでしたが、村八分には遭いました。カーテン開けっ放し義務の大部屋では、患者間の暴力行為や自殺が出る危険性があることを、病院側は認識すべきです。

2018/12/18

大腸の内視鏡検査、何事も無し

2018年12月18日

大腸の内視鏡検査を受けてきました。
大腸の内視鏡検査をやるときは、前日の晩に下剤を飲まされます。小生はこの下剤が効きすぎ、脂汗を流す七転八倒になったことがあったので、いつも量を減らしてもらっていました。東京にいたときは3/4、岡山に来てからは半分です。

ところが、七転八倒からはだいぶ時間がかかったせいか今回は下剤の効きが悪く、朝目を覚ましたもののお腹がぐるぐる言うだけでトイレに行きたくはならず、結局トイレ(大)に行ったのは、例に2リットルの洗浄剤を飲み始めるちょっと前でした。それもいつもと同じ量でした。

そのせいか、洗浄剤を飲んでも便(と言っても、液体)がすっきり透明にならず、最後まで何かかすが残ったような感じでした。洗濯なら、もう1回すすぎをかけたくなる感じです。これは次回からは、下剤は通常量の方が良いですね。忘れないように、ここに書いておきます。最も最近は、書いたことすら忘れますが(^_^;。

検査結果は、珍しく何も無し。かすが残ったことは検査前に看護師さんに言いましたが、こっちも何事もなかったです。指摘されたのは、軽い痔くらいです。大腸の内視鏡検査で何事もなかったのは、何年ぶりでしょう。確か2013年あたりではないかと思ったので、そうなると5年ぶりですね。従って来年の大腸内視鏡検査は、パスです。

2018/12/14

岡山電軌の広告電車

2018年12月14日

岡山電気軌道の車両は、MOMOは標準色(MOMOの色)ですが、それ以外の車両には標準色というものがありません。3000型のうち3005は日光軌道線色、3007は「KURO」、7000型7001は「たま」という言わばイベント塗装で、それ以外の車両はすべて広告電車です。広告ですから、スポンサーが変わると塗り替えられます。8201img_169021a


これがサラリーマンで同じ会社なのに転勤が全くない人といつも転勤している人がいるように、広告電車でもずっと同じスポンサー(つまり、同じ塗装)の車両と、しょっちゅう塗り替えられている車両とがいます。

小生が目にしたところでしょっちゅう塗り替えられているのが7900型の8201号で、小生の持っている写真を眺めたところ、2015年12月がANA、2006年5月がストライプインターナショナル、2017年9月に高島屋、これは香り付き電車で話題になりましたが、12月に台湾の観光案内に塗り替えられました。広告の最低契約は1年ですから、ほとんど最低の1年で契約が変わっているみたいですね。8201img_57661a


ちなみに広告費は34万/月、これに復元費30万が付き、スポンサーカラーのの塗装費はスポンサー負担です。バスの8.5万/月と比べると、ずいぶんお高いような、、、。

なお岡山電軌の車両番号の前2桁は入線年ですが、1910年の会社創立を基準としているため、西暦-10になっています。したがってこの8201号は、1992年の入線です。

2018/12/11

大腸内視鏡検査の準備

2018年12月11日

第9が終わって一段落付いた来週大腸内視鏡カメラをやるので、事前診察に行ってきました(やっとこのブログの本来らしくなってきた)。岡山に越してきてから毎年、そして今回3回目ですから、もう手順なども手慣れたものです。東京でもずっやってきましたから、もうやり始めて10年以上経ちますね。なんだかんだでやる時期が冬になってしまうのですが、2リットルの腸洗浄剤を飲むと身体が一段と冷え、そしてまた年が明けると一段と冷え込むので、何とか年内に押し込んでいます。そのため、総社の第9には出演できません。

岡山と東京、というよりやる医療機関(どちらも開業医)の違いなのでしょうが、岡山の方がいろいろ制限が多いです。食事制限も、東京では前日だけ「繊維質ダメ、海藻ダメ」だったのですが、岡山では3日前から制限が始まり、前日は指定食です。これはほとんど液体でお腹が空くことこの上なく、間食にゼリー飲料は認められているので、それを買ってきます。終わった後の制限も、岡山は厳しいですね。18121101a


配られる注意書きは定型文なので関係ない注意書きも書いてありますが、それによるとどうやら岡山では、ワーファリンの停止をまだやっているみたいです。これは小生がまだ東京にいる頃、学会の方針変更で停止しないことになったんですけどね。まあ、今の小生には関係ないです。

写真は、左がおなじみの腸洗浄剤、これを2リットルの水に溶かします。右が前日の指定食で、これで3食分です。大腸内視鏡検査が終わったら、1月の入院の準備です。

追記です。小生のホームページの「心臓弁膜症/心房細動治療記」に2016年の検査入院も含めた「1回目検査入院前後」を追加しました。ブログの「総集編」まとめですが、2回目の検査入院、さらにその後の手術(今のところ?)が近づいているので、1回まとめました。

2018/12/10

岡フィル第9演奏会、無事終了

岡フィル第9の演奏会は、無事終了しました。ご来場いただいた皆様、ありがとうございました。
オケの演奏は、素晴らしかったです。合唱の方はと言うと、迫力があったのでおおむね好評のようですが、賛否があるところだと思います。うちのカミさんは、「たまにはこういう第9もありね。」と言っていました。ヴォイトレの先生(東京のK音大出)も来て下さったので、来週あたりに評価を聞きに行きます。酷評されそうですが(^_^;。

2018年12月9日(日)

いよいよ本番。昨年と比べると、めぐりんの路線新設のあおりで自宅からシンフォニーホールへ行くバスが不便になったので、少し早起きする。そして早めに出発、今年は特に体調の悪化はない。最も副鼻腔炎は治りきらず、抗生剤を飲みながらの本番だから、体調万全とは言えないが。柳川交差点の手前で下車、途中のコンビニで昼食を仕入れる。今年は昼休みが短いので、おにぎり2個だけ。それとお茶。水分は補給しなければいけないが、水を飲むとトイレに行きたくなるので困る。しかも今年は、昨年よりペースは遅い予定だ。舞台上での待ち時間が長い。

会場に着いて、テノールの控室に入る。今年のプログラムが置いてある。ホリヤン、「岡山のことも書いておいたぞ。」と言っていたが、何だ、1行か。ホリヤンの話題ついでに裏事務の方にピアニストのことを聞くと、来年はピアニスト集めが苦労する、と困っていられた。岡山の第9は、最初の練習時はパート毎に1人ずつ、計4人のピアニストを配するという贅沢な布陣だが、秋から冬にかけての忙しい時期に3か月間練習ピアニストを押さえるのは、毎年大変らしい。そこへ今年の「ピアニストいじめ」の悪評が立ったものだから、来年は、「いや、合唱指揮者は違う人ですから」と頭を下げて回らなければいけないと、ぼやいていおられた。

11時、発声の後で練習開始。本番前でホリヤン「声は大事に取っておけ」と言いながら、ほとんど全部歌わせる。本番が終わった後の方が調子が良い学生とは、違うんだけどな。適当に、サボる。隊列を組む練習をして、舞台袖へ。舞台ではちょうどゲネプロが始まったところで、そこで待機になる。舞台は暑いが舞台袖は冷えるので、トイレへ。小生だけ抜け出していったつもりだったが、その後次々と皆さん行く。今日は急に冷えたからなあ。

岡山シンフォニーホールの舞台裏と言うか舞台袖の入口近くは、落書きの宝庫だ。それに「千社札」もある。ベルリンフィルの千社札を見つけて、嬉しくなる。30分近く待って入場。オケは休憩だ。席について、立ち上がる練習。今年は前後の間隔が狭いので、前の人と同時に立ち上がるとぶつかりそうになる。微妙にずらす。

ゲネプロ後半開始。秋山先生、ゲネプロでもよく止めて細かい指示を出す。しかしオーケストラは、良い音だ。4楽章後半の合唱、今年はソリストもゲネプロからかなりの声を出している。合唱も、ゲネプロは押さえろと言われているが、結構声は出ていた。

12時半から昼食、昼休みは約1時間半あるから、何とかなる。小生は食事の後約1時間半でトイレに行きたくなるのだ。小生は今日はおにぎり2個だが、もっと少なめの人も多い。小生は、今日はお茶は少なめにし、直前ののど飴でごまかす。

14時15分、本番前の発声。のはずだが、もう1回の練習になる。こういう指導者は臆病な人が多いが、ホリヤン、意外と小心者なのかもしれない。開場20分前、「どうしてもトイレに行きたく、5分で戻れる自信のある方だけ、トイレに行って下さい。」との指示で、急ぎトイレへ。帰りにお客さんとぶつかりそうになった。すみません。しかし戻ってみたら、やっぱり女性陣が5分で戻れるはずもなく、2分出発延長。舞台袖でまた5分遅れたから、やっぱり高齢者の多い団体は、トイレ時間をしっかり取らないとダメだ。

入場、合唱団が全員揃ったところで着席、そこでオケ入場。秋山先生の入場で起立、そして着席。まあまあ揃った。問題はここからで、前回も書いたが今回のひな壇は段差が低く、腰を下ろすと膝の位置が高くなる。これで身体を直立させると腰に負担がかかるので、少し前傾になり、上半身の体重は腕を通して膝近くにかける。多少猫背になるのでみっともないのだが、密集しているのでごまかせるだろう。腰痛が起こって立てなくなる方が怖い。

席はほぼ中央、2番フルートの真後だ。この中央の席で聞く弦は、素晴らしい。弦楽器はあまり音に方向性がないので、後でも十分だ。コントラバスは素晴らしい。顔をあまり向けるとカメラ写りが悪いので目だけ動かすが、コントラバス首席の谷口さん、がんばっているようだ。目の前の2番フルートの若林さん(沖縄県立芸術大学助教)は木管(黒檀?)のフルートで、最近では珍しいC管だ。フルートは後からでも、指の動きがよくわかる。

第3楽章になるところでソリストとピッコロ、打楽器奏者が入場する。3楽章の木管アンサンブルも良い!ただファゴットとホルンの合わせのところで、ホルンがちょっと出遅れるのが気になる。逆にファゴットが早いのか?ゲネプロの時も、ファゴットは走り気味とホリヤンが言っていた。今日のファゴット1番は京都市響首席の中野さん、テンポ感が違うのかもしれない。

第4楽章、去年はこのあたりで口のウォーミングアップを始めたが、今年はすでに散々歌って、と言うより叫んだので、ウォーミングアップの必要を感じない。逆に足の位置、腰の位置を調整し、立つときにバランスを崩さないようにする。バスソロのところでで合唱団起立、そんなにずれなかった。

第1声のFreude!音程はあってないようなものだ。前半の山場、vor Gottに向かう1回目のD durの和音、ここはテノールのFisがソプラノのDより上に来るので、音程を気持ち高めに取り(気持ちだけ)、思い切り出す。Fのフェルマータは、やっぱりゲネプロの時より長い。そこはちゃんと付いていくが、すぱっと切れずにオケと合唱の切りが揃わず、会場からの反響が来ない。残念。男声合唱のLaufet、秋山先生のQ出しが遅れたので、第1声の迫力がちょっと少ない。そこはその後のFreudigで取り返す。

「歓喜の歌」のところ、秋山先生は直前にためを作り、Freudeをゆっくりたっぷりめに歌わせる。ここは全力だが、その後は小生は(小生だけ?)その後に備えて力をセーブする。その後のAndante maestoso、男声ユニゾンのところはフルパワー。パワーの出し過ぎか、心臓の具合が悪くなったのが響いているのか、息が続かない。今回は「ぶつ切りにしない!」という指示は一切なかったので、カンニングブレスの場所には不自由しない。転調前のVaterの前で、息を吸い直す。普通はここはブレスをやってはいけないところだ。

ドッペルフーガ、少しバテたか、思ったほど高音が出ない。ただ低音は、しっかり出す。その次の3連符連続のところ、ファゴットと微妙に合わない。ファゴットがちょっと早いのだ。中野さんは、「合唱め、遅れやがって。」と思っているだろう。第9は場面転換が多いので、多少ずれてもすぐに取り戻せる。795小節のDeine Zauber、ここの出だしを今回初めてソプラノソロに合わせてみたが、さすが本番はソプラノソロが良く聞こえ、しっかり合った。18120902a9


最後のSeit umshlungenからは怒濤、この最後の最後で、ソプラノは良くHが張れるものだ。秋山先生は最後のFreude,scho¨nerのscho¨nerの方のsfを強調する。小生もここは思いっきり出す。最後のオケのプレストは素晴らしい。良いタイミングで「ブラボー!」が入ったが、後でホリヤンが「あれは俺だ」と言っていた。本当かな?

引き上げて控室で着替えるとき、オケの素晴らしさが話題になった。小生が、「3楽章が良く、これを4楽章の合唱でぶちこわすのが、もったいないと思った。」と言ったら、まわりが大爆笑になった。今回の合唱、「第9だけ歌っていると、歌が下手になる」と言われるわけがわかる。

打ち上げ会では、秋山先生はご機嫌であった。早く帰られると思っていたが、ソリストの4人とも、最後までいらっしゃった。秋山先生リップサービスか「ぼくがぼけないうちに、もう1回岡山で振りたい」とおっしゃったが、秋山先生の指揮はホリヤンの合唱指揮がセットで、ホリヤンの合唱指揮だと練習ピアニストが集まらないので、まあ当分はないであろう。なお前回の秋山先生の指揮の時は、合唱指揮はホリヤンではなかった。打ち上げ会では全員のサインをもらうことができ、特にメゾソプラノの岡村さんは熊本出身と言うこともあって、出身校から田舎はどこかまで、ド・ローカルの話題で盛り上がった。ただ打ち上げ会には、合唱指導の先生方は誰も顔を出されなかった。ホリヤンは合唱指導の先生方を管理職扱いせずに一兵卒扱いしていたし、いきなり東京から合唱の援軍を連れてくるなど、「やってられるか!」と思うことも多かっただろう。

つくづく思う。1回目の参加が去年で良かった。

2018/12/08

第9合唱練習記・2年目(13)

午前中に、耳鼻科に行ってきました。風邪の後の副鼻腔炎が治りきっていないどころか、風邪の前よりひどくなっています。おまけに喉まで少し赤くなっていて、喉の吸入もしました。薬は同じで、抗生剤も継続使用です。昨日は自分で市販の風邪薬を飲みましたが、風邪薬には利尿剤も入っているので、本番の日に飲むかどうか、悩むところです。しかも今年は第9一曲だけなので、昼食後の余裕時間が少なく、トイレに行く時間が余りありません。明日は風邪薬は止めた方が良さそうです。

2018年12月8日(土)
今日は、オケ合わせであるが、当然その前にホリヤンの練習がある。試験間際に猛勉強するのは、成績の悪いやつと相場は決まっているのだが。今日からO大の学生さんも、ほぼフルメンバー揃う。ベテランの方が、「いいか、打倒ホリヤンだぞ!」とハッパをかけていた。変なところで合唱団がまとまる(^_^;。ホリヤン、事務局から「そろそろ入りの練習をしますので。」とストップがかかるまでやる。大体において、やり過ぎだ。

今年はオケの前の入場するので、後列から入る。これは横の位置がつかみづらい。スペースの余裕がないので、逆にずれ量は少ない。

秋山先生登場。4楽章から始まる。去年はオケ合わせ、ゲネプロ、本番とどんどんオケの音は良くなり、本番ではびっくりするくらいになったが、今日はオケ合わせの時点で良い音を出している。これは合唱も「気合いが入らない。」など、だらしのないことは言っていられない。みっともない演奏になったら、来ていただくお客さんに失礼だ。しかしこの中央の席というのは、実に良い響きがする。明日は3楽章まではじっくり鑑賞が出来る。

秋山先生の棒は、合わせやすい。明日は合唱も、まあそこそこいけるでしょう。

秋山先生、「なかなか良いです。明日もこの調子で。」と終わったが、そこからわざわざ電子ピアノを運び込ませ、ホリヤンの「補習」が始まる。明日に疲れを残したくないのだが、そんなことが通る相手ではない。まあそれでも8時過ぎに終わったから、まだ良かった。

今年のひな壇は段差が少なく、腰を下ろした姿勢で腰が落ちすぎる(膝が上がりすぎる)のは、事務局でもわかっていたようだ。そのためそこからいきなり立ち上がるのは姿勢に無理がかかるので、明日は立ち上がるときバリトンソロに合わせて立つが動作を少しゆっくり目にして、早く立てる人もそれに合わせるようにし、全体が揃った。そこへホリヤン、演奏を聞いて立て、さっと立て、とまた勝手な指示を出し、せっかく揃っていたのがガタガタになった。全く最後の最後まで余計なことをする御仁だ。

第9合唱練習記・2年目(12)

2018年12月7日(金)

早いもので、本番まで残すところ練習はあと2回だ。午前中に、白ワイシャツ、蝶ネクタイ、略礼服とチェックする。ブログの去年のところを見てみたら、去年も同じ本番の2日前に確認していた。このタイミングだと、何かあったときにじたばたすれば何とかなるのだ。略礼服は、この夏は喪服として大活躍した。本番の日が、今年最後のお勤め(のはず)である。

本番の配置表が配られた。今年は男声を中央に持ってくるので、真ん中近くになる。入場も、去年と違って下手側からだ。男声は移動量が多いが、ソプラノはどんな配置になっても同じ位置だ。オーケストラの第1ヴァイオリンみたいなものである。

新人同期のSさんも、練習開始30分前には来る。そこで話したのだが、今年から参加していたら、絶対に途中で挫折しあきらめていた、ということだ。去年は暗譜は12月まで、極端に言えば本番までにできていればよかったのだが、今年はホリヤンの練習開始前、具体的には10月27日までに暗譜していることが要求された。テノールの新人さんは経験者だったのでこういう細かい指示はなかったが、女声はあったのかな?後で舞台の配置表で調べたら、今年の女声の新人さんは欠番が多い。新人さんの番号は受験時に降られるので、受験しないという方も欠番になるのだが、合格者はもっと多かった気がする。今年は途中挫折が多かった?

練習開始前に、舞台上のの所定の配置につく。かなり中央に近い。男声合唱の時のセカンドテナーの位置に近く、懐かしい感じがする。オーケストラで言うと、2番フルートの後あたりか。ただ腰を下ろしてみると、前後の間隔が狭い。しかも段差が低い。事情通の方が、今年は段差を低くしたと教えてくれる。しかし腰を下ろすと、膝がかなり上に来る。これは1時間近く座っているのはしんどい。客席から見えないところだとあぐらをかくように足を交差させるのだが、客席からは丸見えである。これは立つときによほど注意しないと、ふらつく。最悪立ちくらみだ。何か対策を考えねば。

去年と比較すると、ソプラノ+14、アルト+9、テノール+1、バス+2だ。新人さんはアルトの方が多かったが、今年はO大からの応援もソプラノが多いようだ。何やら不明の援軍までいるが。そのため去年は7列だったのが、今年は8列だ。小生の位置は後からは変わらないが、実質一つ後ろに下がっている。

秋山先生の練習開始。遠近両用眼鏡の関係で、胸を張ると秋山先生がぼやける。秋山先生にピントを合わせると、少し前屈みになる。ぼけても指揮はわかるので、本番は胸を張ることにする。

前後の間隔が狭いので、楽譜を広げるスペースがない。時たま下の方でちらちらと眺めるが、秋山先生が注意されるところは最初の練習から同じところだ。本番までに再確認しておく必要がある。アルトの音程が、かなり注意される。多分オケが入るとオケの音に合わせるので治るのだ(去年は、そういうことをおっしゃっていた)と思うが、秋山先生、おっとりしているようで妥協しない。

予定よりかなり早く、「今日はゆっくり休んでください。」とおっしゃって練習終了。とそこでいやな予感がしていたら、やっぱりホリヤン登場、追加練習である。最初の第1声のFreude!忘れたのか無視したのか、皆さんホリヤンの指示を全く守っていなかったので、これはホリヤン怒るなと思っていたら、やっぱり怒った。ホリヤンは練習中メモを一切取らせないので、半分も覚えていない。覚えていることの主体は馬鹿話だから、1割くらいしか指示を覚えていない。小生も「ガラ悪く怒鳴れ!」などは、メモしていない。明日も半分出来れば良い方だろう。それでも30分くらいで終わったのは良かった。

今年は体調が優れないこともあるが、本番直前なのに気合いが入らないことおびただしい。

2018/12/07

上水道と平均寿命

2018年12月7日

竹村公太郎著「日本史の謎は地形で解ける・文明文化編」(PHP文庫)を読んでいます。その中に面白いデータがあって、日本人の平均寿命は、明治維新後下がり続けたんですね。その底は大正10年(1921年)で、42.7歳です。そこからV字上昇に転じ、現在まで上がり続けています。

大正10年までの平均寿命が下がり続けた時期、この下がり方と上水道の普及率が、一致しているそうです。つまり、上水道が普及するほど平均寿命が下がる。この平均寿命が下がる原因は乳児死亡率の増加なのですが、上水道が普及するほど、乳児死亡率は増加していった訳です。一般のイメージとは、逆です。

それが乳児死亡率の低下、すなわち平均寿命の上昇に転じたのは、大正10年に東京市(当時)で始まった上水道の塩素殺菌の導入でした。殺菌していない上水道は、国の平均寿命も短くします。

この塩素殺菌の導入というのが、何と毒ガスとして生産を開始した液体塩素が、シベリア出兵の中止・撤退で使い道がなくなり、民生品に転用されたという、ちょっと恐ろしい話です。ただそれで乳児死亡率が劇的に減ったのですから、毒も使いようでは薬になるということですね。これを指示した当時の東京市長は、後藤新平医学博士。彼はその前は、外務大臣でした。後藤新平は肥薩線(当時は鹿児島本線)の開通に名前が出てきますから、てっきり土木関係の出身者だと思っていました。後藤新平はドイツに留学し、コッホ研究所で医学博士号を取得しています。何と、北里柴三郎と並ぶ細菌学のエキスパートでした。

この上水道の塩素殺菌と平均寿命の関係は、もっと水道関係者がアピールすべきですね。特に東京都水道局が。

余談ですがこの液体塩素、昔はタンク車で鉄道を使って運ばれていました。黄色い小型のタンク車でしたが、短い車体にボギー台車を履いており、貨物列車の良いアクセントになっていました。中身の行き先は、各地の水道局だったんですね。

水道の水質は、国の平均寿命まで左右するというお話です。水道民営化法案が可決されました。多分海外の水メジャーの圧力でできた法案なので、これからどうなるのか、心配です。まあ、問題になる頃は小生は生きていませんが。

2018/12/05

ケルビム

2018年12月5日

第9合唱練習記の番外編です。
今年は全力で歌う部分を去年より少し増やそうと思っていたのですが、風邪は治ったものの、副鼻腔炎は治っていません。まだ鼻水が喉に垂れる状態で、この状態で無理すると、また喉が腫れ上がります。もう今年は、何とか本番でステージに立てるよう、体調管理最優先です。

となると、自分であまり歌い込むわけにもいかず、小人閑居して不善を為すではないですが、暇なので気になるところを調べました。天使ケルビム(Cherub)です。第9の合唱では、und der Cherub steht vor Gott,と前半の山場で出てきます。日本語訳だと、「天使ケルビムが神の前に立つ」というところでしょうか。

このCherub、カタカナで書くと(ホリヤンには怒られますが(^_^;)ケールップです。去年「ケールップ」と最初に聞いたとき、「えっ」とおもいました。ドイツ語で普通に発音すると、ヒェールップですね。このヒェーのところはほとんど息だけで、日本人には難しい発音ですが。今年M先生から「ここだけイタリア語」と言われて、納得しました。

そのケールップ、日本ではケルビムですが、智天使とも言われています。「智」といっても、神の姿を見ることができるというところから来ているようで、日本の天神様のような学問の神様ではないようですね。そしてこのケルビム、4つの顔と4つの翼を持っているようです。元はアッシリアの有翼人面獣身の守護者だったそうですから、魔物から仏の守護者に変わった阿修羅様以下八部衆と同じような存在なのかもしれません。

観音様も、腕がたくさんあったり顔がたくさんあったりしますから、人知を越えた力の持ち主は、また人間とは違った姿をしているのでしょう。さて我々の第9では、ケルビムはどういう姿で神の前に立つのでしょう。

2018/12/04

限度額適用認定証

2018年12月4日

年明けの入院の準備をしていて、調べてみたら国民健康保険の限度額適用認定証は有効期間が長そうだったので、申請に行ってきました。現役時代(組合健保)、早めに申請したら認定証の有効期間が短く、焦ったことがありました。

区役所に申請に行ったら、その場で昨年の年収と健康保険の支払い状況を確認し、その場で発行されました。前回(3年前)に岡山で発行してもらったときは前年度の年収データが岡山市になかったので、最高金額の年収扱いになりましたが、さすがに今回はちゃんと下の方の年収の扱いになっていました。

有効期限が、来年2月末まで。来年2月で小生は70歳になるのですが、70歳になったら(正確には、70歳になった誕生日の翌月から)適用区分が変わり、国民健康保険高齢者受給者証というのが発行されるそうです。窓口の3割負担が2割負担に下がります。

ところがこの高齢者受給者証になってからの限度額適用認定証の取り扱いが、全くわかりません。普通は必要なく、「現役並み」の収入がある方だけが限度額適用認定証が必要となるのですが、年金収入があればほとんどの人が「現役並み」と見なされるみたいです。今の「現役並み」って、そんなに収入が少ないんですかね。

そしてその「現役並み」の人の中で収入がそれほど多くない人(小生など)は、申請すれば「普通」に認定され、「普通」だと限度額認定証は必要ないそうなのです。本当に申請が必要なの?ともかく、来年になって新区分の具体的な案内が来ないと、さっぱりわかりません。来年の2月頃は確定申告その他でバタバタしているはずなのに、また余計なことが増えた。

2018/12/02

第9合唱練習記・2年目(11)

2018年12月1日(土)

朝山陽新聞を見たら、各地の第9演奏会のスケジュールと一緒に、岡山(我々)の練習風景が写真入りで紹介されていた。前々回のホリヤンの練習、11月10日の時の写真である。カメラマンが来ていたのは気がついていたが、山陽新聞だとは思わなかった。テノールの1列目は、最前列は新人さんという伝統(?)に従って空けて置いたが、空いたままが写っていた。去年は山陽新聞社に写真を送ってもらったが、今年はあまり写りがよくないので、止めておく。

練習前に、耳鼻科へ。風邪は治ったが、風邪を引く前に通っていた副鼻腔炎がぶり返した形になった。鼻の奥が炎症を起こしており、いつものムコダインだけではなく、マクロライド系抗生剤のクラリシッドも一週間分出た。なおクラリシッドは気管支炎にも効くので、これを飲んでいるとひどい風邪を引き込むことがない(無理をすれば別だが)。第9の本番前に、よい予防薬になる。

練習会場に着いた。先週もそうだったそうだが、練習会場には何も無い。ホリヤン、「次回から椅子は片付けろ。」と言っていたが、そうしたようだ。ただこれだと、休憩時間に腰を下ろしたり、荷物(特に上着)を置く場所がない。会長さんがいらっしゃったのでその話をしたら、「横に1列だけ椅子を置きましょう。」ということになり、ちょうど現れた新人同期のSさんと一緒にアルト側の壁際に椅子を並べる。片側だけ置いて会長さん、「あとはあとから来た人に任せましょう。」とおっしゃったが、Sさんは反対側(ソプラノ側)も並べる。こういうところは、Sさんは小生よりまめだ。

座っていたら、テノール同期のKさんが、下のヤマハで合唱の楽譜の大安売り(1部100円!)をやっていると教えてくれた。まだ時間があるので、荷物は置いたままにして行ってみる。残っている楽譜は主に男声合唱で、そのほとんどが多田武彦だった。さすがに「富士山」や「雪明りの路」といったポピュラーなものはない。「雪明りの路」の第2部があり、第2部は初めて見たが、今更物を増やすのも問題なので、買わずに帰った。

列を前に詰めた関係で、いつもの左側(ベース側)ではなく、初めて右側(ソプラノ側)になる。小生はセカンドテノールなので本番でもソプラノの隣になることは無く、最初で最後の経験だ。やはり音量が違い、ソプラノがフォルテで出すと自分のパート(テノール)の音が聞こえない。セカンドテノールはいつも他の人の声は聞こえてこないので、小生は自分のパートの音が聞こえてこなくても、平気で歌える(実は音を外していたりして(^_^;)。ソプラノの隣で歌うと、ハモったときは実にきれいだ。vor Gott!のところのD,A,Fと変わる和音の変化は、楽しめた。

今日がホリヤンの最後の練習であるが、最後の最後になって、最も小生は体調不良などで半分しか出ていないが、ホリヤンの目指す方向が見えてきた。叫べ!吠えろ!わめけ!音程を外すのは論外として、音は割れてもかまわない。芸術は爆発だ!昨年のカンタービレ路線とは、まるで反対の方向である。秋山先生が「スローパートはごまかしが効かない。」とおっしゃっていたが、逆に言うと、早いパートでオーケストラががんがん鳴っているところは、いくらでもごまかしが効くということだ。音は多少ぶつ切りでも、オーケストラが鳴っていれば繋がって聞こえる。それよりインパクトのあるところでアタックを強烈に。小生の嫌いな、リムばかりひっぱたくマーチングバンドみたいだが、所詮その程度の合唱団、少なくともホリヤンからはそう見えたということだろう。悔しいが。

アタック優先の仕上げなので、そのごまかしのきかないスローパートと、切るときの揃いの仕上げが、持ち越された。ここはやはりホリヤンのへたくそな棒より、秋山先生の仕上げに期待した方が良いだろう。7日からは本番まで3日連続になるので練習はあまり長くない方が良いのだが、秋山先生なら時間いっぱいしっかりやるだろうなあ。

今日でホリヤンの練習は終わったが、ピアニストの方には、本当に気の毒だった。さすがに今日はピアニストを怒鳴りつけることはなかったが、ソプラノのパート練習の時は、「ピアノに合わせるのではなく、棒を見ろ。」と怒鳴っていたから、ピアノが棒に付いてきていないというのを暗に言いたかったようだ。ただホリヤンの指揮、左手で表情を付けるときに、右手の棒が完全に止まっている。そして身体の前でピアニストから見えない左手だけ降って、「棒に付いてきていない!」もないものだ。「オーケストラは付いてくる」と言いたいのかもしれないが、それはオーケストラはホリヤンではなく、コンマスに従っているからだ。やはり大手のオーケストラの常任指揮者に招かれる器ではないと、つくづく思う。

自分の方は、病み上がりで立ちっぱなしだったせいか、耳管開放症が起こった。低血圧からきている、脳貧血の一歩(二歩?)手前である。これが起こると音程が取れなくなるのだが、そこより上に外しようがない高さのため、音程はきちんと取れていたようだ。さすがに変な高さの音を出すと、音程が取れていなくてもわかる。これはもし本番で耳管開放症が起こっても、何とかなるということだ。変なところで自信が付いた。

余談だが、Sさんが出る総社の第9(12月23日)で第9の前に演奏されるのは、どうやらモーツアルトのアヴェ・ヴェルム・コルプス(K.618)のようだ。618を519と見間違ったようだが、これはきれいな曲である。小生は、大腸内視鏡検査が練習に引っかかるので、総社には出ない。

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