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2018/08/05

この2週間(1)

2018年8月5日

岡山は桃太郎まつり(通称、うらじゃ)の真っ最中ですが、暑くてとても人混みの中に行く気がしないので、逆方向の市立図書館に行ったりしています。
自分の備忘録代わりに、この2週間を日記にまとめました。


2018年7月19日(木)
高知のホテルでお風呂から上がったときに、神奈川県警の警察署から、義兄が死んでいたのが発見された、と携帯に電話が入る。折り返し岡山にいるカミさん(ただ一人の身内)から警察署に電話してもらったところ、身内が確認できたので、あとは都合のつくときに来てもらえれば良いとのこと。今日は何もしなくて良い。

7月20日(金)
急いで上京する必要は無いとは言え、のんびり大歩危で写真を撮っているわけにも行かず、切符を変更して岡山に帰る。岡山から警察署と葬儀屋さんに連絡を取ったが、同じ「死んでいるのを発見」でも、義母の時はまだ同居の義兄がいたが、義兄の場合は身内は「探して連絡」する状態なので、遺体の所有権が完全に警察に移っていた。そのため葬儀屋も警察出入りの葬儀屋になったのだが、元々義兄の時は葬式はしないとカミさんが決めていたので、火葬だけの処理には適した葬儀屋だった。

7月21日(土)
何もやってくれない代わりに適切なアドバイスができる葬儀屋で、火葬した遺骨は普通49日まで自宅におくが、今回は「お墓があれば、仮埋葬することもできますよ。」と言ってくれて、それから霊園や石屋さんに連絡を取って、何とか25日に火葬後仮納骨する段取りになった。岡山に運ぶことになったら、どうしようかと思っていた。戒名も葬儀屋さんが、「霊園の方で手配された方が、」と言ってくれて、霊園経由で手配した。この日は連絡取りまくり、ついでにホテルと新幹線も手配した。早く帰ってきて、良かった。

7月22日(日)
警察署の方には明日(23日)朝岡山を出るので、現地に着くのは14時くらいと連絡しておいたが、やはりそれではまずかろうと、前日出発にした。朝から胸が痛かったが、午後の出発なので、その頃はなんともなくなっていた。心電図を撮ったが、脈が速い(96)だけで、波形に異常は無かった。久しぶりにカミさんと二人で「のぞみ」に乗る(カミさんは、いつも「ひかり」だ)。桃太郎の祭り寿司を、これも久しぶりに食べる。

7月23日(月)
まず菓子折を持って、義兄が住んでいたマンショへ行き、管理人さんに挨拶。管理人さんは、8年前に義母が死んだときから変わっていなかった。義兄とはここ数年全く連絡を絶っていたが、連絡を絶つような事情がいろいろあったのだ。一応周りの人が探せばわかるようなレベルで連絡先を知っている人がいたのだが、その網には引っかからなかったようだ。部屋に入り、その荒廃ぶりに唖然とする。このまま放置すると悪臭で近所から苦情が来るので、やばそうなものを重点的に始末する。冷房機は壊れているので暑さと臭いに参る。ちょっとやっただけだが、ゴミが大袋7個出た。

14時に時間を合わせて警察署へ。身元不明遺体の引き取りである。遺体は葬儀屋さんの保冷庫の中に保管してくれているが、14時に合わせて警察署へ持ってきてくれていた。そこで対面。髪もひげも伸び放題、孤独死するときは、こんなものか。それでもずいぶんきれいにしてくれている。ありがたいことだ。

ホテルに戻って、NHKに解約の連絡。すんなり受け付けてもらえた上、日割りで受信料を返してくれるという。そう言えば、米沢を引き払うときも返してくれた。次にNTTに連絡したら、調べてもらったところ普通の電話からインターネット回線のひかり電話に変わっているので担当が別と、別の電話番号を指定された。そうこうしているうち、今日は時間切れ。

7月24日(火)
朝9時の火葬開始なので、集合は8時45分、ホテルから斎場へ黒服で直行する。田舎者には東京のラッシュはきついが、神奈川県止まりで東京都に足を踏み入れていないので、まだ楽な方だ。予定より少し早く着いたが、駅から歩いて行く途中で道を間違えてしまった。それでも、予定の少し前に着いた。長男、二男共に時間に間に合う。やがて呼ばれて、整列しているところに棺が運ばれてくる。棺の蓋はもう開けないので、窓を開けて最後の対面。ひげが剃ってあった。子供達は昨日来ていないので、これが最初で最後の対面になる。そして窓も閉められ、炉の中へ送り込まれる。なお全くの非宗教で、お坊さんはいない。

火葬が終わるまで約1時間だが、その間にNTTへ連絡する。「あなたはどういう関係だ」と聞かれたので、「故人(契約者)の妹の夫だ」と言ったら、「第3者からの申し出は、、」とぐだぐだ言い始めたので、電話をカミさんと代わる。そのうちカミさんでは話がわからなくなったので、また小生と代わり、解約と、接続機器返却用袋の送り先を連絡する。かなり長い電話になったが、ともかく片付いた。

火葬が終わったと連絡があり、炉の前に行く。そこは確認だけで、収骨室というところに回される。そこではある程度骨が分類されており、2人ずつで作法通りに骨壺の中に入れる。そして骨壺を木箱に収め、さらに布製のカバーを掛ける。普通はそこまでだが、さらに骨壺運搬用のバッグというものに入れてくれたので、運ぶのは楽だ。義母の時は、骨壺が入るキャスター付きの鞄を探すのに苦労した。聞いた話だと関東と関西では骨壺の大きさが違い、関東のものが大きいそうだ。葬儀屋さんがタクシーを呼んでくれ、カミさんは車に弱いのだが、所用で別行動の長男を途中で下ろし、高速経由で一気に八王子まで行く。そこで一旦昼食休憩にする。そしてまたタクシーで霊園へ。事務所で納骨者を記録するが、そこで義兄の戒名と35日の法要を依頼する。

事務所での仕事が終わって、お墓へ。暑い中石屋さんが待っていてくれた。納骨室の中を見たら、中が2階建てになっている。石屋さんに聞いたら、10体分位は入るとのこと。このお墓は最初は義母と叔母の共同名義で、そこから叔母が抜け、義母の単独名義になった。法事の時に叔母から、「名前を連名にして、お墓ももらったら?」と言われたことがあったが、その話が現実味を帯びてきた。現在の管理はカミさんだし、カミさんの実家はこれで絶えてしまったので、同居しようか。

不埒な考えは置いておき、お骨を納め、蓋を閉じたあと各人お参り。長男も駆けつけた。あとは戒名を35日までに刻んでもらうだけだ。帰る途中のファミレスで、アルコール抜きの打ち上げ、いや、お清めと言って良いのかな。早めにホテルに帰る。長い一日が終わった。

(つづく)

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コメント

戒名も納骨もいつでも世間体さえきにしなければ。49日省略になりそう。こんな展開、戒名 浄土真宗では法名とか。

ひでほさん、ありがとうございます。

自分が納得して、そして世間体を気にしなければ、戒名も、葬式も、法事も要らないんです。ただひでほさんの場合は法的な権限はご両親がお持ちですから、どこまで縛られるか、ですね。

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