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2018/08/30

準確源泉徴収票

2018年8月30日

昨日、年金事務所に行ってきました。着いたら「30分待ち」の表示があったのでのんびり申請書を書いていたら、書き上がる前に呼ばれました。それから先の説明が長いです。こちらは単なる死亡届の提出に来ているので、記載事項と添付書類(除票のコピー)に不備がないか確認してもらうだけで良いのですが、まず未払い(未受け取り)年金の受領資格があるかどうかから始まり、生計同一とはどういうことかの説明まで、いや長かったです。結局「生計同一にあらず」というので死亡届だけだったのですが、何やら全体のシステムが、「同居親族がいて、年金はその親族が受け取る」ことを前提に造られているようです。

そのシステムのあおりを食ったのが準確源泉徴収票で、未受け取り年金の再振り込みでも受け取れないことを待って、その宙ぶらりんになった年金の取り消し手続き、それから総額の集計に入るので、11月に送れるかどうかは微妙なところ、おそらく12月の15日に発送とのことでした。

義兄が死んだのが7月19日でしたから、準確定申告の期限は11月19日です。12月に源泉徴収票が来たらとても間に合わないので、今日税務署に電話し、遅れるとどうなるのか聞いてみました。準確源泉徴収票の発行が12月になるというのには、税務署もびっくりです。「何でそんなにかかるんですか?」小生に言われてもしようがないのですが、一応宙ぶらりんの未受け取り年金の取り消し手続きをしてから集計するので、時間がかかる、と年金事務所の代わりに答えておきました。それで遅れるとどうなるかですが、税金の還付がある場合(払いすぎ)は特に問題なしですが、支払いがある場合(不足)はその分に11月19日から遅れた分追徴金がかかるそうです。元々の年収自体が少ないので、仮に追徴があっても、郵送料の方が高いくらいでしょう。

この準確定申告、元々年金しか収入がないので無理にこんな面倒なことをやらなくてもかまわないんですが(税法上は義務です。良い子は頬被りしないようにしましょう)、ボロ家とは言え一応不動産を相続しているので、これは申告しないといけません。元々相続税の基礎控除額のはるか下の物件なのですが、税務署は人の噂で税務調査に入ることがあり、ボロ家にいつの間にか尾ひれが付いて「億ション」に化けたらたまりませんから(笑)。

しかし生計同一の解釈も、変なシステムですね。説明では、別居していても、「定期的に援助していたり、ものを送ったり、あるいはまめに訪問していたり」と年金受給者を申請者が援助していたという前提で話が進んでいますが、現実は違うこともあり得るんですね。仮に3人兄弟で真ん中が年金受給者だとして、末弟はまめに訪問していて実はたかっていて、死んだ後は後始末や葬式すべて長兄が行ったとした場合、たかっていた末弟は同一生計者と見なされて未受け取り年金をもらえ、お金を払った長兄の方には一銭も来ない、ということなんです。まあ、たかることも同一生計の一つの形だ、と言われればそれまでですが。

2018/08/28

片付けが済んだら、年金の届け出

2018年8月28日

昨日、義兄の家の部屋の片付け、具体的には全家具の運び出し(廃棄処分)は無事終了しました。今回は大物が多いので、2t車2台になりました。作業の皆さん、暑い中お疲れさまでした。なぜか小生たちが上京するときは、東京が猛暑になるのです(;_;)。今回は全部の運び出しのためずっと立ち会う必要は無く、向こうから「埃がひどいので、どこか外で休んでいて下さい。」と言われ、近くのスーパーの中で涼んでいました。おかげで、楽でした。

今日は岡山で、まず企業年金から死亡一時金の請求用紙が送られてきていたので、その問い合わせです。結局わかったのは、死亡一時金も生計同一者でないと払わない、と言うことですね。死亡届だけ出せ、ということなのですが、死亡届は添付書類がコピーで良いので、プリンタでコピーを取って書類を書いて出すだけです。本当はこの手間も、郵送料もかかるのでやりたくはないのですが、準確定申告に必要な源泉徴収票をもらわなければいけないので、仕方無しです。準確源泉徴収票と言うんですね。電話で「じゅんかくげんせんちょうしゅうひょう」と言われても何のことやらわからず、2回聞き直しました。

厚生年金の方も、「源泉徴収票が欲しかったら、死亡届を出せ」ということでした。川崎市は、住民課だけに届け出を出せば、後は所内ネットワークで保険や年金の方にも連絡が行くので出していなかったのですが、やっぱり出せ、それも住民票除票の原本を持って来い、と言うことです。ただしこれは川崎まで行く必要は無く、岡山で良いというので、明日にでも行ってきます。川崎市の年金事務所には、川崎市のネットワークと、年金のネットワークの2本があり、年金のネットワークが優先で、川崎市のネットワークは無視されているようです。

岡山の年金事務所に行ったとき、おそらく「お前は何者だ(死亡した人とどういう関係だ)」という話になるでしょうから、原戸籍や戸籍謄本を持って行きます。取っておいて、良かった。

2018/08/25

納骨、無事終了しました

2018年8月25日

本日、義兄の35日忌と納骨が終わりました。お骨自体はもうすでにお墓の中なのですが仮納骨の扱いで、今日お坊様にお経をあげてもらって正式に納骨となりました。しかしまあ、今日もめちゃくちゃ暑かったです。黒服でしかも開始時刻が正午(;_;)。さすがにお坊様は鍛えているのか、涼しい顔でしたね。

昨日(24日)は、油絵の運び出しと片付けの見積もりでした。親戚のおじさんがプロの画家でしたので、親戚の家には大抵その画家の油絵があります。義兄の家(実際は、義母がもらったもの)にも1枚あって、その絵を二男が欲しいと言ったので、その発送でした。

数百万もする絵ではないので普通の宅配便(重量は、範囲内)で良いのですが、宅配便(具体的には、ク○ネコの宅急便)は梱包していないと受け付けてくれず、梱包扱いというものもありません。家財宅急便というものは梱包してくれますが、油絵は対象外で受け付けません。結局美術品の輸送部門になりました。以前書いたような気もするのですが、ク○ネコには総合的に「こういう品物はこの部署」と割り振るところがないんですね。皆自分の範囲しか知らず、部門最適しか考えていませんでした。独立事業部や子会社化の弊害です。

そして片付けの見積もり、今度は一切合切全部です。前回のゴミ片付けをやってくれた方が見積もりに来てくれたので、話は早かったのですが、日にちの話になったら向こうから「今月27日はどうです?」と切り出してきました。何でも27日に予定していた物件がキャンセルになったので、トラックと人出が浮いてしまったそうなのです。「お安くしておきます。」とかなり割り引いた価格が出たので、頼みました。

頼んだは良いのですが、そこからが大変です。当初は26日に帰る予定にしていたので、1泊延長です。ホテルの手配、特急券の変更、岡山の新聞配達所に連絡(留守の間は止めています)、下着の買い足し。それから銀行に行って、片付け代金を下ろします。何せ、現金払いですから。薬は余分に持ってきていたので、何とかなりました。1泊延長になりましたが、本当は9月初めにまた上京するつもりだったので、その分の費用も浮きました。

ホテル暮らしも長くなると、疲れが出ます。今日はお墓から帰って、暑さもあってかなりバテ、2時間ほど横になっていました。連泊の時に「掃除無し」にしておくと、いつでも部屋が使えるので便利です。

2018/08/23

台風から逃げました

納骨のために、東京に来ています。
当初は夕方に出発する予定だったのですが、台風が接近してきたため、予定を変更してお昼の新幹線で出て来ました。いつもだったら空いている時間帯なのですが、夏休みに予定繰り上げの人達が加わり、満員でした。

今度の台風も岡山直撃ですが、今回は高潮がヤバそうです。

2018/08/20

南国土佐へ(5)

2018年7月20日(金)

天気、晴。今日も日差しが強い。当初の計画では今日はごめん・なはり線に1駅乗り、そこから大歩危まで行き、各停しか止まらない祖谷口で何本かの特急を撮って帰るつもりだった。ただ週明けの月曜日に行けば良いと言っても、それまでの連絡などは金曜日の今日にやっておかなければいけないこともあるので、なるべく早めの特急に変更し、帰ることにした。とは言っても、朝から電車を撮る時間くらいはある。Img_60721a


駅から来てはりまや橋交差点を右折して県庁まで行く系統は、ほとんど朝だけしか動かない。そして、日中は直交だけで、右折左折する電車は入庫車だけだ。入庫車は朝のラッシュが終わったときが一番多いので、せっかくの朝の時間は、交差点を曲がる電車を重点的に撮ることにする。例の交差点3本進入は、朝のダイヤでしか出現しない。Img_60521a


もう一つ気になっていたのが、とさでんの200型に、どう見ても家庭用のクーラーを積んだとしか思えない車両がいることだ。この200型、暑い高知でまだ非冷房車がいるくらいで、全車冷房ではない。その中の試作として、家庭用クーラーを一部改造して取り付けてあるようだ。電車の冷房機の標準品は3相440Vなので、直流電車に冷房機を取り付けようとすると、必ず電動発電機かインバータが必要である。小容量なら、440Vのインバータより200Vのものの方が安くて手軽なので、家庭用の200Vクーラーを一部改造して使っているのだろう。(追記:電源は単相100Vのようだ)なお3相200Vのクーラー(エアコン)は西日本では標準品で売っているが、東京では見たことがない。200型には、家庭用ではなく業務用のエアコンを改造取り付けしたのではないかと思える車両もいた。Img_59201a


写真を撮りながら駅まで来た。9時13分発の「南風」8号に間に合う時間だ。みどりの窓口に変更を申し込むと、元々が特急券2枚だったので、1枚変更、1枚払い戻しという扱いになった。差額金額はカードに入金、払戻手数料は現金払いである。帰ってから詳細計算したら、払戻手数料を入れて同額であった。Dscn2542a


指定席に乗ったが、多度津や丸亀からの乗車が多い。多度津行き/始発の「しおかぜ」に指定席が無いせいでもったいない話しだが、これも予讃線が復旧するまでの話しだ。しかし、とさでん交通は面白い。また行かねば。

(完)

2018/08/19

南国土佐へ(4)

2018年7月19日(木)(つづき)

無事制限時間内に窪川駅まで戻った。窪川も暑い。何か、底からあぶられるような暑さだ。高知市内の方が風がある分だけ、まだ良い。お昼を過ぎたが、窪川駅前には入れるような店はなく、昼食は持参の非常用ビスケット。やはりちょっと田舎に行くときには、非常食は準備しておかなければいけない。特急「あしずり」4号で高知に戻る。Dscn2531a


高知に着いて、高知も暑いが、高知城に行くことにする。路面電車をはりまや橋で乗り換え、高知城前へ。はりまや橋交差点は線路が直交している上に渡り線もあると書いたが、その渡り線、高知駅前から伊野方向へだけ複線になっている。他は単線でほぼ入庫専用だが、高知駅前からはりまや橋交差点を右折し、県庁前まで行く系統があるのは、後で知った。その渡り線に、電車が3本乗り入れる瞬間を撮った動画が、youtubeで話題になっている。電車を撮るのは、また後だ。Dscn2539a


公園を通って高知城へ。入口のところに板垣退助の銅像がある。小生たちの世代には「500円札」と言えば通じるが、今は知っている人が少なくなったであろう。高知城も戦国末期に造られた平山城なので、小高い山の上にある。松山城(四国と備中、どっちも)みたいに山の上ではないので、歩いて登ってみる。暑いが、心臓は平気だ。高知城の特徴は水はけ用の石樋で、雨が多い土地柄か石垣のあちこちに装備してある。天守閣に登るのは止めたが、それでも結構な高さだ。降りてきてあまりの暑さにたまらず、コンビニに飛び込んでアイスコーヒー。生き返った。Dscn2536a


事前に仕入れた情報によると、土佐電鉄、現在のとさでん交通の後免線と伊野線は一本に繋がっていて、中央部の高知市内は普通の路面電車のように複線で路面中央を走っているが、両端は単線で道路に沿った専用軌道のようだ。路面から専用軌道に変わるのは福井電鉄などでもあるが、道路に沿った専用軌道というのは古い地方私鉄に見られた形である。道路が拡幅され舗装されてきちんと整備されたのは最近だが、道路の開通自体は鉄道より古い。その道路の片側に併用軌道で線路を敷設したり、併行して専用軌道を敷設したりする手法がよく取られた。開通時は九州鉄道だった三角線も、その手法である。終点まで乗ってみたいが、まずは専用軌道に変わるあたりを目指して伊野方面に行って見る。Dscn2529a


伊野方面行きは道路の中央を複線で走るが、やがて鏡川橋で単線になり、道路の山側の端に移る。道路の幅は片側1.5車線といった感じで、完全な片側2車線ではない。そこの端と言うか、ほとんど山側半分を電車が走るので、逆走しているような感じだ。対向車はちゃんと海側に避けているが、慣れないと大変だろう。Img_60061a


そして朝倉駅前から専用軌道となる。このまま伊野まで行ってみたいのだが、何やら疲れて来たので引き返し、途中で見たイ○ンモールで休憩することにする。ちなみに、朝倉駅から高知駅までは土佐電で300円だが、JRなら320円かかる。やはり路面電車は庶民の足だ。今日は伊野側へ来たが、後免側も気になるところだ。運行形態から見て、複線なのは文珠通までであろう。どこから専用軌道になっているか。Img_59861a


帰りの電車でカメラはしまってのんびりしていたら、単線区間の交換場所でタブレット交換をしていた。しまった。このあたりはタブレット閉塞だったのだ。交換の模様を撮るんだった。とは思ったが、もう引き返す元気はなく、そのままイ○ンモールの中の食堂でおやつ休憩。暑いときは、無理はしない方が良い。歳も歳だし(^_^;。しかしとさでん交通、じっくり腰を据えて観察したい路線である。松山にも何回も通うことになってしまったが、また来たいものだ。もっと涼しいときに(^_^;。Img_59891a


たっぷり休憩してはりまや橋まで戻り、また少し撮影する。車両の中に自動連結器を装備したものがいるが、かつて土佐電鉄の安芸線(現土佐くろしお鉄道、ごめん・なはり線)が存在していた頃、軌道線から鉄道線への直通が走っており、その名残のようだ。安芸線廃止後も軌道線内で連結運転はあったらしいが、車庫が桟橋通に移った後、はりまや橋交差点を左折するときに直進車を止めている時間が長いため、取りやめになったそうだ。電車の左折の時に車も左折可にすれば、影響は少ないと思うのだが、それをやるには交差点の拡幅が必要なのだろう。Img_60361a


このはりまや橋交差点、駅から県庁方面に行く方向以外は、電車は直進と左折のみ可だ。県庁方面(伊野方面)からの入庫車は右折する必要があるが、どうやるのだろうと眺めてみた。すると一旦左折して駅方面に入り、そこで折り返して直進して交差点を横切り、車庫方面へ走って行った。電車はワンマンカーでミラーを装備しているが反対側にミラーをたたまないので、折り返しの動作が速い。Img_60421a


夕食は昨日と同じ店に入る。今日は鰹の塩たたき。結局たれと塩の両方を食べたが、塩の方が鰹本来の味がするようだ。鰹の差や、あぶりかたの差が出るかもしれない。

本来ならこれで終了なのだが、ホテルで風呂から出たとき、神奈川の警察から携帯に電話があった。義兄が死んだ、正確に言うと、死んでいるのが発見されたそうだ。詳細は省略するが、カミさんにも連絡し、急いで帰る必要は無いとのことだが、やっぱり予定は変更して帰ることにした。明日の大歩危は中止だ。

高知泊。
(つづく)

2018/08/17

南国土佐へ(3)

2018年7月19日(木)

天気晴れ。高知にはいつもの東横インはなく、西鉄インに泊まった。西鉄インは朝食は有料だが、さすが有料だけあって、たまごに野菜、パンも豊富で、きちんとした朝食である。こういう朝食は、ゆっくり食べないともったいない。Dscn2505a


8時20分発の特急「しまんと」1号に乗るために、高知駅へ向かう。朝から暑い。高知駅前に、維新の三英傑の像がある。昨夜気がついていたが、暗くて写真が撮れなかった。武市半平太、坂本龍馬、中岡慎太郎で、当然土佐出身の「三傑」で、普通に言う「維新の三傑」とは顔ぶれが違う。明治維新150年のせいか、こういう像が増えたような気がする。Dscn2506a


「しまんと」1号は高松始発で、中村行き。つい先日までは窪川止まりだったが、中村線は復旧したようだ。当然混雑しているが、一応座れた。高知を出たあと、伊野までの間の高知市内の駅にちょこちょこ停車するが、結構な数の乗客が下車する。通勤、通学のような乗客も見受けられるが、新幹線通勤ならぬ「特急通勤」もあるようだ。伊野を過ぎると、ずいぶん空いてくる。Dscn2508a


高知から窪川までは、高速バスとの競合区間ではないのか線路も1線スルー化はされておらず、駅通過の度に減速と加速を繰り返す。予讃線の方は宇和島まで線路の高速化がなされていたが、土讃線はかなり差がある。Dscn2522a


窪川で下車。中村線は第三セクターの土佐くろしお鉄道なので、ここで乗務員が交代する。土佐くろしお鉄道の駅舎は別で、バス会社(四万十交通)の営業所も兼ねている。土佐くろしお鉄道を1駅行った若井からはまたJR四国の予土線が別れているのだが、その予土線はまだ不通である。今日の目的地は海洋堂ミュージアムで、最寄り駅は予土線の打井川である。最寄り駅と言っても歩いて行ける距離ではなく、日曜日だけは打井川から連絡バスがある。ただホテルが日曜日を挟んだ日程では取れずに、バスはあきらめて窪川からタクシーにするつもりで、平日にした。ところが予土線が不通では、日曜日にしても同じ事だった。平日で正解である。Dscn2518a


窪川駅前に待機しているタクシーに海洋堂ミュージアムと言ったら、切符を持っているかと言う。何でも駅のみどりの窓口で「タクシー観光券」というのを売っていて、それが5280円。通常だと片道5000円はかかるところを貸切でその値段、その上に海洋堂ミュージアムの入場料も割引になるという。ただし制限時間が全体で2時間だそうだ。海洋堂ミュージアムだけだと長くても1時間くらいのものなので、早速駅に買いに行く。そして改めて、タクシー観光のスタートである。Dscn2509a


海洋堂は精密フィギュアの名門、と言うより、精密フィギュアというものを初めて造った会社と言って良いかもしれない。海洋堂自体は大阪だが、創業者の出身地が高知で、このとんでもないところ(廃校を利用したらしい)にミュージアムを造ったそうだ。出来てしばらくは、団体バスがたくさん来たり、定期バスも運行されていたそうだが、今は静かになっている。ただ川沿いの国道から折れてミュージアムまで行く路は狭く、ここを大型バスが走るのは大変そうだ。現在は大型バスはカッパ館に止めて、そこからはシャトルバスで行くようになっている。Dscn2513a


ミュージアムに団体割引料金で入る。中が写真撮影OKなのは楽しい。歴史をたどって、プラモ店時代から見ていくが、フィギュアになると造型師それぞれの個性が出た作品であり、どんな造型師がいるかで、会社の製品の方向性が決まっていくようだ。海洋堂は現在流行の美少女フィギュアに手を出していないが、アニメの2次元から3次元の美少女を起こすことが得意な造型師がいなかったからではないかと思う。海洋堂の作品で好きなのは根付サイズの精密フィギュアだが、これは実際に買って部屋に置くと埃が付いて大変なので、専用の整理ケース(量が増えると、整理ダンス)が必要となる。もうこれ以上ものは増やさない方針なので(本当は断捨離をやらなければいけないのだが、やらない)、買わない。Dscn2516a


ミュージアムには40分くらい居たが、タクシーは待っていてくれた。まっすぐ帰っても2時間には余裕があるので、途中の沈下橋に寄ってもらうことにした。沈下橋も、所定の観光コースに入っている。四万十川には47の沈下橋があるそうで、長い橋は下流の方にある。ここはかなり上流側なので橋の長さは短いが、立派な沈下橋である。タクシーは手前に止まっていてくれ、歩いて渡ってみる。2t社なら渡れそうな幅だが、欄干が全くないので、実際に運転して渡れと言われるとちょっと尻込みする。多分地元の人は、当たり前に渡っているのだろう。岡山や倉敷市内の柵や手すりが全くない用水路も、地元の当たり前、他所から見ると驚異である。Img_59661a


(つづく)

2018/08/16

南国土佐へ(2)

2018年7月18日(水)(つづき)Dscn2496a


高知に着いたが、「鉄」はしばらくお預けである。まずバスで桂浜へ向かう。高知駅前から桂浜までは路線バスで、30分以上かかる。1時間に1本だったが、ちょうど良い時刻のものがあった。路面電車と同じとさでん交通のバスである。土佐電鉄がとさでん交通になるにはいろいろあったようだが、電車もバスも、路線が維持されているだけでもありがたい。Dscn2494a


平日の真っ昼間なので乗客は少ないが、それでも貸し切り状態ではなく発車、街中を抜けると、淡々と走る。現在日本の路線バスは、整理券方式の区間運賃にほぼ統一されているが、このとさでんバス、区間運賃が切り替わる前に「運賃区界です」というアナウンスがある。そしてそこを過ぎると、「運賃表が変わりました」というアナウンスがある。「運賃が変わる1駅手前で降りよう」と考える人には、すごく便利なアナウンスだ。こういうアナウンスをするところを見ると、高知県人はケチなのだろうか?Dscn2495a


途中「南海中学校前」という気になる停留場を通過し、桂浜に着いた。結構乗りでがある。桂浜に着いたらやっぱり坂本龍馬の銅像を見てみたいが、小高い丘というか、ほとんど山の上にある。まだホテルに着いていないのでリュックの中身が重いが、山登りをする。心臓はなんともなかったが、暑い。そしてその山を越えて、桂浜へ。先日の西日本豪雨の影響か、海岸にはゴミに近い流木が多い。目の前は「おらんくの池」太平洋、こういうところで育ったら、やはり気宇壮大になるだろうと思える。Dscn2498a


再度山登りをしてバスターミナルに戻るが、ともかく暑い。バスの時間まで、まずは冷たいもの、それから「土佐ロール」なるロールケーキを食べる。結構うまい。バスでまた戻るが、ホテルは駅前ではなくはりまや橋交差点の近くなので、はりまや橋で降りる。そしてホテルにチェックインを済ませ、カメラだけを持って交差点に出る。Dscn2500a


はりまや橋はよさこい節に歌われた名所で、現在も観光のスポットになっているが、このはりまや橋交差点は「鉄」、特にトラムマニアの中では有名な場所である。路面電車の全盛期には、十字路で直交する路面電車というのは、銀座4丁目交差点を初めとして、あちこちにあった。しかし現在は路面電車自体が少なくなったので、直交する交差点はここだけになった。その上に、各方面に渡り線が設けられているので、模型でもここまではやらないだろうという配線になっている。なお路面電車と鉄道線との直交は、松山にある。四国は、電車が隆盛だ。Img_58881a


ここの交差点で撮影したかったのは、後免線と伊野線の方向幕で、それぞれひらがなで、「ごめん」「いの」と大書きしている。片方が「ごめん」と謝って、片方が「いの」(いいの)と許しているようだ。最近のLED方向幕でこれがどうなったのか気になっていたのだが、それぞれ「ごめん」「いの」とひらがなで大書きした方向版を前面に付けていた。30分ほど撮影したが、この交差点は車が多く、なかなか良いタイミングで撮れない。まあ、撮れるのは今日だけではない。Img_58651a


早めに夕食と思い、高知に来たからには鰹、と考えた。しかし商店街の中にある店は割烹風で、あまり財布に優しそうもない。駅まで歩くことにする。駅までの通りには、アンパンマンのキャラクターの石像があった。そう言えば、やなせたかし氏は高知の出身だった。駅前の居酒屋のチェーン店に「鰹たたき定食」というのがあったので、そこに入る。塩とたれ(ポン酢)があり、ポン酢の方にする。さすがに、うまい。暑かったから、ビールもうまい。Dscn2502a


一杯やって夕食も終わったところで、ホテルに戻る。今日は早じまい。
高知泊。
(つづく)

2018/08/15

南国土佐へ(1)

2018年7月18日(水)

小生は全国あちこち旅行に行っているのだが、なぜか高知県だけが足を踏み入れたことがない。それもあって、高知行きの旅行はいろいろ計画しているのだが、なにやかやで延期になったり中止になったりで、今日まで来た。やっと念願の南国土佐行きである。これで、足を踏み入れていないのは沖縄だけになる。Dscn2477a


先日の大雨で鉄道網はあちこち被害を受け、予讃線も鉄橋が流され、特急「しおかぜ」も途中がバス連絡になっている。幸い高知までは被害がなく、土讃線の特急は平常通りである。少しゆっくりした出発、岡山1105発の「南風」7号である。高知までは2時間40分、高知は松山より近い。土讃線は非電化なので、車両は2000系気動車、今日はアンパンマン列車だ。ただ大雨で車両のやりくりが大変になったのか、前3両だけがアンパンマン、1両は普通の車両である。なおさらに後に徳島行き「うずしお」が併結され、こちらは馬力アップのN2000系である。アンパンマン車両に乗るのは初めてだが、天上までアンパンマンが書いてある。子供は喜ぶだろう。Dscn2485a


今日の予想最高気温は、岡山が37℃、高知が34℃。ただ最高気温だけでは本当の暑さはわからず、岡山と広島を比較した場合、最高気温は岡山の方が高いが、温度が高い時間は広島の方が長い。日中の気温を積分した平均気温を出すと、また違う結果が出るだろう。

「南風」7号は、岡山を定刻に、50~60%の乗車率で発車する。岡山から高知までは、高速バスの方が速いのだ。高速バス対抗として2000系の量産車が登場したのは1990年で、もう28年も前になる。初めてこの2000系に乗ったときは、その加速の良さに驚いた。その快足ぶりとブレーキの効きの良さは28年経った今でも全く見劣りはしない。水回り(特に、トイレ)を中心に車内のリフレッシュ工事をやれば、もう10年は楽に使えるのではないだろうか。Dscn2480a


宇野線は一部複線で単線区間の方が多いが、茶屋町を過ぎて本四備讃線の区間になると高架複々線、2000系は快調に飛ばす。このあたりは、120km/hを出せる区間だ。児島で乗務員がJR西日本からJR四国に交代、JRになった当初は乗務員の相互乗り入れも行われていたが、国土交通省(当時は運輸省か?)の「指導」が入り、会社境界での乗務員交代が厳密になった。児島から先も地上区間は快走するが、橋の上に来ると騒音対策のために速度規制がかかる。橋の上には熱伸縮と橋のたわみとを吸収する伸縮自在継ぎ目があるが、この継ぎ目の上を通過するときは轟音となる。これでは速度規制も止む無しと思うが、これが高速道路との競争力を落としているのは間違いない。難しいところだ。Dscn2481a


丸亀で、指定席から大量の下車がある。多度津でも下車があり、また帰りでも多度津、丸亀で大量の乗車があった。これは、通常なら定員の多い「しおかぜ」に流れるところが、現在「しおかぜ」は多度津止まりで全車自由席のため、席を確保したい客が全部土讃線特急に流れてきているためだと思われる。多度津止まりの「しおかぜ」に指定席を設けても十分に利用客は見込めるということだが、指定席を設定するためのマルスのシステム変更は東京で行っているはずなので、何かと小回りがきかないのだろう。

予讃線の「しおかぜ」は現在多度津止まりだが、多度津に8000系と8600系が1本ずつ昼寝をしていた。岡山-多度津間は時刻変更を行っていないため、車両運用上は多度津での待ち時間がすごく多いダイヤになっている。なお、多度津-観音寺間に連絡バスが走っているが、完全な鉄道代行バスではないので、「目安」の接続列車はあるが、接続の保証はされていない。Dscn2484a


「南風」には社内販売は無いことになっているが、多度津から琴平までの短区間、ちょうどお昼の時間帯だが、車内販売が来た。事前の案内がないので、知っている人でないと利用しないだろう。多度津から土讃線に入るが、とたんに線路が悪くなる。そして琴平から本格的な山越えに入るが、カーブも勾配もものとせず、速い。これで高速バスより遅いのが、不思議だ。ただ大歩危を過ぎると駅の1線スルー化がされておらず、駅での減速が増え、これが土佐山田まで続く。と言うことは、大歩危-土佐山田間で高額な費用がかかる路線改良は行わなくても、駅配線の改良工事を行えばまだスピードアップができるということだ。土讃線は空気バネによる車体傾斜はあきらめ従来通りの制御付き振り子車で行くことになったので、新車の開発と一緒に、駅配線の改良工事もやってもらいたい。Dscn2489a


「南風」7号は定刻に、立派な高架の高知駅に着いた。
(つづく)

2018/08/13

今年も写真展に出品します(しかも2点)

2018年8月13日

今年も、写真展に出品します。2018002a

今年の写真展の会期は10月25日から30日までの6日間、例年より1日短いです。これは会場が変更になったせいで、会場は例年の四ッ谷ではなく、池袋の藤久ビル東五号館14階にある、ギャラリー路草の「路」の方です。藤久ビル東五号館と言ってもピンと来ないかもしれませんが、電車のある丸善のビル、と言った方がわかりやすいかもしれません。

会場が例年より広くなったせいで、今年は追加で2点目の募集もありました。いつもは、一人1点限定です。それで古い写真のネガをスキャンしたものを送って、「これで使えたら使ってくれ」と言って出したら、それも採用になったので、今年は2展の出品です。参加費が2倍になると気がついたのは、請求書が来てからでした(笑)。

皆様のお越しを、お待ちします。小生も、土日に合わせて上京します。

2018/08/12

心電図のお勉強=モニター心電図

2018年8月12日

心電図の勉強をするために図書館からいろいろ本を借りてきましたが、そのすべてが心電図の基本である12誘導心電図でした。確かに12誘導心電図が基本なのですが、小生の目的とするところは、自分の持っている簡易型心電計で緊急受診しなければいけないような異常な不整脈を見つけることなので、借りてきた本は目的とするところと異なりました。

それで東京に行ったときに大きな本屋さんでぶらぶら見ていたら、モニター心電図に関する本がいくつかあるのを見つけました。メジャーな本の品揃えは岡山でも東京とあまり変わりませんが、マイナーな本になると、品揃えの差がはっきり出てきます。服や靴もそうですね。最もマイナーな本でも小生が宣伝している「鉄道車両色見本帳」みたいな超マイナーな本になると、東京でもそれなりの店(書泉やジュンク堂の本店など)に行かないと置いてないようです。

閑話休題。このモニター心電図の本は医師向けではなく看護師向けで、「この波形が出たら医師を呼べ!」という本なのですが、2冊ほどぱらぱら見たらこれが意外と適しているように思えて、そのうちの1冊を買ってきました。買ってきたのは「ゼロからわかるモニター心電図」(成美堂出版)です。モニター心電図も基本的には1画面だけなので、小生の簡易心電計と似たような感じですね。ただ簡易心電計はアースがきちんと取れていないので、ノイズは乗りやすいです。

読んでみたら、解説も実践的です。小生の心電図はT波が高く、これは解説書には「高カリウム血症」としか書いて無く、小生は高カリウムのわけはないので心電計の癖(特性)と思っていました。ところがこの本には、「大動脈弁や僧帽弁の閉鎖不全症でも、T波が上向きに先鋭になることがある。」と書いてありました。小生は大動脈弁と僧帽弁両方で閉鎖不全ですので、まさにこれです。

その他、「基礎心臓疾患の無い心室期外収縮は放置して問題ないが、心筋梗塞や心臓弁膜症、心不全などの心疾患が原因で起きる期外収縮は注意が必要」期外収縮で臨時診察に行ったら、手術の話が出るわけですね。なお心房細動と心房粗動、略称もafとAFで大文字と小文字の違いでしか無く、周波数の違いだけかと思っていたらまるで別物ですね。

小生が気にしている心房細動からの脳梗塞の発症ですが、そのリスクが高い人とは、1)心不全の既往症あり、2)高血圧、3)75歳以上、4)糖尿病、この4つのうちどれか2つ以上あれば、ワーファリン必須です。また脳梗塞の既往症がある人も、ワーファリン必須です。小生の場合は1から4までのどれにも該当せず、また脳梗塞の既往症もありませんから、たまに心房細動を起こしたくらいではまだワーファリンは必須では無いですね。期外収縮が頻発になると心房細動に移行しやすいですが、年内は頻発にならずに逃げ切れそうです。

2018/08/09

ポーラ美術館コレクション展

2018年8月9日

気分を変えて、岡山県立美術館で行われている、ポーラ美術館コレクション展に行ってきました。副題は、「モネ、ルノワールからピカソまで」。18080908a


箱根のポーラ美術館は良い場所にあるのですが、何せ遠く、公共交通機関で行こうと思ったら、小田原か箱根湯本から美術館行きの直通バスに乗るしかありません。東京から行ったら、一日掛かりの旅行になってしまいます。箱根に旅行に行くときに合わせて組み合わせる場所なんでしょうが。それが岡山に引っ越し展示をやってくれるのですから、ありがたいです。料金も岡山の方が安いし(シニア料金で、箱根1.6K、岡山1.1K)。

展示は年代順に、1.印象派の誕生:モネとルノアール、2.色彩の会報:セザンヌからフォーブへ、3.造形の冒険:ピカソとブラック、と3部に別れていて、そのうちの第1部印象派は写真撮影可能です。最近、こういう一部撮影可能の展覧会が増えました。フラッシュをたかなければ、デジカメ/スマホで撮る分には絵は傷みませんしね。他だ小生のコンデジは、暗くなると勝手に測距用LED(緑色)が光るので、要注意です。18080904a


今回の目玉、看板娘はルノアールの「レースの帽子の少女」。展覧会のポスターにも使われています。さすがに良いですね。そうそう。「鉄」としては、モネの「サン・ラザール駅の線路」も押さえておかねばいけません。印象派の時代は鉄道は格好の題材だったのか、その他にもモネの「貨物列車」、シスレーの「セーヴルの跨線橋」、などあります。18080910a


セザンヌから後の時代になると小生の趣味の範囲から外れてきますが、気になったのがデュフィの「五重奏」です。ヴァイオリンかヴィオラが合わせて4本、チェロが1本の編成だったので、おそらくヴァイオリン2本、ヴィオラ2本、チェロ1本の五重奏でしょうが、そういう編成の曲があるかと思って調べたら、いやたくさんありました。小生はあまり弦楽四重奏の演奏会には行かないので、このあたりの知識は抜けています。

帰りの電車は、夏らしい「風鈴電車」でした。

2018/08/07

この2週間(3)

7月30日(月)
銀行へ行って税金の支払い。延滞金額は日々増加するので、電話で確認するよう窓口に依頼する。少し待たされたが確認が取れ、最終的な支払額がわかる。印刷してある支払い通知書の合計金額から、2K円ほど増えていた。

今度は小生の長姉から、連れ合いが倒れたとの連絡あり。ICUに入っているが、幸い命に別状はなく、手術もしないで済みそうだとのこと。死んだ兄貴にかかり切りになって、生きている姉貴を放っておくわけにもいかないが、大丈夫そうなのでしばらく静観。いくら「修羅場の南海」とは言え、二つ同時並行はたまらん。

7月31日(火)
カミさんがこちらではまだ実印の登録をやっていなかったので、印鑑登録に行く。ところがカミさんは顔写真の付いた身分証明書を持っていないので(断固として作らない)、印鑑登録証は即日発行は出来ず、郵送されてきた書類を持って再度役所に行くことになる。不便だと思うが、当人に言わせると、数年に一度しかないことだから、これくらいの手間は何でも無いとのこと。コンビニで印鑑証明が取れる小生とは、大違いだ。
午後の新幹線で出発。桃太郎の祭り寿司は、品切れだった。

8月1日(水)
マンションを一部片付け。見積もりの時からあまり変更してはいけないので、ほどほどにする。東京ガスのガス漏れ警報器、今日明日居ると連絡したらすぐに行くとのこと、作業員二人が来て、無事取り外し終了。NTTのレンタル機器を送られてきた袋に詰め、郵便局に持って行く。仏壇屋さんからの連絡が、まだ来ない。電話したら、刻印業者から連絡が来たら、すぐに携帯に電話を入れるとのこと。

8月2日(木)
片付け業者による運び出し。2t車一杯のゴミが出た。13時までの予定が、12時過ぎに終わる。詳細は省略するが、大変な作業だ。
部屋の見通しがきくようになったら管理人さんが現れ、ベランダに台風で飛ぶようなものがあるので何とかしてくれ、とのこと。マンションのベランダは避難通路を兼ねた共用区域で、ものは置いてはいけないのだ。ところが義母の時代から植木鉢がたくさん置いてあり、さらに義兄がベランダを物置代わりに使っていたので、大変なことになっている。全部片付けようかと思ったら、飛びそうなものや、手すりから出っ張ったものだけで良いとのこと。管理人さんが手伝ってくれ、そこだけ処理をする。あとは全部運び出すときにベランダのものも一緒に持って行ってもらうだけだ。ただ土の処理は現在では高く付くとのこと。

仏壇屋さんに連絡したところ、携帯の番号を間違えていたようだ。ホテルにFAXしてもらい、問題なかったのですぐにOKの返事を入れる。これで位牌の件も、一件落着。10日頃には出来上がるはずだ。これは後日談になるが、法要用の写真は部屋で見つけた義兄の身分証明所要の写真を一眼デジカメで撮り、トリミングして葉書大に印刷した。一眼デジカメは分機能が良いので、これできれいな写真が出来る。

高松のホテルから、予約の最終案内が来る。明日(3日)からAと撮影旅行に行くつもりだったのだが、Aに断りを入れただけで、ホテルをキャンセルするのをすっかり忘れていた。慌てて3箇所をキャンセルする。キャンセル料を取られる前で、間に合った(^_^;。

8月3日(金)
予定を変更し、8年前にお世話になった司法書士事務所へ行く。代替わりしていた。8年前は事務のおばさん(失礼)がすべてを取り仕切り、大先生は最後に出てきて判子を押すだけだった。そのおばさんは健在だったが、さすがに若先生になったらあまり表に出ず、若先生に任せていた。準備する資料のあまりの膨大さに驚き、すべて丸投げする。マンションを家捜ししても権利書に類するものが出てこなかったが、要らないとのこと。家捜しの手間が一つ減った。

その後区役所へ、国民健康保険の埋葬料の申請である。義兄の財布の中に入っていたのは1年前の保険証で、最新のものは見つからなかったが、無事受け付けてくれた。今回の騒ぎの中の、初めての入金。最新のものをもう一度探さなければいけないかと思っていたが、その手間も省けた。もう家具の運び出しが出来る。

新幹線を2時間早いものに変更し、帰岡。新幹線の中で、久しぶりに寝た。

(完)

2018/08/06

この2週間(2)

7月25日(水)
再度マンションへ。まず一昨日急遽用意した手土産を持ち、マンションの「向こう3軒両隣」(マンションなので、実際は向こう1軒両隣)に挨拶。1軒は不在だが、しょうがない。すでに警察も来ているし、これから業者が来てゴミを運び出したりするので、挨拶はやっておいた方が良い。ゴミ屋敷を片付けてくれるところは、ネットで調べるといろいろ出てくる。その中の1社は、急な話なので現地に行くことはできないと言うことで、電話で部屋の大きさ、ゴミの量から概略見積もり。もう1社は見積もりに来てくれることになった。ゴミを確認し、生ゴミの占める比率が高いので、やや高くなるとのこと。見積もりを出してもらったが、妥当な値段だと思う。

ひかり電話のルーター(と言って良いのかどうかわからないが)からどこか線が行っていないか調べたが、どこへも行っていない。となると、このルーターを外して送り返せば良いだけだ。なおあとで出てきた預金通帳に、有料テレビの契約と、金が続かなくなって解約した形跡があり、そのためかもしれない。

部屋の整理をしていたら、督促状が出てきた。慌てて電話したら、税金を2年分滞納していることがわかった。義兄は死んだと言ったら担当が代わり、払ってくれるのなら(相続しなかったら払う義務はない)、延滞金は毎日増えるので、出来るだけ早く払ってもらった方が良いという。大手銀行ならどこでも払えるので、岡山へまとめて送ってもらうよう依頼。その時、相続人代表者選出の用紙も一緒に付けるので、書いてくれとのこと。

駅前に区役所の出張所があったので寄って、除籍票が取れるか聞いてみたところ、二重にダメだった。まず除籍票はこの出張所では取れずに区役所本庁舎へ行かなければいけないのと、さらに非同居の親族だと兄妹であるという証明書類を持ってこないと出せないとのこと。要は門前払いだ。原戸籍を持ってくるしかない。

結局予定通りの夕方の「のぞみ」になる。駅弁と缶ビール。まだ仕事をしていて、岡山に仮拠点を置いていた時代のパターンだ。

7月26日(木)
岡山に帰って、カミさんは洗濯等家事、小生は葬儀屋の支払いをネットで済ませた後、電話であちこちに支払先変更の連絡を入れる。名義も換わるので、ネットでは出来ない(出来るのかもしれないが、どうやれば良いのかがわからない)。東京電力、水道局はすんなりOK、東京電力は自動支払いの申込書も送ってくれるとのこと。東京ガスは解約にしたが、ガス漏れ検知器がレンタルになっているとのこと、外しに来たいと言うがすでに東京(実際は神奈川県だが)は引き払っているので、付けたままにしておいてもらう。確かこのガス漏れ検知器を付けたままにしておくと、電気のブレーカーが切れないのだ。

年金事務所は、死亡通知書を付けて死亡届を出してくれと言う。そして生計同一なら、最後の月の年金を支払うと言う。生計同一などしていたら、こっちもとっくに破産していたはずなので、生計同一にあらず、年金不要、死亡届は発行(再発行)に6K円かかるので取らない、除籍票は門前払い、と言ったら、そのうち死亡届の連絡が庁内ネットワークで来るので、届け出不要とのこと。これで良いのだ。

7月27日(金)
見積書をくれた片付け屋さんに、作業可能日の確認。第1希望の8月2日がOKだったので、依頼する。それに合わせ、ホテルと新幹線を手配。ホテルの宿泊ポイントがどんどんたまる(^_^;。郵便局によって必要な定額小為替を買い、義兄の原戸籍と、自分の(カミさんの)戸籍謄本を郵便で依頼する。今は申込書がネットでダウンロードできるので楽だ。義兄の戒名が送られてきたので、石屋さんにFAXを送る。墓石に刻んでもらうのだ。この自宅のFAX、確か親父が死んだあとの事務処理のために電話機をFAX付きのものに変更したものだ。今回も活躍で、やはり人が死ぬと大活躍する。

7月28日(土)
35日の法要を行うことにしたので、それに合わせて位牌を作らなければいけない。本当は曹洞宗では葬式の時に白木の位牌、35日(49日)の時に塗りの位牌に取り替えるのが正式なやり方だ。その位牌を買いに仏壇屋さんに行ったが、49日だと3ヶ月にまたがるので良くないとのことで35日にしたところ、間にお盆休みが入って実働期間が短く、在庫のあるものしか出来ないと言われた。塗りの位牌は時間がかかるので、現代風の寄せ木造りのものにした。寄った店が現代仏壇の店だったのでこうなったのだが、伝統より変わったものを好んだ義兄なので、良いだろう。文字確認のためにFAXをすると言うが、7月31日から不在なので一度携帯に連絡をもらい、ホテルにFAXしてもらうようにする。

台風12号がまともに来ている。明日は大阪のザ・シンフォニーホールで行われる関西フィルのサマーポップスコンサートのチケットを買っていたのだが、これは交通機関が動きそうもないし、なまじ大阪で閉じ込められるのもいやなので、行かないことにする。

7月29日(日)
台風がまともに来てしまった。朝からJRの在来線は、全線止まっている。しかし幸い、雨は大したことはない。岡山、特に被災地はまだ堤防が仮復旧の工事中なので、今大雨が降ると危険なのだ。ところが午後になると大阪は台風から完全に抜け、サマーポップスコンサートは予定通り開催されたようだ。新幹線は動いていたのでその気になれば行けたが、その気にならなかったのが本当のところだ。そう言えば義母が死んだときも、チケットを買っていたコンサートを1件キャンセルした。そんなものだろう。

(つづく)

2018/08/05

この2週間(1)

2018年8月5日

岡山は桃太郎まつり(通称、うらじゃ)の真っ最中ですが、暑くてとても人混みの中に行く気がしないので、逆方向の市立図書館に行ったりしています。
自分の備忘録代わりに、この2週間を日記にまとめました。


2018年7月19日(木)
高知のホテルでお風呂から上がったときに、神奈川県警の警察署から、義兄が死んでいたのが発見された、と携帯に電話が入る。折り返し岡山にいるカミさん(ただ一人の身内)から警察署に電話してもらったところ、身内が確認できたので、あとは都合のつくときに来てもらえれば良いとのこと。今日は何もしなくて良い。

7月20日(金)
急いで上京する必要は無いとは言え、のんびり大歩危で写真を撮っているわけにも行かず、切符を変更して岡山に帰る。岡山から警察署と葬儀屋さんに連絡を取ったが、同じ「死んでいるのを発見」でも、義母の時はまだ同居の義兄がいたが、義兄の場合は身内は「探して連絡」する状態なので、遺体の所有権が完全に警察に移っていた。そのため葬儀屋も警察出入りの葬儀屋になったのだが、元々義兄の時は葬式はしないとカミさんが決めていたので、火葬だけの処理には適した葬儀屋だった。

7月21日(土)
何もやってくれない代わりに適切なアドバイスができる葬儀屋で、火葬した遺骨は普通49日まで自宅におくが、今回は「お墓があれば、仮埋葬することもできますよ。」と言ってくれて、それから霊園や石屋さんに連絡を取って、何とか25日に火葬後仮納骨する段取りになった。岡山に運ぶことになったら、どうしようかと思っていた。戒名も葬儀屋さんが、「霊園の方で手配された方が、」と言ってくれて、霊園経由で手配した。この日は連絡取りまくり、ついでにホテルと新幹線も手配した。早く帰ってきて、良かった。

7月22日(日)
警察署の方には明日(23日)朝岡山を出るので、現地に着くのは14時くらいと連絡しておいたが、やはりそれではまずかろうと、前日出発にした。朝から胸が痛かったが、午後の出発なので、その頃はなんともなくなっていた。心電図を撮ったが、脈が速い(96)だけで、波形に異常は無かった。久しぶりにカミさんと二人で「のぞみ」に乗る(カミさんは、いつも「ひかり」だ)。桃太郎の祭り寿司を、これも久しぶりに食べる。

7月23日(月)
まず菓子折を持って、義兄が住んでいたマンショへ行き、管理人さんに挨拶。管理人さんは、8年前に義母が死んだときから変わっていなかった。義兄とはここ数年全く連絡を絶っていたが、連絡を絶つような事情がいろいろあったのだ。一応周りの人が探せばわかるようなレベルで連絡先を知っている人がいたのだが、その網には引っかからなかったようだ。部屋に入り、その荒廃ぶりに唖然とする。このまま放置すると悪臭で近所から苦情が来るので、やばそうなものを重点的に始末する。冷房機は壊れているので暑さと臭いに参る。ちょっとやっただけだが、ゴミが大袋7個出た。

14時に時間を合わせて警察署へ。身元不明遺体の引き取りである。遺体は葬儀屋さんの保冷庫の中に保管してくれているが、14時に合わせて警察署へ持ってきてくれていた。そこで対面。髪もひげも伸び放題、孤独死するときは、こんなものか。それでもずいぶんきれいにしてくれている。ありがたいことだ。

ホテルに戻って、NHKに解約の連絡。すんなり受け付けてもらえた上、日割りで受信料を返してくれるという。そう言えば、米沢を引き払うときも返してくれた。次にNTTに連絡したら、調べてもらったところ普通の電話からインターネット回線のひかり電話に変わっているので担当が別と、別の電話番号を指定された。そうこうしているうち、今日は時間切れ。

7月24日(火)
朝9時の火葬開始なので、集合は8時45分、ホテルから斎場へ黒服で直行する。田舎者には東京のラッシュはきついが、神奈川県止まりで東京都に足を踏み入れていないので、まだ楽な方だ。予定より少し早く着いたが、駅から歩いて行く途中で道を間違えてしまった。それでも、予定の少し前に着いた。長男、二男共に時間に間に合う。やがて呼ばれて、整列しているところに棺が運ばれてくる。棺の蓋はもう開けないので、窓を開けて最後の対面。ひげが剃ってあった。子供達は昨日来ていないので、これが最初で最後の対面になる。そして窓も閉められ、炉の中へ送り込まれる。なお全くの非宗教で、お坊さんはいない。

火葬が終わるまで約1時間だが、その間にNTTへ連絡する。「あなたはどういう関係だ」と聞かれたので、「故人(契約者)の妹の夫だ」と言ったら、「第3者からの申し出は、、」とぐだぐだ言い始めたので、電話をカミさんと代わる。そのうちカミさんでは話がわからなくなったので、また小生と代わり、解約と、接続機器返却用袋の送り先を連絡する。かなり長い電話になったが、ともかく片付いた。

火葬が終わったと連絡があり、炉の前に行く。そこは確認だけで、収骨室というところに回される。そこではある程度骨が分類されており、2人ずつで作法通りに骨壺の中に入れる。そして骨壺を木箱に収め、さらに布製のカバーを掛ける。普通はそこまでだが、さらに骨壺運搬用のバッグというものに入れてくれたので、運ぶのは楽だ。義母の時は、骨壺が入るキャスター付きの鞄を探すのに苦労した。聞いた話だと関東と関西では骨壺の大きさが違い、関東のものが大きいそうだ。葬儀屋さんがタクシーを呼んでくれ、カミさんは車に弱いのだが、所用で別行動の長男を途中で下ろし、高速経由で一気に八王子まで行く。そこで一旦昼食休憩にする。そしてまたタクシーで霊園へ。事務所で納骨者を記録するが、そこで義兄の戒名と35日の法要を依頼する。

事務所での仕事が終わって、お墓へ。暑い中石屋さんが待っていてくれた。納骨室の中を見たら、中が2階建てになっている。石屋さんに聞いたら、10体分位は入るとのこと。このお墓は最初は義母と叔母の共同名義で、そこから叔母が抜け、義母の単独名義になった。法事の時に叔母から、「名前を連名にして、お墓ももらったら?」と言われたことがあったが、その話が現実味を帯びてきた。現在の管理はカミさんだし、カミさんの実家はこれで絶えてしまったので、同居しようか。

不埒な考えは置いておき、お骨を納め、蓋を閉じたあと各人お参り。長男も駆けつけた。あとは戒名を35日までに刻んでもらうだけだ。帰る途中のファミレスで、アルコール抜きの打ち上げ、いや、お清めと言って良いのかな。早めにホテルに帰る。長い一日が終わった。

(つづく)

2018/08/04

ああ原戸籍

2018年8月4日

義兄の残した財産は、資産価値があるかどうかわからないボロ家と、ごくわずかな現金のみ。それでも一応相続財産には違いは無いし、まだ義母のものも残っているので、相続手続きのために原戸籍と、自分の(と言うより、実際にはカミさんの)戸籍謄本を東京に出発する前に郵送で手配しました。そして今回の上京は部屋の片付けのため、二人とも汚れて良いような格好、はっきり言ったら汚い格好で出かけました。部屋のゴミ出しが終わった夜、「やれやれ一段落」と思ってベッドに入ったとき、ボロ家と言えども借金のかたに出来ることに気がつきました。これは調べておく必要があります。相続放棄する時間はあるし。

そこで東京での最終日、予定を変更して昔お世話になた司法書士事務所を訪ねました。汚い格好なのでいやがるカミさんを説得し、行きました。お世話になったのは8年前ですので、今では代替わりし、その時の司法書士先生の義理の娘さん(息子さんの奥さん)が司法書士として事務所を引き継いでいました。大先生は、89歳まで仕事をして2年前にお亡くなりになったそうです。

そこで抵当権の設定がないかを調べてもらいました。抵当権の設定は無し。どうやら、借金を相続する心配はなさそうです。それに、相続税を心配しなければいけないような物件でもありません。そしてついでに相続についても、聞きました。

親子の相続の場合、死んだ親が生まれてから死ぬまでの改製原戸籍(以下、原戸籍)を取り寄せる必要があります。子供の数を確定させるためです。ところが兄妹相続の場合は、ちょっと面倒です。と言うのも相続順位で見ると、配偶者は別格として第1順位は直系卑属(子、孫)、第2順位が直系尊属(親、祖父母)、第3順位になってやっと兄弟姉妹となるからです。そのためカミさんが兄から相続しようとすると、第2順位までが誰もいないということの証明と、他に兄弟姉妹がいない、ということの証明をしなければいけません。よって父側母側とも祖父母まで遡って「すでに死んでいる」という原戸籍と、両親ともに生まれたときに遡って、「他に子供はいない」という証明の原戸籍を揃えなければいけません。とても手に負えないので、司法書士先生に依頼しました。

また義兄の原戸籍ですが、結婚もしていないのに本籍がやたら移動しているんですね。これは義父の性格で、引っ越しで住民票を移動するのと同時に、本籍まで移動させていたみたいなのです。そのため義兄だけでも、最低5通(ひょっとすると10通近く)揃えなければいけません。これも先生に依頼です。まめな性格の親がいると、子供が苦労します(笑)。仮に小生が死んだ場合は、原戸籍は結婚前と結婚後の2通揃えれば良いですが、カミさんは義兄と同じように、10通近く揃えなければいけなくなります。子供達に言っておこう。

原戸籍が全部揃うのに、8月一杯はかかるそうです。無理して早めに行っておいて、良かった。

2018/08/02

ゴミ屋敷の整理

2018年8月2日

義兄の住んでいたマンションは完全なゴミ屋敷と化していたので、遺品整理も何もできません。それでまずゴミだけを処分するために、業者さんを頼みました。朝から午前中一杯、3人がかりで2t車一杯でした。それなりの値段はかかりましたが、やっと家らしくなりました。

管理人さんと話したところ、何回か水漏れ事故を起こしているため、家具などを出してしまった後給排水管両方を更新しないとダメだろうとのことです。トイレも詰まっているのですが、詰まりの改善以前に配水管のやり直しですね。それだと床をはがしたりするので、そのままリフォームまで行ってしまうかどうかです。クリーニングをかけなくて、良かった。家具などを出す大片付けは、あと数ヶ月先です。

片付けをしているときに企業年金の数年前の振り込み通知が見つかったので、一応連絡をしていた方が良いと思って電話をしました。そうしたら、死亡診断書を付けて書類を出してくれ、とのこと。死亡診断書は1通しかなく、それは区役所に提出しているので、再発行を依頼しなければなりません。この手数料がめちゃ高く、6K(生命保険会社の指定用紙だったら、7K)もかかります。そして区役所は、除籍票は同居の親族以外には発行してくれません。まあこれはカミさんの原戸籍が揃ったら区役所にもらいに行くので、コピーでも良いとのことなので、コピーでも送りましょう。

年金は公的年金も含め、「死亡したら速やかに届けを!」と書かれていますが、届けるのに金がかかるような状態だと、知らん顔をした方がマシです。小生も、カミさんから「バカなことをして、」という顔で見られています。届けたら、生計同一など関係なしに、届け出た人に少なくとも書類の手数料と交通費くらいはカバーできるような「お見舞い金」か何かを支給するような制度にしないと、誰も死亡届を出さなくなります。

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