« ハウステンボスから帰ってきました | トップページ | 名古屋界隈ぶらぶら記(2) »

2018/06/09

名古屋界隈ぶらぶら記(1)

写真がクラッシュしたディスクに入っていたため、救出するまで旅行記がアップできませんでした。遅くなりましたが、4月の旅行記です。


2018年3月31日(土)

天気、快晴。珍しく土曜日に出発する。岡山駅の新幹線ホームはすごい混雑。ホームに柵があるのだが、その柵ぎりぎりに立っている人に対し、神経質なくらいに「下がってください!」を連呼する。黄色い点字ブロックは柵から30cmくらい内側なので、柵の間は一人分空けなければいけない。柵ぎりぎりに立つと、そこから手を伸ばせば列車に触れるので、下がらせるのだ。「4号車付近で赤い服を着て黄色い鞄を持って立っている方、下がってください!」もう名指しも同然である。Img_50961a

上りの「のぞみ」は臨時を取ったせいで、珍しく700系である。シートはネイビーブルー、昔からこんな色だったかどうか、記憶がない。700系はトンネル内で蛇行動を起こしやすいのだが、14号車と上りでは前の方だったせいか、蛇行動もなくスムーズに走った。トイレは和式で、住宅の方が洋式トイレ化のスピードが速いことを改めて感じる。

名古屋で東海道線に乗り換え、大府へ。JR東海の在来線電車はほとんど313系だが、東海道線用は5000番代。確か高速仕様のはずだ。車内は転換クロスシート、列の端のシートも転換できる。大府で武豊線へ乗り換える。今度は同じ313系でも1300番代、ワンマン対応だ。列車は3両編成で、途中の小駅では乗車は2両目の後ろのドア、降車は先頭車の前ドアで、最後尾車両は締切である。そして駅に着くと、運転手が立ち上がり、右側の時は右に移動して窓から後方を確認し、ドアを開ける。そのため停車してからドアが開くまでに、やたら時間がかかる。発車も同様。運転席に座ったままのミラー確認にすれば時間短縮になるのだが、時間短縮の必要は無いというJR東海の方針なのだろう。乗客離れになるぞ。Img_51051a

東成岩で下車。改札を出たらすぐ踏切で、その踏切の先はJFEの工場である。やはり岡山(倉敷)から東成岩への乗客は、多いのかもしれない。そこの踏切で、下り貨物列車を狙う。下りと言っても半田埠頭へは東成岩の先でスイッチバックしてくるので、東成岩は2回通ることになる。待つことしばし、衣浦臨海鉄道のDE65がやってきた。国鉄のDE10と同じであるが、JR貨物の所属機がほとんど更新色なのに、国鉄色を保っているのが嬉しい。しかも、きれいだ。逆走に相当する右側を通ってくれたので、距離もちょうど良い。幸先よし。Img_51141a


東成岩から東浦へ移動、ここから往復乗車券の帰りの切符だ。やってきた313系は同じ車号、武豊線の運用に入ると一日行ったり来たりなので、同じ番号に遭遇する機会が増える。途中半田の駅前に、C11が置いてあるのを見つける。C11265、戦時型だがドームの片方だけ角ドームという、C11にしかいないバリエーションだ。そのまま通過したが、東浦で時間があったので、半田で途中下車することも可能だった。後の祭り。半田には、ミツカンの本社もあった。Img_51201a

東浦で降りて、しばらく待つ。衣浦臨海鉄道はJR武豊線の東浦と東成岩の2箇所で分岐しているが、東成岩からの線は衣浦湾の西岸、東浦からの線は東岸を走っている。双方の終点、半田埠頭と碧南市は、車で行くと衣浦トンネル(海底トンネル)を抜けてすぐだ。碧南市への線は、下りは中部電力の石炭火力発電所へ送る亜硫酸ガス中和用の炭酸カルシウム、上りは発電所から出るセメントの原料になるフライアッシュ(石炭灰)という、珍しい往復輸送だ。三岐鉄道東藤原にある太平洋セメントの工場で炭酸カルシウムが造られ、またその工場でセメントの原料としてフライアッシュが使われている。どちらも積車のため、下りはDE65の重連、上りは2列車分割で輸送されている。こちらも無精して、踏切で待つ。今度は左側の一番手前の線に入るので、近くに寄せては撮れなかった。Img_51211a

この炭カル輸送、往復とも積車という効率のよい輸送だが、衣浦臨海鉄道の終点碧南市から碧南火力発電所まで、距離が少しあるのが気になる。火力発電所から碧南市駅までの輸送、また碧南市駅での積み替えに手間がかかっていたら、トラックでの直行輸送に切り替わる可能性は、十分にある。「大家」のJR東海が貨物輸送に冷たいので、先行きが心配ではある。Img_51241a


大府に移動する。すると先ほどの炭カルホキ(ホキ1000)を、EF64が入換をしていた。6両と8両の2列車で大府まで来ていたものを、14両編成の列車に仕立て直すのだ。ホキ1000は1車55tのため、14両編成で770t、私鉄やローカル線ではかなりの重量列車だ。国鉄時代はローカル駅でしか見られなかった本線用機関車を使っての入換を、JRになったらターミナルでもやるようになった。旧型の直流機はスロー運転は苦手なので、それなりに大変だろう。それから、バックするときは必ず運転士が移動し、「前向き」で走るようになった。

(つづく)

« ハウステンボスから帰ってきました | トップページ | 名古屋界隈ぶらぶら記(2) »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/97180/66811670

この記事へのトラックバック一覧です: 名古屋界隈ぶらぶら記(1):

« ハウステンボスから帰ってきました | トップページ | 名古屋界隈ぶらぶら記(2) »

フォト
2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近のトラックバック

無料ブログはココログ