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2018/06/13

名古屋界隈ぶらぶら記(5)

2018年4月2日(月)

天気、晴。
ホテルは近鉄四日市の近くだったので、JR四日市駅まで歩く。ホテルや商店などは近鉄四日市駅の近くにあり、JR四日市駅近くは何も無い。JR四日市駅へ向かう道路はさすがに広く、かつては国鉄四日市駅がメインだったと思わせる。Img_52941a
JR四日市駅は、もう何回も来ているが、建物は立派だ。しかし中身は案内所、売店も含め、全部閉鎖。広い待合室が自転車置き場になっている。いかにも「寂れた」という感じがする。かつては急行「伊勢」や関西線経由の「大和」などが発着したが、今は昔である。なおかつての長距離急行の列車名は旧国名のものが多く、同じ名前を持つ旧帝国海軍の戦艦、巡洋艦が多い。現在は列車本数は、断然近鉄の方が多い。しかし運賃だけは、珍しくJRの方が安い。Img_52971a

JR四日市に着いて少し名古屋側へ歩くと、線路際に出る。四日市の構内もよく見える。四日市駅には、いつも何らかのDLが止まっている。関西本線は側線はおろか中線も電化されていないので、DLの独壇場である。旅客列車も、伊勢方面が非電化のためにDCも多い。この電化、四日市-名古屋間だけでも近鉄に対抗したいという意思の表れであろう。Img_53141a

四日市駅の南には、かつて撮影した末広可動橋を経由する貨物線があり、北側には石油基地がある。どちらも四日市の構内運転の扱いなので、機関車に誘導員が乗り、標識灯を1灯点灯させた状態で走る。ただ列車編成は長く、石油タンク車は16両編成だ。構内運転のDE10はA寒地仕様の旋回窓付だ。名古屋界隈は暖地仕様なので、どこか北の方から移ってきたのだろう。国鉄時代は車両の高域配転が行われていたが、JRになってから全国組織はJR貨物だけになった。従って高域配転は、貨物用機関車だけである。Img_53251a

昨日三岐鉄道で見たセメント列車がやってきた。16両編成、880tである。これから末広可動橋を渡り、太平洋セメントの配送基地まで行く。要は工場から配送基地までの、社内連絡列車だ。頻繁に走ってくれるから、写真を撮る方としてはありがたい。牽引機はDD511801、トップナンバーのようだが1800番代はなく、899の続きで900番代を避けただけである。1800で良かったと思うのだがなぜか0番を避けた。余談だが、DD51は799の次も1001に飛んでいるが、キハ58は799の次はやはり800番代を避けて1000番代に飛んでいるものの、1000から始まっている。Img_53551a

四日市に石油基地があるため石油タンク車も走っているが、最近の石油タンク車は重量級でタキ1000は1両62tもあるため、長編成になるとDD51は重連になる。石油需要の多い冬場は重連が多いが、この時期は単機牽引も増える。それでもまだ重連の列車があり、その時刻は例のM君から聞いてきた。あまり良い場所とは言えないが、ともかく撮影。先頭の1146はA寒地仕様、かつて北海道にいた機だ(カマと書くのは、抵抗がある)。古い写真を探したら、出てくるかもしれない。

(つづく)

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