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2018/06/28

心房細動の時の心電図

2018年6月28日

確かあるはずと思っていて見つからなく、あちこち探し回って、HハートセンターでRFCA適用と診断されたときの12誘導心電図が出てきました。探し回ったおかげで、しまい込んでいた「国鉄標準色色鉛筆」も出てきましたが(笑)。001a

持続性の心房細動と診断されているのですが、V4だとF波が出てきていませんね。P波が見えずR-R間隔がめちゃくちゃで、このあたりは心房細動の特徴ですが。逆にV1にF波らしきものが見えています。それでV1(正中線よりやや右、胸骨の外側あたり)が簡易心電計で撮れるか実験してみたら、撮れますね。これは心房細動か粗動かな?と思ったら、いつものV4の後にV1を撮ってみるのも手です。何せ、何回撮ろうと費用はかかりませんから(笑)。
ただこの、「何の異常の時にはどの誘導に良く出る」というのは、もっと勉強しないといけないようです。

なお出てきた資料の中に退院時の報告書もありましたが、その中に「完全なボックスアイソレーションを形成するに至らず」という表記がありました。小生はRFCA途中で食道が動いて一時中断になり、うまく焼けなかった部分が出たというのは聞いていました。完全には絶縁形成が出来なかったので、S先生は五分五分くらいの確率で再発→再RFCAというのを考えていたみたいですが、心房細動に関しては、見事に止まっています。V1002a


Tの門では「RFCAやったって一時しのぎにしかならないから、やっても無駄」みたいなことを言われたのですが、一時しのぎでも4年間QOLを保って来られたのですから、RFCAは効果有りです。

2018/06/26

心電図の解読

2018年6月26日

何とか、心房細動に関するあたりだけは、心電図が読めるようになりました。貼り付けたのは、簡易型心電計で撮った小生の心電図ですが、何も異常が無いときのものです。左上の矩形が較正波で、Yが1mV、Xが0.1秒の矩形波です。ただ実際の心電図では較正波はY方向だけに使い、Xはいい加減だそうです。電気屋としてはこういういい加減さは気持ちが悪いのですが、小生の心電計はオムロン製ですから、Xもきっちり0.1秒で出ています。001a


波は、とがっていて高いのがR波、次になだらかに高いのがT波です。R波の前の小さい山がP波で、Pで始まって一周期です。Pが少し出てQで下がり、Rで高くなってSで下がり、Tで上がります。その後がU波です。

教科書で書いてあるのは、大抵12誘導心電図で、グラフが12個あります。その中で「不整脈はどのグラフが見やすい」とかあるのですが、小生の簡易型では撮れるのは1本だけ、胸部ですが位置は正確ではなく、V3かV4あたりでしょう。ただ典型的な波形は撮れますから、多少の判断は付きます。

そこで撮ったこのグラフですが、教科書のものに比べるとS波があまり下がっておらず、T波が高いですね。これが小生の心臓(左房肥大、僧帽弁逆流、大動脈弁逆流)から来ているのか、機械の癖なのかは不明です。このあたりは、もっと勉強します。ただ起きた状態で腕で持って計っていますから、筋電のノイズは入りやすいでしょうね。

さて、心房細動系の不整脈では、期外収縮→頻拍→心房粗動→心房細動、の順で症状がひどくなります。この区別は数が多いか少ないか、言い換えれば余分にはいるものの周波数で区分けされ、1拍だけ余分に入れば期外収縮、これが3拍以上持続し100~250拍/分だったら頻拍、250~350拍/分だったら心房粗動、350拍/分以上だったら心房細動です。350拍/分と言ったら約6Hz、小生の心電計の分解能で、対応できるのかな?

もう1枚のグラフ。これは起きたとき気持ちが悪く、「心房細動か?」と思って撮ったものです。脈拍は多いのですが、一応P波もT波もあるので、心房粗動ではなく頻拍みたいですね。右下の波形がもっと続けば心房粗動と診察されるかもしれませんが、続きませんでした。001a_2


なお心房細動について書いていますが、心房細動は起こると気持ちが悪いですが、ワーファリンを飲むなどそれにともなう血栓対策をきちんとやってあれば、直接命にかかわることはないそうです。そのため、小生も一時期放置されました(;_;)。しかしこれが心室細動になると、すぐにAEDを掛けないと命取りになります。心電図で見て、QRSの幅(とがっているところの麓の幅)が3mm以上だと心室系不整脈だそうで、小生は心房ですね。少し安心。

心房粗動は心電図で見ると、F波というのが出てきて(教科書で見ると、丸い瓦を並べたような波形です)P波が消え、RR間隔はわりと規則的だそうです。教科書ではT波も消えていますが、このあたりはどうなんでしょぅね。これが心房細動になると、RR間隔も全く不規則になります。小生の昔の心電図があれば心房細動のサンプルがえられるんですが、そこは全く記録が手元にはありません。これはしようがないですね。

心房細動/粗動の見分け方はわかったところで、せっかくですから心筋梗塞の兆候がつかめるか、そのあたりも勉強します。「心電図免許皆伝」(小沢友紀雄著、日本医事新報社)という本もあります。

なおここに書いた内容はあくまでも小生の覚え書きです。解釈が医学的に正しいかどうかは、責任もてません。

2018/06/24

心電図のお勉強開始

2018年6月24日

県立図書館から、心電図の本を借りてきました。お勉強開始です。まずは山下武志著「3秒で心電図を読む本」(メディカルサイエンス社)。完全に医療関係者向けの本で、心電図の基礎知識はあるという前提で書かれています。こういう本が普通に借りられるのですから、岡山県立図書館の蔵書はすごいです。ただ基礎知識は、他で勉強せねば(^_^;。

心電図はP波Q波とT波までありますが、Pから始まっているところは、やっぱり電気信号ですね。いつ頃この本が読めるようになるかな。

2018/06/20

心臓の定期検診に行ってきました

2018年6月20日

心臓の定期検診に行ってきました。地元の内科で、定期検診と言っても先日S病院で臨時診察を受けているので、薬をもらいに行ったようなものです。

このところの変わったことと言うと、先日熊本に行ったときにお墓参りに行ってきましたが、田舎のお墓なので山登りでした。息は切れましたが、特に期外収縮は起こりませんでした。その他日常的には、やたらに脈が速いときがありますが、心房細動などの兆候はありません。以上を報告です。体重を量ったら、服を着たままですが65.6kg。旅行中の方が間食が多いので、若干太り目です。それでもBMI=21ですから、細めですね。

それから、アレルギー性の鼻炎が鼻の奥に鼻水が流れる後鼻漏の症状で、多分副鼻腔炎を起こしているのでしょう。その治療のためにマクロライド系の抗生剤をもう2週間くらい飲み続けていて、アレルギーの薬も耳鼻科からもらっているという話しも報告しました。副鼻腔炎は慢性になると蓄膿症ですが、小生はまだ慢性にまでは行っていません。ただ7,8年ほど前に東京の耳鼻科で「蓄膿の気がある」と言われたことがありますが、小生は副鼻腔炎を起こしやすいんでしょうね。今週の金曜日にまた耳鼻科に行かねば。

心臓の方は、診察の結果も異常なしでした。

2018/06/19

部屋の灯りが壊れた

2018年6月19日

昨日、新幹線は地震の影響を全く受けず、熊本から帰ってきました。そして夜、自分の部屋でメールの確認やら荷物の片付けやらやっていたら、突然部屋の明かりが消えました。消えたのは天井のシーリングライトだけで、スタンドは点いていますから、停電ではなく照明器具の異常です。リモコンをいろいろいじっていたら、調光装置が明るい側に振り切れているような感じで、常夜灯から明るくすると自動的にどんどん明るくなって、消えます。これは基板の異常で、今夜はどうしようもなく、そのまま寝ました。

部屋のシーリングライトはいつもは待ち時間無しですぐに点くし調光も効くので、てっきりLEDだとばかり思っていました。ところが今日カバーを外してみたら、蛍光灯でした。すぐ点くところを見ると、インバータ点灯ですね。しかも型番を調べてみたら、2008年に生産終了した機種でした。懇意にしている工務店さんに聞いたところ、もう部品もないし修理もできない。今はLEDのシーリングライトは5000円であるし、自分で取り付けられますよ、ということでした。確かに取り付けのねじのPCDは、規格品のようです。カミさんの部屋のものは別の型番でしたが、同じPCDでした。

小生はLED嫌いです。嫌いと言うより、LED照明だと目が痛くなるのです。会社本社の会議室がLEDに変えられたら目が痛くてとてもいられず、早々に退散したこともあります。地下鉄のLED照明の試験車でもそうなりましたね。だんだん目が痛くなるLEDは安物(粗悪品?)ということがわかってきましたが、やはり自分の部屋をLEDにするのは不安です。しかしもう蛍光灯のシーリングライトはほとんど生産されておらず、手に入るのは流通在庫ばかりです。結局なるべく目が痛くならなさそうなLEDシーリングライトを買ってきてカミさんの部屋に取り付け、カミさんの部屋の蛍光灯シーリングライトを小生の部屋に持ってくることにしました。カミさんは近眼ですが、光に対しては小生より強いです。

そして、ビ○クカメラに行ってみてみました。安いものは5K以下でありますが、安物は青色LED+黄色蛍光体の白色LEDを使っているので、目が痛くなる危険があります。パ○ソニックの調色機能付き(調光機能も付き)の物を12Kで買ってきました。後でパナのサイトを見たところ、どうやら3原色LED+白色LEDの混合みたいですね。ただこれだと、少し赤目の色(電球色に近い色)にすれば、小生の部屋でも目が痛くならずに使えそうです。LEDシーリングライトは軽く、8畳用でも「お持ち帰りですね」と紐掛けしてくれました。

取り付けは簡単と工務店さんは言っていましたが、外すのはちょっと手間でした。蛍光灯式のシーリングライトは2本のねじで止まっており、引っかけシーリングは重量を負担していません。そこで引っかけシーリングを外し、ねじを緩めます。緩んだところで本体を回せばねじが長穴の中を動くはずですが、ねじも一緒に付いてきます。思い切り緩めて、やっと外れました。外してみると、部屋のものは引掛埋込ローゼットというタイプでした。これは取り付けねじを完全に外し、新しいLEDシーリングに付属しているアダプタを取り付ければ、簡単に取り付けられます。押し上げるだけで簡単にロックがかかり、まさに「取り付けるのは簡単」でした。

小生の部屋は同じローゼットですから、ねじを緩めて外し、また取り付けと、手間ですが難しいことはありません。無事小生の部屋も灯りが戻りました。

新しいLEDシーリングのリモコンには、タイマ機能が付いています。何に使うのかと思ったら、「在宅装いモード」の機能がありました。居留守の逆ですね。やはり世の中、一人暮らしや全員外出というケースが、増えているんですね。

2018/06/17

熊本城

2018年6月17日

まだ熊本にいます。
今回の活動拠点は熊本の繁華街ですが、熊本の繁華街の中心の電停(東京でいえば、銀座4丁目の交差点)から熊本城がきれいに見えます。Dscn2449a


この熊本城、震災による被害を修理するため囲いで覆われていたのですが、上の方は囲いが取れ、天守閣の屋根が姿を現しました。下の方は本丸御殿の影になっているため、ずいぶん復旧が進んでいるように見えます。やはり熊本城は熊本のシンボル、堂々とした姿が見えた方が元気が出るようです。Dscn2453a


その熊本城に、こんな看板が向き合っています。
明日岡山に帰ります。

2018/06/15

熊本にいます

2018年6月15日

今日から熊本に来ています。写真展に出した写真を高校の同期会の芸術展に出品し、その確認と撤収作業(荷造り)です。ついでにお墓の様子も確認してきます。
今回は一眼レフは持ってこなかったのですが、熊本市電の元西鉄3連接が動いているとか。持ってくるんだったなあ。

2018/06/14

名古屋界隈ぶらぶら記(6)

2018年4月2日(月)(つづき)

JR四日市から、一駅だがJR富田に移動する。富田は各停しか止まらないため列車本数が少なく、30分に1本だ。電車は名古屋周辺の標準車313系、番代が細かく別れているが、覚えきれない。Img_53691a


JR富田には、今は使われていない三岐鉄道のホームがある。立ち入りはできないが、隣のホームから眺めるとOkmポストが見える。三岐鉄道は、かつては国鉄連絡だったのだ。三岐鉄道のセメント列車がやってきたので、撮影。しかし今日も炭カル/フライアッシュ列車は1本運休のようだ。日中の炭カル列車が運行していると構内入換が見られるのだが、どうも日、月に来るとダメなようだ。やはり炭カル列車をメインに撮ろうと思ったら、貨物鉄道博物館と一緒に見ようなどとは考えずに、平日に来なければいけない。次は、あるかな?Img_53731a


セメント列車は、三岐鉄道のELが外れて代わりにJRのDD51が連結される。JR側は富田-四日市間の1駅間だけなので、同じ機が行ったり来たりしている。さっき撮ったDD511801だ。何と、後部標識も付けていない。ちゃんと8365列車という列車番号がある、れっきとした本線の「列車」だ。調べてみたら、貫通ブレーキ使用列車の場合は(今はほとんど全部の列車がそうだが)、昼間省略可能の規定があった。途中にトンネルもなく、何かあって(事故で途中で止められても)も夜にかかることはないというので、省略しているのだろう。Img_53751a


ドジなことに、貨物列車のダイヤを持ってくるのを忘れた。到着時刻と発車時刻はM君から聞いているが、富田を通過する貨物列車の時刻がわからず、適当にホームで待つ。本当は上り、下りに合わせてホームを移動した方が良いのだが、リュックも重いので無精を決め込む。ただ油断していて、DF200は撮り損なった。DF200はこれから増えるだろうから、後でも撮れる(色が変わったりして(^_^;)。Img_53801a


貨物列車が中線に入ってくれると、撮りやすい。重量物用のコキ200にタンクコンテナを積んでいたが、このタンク、JR規格ではなく海上コンテナだ。ただJR線を輸送するため、規格通りの危険物表示は行ってある。海上コンテナは総重量表示が端面なので、列車に積まれると見づらい。延岡で見た黄色いタンクコンテナは、どちらの規格だったのだろう。しかし名古屋界隈は、DD51もDE0も、更新色だらけだ。Img_53781a


これが旅客列車所属の機関車、JR海は機関車を持っていないので例えばJR西なら、国鉄色だったのに、と思う。EF65やEF64は入場の度に国鉄色への復元が始まったが、DD51は入場自体が終了してしまったため、JR貨物所属の国鉄色DD51はもう現れない。DD51が見られるだけまだ良い、と思わなければいけない。Img_53871a


JR富田の駅前にはそれこそ自動販売機も含め何も無いが、なぜか裏口に相当する口を出てすぐのところにイオンモールがある。全く場違いな感じだ。とは言え、そろそろきちんとしたところで(駅のベンチなどではなく)昼食を食べたくなったので、イオンモールに入る。中に入ると、サ○ゼリヤがあった。これは助かる。昨日もそうだったが、リュックが重いせいで、午後になると腰が痛くなってくるのだ。ゆっくり食事とコーヒー、ドリンクバーはありがたい。Img_53921a


食事が終わってまた富田駅に戻ったが、炭カル列車はウヤだし、セメント列車を引くDD51も同じ機番だし、そろそろ撤収にかかる。30分に1本の各停で、名古屋に戻る。なお四日市からだと快速も使えるが、快速「みえ」は日中2両編成なので、四日市からだと座れないことも多い。四日市からなら、やはり近鉄だ。名古屋からは「のぞみ」で岡山へ。この旅行、収穫は多かった。

(完)

2018/06/13

名古屋界隈ぶらぶら記(5)

2018年4月2日(月)

天気、晴。
ホテルは近鉄四日市の近くだったので、JR四日市駅まで歩く。ホテルや商店などは近鉄四日市駅の近くにあり、JR四日市駅近くは何も無い。JR四日市駅へ向かう道路はさすがに広く、かつては国鉄四日市駅がメインだったと思わせる。Img_52941a
JR四日市駅は、もう何回も来ているが、建物は立派だ。しかし中身は案内所、売店も含め、全部閉鎖。広い待合室が自転車置き場になっている。いかにも「寂れた」という感じがする。かつては急行「伊勢」や関西線経由の「大和」などが発着したが、今は昔である。なおかつての長距離急行の列車名は旧国名のものが多く、同じ名前を持つ旧帝国海軍の戦艦、巡洋艦が多い。現在は列車本数は、断然近鉄の方が多い。しかし運賃だけは、珍しくJRの方が安い。Img_52971a

JR四日市に着いて少し名古屋側へ歩くと、線路際に出る。四日市の構内もよく見える。四日市駅には、いつも何らかのDLが止まっている。関西本線は側線はおろか中線も電化されていないので、DLの独壇場である。旅客列車も、伊勢方面が非電化のためにDCも多い。この電化、四日市-名古屋間だけでも近鉄に対抗したいという意思の表れであろう。Img_53141a

四日市駅の南には、かつて撮影した末広可動橋を経由する貨物線があり、北側には石油基地がある。どちらも四日市の構内運転の扱いなので、機関車に誘導員が乗り、標識灯を1灯点灯させた状態で走る。ただ列車編成は長く、石油タンク車は16両編成だ。構内運転のDE10はA寒地仕様の旋回窓付だ。名古屋界隈は暖地仕様なので、どこか北の方から移ってきたのだろう。国鉄時代は車両の高域配転が行われていたが、JRになってから全国組織はJR貨物だけになった。従って高域配転は、貨物用機関車だけである。Img_53251a

昨日三岐鉄道で見たセメント列車がやってきた。16両編成、880tである。これから末広可動橋を渡り、太平洋セメントの配送基地まで行く。要は工場から配送基地までの、社内連絡列車だ。頻繁に走ってくれるから、写真を撮る方としてはありがたい。牽引機はDD511801、トップナンバーのようだが1800番代はなく、899の続きで900番代を避けただけである。1800で良かったと思うのだがなぜか0番を避けた。余談だが、DD51は799の次も1001に飛んでいるが、キハ58は799の次はやはり800番代を避けて1000番代に飛んでいるものの、1000から始まっている。Img_53551a

四日市に石油基地があるため石油タンク車も走っているが、最近の石油タンク車は重量級でタキ1000は1両62tもあるため、長編成になるとDD51は重連になる。石油需要の多い冬場は重連が多いが、この時期は単機牽引も増える。それでもまだ重連の列車があり、その時刻は例のM君から聞いてきた。あまり良い場所とは言えないが、ともかく撮影。先頭の1146はA寒地仕様、かつて北海道にいた機だ(カマと書くのは、抵抗がある)。古い写真を探したら、出てくるかもしれない。

(つづく)

2018/06/12

名古屋界隈ぶらぶら記(4)

2018年4月1日(日)(つづき)

今回のこの旅行は一人で来ていたのだが、前回四国に行ったときに「4月1日に貨物博物館に行く。」と言ったらT大生のMくんが「私も行きます。」ということになった。貨物鉄道博物館で合流し、お昼前から一緒に行動する。彼の方がこのあたりは詳しいので、いわゆる定番の撮影地に連れて行ってもらう。Img_51941a午前中小生が撮ったところよりかなり先で駅からかなり歩くが、上り列車が主体、少し動けば下り列車も撮れる、というポイントだ。ここで上りのセメントタキと、下りの炭カルホキを撮る。教は昼間の炭カル列車の502,503列車が運休なので、撮影可能な炭カル列車はこれと、夕方の1本だけだ。やはり日曜日は運休が多い。なお炭カルと書いているが、上り列車(富田行き)の中身は炭カルだが、下り列車の中身はフライアッシュである。Img_52061a

またセメントタキと炭カルホキと書いたが、実は粉体用タンク車(タキ)と密閉式有蓋ホッパ車(ホキ)は、構造上全く同じである。何でタキ1900がホキでなくタキになったのかは不明だが、丸胴で丸い鏡板を持っているため、タキに分類されたのかもしれない。Img_52151a

丹生川のあたりには、コンビニなどはない。そのため小生は非常用のビスケットを持ってきており、一旦丹生川駅に戻って自動販売機のコーヒーと合わせて昼食にする。M君は「抜き」のつもりだったそうだが、小生は予備のビスケットも持ってきていたので、それを提供する。若いときに無茶な食生活をしていると、40過ぎてたたるぞ。Img_52331a

今日は502,503列車が運休で時間が空くため、東藤原まで行ってみることにする。三岐鉄道の列車はワンマンカーだが、各駅に駅員がいるため、ドアは全部開く。そのため停車時間は、短い。貨物列車が多く列車密度が高いため、各停が駅でもたもたすることを嫌うのだろう。駅員も早朝深夜は不在になるが、その時は車掌が乗務するようだ。このやり方も一つの方法である。Img_52361a

東藤原はELが入換をやる場所、特に突方をやる場所として有名であるが、今日は日中の炭カル列車が運休のため、ELは奥でパンタを下ろしてお昼寝中。セメント列車はやってくるが、こちらは16両の固定編成で、貨車の点検の時に抜き取るとき以外は入換をやらないようだ。最も到着すると今度はセメント工場に貨車を押し込むために機回りをするので、ELは構内を動き回っている。誘導員が乗っているせいか、構内運転の速度が速い。Img_52631a

ここまで来たので、終点の西藤原にも行ってみる。東藤原を出とすぐに太平洋セメントの工場がある。セメント積み込み用の引き込み線があるが、地形に高低差があるので、高い高架の上にセメントタキが並んでいる。ちょっとシュールだ。西藤原にも、古い機関車などが展示されている。Img_52691a

そこから再度丹生川に引き返し、歩くのがいやになったので駅の近くで貨物を撮る。そのあたりでM君と別れ、小生は四日市に向かう。M君は今夜の夜行で帰京だ。

四日市泊。
(つづく)

2018/06/11

名古屋界隈ぶらぶら記(3)

2018年4月1日(日)

天気、晴。早起きしてホテルの部屋で朝食を採る。昨日も天気が良く、今日も天気が良さそうだ。写真撮影には良いのだが、そろそろ紫外線も気になる。化粧品屋から試供品としてもらった日焼け止めクリームを顔に塗る。目のまわりに塗ると、花粉よけの効果もあるそうだ。身支度終わり、6時25分にホテルを出発する。朝食が7時からのところが多いが、名古屋近郊は6時30分からだ。と言っても、6時30分にはホテルを出ているので、間に合わないが。Img_51251a

京都もそうだが、名古屋駅も近鉄がJR在来線と新幹線の間にある。先に近鉄が国鉄の駅の裏口側にぴったりくっつき、あとから来た新幹線がその外側に来た、という感じだ。駅の中を案内標識に従って、近鉄の改札口まで行く。乗るのは急行なので、そこから先はIcocaの出番だ。なおあとでわかったことだが、名古屋界隈のJRも名鉄も「圏外」扱いで、Icocaの履歴には会社名しか出ないが、近鉄は関西圏内の扱いなので、名古屋から乗ってもちゃんと履歴に乗車駅名が出る。乗ったのは2721、デュアルシート車で、日曜日なのでクロスシートになっている。そして編成にトイレも付いている。さすがは近鉄。駅でトイレに行ったが、小生朝はトイレが近く、トイレが付いていると気分的に落ち着く。Img_51271a

約30分で近鉄富田へ。改札口付近でコインロッカーを探すが、見つからない。実はこれはホームにあることに、帰りがけに気がついた。三岐鉄道の窓口は裏口側で、そこで一旦改札の外に出て、一日乗車券を買う。丹生川へ往復するだけなら少し高いが、東藤原や終点の西藤原にも行ってみるつもりなので、十分元は取れる。ホームにはすでに電車が入線しており、元西武の701系だ。小生が西武線の沿線に住んでいた1980年代初めは、ちょうど701系の冷房改造が進められていた頃、外見的には赤から黄色に塗り替えられていた頃だ。そのため701系や401系は、一目でそれとわかる。Img_51721a

ここも約30分で丹生川へ。目的は貨物鉄道博物館だが、そこの開館は10時で、その前にセメント列車を撮るつもりだ。ネットで紹介されている場所とは違う場所だと思うが適当なところを見つけ、藤原だけをバックに走るセメント列車を撮る。このセメント列車、25パーミルの登りがある下り列車は空車回送なので、16両編成と長い。積車だと880tになる。Img_51831a

JRの富田でJR貨物のDD51にバトンタッチし、四日市から例の可動橋を渡って太平洋セメントの四日市出荷センターまで行く列車だ。言わば工場から出荷センターまでの社内便である。ただ専用貨物列車はこういう比較的短距離のものが多く、石油タンク車だけが例外的に長距離だ。沿線の桜がきれいで、桜をバックにした写真も撮れた。Img_51851a

そろそろ10時になり、貨物鉄道博物館が開館する時刻だ。この貨物鉄道博物館、運営はボランティアによっているため、開館は月1回だけである。最も展示車両は屋外なので、その気になれば休館中でも見ることはできる。博物館と言っても三岐鉄道の昔の貨物施設をそのまま流用しているので、意外としょぼい。Img_51921a

古い貨車が寄贈されたときにそれを修復再塗装して展示しているのだが、開館したときはもう国鉄(すでにJRか?)貨物はコンテナに移行したあとなので、「ウ」や「カ」などバラエティーに富んだ貨車は姿を消したあとだった。それでもかなり集まっており、シキ160は圧巻である。1万両以上製造されたワラ1も欲しいところだが、テラ1があっただけでもまだ幸いと言うところか。三岐鉄道で現在活躍中のタキ1900も、引退したら欲しいところだ。

(つづく)

2018/06/10

名古屋界隈ぶらぶら記(2)

2018年3月31日(土)(つづき)
Dscn2331a


東海道線を名古屋で降り、名鉄に乗り換える。ところが、改札口を出て、行けども行けども着かない。名鉄の名古屋駅はJRの北側(実際は東海道線が東西ではなく南東から北西に走っているので、北東側)にあるはずなのだが、正面ではなくやや東京よりによったところにあった。そして、地下である。名鉄の名古屋駅は、長いホームを行き先によって停車位置を分けているので、変な位置で待っていたら列車が来ない。行き先の栄生(「さこう」と読む)は名鉄本線なので、頻繁に列車は来る。何とか間違えずに栄生に着いた。ここからトヨタ産業技術記念館は歩いてすぐで、何とか16時に着いた。ここは17時に閉まってしまうので、遅く着くと見る時間がないのだ。Dscn2332a

窓口が混んでいたので、自動販売機で500円の入館券を買って入る。あとで気がついたのだが、65歳以上は無料だった。まさに後の祭り。今日は「後の祭り」が多い(^_^;。
最初は繊維機械館で、トヨタ発祥の豊田式自動織機その他、綿紡績に関する機械や資料が展示してある。写真撮影可だ。糸紡ぎを実演しながら説明してくれていた女性の説明が、いきなり英語になる。ひょっと隣を見たら、欧米人らしきグループがいた。それから先の説明は、日本語と英語交互、当然質問にもその言語で答える。さすがトヨタ。Dscn2340a


紡績の材料として、綿だけではなく他の素材も展示してある。その中に亜麻があった。「亜麻色の髪の乙女」はこんな髪をしていたのだ。思っていたより、金髪に近い。Dscn2346a


自動織機をじっくり見ていたら、係員が自動車館はもう見てきたかと問うので、いやまだ、と答えたら、自動車館はここ(繊維機械館)の1.5倍あるので早く見た方が良いという。そこで途中を省略し、かなりのスピードで自動車館を回った。ここは自動車好き、特にエンジン好きにはたまらないだろう。小生はどちらかというと繊維機械の方に興味があるので、一旦自動車館を出て、再入場でまた繊維機械館に入り、そこで今度はじっくり見てきた。個別駆動(と言っても、機械1台に1モーター)になっている機械があったので、この時代にもう個別駆動があったのかと質問したら、展示の都合上で実際は集中駆動だったそうだ。Dscn2350a

17時5分前に出た。1時間ではとても足りないことがよくわかった。喫茶室で一服しようかと思ったが、喫茶室も17時閉店とのこと、仕方なしに栄生の駅前まで戻る。するとコメダ珈琲があったので、入る。コメダ珈琲は、名古屋が地元である。後で調べてみたら岡山にも数店あったが、小生のところからは行きづらいところばかりだった。コーヒーだけではなく何か軽い物をと思ったら、デニッシュがある。レギュラーサイズとミニサイズがあり、ウェイターに大きさを聞いてみたら、「ミニサイズがこのくらいで」と手で示した大きさが10cmを越えている。ミニサイズを頼んだが、それでもベックスのものの1.5倍くらいあった。コーヒーカップも大きい。さすが名古屋。Dscn2354a

名古屋に戻って夕食をどうしようかと思ったが、どうもしっくりくるところがない。弁当にしようと思って名鉄百貨店に入ったら、ちょうど北海道物産展をやっている。そこで海鮮弁当と、コンビニで補充の野菜と明日の朝食を買い、ホテルの自動販売機でビールを買って、出来上がり。明日はのんびりしようかとも思ったが、やはり朝の列車を撮ることにし、早起きすることにした。

名古屋泊。
(つづく)

2018/06/09

名古屋界隈ぶらぶら記(1)

写真がクラッシュしたディスクに入っていたため、救出するまで旅行記がアップできませんでした。遅くなりましたが、4月の旅行記です。


2018年3月31日(土)

天気、快晴。珍しく土曜日に出発する。岡山駅の新幹線ホームはすごい混雑。ホームに柵があるのだが、その柵ぎりぎりに立っている人に対し、神経質なくらいに「下がってください!」を連呼する。黄色い点字ブロックは柵から30cmくらい内側なので、柵の間は一人分空けなければいけない。柵ぎりぎりに立つと、そこから手を伸ばせば列車に触れるので、下がらせるのだ。「4号車付近で赤い服を着て黄色い鞄を持って立っている方、下がってください!」もう名指しも同然である。Img_50961a

上りの「のぞみ」は臨時を取ったせいで、珍しく700系である。シートはネイビーブルー、昔からこんな色だったかどうか、記憶がない。700系はトンネル内で蛇行動を起こしやすいのだが、14号車と上りでは前の方だったせいか、蛇行動もなくスムーズに走った。トイレは和式で、住宅の方が洋式トイレ化のスピードが速いことを改めて感じる。

名古屋で東海道線に乗り換え、大府へ。JR東海の在来線電車はほとんど313系だが、東海道線用は5000番代。確か高速仕様のはずだ。車内は転換クロスシート、列の端のシートも転換できる。大府で武豊線へ乗り換える。今度は同じ313系でも1300番代、ワンマン対応だ。列車は3両編成で、途中の小駅では乗車は2両目の後ろのドア、降車は先頭車の前ドアで、最後尾車両は締切である。そして駅に着くと、運転手が立ち上がり、右側の時は右に移動して窓から後方を確認し、ドアを開ける。そのため停車してからドアが開くまでに、やたら時間がかかる。発車も同様。運転席に座ったままのミラー確認にすれば時間短縮になるのだが、時間短縮の必要は無いというJR東海の方針なのだろう。乗客離れになるぞ。Img_51051a

東成岩で下車。改札を出たらすぐ踏切で、その踏切の先はJFEの工場である。やはり岡山(倉敷)から東成岩への乗客は、多いのかもしれない。そこの踏切で、下り貨物列車を狙う。下りと言っても半田埠頭へは東成岩の先でスイッチバックしてくるので、東成岩は2回通ることになる。待つことしばし、衣浦臨海鉄道のDE65がやってきた。国鉄のDE10と同じであるが、JR貨物の所属機がほとんど更新色なのに、国鉄色を保っているのが嬉しい。しかも、きれいだ。逆走に相当する右側を通ってくれたので、距離もちょうど良い。幸先よし。Img_51141a


東成岩から東浦へ移動、ここから往復乗車券の帰りの切符だ。やってきた313系は同じ車号、武豊線の運用に入ると一日行ったり来たりなので、同じ番号に遭遇する機会が増える。途中半田の駅前に、C11が置いてあるのを見つける。C11265、戦時型だがドームの片方だけ角ドームという、C11にしかいないバリエーションだ。そのまま通過したが、東浦で時間があったので、半田で途中下車することも可能だった。後の祭り。半田には、ミツカンの本社もあった。Img_51201a

東浦で降りて、しばらく待つ。衣浦臨海鉄道はJR武豊線の東浦と東成岩の2箇所で分岐しているが、東成岩からの線は衣浦湾の西岸、東浦からの線は東岸を走っている。双方の終点、半田埠頭と碧南市は、車で行くと衣浦トンネル(海底トンネル)を抜けてすぐだ。碧南市への線は、下りは中部電力の石炭火力発電所へ送る亜硫酸ガス中和用の炭酸カルシウム、上りは発電所から出るセメントの原料になるフライアッシュ(石炭灰)という、珍しい往復輸送だ。三岐鉄道東藤原にある太平洋セメントの工場で炭酸カルシウムが造られ、またその工場でセメントの原料としてフライアッシュが使われている。どちらも積車のため、下りはDE65の重連、上りは2列車分割で輸送されている。こちらも無精して、踏切で待つ。今度は左側の一番手前の線に入るので、近くに寄せては撮れなかった。Img_51211a

この炭カル輸送、往復とも積車という効率のよい輸送だが、衣浦臨海鉄道の終点碧南市から碧南火力発電所まで、距離が少しあるのが気になる。火力発電所から碧南市駅までの輸送、また碧南市駅での積み替えに手間がかかっていたら、トラックでの直行輸送に切り替わる可能性は、十分にある。「大家」のJR東海が貨物輸送に冷たいので、先行きが心配ではある。Img_51241a


大府に移動する。すると先ほどの炭カルホキ(ホキ1000)を、EF64が入換をしていた。6両と8両の2列車で大府まで来ていたものを、14両編成の列車に仕立て直すのだ。ホキ1000は1車55tのため、14両編成で770t、私鉄やローカル線ではかなりの重量列車だ。国鉄時代はローカル駅でしか見られなかった本線用機関車を使っての入換を、JRになったらターミナルでもやるようになった。旧型の直流機はスロー運転は苦手なので、それなりに大変だろう。それから、バックするときは必ず運転士が移動し、「前向き」で走るようになった。

(つづく)

2018/06/08

ハウステンボスから帰ってきました

2018年6月8日

ハウステンボスから無事帰ってきました。Dscn2434a

中国地方も梅雨入りしたのですが、6日は雨がちょうど止んだタイミングで無事傘をささずに駅に到着。博多で途中下車しましたが、福岡は雨はあがっていました。博多山笠の出発地である櫛田神社にちょっとお参り。
7日はハウステンボス、天気が良くて暑かったです。紫陽花がきれいでした。紫陽花以外でも、常に花で一杯にしてありますね。紫陽花が終わると百合だそうで、ばら→紫陽花→百合と移ります。
ハウステンボスから佐世保に帰ってきて、少し佐世保の街をうろつきました。港には、自衛艦がたくさんいますね。国道沿いから写真が撮れます。「出雲」型の護衛艦かと思って写真を撮って、どうも錨の位置が違うので調べてみたら、米海軍の強襲揚陸艦「ワスプ」でした。自衛艦と並んで停泊しています。Img_5723a


8日は「鉄」の日で、鍋島で撮ろうと思ったのですが、朝の鹿児島本線の人身事故でダイヤが大幅に乱れ、貨物列車はやってきませんでした。2時間近い遅れだったようです。それでも千早に移動し、EF81の450番代を捕らえました。小生はダイヤ通りと思っていたら、全く違う列車でした。

今日も天気が良く、かなり日に焼けました。

2018/06/05

ハウステンボスに行ってきます

2018年6月5日

明日から、ハウステンボスに行ってきます。ラオスの首都が続いているので、マスク持参です(;_;)。

2018/06/04

年貢の納め時

2018年6月4日

S病院に臨時の診察を申し込み、行ってきました。ときどき不整脈が激しく、特に朝起きたときに気持ちの悪いことが2回続けてあったため、依頼したものです。その前から夕方じっとしているときに変な不整脈が出るようになり、24時間ホルター心電図を地元の内科に依頼しました。その結果は特に今対処する必要は無いという見立てでしたが(見立ての先生はK医大の先生)、見立てが出る前に診察依頼は出していました。なお朝から気持ちが悪いときに簡易心電計で撮りましたが、1回は「波形が乱れています」と出ていました。

さて、いつもより早起きしてバスへ。地元内科からの紹介状も書いてもらっていますが、それと一緒に24時間分の印刷した心電図も持参しているので、荷物が多いです。発車時刻でバスが発車しようとしたら(始発なので、秒単位で正確です)、お客さんの一人(女性)が「ちょっと待って下さい!」。外を見たら、キャリーバッグを引きずった太めの男性がゆっくり歩いてきました。月曜日なので、多分S病院の入院でしょう。

病院に着いて受付へ、やっぱりキャリーバッグを引きずった方も一緒でした。そのまま内科に回され、待合の前で書類を渡します。そう言えば、O大病院も市民病院も「内科の受付」というのがあってそこに書類を出すのですが、ここS病院は係員の方から書類をもらいに来ますね。そして、わりとすぐに呼ばれました。

H先生に、臨時で申し込んだいきさつを説明し、自分で印刷した心電図を出したところ、「あ、期外収縮が起こっていますね。そろそろ手術の時期ですね。」小生の心臓の状態のせいなのか、波形から見た不整脈の種類なのかはわかりませんが、もうここまで来たら手術だそうです。まあ元々すぐにでも手術ができると言うか、やらなければいけない状態だったのですが、自覚症状がないので今まで延び延びになってきていたんですね。24時間の心電図を見ても、「結構出ていますね。」何も無い状態の見立てと、元々弁が悪いことを念頭に置いた見方では、見立てが違います。

手術の時期として、先生はどうも今年の夏か秋頃を考えたようなのですが、Aとの撮影旅行、芋煮会、写真展、第9と年内は予定が盛りだくさんなので、来年の年明けをめどにしてもらいました。次回の診察は11月になり、この時外科に紹介、あとは順次手術の準備の打ち合わせになります。なお来年まで置いておくとこの期外収縮がひどくなることも考えられるので、途中おかしくなったら手術は前倒し、ということにもなりました。

第9の話をしたとき、「7月に手術できますよ。そうしたら練習に参加できますが。」とも言われましたが、カミさんがめっぽう暑さに弱く、7月に病院通いなどしたら死ぬ、と日頃から言っていましたので、7月の手術は止めました。しかし7月に手術して、9月から歌えるんだ。

賽は投げられたというか、歯車が動き始めました。

2018/06/03

佐世保線の特急券

2018年6月3日

昨日、ハウステンボスに行くための乗車券と特急券を買ってきました。行きはカミさんと一緒ですが、帰りは別行動、小生は「鉄」をやりながら帰ります。ハウステンボスは、そろそろ紫陽花のシーズンです。

その時、岡山駅のみどりの窓口でちょうど研修中の新人さんにあたったのですが、後に指導役が控えているので、多少時間はかかりますが、間違いはありません。ところが、帰りの特急券で引っかかったようです。行きは指定席ですが、帰りは博多まで直行せずに途中下車するので、自由席にしたものです。何度やっても佐世保発の自由席特急券がエラーになるようです。新人さんに変わってベテランが直接操作しましたがダメ、二人して後ろに下がりました。そして結論は、佐世保発はダメで早岐発ならOKというものでした。

3月のダイヤ改正でJR九州は各停を大幅削減しましたが(これについては、あちこちで批判だけでなく、改善要望も出ています)、佐世保線も各停が削減され、その代わりに佐世保-早岐間は特急に乗車券だけで乗れるようなシステムに変わったそうです。JTBの時刻表3月号(ダイヤ改正号)にはその記載はありませんでしたが、ネットで検索したら出てきました。そのため、佐世保発「みどり」の自由席特急券は、特急券が必要となる早岐から、ということになったのだそうです。なお指定席は指定席でそのまま存在するため、指定席の場合は佐世保発になります。行きの佐世保行きがすんなり通ったわけです。しかし、何やら面倒。JR西の係員も「初めて知りました」と言っていましたが、時刻表にもその旨書いておかないと、まごつく人が増えるでしょう。

3月のダイヤ改正で変更になって今は6月、チューリップのシーズンにハウステンボスを訪れた人は多かったでしょうが、小生みたいに佐世保に泊まろう(その方が、ホテルが安い)と考えた人がいなかったのでしょう。

2018/06/02

ラオスの首都

2018年6月2日

とんだ親父ギャグですが(^_^;。二週間ほど前、猛烈なくしゃみと鼻水が出ました。もう花粉症の症状は終わっており、薬(クラリチン)も終わっていたのですが、どう見てもアレルギーの症状です。それで内科に診察に行ったとき、またクラリチン(実際はそのジェネリック薬)をもらってきました。

ところが今度は、鼻水が粘っこくなってきました。こうなると、花粉症ではありません。耳鼻科に行ったところ、鼻の奥が炎症を起こしているとのことで、マクロライド系の抗生剤と、粘膜を整えるムコダインが出ました。ムコダインは肺炎の時から飲んでいるので、もうずいぶん続けて飲んでいますね。この鼻の奥の炎症が続いて慢性化すると、いわゆる蓄膿症ですね。

症状は徐々に改善してきましたが、空気が急に冷えたりすると、猛烈にくしゃみと鼻水が出ます。もらった薬も終わったので再度耳鼻科に行ったところ、寒暖の差でくしゃみが出るのはアレルギー症状で(何とかアレルギーと、名前は付いていました)、クラリチンを飲んでいて効かないのだったらと、薬が変わりました。ザイザルという薬で、クラリチンよりやや強力なようです。眠くなることがあるとのことで、飲むのは寝る前と指示がありました。ネットで見たら、花粉症の薬としてアレロック、アレグラ、ザイザルが御三家のようで、その中でザイザルが一日1回の服用で済み、薬価も一番安いようです。

クラリチンから変えて、効果はありました。今のところ、鼻水とくしゃみが治まっています。ただこの感じだと、梅雨明けまで飲まなければいけないかなあ。

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