« 2016年8月 | トップページ | 2016年10月 »

2016/09/26

肺炎の前科者が風邪を引くと

2016年9月26日

土曜日に京都に行ったあたりから喉が痛く、帰ったら咳も出始め、体温を測ったら久しぶりに37℃を超えていました。しかし翌日曜日はほとんどの医院は休みなので、今日月曜日に医者に行ってきました。

喉が赤くなっており、扁桃腺も腫れていてまあ普通の風邪なのですが、何しろ小生は前回は風邪から肺炎にまで移行してしまったという前科があるため、いろんな薬が出ました。先生に7月に検査入院したこと、どこか少しでも悪くなったら即手術であることを報告しましたが、ワーファリンを飲んでいないかどうかを確認し、小生は飲んでいないので、「それなら薬は何でも使えますね。」という処方が今日の処方です。

レスプレン錠20mg:咳を止め、痰を出しやすくする薬。
トラネキサム酸錠250mg(後発品):扁桃腺の腫れを抑える薬。
カルボシステイン錠500mg(後発品):痰を出しやすくする薬。
オーグメクチン配合錠250RS:ペニシリン系の抗生剤。
ミヤBM錠:宮入菌の整腸剤。

今まで風邪の時に出る抗生剤は大抵セフェム系だったのですが、岡山に来て最初にこの医院に駆け込んだ特に処方されたのはマクロライド系で、その後肺炎に移行し結構長期間ペニシリン系を使い、副作用はおなかだけだったので、先生は小生にはペニシリン系+整腸剤(ミヤBM錠)が向いていると判断されたようです。

なおワーファリンを飲んでいるとマクロライド系の抗生剤は使えませんが、抗生剤の使用に関係なく上気道感染だけでPT-INRが上昇するそうです。ワーファリンを飲んでいるとおちおち風邪も引けないようで、呼吸器が弱く風邪を引きやすい小生にはなるべくワーファリンを使わない、というS病院の判断は、抗生剤の自由度の点からもありがたいです。

2016/09/25

京都コンサートホールで京都市響

2016年9月25日

昨日、京都コンサートホールに行ってきました。目的は、京都市交響楽団の定期演奏会です。

まず「さくら」で新大阪へ、行きは指定席を確保しました。途中で「自由席混雑のため、車内販売ができません。」とのアナウンスがありましたが、やはり自由席は混雑しているようです。外国人用のジャパン・レイル・パスでは「のぞみ」に乗れないため、外国人観光客は「さくら」に集中しているようです。日本人が買うユーレイルパスは制限無しで乗れるので、日本だけが制限をかけていることになります。これはオリンピック前に改善しておかないと、国際問題になります。

新大阪は在来線に乗り換え、新快速で京都へ。新幹線が新大阪-京都間を14分で走るのに対し、新快速は特急券不要で23分で走ります。これは節約のためにも、在来線です。ましてや「ジパング倶楽部」会員のみを狙い撃ち検札するJR東海にはできるだけ乗りたくないし。しかし12両がぎっしり混んでいますね。補助席に何とか座れました。

京都では間違えて地上の中央口に出てしまったため(地下鉄への乗り換えは、地下出口が便利です)、地下街をそのまま歩き、見つけた本屋へ。やはり思ったとおり、今日発売のコミック「クオ・ヴァディス」(19)がありました。岡山はコミックの発売は1日ずれますが、京都までは東京と同じでした。しかもブックカバーをかけてくれます。これは東京近郊や仙台ではかけてくれるのに、岡山や米沢ではかけてくれません。都会と田舎の違いを表す尺度に「スタバがある」「飲食店が遅くまで開いている」などと言いますが、コミックにブックカバーをかけてくれるかどうかも尺度になりそうです。

京都コンサートホールは地下鉄烏丸線の北山から徒歩ですが、北山からホールまでは屋根付きの遊歩道があります。これは便利。そして京都コンサートホールへ。坂道を上がった2階が入口、そのため3階席も階段1つだけで上がれます。ホールは「囲み型シューボックス」と言われるタイプ、小生のかつてのホームグラウンドみなとみらいホールと同じですね。大きさも、みなとみらいよりほんの少し小さいくらいです。

開演前に、指揮者によるプレトークがあります。英語ですが、当然通訳付き。通訳さん、ちょっと早口。ほとんどプログラムに書いてある解説と同じでしたが。その間に椅子の配置を見たら、京都市響は14-7型のようです。

今日の1曲目は、ヴェルディの「ナブッコ」序曲。コンマスは客演コンサートミストレスの荻原尚子さんです。ソロヴィオラに元N響で現在都響(都響の方が、定年年齢が高い)の店村さんが名前を連ねていますが、今日は降り番のようです。その代わり、チェロの首席はN響の藤森さん(客演首席奏者)でした。確か藤森さんも、京都の出身です。トロンボーンの隣にティンバッソ。ティンバッソは絶滅危惧種と言われていましたが、最近は使われることが増えたようです。
演奏は、圧倒的な音量というのはないものの、速いテンポになっても一糸乱れず、なかなかやります。

2曲目はベルクのヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出に」、ソリストはアラベラ・美保・シュタインバッハー。美女を見るにはちょっと遠い席(3階正面)でしたが、音は良い席です。最後のきれいな和音がppで消え入るように終わり、そのまま客席も静か、ヴァイオリンを下ろしたところで拍手が起きました。京都のお客さんは、聞き慣れていますね。アンコールはバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番からアンダンテ。

後半はシューマンの交響曲第3番「ライン」。オーソドックスなしっかりした演奏で、良い演奏でした。帰りがけに、常連さんのような一の会話が耳に入りました。「シューマンをメインにおくと、お客さんの入りが一番悪いそうだ。日本ではね。この前飯森さんが言っていた。」「じゃあ今日はベルクにシューマンだから、最悪じゃない。」確かに少し空席は目立ちましたが、小生はベルクで少し引いたものの、メインがシューマンの明るい「ライン」だからとチケットを買った物です。シューマンはそんなに人気が無いかなあ。

帰りはまた新快速で新大阪に出て、各停「こだま」で帰りました。良い一日でした。

2016/09/22

換気扇ダクトの清掃

2016年9月22日

9月20日に、換気扇ダクトの清掃を行いました。もちろん自分でやったわけではなく、マンション一括での清掃業者への発注で、小生のところが20日になったわけです。小生のところは以前は又貸しされていたようで、オーナーさんがどこまで清掃していたのか不明なので、今回はフルセットを頼みました。

さて、午後1時に業者さん到着。まずは汚れないようにあちこち保護シートを貼ります。入口のルーバを外したところで中のダクトを見せてくれましたが、すごい綿埃ですね。これは出口に受け袋を付けて、中から圧縮空気で吹き飛ばします。面白いのは、風呂、トイレ用の換気扇と、台所用の換気扇、すぐ近くにあるのに出口の方向が違うんですね。風呂トイレは玄関側、台所はベランダ側に出ます。どうやらこのマンション、中央に太い梁が走っているようで、そこが分水嶺になって両側に分かれて出しているようです。余談ですがこのマンションは、玄関側の通路にはエアコンの排水も排出不可なので、玄関側の部屋2つのエアコンからの排水は、ポンプを付けて分水嶺を越えて、ベランダに出しています。

約2時間の作業で、換気扇も洗浄してくれ、きれいになりました。トイレの換気扇は、音が変わったようです。これで35K、5年に1回で良いそうなので、しばらくは大丈夫です。こうやって記録に残しておけば、5年後に確認ができます。その頃小生が元気なら、ですが。

2016/09/20

日豊線の撮影に行ってきました

2016年9月20日

17日から19日まで、鉄仲間のA達と一緒に、日豊線を回ってきました。A達は東京から3人で16日夕方福岡空港集合、そこからレンタカーで、福岡貨物ターミナルへ行く線でのEF81重連を撮ったりでそのまま夜通し走り、鹿児島線を撮って中津のホテルへ。小生は17日一人で海老津あたりで撮影して特急で中津に移動し、ホテルで合流。今回はAの他同期のYに、一回り年下のMが入った4人になりました。運転はAとMが交代でやり、Yと小生は支払いの時の「分母」です。Img_61421a


日豊線の、それも大分以南の貨物列車は2本しか無く、そのうち朝から撮影可能な1本をずっと追いかけることになります。18日は日豊線の貨物(EF81 716牽引)はちゃんと動いていたものの、中国地方が大雨で貨物列車は軒並み抑止。その影響で、鹿児島線の貨物も軒並み止まっていました。日豊線の貨物(4075レ)も延岡までは動いたもののケミカルタンクコンテナを連結しておらず、延岡-南延岡間はウヤでした。Img_62981a


19日は雨模様だったもののカメラを構える頃は小雨で、一応写真は撮れました。そして前日運用が乱れに乱れたため、本来来るはずの無かったEF81 303「銀ガマ」が牽引していました。そして南延岡まで無事撮影は終了、途中の高速道で大雨にあたりましたが飛行機は問題なく、小生は新幹線で、それぞれ台風の前に帰り着きました。

その夜から延岡はひどかったようです。台風の被害に遭われた方々に、お見舞いを申し上げます。

2016/09/16

心臓の定期検診

2016年9月16日

心臓の検診に行ってきました。前回採血だけだったので今回も採血だけかと思っていたら、心電図の検査もありました。ハイソックスをはいてこなくて、良かった。

前回は予約時刻から1時間近く遅れたのですが、今回はわりとすんなり呼ばれました。前回は14:30の予約で今回は13:30、この1時間の差が遅れに効いているのかもしれません。先生が気にしているBNPは25.7(27.2=括弧内は前回)と、正常範囲は外れているものの、問題ない数値です。また心電図も、特に異常な波形は出ていません。それと小生は気にしているeGFRは57.4(54.5)と、こちらも問題ない数値です。

この1ヶ月の経過報告で、山登りはやっていないものの歩き回っていることと、静かにしているときたまにドドドと打つことを報告しました。先生はこの報告を聞くために1ヶ月に1回の検診を入れているそうです。そしてずっと安定しているため、来月は採血も心電図も無し、報告だけになりました。そして1月頃心エコーです。

この連休に鉄仲間のA達が九州のED76とEF81を撮影に来るため、明日から小生も合流することにしました。この前網膜剥離をやったYも一緒です。まあそういう病人が一緒なら、むちゃくちゃなスケジュールにはならないでしょう。台風も遅れており、上陸前に逃げ帰れそうです。

2016/09/13

松山訪問記(2)

2016年9月11日(日)

昨日松山駅前の観光案内所で「坊ちゃん列車」の時刻表をもらってきたが、今日は日曜日のために、2編成動いているようだ。天気を見ながら、不本意ながら土日の旅行になったが、休日の旅行も良いこともある。その坊ちゃん列車を撮るため、しばらくはしない電車を撮って過ごす。Img_55921a


伊予鉄の松山市内線の車両は、大きく分けると旧型と新型で、旧型の中に旧京都市電の車両がいる。旧型は2桁の番号(モハ50型というらしい)なのに2000型が混じっていて、不思議に思って調べたら、元京都市電の2000型だということがわかった。なおモハ50型も製造年によって車体に多少の差があり、側面にコルゲートを着けたグループもある。Img_56211a

モハ2100型になると全くの新型、インバータ駆動の低床車だが、普通低床車は2車体以上なのに1車体、これは松山市駅の折り返し線の有効長が短く、連接車が入らないための特別製低床車らしい。しかし低床車は有効床面積が狭いため、旧型車に比べて大幅な定員減少になっているとか。このまま増備して良いんだろうか。Img_56471a


電車の塗装は感じの良いツートーンだったのだが、オレンジ一色の新色に塗り替えられている。これは郊外線もそうで、旧京王5000系のオレンジ一色塗りは、ちょっと不気味だった。Img_56751a

新型は標識灯を4つつけているが、このうち尾灯は左の上だ。したの2つはブレーキ灯で、旧型はLEDらしき横長灯を増設している。右上は純粋な標識灯で、一部単線区間があるので、続行灯ではないかと思っている。方向幕は新型も含めて全て幕式で、高速でシャッターを切ってもちゃんと写るので、今日みたいな良く晴れた日は特にありがたい。Img_57311a


やがて坊ちゃん列車がやってきた。機関車はクラウスをモデルにしているが(ちゃんと1888年製のクラウスの銘板も復元されている)、中身は新潟鉄工所製のディーゼル機関車である。しかし見事なレプリカだ。機関士と機関助士(と言って良いんだろうか)の二人乗務で、車掌も乗務。通常の電車のワンマン運転に比べて贅沢な配置だが、終点の方向転換や解結作業があるので、必要な人員だ。なおこの坊ちゃん列車はディーゼル機関車なので架線は必要ないが、ポイント用のトロリーコンタクタを作動させるために客車にビューゲルを装備しており、必要なところだけ車掌が手動で上昇させている。Img_57911a


松山市駅まで電車通りを歩く。松山市駅は高島屋が入っており、JRの松山駅より立派だ。こちらの方が市の中心部に近く、何しろ開業は国鉄よりも古い。当時は天下御免の国鉄だったから「松山」という駅名を取り上げたが、現在だったらこちらが「松山」で、JRの松山駅は「新松山」か何かになっていたはずだ。Img_58291a


坊ちゃん列車がやってきた。停車位置は普通の市内電車より線路終端から離れた場所で、ここで客扱いを済ませると、機関車だけを切り離す。そしてバックで折り返して渡り線のちょうど中間まで来たところで一旦停止、そこで車体の下からジャッキを下ろす。このジャッキは自前のターンテーブルで、浮かした車体を手動で回転させる。そして180度回してまたレールに下ろすと出来上がり、そのまま(今度は前進で)渡り線を渡る。客車はどうするのかと思っていたら、全部人力で折り返し、そのまま出発線の一番奥まで押し込む。そして機関車がバックしてきて、また連結すると出来上がりである。ミニサイズの車体だからできることであるが、全部手動なのには驚いた。Img_58321a


郊外線の松山市駅を少し眺めてまた歩き、大手町でまた平面交差を撮る。たまたま市内線をJR松山駅前発の坊ちゃん列車がやってきて、坊ちゃん列車の踏切待ちが撮れた。Img_58982a


JR松山駅前のパン屋さんで昼食、モーニングセットがお昼も食べられるのがいい。そして「しおかぜ」で児島へ。入線の少し前にホームに出たら、車両基地に2000系のトップナンバー、「TSE」表示の試作車が止まっていた。さらに反対側にはEF65が。運用表を見たら、新鶴見機関区所属のEF65だ。遠くまで、ご苦労さん。なお松山駅は高架工事が行われる予定で、そうなると車両基地と貨物駅はまとめて2つ先の伊予横田に移転する計画になっている。Img_59061a


児島で降りたのは瀬戸大橋の夕日を撮るためだが、残念ながら雲が多く、空振り。しかし収穫の多い一日だった。Img_59071a


(完)

2016/09/12

松山訪問記(1)

2016年9月10日(土)

松山に行くことにした。本当は6,7日の予定だったが台風のせいで延期、さらに11,12日のつもりだったがこれも天気を見て10,11日に急遽変更したものだ。ホテルは予約/キャンセルを繰り返してしまった(^_^;。Dscn15821a


松山の目的は伊予鉄道、それも鉄道線と市内線の平面クロスの撮影である。この市内線と鉄道線の平面クロス、要は鉄道線の踏切を市内電車も一緒に通るわけだが、かつては西鉄の薬院を初めあちこちにあった。しかし路面電車の廃止が各地で相次ぎ、今は全国数カ所だけになっている。複線同士のクロスは、伊予鉄だけのはずだ。Dscn1791a


伊予鉄道は、かつては電車1両だけ、それも片運転台車の1両だけの回送があった。これは旧京王5000系が電気を食うため、ラッシュが終わったら素早く1両を切り離さないと運転に支障が出るための回送であった。しかし電気を食わない旧京王3000系の導入で常時3両運転が可能になり、名物の回送がなくなってしまった。本当はこの回送を撮りに来たかったのだが、東京から松山は遠く、結局撮りそびれてしまった。しかし来られるときに来ておかないと、平面クロスも高架になって無くなるかもしれない。Img_54641a


もう一つ、宇多津のジャンクションを何とかして撮りたい。これは宇多津の南側に青ノ山という山があり、そこから見下ろせるようだ。複線のデルタ線のジャンクションの全体が見られる場所は、そんなにはない。

さて、宇多津はマリンライナーは止まらないので、観音寺行きの各停を使う。車両はJR四国の6000系、前パンタの211系といった顔だ。児島を過ぎても車内は意外と空かず、丸亀方面から岡山に来る人(あるいは、その逆)が多いことが知れる。宇多津到着、やはり駅前には何もない。構内にセブンイレブンがあるだけまだ良いと言える。昼食のサンドイッチとお茶を仕入れる。山登りにかかろうと思って地図にあった登山道に行ってみたら、通行止め。工事用車両が入っているが、その先も道らしい道はない。実は地図の小生が道路だと思った線は、市境界の線だった。宇多津の駅前から少し歩いただけでもう丸亀市なのだ。しばらく県道を歩いてみたが、観光案内図にあったような登山道はどこにもなく、結局山の途中で昼食を採っただけであきらめる。登山道は山のほぼ反対側にあり、車でないと無理なようだ。Img_54671a


ここでB案に切り替え、海岸にあるゴールドタワーなる展望台に登ることにする。途中でツ○ヤがあるのに気がつき、書籍売り場で本日発売のコミックをゲットする。最近岡山市内の大きな書店で、電撃のコミックの新刊が入手しづらくなった。ア○メイトならあることは知っていたが、ツ○ヤにもあるようだ。Img_54801a


展望台はアミューズメントパークの中にあるが、タワーだけという切符も売っている。そのタワーだけの切符を買い、エレベータで地上127mに上がる。垂直に立ち上がっている塔を上がるスケルトンエレベータで、ちょっと怖い。展望台はさすがで、ガラスが少し汚れているが、目的の予讃線と本四備讃線のジャンクションはよく見える。しかし複線が立体交差するため上下線で高さが異なり、本州側から高松方面へ行く下り線は、上り線の影になる。撮影時間帯に下りの貨物列車があるが、この撮影は無理そうだ。その代わり松山側から本州へ向かう列車は良く見える。Img_54871a


全体を眺めていたら、気がつかないうちに2000系特急が入ってきた。音が全く聞こえないので、列車の接近はめで確認するしかない。今度は計算外の、予讃線の貨物列車がEF210に引かれてやってきた。四国内は貨物列車は松山まで行っているが、本州からの直通は全て高松行きである。伊予三島や新居浜など、貨物ターミナルも多いが、四国内は全て高松発着だ。デルタ線の宇多津-児島間を運行する貨物列車は無く、JR貨物は機関車の向きが変わるのをいやがっているのかも知れない。Img_54971a


宇多津駅に戻り、8000系電車の特急「しおかぜ」で松山へ。ここ宇多津で高松からの「いしづち」を併結し、堂々の8連で松山に向かう。小生はJR四国の特急は2000系気動車だけ、それも松山-宇和島間で、8000系電車に乗るのは初めてだ。宇多津発車、併結したのできちんと流しノッチを行う。異常があったときに被害は最小限で食い止められるのだ。そして再加速。Img_55131a


四国内はほとんど単線だが、一線スルー化ができているので、構内減速をほとんどしない。そしてカーブでは豪快に車体を傾けて曲がる。振り子車を導入するときはポイントや線形の改善が必須で、それをやらずに導入した中央東線や伯備線は、振り子車は揺れがひどくてかえって乗り心地が悪い。この8000系、カーブでの乗り心地は良いのだが、直線の高速区間になると、共振したような上下動がある。量産車の登場が1993年なので、そろそろガタが来始めたか?Img_55661a


松山到着、取り敢えず平面交差の大手町まで歩く。さすがに両列車ともポイントを渡るときには徐行運転で、特に鉄道線列車は「ブラタモリ」でタモリ氏がまねをしたような独特の音を響かせて通る。電圧はどちらも600Vのため、本格的なデッドセクションはない。まずは目的の場所に来ることができた。Img_55771a


ホテルは駅からかなり距離があるため、市内電車に乗る。乗った車両は昭和28年製、同じ系統の車両はたくさん走っており、なかなか物持ちの良い会社だ。水色のICカードマークがあったのでてっきりイコカが使えると思ったのだが、専用カードだった。紛らわしい。といってもJRでもこのあたりはICカードは使えず、四国は高松以外は全国の交通系ICカード網から外れているようだ。

松山泊。
(つづく)

2016/09/09

半年ぶりの肝臓の検診

2016年9月9日

半年ぶりに、肝臓の検診に行ってきました。このブログは元々はC型肝炎闘病ブログだったのですが、肝臓の検診が半年に1回になり、その間も特に事件もないため、C型肝炎関連がめっきり少なくなっています。ペグリバも今は旧世代だしなあ。

9時からの超音波検査のところ、30分前で良かろうと思って8時半に着いたら、まず保険証確認でひっっかりました。再診受付機ではねられた後窓口を見たら長蛇の列、ここはともかく混むんですね。そこで10分くらい引っかかって次に採血に行ったら、採尿コップも出てきました。さて困った。家を出るときにトイレに行ってきて、今朝は飲まず食わずなので、全く出そうにないのです。かろうじてちょろちょろと、一応コップの底は埋まるくらいで出し、言われたら時間が経ってから再採尿と思っていたら、何も言われませんでした。ほんの少しで良いと聞いていたのですが、本当に少しで良いみたいです。

採血室前に戻ってきて表示板を見たら、「40分待ち」。これはもう少し前に来なければダメでした。8時から窓口は開いているのかな。

採血が終わって超音波診察室に来たら、もう9時半を回っています。受付は済ませているので、遅刻で自動キャンセルになることはないです。そして超音波検査を終わって内科診察室の方に来たら、もう予約時刻の10時をとっくに過ぎています。計画では超音波検査→朝食→朝食、というつもりだったのですが、朝食は診察の後になりました。

さて診察ですが、当日採血なのでウイルス量は出ません。ただAST=16、ALT=11でしたので、いないはずです。その他血小板数=23.5万など、異常なしです。2006年3月末に著効になっているので、著効後10年経過。本来ならこれで無罪放免なのですが、65再超だとどこにガンが出てもおかしくはないそうで、定期検査は継続です。腎臓が気になるので聞いてみたら、クレアチニンが0.98で正常範囲なので、特に問題ないとのことでした。

経過報告で、S病院に検査のために一週間入院していたことを報告しました。「小児ならO大だけど、大人だったらS病院が良いですね。」と、O大の先生にまでお墨付きをもらえば、心臓の手術はS病院でOKでしょう。なお小生のB型肝炎ウイルス、免疫抑制剤を使うような治療だと出てくることがあるものの、普通の手術だったら何の問題も無く、心配することはないそうです。

次の診察もやはり半年後、来年の3月です。半年前にもらった今日の検査表には超音波検査の注意事項は何も書いてなかったのですが、今日もらった検査表は紙の大きさが大きくなり、注意事項がしっかり書いてありました。半年ぶりだと、いろいろ変わります。

2016/09/06

コンタクトをいつまで使う?

2016年9月6日

近くのドラッグストアが「ポイント10倍デー」とかいうのをやっていたので、コンタクトの洗浄液「レニュー」を買ってきました。小生はコンタクトの洗浄にはメインに「コンセプトワンステップ」を使っていますが、旅行用やコンタクトケースの洗浄にレニューを使っていて、たまに補充用のボトルを買っています。

小生のコンタクトは、以前は非常用として役に立っていました。と言うより、コンタクトを入れると右目が非常用くらいには見えていました。視力は0.07くらいで視野が五円玉の穴くらいしかないのですが、昼間なら道路の白線が確認できたので、右目だけで歩こうと思えば歩けました。車が見えないので非常に危険で、本来なら白状を持たなければいけない視力ですが。

ただそれから右目の視力はさらに落ち、視力検査のCの字の板は見えなくなりました。視細胞自体の感度が落ちたのか、網膜の上に増殖膜が広がり、感度が落ちたか、です。全く見えなくなったわけではなく、光るものなら見えます。ボールペンの金属クリップ(クロームメッキしたもの)なら見え、縦になっているか横になっているかはわかります。

ただこの「見える」状態が、小生の右目は水晶体がないため、コンタクトを入れてさらに近距離用の眼鏡をかけないと見えないんですね。全く見えなくなると廃用性斜視になると思ってコンタクトを入れているのですが、そのためのランニングコストがバカになりません。右目が非常用として役に立っていた頃ならともかく、単なる見てくれだけにいくらお金をかけるかですが、この歳になると会合で集合写真を撮ることが多く(いつ最後の写真になるかわからないから)、集合写真で片目が変な方向に向くのも、あまり良くありません。いつまでこの状態を続けようかと思っているのですが、まだ予備のコンタクトは一つあるので、そのコンタクトまではやろうかと思っています。

2016/09/03

ミュージックサイレン

2016年9月3日

地元紙でも話題になりましたが、岡山市のミュージックサイレンは8月末のメーカー(ヤマハ)の修理対応終了とともに定期鳴動を終了しました。今まで正午と午後5時に鳴っていたのが終了するわけで、大晦日(蛍の光)と元日(君が代)は継続するそうですが、公式発表は聞いていないので、さてどうなるのか、です。

この岡山市のミュージックサイレン、1957年設置で1991年更新、途中1回中止したそうですが市民アンケートで復活した経緯があるそうです。小生の自宅には聞こえないので、聞くのは県庁正面の県立図書館に行くときだけです。県立図書館に行くときは大抵そこの喫茶室で昼食にしますが、すると正午前に菩提樹の演奏が始まります。高低音の2部で、そのまま教科書に載せても2部合唱に使えるようなきれいな編曲です。そして最後の音、正確には最後の「ジャーン」の直前に正午になります。このタイミング、小生の時計は電波時計なので正確なのですが、最後まで同じタイミングでした。ミュージックサイレンの元になる時計も、正確です。昨日県立図書館に行きましたが、正午は代わりのチャイムも鳴らず、何か物足りなかったです。

ミュージックサイレンは、山陽線沿いでは1960年代には福山と三原にもあったそうですが、現在はどちらもありません。岡山が定期鳴動を終了したことで、山陽線沿いからは姿を消しました。

後日本に残るミュージックサイレンは、浜松市、伊賀市、天理市(2台)、岸和田市(故障中?)、八幡浜市、宇和島市、大分市の7ヵ所8台になりました。メーカーの修理対応が終了したことで、残る8台も故障したら終わりです。

« 2016年8月 | トップページ | 2016年10月 »

フォト
2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

最近のトラックバック

無料ブログはココログ