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2016/06/28

タブレットだけWindows10?

2016年6月28日

小生がメインに使用しているデスクトップ機はWindows7ですが、来年更新する予定を1年前倒しにし、今年の秋くらいに更新しようかと思っています。小生のパソコンは半分テレビですが、BSが付いていません。東京のアパートでは地上波の配線はあったもののBSは付いておらず、BSはベランダにパラボラを取り付けました。そこから座敷まではケーブルを引いたのですが、小生の部屋までは家中を横切らなければいけなかったのでケーブルは引かず、BSは見られない状態でした。そのため地デジだけのテレビ機能でも、何の問題もありませんでした。

岡山に引っ越したときに小生の部屋にはテレビも電話も配線がなかったので、地デジにBS、さらには電話の配線も取り付けました。さすがにこれだけの工事になると、業者を頼んでの工事になります。電話線はインターネットの接続線(フレッツ光)として使っており、BSの線が来ているのに見られないのは、もったいないなあ、というわけです。各社ともWindows10プリインストール機に、周辺機器も10対応になってきており、こっちもそろそろ良かろうというわけです。

そこで、サブ機のタブレット(Windows8)をWindows10にアップグレードすることを考えました。ハード自体は、10対応です。そこでサイトをいろいろ見ていたら、Windows8の機種は、まずWindows8.1のアップグレードし、それから10にアップグレードしろ、と書いてあります。面倒なこっちゃと思いながら、まず8.1にアップデートすることにしました。8から8.1だと、ソフトで引っかかることはまずありません。

WindowsUPDATEで必要なソフトをダウンロードし、インストールする前に詳細を見たら、「Windows8.1のなんちゃらかんちゃら」ばかり。8から8.1へのアップグレードがないどころか、すでに8.1になっているようなものばかりです。そこで本体を調べたら、何といつの間にやら8.1になっていました。そう言えばいつ頃からか、スタートボタンと同じ機能をするボタンがあるなあ、と思っていたところでした。「windows10にアップグレードしろ」という催促も来ないので、てっきり8のままだとばかり思っていました。小生としたことが、うかつでした。

そこでWindows10なのですが、32ビットと64ビットとあり、しかも64ビットはネイティブモードとエミュレーションモードとがあるようです。ソフトウエアの対応を見たらほとんどは問題ないものの、ジャストシステムの製品はほとんど32ビットまでで、64ビットフル対応は2016シリーズだけのようです。フル対応という書き方をしたのは、例えば一太郎の2015は32ビットと64ビットのエミュレーションモードには対応しているものの64ビットのネイティブはダメ。一方ATOK2015は32ビットと64ビットのネイティブは対応しているものの64ビットのエミュレーションはダメと、64ビットでは一応「対応」にはなっているもののまともには使えないからです。

デスクトップのプリインストールマシンは64ビットで、これはおそらくネイティブ。デスクトップ機を更新するときは、ソフトもかなり買い換えになります。一方タブレットの方は現在が32ビットなので、そのままアップグレードすればWindows10も32ビットになるでしょう。これだと現在インストールしてある一太郎の2015などジャストシステムの製品も、そのままOKです。今日早速「Windows10にしろ」という催促表示がタブレットでも出ました。このまま放って置いて、自動的にアップグレードさせてみるかな。

2016/06/25

心臓の検診、次は検査入院

2016年6月25日

昨日、心臓の検診に行ってきました。午後からの診察なので午前中図書館にいたら、建物の中まで雨音が響いてきます。そう言えば、大雨警報も出ていました。正午過ぎたら雨も小降りになってきたので2冊本を借り、やれやれとバスに乗ってS病院へ。

受付を済ませ、まず採血へ。ところがオーダーが1本しか出ていません。いつもはもっと多いので先生に確認すると言うことで、しばらく待ちます。やっぱり今日は1本で良いとのこと、1本だろうが7本だろうが針を刺すことには変わりはないので、止血処理は同じです。

その後、エコーへ。今日は負荷をかけながらエコーを撮るということなので、負荷心電図と同じで、しばらく自転車を漕ぎ(階段ではなく自転車です)、ある時間漕いだところで検査、とばかりに思っていました。ところがペダルがベッドの足下の空中にあり、ベッドに寝かされその状態で足を上げてペダルに固定します。寝たまま漕ぐということですね。しかも心エコーを撮りやすいようにベッドが左に20度ほど傾き、斜めになって漕ぎます。ベッドの左側、脇の下と腰に支えが出ているわけがわかりました。

心電図のパッチを貼り、心エコーも撮るため上半身は裸になるのですが、先日前開きのポロシャツを買ってそれを着てきたため、着たまま前を開けます。ベッドはビニールレザーのため、ポロシャツを着たままの方が寝心地が良いです。まず安静の状態での心エコーを撮ったあたりで、ドクターも登場。主治医の先生ではなく、若い女医さんです。技師さん(これも女性)は心エコーのモニター監視、先生は小生の状態監視との分担です。異常があれば、即対応。

ペダルの位置を調整して準備完了、漕ぎ始めます。ペダルの位置が土踏まずのところにあるので、普通の自転車と違って腿の筋肉しか使えません。しかも自分の体重も使えないので、腿にやたら負担がかかります。その状態での120rpm(おそらく)は結構しんどい。最も敵はそれが狙いで、しんどくなったときの心臓の動きを見たいのです。4分経ったところで負荷が重くなり、やや登り坂の感じです。しかし心臓の方には思ったほどの負担はかからず、「まだいけますか?」「大丈夫です。」と4分+4分のコースを走りきりました。

小生が息を整えている間に先生と技師さんの2人で心エコーを再生していましたが、負荷をかけると逆流はやや増えますが、元々の逆流の量が多いので、かなりの量の逆流になっているそうです。脈が落ち着いたところでもう一度エコーを撮って、完了。さほど汗はかいていないと思いましたが、起きてみると背中が汗びっしょり、着替えを持ってきて良かったです。

それから診察、かなり待ちましたが何せ図書館帰り、本には不自由していません。診察の結果は、逆流はともかく(数値的にはすでに「要手術」)、心臓の機能自体がへたってきているそうです。これがもっと落ちると息苦しさなどいろんな症状が出てきますが、一度へたった心臓は弁の修理くらいでは元に戻らないのが困ったところ、弁の修理をするなら心臓がへたる前です。

いろいろ先生と話した結果(先生はじっくり話すので助かります。その分、時間が遅れ遅れですが)、精密検査のために一週間入院することになりました。外来でちょこちょこやるより、まとめた方が手っ取り早いというわけです。特に先生は経食道エコーをやりたがっています。これは胃カメラよりもサイズが大きく大変らしいのですが、ここまで来たら乗りかかった船です。入院期間は7月21日から28日まで、同じ一週間と言っても月-金だったHハートセンターとはずいぶん違います。変な期間になったのは、水曜日がカンファレンスでそこで小生の結果を外科を交えてもんで、その結果を伝えて退院、退院したときには次の手術方針が決まっている、という段取りです。さてさて、何かと慌ただしくなりました。

2016/06/22

岡山の車両基地

2016年6月22日

鉄道雑誌がここ数ヶ月岡山の電車の特集をやっているので、予定外で購入しています。話が現在の115系に移ってきましたが、岡山電車区配置の電車の特徴は、トイレが現在主流の循環式ではなく、浄化排水式(いわゆる、カセット式)になっていることですね。広島や岡山の115系は皆循環式なので、岡山に転属してくると、トイレを改造しています。

岡山は大きなターミナルの割には汚物処理ができない(循環式トイレの、中身の排出ができない)ことは、前々から指摘されていました。そのため四国から来る特急車両は松山や高知まで行かないと抜き取りができないので、四国内不通時に岡山発の途中折り返し列車が運転できないんですね。特急の岡山折り返しは、山陽新幹線の岡山開業時から行われていたのに、全く対応してこなかったというのが不思議です。最も在来線特急の岡山折返し時には、岡山では車内清掃すらしなかった、と言う記事を見ましたので(真偽はわかりませんが)、それに比べると今はまだマシなのかもしれません。

山陽新幹線、と言うよりJR西の新幹線車両基地は、大阪の鳥飼基地を東海に取られてしまったため、博多しかありません、そして、博多の支所が岡山にありますが(かつての新幹線岡山運転所)、「ひかり」や「こだま」の岡山折り返しが多数設定されていますし、夜間駐泊もありますから、新幹線基地は汚物処理ができるんでしょうね。多分ですが。

JR西としては、在来線近郊電車のトイレはこれからカセット式を主力にしていくようです。ただ岡山の在来線は四国方面だけではなく伯備線など特急も多く、そのすべてが岡山折り返しですから、電車区には循環式トイレに対処した設備は必要だと思うんですが、できない理由でもあるんでしょうか。

2016/06/20

ナイキのエア

2016年6月20日

小生はここ数年、普段履きの靴(スニーカー)はナイキのエアにしています。きっかけは足底腱膜炎で、整形外科医から「かかとの柔らかい靴にしろ」と言われたことです。革靴にはソフトタイプ(かなり厚め)の中敷きを入れ、普段履きはエアになりました。そしてそのエアの中でも、全体が真っ黒でビニールレザー張りの、ちょっと目にはスニーカーとわからないものを見つけ、もっぱらそれを履いています。

引退して革靴を履く機会がほとんど無くなり、いつもスニーカーになりました。そのため、昔より消耗が早いようです。まあ昔は、通勤用の革靴、社内用のスニーカー、それに普段履きと3足使い分けていたのが1足になってしまったので、消耗も3倍です。

引っ越し前に買って箱のまま引っ越し荷物に紛れ込ませておいた靴が、そろそろ危なくなってきました。エアはかかとが柔らかい分かかとの消耗が早いようです。この靴は東京ではA○Cマートで買ったのですが、A○Cマートは確か岡山でもあったような、しかし自宅からはちょっと遠かったような気がしました。まずショッピングセンター内の靴屋へ、ナイキは置いてありましたが、エアはありません。

そこでやっぱりABCマートまで行きました。店頭には置いてなかったので聞いてみたところ、エアは現在店頭には置かず、注文取り寄せになっているとか。そして店頭渡しではなく、自宅直送とか。要は通販ですね。靴の通販は試し履きができないので、小生は普通はやらないのですが、この靴の場合は全く同じものをずっと履いているので、サイズさえ合えば通販でも可能です。在庫を調べてもらったらあったので、注文して直送してもらうことにしました。

東京で使っていた会員カードを出したら店員さん、「東京のこのお店ですか。ここは大きいので、店頭に並ぶかもしれませんね。」全国チェーン店の店員さんは研修で東京に行くことも多いようで、東京の事情もよく知っています。ただいつも履いている靴は、今後も店頭には並ばず、通販扱いになるようです。

OAサプライ品は店頭の種類が少ないので、最近はもっぱらヨ○バシオンラインですが、靴でも地域格差がありました。

2016/06/19

笠岡カブトガニ博物館

2016年6月19日

昨日、天気が良かったこともあって、笠岡まで行ってきました。笠岡は以前行ったことがありますが、カブトガニ博物館は遠くて、行っていなかったのです。そして博物館に行くバスは土日なら1時間に1本ありますが、平日は1日4本だけ。行くのは土日に限られます。なお、ついでに福山まで足を伸ばしました。16061801a6000


切符は、「吉備之国くまなくおでかけパス」というのを使います。山陽線は三石から糸崎まで、その他JR西日本の岡山からほぼ1時間半の区間に井原鉄道、岡山電軌まで一日乗り放題という切符です。これで1950円なので、福山往復に一ヵ所追加すれば、元が取れます。ただこういう企画切符の常として、当日購入ができません。16061802a


その切符を前もって買っておいて、宇野線で出発。以前はJR四国の113系4連が乗り入れていましたが、この3月の開成から同じJR四国の6000系3連に変わりました。要は4連が3連に短縮されただけなのですが、6000系はJR四国の独自形式なので、異彩を放ちます。顔は前パン(2コパン)の211系と言ったところです。JR四国の独自設備で、2号車に車掌台がありますが、乗務員ドアはありません。ドア扱いの時は、どうするのかな?このあたりは発車合図を行っているので、ブザーの音が良く聞こえます。16061807a


岡山から黄色の115系で笠岡へ。笠岡のバス案内所で、これも一日乗車券を買います。これが500円。カブトガニ博物館までは片道270円なので、これまた一往復で元が取れます。16061806a


ほとんど貸し切り状態のバスでカブトガニ博物館に到着。カブトガニ博物館の前は広い公園になっており、恐竜の模型が配置されています。カブトガニはその時代から変わっていないことからでしょう。何か林の雰囲気が違うと思ったら、セコイアが植えられていました。16061812a


バスの一日乗車券を持っているとカブトガニ博物館の入館料が割引になると書いてありましたが、入って見たら、小生は65歳以上のため、割引どころか無料でした。ゆっくり眺めますが、カブトガニは早く天然記念物に指定されている割には扱いがひどく、絶滅させるような埋め立てを広範囲でやっています。昭和天皇や今上天皇から保護に対するご下問やご懸念がある度に、保護の機関が作られているのが、何だかなあ、という感じです。16061814a


カブトガニ博物館をゆっくり見て笠岡駅に戻り、笠岡港まで行ってみました。笠岡湾はほとんど埋め立てられて離島が減っていますが、まだ離島は残っており、フェリーが運航されています。可動桟橋ではなく潮の干満によって使い分けるスロープ、係船せず前進で船を岸壁に押しつけておいての乗船など、かつての三角港での天草への自動車航送船(一般乗客は、乗れませんでした)と同じ雰囲気を持っています。船を比較するとこちらがはるかに大型で、スロープも大がかりです。今日は干潮時で、5段あるスロープの下から2段目を使っていました。16061817a


笠岡からまたまた黄色の115系で福山へ。今度は下関の車です。広島への227系の大量投入で、広島の115系がかなり下関に移っています。広島が227系に統一されて下関の115系が岡山までやってこなくなるかと思ったのですが、ちゃんとやってきますね。乗ったのは、ボックスシート、金網の網棚、ドアボタンのないドアという、内装オリジナルの115系でした。これを国鉄色(湘南色)に塗り替えると、完璧なんですが。16061819a


福山まで来たのは、宇田賢吉氏の「備後鉄道写真展」を見るためです。大型商業施設の1階ロビーでの展示なので、入場無料です。時期は1959年から1964年まで、C59やC62が活躍していた時期から、電化までです。1964年でも貨物列車は、D52が引いていたんですね。この時期のD52は装備も改良され、1200t牽引の本線貨物機の貫禄十分です。

福山からは快速が朝夕にしかなくなったので、マリンライナー流れの213系各停で帰りました。

2016/06/16

マウスピース

2016年6月16日

かみ合わせ調整の続きです。先日に型を取ったマウスピースが出来上がったので、行ってきました。下かと思ったら上の歯に付けるもので、総入れ歯のように歯全体が繋がってできています。ただ小生の歯は全部健在なので、歯にかぶせるよう薄く出来上がっています。当然歯の部分だけで、歯茎に相当するところはありません。これを歯全体にかぽっとかぶせます。薄くできていますが、右側の方がやや厚く作ってあるはずです。

それを付けて歯ぎしりのような擦り合わせをしましたが、当たるところがあって、先生盛んに削っています。しばらく合わせながら削り、やっとOKになりました。それから自分ではめたり外したりする練習をして、出来上がりです。

これを寝るときと、後は日中に時間があるときに付けるように言われました。食事の時は外しますし、食事の後も歯磨きをしないと付けられませんから、外出中は無理です。そうすると日中付けられるのは、夕方の食事前の一杯やるまでの2時間くらいになります。まあ、メインは寝ているときですから、やらないよりは良いでしょう。

手入れは、歯ブラシで普通にこするように言われました。入れ歯の手入れ剤が必要かと思ったのですが、食事をするときには外すのですから、そこまでの必要は無いようです。これで様子を見て、方向性が見えたら本格的なかみ合わせの調整になります。右の顎の靱帯が伸びてしまっているようなので、後はどうごまかすかになりますが。

2016/06/14

かみ合わせの調整

2016年6月14日

先月の末に、ものを噛むと耳の中が痛いので、耳鼻科に行ってきました。ものを噛むときにこめかみのあたりが痛いとそれは顎関節症で、これは口腔外科(開業医では歯科)の守備範囲なのですが、痛いところが耳の中なので、とりあえず行きつけになった耳鼻科に行きました。結果は、半分くらい予想した通りで、「歯医者さんに行ってください。」奥に詰まっていた耳垢だけ取ってもらいました。小生は時々耳管が開いたまま戻らなくなるので(これが常時になると、耳管開放症)、耳垢が鼓膜の前まで移動するのです。

それからしばらく状態が良くなったものの、また痛くなったので、目星を付けておいた歯医者さんに電話しました。ホームページで、かみ合わせや顎関節症まで見てくれそうなところに目星を付けました。それが先週末のことです。症状を話したらわりと早めに予約が取れ、昨日行ってきました。岡山に来て、初めての歯医者です。

いろいろ見てもらった結果、小生のあごの関節は動きが完全ではないが、そこを顎の筋肉でカバーして普通に開いているので、今更どうしようもない。痛みがどこから来ているかだが、かみ合わせが左だけが当たっており右に隙間が空いているので、そこから来ている可能性がある。とりあえず右にマウスピース(と言うより、スペーサー)を入れ、様子を見てみよう、ということになりました。本来なら高いところを削って全面的に当たるようにするのだそうですが、原因がもし違った場合にはすぐ戻せるように、マウスピースになりました。それを入れてものを噛んで、どうなるかの様子見です。

マウスピースができるのが明日(15日)の午後、さてどうなるか。

週刊誌の見出しの「医者から言われてもやってはいけない手術」の中に顎関節症もありましたが、いきなり「顎関節症だ、手術だ!」とは言わない先生で、助かりました。

2016/06/13

岡山気質

2016年6月13日

「岡山の人は、冷たいと言われている」という話を、岡山に来てから岡山に住んでいる方からよく言われます。岡山は気候温暖で災害が少ないため皆ひどい目に遭ったことがなく、災害などに遭った人がどう困っているかわからず、対応が冷たい、というのです。ただ今回の熊本地震では、「岡山に住んでいる方から、心のこもった、お見舞いをいただいた。野菜などは、水がないだろうからと、全部洗った状態で送られてきた。」という投書が地元紙の山陽新聞に載っていました。熊本の方がどうやって山陽新聞に投書したのかはともかくとして、対応は人それぞれでしょう。

住んでみて、余計な干渉というか、余計なお節介はないですね。人によってはそれを「冷たい」と取るのかもしれませんが、よそ者にとっては住みやすいです。

住んでみてわかったことは、全体的にゆったりとしているか、のんびりしています。信号待ちの時も、車間距離はたっぷり開いています。もっと詰めれば右折の車が右折車線に入れるのに、と見ていて思うこともしばしばです。少し反応が遅れるのか、信号が黄色はおろか、赤になってもそのまま進入してくる車がかなりいます。最も直行する側でも横の黄色で飛び出すような車はおらず、青(実際の色は緑)になってゆっくり出てくるので、事故になることはありません。

歩行者もゆったりで、バス停でもバスが来てからゆったり出てきますので、バスが気がつかずに通過することもあります。

JRだけは、せっかちな大阪に本社があるせいかゆったりではなく、発車時刻の10秒前にはドアが閉まります。そしてドア閉確認、発車合図と行い、定刻に発車します。発車時刻はドアが閉まる時刻ではなく発車時刻ですが、その通りになっています。最もプラスマイナス10秒以内は定時扱いだそうで、実際に数秒前に動きだすこともあります。JRだけは早めに来ないと、乗り遅れます。

2016/06/12

アクセルワールド

2016年6月12日

ソードアートオンラインと同じく、アクセルワールドも「新刊が出たら買う」リストに入っています。第20巻が6月10日発売ですが、岡山では1日遅れになります。そこで昨日、本屋巡りに出かけました。

本屋巡りと言ったのは、家から一番近くにある書店、大型スーパーの中にあるのですが、ここは在庫が薄く、品切れの可能性があるからです。10日お昼前に行ったら、思った通りありません。これが売れてしまったのか、それとも未入荷で午後から並ぶのか、わからないところですね。それではともう1軒、これも大型スーパーの中ですが、ここはコミックが発売日(東京の発売日の翌日)に並ぶので、確実性があるところです。ところが、コミックの「ソードアートオンライン・マザーズロザリオ」の3巻はあるものの、アクセルワールドはありません。

そう言えば2ヶ月前のソードアートオンライン17巻の時も、同じように2軒ともなかったような気がします。そこで奥の手のア○メイトへ。この店、おぢさんとしてはちょっと入りにくい店なので、なるべく買わないようにしているのですが、在庫は厚いので、ある可能性が高いのです。思った通り、ありました。しかし平積みの山がかなり低くなっていましたから、売れているのでしょう。

ソードアートンラインもアクセルワールドも、最初は図書館で借りて読み、それから買い求めたため、半分は古本です。それでどんな感じで再版されているか見たら、アクセルワールドの第1巻は初版から1年半で10版、第10巻は3ヶ月で3版です。コンスタントによく売れている本なんですね。一方ソードアートオンラインの方は、第1巻は初版から5年で39版、第5巻は4年で35版と、これまた息長く売れています。

ソードアートオンラインとアクセルワールドの読者はかぶっていると思いますから、7月にアクセルワールドの映画が公開され、その後の8月10日に発売されるソードアートオンラインの18巻も、すぐに店頭から消えるだろうなあ。通販で買えば簡単なのですが、やっぱりリアル書店で買いたいです。

2016/06/09

北九州日帰り旅行(2)

2016年6月2日(木)(つづき)

予定の筑鉄の撮影を終えたので、次は第2段階に入る。黒崎バスセンターからエスカレータで上がって黒崎駅へ。黒崎バスセンターは一時は排気ガスの充満がひどく、とても飲食店などは入れない状態だったが、換気を改善したようで排気ガスのにおいはない。途中にシュガーロードの解説がある。長崎街道、長崎から現在の大村線、佐世保線。長崎本線、筑豊線と通って小倉に行く道は、南蛮渡来の砂糖が伝わった道であり、現在もそのルート沿いにはお菓子の老舗が並ぶ。東京の人は東京が本拠だと思っている千鳥饅頭も、本拠は飯塚である。Img_48391a


黒崎駅の裏は安川電機で、昔は駅に裏口はなく、線路のすぐそばに工場が建っていた。それが駅裏に高速道路とその下の一般道が通り、その分安川電機が交代した形になっている。実際は安川電機の敷地がそれだけ削られたわけだが、その分後の土地を三菱化成(現、三菱化学)から譲ってもらったのかどうかは、定かではない。安川電機も来る度に工場の形が変わっており、どうやら本社棟も立て替えられたようだ。R4200181a


その駅裏の道路へ続く跨線橋から、ロングレールチキが止まっているのを見つけた。新日鉄住金八幡製鉄所で造られたレールは、最寄りの西八幡貨物駅が駅としての機能を廃止されたため、一旦入替扱いで黒崎まで引き上げ、そこから上り列車で本州へ向かう。それの入換と思っていたら、博多側にDE10が付いている。Img_4842a


熊本の、真っ黒いやつだ。おまけの構内にELがいない。ということは、下り方面のレール輸送列車だ。何とか先頭のDE10を狙うが、ここも工事中で先頭には回れない。後から1枚撮ったところで、下り列車として出発して行った。Img_48411a


黒崎駅裏の場所は、上下線の貨物列車が撮れると思っていたのだが、下り列車は架線柱が邪魔してよく取れない。旅客列車も、ここは大分行きの特急「ソニック」が頻繁に通るが、もっと架線に邪魔される。そうしたら、日頃は豊肥線を走っている「あそぼーい」がやってきた。熊本地震で豊肥線が通れなくなったため、出稼ぎに来ているようだ。架線柱が邪魔だが、記録である。Img_48691a


上りはしっかり撮れると思っていたら、上り列車がポイントを渡って側線に入ってきた。黒崎止まりの列車だ。牽引機はED76。今回はEF81を狙ってきたのだが、ED76はもっと貴重品である。思えば昔はED76やED75 300どころかED72や73も撮れたものだが、C59がいなくなった後は撮影場所にすっかり通わなくなってしまった。おかげで大学は現役で合格できたのだが(^_^;。Img_48911a


閑話休題。黒崎の着発線に入った列車はここで一旦停止、係員を乗せて一旦引き上げ、側線に入ってくる。そして貨車を置いてED76は単機で発着線に戻り、待機になる。よく見たら一番手前の測線には架線が無く、三菱化学との上り下りの同時受け渡しは無理のようだ。ED76は単機で門司に帰るのだろう。その横をEH500が引いた上り貨物が通過する。通過する貨物列車は、牽引機は皆EH500だ。福岡貨物センターまでの北九州地区は、どうやらEH500が主力になっているようだ。Img_48991a


そうこうしているうちに、三菱化学からDLが登場。D35という型式から見ると、35tのようだ。スリーダイヤのマークは付けているが、日車製である。一番手前の架線の無い側線を使って、八幡側に回る。どうやら牽引ではなく、推進で構内に押し込むようだ。DLはエアブレーキのようだが空気管は装備しておらず、貨車にはブレーキはかけられない。構内では機関車だけで止めることになる。Img_49111a


時間があれば西小倉あたりで写真を撮ろうとも思っていたが、黒崎到着の列車を眺めていて、移動するまでの時間はなくなった。とりあえずは立ちっぱなしだったので、駅ビルのパン屋さんで一服、駅ビルと言っても工事中で駅部分とは切り離され、単独になっている。そして井筒屋へ。井筒屋は昔は散々利用したが、そごうの跡地へ移転してから入るのは初めてだ。Img_49261a


2階が入口なので、1階がいわゆるデパ地下の雰囲気だ。「黒崎井筒屋」のレシートをもらうため、少しお菓子を買い込む。蜂楽饅頭を見つけ、買う。これは高校時代に、よく食べた。本拠は熊本だと思っていたが、帰って調べてみたら、本当の本拠地は水俣だった。Img_49371a


小倉へ移動する。乗車券は北九州市内発なので黒崎からも乗れるが、小倉でモノレールの方に行くので、一旦外に出なければならない。813系各停小倉行き、小倉に着いたら、日豊線の門司港行きの接続していたが、ホームは別だ。このあたりは大宮駅と同じで、大規模駅の不便さだ。今回小生は関係なく、一旦改札を出てモノレールの切符売り場へ。ものスゴカは自動販売機で入手できた。しかし最低チャージ金額が1500円、欲しいのはカードだけだから、このチャージ金額はそのうち使おう。

小倉から新幹線「さくら」で岡山へ。今度も8号車だが、上りは先頭になるため、揺れなかった。

(完)

2016/06/08

北九州日帰り旅行(1)

2016年6月2日(木)

天気、晴。「さくら」で小倉へ向かう。小倉だから「のぞみ」も使えるのだが、ジパング割引を使うためにはどうしても「ひかり」か「さくら」になる。R440005a


「のぞみ」はジパング割引だけではなく、海外の旅行者が使っているジャパンレイルパスでの乗車もできないが、日本人が使用するユーレイルパスは制限無しで乗れるので、日本だけが、もっと言うとJR東海とJR西日本だけが制限をかけていることになる。すでに国際問題化しているのだが、JR東海は知らんぷりだ。Img_4780a


乗ったのは8号車だったが、そのせいか、よく揺れる。やはりN700系でも最後尾は揺れる。広島に着く前に見えた芸備線、あるいはJR貨物の広島車両所への引き込み線、どちらかだが、珍しいコンクリート製のトラス橋があった。今度広島に行くときには、ここもチェックである。Img_47841a


新山口のあたりで、民家の瓦で茶色の、それも釉薬をかけた瓦がよく目に付く。調べてみたら、石州瓦のようだ。石州と言えば島根県だが、隣の県なのでこのあたりでも多く使われているようだ。Img_47901a


その新山口を過ぎたあたりで、車掌さんがゴミ袋を持ってゴミの回収に来た。この「さくら」は鹿児島中央行きで、博多でお客さんがかなり入れ替わる。博多から前はJR九州の担当だが、その前に1回ゴミを処分しておこうという心遣いか。Img_47921a


小倉で下車、鹿児島本線の各停813系に乗り換える。知らない間に、ずいぶん駅が増えた。かつての新中原、現在の九州工大前で新日鉄(今は新日鉄住金か)のくろがね線をオーバークロスするが、列車本数の減少に伴って、単線化されていた。今もトーピードカーは運転されているのだろうか。Img_48121a


黒崎到着、黒崎駅はまた工事中で、階段の位置が変わっている。外に出てみたら、改札口がやや右より(八幡より)に移されているようだ。一体どう変わるのだろうか。Img_48221a


かつての黒崎車庫前、現在の西黒崎まで歩く。現在も一応車庫はあり、2000型3連接が入場していた。しかし望遠で見たら休止の張り紙、入場ではなく休車中のようだ。5000型が入り、日中のワンマン運転も始めたとなると、3連接の活躍場所はますます無くなるだろう。Img_48281a


5000型は「低床車」ということで運行時刻が時刻表に明示してあるので、狙いを付けやすい。まず予定通りに5001をゲット、まだ新しいので車体が平滑で、外部光が良く写る。この場所はやや逆光気味になるため、後追いの写真が順光になる。現像ソフトに頼るか。しばらく待つと、5002も現れる。5001のローズピンクに対して、こちらは緑色。今後編成が増えるにつれて、いろんな色が増えるのだろうか。富山ライトレールの全7色を撮るために、3回くらい通ったことを思い出す。Img_48361a


駅撮りだけでは面白くないので、熊西の少し先、かつての折尾線との合流点付近に移動する。このあたりはJRも複々線でかなり頻繁に列車が通るが、架線が輻輳して良い写真は撮れない。筑豊線の各停が通ったが、サボは試運転だった。現在は筑豊線の貨物列車がなくなったため、鹿児島線から筑豊線への連絡線は、単線化されているようだ。以前撮った場所は道路工事中で立ち寄れず、予定より少し手前で撮る。近くにあった店は確か子供用品の店だと思っていたが、いつの間にかドンキホーテに変わっていた。

5002と5001の走行中を撮り、本日の目的の前半は終了である。

(つづく)

2016/06/07

第九の合唱団

2016年6月6日

一昨日岡山シンフォニーホールに行ったとき、「ベートーヴェン"第九"演奏会2016合唱団員募集要項」というチラシが置いてあるのを見つけました。本番は2016年12月11日、飯森範親さんの指揮で演奏は岡山フィル、その「岡山第九を歌う市民の会」という合唱団の団員募集です。参加資格は、
1)譜読みのできる方
2)練習に必ず参加できる方
3)本公演チケット5枚以上の販売
4)ベーレンライター版楽譜で参加できる方
5)オーディションに合格された方(過去5年以内に参加した方は、オーディション免除)
というものです。

第九は一度歌ってみたいと前々から思っていて、どこかの市民合唱団に潜り込みたいと思っていたものです。参加資格の、1)はハ音記号でなければOK、2)は努力します。心臓の緊急手術でもなければ、大丈夫でしょう。3)はS席5枚で\25,000也。まあ参加費用と思えば良い費用です。4)のベーレンライター版は例年とは違うそうですが、元々第九に関しては白紙なので、これは楽譜を買えばすむことです(\1,728で斡旋付き)。

問題は5)です。そもそも、今の小生に第九を歌うだけの声が出るかどうかがまず一番の問題です。幸い、チラシにオーディション用の楽譜も載っていました。コーリューブンゲンやコンコーネでなかったのは、まだラッキーでしょう。男声はDeine Zauber bindenwieder,Was die Modestreng geteilt;Aiie Menschen werden Bru¨der,Wo dein sanfter Flu¨gel weilt.のところです。ドイツ語の発音は、まず問題なし。問題の音の高さは、テノールは一ヵ所Fisで張るところがあります。昔はFisは確実に出ていましたが、さて、今Fisが出るか?

幸い家に防音室を入れたので、試してみました。ところが、まず高さ云々以前に、声が出ない。会社にいた頃は、後半はメールの普及でずいぶん少なくはなりましたが電話でしゃべることも多く、また会議やら検討会、さらには全体の前でスピーチをする機会も立場上いろいろあったので、歌わないまでも声は使っていました。ところが引退すると、まあ声を出さなくなりましたね。ましてや部屋全体に届くような大きな声を出す機会は、全くなくなりました。

何とか声を出して、Eがやっとです。これは今年オーディションを受ける前にヴォイストレーニングを受け、来年をめざした方が良さそうです。さあて、どうするか。

2016/06/06

岡フィル第50回定期

2016年6月6日

岡山シンフォニーホール開館25周年記念、岡山フィルハーモニー第50回定期演奏会に行ってきました。岡山シンフォニーホールができたのが25年前というと1991年、バブル真っ盛りの頃です。岡山にはもったいないような(?)音響の良いホールと言われていますが、バブル期にできたハコ物としては、健闘している方でしょう。ただ25年前のホールのせいか、エスカレータは1階席までしかなく、エレベータもありません。小生は2階席でしたが、小生の後から杖をついた人が「えーっ、エスカレーターないの!」と係員に言って階段を上がってきましたから、これから先の時代を考えると、どこかで改修工事が必要でしょうね。そう言えば東京文化会館の5階席も、階段しかありませんでしたね。

岡山シンフォニーホールはシューボックス型ですが、2階席3階席は円弧を描いて配置されているので、柔らかい感じがします。席は2階正面で、天井の反射音もまっすぐに届く場所ですから、音は良いはずです。

開演時間になったら、舞台に指揮者のシェレンベルガー氏が通訳を伴って登場。挨拶と簡単な曲目紹介がありました。シェレンベルガー氏は首席指揮者3年の任期が終わって、新しくまた3年の契約を結んだとのこと、ここで大拍手がおきます。今日の曲目はベートーベンとマーラーそれぞれの交響曲第1番ですが、この二人はそれまでの音楽に大変革を加えた作曲家として、これからも演奏会で取り上げて行くとのことです。小生はベートーベンは好きですがマーラーはあまり好きではなく、これからの演奏会は曲目を見て考えます。

岡山フィルはプロのオーケストラですが、専任メンバーだけでは数が少なく、コンサートの時は兼任のメンバーが多数来ているようです。プログラムのメンバー表を見たら、東京のオーケストラで見たような名前がたくさんいました。コンサートマスターもゲストで、東京シティフィルの戸澤さんでした。

さて、演奏。最初のベートーベンの第1番は、12-4の配置。ドイツらしい、しっかりした演奏です。ホールの音響も良いですが、岡フィル、うまい。今日の入りは6割くらいでしょうか。もっと来て欲しいなあ。

15分の休憩の後、マーラー第1番「巨人」。弦は14-6です。何回か聞いたことはありますが、今日は「あれっ、マーラーの1番って、こんなに良い曲だっったっけ。」と思うことがしばしば。4楽章の最後の方では、久しぶりに背中がぞくぞくっとする感じを受けました。良い演奏でした。

2016/06/05

客車の迷宮

2016年6月5日

交通新聞社新書の、「客車の迷宮」という本を読んでいます。これも図書館から借りてきたものです。客車は珍車を除いてそう目新しい話しはないと思っていたのですが、それがなかなかどうして。同じ番号なのにいつの間にか17m車が20m車に変わっていたり(要するに、すり替え)その逆があったり。奥羽線経由の「あけぼの」が運転される頃は、20系客車が装備改良のために重くなっており、「ナ」級が実質「オ」級になっていてEF71単機では板谷峠を登れなくなっていたり。重量増加の▲マークは、初めて知りました。この頃の九州特急は20系ではなく14系や24系の「オハネ」に置き換えられていましたから、セノハチでは重量増加による問題は起きなかったようです。

特別な手続きで、遺体が荷物車で運べたというのも、初めて知りました。海外でなくなった方の遺体が飛行機で運ばれてくるのは知っていましたが、確かに、鉄道が陸上輸送の主体の頃、と言うより、鉄道しか輸送手段がなかった頃でも、旅先でなくなる方はいたわけで、これは鉄道で運ぶしかないですね。

この本は2016年3月の発行だから、まだ手に入るはず。買って手元に置いておこうかな。

話は変わりますが、昨日九州、中国地方は梅雨入りしました。梅雨前の北九州行きは、実に良いタイミングでした。

2016/06/04

日本の心で読み解く百人一首

2016年6月4日

大学時代の仲間が、彼の小学校の同級生から「面白いから読んでみろ」と言われ、そのまた孫紹介されたものです。和歌は文字通りではなく、その奥に隠された意味を読み取れ、ということで、恋歌が実は忠君を誓う歌だったり、はたまた仕事の決意を述べる歌だったり。意外性は確かに面白いです。

確かに、藤原定家が過去の歌から別の意味を見いだし(あるいはこじつけ)それを全体として平安の王朝文化をたたえる(あるいは、懐かしむ)叙情詩に仕立てた可能性は、否定しません。ただ現在でも教科書に作品を採用された作家が、「作者の意図を延べよ」の設問の解説に、「こんなこと、考えてもみなかった。」と言っているように、作者の意図とは別のとらえ方をしていると思います。作品はできたとたんに作者の手を離れて一人歩きを始める、と言ってしまえばそれまでですが。

しかしこの作者の小名木善行氏の解説、理想を史実と言いくるめる、皇国史観のアジテーターですね。もし自分の言ったことを本当に信じているのなら、とんだ妄想狂です。この本、図書館から借りてきました。さっさと返そ。

2016/06/03

北九州に行ってきました

2016年6月3日

昨日、北九州は黒崎に日帰りで行ってきました。東京からだと北九州でも飛行機の範囲ですが、岡山からだと小倉まで新幹線で1時間半、黒崎まで乗り換えを入れても2時間で着きます。以前住んでいた東京西部の多摩から千葉までが約2時間なので、ほんの小旅行です。ただ時間は短くても距離はありますから、運賃はしっかりかかります。Img_4781a


目的は筑豊電鉄の低床車5000型です。写真を撮っていないなと思っていたら、色違いの第2編成(5002)が出てきたそうなので、まとめて取ろうと思って出かけ、無事目的は達しました。筑豊電鉄のホームページによると、火曜と水曜に検査で入場するらしいので、2本まとめて撮るにはそれ以外の日になります。Img_47901a


筑豊電鉄は今年3月から日中ワンマン運転になったようで、駅に注意書きが張ってありました。元々筑豊電鉄の車両は西鉄の連接車以来の3マン対応車で、それが2マンに削減されて今まで、それでも車掌乗務が続いてきました。JRの幹線でもワンマン運転が目立つ今日、良く今まで続いたものだと思います。なお3ドア車はワンマン時は後ドア閉鎖のようです。車両にバックミラーを増設するのではなく、駅にバックミラーを設置しています。さすがは地方鉄道。
新しい低床車の5000型は2ドア車なので、ワンマンになっても各地の路面電車と同じ雰囲気です。Img_49111a


筑豊電鉄の撮影が終わったら鹿児島本線のEF81でも撮ろうと思っていたのですが、来る列車来る列車皆EH500の牽引で、わずかにED76が2本ありました。しかも1本は黒崎着の列車です。ED76も今となっては貴重で、しっかり撮れました。三菱化学(旧三菱化成)への専用線は健在で、三菱製ではない日車製のDLが迎えに来ました。帰って貨物時刻表を見たらEF81の方が仕業数は多いので、昨日EF81を見なかったのはたまたまでしょう。
なお九州のELはED72,73以来ずっと交流専用機できましたから、機関士(現、運転士)は抵抗制御だの直並列切り替えだのは知らずに来ています。そんな中でのEF81の投入は、運転の自由度は少ないし、直並列切り替え時に空転しやすいしで、運転する側には不評だったでしょう。その点パワーもあって運転自由度の大きいEH500は歓迎されたでしょう。Dscn1693a


帰りは小倉で下車して、九州のICカードSUGOCAのモノレール版、名付けてモノスゴカを買ってきました。旅行記は、後日まとめます。

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