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2016/05/28

ポーの一族

2016年5月28日

萩尾望都氏の「ポーの一族」の40年ぶりの新作が載るとあって、本屋に行って「月刊フラワーズ」7月号を買ってきました。たまたま手前の棚に置いてあったのですっと取れましたが、いわゆる女の子用の漫画誌の置いてあるコーナーだったので、お客さん(要するに、女の子)が多いときだったら取るのに勇気が要りましたね(^_^;。

「ポーの一族」は、1972年の作品なんですね。確か姉が勧めたので読んだ記憶があったので、てっきり学生時代に読んだのかと思っていましたが、もっと後だったようです。時期からすると、1年半の休職期間中の終わりの方、退院して復職前のあたりでしょう。

久しぶりに「萩尾ワールド」を堪能しましたが、読み切りかと思って雑誌を買ったのですが、間隔の長い連載のようなので、これは単行本が出るのを待って買った方がコストパフォーマンスが良かったような気もします。ただ雑誌の、萩尾望都氏と山岸涼子氏の対談が面白かったです。お二人の作品を文庫本で持っていましたが、場所がないため引っ越し前に処分してしまいましたねえ。本は「総量規制」がかかっているので、新しい本を買ってくると、古い本を処分しなければいけなくなります(;_;)。

2016/05/26

ミニ仏壇

2016年5月26日

熊本にある実家は土地としての買い手が付き、売却時に実家は取り壊したのですが、その時仏壇は処分したものの、位牌はお寺に預けておきました。姉弟3人ともアパート住まいで、仏壇など置けなかったからです。16052601a


岡山に引っ越したもののやはりマンションで、できるだけ小さな仏壇を物色していたところ、ミニ仏壇というのを見つけました。外寸で35cm×35cmくらいです。これならマンションに置けます。そこでお寺に電話をし、この小さな仏壇に入るような位牌ができないかと頼んだところ、二つ返事でOKでした。後でこれもネットで調べたところ、ミニ仏壇用の位牌、それもご先祖様数人の位牌をまとめて入れられるものがありました。

先日熊本に行ったときにお寺により、名前(戒名)を書いてもらった位牌を受け取ってきました。ネットで見たものと同じもので、こういうものは規格品のようですね。

そして今日、仏壇が届いてご本尊を飾り、位牌を納めて出来上がりです。そして持っているお経の本から、仏説阿弥陀経を自分で上げました。

なお位牌をこのミニサイズに、宗派に関係なく仕立て直すサービスをやっているところもあるようです。かみさんの実家は今兄貴がいて仏壇があり位牌もそこにありますが、こちらに引き取ることになったらミニサイズに仕立て直して、同居です。仏様は同居しても喧嘩しないそうですから。

2016/05/22

キリンビール各工場特製一番搾り

2016年5月22日

キリンビールの株を持っているため、株主優待としてビールの詰め合わせセットが送られてきました。これが楽しみでキリンビールの株を持っているようなものです(^_^;。
今年のものは、「一番搾り」の各工場特製品の詰め合わせ。12缶の詰め合わせですが、工場は9工場しかないので、残り3缶は普通の「一番搾り」です。普通のものの製造工場を見たら、横浜でした。16052025a


小生が酒屋の番頭をしていた1980年代は、キリンビールは確か12工場ありました。その頃の工場というと、北から、高崎、栃木、取手、東京、横浜、名古屋、滋賀、京都、尼崎、岡山、広島、福岡でしたね。そこから高崎、栃木、東京、京都、尼崎、広島が閉鎖になり、千歳、仙台、神戸が新設されています。なお石川県白山市の北陸工場は、小生が酒屋を辞めた後に新設され、そして閉鎖されています。

小生が酒屋だった頃は生ビールと言えば業務用のたる入りだけで、市販のビールはラガービールだけでした。造る側からすると、量産の効いた時代とも言えます。それから2lや3lの家庭用たる生ができ、瓶入りの生ができ、スーパードライとともにアサヒの大逆襲が始まり、それに伴ってキリンがシェアを落とし、ビールよりも税法上はビールに入らない第2,第3のビールと言われる飲料が出始め、現在の百花繚乱状態になっています。工場の配置を見ると、大都市集中型だったのが全国にばらまかれた感じですね。

さてその工場特製一番搾り、各工場の個性を出すために、原材料まで違っています。「一番搾り」の材料は普通は麦芽とホップだけですが、千歳工場、仙台工場、神戸工場、それに岡山工場製には、米も含まれています。千歳工場のものは北海道産米で、仙台工場は当然宮城県産のササニシキ。神戸工場は兵庫県産山田錦に、岡山工場は岡山県産雄町米。福岡工場は福岡県産麦芽100%に、アルミ缶ではなくスチール缶。おそらく、新日鐵住金八幡製鉄所製でしょう。

そろそろドクターストップがかかりそうなので、その前に味を確認しながら飲みます。

2016/05/21

ばらのまち福山

2016年5月21日

昨日、福山に行ってきました。福山はばらのまちで、ばら祭りは先週(14,15日)だったのですが先週は熊本に行っていたため、まだばらがきれいなうちにと思って行ったものです。16052002a


岡山から福山まで、115系の各停で約1時間です。以前は117系の快速「サンライナー」が頻繁に走っていたのですが、サンライナーは朝夕だけになってしまいました。なお福山は地理的には岡山に近いのですが、広島県になります。そのため看板も山陽新聞ではなく中国新聞になります。16052005a


福山に着いて、まずはお昼と駅ビルの中のお店へ。「今日のランチ」と「ピラフサラダセット」を迷った末に「今日のランチ」に。注文したら隣の席の人も今日のランチを先に注文したようで、すぐにそちらに運ばれます。ひょいと見たら、チェロの白いハードケース。「えっ」と思って見たら衣装ケースに楽譜の入った鞄、顔を見たら、何とチェリストのFさんでした。コンサートのために、新幹線で福山に着いたところだったのでしょう。16052012a


昼食後、駅前から歩きます。駅前からまずばらが一杯です。福山は「100万本のばらのまち」と言うらしいです。そう言えば、駅のホームの列車接近のメロディーも「100万本のバラ」でした。目的地はばら公園ですが、まず中央公園に寄ります。中央公園は図書館も併設されていて、地方都市の公園の良くあるタイプなのですが、ばらの花壇が見事です。16052014a


中央公園から歩いてばら公園へ、道路に矢印が表示してあるので、その通りに歩いて行けば迷わずに着きます。ここはまさにばら園で、見事と言うしかありません。280品種5500本があるそうです。日本各地から送られたばらの中に、昔居た会社の工場近くの町のものを見つけました。

続いて緑町公園へ。ばら公園とほとんど並んでおり、住居表示も福山市花園町です。こちらは310品種5100本、ばら公園に負けていません。ここは旧帝国陸軍歩兵第41連隊の跡地だったそうです。ここはばらの名前によって花壇が分けられており、「恋」やら「土地」、さらにスターなど「著名人」など。ここも見飽きません。16052023a


帰りは20分間隔で走っている循環バス「まわローズ」で福山駅まで帰りました。このまわローズ、ICカードに対応していましたがSuicaなどはダメで、地元のPASPYだけでした。なおこのPASPYで乗ると、現金だと150円のところを140円に割引になっているようです。岡山の循環バス「めぐりん」は、ICカード自体が非対応で、紙での回数券だけがあります。

2016/05/20

地震後熊本訪問記(2)

2016年5月15日(日)(つづき)

熊本駅に着いたら、雨が降っている。明日は雨の予報だったが、少し早まったのかもしれない。熊本駅は、くまモン駅の飾り付け中。構内にはくまモンの駅長室もあった。Dscn1657a


ホテルに向かったら、ホテルの立体駐車場が閉鎖され、中から車が運び出されている。車にはブルーシートがかけられており、単なる搬出ではなさそうだ。ひょっとしたら立体駐車場の中で車が落下し、落ちた車やぶつけられた車を何とか外に出しているのかもしれない。Dscn1659a


チェックインして、少し早いが食事のために駅ビルに向かう。駅ビルは開いている店が半分ほど、1階のモスバーガーには、「開店の見込みが立たない」という張り紙がしてあった。翌日のことになるが、下通を歩いてみたら、マクドナルドも全店閉鎖されていた。どうやらこういうチェーン店は、設備が完全に復旧しないと開店しない方針のようだ。Dscn1656a


駅ビル2階のくまモングッズの店に寄る。いつもは土産は買わないのだが、復興支援の意味を込め、キーホルダーとお菓子を買い込む。「負けんばい、熊本!」とかいうステッカーでもあれば、早速買い込んだところだ。Dscn1658a


食事の店に入ったら、「震災による人手不足で、出すのに時間がかかります。」といきなり言われた。30分くらいだそうなので、ビールを飲みながらゆっくり待つ。食事中に「ずしん」と来る衝撃が来たが、後でテレビで見たら震度3だった。それと今日は真夏日だった。どうりで暑いと思った。

熊本泊。

翌16日は個人的なことばかりなので、省略します。17日に無事岡山に帰りました。

(完)

2016/05/19

地震後熊本訪問記(1)

2016年5月15日(日)

天気、晴。岡山から「さくら」に乗車、鹿児島中央行きである。岡山で大量に下車、時間が良いのだろうか。おかげでまだ降りきらないうちに発車メロディーが流れ始める。多分乗り終わらないうちはドアを閉めないとは思うが、メトロ半蔵門線の例もある。Dscn1655a

席は海側のA席。山陽新幹線の岡山-博多間に乗るのは初めてではないが、大抵はE席で、A席を使うのは初めてではなかろうか。おかげで景色が目新しい。広島では在来線の車両基地がよく見えるが、電車は227系だらけになった。セノハチの後押し用のEF210-300が2両とEF67が1両待機中。山陽新幹線はトンネルだらけで、あまり景色の見える場所がない。またトンネル内は空気の流れが変わるのか、700系は派手に蛇行動を起こすが、N700系はさすが安定している。

博多を過ぎると、JR九州の管内になる。博多出発時に韓中のアナウンス(テープ)が流れる。英語がない?今回の地震で被害があったのは熊本県と、大分県の山間部で、九州の残り5県には直接の被害はない。しかし九州全部が被害を受けたような報道も見かけるので、ハウステンボスなどは観光客が減ってそちらの被害を受けているだろう。新幹線が熊本県内に入っても、新玉名までは被害はなさそうだ。ブルーシートが目につき始めるのは田原坂のトンネルを抜けてからで、新幹線も田原坂のトンネルから減速運転になる。ただ九州新幹線は防音壁が高く、被害もちらちらしか確認できない。Img_4578a


熊本でそのまま三角線に乗り換える。熊本駅は在来線の高架工事中で、鹿児島線の上り線が高架に移っている。三角線は日中は高架ホームだが、朝晩は地平と、時間によって変わるようだ。車両はキハ31の2連でワンマン、1年前はキハ31+キハ40だった。キハ31×2になったおかげで、トイレが付いていない。熊本-川尻間に西熊本なる駅ができた。無人駅だがスゴカ対応なので、ドアは全部開く。

宇土から三角線に入るが、まだ熊本平野内の住吉までは、思ったより被害がひどい。全壊の家はないが、半壊はある。宇土半島に入ると被害は少なくなり、ブルーシートも網田まで、その先になるとブルーシートを見かけなくなる。Img_4579a


三角に到着。被害を受けたようなところはない。三角駅前はフェリー用の可動桟橋が撤去され、少し景色が変わった。1軒だけ残ったスーパー内の花屋さんでお花を買い、まずはお墓参り。引っ越しの報告をまだしていない。お墓はかなり草が伸びているが、草を刈ってもゴミの回収がないので処理ができず、定期的に業者に清掃を依頼するしかない。その点東京のカミさんの家のお墓の方は草を取ってゴミ箱に入れておけば良いので、道具さえ持って行けば、その気になれば道具は借りてでも、手入れができる。そのため荒れた感じはしていないが、三角のお墓の方は「荒れた」という感じが強い。お墓はきちんと建っていたが、墓石が少しずれていた。人手があれば簡単に治せる範囲だが、人手などないのでそのままにしておく。Img_4592a


元住んでいた空き家と、空き倉庫を見に行く。幸いこちらの方も被害無し。自分の固定資産ではないので関係はないのだが、やはり被害はない方が良い。三角の町中を歩いてみたところ、1軒壁が落ちているビルがあった。中学の同級生に話を聞いたところ、ぽつりぽつりと「屋根が落ちた」などの被害があるという。元々埋め立て地なので、ところによって揺れが大きい場所もあるのだろう。とりあえず今日は熊本に戻る。

(つづく)

2016/05/15

熊本に来ています

2016年5月15日

熊本に来ています。もう熊本には親兄弟誰もいませんが、空き家になっている家と、その他倉庫などの様子、さらにお墓の様子を見るためです。小生は養母(親父の後妻さん)との間に養子縁組をしなかったので、遺産は全く相続していませんけどね。

岡山から新幹線の「さくら」で熊本へ。今回の地震の被害は熊本大分の両県だけなので、久留米停車、あるいは新大牟田通過のあたりまで、回りの景色は何の変化もありません。新玉名を過ぎたあたりでブルーシートがちらほら見えだし、田原坂あたりから減速します。熊本市内になると、あちこちブルーシートが目立ちます。そのまま三角線に乗り換え、三角へ。被害があるのは瓦屋根ですが、古い、新しい、はあまり関係ないようです。被害は熊本市東部の方がひどいので、このあたりではさすがに全壊の家はないのですが、半壊はあります。熊本平野から宇土半島内に入ると被害は少なくなり、網田から先になるとブルーシートは見かけなくなります。

三角は被害はほとんど無いようです。それでも、壁が落ちたビルを見かけました。中学の同級生に話を聞いたところ、揺れたことは揺れたけど棚の物は落ちなかったし、電気がちょっと消えただけ、断水もなく被害はなかったそうです。小生のところの空き家、空き倉庫は、被害はありませんでした。お墓は墓石が2cmくらい動いていましたが、特に害はないようなので、そのままにしておきます。

熊本駅前に泊まっていますが、駅ビルは開いている店が半分ほど、1階のハンバーガー屋には、「開店の見込みが立ちません」という張り紙がしてありました。

旅行に持ってきたタブレットパソコンはメモリーカードが読めないので、写真を付けた細かい話は帰ってからまとめます。

2016/05/13

心臓の検診、次は負荷超音波検査

2016年5月13日

心臓の検診に行ってきました。S病院は2回目で、再診になるのは初めてです。13:30の予約のところ、検査があると思って12:50に到着。さてどこの病院にもある再診受付機を探したところ、ありません。総合受付で聞いたところ、そこが再診受付も兼ねていました。WEBでは午後の受け付け開始は13:00と書いてありましたが、10分前でも受け付けてくれました。

まずは採血。さすがに採血は13:00まで待ちますが、午後の一番乗りと見え、すぐに呼ばれました。左は出にくいのですが、この後右で血圧を測るので、左から採血します。看護師さん、「逃げたらごめんなさい。」と言いながら刺しますが、さすが一発でOKでした。

その後は、心電図です。最初は女性オペレーターだったのですが、電話がかかってきて、男性に代わりました。心電図は端子の場所をずらしながら3回、途中で「館内では携帯電話の電源はお切り下さい。」という放送があり、「やべっ。」と思ったのですが、心電図には出なかったそうです(^_^;。

そして診察。採血結果は、一部H部分があるものの、異常なし。小生が気にしている(先生は気にしていない)eGFRは、54.5で何とか踏みとどまっています。BNPは27.6で、先月の24から比べると若干上がっており、Hの範囲なのですが、先生はもっと上がるんではないかと思っていたそうです。これは心筋梗塞、心不全、心房細動などで上昇するので、こっちも踏みとどまっていますね。

そこである意味困ったことに、逆流度やEFから見ると即手術なのですが、自覚症状がなく(ないと言うより、元気)、BNPもさほど上昇していないので、手術するかどうかが迷ってしまう状態なのだそうです。もう一つ困ったことが、小生は僧帽弁だけではなく大動脈弁にも逆流があるのですが、大動脈弁逆流の場合の形成術は一般的ではなく、普通は弁交換になるそうなんですね。確かに持っている専門書にも、大動脈弁形成術は限られた施設でしか行われておらず、しかも再手術の例が多い、と書いてあります。これが僧帽弁だけだと、「低侵襲手術ができるし、弁形成もできるので、即手術ですね。」となり、大動脈弁だけだと、「弁交換になるので、ぎりぎりまで待ちましょうか。」になるのですが、両方があるので、「さあどうしたものか。」になるわけです。しかも両方の弁をいじるとなると、低侵襲手術ではなく正中線切開になります。

なお小生の大動脈弁の逆流は2から3だそうですが、専門書には、「3以上は即手術」と書いてありました。僧帽弁の即手術が逆流度4ですから、大動脈弁逆流はあまり放っておけないようですね。

結論は、外来でできる検査をやって、心臓の状態をしっかり把握する、ということになりました。まずは負荷超音波検査で、6月下旬に入りました。これは先生は前から入れたかったらしいのですが、小生が以前「負荷心電図を撮ったときに、めまいがした。」と言ったため中止になっていたものです。実はこのめまい、心臓からではなく、階段の上り下りで遠近両用眼鏡で足下を見続けたため、目がおかしくなってめまいがしたものなのです。今回は自転車を漕ぐことだそうなので、これでは問題ないでしょう。なお検査の注意書に、「運動のしやすい格好でお越し下さい。」「タオルをご持参下さい。」と書いてありました。どのくらい漕がせるのでしょう。ともかく、検査入院は当分先です。

2016/05/12

地元の常識、他所の非常識

2016年5月12日

岡山の街の中心部は、きれいな碁盤の目になっています。そして縦(南北方向)の道路には「筋」(市役所筋、城下筋など)、横(東西方向)の道路には「通り」(桃太郎大通り、県庁通りなど)の名が付けられていなす。ところが中心部をちょっと離れると、昔の道は、おそらく埋め立て前の堤防の名残だと思うのですが、カーブしていたり曲がっていたり、そこに碁盤の目の道路が通っているので、非常に複雑になっています。交差点の五叉路が多く、そのために信号が複雑になっていたり、あるいは曲がっている方が優先道路でまっすぐ来た方が一時停止したりで、車で走ると、慣れないとすごく走りにくいと思います。

この曲がっている方が優先道路では、地元の車は曲がるときにウインカーをまず点けません。当事者はローカルルールのつもりかもしれませんが、これは道路交通法違反です。そしてその癖が付いているのか、岡山の車は曲がり角でウインカーを点けないというのがマナーの悪さとして県議会でも問題になっています。小生はもう車の運転はしないことにしているので被害には遭っていませんが、車を運転する方はご注意下さい。

ローカルルールといえば、道路を呼ぶときに「旧国道2号線」という言い方が広告などでよく使われていますが、これは地元に長くいる人間でないとわかりません。おそらく2号線バイパスができる前の2号線、現在の県道162号→21号と繋がる道だと思うのですが、こればかりは地図にも載っていないし、伝聞情報しかありません。広告を出しているところは、いつまでこの表記を続けるつもりなのかな。

2016/05/09

楽器の科学

2016年5月9日

「楽器の科学」(柳田益造編、サイエンス・アイ新書)という本を図書館から借りてきました。想定読者は「「のだめカンタービレ」を読んで、初めていわゆるクラシック曲とかオーケストラの楽器に興味を持ち始めたというような人」と書いてあります。いくらかかじった小生には入門書過ぎるかと思ったのですが、なかなかどうして、知らないことだらけ。しかも音響工学の分野に入ったら、全く知らないことばかりです。

まず金管楽器の定義、楽器の構成材料ではなく、リップリードを使うかどうか、です。だからサックスは金属なのに木管楽器であり、アルペンホルンは木製なのに金管楽器になる。なるほど、です。

フルートとオーボエ、クラリネットの違い、リードを使った発音原理も違いますが、フルートは開管円筒管、オーボエは閉管円錐管、そしてクラリネットは閉管円筒管です。それで皆同じような大きさなのにフルートとオーボエはほぼ同じ音域であり、クラリネットは1オクターブ下の音になるのですね。なお円筒管の共鳴周波数は、開管の場合は1:2:3になるのに対し、閉管の場合は1:3:5になります。そのためフルートでは全く同じ指使いで1オクターブ違う音が出せる領域があるのですが、クラリネットではそれはなさそうですね。

ヴァイオリンは5度調弦で、音は下からG,D,A,Eです。これは前から知っていたのですが、ちょっと疑問に思う点がありました。フルートとオーボエは「C管」で実音表記であるように、基準音はCです(実際は最低音はもう少し下が出ますが)。なのにバイオリンの最低音はG、何か変だと思っていました。ところがヴィオラがヴァイオリンの5度下で、音はC,G,D,A、さらにチェロはヴィオラの1オクターブ下でやはり音は同じC,G,D,Aだったんですね。納得しました。なおコントラバスは4度調弦で音はE,A,D,Gで4つの楽器いずれにもA線があるので、Aの音でのチューニングはいずれも開放弦でできます。

なお最後は音合成とインターフェイス。ここに来ると電気光学でも小生の苦手分野に入ってくるので、付いて行けません。この本、売れたのだろうか?

2016/05/06

岡山電気軌道3005(つづき)

2016年5月6日

今日は雨、傘をさしてカメラを構える気もないので、乗りに行ってきました。学校や会社は始まっているところも多いのか、連休中のような観光客の混雑はありません。ただサ○ゼリアは平日のランチはなく、休日モードでした。

3005号は外観はレトロで、車内も床は木張り、天井は白熱灯なのですが、設備はしっかりワンマン対応で、ICカード読み取り機も装備しています。但しICカードで使えるのは地元のハレカカードの他は、イコカとピタパの関西カードだけです。熊本市電は交通系カードは全部使えるんですけどね。Dscn1648a


どこまで乗ろうかと思いながら、結局は東山まで一往復しました。せっかく運行してくれているのですから、眺めて撮るだけではなく、乗って岡電に少しお金を払わないと。
車内に東武日光軌道線時代の路線図が掲示してあるのを発見、良く残っていたものです。ひょっとすると、復元かな。Dscn1652a


折り返しで、運転手さんは外に回ってガラスを拭いていました。この3005は左上にしかワイパーがなく、雨の日の運転は大変そうです。

帰りにはEOS70Dを抱えた同業者が乗ってきました。途中で降りて、雨の中で撮影。ご苦労様です。下車するとき、記念乗車券をもらいました。

2016/05/04

岡山電気軌道3005

2016年5月4日

ひでほさんからも連絡がありましたが、この連休後半(8日まで)元日光軌道線の3005が動くというので、写真を撮りに行ってきました。「行ってきた」と言っても岡山市内なので、ちょっと移動しただけですが。

この3005、元は東武日光軌道線の電車で、昭和28年(1953年)製造です。小生よりは若いけど、もう還暦は超していますね。なお熊本市電の1063は昭和26年(1951年)の製造なので、もっと古いです。Img_43151a


元日光軌道線の電車は岡山に10両入ったのですが、残っているのはこの3005と、リニューアルされてKUROとなった3007の2両だけ、特にこの3005は日光軌道線色に塗られているので、貴重です。

市内電車を撮るときは、いかに車にかぶられないように撮るかですが、場所を柳川交差点にしました。ここはかぶられても電停があるため、カバーできると思ったためです。やってきました。無事にかぶられずに、ゲット。ただ光線の具合がやや逆光です。後ろ姿の方が、順光ばっちりでした。Img_43241a


岡山駅からの折り返しと、もう一往復撮って、お昼。午後からはレンゲがきれいだったので、吉備線まで足を伸ばしました。桃太郎ラッピングを待っていたのですが、今日は運用に入らなかったようです。Img_44671a


天気は良いけど風の強い日で、瀬戸大橋線のダイヤはめちゃくちゃでした。

2016/05/02

鬼ノ城に行ってきました

2016年5月2日

鬼ノ城に行ってきました。ここは昔吉備路巡りをやったとき(2007年3月でした)、タクシーでパンフレットを渡され、「すぐ近くだから。」と言われたもののタクシーのすぐ近くは当てにならないと思い、遠慮していたものです。ところがこの連休中は総社から無料送迎バス(マイクロバス)が運行されているという情報をカミさんがつかんできたので、珍しく二人で出かけました。

岡山からは伯備線で行きます。吉備線(桃太郎線)も使えるのですが、伯備線の方が本数が多く、こちらを使いました。電車はマリンライナー流れの221系ワンマン2連、2ドア転換クロスです。総社では観光案内所の前から、鬼ノ城行きと、備中国分寺、宝福寺(雪舟が修行した寺)巡りの無料バスが出ています。鬼ノ城行きは12人乗りのマイクロバスです。所要時間は約30分、何がすぐ近くだ。16050202a


鬼ノ城は山の上にあり、途中から山道になります。道路が狭く、離合するのも離合場所でないとできません。これはマイクロバスでないと、入れません。その山道の鬼ノ城の少し下あたりにも、民家があって水田があります。山なのに、水の便が良いところみたいです。それで山城も作れたのでしょう。

駐車場とビジターセンター(トイレあり)があり、鬼ノ城はこの上です。そこからは歩いて山登り、一応車いすでも行けるようなスロープが作ってありますが、自力でこいでいくのはかなり大変でしょう。先月の津山城と言い、心臓弁膜症で手術適応と言われているのが、良く平気で登れるものです。我ながら関心と言うか、不思議です。

まず展望台の方に行き、復元されている西門を外から眺めます。まさに山城、良くこんなところに造ったものです。造られた時期や目的については諸説あるようですが、このあたりは北九州倭国と大和日本国の勢力境界あたりなので、そちらの線もあるかもしれません。吉備はどっちに付いたのでしょうね。

天気が良く、雄大な景色を楽しめましたが、昔は今ほど木が伸びておらず、もっと景色が良かったそうです。

帰りは吉備線で帰りましたが、タラコ色のキハ40の2連で、おまけにシートはどちらもロングシートでした。両端出入口のキハ40をロングシートにすると、ある意味壮観です。

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