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2016/01/28

公共図書館相互賃借

2016年1月28日

肺炎のせいで書きそびれたネタを、、。

ずっと昔の三角港のことを調べていますが、その中で「天草海上交通史」という本は貴重な本でした。この本、一旦は天草にいる、高校の同級生の兄上からもらったのですが、その同級生が「私も欲しい!」と言いだし、もう他になかったので、返したものです。彼女は山形在住なので、返したと言っても行き先は天草ではありませんでしたが。お礼は、「昼飯1回ビール付き」でした。その後この本は岡山県立図書館で発見し、必要になったら借りに来ようと思っています。

もう一つ見たかった本に「九州商船八十年史」(正式な書名は「八十年のあゆみ」九州商船株式会社刊)があります。これは社史だからなかなか置いてある図書館がありません。国会図書館まで行けば別でしょうが、結局東京では見つからないまま岡山に引っ越し、ネットを検索していたら、熊本県立図書館と、長崎県立図書館にあることがわかりました。熊本県立図書館なら、今度お墓参りに行ったときにでも寄ろうか、しかしその時貸し出し中なら無駄足だな、と思って見ていたら、「公共図書館相互賃借」について解説がありました(現在は熊本県立図書館のホームページがリニューアルされ、この解説はありません)。それを読んだところ、熊本県立図書館の蔵書(貸し出し禁止を除く)が岡山県立図書館で借りられそうです。そこで早速、岡山県立図書館の「問い合わせ」欄にメールで質問しました。去年の暮れの話しです。

返事はメールではなく、電話できました。曰く、可能ではあるが、現在熊本県立図書館が工事中なので、該当する本が取り出しにくいところに片付けられていたら、貸し出せない、とのことでした。あとは年明けに熊本に連絡するので、結果は年明けに連絡する、とのことでした。

年明けに連絡が来ました。借りられたので、準備ができたらホームページの予約図書と同じところに表示する。ただし貸出場所は通常の1階ではなく、2階のカウンターに来てくれ、と言うことでした。2階のカウンターは、「こんな本がないか」という専門書の相談コーナーです。

ホームページをチェックしていたら、「予約資料が準備できました」の表示が出ました。2階のカウンターで事情を話すと、本が出てきました。社史だけ合って、立派な本です。熊本から送られてきた書類も付いており、その書類も一緒に付けて返却すること、貸し出しの延長は不可、との説明もありました。

帰ってじっくり読みましたが、九州商船が天草航路から撤退したあとに編集された本だけに、天草関係はあっさり触れられているだけです。期待していた航路の変遷などもありません。しかし各船の詳細、履歴が書いてあるのはありがたく、水光丸や鳴潮丸の前身がわかりました。三角島原間用のフェリー眉山丸が、昭和天皇の五島行幸(昭和44年=1969年)の時に、御料自動車(その当時は日産プリンスロイヤルか?)の輸送用として随行したというのも、初めて知りました。

この本の返却期限の頃、肺炎で寝込んでしまいました。仕方がなく、返すのはカミさんに行ってもらいました。普通の本も返すのは誰でも良いので、今回もカミさんの代理で問題ありません。理由を話し(「お大事に」と言われたそうです(^_^;)、返却、かなり厳重にチェックされたそうです。やはり他県から借りている本ですから、扱いも慎重です。

と、手続きが煩雑であまり使えませんが、郷土資料等そこにしかないものを読みたいときには、使える手ですね。

2016/01/27

副作用

2016年1月27日

多少尾籠な話になります。何か食べながら読んでいる方は、食べ終わってからどうぞ。
最近経口剤(飲み薬)でも強力な薬が処方できるようになり、以前は点滴になったところが経口剤で済むようになりました。ところが強力な薬を飲むと、おなかがやられます。

昔胸膜炎(肋膜炎)をやったときには、かなりの期間解熱剤を飲み続けたため、胃がすっかりやられました。またぶどう膜炎でステロイドを飲んでいたときも、「胃がやられるから、場合によっては胃を保護する薬を処方する」と言われました。この時は、かかりつけの内科で胃の薬を処方してもらいました。

さて今回、最初の風邪気味の時に出てきたのは、セファレキシン(セフェム系の抗生剤)です。これが気管支炎と診断されてクラリシッド(マクロイライド系抗生剤)に変わり、肺炎と診断されてからはジスロマック錠(マクロライド系)+オーグメンチン(ペニシリン系)という組み合わせになりました。結核菌を殺さない配合になっているため、特殊な飲み方です。

この中でオーグメンチンは、副作用欄にはっきり「下痢」と書かれています。ところがそれの前段階、クラリシッドを飲んでいるあたりですでにおなかは下痢の段階を通過し、ほとんど水が出る状態でした。大腸内視鏡検査の時みたいです。強力な抗生剤は腸内細菌も殺してしまうため、どうしても下痢しやすくなるそうです。

肺炎の薬が処方されたときにおなかの状態を「大腸内視鏡検査の状態」と言ったら、ミヤBM錠というのが処方されました。ミヤリサンという薬が売られていますが、この仲間ですね。酪酸菌なので胃酸でやられず、腸で効力を発揮するそうです。効果は抜群で、3日でおなかが正常に戻りました。

これだけ、抗生剤の展示会のように飲みましたが、ワーファリンを飲んでいたら使えなかった薬がほとんどです。また最初に処方された風邪用の炎症出血止めトラネキサム酸も、ワーファリンを飲んでいたら使えなかった薬です。カテーテルアブレーションやっておいて、良かったなあ。

2016/01/25

普通の肺炎でした

2016年1月25日

市民病院に行ってきました。診察は10時ですが、血液検査の結果が出るのに1時間かかるので、9時には着かないと行けません。前日タクシーの予約を入れたら、「明日の天気次第なので、確約はできませんが、それでも良いのならお受けします。」と言われました。今朝はうっすらと屋根が白くなっていましたが積雪と言うほどではなく、タクシーも予約時刻通り(実際はその10分前)に来ました。

道路も普段通りで、運転手さん曰く、車に雪が積もっていたけどワイパー一拭きで落ちた、そうです。この市民病院は山陽本線の線路のそばです。着く前にちらっと見えたのは、特急やくも。

再来のシステムはほとんどどこの病院でも同じなので、これは迷いません。受付票を持って内科の受付へ。そこで検査一覧表を持っていないかと聞かれますが、そんなものは出てきませんでした。そうしたら発行してくれて、これを持って行けと言われました。採血の時にみんなこの検査表をクリアファイルに入れていたので、「ない?」と聞いたら、もらっていないのか、ではこれを使え、と渡してくれました。あちこちシステム的には穴がたくさんありそうですが、人の面倒見の良さがそれをカバーしています。

採血やレントゲンの時に名前を言わされますが、その時に「木村拓哉」とか、「福山雅治」とか言う人がいないかと聞いてみたら、「畠山みどり」と答えた人がいたそうです。ずいぶん古いなあ。ただそれ、本名だったりして(笑)。

採血、採尿、レントゲンと終わって、持参の本を読みながら待っていて、10時半くらいに呼ばれました。もっとも、小生の前の人は呼ばれる前に入ったので、割り込みのような気もしますが(^_^;。

診察結果は、普通の肺炎でした。結核菌の影響はなく、痰の中から肺炎を起こす(呼吸器内科の先生たちにとっては)おなじみの菌が出てきたそうです。あとは培養して、しっかり確認するそうです。そのため、薬はあと5日間継続、一週間後(来週の月曜日)また来て検査、ということになりました。

前回は5時過ぎていて時間外の会計を使ったため、普通の会計は初体験です。Tの門と同じようなシステムですが、会計番号も最初の受付番号がそのまま使えるところが違いました。そして受付票のバーコードで、入力(入金)できます。

前回と同じ薬局で薬をもらい(結核の影響ではなかったことも報告)、さてどうしようと言うことになります。お昼を食べるには少し早いのですが、長いこと風呂には入っていないため、病院内の食堂で食べることにしました。2階に「エッセン」という食堂があります。学生時代、食事に行くことを「エッセン」と言っていたのを思い出します。牡蠣フライ御前880円、この値段でいろいろ付いて、立派。
そこからJRで岡山に出て、ショッピングセンター内の本屋で「鉄道ファン」を仕入れ、そこからはバスで帰りました。来週はもうタクシーを使わず、JRだな。

2016/01/23

心臓病センターS病院

2016年1月23日

一昨日の話しの続きですが、長い一日が終わって病院から帰ってきたとき、郵便受けに大きな白い封筒が入っていました。部屋に持って行ってみると、差出人はHハートセンター、表に「診療情報提供書在中」とのハンコが。要するに、岡山の病院への紹介状です。

この肺炎のきっかけになった東京行きは、そもそも検診とこれを書いてもらいにHハートセンターへ行くためだったので、目的は達したわけです。大きな封筒の中に普通の封筒が入っている気配で、開けたら普通の大きさの封筒が出てきました。宛は、「心臓病センターS病院 循環器内科 担当医先生侍史」。なに、S病院、O大病院じゃない、どうなってんの?

おそらく医長のY先生か、もっと上の部長先生あたりの判断で決まったのだと思いますが、O大病院の良くない話(緊急時対応ができない)を聞いたばかりだったので、これはかえってありがたいです。4月にこれを持って、S病院に行きます。なおあそこは貨物列車や新幹線の写真を撮ると、バックに大きく入るところです。ということは、格好の撮影ポイントということ。どこかトイレかロビーの窓から、狙えるところはないかな(笑)。

2016/01/22

肺炎でした

2016年1月22日

18日(月)に医者に行き気管支炎と診断されたのですが、19日(火)に38.5℃の熱が出て、夜から咳がひどくなりました。熱が出たので東京でもらっていたロキソニン(実際は後発薬の、ロキソプロフェン)を飲んだのですが、これが効いている間は「おう快調、すぐに治るな」という感じなのですが、切れる頃には咳やその他の症状が「倍返し」で出てくるのにはまいりました。翌20日も「快調!」と「倍返し」の繰り返し、21日(昨日)、一日早いのですが、また医者に行ってきました。いつもは薬が切れる前に医者に行こうとすると「もう行くの?」というカミさんも、今回は、「早く行け」です。

そしてこちらでのかかりつけにしようと思っているクリニックへ、症状を伝えて見てもらい、先生じっくり聴診器を当ててみたあと、「音はきれいだけどどうも気になるから、一度レントゲンを撮りましょう」ということで、X線撮影になりました。思えば30年前に肺炎で緊急入院したときも、先生の「なんか気になる。レントゲン。」で発見されたものです。
このクリニック、建物は新しいのですが、これは道路の拡張工事で立ち退かされたためで、設備はまだ昔のものです。ただ機械は傷も無く、きれいに手入れされています。昔懐かしい直接撮影のフィルムケースの前に立って、撮影。その後現像ができるまで待ちます。なお先生によると、ロキソニンは強すぎて免疫力が落ちたりするので、もっと弱い薬の方が良いそうです。

現像が出来上がって呼ばれ、ひょいとフィルム台に置いてあるフィルムを見たところ、右の下の方に不吉な影が、、、。先生そこを指摘し、「昔の肺炎の痕跡にしてははっきり出すぎているので、専門の病院に見てもらいましょう。」ということになりました。専門の病院だとすぐ歩いて10分のO大病院、と思いつくのですが、「大学病院は、仮に外来で来て帰って、その夜に具合が悪くなった人に対する緊急対応ができないから、ダメです。市民病院か、済生会か、日赤ですね。」どこも少し距離があるのですが、以前北長瀬に住んでいたことがあるといったら、「あ、それでは土地勘のある市民病院にしましょう。すぐに連絡を取ってみます。」ということで、市民病院に行くことになりました。まあ自宅から距離があるといっても、どこでもタクシーでも1000円ちょっとで行ける距離なので、東京でTの門に行くよりはるかに近いですが。

そこでカミさんに電話し、ともかく「すぐ行け、お昼は向こうに着いてから」と言われて、紹介状とX線フィルムの入った袋を持ち、「緊急入院」と言われた場合にはカミさんに持ってきてほしいものを一つにまとめ、携帯とウォークマンの充電器を鞄に入れ、タクシーを呼んで市民病院に向かいました。
「すぐ行け」と言われてクリニックを出たのが12時少し前、市民病院に着いて総合受付に書類を出したのが12時半頃、そこでなにやらかにやら書類を書かされ(全くの初めてだったので)、呼吸器内科の受付に着いたのが12時40分頃でした。そこで書類とX線フィルムを出すと、「連絡を受けておりました。」と受け取り、診察室の前で待つように言われました。パソコンの横に貼り付けたタックメモをはがしていましたから、そこに小生のことが書いてあったのでしょう。

そこで待つこと1時間、いい加減待ちくたびれた頃に先生から呼ばれました。呼吸器内科の部長先生です。そもそもの具合が悪くなったときから(14日に東京に行くときから)の過程を説明し、先生小生を診察し、X線フィルムを見て、「肺炎ですね。もっと詳しく見るために血液検査と、検査ができるまでの間にCTを撮ってきてください。」と検査に回されました。昔だったら肺炎とわかった時点で即入院になり、検査はそれからだったのですが、今は点滴と同じだけの効力を持った飲み薬が開発されたので、肺炎でもよほど衰弱した人でないと、入院させないそうです。クリニックの先生が「仮に外来で来て帰った人が、」と言った意味がわかりました。

採血して1階のCT検査室に行きCTを撮り、今度も検査結果が出るまで1時間と言われているので、病院内の○ブン-イレブンでバナナを仕入れ、昼食代わり。カミさんはこういうこともあろうかと、出る前に少し掻き込んできたそうです。そこでたっぷり待って検査結果で呼ばれたところ、先生曰く、「普通の肺炎にしては、どうも変」なのだそうです。CTだと右だけではなく左にも変異があり、先生結核菌の影響を疑っています。これが結核菌のせいだとして、外に結核菌が出ている開放性の結核だったら、この市民病院では治療できません。岡山県は1ヵ所、早島にその専門病院(昔の結核療養所)があります。それで急遽痰の検査をすることになりましたが、素直には出てこないので、吸入を行ってその刺激で痰を出し(出す方は苦しいのですが)ことになりました。ところがこの吸入装置、滅多に使わないのかなかなか出てこず(要するに、見つからず)、出てきても操作がわからずに看護師さんが2人ががりで右往左往、やっとベテランの看護師さんが仕切って、無事吸入と痰出しが終わりました。

結核菌の痰検査は培養検査になるので一週間かかるそうですが、簡易検査で1時間で仮結果を出し、培養検査は後ほど、ということです。また1時間を○ブン-イレブンの今度はヨーグルトを買ってベンチで本を読んで過ごし、今度はやや早めに呼ばれました。痰の簡易検査はマイナス、これは「見つからない」だけで「いない」わけではありませんが。ただし結核菌の影響は捨てきれないので、薬を特殊な使い方をし、普通の肺炎を起こす菌またはウイルスには効いて、結核菌には効力のない薬を短期間使い、月曜日に再検査して確認することになりました。まあ昔小生が結核で入院していたときも、痰からは結核菌は検出されませんでしたから。その時は肺の下にたまった膿から、結核菌は検出されています。

5時過ぎていたので通常の会計ではなくERの会計で会計を済ませ、院外薬局で薬をもらい(変な使い方なので、説明が大変でしたが)、タクシーで帰りました。いやあ、長い一日でした。
小生はそのままベッドに倒れ込み、カミさんはコタツでしばらく暖を取ったあと夕食の支度、その夕食後から指定の薬を飲み始め、昨日の夜はカミさんによると咳はずいぶん少なくなり、今日は今のところ体温は36℃台を保っています。さて、今夜はどうなる?

2016/01/19

気管支炎

2016年1月19日

17日(日)に東京から帰ってきて、だんだん咳がひどくなり、翌日どうしようもなくなったので医者に行ってきました。実は岡山に来てからは眼科の検診でO大病院に行ったきりで、開業医はまだどこもかかったことがありません。家から近いところには内科が2軒あり、一つは内科と消化器内科、もう一つは内科、小児科、呼吸器内科だったので、こちらにしました。小児科併設のところは5時前とか家事に忙しい時間が空いているのですが、そんなことも言っていられないので、午前中から行きました。

旅行中に具合が悪くなって薬をもらっていること、その時には咳は出ていなかったので薬の中に咳止めが無いこと、を伝えます。やがて診察、この医院は若先生と大先生がやっているようですが、見てもらったのは大先生です。聴診器を当て、背中にも当て、指で肩甲骨の部分をとんとん。この胸の部分をとんとんとやる診察は、昔は呼吸器系の病気で医者に行くとほとんどの先生がやっていたのですが、最近はあまり見ないです。さすが大先生、久しぶりに見ました。その後ベッドに寝かされても一度聴診器、小生は心臓に雑音があるので、横になった方が血流音が小さく、ラッセル(肺炎の症状)がとらえやすいのかもしれません。

結果は、肺炎にはなっていませんでしたが、気管支炎を起こしていました。この奥から出てくるような咳は、気管支炎の咳だったんですね。薬はもらっている薬で使えるものは使い、止めるものと新しく追加になるものと、計4種類になりました。

この日は熱は37℃止まりだったのですが、今日38.5℃まで上がりました。東京でも「熱が高いときに飲みなさい」という薬を渡され、昨日も「熱が出たときの薬はもらっているか?」と聞かれたので、このくらいの熱は想定内だったのでしょう。もらっていた解熱剤が、役に立ちました。今は薬が効いているので、楽にこれを書いています。

今日の日中は、ほとんど寝ていました。頭が痛いと、音楽も聴く気になりません。明日はどうなるか、図書館の返却期限が23日なので、それまでに動けるようになれば良いです。

2016/01/16

心臓の検診は無事済んだが、、

2016年1月16日

昨日、心臓の定期検診に行ってきました。岡山から始発の新幹線に乗れば間に合うのですが、そのためには4時半起きになるので、カミさんの勧めもあり、前泊にしました。部屋は別れているとは言え、起きてごそごそ始めると、カミさんも目が覚めてしまうらしいのです。

3日くらい前からのどが痛く、やばいかなと思っていたのがどうも危なくなり、新横浜で降りるとそのまま逆方向の横浜線に乗り、昔のかかりつけの先生のところへ。ところがいつもの先生は学会出席とかで臨時休診中、仕方なしにもう1軒かかったことのある呼吸器内科へ。そこで「熱はないと思います」と言いながら渡された体温計で測ってみると、何と37℃!日頃が35℃台なので、かなりの熱です。先生に見てもらったら、「あ、のどがずいぶん赤くなっていますね」と言われ、風邪薬と抗生剤、さらに高熱(38℃以上)が出た時用の解熱剤をもらいました。小生は初めてのところは病歴を説明するのに手間がかかるので、一度かかったところの方が良いのです。

そして桜木町のホテルに移動し、その日は風呂も入らずに寝ました。翌朝起きて、ホテルから体温計を借りたところ一応36℃台には下がっていましたが、何となく熱が取り切れていない感じです。こういう時に無理するとろくな事がないので(昔無理して、肺炎で2週間入院したことがあります)、予定を一部キャンセルすることにしました。予定では、心臓の検診の後長岡に移動し一泊、午前中貨物列車の撮影をし、午後から昔の仲間と温泉に移動し一泊。翌日曜日の朝から東京に移動して、昔の別の仲間と宴会、という強行軍だったのです。とりあえず新潟方面行きは全部キャンセル、その間にどこか空いているホテルを2連続で取り、「部屋の掃除不要」扱いにしてこもることにしました。ビジネスホテルは日中は追い出されますが、連泊の掃除不要扱いだと、邪魔されずにこもれます。そして暖房と加湿器をフルに動かして、寝ていることにしました。

携帯電話とメールで連絡を取ってから、Hハートセンターに向かいます。受付で出てきた診察表には「S医師」と書いてありますが、診察室の名札を見たらS先生の名前はありません。どうやら、急な退職だったようです。管理部門と喧嘩でもしたかな。

心電図を取って待っていたら、予約時間より早く呼ばれました。S先生だと混んでいるのでいつも予約時間の30分後ですから、ずいぶん違います。診察の若いN先生が心電図を見て、「特に問題ないですね」と言ったところで「実は」と切り出します。会った早々に申し訳ないのですが、今日の目的は診察より、紹介状を書いてもらうことです。そうしたらS先生がカルテに「O大学病院へ紹介予定」と書いていました。紹介状は医長のY先生が書いてくださるそうで、その依頼の書類を書き、薬をもらって終わりました。

普通だとそのまま帰るのですが、新潟方面行きをキャンセルして日曜日の宴会は出られたら出るつもりなので、その間の宿探しです。病院のロビーで持ってきたタブレット端末を広げ、東○インの空いてそうなところに狙いを付け、横浜線沿線で取り、アーリーチェックインも依頼しました。そして途中でブッ○オフで文庫本を2冊仕入れ、ひたすら籠もりです。

途中出かけたのは昨日の夕食と今日の昼食、今日は風呂に入れそうです。

2016/01/12

急遽東京一往復

2016年1月12日

親戚に不幸があったため、急遽東京に一泊で一往復してきました。東京と言っても多摩川は渡っていませんので、都心ではないですが。

最上に一番近いのは町田の東○インだったのですが、ここは満員。以前ここは外国人客(中国人と韓国人)が多く泊まっていたのを見た記憶があります。そこで自動的に「空室あり」案内されたのが、淵野辺の東○イン。町田から二駅ですが、ちょっと外すと空いているようです。しかも日曜日割引(^^)v。新横浜で横浜線に乗り換え、久しぶりにロングシート車に乗りました。岡山界隈はJRは転換クロスか、下関の未改造車はセミクロス、バスも2+2か2+1のクロスシートなので、ロングシート車に乗ることはほとんどありません。岡電の路面電車はロングシートでした。

新幹線は珍しく海側のA席だったのですが、静岡の手前で、一瞬だけ富士山が見えることがわかりました。東京から下ると左側に見えるので、「左富士」というやつです。カメラを出そうとごそごそしていたらもぅ見えなくなったので、写真は撮れませんでした。

翌朝は横浜線を町田で小田急に乗り換え、斎場へ。初七日法要まで一気にやってしまったので、結構時間がかかりました。そして夕食は帰りの新幹線の中で。またA席でしたが、今度は真っ暗で、左富士は次までお預けです。

15年ほど前山形にいた頃は、5月6月は毎週のように結婚式でした。その頃はうんざりしていましたが、最近の礼服の出番は葬式ばかりで、その頃が華でしたね。

2016/01/10

最後の山陰トワイライト

2016年1月10日

昨日、またまた山陰トワイライトの撮影に行ってきました。JR西の発表によると、山陰トワイライトはこの日が最後(上りは、1月12日)なので、前回多少ピントが甘かったので、今回はリベンジです。Img_33691a


14時前に撮影ポイントに着いたところ、最終日なので先客がいるかと思ったら、誰もいません。ただ三脚が一つ、来ている人はいますね。14時頃DD51の回送が通るのですが、それを狙う人は少ないようです。2時間以上ありますが、椅子になるリュックを手に入れたので長期戦でも大丈夫、しかも今日は使い捨てカイロも持ってきたので、多少寒くなっても大丈夫です。Img_33771a


まずはDD51の回送、この時刻くらいまで、北西の方角に黒い煙が出ていました。青空の中に黒い煙は結構目立ちますが、煙の出方から言って、野焼きではなく火事のようです。今朝の新聞を見たら、トラックなど車4台が焼ける事故があったようです。けが人は出ていないそうで、何よりでした。Img_34541a


このあとのEF210-300の牽く貨物は、今日はEF200をぶら下げています。広島工場入場の回送でしょうか。EF200は日立が機関車製作から撤退したため、部品確保に苦労しているとか。廃車回送でなければ良いのですが。Img_34651a


3時くらいまで日が差していたのですが、太陽が雲の影に隠れてしまいました。西日が正面から当たった方がDD51の朱色は冴えるのですが、天気ばかりはどうしようもありません。それでも、うまくいきました。EOS8000Dのオートフォーカスポイントは19点ありますが、遠景で空を大きく入れて撮るときに自動選択にしておくと、時々雲にピントが合ってしまうことがあります。そのため前回の反省から、1点固定で、中心よりやや下に持ってきています。この設定でうまくいくようです。ちなみにこの写真のピントは、先頭のDD51の後のラジエータに合っています。Img_34701a


ここで10人近くいた同業者の半数以上が撤退、小生は伯備線のEF64貨物(西岡山発1609)まで撮るつもりですが、パノラマやくも(1/1000で切ったのに、方向幕が写っている!)と、湘南色で来た115系各停を撮ったものの、16時半を過ぎても来ません。そこで小生も撤退しましたが、駅まで歩いて行く途中のEF64と出くわしました。どうやら伯備線の山陰トワイライトが運転されるときは、30分近く遅れるダイヤのようです。まあ貨物は、次があります。

2016/01/08

カフェラテとカプチーノ

2016年1月8日

ファミレスは最近どこでもドリンクバー形式になっていますが、ミルク入りのコーヒーはカフェラテになっているところと、カプチーノになっているところと、別れているようです。先日たまたま両方ある店に入ったので、飲み比べてみました。コーヒーマシンと言うより、自動給茶機と言った方が良いような機械でしたが、カプチーノの方がコーヒーが濃い感じでした。

そこで調べてみたところ、カフェラテもカプチーノも、コーヒーはエスプレッソを使うところは同じです。これがレギュラーコーヒーだと、カフェオレになります。そして標準的な配合では、カフェラテがエスプレッソ2にミルク8、カプチーノはエスプレッソ3に普通のミルク3、それに泡立てたミルク4という具合になります。ともかく、カプチーノの方がコーヒーの配合量が多いのはわかりました。それと、カプチーノは泡立てたミルクが入っています。スタバではカフェラテでも泡立てたミルクを加えているようですが。

と書いたところで急遽連絡が入り、親戚の葬儀のために急遽上京することになりました。9日のトワイライトを撮って、その翌日に上京です。

2016/01/04

備中玉島福寄せ七福神

2016年1月4日

今までお正月には、恒例で七福神巡りをやっていました。メインは目黒の山手七福神で、それに隔年で新しいところを組み合わせていました。最後の数年はもっぱら目黒でしたが。16010402a


岡山に来て調べてみましたが、中国地方はないんですね。あるにはあるんですが、岡山から汽車(電車など、走っていない場所です)で30分それからバスで1時間といったところばかり。車がないと、とても回れそうもありません。その中で玉島の羽黒神社に七福神すべてが祭ってあるのがわかったので、そこに行くことにしました。玉島なら、新倉敷からバスですぐです。16010405a

新倉敷までは山陽本線なので、頻繁に電車が走っています。以前は1時間おきに快速「サンライナー」があったのですが、快速は朝夕だけになってしまいました。そこで降りて玉島までのバス時刻を見たら、両備バスが2時間に1本、こんなに少ないとは思いませんでした。隣の乗り場の井笠バスも玉島を経由しますが、これまた2時間に1本、幸い両備と井笠が交互に出ているので、1時間に1本になるようです。40分もあるので、歩くことにしました。16010406a


新倉敷から玉島までの道はわりとまっすぐで迷わないのですが、交通量の多い道路沿いの道なので、歩いて楽しい道ではありません。いい加減疲れたところにモ○バーガーがあったので、そこで休憩兼昼食、コーヒーチケットは店限定で使えませんでした。16010407a


そこから玉島の町中に入り羽黒神社を探しますが、参道の場所がわかりません。商店街の案内地図を見てもどうも場所がわからず、もう一度回ったらものすごく狭い路地を入った奥に参道の階段がありました。ただこの参道、どうも裏口のようで、小生が曲がった一つ手前の道のところに、本来の参道があったようです。16010419a


ともかく階段を登り、一応拝礼。最近神社はどこでも「二礼二拍一礼」と参拝の仕方が書いてありますが、略式の「二拍一礼」で通しています。その後境内を一周、どこかに七福神が祭っていないかと思ったら、本殿の裏手に石像がありました。正面から見て左後側に弁財天と布袋尊、右後側に福禄寿と寿老人、真後に恵比寿神、大黒天、毘沙門天、七福神のそろい踏みです。順番にお参りすれば、七福神巡り(巡りと言って良いかどうかは問題ですが)ができます。16010417a


御朱印の色紙が欲しいところですがさすがに置いてなく、代わりに七福神のお守りを見つけたので、買ってきました。

玉島には良寛様ゆかりの円通寺がありますが(新倉敷の駅前に、良寛様の像があります)、そこに行くは公共交通機関はなく、歩くなら羽黒神社から30分です。さすがに今日は歩く元気はなく、1時間に1本のバスに乗って帰りました。

2016/01/02

謹賀新年

2016年1月2日

皆様、明けましておめでとうございます。

ほぼ30年ぶりに東京以外でお正月を迎えました。これから30年はまず生きられないので、東京が最長記録になるでしょう。15121201a


さて今年は、1月中旬に心臓の検診で上京し、ついでに新潟まで足を伸ばし、2月は北海道行き(鉄の写真撮り)、2月の末か3月に熊本行きを考えています。そしてその間、1月下旬あたりに肝臓の紹介状を持ってO大病院へ。多分エコーを撮ることになると思うので、それから数回通うでしょう。心臓も紹介状を書いてもら会うことになるので、まだしばらくは引っ越しが終わっていないという感じですね。1年経たないと落ち着かないかな。

毎年代わり映えしませんが、今年も縁起物で富士山を。今年もよろしくお願いします。

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