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2015/07/10

「大人の休日」東北巡り(4)

2015年7月3日(土)(つづき)

仙台に着いて、今度は仙山線に乗り換える。快速で山形へ、「大人の休日」切符は、完全に元を取っている。なお仙山線の快速は1時間に1本だが、高速バスはほぼ15分おきに出ている。ただ所要時間はほぼ同じなので、小生は、仮に「大人の休日」切符を持っていなくても、まず使わないが。Img_09921a


仙山線の沿線は、ちょうど新緑がきれいな時期だ。半化粧も見える。仙山線は羽前千歳まででそこから山形までは奥羽本線を走るが、奥羽本線は新庄までは新幹線乗り入れのために標準軌化されており、仙山線からの乗り入れ用の線路と、単線並列になっている。羽前千歳では山形に向かって左側が狭軌だが、北山形では左沢線乗り入れのために右側に移動する必要があり、羽前千歳を出たところで標準軌と狭軌とが、X字型に平面交差している。日本では、ここだけだろう。Img_09951a


仙山線の快速に小生が乗ると、なんやかんやで遅れることが多かったが、今日は定刻に山形到着。迎えに来てくれた高校時代の同級生と一緒にまず昼食。その後霞城公園横での写真撮影につきあわせる。この霞城公園横のポイント、桜の季節は良い組み合わせの写真が撮れるはずだ。Img_10041a


その後、彼女の運転する車で黒滝まで案内してもらう。この黒滝というのは、地元の人しか知らない話になるが、最上川水運の難所だったところだ。江戸時代、現在の山形市は山形藩(最上氏)、米沢は米沢藩(上杉氏)で、藩が違っていた。しかもこの二藩、関ヶ原では東軍と西軍に別れ、敵味方であった。Img_10121a


当時の最上川の水運は山形までで、山形の物資は最上川経由北前船で京大阪へ運ばれたが、米沢の物資は陸路板谷峠を越え、福島から阿武隈川経由で海に出るしかなかった。ところが元禄時代に西村久左衛門の手によって黒滝と付近の岩盤地帯が開削され、高畠までの舟運が可能になった。この開削されたところを見に行くのである。Img_1015a


山形からは山越えのルートで黒滝に到着、現在は川の流れが少し変わっているそうで、はっきりとした黒滝の後はわからない。ただし一体は岩盤で、そこを舟の幅だけ開削した様子、今は水量が多いので全体が水の中だが、一段深くなっている様子がよくわかる。なおこのあたりは舟運と言っても陸から船を引いていたそうで、昭和10年くらいまではその舟運があったそうである。Img_1017a


帰りは最上川沿いの道経由で山形へ、そこで新幹線の指定席を取ろうと思ったが、軒並み満席、幸い臨時の「つばさ」192号だけが空いていて、席が取れた。運転のお礼にスタバのコーヒーをごちそうし、ビールと弁当を買って山形新幹線へ。久しぶりの仙台工場製の一番搾りだった。

(完)

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