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2014/12/30

皆様、良いお年を

2014年12月30日

カテーテルアブレーション後、ほぼ2ヶ月経ちました。現在の状況はと言うと、一言で言って順調です。心房細動はまず起こらなくなり、期外収縮もまれです。こういうことが起こらないように注意した生活をしているのですが、気がついたら歩く速度がずいぶん速くなっています。それでも何事も起こらないので、順調と言って良いでしょう。

あまり順調ではないのは目で、老眼が進んだのか、それとも白内障が進んだのかはわかりませんが、ピントの合う範囲が狭くなってきました。ピント調整機能がますますなくなってきたのか、焦点深度が浅くなってきたのか、それともその両方か、ということです。小生の場合、ピントの合わない状態で本を読んでいると、目が痛くなる前にめまいがしてくるので、始末が悪いです。階段禁止で出歩けないので読書の時間が増えていますが、これで本が読めなくなるのは、つらいところです。照影をできるだけ明るくするなどの対策が必要でしょう。

順調とは言えまだ制限は解除になりませんので、久しぶりに病人状態で年を越すことになります。階段が上れないので、地元の神社への来年の初詣は、取りやめです。

皆様、良いお年をお迎えください。

2014/12/26

和食と塩分

2014年12月26日

昨日、久しぶりに和食の店に行きました。会社に行っている間は、カミさんが夜出かけている時は(「夜遊び」と言っていますが、コンサートです)よく使っていた店なのですが、引退してからは自分で料理を作ることが多くなり、使わなくなりました。まして店の造りが1階に駐車場があって階段を上がらないと店に入れない構造のため、ますます足が遠のきます。そこに久しぶりに行ったのは、その店にしかない「牡蠣鍋」を食べたくなったからです。

カミさんがまだ岡山から帰ってきていないのでちょうど良く、夕食時に出かけました。階段は、ゆっくり上がります。カテアブから2ヶ月経ち、心臓は多少負荷をかけても平気なようですが、そこは安全第一です。

久しぶりに来たのでメニューがずいぶん変わっていますが、この季節限定の牡蠣鍋はありました。最近習慣になっている塩分量を見ます。鍋セットで6.9g、単品で5.6g。多分塩分は多いだろうと覚悟して「たまだからいいや。」と思って来たのですが、予想以上の塩分量でした。セットと単品の違いはご飯と漬け物なので、セットでも漬け物を食べなければ5.6gのはずです。後は鍋のだし汁、牡蠣鍋なので味噌仕立てですが、飲むとおいしいそれを飲まないようにして、極力塩分を押さえました。

煮立つのを待っている間に他のメニューも眺めましたが、和食は全般的に塩分が多いですね。6gを切っているものはほとんど無く、8g以上もざらです。ファミレスのお昼の日替わりランチでも、和食と洋食では2gから3gくらいは塩分量が違うので、このところ洋食です。和食を食べたいときが多いのに、困っています。

そう言えば家でも、醤油の消費量が激減しました。塩も、小生は自分では全く使っていませんので、かなり消費量が減っているでしょう。醤油は、賞味期限切れだらけです。

2014/12/24

岡山から帰ってきました

2014年12月24日

昨日岡山から帰ってきました。帰りも良い天気で、沿線の風景が楽しめました。

姫路城が修復が終わって覆いが取れましたが、姫路駅から正面に見えます。写真は姫路駅に停車したときに撮ったものですが、正面過ぎて、模型か書き割りのように見えます。14122307a


新発見は浜名湖で、湖西市あたりから、浜名湖の向こうに富士山がきれいに見えます。写真を撮ろうと思ったのですが、見えるポイントは一瞬で、撮り損ないました。なお富士山は浜松あたり、また掛川あたりからも見えますが、ずっと見えるわけではなく、富士川あたりまで見えなくなります。富士山の写真は、富士川鉄橋からのものです。14122308a


2014/12/20

手術後初めての遠出

2014年12月20日

昨日新幹線で移動し、岡山に来ています。カテーテルアブレーション後、初めての遠出になりました。

こういう時に問題になるのが、階段です。幸いJRの大きな駅は最近エスカレータやエレベータが完備しているので、そこは心配ありません。ただ在来線はエスカレータやエレベータが一ヵ所しかないところが多く、大きな駅の場合は北通路にはなく、あるのは南通路だけ、ということが良くあります。新横浜も岡山も連絡通路は一ヵ所だけなので、その心配はありませんでした。

岡山から在来線に乗り換えて、小さな駅へ。幸い第2拠点近くの駅はエスカレータはないもののエレベータがあるので、ここも大丈夫です。食事しようとファミレスに行ったら、このあたりのファミレスは近くに3軒あるのですが、全部1階が駐車場でレストランは2階です。そして階段だけです。ファミレスに多い造りですが、これが困りました。仕方なしに、ゆっくり階段を上がります。Dscn1112a


荷物を持って移動したこともあって、全体的に歩く速度をゆっくり目にしていたせいか、何事も起こりませんでした。当分は、ひたすらゆっくりです。

来る途中は快晴で、富士山がきれいに見えました。三島あたりからだと大沢崩れが正面に来るのであまりきれいではなく、富士市あたりからが良いですね。

2014/12/19

遙か凍土のカナン

2014年12月19日

昨年の終わり頃から「マージナルオペレーション」にこり始め、そのまま芝村裕吏氏の「遙か凍土のカナン」に移行しました。最初の1冊は店頭で見つけたのですが、以降は例によって店頭ではなかなか手に入らず、最近はAMAZONです。そう言えばマージナルオペレーションを本屋に注文したのに入手できずAMAZONに切り替えたのが、ちょうど1年前でした。

今回の遙か凍土のカナン、第3巻をAMAZONに注文したらしばらくして第4巻の予約案内が来て、予約して入手しました。もう本屋での入手はあきらめたのです。ところが、昨日所用で横浜に行き、時間があったのでダイヤモンド地下街をぶらぶらしていたら、有隣堂が移転していました。横浜駅から見て右の方にあったのが、中央やや左です。児童書とコミックが別になっておりそこも覗いたら、マージナルオペレーションが全巻と、遙か凍土のカナンが最新の第4巻まで、すべてそろっていました。しかも遙か凍土のカナンは平積みです。ただし全部コミックと同じシール済みで、中を確認するわけにはいきません。周りを見たら、ラノベ系は全部このコミックコーナーにあるようでした。

小生はネット販売があまり好きではなく、店頭に並ぶならそちらで買います。ただ有隣堂でも横浜のダイヤモンド地下街にしか並ばないとなると、横浜まで来る交通費がばかばかしくなります。AMAZONは送料無料なので、地元の本屋さんに並ばないものはまだAMAZONになりそうです。

追記です。小生のホームページの「3回目のインターフェロンその後」に、2010年と2011年を追加しました。

2014/12/17

ラデク・バボラーク/アレシュ・バールタ、ホルンとオルガンのコンサート

2014年12月17日

芸術劇場の、ラデク・バボラークとアレシュ・バールタの、ホルンとオルガンのコンサートに行ってきました。バボラーク氏のホルンは以前から聞きたいと思っていたものの、チケットは買っていても都合で行けなくなったり、スケジュールが合わなかったりで、延び延びになっていたものです。オルガンとの組み合わせという、珍しいコンサートになりました。また珍しく、カミさんと一緒です。

芸術劇場は、会社の帰りだと19時に着かないので、あまり行くことはありません。時間を気にしなくて良くなったので、晴れて平日夜に行けるようになりました。改装になってからは、初めてです。ただし現在の「階段禁止」の状態だと、どう行くかが問題です。芸術劇場近くの出口はエスカレータがなく、また地下道が接続していますが、最後に階段があるようで、「車いすの方はご連絡ください。」と書いてありました。そこで副都心線からC9のエレベータで上がり、そこから外を歩いて行くことにしました。

渋谷で副都心線に乗り換えて待っていると、「菊名で非常停止ボタンが押されたため、8分の遅れになっています。」というアナウンス。単に遅れただけではなくしばらく電車が来なかったようで、ホームはかなり混雑しています。東急5050系の各停を見送り、次に渋谷で抜かれる5050系が来て、その次のメトロ7000系の急行に乗り込みました。西武線直通が東武線直通に変更になるという変わった運用変更でしたが、メトロ車なら何でもありです。しかしやたら東武車が目立つ田園都市線と違い、東横線は東急車が多いです。

急行に乗れたため遅れの分は取り戻し、予定通りに池袋に到着、C9のエレベータで上がります。ここのエレベータは「お体の不自由な方専用」などと言う掲示はないため、カムフラージュの必要はありません。そこから芸術劇場までは100mちょっとですが、ひどい雨であちこち濡れました。

芸術劇場に到着、傘を置いて、エスカレータで上がります。改装前の空中を上がっていくようなエスカレータはなくなり、壁に張り付いたオーソドックスな形になりました。芸術劇場のコンサートホールが地上5階(オフィスビルだと、7階くらいの高さ)いう高いところになったのは、下を走る地下鉄の振動/騒音を避けるためだとか。確かに、有楽町線が真下ではないものの、すぐ前の道路の下を走っています。かつて東京文化会館には秋葉原貨物駅の入替の騒音を避けるための防音壁がありましたが、鉄道の音というのは、音楽ホールにとってはかなり神経を使う存在のようです。

席は3階、2階まではエスカレータがあり、そこから先は階段かと思ったら、エレベータがありました。ただ2階以上の席は客席自体が階段ですから、出入りは必ず上り下りが伴います。そこはまあ、ゆっくりと。

バボラーク氏はチェコの出身ですが、オルガン奏者のアレシュ・バールタ氏もチェコの出身、今日のジョイントはそういう縁のようです。どこに立って演奏するのかと思っていたら、オルガン奏者の横でした。そこで横向きに立ち、ホルンのベルを客席に向けての演奏でした。席を申し込むときに1階の前の方が空いていたのですが、3階にして良かったです。

最初はバッハのコラールなど。バボラーク氏のホルンは、最初の音を聞いただけで「うわー、良い音!」と思います。それからブラウンの「無伴奏ホルンのための前奏曲」(ホルンソロ)、リストの「バッハの名による前奏曲とフーガ」(オルガンソロ)があり、「バボラーク氏のホルンはオーケストラの中ではどうなるだろう。」と思っていたところに、ブルックナーの交響曲7番の第2楽章をオルガンとホルン用に編曲したものがありました。

バボラーク氏のホルンは当然ひっくり返ったり外したりすることもなく良い音で、ホルンは簡単な楽器のように思えてしまいます。しかし先日日本音楽コンクールのホルン部門の決勝を聞きましたが、皆さんひっくり返ったり外したり。これでもファイナリストかと思いました。それだけホルンは難しい楽器なのでしょう。そうやってみると、かつてN響にいた松崎氏や日高氏など、いかに名手だったかがわかります。

後半は、ボク、ヤナーチェク、サン・サーンスの小品から。サン・サーンスの「ホルンとオルガンのためのアンダンテ」は、サン・サーンスはこんな曲も書いていたんだ、と思うような曲でしたが、しばらく忘れ去られていたものが、1980年になって再発見されたものとか。最後はクリスマスキャロル週で華やかに終わりました。良い演奏会でした。

帰りは、下り階段ばかりになるので山手線で帰りましたが、代々木を出たところで非常停車、何でも新宿駅で線路に人が降りたとかで、その場所と原宿でしばらく足止めを食いました。おかげでなんやかんやで寝たのは12時半、昔は当たり前(早い方?)でしたが、最近は12時前には寝るようにしているため、久しぶりの夜更かしになりました。

2014/12/15

左目は終了、右目はもう少し

2014年12月15日

角膜周辺部潰瘍で目薬を付け始めて一週間経ち、目薬が切れかけてきたので、眼科に行きました。感覚的には、左目はもう良さそうですが、右目がもう少しという感じです。診察結果は思った通りで、左目はもう目薬を付けなくて良く、右目はもう一週間というところでした。新しい目薬の処方箋(クラビットとフルメトロン、1本ずつ)をもらいましたが、両目だとほぼ一週間なので、この目薬を半分ほど使ったあたりで、終わりでしょう。

左目を気にしているせいか、視野にレンズの埃のような黒い点々が出るのが気になります。目を動かして止めると慣性で少し動きますから、この黒い点は網膜ではなく、硝子体か角膜でしょう。聞いてみたら硝子体で、要は「歳のせい」とのことです。だんだんあちこちが老化してきます。

2014/12/12

電子レンジが壊れた

2014年12月12日

小生は今あまり外出しませんが、お昼は外で食べています。外食するとどうしても塩分は多くなるのですが、家に閉じこもってばかりいてもストレスがたまるし、適度な運動も必要なので、駅まで歩いて行って、駅前で適当な(と言っても、そんなに数多くはありませんが)店に入ってお昼にしています。

今日もそうやってド○ールコーヒーで昼食を採り、帰ってきたらカミさんが「大変なことが起こった!」といきなり言ってきました。何事かと思ったら電子レンジが壊れたとのこと、それもドアのレバーが壊れて外れています。今の型は自動ラッチで、ドアの取っ手を引っ張ると自動的にラッチが外れますが、家の電子レンジは古い型で、レバーでラッチを外す構造です。そして数日前から、レバーの動きが固いとは思っていたものです。そして50Hz専用のために、引っ越しが決まったら粗大ゴミに出そうと思っていたものですが、壊れたとなると早速今日が困ります。

聞けばご飯がレンジの中に取り残されているとのこと、まずその取り出しから始めます。今の型はドアを引っ張れば開きますが、家の物はラッチを外さない限り開きません。ドアのラッチはレバーで中の棒を下げて外す構造になっており、そこさえ動かせばドアは開きます。そこでいろいろ工具を調べて、古い学童机の調節用の工具がちょうど良く、それで連結棒を引っかけて下げたら、見事に開きました。

そこで今度はもう一度ヨ○バシカメラまで出かけ、できるだけシンプルな操作ができるシャープ製を買ってきました。高級品は自動化が進んでいますが、どうも使い勝手がわかりません。その点、タイマーで「何分何秒」と指定できる物の方が、気楽です。仙台で買ったときには、この「何分何秒(実際は、何十秒)」指定可能な物は姿を消していたのですが、また出てきたようです。それを持ち帰りで(つまり抱えて)、最後はタクシーで帰ってきました。

古い電子レンジは、2005年製でした。まだパナソニックではなく、ナショナルの時代です。確か買ったのは桐沢型ぶどう膜炎が燃えさかっている頃で、やはり重い物を抱えて帰ってきて、その後筋肉を使うのは目に良くないと言われた記憶があります。今回は、やはりぶら下げて歩くと、それなりに脈は速くなります。しかしエレベータやエスカレータを使って気をつけて帰ってきたので、それ以上は起こりませんでした。

帰ってからよく見たら、周波数は両用型ではなく、部品交換の切り替え型でした。そのため引っ越しと部品交換でまた担いでいくことを考え、箱はそのまま梱包材と一緒に取っておきます。

2014/12/11

ホームページに「3回目のインターフェロンその後」を追加しました

2014年12月11日

ホームページの原稿を整理していたら、書きかけになっている「3回目のインターフェロン、その後」の項目を見つけました。眺めていたら、著効になって1年以上経ってからベテランの患者さんに、「1年くらいマイナスが続いたって、そう簡単には消えてくれないわよお。」と言われた記事がありました。1年以上マイナスが続いてもそう簡単には消えてくれないのなら、消えるまでの記録をちゃんと残さないと、と思い立ち、「その後」の総集編をまとめました。ついでに、現行は「3回目のインターフェロン」の項目に追加する予定になっていたのですが、それから7年近く経っていますので、新しい項目を立てました。小生のホームページに「3回目のインターフェロンその後」として2009年分まで追加してあります。どうぞご笑覧ください。

年代別に振り返ると、2007年の暮れに薬害肝炎救済法(正式の名称は、もっと長いです)ができ、そのあおりがいろいろあった頃です。2009年6月末で会社は定年を迎えたものの、そのままスライドしてフルタイムで働いています。T病院の先生も部長先生から若い先生に代わり、Y先生は二人目ですね。

この先になると、東日本大震災になります。また小生はこの頃旅行に行きまくっていますので、旅行記の方も整理しなければいけません。まあ、時間はたっぷりあります。

2014/12/10

行動制限、半分経過

2014年12月10日

カテーテルアブレーションを終えて退院したのが10月25日、今日でほぼ1ヶ月半です。禁酒禁煙禁階段等の制限は3ヶ月(手術日からか、退院日からかは不明)と言われていましたので、制限期間の半分が過ぎたことになります。

その間にどう変わったかというと、やはり最初の一ヶ月間は、不調の日が多かったですね。眠りが浅く夜中に何度も目が覚めたり、胸が痛くなったり、期外収縮が起きたり。心房細動も、2回ほど起きました。なお心房細動は急ぎ足で歩くと起こる事がわかったので、それからは意識的にゆっくり歩くようにしています。

夜中に目が覚めなくなったのは、12月になってからですね。期外収縮も、あまり気にならなくなりました。たまに起こっているみたいですが。

少し心臓に負荷をかけてみようという気も起きますが、今はワーファリンを中断して心房細動に対して無防備なので、しばらくは止めておきます。

小生は行動制限下のペースをつかんできましたが、結果的に小生が家にいる時間が長く、と言うよりほとんど家の中にいるので、カミさんはストレスがたまってきているようです。家の構造のせいもあるので、カミさんにはもうちょっと我慢してもらって、しばらくしたら家探しを始めます。

2014/12/09

今度は右目

2014年12月9日

今朝起きて鏡を見たら、右目の白目、目尻に近い方の上に、出血があります。鮮やかな赤ですから、出血して間がないのでしょう。どうしようかと思っていましたが、何となく違和感もあるので、やっぱり眼科に行きました。昨日に引き続き、連日です。

今日は火曜日ですが、昨日より混んでいます。大抵は月曜の方が混むのですが(^_^;。さて診察の結果は、縫った跡の糸のところが、炎症を起こしているとのこと。この縫った跡は、定期的に炎症を起こします。糸を取ってしまうための処置はどうしても「手術」レベルになってしまうため、定期的に炎症を起こしながら、放ってあります。昨日左目用にもらった目薬(クラビットとフルメトロン)を右目にも付けろとのこと、これも一週間から十日とのことでした。目薬を両目に付けると十日ほどでなくなりますから、ぎりぎりですね。その時はまたもらいに来ましょう。

眼科に来たついでに、期日前投票を済ませてきました。正規の投票所は山の上の小学校で、行く途中に階段はないものの、車だとギヤを落としてあえぎながら登るような坂があります。それに比べると期日前の投票所は駅の近くで、途中の階段はエレベータ完備です。また小生は車は使いませんが、正規の投票所は駐車場がないのに対し、期日前の投票所は駐車場もあるし、近くに駐車場完備のスーパーもあります。そのせいか、普段の投票と同じくらいの人が来ていました。昔の不在者投票の頃と比べると、大変化です。

2014/12/08

持病になった角膜周辺部潰瘍

2014年12月8日

先週年賀状の住所書きをやりましたが、その後、疲れ目がひどいような状態になっていました。なお小生は、年賀状の住所と自分の名前は、手書きで書くようにしています。その後昨日は目が「しぱしぱ」した状態、花粉症のひどいときの症状のようですが、花粉症にしては季節外れです。そこで週明けの今日、眼科に行ってきました。

結果は角膜周辺部潰瘍の再発でした。完全に持病になったようで、定期的に再発を繰り返すようです。まあこれは早期に対応しておけば、眼科処方の目薬を付けて一週間(小生の場合は、もう少し長くて二週間)で治るので、そんなにやっかいな持病ではありません。こじらせると大変ですが。

原因はストレスとも言われていますが、聞いてみました。はっきり言って、原因は不明だそうです。ただ学者によっては、胃潰瘍に対するピロリ菌のように、まだ発見されていない細菌のせいだと主張する方もいるそうで、細菌が原因なのかもしれません。

目薬をもらいに薬局に行ったら、久しぶりにナオコ先生がいました。ワーファリンをT病院で処方してもらっていた頃は3ヶ月おきに通っていたのですが、Hハートセンターは院内薬局のため、すっかりご無沙汰になっていました。「心臓の薬は、ちゃんと飲んでいますか?」と聞かれたので、病院を変えたこと、カテーテルアブレーションをやったこと、今現在はワーファリンが中止になっていることを報告しておきました。ワーファリンが復活しても院内薬局だから、この薬局には来ないですね。

2014/12/07

後輩のお通夜

2014年12月7日

昨日は西武新宿線の田無まで、お通夜に出かけてきました。天気予報は晴だったのですが何となく雲行きが怪しいし、焼香の時に邪魔になるので、杖は置いていきました。

さて、田園都市線から西武新宿線の田無まで階段を使わずに行く場合、一番問題になるのが渋谷の乗り換えです。田園都市線の渋谷駅は改札階まではエスカレータがありますが、その上のハチ公口はエスカレータがありません。またJRの渋谷駅もエスカレータがあるのは南改札と中央改札で、ハチ公口の北改札にはありません。そこで調べたところ、渋谷駅の9番出口は仮設ですが、一応エスカレータがあることがわかりました。そこで改札階までエスカレータで上がり、9番出口へ。東急百貨店(旧東館=工事中)の基礎部分を大回りする形になるので、ずいぶん歩きます。田園都市線から一旦副都心線側に行ってから改札を出た方が、歩く距離は少なそうです。エスカレータで上がったら、工事中の東急百貨店を挟んでハチ公の反対側でした。

そこから南口へ、渋谷はいつ来ても工事中です。特にこのあたりは、東横線の跡に湘南新宿ラインのホームを持ってくるので、JRを含んだ大工事になっています。上を見たら、メトロの銀座線はまだ覆われていませんでした。早くこの光景も撮っておかねば。

渋谷から山手線で高田馬場へ。高田馬場は南乗換階段にはエスカレータはなく、早稲田口へ行くしかありません。早稲田口にも、乗換専用通路ができていました。

西武新宿線は、中井あたりまでは年に数回乗っていますが、その先に乗ったのは学生時代にまで遡るかもしれません。西武線は20m3ドアという独特の配置だったのですが、さすがに今は4ドアだらけ、日立製のアルミ車が幅をきかせてきました。来た急行は、懐かしい2000系でした。田無はさすがに大きな駅で、エスカレータ等も完備です。また最近は各駅とも、トイレの入り口に段がなくなったのが助かります。

亡くなったのは、小生の3つ下の後輩です。4年の時に1年で、北九州の電機会社に入ってきました。今年3月まで関連会社の社長を務めていたはずで、腎臓ガンだそうですが、あっという間だったんですね。
皆様、健康には注意しましょう(お前が言うか、と言われそうですが(^_^;)。

2014/12/04

換気扇の掃除

2014年12月4日

第2拠点の仙台から岡山への移動やら、小生の体調不良などいろいろあったため延び延びにしていた換気扇の掃除を、昨日やっと行いました。行ったと行ってもメインはカミさんで、小生は高いところにあるフィルターを取り外してばらし、洗剤をぶっかけただけですが(^_^;。

ただいつもは換気扇と一緒に、レンジの回りなども同じ洗剤で掃除します。これは小生の担当で、少し力を入れてごしごしこすらないと汚れが落ちないのですが、ごしごしやっていたら心臓が怪しくなったので、中断しました。幸い早めに中断したので、その後心房細動までには至りませんでした。

どうも小生の心臓は、力を入れて繰り返し動かすような動きをすると、心房細動に繋がるようですね。お風呂の水を洗面器で汲み出すようなことをやると、てきめんです。今しばらくはこういう動きはやらないようにして、3ヶ月経ってもしOKが出たら、やってみます。これで起きなかったら、確実に治ったことになります。

2014/12/01

自撮り棒

2014年12月1日

昨日ヨ○バシカメラでプリンタインクを買うのと一緒に、「自撮り棒」なるものを買ってきました。最近韓国で人気で、場所によっては禁止されているという代物です。高級品から普及品までありましたが、ものは試しなので、一番安いものを買ってきました。2K以下です。

構造は至ってシンプル、三脚ののような伸縮可能な棒の先に、カメラの雲台が付いたものです。小型の一脚と言って良いかもしれません。最近の写真の主力が変わってきたこともあって、i-Phone用のアダプタが付いていました。その代わり構造は華奢なので、一眼デジカメはまず無理でしょう。

試しに使ってみました。場所が自室なので、写真を公開するには、写っているものがひどすぎました。それなので感想だけ言うと、結構使えます。ただしコンデジだとシャッターのリモコンなどは使えないので、セルフタイマーになります。そのため所定の位置ではなく手元でシャッターボタンを押さなければならないため、オートフォーカスが狂うのではないかと思ったのですが、きちんとピントは合っていました。カメラはニコンのS8200です。なお棒はまっすぐではなく、下から上向きに持った方が写真の手の位置が自然になります。

小生は旅行に行っても、自分の写真というものはほとんどありません。そろそろ自分の写真を撮っておかないと、葬式の写真を探すのに、誰かが苦労するかもしれません。

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