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2014/10/31

内出血で臨時通院

2014年10月31日

入院記を中断して、臨時通院の話を。
27日に整形外科に行き、足の痛みの対策は取ったのですが、右太ももの裏側に、黒い出血跡、と言うより内出血があるのが気になっていました。穿刺した場所からはかなり離れており、また痛いのはももの表で出血は裏側、そして痛くも何ともありません。ただ幅10cm高さ20cmと広範囲です。28日(火)にはその出血が濃くなっているような気がして、Hハートセンターに電話してみました。すると「一度先生に見てもらえ。」という指示です。でその先生には「外来の予約を取ってください。受付時間は、14時から17時です。」と言うことでS先生が外来担当の金曜日(すなわち、今日)の予約を取り、今日臨時診察に行ってきました。

いきなりの診察申込だから検査は無いだろうと思っていましたが、直前に思い直し、予約時間の1時間前に着くように出かけました。検査にはPT-INRがあるので、もし検査があると、結果が出るまで1時間近くかかるのです。そうしたら案の定、血液検査と心電図がセットで出ていました。S先生の診察は、自動的のこの2つがセットになっているのかもしれません。

いつものように予約時間から遅れること1時間以上、診察に呼ばれました。「南海さん、退院から時間が経っていませんね。心電図は異常はないようなのに、どうしたんですか?」と先生怪訝な顔。「実はももの裏側に、出血のあとか内出血がぶわーっと広がってまして。」小生も、理系にあるまじき表現ですが、この「ぶわーっ」で先生すべてを察したのか、「ワーファリン、止めましょう。」と即決でした。この日もPT-INRは1.96と良い値だったのですが、人によってはPT-INRにかかわらず内出血しやすい場合があるそうです。このままワーファリンを続けると、脳内出血等危険な場合もあり得るので、先生「早く来てもらって、良かったです。」と大事に至る前に対策が取れました。小生はヘパリンナトリウムの点滴が原因ではないかと思っていますが、仮にそれが原因としても、今の時点での有効な対策は、ワーファリンを中断することでしょう。けがの功名として、今度花粉症が起こったときに、蓄膿症の治療がしっかりできるようになりました。
なお痛み止めのロキソニンは、3食後毎回飲むような飲み方はしないように、と言われました。ロキソニンは胃を悪くし、中には胃に穴が空いた人もいるそうです。

しかし整形外科と言い今回のS先生と言い、誰もその内出血のあとを見ません。まあ見なくても想像つくんでしょうけど。

ついでと行っては何ですが、心臓の拍動(心電図)は安定しています。先生「しつこい心房細動だったんですが、1回のアブレーションで、消えましたねえ。」この言い方からすると、先生は成否は五分五分か、少し分が悪いと見ていたようです。まあ今の時点では判断できず、判断は3ヶ月後です。著効を待っているIFN終了後と似ていますね。

なお今日の検査が良好だったので、11月15日の診察がキャンセルになり、次の診察はいきなり3ヶ月後の来年1月30日になりました。その間のシベノールとベプリコールは追加でもらいましたが、手元にはT病院の分も含めて、ワーファリンがバーゲンセールができるくらい残りまいた。しばらくはそのまま取っておきますが、そのうち処分になるでしょう。

2014/10/30

カテーテルアブレーション入院記(3)

2014年10月22日(水)

天気、雨。
今日から、朝食が出る。ただしまだ起きられないので、ベッドを起こす。パラマウントの電動ベッド、入院9回目にして初めて電動ベッドに当たった。食事は全がゆの「潰瘍食」。「軽い食器」という指示がある。不自由な体勢に対する配慮だろう。体温は37.1℃、あれだけ焼いた翌日だから、熱も出るだろう。

動けなくて暇な時間、今まではディスクマンでCDを聞いていたが、今回からアンドロイド・ウォークマンに代えた。CDがなくなった分荷物は少なくなったが、パスワード入力や曲選択の時に、眼鏡が必要になった。ベッドと柵の間に隙間があるので、そこが眼鏡置きになった。

10:00の予定が遅れて10:20、ももの圧迫止血を外してガーゼ付きテープに代える。このももの止血用の粘着テープは強力で、そのままでははがれず、リムーバを付けながらのはがし作業になる。それでも、痛い。太ももに毛が残っていたら、脱毛になっていたところだ。昔こういう形の脱毛処理があったが、この痛いのを、良くやったものだ。剃毛の時、ももの毛も剃っておくようにと言われた意味がわかった。はがし終わったら左にミミズ腫れができており、ミミズ腫れ保護シートというのを貼られた。このシートはしばらく貼りっぱなしで、自然にはがれなかったら一週間後(29日)にはがせとのこと。血が止まっておらず止血を貼り直した首もOKで、導尿カテーテルも抜く。晴れて安静解除である。看護師さんの監視の中立ち上がり、歩いてみる。問題なく、本当の安静解除になった。ただし今日いっぱいは、動ける範囲はフロア内限定である。

今までの点滴(電解液)が終了し、ヘパリンナトリウムに変更になる。新しい抗凝固薬の人は必要ないが、ワーファリンを飲んでいる人はこの点滴があるようだ。これは4ml/h(100ccを25時間)というゆっくりしたピッチで安定して点滴しなければならないため、電動ポンプが付く。このポンプ、バッテリーで30分駆動できるが通常は100V電源で、違う形での紐付きになった。

点滴の交換時に、ディスポのタオル(暖かい!)で身体を拭き、パジャマも取り替える。汗ばんではいなかったが、気分が違う。胸に心電図の端子が貼りっぱなしなのがうっとうしいが、これは仕方がない。右胸の部分が赤くなっており、かゆいので看護師さんに言ったら、かゆみ止めが出てきた。あとでよく見たら、ステロイド入りの強力な物だ。使いすぎないように気をつけよう。

導尿カテーテルが抜けたので、看護師さんがシーツの下の防水シートを外す。ここの防水シートは「おねしょマット」風でシーツの下に敷き、寝心地が良い。外さないよう頼む人もいるそうだ。T病院の防水シートはキャンバス地でシーツの上に敷き、寝心地が悪かった。

トイレ(大)から戻ったら、心電図に呼ばれた。起きたばかりなので、車いすで行く。検査室は外来と共通で、2階だ。まだ術衣のままなので注目を浴びるが、待ち時間無しで中へ直行する。検査の時も、確認のため名前と生年月日を聞かれる。こういう時に、「福山雅治」とか「田村正和」とか言う人がいないか聞いてみたら、たまにいるとのこと。病室で点滴交換の時に聞いてみたら、「聞いたことないです。」という返事。入院している人は、真面目だ。と言う小生も、一度やってみたいと思いながら、やらなかった。拍動が安定しているせいか、検査が速い。

夕方トイレに行ったら、血尿ではないが、最後に血がたれた。導尿カテーテルでどこか傷つけたのだろう。このままだとパンツが血だらけになりそうだったので、看護師さんに連絡し、ガーゼだけもらう。

向かいのベッドは小生の一日後、火曜日の入室だったが、小生の一日遅れで22日(水)にカテーテルアブレーションをやる方だった。年齢は、小生より2つ下である。2番目の手術で夕方戻ってこられたが、吐いたりでかなり苦しそうである。あとで聞いたところによると、鎮静剤(軽麻酔)が合わず、もう術中から苦しかったそうだ。「もう、こりごり。」とおっしゃっていたから、小生はかなり楽な方だったようだ。

ここは朝食はパンかご飯か選択可能で、24日から27日(月)までの希望調査が来た。24日だけご飯(この時は、まだかゆ)、25日以降パンの希望を出す。そのため、4人部屋でも携帯メール可なので、携帯からブログに投稿し、メールも出すが、27日(月)退院予定と書いた。

夕方には体温は36.6℃まで下がっていた。こうやってみると、やはりカテーテル手術は回復が早い。

2014/10/29

カテーテルアブレーション入院記(2)

2014年10月21日(火)

天気 晴。
6時起床、6時半に点滴開始。点滴は、留置針である。上着だけ術衣に着替えるが、点滴を先に付けてしまったため、一旦コネクタ部で外す。最近の点滴は、便利だ。7:45頃S先生を筆頭に、カテアブチームが顔見せ。教授回診は教授を先頭にした行列(大名行列)だが、S先生を中心に周りをぐるりと囲むように並び、テレビドラマのようだ。女医さんがいない。7:55頃パンツを例のTフロントショーツ(笑)に履き替える。術衣にズボンはない。そして歩いてカテ室へ。立ち会いのはずの二男がまだ来ないので、看護師さんが心配している。カテアブが始まって最初は検査なので問題ないが、治療に入るときに来ていないと、「待ち」になってロスタイムが出るそうだ。実はこの時二男は病院内で、ナースセンターの場所がわからずうろうろしていた。迷子である。治療前には、無事着いた。

ベッドに上がるときに、背中に電極を6枚くらい貼られる。これが通電時の対極か?導尿カテーテル挿入前に麻酔薬を入れるが、これが気持ちが悪い。しかしそのおかげで、カテーテル挿入時は一番狭いところ(前立腺か?)でちょっと痛かったが、激痛ではなかった。鼻から食道温度計を入れる。細いので、のどのところで「はい。ゴックン。」と言われてすんなり通る。口は酸素マスクである。この酸素は結構強力なようで、部屋に帰ってからだが「サチュレーション100%なんて、初めて見た!」という声が聞こえた。ベッドに横になり、静脈から鎮静剤(軽麻酔)が入れられる。小生はそこで寝てしまい、目が覚めたときは「検査終了、これからアブレーション。」という声がした。

左もも、右ももと次々にカテーテルが入れられるが、入って来るのがわかる。また麻酔が追加になり、寝てしまう。やっている方(先生)から見れば、寝てくれた方が楽かもしれない。目が覚めると、口の中が苦い。痰が出てきたようだ。看護師さんに痰と、口の周りを拭いてもらう。麻酔が切れると、通電時間を読み上げる声が聞こえる。「120Ω」という声も聞こえるので、通電時間だけではなく、抵抗値も見ているようだ。焼くと抵抗値は上がるはず。ただし麻酔が切れていると、かなり痛い。何が原因か食道温度計が差し替えになり、「はい、ゴックン。」をもう1回やる。麻酔が追加になり、また寝る。さらにもう1回起きて麻酔が追加になった。気がついた(というより、無理に起こされた)のは部屋に戻ってからで、帰室は12:30だったそうだ。カミさんと二男に声を掛けられるが、ほとんど意識朦朧、向こうも居てもしようがないというので、帰宅する。小生は、15:00くらいまで寝ていた。

小生が寝ている間にカミさんと二男は、先生から説明を受けていた。先生開口一番「いやー、あんな大きい心臓、初めて見た。」とのこと。あとで聞いたたところ、小生の心臓は180cc(一合!)あったそうだ。普通の人は90~100ccだから、倍である。それを焼いたポイントが99カ所、これを3D画像を見せながら説明してくれたそうだ。先生、「大仕事終わった」という雰囲気で、かなりハイになっていたそうだが。昨日入ったばかりの4000万もする新型機で、焼いたポイントごとに通電時間や抵抗の変化、ジュール熱が表示されるというものである。二男に言わせると、「焼きそこないが一目でわかる。」手術中に食道が移動するというハプニングがあり、二男は「古い機械だったら、そこで中止だったな。」と言っていた。食道温度計を差し替えたあたりかもしれない。今回は中止にはならなかったが、そのあおりで若干通電不足(焼き不足)が出たようだ。昨日(月曜日)新型機が入り、小生が火曜日の1番の手術だから、小生が第1号か?元居た会社だと、「初回ロット」と言って、詳細検査の対象になる(笑)。

目が覚めた時は飲水可能になっており(終了後2時間で飲水可能)、口の中に出てきた痰を拭いてもらったあと、水を少し飲ませてもらう。この時、酸素マスクを鼻からだけのものに代える。ストロー付きのコップで、二口ほど、うまい。前日看護師さんから、「水を自動販売機で買って、冷蔵庫に入れて置いた方が良い。」と言われてその通りにしておいたのが、正解だった。水を買っておかないと、水道水をくれるそうだ。痰はすんなり出てきたが、全身麻酔だと、術後痰を出すのに苦労するらしい。16:30に砂嚢が外れる。ずいぶん楽になる。寝返りはダメだが少し横を向いて良いとのことで、背中に枕を入れてもらい、45度くらい右を向いたり、また代えてもらって左を向いたりする。食事はないが、夕食時に薬(シベノール、ベプリコール、ワーファリン)だけ出る。横になったまま飲む、と言うより、飲ませてもらう。

21:30に、寝返り可能になる。ただし鼻(酸素)、左手(点滴)、股間(尿管)と3本管が繋がっているから、自由はきかない。首の止血を一旦外すが血が止まっておらず、また貼り替える。

手術日は、こうやって過ぎた。

2014/10/28

カテーテルアブレーション入院記(1)

2014年10月20日(月)

天気,
晴のち曇。
今日から入院である。先生からは、一週間と言われているが、来週月曜日までの一週間か、今週末までの一週間かは、不明である。カミさんと一緒にJRの駅に着くが、病院の送迎マイクロバスの空席は一つしかなく、乗れない。バスでは時間に遅れそうなので、タクシーを使う。明日の手術立ち会いは二男が先発で、朝早い時にはタクシーを使えと言ってある。これでタクシー代がわかる。

病院到着、事務方の入院手続きをする。5階に行けと言われて5階へ。ナースセンターに声をかけたら病室まで案内され、寝間着に着替えろと言われる。案内と言っても部屋はナースセンターの正面である。この病院はこぢんまりとしており、5階に病室は9室、ナースセンターは2つあるが、建物の増設のせいのようだ。個室はどうやら別フロアらしい。ベッドは窓側、窓が大きく、天井から床までの1枚ガラスである。うまくすると富士山が見えるのだそうだが、今日は見えない。床頭台ではなく片側がデスクになっており、ベッドとの間隔が広い。ベッドを移動させずにストレッチャーが入るようだ。ただしテレビまでの距離が遠く、持参のイヤホンでは届かない。後で院内売店に行ったら、3.5mのイヤホンが置いてあった。電動ベッドなのでベッド下に物は置けないが、ロッカーが大きいので困らない。デスクの下には、冷蔵庫もある。

寝間着は病院からの貸与品、上はひもの2カ所止めで、普通のパジャマと術衣との中間のようだ。着替えて待っていたら、ナースセンターから、「11時入室予定の南海凡吉さん、まだ姿が見えないのよ。」との声が聞こえる。病室はナースセンターの正面なので、カーテンから顔を出して、手を振る。最初に案内してくれた人は担当外で、引き継ぎがうまくいかなかったようだ。そこで看護方法と今日のスケジュールの説明がある。これから先生から特に家族に対しカテーテルアブレーションの説明があるが、12時すぎそうだ。

先生より、昼食が先に来る。具の少ないちゃんぽんと言った感じの麺で、「塩分6g」と書いてあるが、しっかり味が付いている。さすがプロ。12時半頃先生の説明がある。場所は病室内ではなく、同じフロアにあるサロン風のところ。部長のS先生ではなく、H先生だ。アブレーションはホットバルーンではなく、3Dマッピングで行うとのこと、保険が効く。カテーテルは両もも(3本と4本)と首筋(1本)、鎮静剤(軽麻酔)を使うそうだ。小生はこの軽麻酔に良く反応し、ほとんど熟睡するから、楽だ。鼻から食道温度計を入れるとのこと。鼻から入れる大きさなら、のども楽だろう。左心房の真裏が食道と聞くと意外な気がするが、胃は自分から見て左上から右下L型になっているので、食道もその分左に曲がって接続しているのだ。導尿カテーテルについて聞くと、「痛くないように頑張ります。」とのこと。やっぱり痛そうだ。この時点では、明日の順番は未定とのこと。小生は一番(8時)だと思っているが、夕方にわかる。

先生の説明が終了したところでカミさんは帰宅し、小生は病室で採血があり、担当看護師さんから入院治療計画の説明を受ける。まず明日の術衣と下着、靴下をもらう。靴下はいわゆる締め付け型で、術後身動きが取れない時の血栓予防である。カテーテルアブレーションは心房細動による血栓の発生を抑える目的があるが、そのための手術が血栓を発生させやすいとは、何とも矛盾である。下着は男女兼用とのことだが、T字帯ではなく、Tフロントのひもパン。緑地に黒のドット柄で、横ひも(ゴム)にレースの模様が付いているので、まさにセクシーショーツである(笑)。

入院中の制限事項は、食事は1800kcal塩分6gの管理状態に置かれるので、食品の持ち込みは禁止、当然買い食いも禁止である。自動販売機で買って良いのは水と緑茶で、コーヒー紅茶は禁止である。退院後も3ヶ月間は心臓が言わば「やけど」で過敏状態にあるので、コーヒー紅茶はどちらか1杯まで(カフェイン制限)、禁酒禁煙、禁階段、禁長湯。心臓に負担がかかることは、一切禁止である。となると、禁絶叫マシンとか、禁サスペンスドラマというのも、本当はあるんだろう(笑)。

シャワーと剃毛の指示が出る。剃毛はバリカン式の電気カミソリ(刃は使い捨て)を貸してくれ、自分でやれとのこと。ただしやったあとの検査はある。剃毛は中央部を指3本分残し、両側を全部剃る。ハイレグ水着を着る女性の毛の処理は、このくらいか。結構大変で、すべすべにしようと思うと、2枚刃の安全カミソリかシェーバーが必要だろう。女性は大変だ。今日はそこまでの必要は無さそうだ。

シャワー後に剃毛結果を確認してもらってOK。心電図のパッチを貼る。この心電図パッチ、入院中はずっと貼りっぱなしである。腰に小さな箱をぶら下げ、心電図の線はここに入る。電池BOXかと思った、無線送信用のテレメータだった。これでナースセンターにリアルタイムで心電図が出るらしい。最近は医療の現場も、進んでいる。

夕方、手術の順番は一番との連絡がある。やはりそうだった。ロビーから携帯で家に連絡する。電波状態が悪いが、何とか繋がった。

2014/10/27

足に激痛、整形外科へ

2014年10月27日

退院時から右太ももの筋が腫れていたのですが、昨日少し歩いていたら、ほとんど治りました。ところが夜、テレビを見ていて右太ももに激痛が起きました。さされるようないきなりの激痛ではなく、「ん?」と思っている間にだんだん痛みがひどくなり、激痛になるものです。横になるといくらか楽なので横になり、痛みの場所を探ってみると、太ももの筋肉(大腿四頭筋)と、股関節あたりです。穿刺した場所からは離れており、出血ではなさそうです。

昔もらっていたボルタレンを塗り(あまり効かない)、いくらか楽になったので、ともかく寝る支度をしました。ところが膝立ちでひげを剃っていたらまた激痛が起き、また横に。少し落ち着いてから何とか寝ました。

ところが、小生のベッドは昔の子供用(サイズは大人サイズ)のハイベッドをそのまま使っているので、上がるのに一苦労です。歳を取ったらもっと低いベッドにしなければいけませんが、その前に引っ越さなければなりません。ましてこの場で高いの低いの言っても、始まりません。ともかくよじ登って、寝ました。しかし右足が何とも痛く、結局右膝に毛布を巻き付けるのが一番楽だとわかり、その状態で寝ました。

本当は今の心臓のためにはこういう刺激は良くないのですが、それこそそんなことを言っても始まりません。途中で2回ほど胸の不快感を感じましたが一過性で、寝たあとの脈は安定していたので、良いことにしておきます(本当は、痛くてそれどころではなかった)。

痛みの原因が筋肉なら楽ですが、股関節となると、ちょっと面倒です。小生の会社の同僚は、顔面神経麻痺でステロイドを使い、大腿骨骨頭壊死で人工股関節に置き換えています。小生は、その数倍のステロイドを目の治療の時に使っています。今はあんまり他の病気を起こしたくないときです。

翌朝、すっかり治っていることを期待していたのですがそんなに甘くはなく、痛みが残っています。しかし昨日よりは楽です。そこで行きつけの整形外科に行くことにしました。昔の記事に出てくる、MAC狂いの先生です。さすがに歩く元気はなく、近場ですがタクシーを呼びました。

診察になって、土曜日まで入院していたことと、カテーテルアブレーションを受けたことを説明します。先生は痛みの場所を聞いて、穿刺の場所と関係ないことを確認します。そしてレントゲンを撮って確認しますが、股関節は異常なし。助かりました。
先生は小生が診察室に入ってくる姿を見て、痛そうだけど痛い方の足に体重は乗っているし、そんな大事ではない、と判断されていたようです。原因は、止血のために足(股関節)を動かさなかったことによって、大腿四頭筋が炎症を起こしているものだそうです。「砂袋置いて止血していたんだろ。やるんだよなあ。」塗り薬のボルタレンと、痛み止めの内服薬(ロキソニン、胃の薬付き)が出ました。あとは動かせ、ということです。

激痛でしたが、たいしたことがなくて、やれやれでした。あとは徐々に股関節を動かし、可動範囲を昔に戻します。しかし心臓は、どうなったんだろう。途中で心房細動が起こったのかな?

2014/10/26

退院時栄養指導

2014年10月26日

入院中の食事は、1800Kcalに塩分6gの指定付きでした。いわゆる、高血圧食です。小生は高血圧ではないのですが、年齢でこちらに入ったのか、それとも入院前に腎機能にLマークが付いていたのが影響したのかは、わかりません。手術後も(直後は「潰瘍食」でした)ずっとそのままでした。退院時に、栄養指導を受けました。もらったパンフレットは完全に高血圧対応でしたが、腎機能の改善も同じです。また小生の家系は高血圧なので、このあたりはしっかり押さえた方が良さそうです。

ここの高血圧食、塩分6gなのにしっかり味が付いています。小生のような九州の薄味好みではなく、ほとんどの患者が関東ですから、味はしっかり付いていないと食べてくれないのでしょう。その秘密を聞いたら、「味を薄くするのではなく、量を減らすこと。」確かに、味噌汁のお椀は、普通のものの半分から7割程度の大きさです。

小生が今やっている「目標6g」のやり方を評価してもらいました。
酒はウィスキーをメジャースプーンで計って30cc。→この量ならOK。ただしこの分はご飯を減らすこと。
つまみは、無塩ミックスナッツ。→良いやり方。ただし食べ過ぎないように、またナッツのカロリー分のご飯を減らすこと。
ご飯250g。→多すぎ。180~200g程度。
野菜は白色と黄緑色の両方を採るように意識。→OK。
やっていることの方向性は良いが、量を少なく、ということです。なお売ってある食品類は食塩量表示ではなくナトリウム量表示のものも多いのですが、ナトリウム量は2.5倍(正確には、2.54倍)すれば食塩量になるそうです。

その他は、
蛋白質も取り過ぎないこと。肉野菜合わせて一食80g目安(一日120g以下)。
要は「腹八分」です。

そのほかに言われたことは、「食事はゆっくり、20分かけて」です。しかし、これが一番難しいようです。
大学出て就職したとき、春ですから当時は春闘の季節、社員食堂では食後にそのまま組合の集会がありました。ところが小生は当時は食べるのが遅く、集会が始まってもまだ食べていました。それでともかく早く食べるよう努力し、転勤した東京では先輩たちと一緒に近くのお店に入るので、ともかく遅れないよう、ひたすら食べるのが早くなりました。言わばサラリーマンの職業病です。向かいのベッドに入られた方は小生より2歳下でまだ現役(再雇用中)なのですが、この方もこの「ゆっくり食べる」が一番難しいと言われていましたので、サラリーマンはどこも同じようです。

もうサラリーマンは廃業しましたので、これから努力してゆっくり食べなければいけません。難しいけど、頑張ろう。

なお入院中はしっかり管理されていたため、e-GFは入院時の59が退院時は71.8まで改善していました。

2014/10/25

無事退院しました

2014年10月25日

朝から薬剤師さんの説明を受け、10時過ぎに会計を済ませ、無事退院しました。これは自宅で書いています。
応援、ありがとうございました。

細かいことは追々書いていきますが、経過は良好です。術後は心房細動は発生していません。ただ手術前もおとなしくしていると発生しなかったので、これだけでどうこうは言えません。ただ今まであった「飛ぶ」不整脈も、消えています。効果は出ているのかもしれません。

退院までには、当人には先生からの詳しい説明は無かったのですが(家族には、3D画像を見せながらの詳しい説明がありました)、退院時にもらった「要約」には、「最終的にはBOX isolationを形成するには至らず」と書いてありましたので、完璧な仕上がりでは無かったようです。食道保護の方を優先させたのでしょう。そのため、胸焼けなど食べる方への影響は全くありません。アブレーションも、最後にストレステストを行いますが、これは「明らかな伝導再開は認めず」と絶縁はうまくいっていることが書いてあります。

これから3ヶ月が保護観察期間で、その間に再発が無ければほぼ完全、ただ1年くらいは様子を見るようです。この3ヶ月は、言わば心臓が「やけど」をしているような状態なので非常に敏感になっており(心房細動が発生しやすい)、禁酒、禁煙、禁カフェイン(ここは多少緩くてもOK)、禁運動(散歩まで)、禁階段など、制限がいっぱい付いています。この3ヶ月が過ぎると、普通の生活になります。その時に再発していなかったら万々歳ですが、小生の場合だと、3割くらいは再発の可能性がありそうです。

小生は麻酔薬が効きやすいため、楽だったようです。向かいのベッドの方は麻酔薬が合わず、気分が悪くなって大変だったようで、「もうこりごりだ」と言われていました。小生は再手術でも、どんと来い、です。

2014/10/24

明日退院になりました

今朝8時前に、主治医がカテアブチームを引き連れて現れました。
「南海さん、順調ですね。明日退院でどうですか。」と言って、急遽明日の退院が決まりました。

それからカミさんに電話し、てんやわんやで明日の退院になりました。先生は当初一週間と言っていたので、間違いではありません。

ともかく、順調なのは良いことです。

2014/10/22

カテアブ無事終了

昨日カテアブ、無事終了しました。今日安静解除になり、点滴を引きずりながらですが、少し動けるようになりました。
経過は順調だそうですが、ここは基本的に7泊8日なので、退院は、早くて月曜日です。
速報まで。

2014/10/19

カテーテルアブレーションと「手術」

2014年10月19日

入院後の治療説明書を見ていましたが、「カテーテルアブレーション治療」と書いてあって、どこにも「手術」という文字が出てきません。これはひょっとしたら、カテーテルアブレーションは「手術」の分類に入らないのでは、と考えましたが、調べてみたら、不整脈学会では「カテーテル手術の一つ」と書いてありました。また医療保険金の支払い対象手術として名前を挙げている保険会社もありましたので、手術に入るのでしょう。入院先のHハー^とセンターでは、外科が行う開胸手術と区別するため、手術という言葉を使っていないのかもしれません。

明日から入院ですが、一応準備はできました。病棟はWIMAXなどが使用できますが、今回は短期間なので、ノートパソコンは持ち込みません。最も手元のノートパソコンはXPなので、スタンドアロンでの限定使用中、持ち込みたくても持ち込めませんが。たまに携帯電話の電源を入れるくらいになるでしょう。

しばらく更新はお休みのつもりですが、ひょっとすると、携帯から何か書き込むかもしれません。

2014/10/17

ホームページに「心臓弁膜症/心房細動治療記」を作りました

2014年10月17日

小生のホームページに、新しく「心臓弁膜症/心房細動治療記」というコーナーを作りました。2004年からの分をまとめてあります。カテーテルアブレーションを行うまでの分で、心臓の手術計画→取りやめ→また復活、と行ったり来たりしてきた経過が主です。これからカテーテルアブレーションの模様(入院中)、退院後の経過、とアップしていきます。ご笑覧ください。

小生のホームページは、最初に作った「インターフェロンリターンマッチ記」のバックは縞模様で、それ以降はずっとクリーム色をバックにしてきました。今回新しくコーナーを作ろうとしたら、ソースネクストの作成ソフトを入れたときに過去のデータが固定化されて流用ができなくなってしまい、新しく作ることになったのを機会に、バックの色や文字の色を変えてみました。見出しのロゴも変えたため、ずいぶん雰囲気が変わりました。だんだん見出しが増えたので、そのうちにトップページも作り替えます。なお作成ソフトは、またホームページビルダーに戻って、と言うよりソースネクストのものはインストールしただけで使用せず、ホームページビルダーに戻っています。

2014/10/15

術前検査

2014年10月15日

カテーテルアブレーション(以下長いので、「手術」と書きます)前の検査、いわゆる術前検査に行ってきました。

前に注意事項を書いた書類をもらったときにわかったのですが、「検査の4時間前に食事を済ませること」とありました。検査は10時からで、6時前に朝食を食べ終えねばなりません。朝は5時半起きでした(眠い(;_;))。
検査の30分前に着くように指示があり、9時半前について検査の受付票を出すと、まず小水検査があります。あるとは思わなかったので、JRの駅に着いたときにトイレに行き、膀胱を空っぽにしています。それから30分、やっと少量は出ました。再検査指示は無かったので、OKだったのでしょう。

その後上半身を検査着に着替え、その状態で今日のスケジュールを聞きます。留置針装着→採血→X線→CT→心電図→針抜きという順です。CTのあと30分間異常が無いことを確認した後の針抜きです。小生は前回入院の説明を受けていないので、今日聞くことを伝え、針抜きのあとにその説明が入ります。

採血後は場所を移動するので留置針から伸びる管をまとめてネットをかけますが、管の先には注射器がそのまま付いています。中身は凝固防止液だそうです。その注射器が付いたままX線撮影、側面撮影は手を上に上げるのでちょっと気になりますが、邪魔になることはありませんでした。ここのX線はまだデジタルでは無く、フィルムでした。

それからCTへ、3次元CTだそうです。CTは昔頭を撮ったときはMRIと一緒だったので記憶が無く、また胸より下は初めてで、CTの機械を初めて見たような感じです。MRIに比べると領域が狭くてうるさい音もせず、精神的に楽です。最初は造影剤無しで数枚撮り、最後に造影剤を入れます。経験者から「身体がかーっとなる」という話を聞いていたのですが、これは薬の作用では無く、加温した造影剤を入れるからだそうです。入って来ると、暖かいものがどんどん身体の中に来るのがわかります、胸まで来て、下腹部まで来たのはわかりましたが、足の方はわかりませんでした。「麻酔科医ハナ」に患者の体温保持のために暖めたアミノ酸を点滴するシーンがありますが、効果があることを実感しました。撮影は、胸まで温かいものが来るよりちょっと早かったのですが、良いのだろうか?

カテーテルアブレーションの経験談をアップされている方は、経食道エコーのことも良く書かれています。経食道エコーは普通の(胸から検査する)エコーと比べて感度が良いため、心臓の中に血栓の元になる血の塊ができていないかを検査するために行うのだそうです。ところがサイズが、胃カメラ(胃用の内視鏡の先端)より一回り大きく、飲み込むのが一苦労だそうです。幸い小生はワーファリンを服用しているので血栓の心配は無く、経食道エコーはありませんでした(良かった)。

CT後に心電図に回ったら、待ち時間の間に30分経過し、終了して採血室に戻ったら即針抜きになりました。今日は水分をたくさん採るように、という指示がありました。
入院の説明の時に、疑問点を確認します。保証人は1人でOK、ただし連絡先は2人以上。家族は、20日の手術の説明と、21日の手術中の立ち会い(その後、結果を聞く)と、2日連続して来なければいけませんが、20日と21日は家族であれば別の人が来てもかまわないとのことでした。これで20日はカミさん、21日は朝8時なので、朝に弱いカミさんでは無く、二男に分担ができます。

全部終わって着替えて会計に回ると、「南海さん、15,460円です。」う~~ん、さすがにCTは高い。
会計の時に検査結果をくれましたが、よく見たら前回もらったものと同じ、8月7日の分でした。PT-INRがどうなったか気になるところですが、20日にわかるでしょう。

2014/10/13

岡フィル定期とル・ポン国際音楽祭

2014年10月13日

樫本大進氏主催のル・ポン国際音楽祭、ちょうどカミさんが岡山にいたときに切符が発売になったため、カミさんが赤穂まで出かけてチケット2枚を買ってきました。10月13日の赤穂会場分です。そして12日に岡山フィルの定演があるため、こちらも2枚買ってきました。カミさんは年に10回以上、小生も5,6回はクラシックのコンサートに行くのですが、興味の分野が違うため、2人一緒というのは年に1回あるかなしです。今回のように、2回連続2人というのは、珍しいことです。小生がカテーテルアブレーションを10月20日にしたのは、ル・ポンが終わってからのスケジュールにしたためです。小生は13日のル・ポンを見て14日に東京に帰り、15日が術前検査というスケジュールでした。

さてそこで小生は10日の夜から、カミさんは11日から岡山に来ていました。ところが、10月中旬にまさかの台風接近です。13日に赤穂から直接帰る案なども検討したのですが、台風の進み具合を見て、12日に岡フィルを見てそのまま帰ることにしました。13日はひょっとすると開催されるのですが(10月9日現在の事務局の公式発表は、「台風が来ているけど、13日はやります。」というものでした)、もたもたして14日が終日新幹線が動かないと、15日の術前検査に間に合わないので、チケットが無駄になることは覚悟の上です。

12日は大荷物を岡山駅のコインロッカーに入れ(最後の一つだった)岡山シンフォニーホールへ。まだ雨は降り出していないので、カミさんと歩いて行きます。今日の演目は、シェレンベルガー指揮で、シューベルト未完成/モーツァルトのフルートとハープのための協奏曲/ブラームス1番。プログラムを見たら、ゲストコンマスに都響コンマスの山本友重さんを引っ張ってきています。メンバーを見たら、オーボエは都響首席の名手広田さん、他にも、ホルンは元都響首席の笠松さん、トロンボーンも都響の小田桐さん。ここは都響か?

席はB席を取ったため、3階です。エスカレータは1階席(それでもビルの5階相当)まで、それから上は階段です。心臓に悪い!座席は丸くカーブしていますが、ミューザ川崎のように変に段は付いていないなっていないため、足下は安心です。バルコニー席は5層になっている面白い構造です。

15時の開演で、普通2時間弱なので、17時には外に出られる計算で新幹線の切符を取っていました。ところが「終演予定は、午後5時10分を予定しております。」とのアナウンス、これは最後までいると危なく、拍手の途中で出た方が良いと考えました。
演奏が始まります。アンサンブルが良い!首席指揮者のシェレンベルガー氏の手腕でしょう。2曲目はハープが出てくるため、会場設定に少し時間がかかります。10分超過はそのせいかな、と考えていました。ところがフルートのアンドレア・グリミネッリさん、ハープのマルギット=アン・シュースさんの演奏が良く、アンコールがります。得したのですが、今日はちょっと勘弁してくれという感じです。結局前半が終わったのが16時10分、20分の休憩があるので開始は16時30分、ブラ1は50分はかかるので、終わるのは17時20分を過ぎます。休憩時間に携帯で予約変更は可能ですが、まあ何とか間に合いそうなので、そのままにしました。

後半のブラームス、オーボエとホルンに名手がいると、さすがの演奏になります。それにアンサンブルの良さ、実に良い演奏でした。岡フィルの弦は12-10(この日は9)-8-6-6という構成で、コントラバスを補強した形になっています。これは第9の演奏に向いてそうです。12月の第9も聞きに来るかな。
本当は余韻を楽しみたいところですが、「ブラボー」の途中で脱出し、階段を一気に降ります。階段が狭いので、混雑したらかなり時間がかかるでしょう。そして市電に乗って、弁当を品定めできるくらいの余裕を持って駅に着きました。切符売り場は指定席自動販売機も含め、大混雑です。みんな予定を変更するのでしょう。乗ったのぞみ50号は満席、自由席は100%を越えていたようです。休憩時間に次の52号に変更しようとしても、満席だったでしょう。あとでかみさんに聞いたところ、あのあとアンコールがあって、終わったのは17時30分を過ぎていたそうです。

新幹線の車内のニュースを見たら、13日はJR西日本は京阪神の電車を16時には全面ストップさせるとのこと、やはり赤穂は無理でしょう。今日(13日)JR西日本のホームページで確認したら、広島地区は12時、岡山地区は14時で運休になるとか。ところがル・ポンのホームページは、13日はホルン講習会の中止通知は出ましたが、赤穂会場の演奏会については、「やります」の変更は出ません(13日11時現在)。16時開演ですが交通機関全面ストップの中、本当にやるんだろうか?

2014/10/11

携帯の迷惑メール

2014年10月11日

先日、JALで個人情報が流出した騒ぎがありました。小生のところにもJALからメールが来たのですが、それによると、小生の情報の流出は確認されていない、と言うことでした。ところがそれからちょっとたったあたりから、携帯電話にやたら迷惑メールが来るようになりました。どうやら小生の携帯アドレスが、流出したようです。「今夜どう?」から「5000万円振り込みました」まで、はては「迷惑メールが来なくなるようにするには、下記にアクセスを」というのも大量に来ました。これらは、最初は見たら即削除、その後は見ないで削除だったのですが、一日に50通も来るようになり、今度の入院中は携帯の電源を切っており、具合が良くなったところで電源を入れたら数百通の迷惑メールが飛び込んでくるのはたまらないので、対策をすることにしました。

対策の一番確実なのはメールアドレスの変更ですが、必要な場所に連絡するなど、後始末が大変です。まして、「携帯のメールアドレス変えました」という見出しだったら、それだけで迷惑メールと取られるかもしれません(^_^;。迷惑メールフィルターというのもあったので、まずはそれを試すことにしました。

小生の携帯はAUで、日頃のアクセスには「AUサポートID」というのを使っており、「AUID」は取っていません。ところがパソコンから迷惑メールフィルターを設定しようとすると、「AUID」が必要なのです。そこで「AUID」を設定してアクセスしたところ、「あなたは他にAUIDがあるので、統合しろ」と出てきました。そこでAUIDを検索しましたが、出てきません。携帯からアクセスしたら早いようなのですが、小生の自宅は電波状態が悪く、携帯からのインターネットアクセスはすぐに切れてしまうのです。メールも、1/3は「センター預かり」になります。ちなみに通話は、フェムトセルを設置しています。

そこでこのフェムトセル経由でAUに電話をかけ、AUIDの検索方法について聞いてみようと思いました。それでオペレータにかくかくしかじかと話をしたところ、「迷惑メールフィルターは、こちらでも設定できますよ。」ということになり、とりあえずは標準設定で依頼しました。

効果はてきめん、あれほど来ていたメールが、ぴったり止まりました。オペレーターの方が「大抵の迷惑メールは、これで止まります」と言っていたのは、本当でした。翌日にすり抜けたメールが3通来ましたが、次の日はそれも止まり、見事にフィルターの役を果たしています。たいしたものです。

これは機械的に送られてくるメールをはじくみたいなので、東海道/山陽新幹線(JR西日本)の予約確認メールがどうなるか心配だったのですが、こちらはきちんと送られてきます。迷惑メールだけきちんと識別し、はじいているようです。

2014/10/09

のんびり、秋田津軽旅行(2)

2014年9月30日(火)

天気、晴。
最近はどこのビジネスホテルでも洗浄機能付きのトイレが装備されているが、弘前の○横インのものは、USPAという聞いたことのないメーカーだった。帰って調べてみたら韓国製、○横インは以前はサムスンのテレビを入れるなど、韓国製を積極的に採用していたが、トイレもそうなったようだ。Img_59791a


今日は五能線で出かけるが、五能線は2時間に1本しかなく、朝の列車に乗るには相当無理して早起きしなければならない。そのため弘前発9:28というゆったりした時間になり、今朝は普通に起きたので、時間が余る。幸い弘前駅には弘南鉄道が来ているので、それを撮りに行く。こちらはきっかり30分間隔、もたもたしている間に8時発の列車が入線してきて、撮り損なった。弘南の車両は元東急の7000型、スタイルは原型のままで、パイオニアⅢ型の台車もそのままなのがうれしい。駅の南側が順光側だが、どうにも架線柱が邪魔だ。後追いで撮ったが、天気が良すぎて架線柱の影が強い。Img_59831a


8時30分の列車は逆光承知で北側に行くが、どうにも良い場所がない。結局JRのホームからが一番良さそうだった。8時発は4連だったがあとは2連、日中はずっと2連なのだろう。Img_59971a


五能線は各駅停車の前に「リゾートしらかみ」がある。全車指定席だが、今日は満席。写真を撮るだけになる。キハ48の700番代である。キハ48は普通列車用だが降雪対策で空気バネを装備しているし、デッキ付きなので、優等車両への転用が多い。かくて津山線を走っていた急行も、キハ48の500番代だった。ここも日差しが強く、駅舎の影とそれ以外との差が大きい。Dscn1067a


各停の五能色のキハ48 500番代で陸奥鶴田へ向かう。出発して貨物駅の脇を通ると、止まっていたのは「金太郎」EH500だった。かつてSL時代に東北線用のC61が弘前までは入線していたが、現在も東北線用が弘前までは入って来るようだ。五能線の沿線はりんご畑。岩木山が見えるが、頂上には雲がかかっている。陸奥鶴田到着、町は「つるた」町だが、駅は「むつつるだ」である。ここから鶴の舞橋までは公共交通機関はなく、タクシーを使うしかない。ほとんどの人は、自家用車かレンタカーなのだろう。タクシーで帰りの配車を聞いたら、鶴の舞橋あたりにはタクシーはおらず、予約しておくか、電話をもらうとすぐに来るとのこと。電話番号を控えておく。Img_60001a


タクシーを降りて、5分ほど歩いて鶴の舞橋に着く。さっきまで雲がかかっていた岩木山の頂上が、はっきり見える。やはり小生は岩木山とは相性が良いようだ。水面はかなり低いが干潮時の宮島ほどではなく、木造の橋の優雅さはよくわかる。一番水面が高いのは、5月の連休あたりだそうだ。弘前城の桜が満開の頃で、セットの観光コースも組めるのだろう。橋を渡って対岸に行く。橋全体を真横から撮れる場所がないかと探すが、なかなか無い。満水時にボートでも出すのが、一番良いのか。Img_6005a


ここ津軽富士見湖(津軽にある富士見湖ではなく、「津軽富士」見湖)は、正式名称を廻堰大溜池(まわりぜきおおためいけ)という江戸時代に造られた人工の溜池で、さすがに堤防は何回も修理され、現在のものは昭和35年製である。鶴の舞橋はそこに架かる木造3連、全長300mの日本一長い木造の橋で、開通は平成6年(1994年)である。開通後20年も経つとさすがに痛みが出るのか、あちこち修理のあとがある。木造の宿命として、どこかで大修理というか、掛け替えが必要になってくるだろう。造られたのはバブルの頃だが、これから先掛け替えの費用が出せるかどうか、である。Dscn1072a


しばらく眺め、今日の目的は達したのでタクシーを呼び、陸奥鶴田駅に戻る。時間を見てこなかったら、ちょうど弘前行きが出たばかり、陸奥鶴田の駅前には食事をするような場所も無いので、五所川原方面の列車があったので、五所川原まで行く。五所川原はサンルートホテルがあるので少しは都会かと思ったが、やはり田舎である。建物が低い分、空が高い。それでも歩くと、食堂や喫茶店などの店があり、ちょっとしゃれた喫茶店に入って昼食にする。

五所川原と言えば、立佞武多。高さ23mもある立佞武多が街を練り歩くのは8月初めだが、常設展示されている立佞武多の館が、駅から歩いて5分のところにあることに気がついた。館の建物は、回りの建物が低いので、堂々たる威容である。しかし展示されていたのは骨組みだけで、かつて丸ビルで展示されたような堂々たる立佞武多は、無かった。やはり八月に来なければ、ダメなようだ。なおかつては青森のねぶたなども立佞武多と同様、高さを競っていたそうである。ただ街に電線が張り巡らされて高さ制限ができ、ねぶたは横に広がった形となった。五所川原は一旦途絶えたものが設計図が発見されて復活したため、電線の地下化など、市側も協力したそうである。062201b


予定通りの13時過ぎの弘前行き各停で帰路につく。計画では弘前で奥羽線の各停に乗り継ぐ予定だったが、川部で乗り換えると、一本前の各停に乗り継げることがわかった。弘前に荷物を置いてこなくて、良かった。この各停では一本前の「はやぶさ」に接続するが、時間は10分しか無く、みどりの窓口まで行って(探して)列車変更をやっている時間は無いと思ってあきらめ、予定通りの「はやぶさ」26号までのんびり待つ。陸奥鶴田のタクシーが町の観光案内書をくれたので、それを見ながらベンチでゆっくりする。そしてホタテの駅弁を買い、時刻通りE5系で東京に向かった。

(完)

2014/10/08

のんびり、秋田津軽旅行(1)

2014年9月29日(月)

天気、晴。ラッシュの済んだ東海道線で、東京駅へ。いつもより、遅い出発である。さらにいつもは2泊なのに今回は1泊、心臓の手術を前にした身なので、無理しない、のんびりした行程になった。

東京からは「こまち」13号、E6系である。「こまち」の全列車がE6系になったため、「スーパーこまち」の「スーパー」がなくなった。Dscn1056a

E5系もE6系も編成に2台のパンタグラフを装備しているが、そのうち使うのは1基で、進行方向後側のパンタを上げている。E6系の場合パンタは13号車と16号車にあるが、東京駅に入ってくるときは16号車のパンタが上がっている。どうなるのかと見ていたら、先頭が切り替わって(尾灯が消灯して前照灯が点灯する)しばらくして、16号車のパンタが降りた。この時は13号車のパンタは上がっており、後で調べたところ、13号車のパンタ上昇→16号車のパンタ下降の順で、30秒ほど両方とも上昇しているようである。なお話が前後するが、大曲での方向変更時には、パンタの変更はない。Dscn1057a


定刻発車。昼食は車内でコンビニサンド。コーヒーは車内販売で頼む。ところがこの日はシステムの故障で、車内でSuicaが使えなかった。
E5系もE6系も乗り心地が良く、揺れない。宇都宮から先(盛岡まで)は320km/h運転のはずだが横Gもなく、快適である。ただ上下にビビリ振動がある。このビビリ振動、400系の「サハ」でも出ていたが、今回の乗車も「サハ」、新幹線の(あるいは、新在直通車両の)「サハ」特有の症状かもしれない。

盛岡で在来線のE701系が見えるが、クモハが東京向きになっている。東北線はE701系のクモハは青森向きが正しい向きで、これは逆向きだ。いわて銀河鉄道や青い森鉄道のE701系(相当車)のクモハは青森向きになっており、これとも逆向きである。田沢湖線のE701系は大曲で正しい向きのため、盛岡ではクモハは逆向き(盛岡向き=東京向き)であるが、これに合わせたのだろうか?Dscn1061a


秋田到着、今日の目的地は、秋田県立美術館である。もう一つの目的が稲庭うどんを食べることで、稲庭うどんの名店「七代目佐藤養助」は美術館へ行く途中にあり、まず立ち寄る。ただすでに昼食は車内で食べており、14時過ぎと言っても、一食が丸々入る状態ではない。昔だったら間食にうどんなどぺろりと平らげたものだが、昔に比べると運動量が減り、食も細くなった。そうしたらメニューに「ハーフうどん」というものがあった。いや、稲庭うどんはうまい。お新香が付いており、塩分制限以来「禁漬け物」だったが、いぶりがっこは食べる。これもうまい。うまいものは身体にも財布にも優しくないと言うが、、、(^_^;。

秋田県立美術館へ。目的は藤田嗣治の大作「秋田の行事」である。実は去年8月に竿灯を見に来たとき、県立美術館へも来た。ところが建て替え工事の真っ最中で、「秋田の行事」は展示休止中であった。今回はそのリベンジである。新しい県立美術館は、外観は全面コンクリートの壁で、どこが入り口かわからない。ポスターかと思ったところが自動ドアで、近づくと開く。「秋田の行事」は常設展示で、特別展は藤田嗣治の「どうぶつものがたり」、入場料には常設展特別展の区別はない。1階には何もなく、2階に上がろうとしたら係員から「ロッカーは1階にしかない」と呼び止められる。確かにリュックにサブバッグでは、美術鑑賞の格好ではない。ロッカーは無料なので、リュックをロッカーに入れる。Dscn1059a


2階に上がる。展示室に入ると、正面にどーんと「秋田の行事」、でかい。展示されている絵は、反対側の壁に数枚、あとは「秋田の行事」の解説展示。常設展示はこれだけで、この美術館はこの作品を入れるためだけに造られたようなものだ。しかしそれだけの価値はある。じっくり眺める。すごい迫力である。秋田の富豪平野政吉氏が計画した「藤田嗣治美術館」のために描かれた作品であるが、戦争のために美術館建設が頓挫し、公開されたのは藤田嗣治の死の直前だった。この大きさでは巡回展示などは不可能で、またこの作品のためだけに秋田に来る価値はある。

特別展の「どうぶつものがたり」もなかなか面白い。特別展は3階だが、3階からも「秋田の行事が」見られる。ただこの作品は見下ろすよりも、やや見上げた方が迫力があるようだ。
美術館の3階ロビーの外は水が張ってあり、外の風景と相まって、面白い景色を見せる。ここでしばらく、景色を眺めながら休める。Dscn1062a


秋田駅に戻り、「つがる」7号で弘前へ、481系(3000番代)だった。小生が高校生の頃登場した481系も、そろそろ終わりである。3000番代はかなり後の登場だが基本構造は変わっておらず、大窓に横引きカーテンという懐かしい造りを楽しむ。今日の夕食は秋田駅のはたはた酢飯、うまい。一緒に買ったキリンラガーは、仙台工場製だった。

弘前泊。
(つづく)

2014/10/07

廃用性斜視防止に「より目」

2014年10月7日

9月23日の記事に「右目がかなり見えなくなってきた」という記事を書いたのですが、急に見えなくなったのではなく、2012年あたりから見えなくなってきていました。このところの見え方は、というと、明るいところなら、指が2本までなら見え、色もわかります。ただ暗くなると全くダメで、テレビもダメです。パソコンのディスプレイは、光っているのがわかる程度で、その前に指を出すと、シルエットで見えます。そして左目も、日によって見え方が違うので、眼科(開業医)に行ってきました。

眼科はいつもながら、と言うより、いつも以上に混んでいます。掲示を見たら、9日から16日まで、先生が学会に出席のため休診とのことです。そう言えばぶどう膜炎を発病したときも10月10日から始まる眼科学会に引っかかり、病院に行くのが遅れました。どうも、10月10日の目の愛護デーに引っかけて学会が行われるようです。

両目とも瞳孔を開いてじっくり見てもらいました。左は白内障はあるけど、まだ大丈夫。ただ右は、ごくわずかに残っていた視細胞がかなり死にかけており、失明するのも時間の問題のようです。色がわかって暗いところがダメなので、錐体は生き残って桿体の方が先にダメになっているのかもしれません。元々右は実用には使っていうないので、失明しても実害はありませんが、失明するとやはり廃用性斜視は起こるそうです。目を動かす筋肉は外に向ける筋肉の方が強いそうで、そのため廃用性斜視は、目が外を向きます。これを防ぐには目を内側に向ける筋肉を鍛えるのが良く、「より目」の練習をすると良いとのことでした。

より目をやっているときは鏡は見られませんので、カミさんに見てもらいました。ところが当人はより目にしているつもりでも、目は正面を向いたままだそうです。子供の頃はより目ができましたから、目を内側に向ける筋肉が衰えたのでしょう。少し練習してみるかな。

なお今のところまだ見えていますので、これも右目できちんと見るようにして、視細胞を頑張らせます。何とかあと5年保たせよう。

2014/10/03

IFN終了9年後の結果

2014年10月3日

半年に1回の、肝臓の検診に行ってきました。IFN終了後9年、著効後8年半になります。

まず肝臓の結果は、
GOT=13
GPT=11
血小板数=19.2万
HCV RNA :検出せず
HBV DNA(TaqMan):検出せず
HBs抗体=296.6
と、異常ありません。白血球、赤血球ともに正常値です。

最近Y先生の診察では、肝臓より全身状態のチェックになっています。前回指摘された腎機能の低下は、自己流の塩分制限が功を奏したのか、クレアチニンが1.05→1.02、eGFRが55.5→57.3と、やや持ち直しています。ドクターストップになる前に自主規制を始めたので、時々は塩分超過しても問題は無く、この状態でやや持ち直すのなら、今の「目標6g」の状態を続けます。

今回問題が出たのはアルブミンで、前回の4.2が3.6とLマークが付いています。これは急激なダイエットをしたときに出る症状だそうで、「最近体重が減ったとか?」と聞かれましたが、筋肉が脂肪に置き換わって体重がやや減り気味ではあるものの、さほど急激ではありません。もう一つCRPが3.3を示していましたので、何らかの感染症(実際、採血の時にも風邪が長引いて、抗生剤を飲んでいました)の可能性があります。どうも今回の風邪は軽い肺炎まで行っていたのではないかと小生は思っていますが、その影響が出たのかもしれません。

前回のカルテに「心臓弁膜症の手術をするかも」という記載があったので、最近の変更、この10月21日にHハートセンターでカテーテルアブレーションを受けるという話をしておきました。ついでに、ここT病院ではカテーテルアブレーションはやっても無駄と言われたので、循環器の受診をここからHハートセンターに変えたこと、Hハートセンターではカテーテルアブレーションで弁の逆流も改善する見込みであると言われたことも、報告しておきました。現在Hハートセンターからもらっている薬(ベプリコールとシベノール)も報告し、Y先生はカルテにしっかり書き込んでいました。前回(9/29)のO先生の循環器検診をすっぽかしているので、T病院に対する報告がY先生経由になってしまいました。本来はO先生に報告した方が良いのでしょうが、Y先生も「開胸手術せずに、カテーテルでできればその方が良いわよねえ。」と言われていましたので、良いことにします(^_^;。

Y先生は、最近の若い先生には珍しく(若い先生は、ディスプレイを見ている方が多い)、顔を正面からまっすぐ見ます。目の大きな美人の先生にまっすぐ見つめられると心臓の鼓動がちょっと上がるのですが(笑)、顔色、白目の色(黄みがかっていないか)、鼻の周りの血管、など、しっかり観察されているようです。総合的に見て異常はないようですので、Y先生が言われているように、アルブミンに対する栄養状態の管理は、カテーテルアブレーションが終わって、生活のペースが安定してから、ということになります。

次回は来年の4月3日、エコー付きです。

2014/10/01

秋田から津軽へ

2014年10月1日

月曜、火曜と、「大人の休日」切符を使って秋田から青森へと回ってきました。いつもは「日のある」間はめいっぱい動き回るのですが、今回はゆっくり出発し、途中ではタクシーも使うという、「大名旅行」です。変に無理して心房細動が起こってもいやなので、のんびり回ってきました。Dscn1056a


目的は、
1)秋田で藤田嗣治の「秋田の行事」を見る。ついでに、稲庭うどんも食べる。
2)青森県鶴田町(弘前と五所川原の間)の津軽富士見湖にある「鶴の舞橋」を見てくる。
という、単純な二つです。

まず「こまち」秋田に行き、秋田県立美術館へ。「秋田の行事」のために創られた美術館と言っても、過言ではありません。前回秋田に行ったときはちょうど平野清吉美術館から秋田県立美術館への引っ越しの最中で、見られませんでした。秋田に着いたのは14時過ぎで、すでに昼食は「こまち」の中で食べてきたのですが、駅から美術館へ行く途中の「七代佐藤養助」へ。「ハーフうどん」というのがあったのでそれを食べ(おいしかった!)、県立美術館へ。「秋田の行事」はこれを見るためだけに秋田に来る価値があると思います。企画展の「どうぶつものがたり」(藤田嗣治が描いた、猫を初めとする動物たち)も楽しめました。Dscn1061a


その日は弘前に移動し、翌日五能線で陸奥鶴田へ。五能線はせめて1時間に1本あれば良いと思うのですが、2時間以上間隔が空きます。五所川原から青森へは、バスが頻繁に出ていおるようです。陸奥鶴田から鶴の舞橋へはタクシー、45分くらいで歩けるのでいつもなら歩くところですが、大事をとってタクシーで。「鶴の舞橋」は津軽富士見湖(津軽にある「富士見湖」ではなく、「津軽富士」を見る湖)という江戸時代に造られた大溜め池にかけられた木造の橋で、きれいな3連のアーチ橋で、長さが300mあります。岩木山の頂上に雲がかかっていたのですが、小生が到着したときには、山頂まできれいに見えました。なおこの「鶴の舞橋」、5月の連休の頃が溜め池の水かさが一番高く、一段ときれいだそうです。Img_60001a


陸奥鶴田から一旦五所川原に出てそこで昼食、そして新青森から「はやぶさ」で帰ってきました。木々は色づき始めており、東京より一足早い秋を楽しんできました。

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