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2014/03/30

買いだめ

2014年3月30日

4月から、消費税が8%に上がります。この数字だけを見ると8%上がるみたいに見えますが、現在の5%が8%に上がるので、実質の上昇は2.8%です。今まで1000円だったものが、1028円になるわけですね。大きいと言えば大きいのですが、実際には2.8%くらいはいろんな割引適用で動く範囲なので、変に割引の無い買いだめをしても、4月以降に割引のものを買った方が安くなることもあります。

4月中旬に岡山に行くことにしていますが、乗車券はジパング割引+往復割引のものを、すでに買いました。日程は動かないので、乗車券は先に買っても問題ありません。特急券の方は、「のぞみ」はジパング割引が効かず、また消費税分のアップ分よりE-特急券割引の方が安いので、予約だけして直前に購入するようにしました。やはり会社から直接行く場合は、直前まで変更のできるE-特急券の特徴は捨てきれません。

ということで値上げ前の買いだめはしないつもりだったのですが、何とかセールの対象にならず、消費期限が長く、いつも買っているもので残りが少なくなっているものは、買うことにしました。そこで昨日買い物に出かけたところ、コンタクトの蛋白除去剤に保湿用のスキンクリーム、晩酌用のウイスキーに育毛剤に蛍光灯の予備と、なにやら大散財をしてしまいました。4月1日からまた出張の予定ですが、この切符もしっかり買っています。

どこの売り場も、結構混んでいますね。「みんなお金持ちねえ。」などという声も聞こえてきました。

2014/03/29

ストップビット、認識せず

2014年3月29日

ちょっと専門的になりますが、どちらかと言えば自分用の記録です。

いきさつ
小生は2001年4月に山形に転勤になったが、その前、特に2000年は新技術をいろいろ採用した。やっと自分の意見が通るようになってきた頃でもある。その中の一つ、重合機の夜間無人運転がある。化学工場のような大きなプロセスだとものすごい設備になるが、うちの会社の規模だと、単体の機械である。当時の部長が自分で選んで買ってきて、パソコンに繋いで自動運転をさせようと思ったらしいのだが、うまくいかない。そこで小生に話が回ってきたものだが、小生が「好きにして良いのなら、動かす。」と言ったところ、「好きにして良いから、動かしてくれ。」と言われて手がけたものだ。今考えればよくしゃあしゃあとそういう台詞が吐けたものだと思うが、少なくとも、動かせる自信はあった。

そこで機械に元々付いていた光陽のPLCをオムロンに変える。寸法がぴったり同じだった。中身は印刷したリストをそのまま打ち込み、その後に自動運転のプログラムを入れた。細かい設定用にキーエンスの別置き型のタッチパネルを取り付け、パソコン代わりにコミュニケーションボードからRS-232Cで信号を送り、プロセス管理用に温度計を増設、こちらはRS-485で通信を行った。

以来15年、故障らしい故障もせず、無人運転を行っている。ちなみに、この機械が当社での夜間無人運転の最初のもである。故障らしい故障をしないというのは非常に良いことであるが、通常のメンテナンス以外は行わないので誰も中身がわからず、完全なブラックボックスになってしまった。

15年目に降ってわいた話
この機械で、新製品を生産することになった。機械も15年も使うとさすがにあちこちガタが来ているので、オーバーホールを行った。そして機械には温水制御装置(平たく言えば、電気温水器)が付いているが、これは交換することになった。ところが15年も経っているうちに元のメーカーは温水器から撤退し、新しいメーカーになった。そして通信方式もRS-232CからRS-485に変わり、命令形態も一新されてしまった。そのためプロトコルと、プログラムを変更する必要が出てきたが、ブラックボックス化しているため、主担当の生産技術は初めからやる気が無く、とっくに引退したはずのラダープログラムをまたやることになってしまった。

先方からもらった通信マニュアルを見たら、エラーチェックコードがCRC-16になっている。ネットで調べたら、このCRC-16なるものは何種類もある。幸い通信マニュアルに載っていた例題をオムロンに投げたところチェックしてくれ、設定範囲内で初期値を65535(FFFFH)、逆順に設定すれば例題通りになると教えてもらった。FA業界では、数あるCRC-16の中でこのやり方が標準らしい。

3月26日(水)
午前中設置場所の群馬でメーカーからの操作説明があったが、こちらは横浜で業務報告のためにパス。一番に報告させてもらってすぐに飛び出すが、午後一にしか着かない。着いたらまず現場で実機を確認、配管作業は終わっている。ただ古い温水器はずらしただけで配線は外して無く、この232Cの配線をパラレル入力に流用する。元のコネクタを切り外し、Y端子に付け替えて端子台へ。これは配線長さに余裕があったので、順調である。次に新しく485用の2芯のツイストペア線を引くが、温水器側の端子台が図面と違う。午前中に来たメーカーの方に電話すると、営業ではそこまではわからないので折り返し電話するとのこと。折り返しかかってきた電話は06-****-****。メーカーは大阪だった。通信基板がモデルチェンジしているのに古い図面が付いてきたらしく、新しい図面と取扱説明書をFAXで送ってもらう。群馬のFAX番号は覚えていないので、横浜に送ってもらい、転送を依頼する。ねじ式の端子台からヨーロッパ式の裸線差し込みコネクタに変わっているため、今度はこのコネクタの取扱説明書を、R&Dの後輩にネットからダウンロードしてもらう。このタイプのコネクタは嫌いだが、文句を言っても始まらない。結局この日は線を引っ張っただけだった。

3月27日(木)
生産技術から現場作業用のパソコンを借り、新しいプロトコルとプログラムをインストール。まず新しく引いた線は繋がず、従来の温度計の信号を拾う。今までの7ビットから新しい温水器に合わせて8ビットに変えたので、それの確認もある。ところがいきなりエラー。サポートソフトのCXプロトコルではエラー内容がわからないので、プロコンにつなぎ替え、エラーコードを見る。「プロトコルが存在しない。」ここは標準のプロトコルを使うつもりだったが、よく見たら、標準装備のプロトコルはすべてCXプロトコルである。使っているのは15年前のαで、αプロトコルは標準装備されていなかった。仕方なしにその場で新しく作る。やっと動いた。

今まで小生は、プロトコルの中にメモリー番号をダイレクトに書き込むやり方を、ずっと使ってきていた。ところがこのやり方はオムロンのマニュアルには載っておらず、言わば裏技である。小生が引退するに当たりこのあたりはオムロン標準に変えてくれと生産技術から頼まれていたのでオムロン標準のやり方にしたのだが、これが必ず先頭にデータ数を入れなければならず、そこでずいぶん手こずった。

PLC側のプロトコルが動き出すとトレースが可能になるが、さっぱり反応が無い。PLCがいろんな動作をやっていたので余分な命令を全部カットし、単純な命令だけに絞って通信テストを行った。命令は例題通りで、CRCも規定通りである。大阪のメーカーに電話したが、「ウンもスンも言わないですか。変ですね。」とのことで結局この日もこれで終わった。

3月28日(金)
温水器のマニュアルのパリティの設定は1~6になっているが、実際の機械に設定ができるのは0~5である。そこでこれが怪しいと思い、パリティ無しでやってみた。それでもダメである。途方に暮れて古いオムロンのマニュアルを見ていたら、485のAB端子はB側が+と書いてあった。そう言えばここで十年前に失敗したことを、今頃思い出した。温水器側の信号線をひっくり返す。とたんにエラーが出た。パリティを偶数でも奇数でも設定すればエラーは出ないが返事は無く、パリティ無しにするとエラーが出る。もしやと思ってトレースをやってみたら、エラーにかかわらずきちんとトレースができていた。マニュアルに載っている通りの、正しい返事である。PLCではその返事を認識できず、問い合わせを繰り返している。どうやらストップビットを認識できていないようだ。いろいろ変えてやってみたら、温水器はストップビットを認識せずに返事を送っていることがわかった。おそらくノイズだ。

今まで232Cで問題なかったので安心していたが、温度計から配線を延長し、シールドのアースは切れているので、それが問題かもしれない。そしてやはり温度計と温水器は配線を分けた方が良さそうなので、新しくオムロン製の232C/485の変換器をメーカー直送で手配し、電線も4線(2芯ツイストペア×2ペア)を手配し、万全を期しことにした。来週再戦である。

結果的に新製品の試作を一週間延期させてしまったが、小生についてはおとがめ無しである。他に誰もできる人間が居ないし、引退が秒読みの人間には、細かいことは言わないことになっているのかもしれない。

2014/03/25

心臓手術の話が復活

2014年3月25日

昨日、心臓の定期検診に行ってきました。今回は、心電図付きです。
カワズザクラのきれいな地階(実質1階)の検査室に行き、呼ばれて中に入ります。先日はエコーで、なにやらしょっちゅう来ているような感じです。検査の吸盤を付けて横になっていたら、今日は脈が飛んでいる感じがします。とたんに警報が鳴って、先生が来ました。
「気分悪くないですか?」
「気分は別に。脈が飛んでいるような感じはしますが。」
「自覚はありますか。」
小生の不整脈は、心電図検査の時には、なかなか出てきません。よく今までばれなかった、という感じですが、とうとうばれてしまいました。

心電図検査が終わって、自動血圧測定器へ。1階まで階段を上がるので、深呼吸を2,3回。それでも測定すると「測定エラー。測定できません」と出ます。2回そういうことがあって、やっと3回目に測定ができましたが、最高血圧は134でまあまあなものの、脈拍が94もありました。不整脈で、細かい拍動を拾っているのでしょう。

採血は前回のエコーの時(と言うより、タックマン用の採血の時)に一緒に採血しているので、今回は待ち時間が少ないです。ただいつもは朝食後なのでワーファリンを飲んだ後ですが、今回はワーファリンを飲む前です。しかし毎日飲んでいると、1回の飲んだ/飲まないでの変動は無く、PT-INRは通常通り(やや高め)の2.27でした。

次回の診察は6月30日、そこで「6月末で仕事は終わる予定です」と言ったところ、先生「そう。なら修正の手術を考えるかなあ。」どうやら先生、仕事のある間は手術にならないように計画していたようです。どうするか、つまり外科の先生のところに行くかどうかは、次回の診察前に心エコーとX線を撮り、それを見て判断することになりました。2008年にも同じような感じで、「次の検査で判断しましょう」ということになり、心臓の手術は延期になったのですが、今回は年貢の納め時かもしれません。「修正」と言っても小生の僧帽弁はかなり石灰化しているので、大動脈弁と合わせて人工弁に交換になるでしょう。

僧帽弁閉塞不全は自覚症状が現れにくいため、心臓の手術時期に数値だけ見て早めにやる派と、自覚症状(不快でたまらなくなる)が出るまでしない派とあるそうですが、T病院胸部外科のN先生は、中間派だそうです。まあ小生も慣れた職場で「長老」としてふんぞり返った仕事をしているので自覚症状が出ないのであって、再就職などとてもできる状態ではありません。時期としては、良い頃かな。

2014/03/23

実験日誌

2014年3月23日

小生は工学部だったので、学生時代は実験が多数ありました。その最初の、1年生の実験の時、すべて記録するように指導を受けました。実験器具の名称、シリアル番号、それに回路。その時は「こんな当たり前の回路」と思っていたのですが、単に電圧と電流を測るだけの回路でも、電圧計を電流計の前に置くか後ろに置くかで、微妙に値が異なります。そういう記録の大切さを思い知らされたのは、卒業して数十年経ってからですが。

大学院に進まなかったせいか、実験日誌を付けるようにという指導は、受けていません。工学系も電気工学、それも重電系だったので実験は再現性が有り、条件と結果の記録だけで良かったのかもしれません。

この実験日誌について「すごくよく書いてあるな」と思ったのは小説で、海堂尊氏の「医学のたまご」です。これは詳細に付けられた業務日誌が、データの捏造疑惑を晴らす鍵になります。実験日誌というより日記(主人公は、中学生)ですが、その詳細さが鍵でした。

振り返ってみれば、自分の実験はここまでの日記/日誌は付けていませんね。途中から、ひょっとしたら役に立つかと思って、気温にはに出てこない温度(月曜日なので、実験器具に触ったら冷たかった、とか)や湿度(天気、小雨/雨/大雨、など)を書くようにはしました。真面目に記録を付けることの大切さを、今頃気がついています。

2014/03/22

強力花粉症

2014年3月22日

月曜日(17日)にくしゃみが止まらず、また目の具合も変だったので、たまらずに行きつけの内科に飛び込みました。典型的な花粉症の症状ですが、小生はスギでは無くブタクサなので、ちょっと早いです。ヒノキも怪しいと思っていて、ヒノキなら時期的に合いますが。なお以前にも書きましたが、小生はアレルギー検査に全く反応せず、IgEも7です。ちなみにIgEの正常値は170以下、いくら「以下」とは言っても、ここまで低いと明らかに変です。なお小生はツベルクリンにも反応せず(レントゲンでは影があるのに、陰性)、ずいぶん不必要なBCGを打たれました。そのほとんど検出せず状態のアレルギー検査でブタクサだけがわずかに反応があったので、やはりブタクサには反応しているようです。

今の時期は、花粉症と風邪の区別が付きません。先生に見てもらったところ、のどは赤くなっておらず、胸の音にも異常は無いので、やはりアレルギー性の反応だろうとのことでした。薬は、クラリチンの内服薬と、リボスチンの点眼薬が出ました。どちらも、アレルギー性の反応を抑える薬です。

その日の夜からクラリチンを飲み始めたところ、くしゃみはかなり良くなりました。ただ小生は花粉症の時期は鼻血が出やすく、たまに鼻血が出るのはどうしようもありません。しかし目の方はいくらかは楽になったものの何か違和感が続き、充血も取れないので、何か違うような気がしていました。この違和感、前回の角膜周辺部潰瘍と同じような感じです。

出張に休診日に休日と続いて眼科に行く暇が無く、今日やっと行ってきました。結果は思った通りの角膜周辺部潰瘍で、クラビットとフルメトロンの点眼薬が出ました。一週間から十日で治るとのことですので、小生の場合は二週間見ておけば良いでしょう。さすがのクラビット、ずいぶん楽になりました。この角膜周辺部潰瘍、小生の場合は早期発見なので「二週間」とか気楽なことを言っていますが、悪化させると失明する確率の高いやっかいな病気です。

この角膜周辺部潰瘍の原因としてアレルギー反応もあり、言わば強力花粉症です。生活の注意として、洗顔、入浴はOKですが、窓を開けるな、布団は干すな、というのがありました。アレルゲンを積極的に取り入れるような行為はするな、ということですね。この話、すぐ窓を開けたがり、また外に干したがるカミさんに、しっかり言っておきました。

2014/03/21

肝臓のエコー検査

2014年3月21日

先日、T病院に肝臓のエコー検査に行ってきました。肝臓の定期検診自体が半年に1回でエコー検査は1回おき、つまり1年に1回ですね。地階(実際には1階)の検査室に行くと、窓の外は桜が満開でした。yokobueさんによると、カワズザクラだそうです。

8:30の検査開始トップバッター、検査室に呼ばれて上半身だけ検査着に着替えて入っていくと、いきなり体重計に乗せられました。オムロン製の体脂肪が出るタイプで、家でもタニタ製の同じタイプを使っていますが、靴下を脱がないと数字が出ないタイプです。靴下を脱いで測ってみると、体重69.9kg、体脂肪率18.9%。身長が177cmなのでBMIからすると体重はやや多めですが、少し(「気持ち多め」くらいの方が体調が良いので、70kgに合わせるようにコントロールしています。エコー検査自体は特にどうと言うこともなく、結果がわかるのはY先生の診察がある4月4日です。

エコー検査が終わった後、4月4日のY先生の検診と、その前の3月24日の循環期の検診の前に、採血をしておきました。2回分となると量が多く、数えませんでしたが7,8本はありました。採血の看護師さんによると、これで合計して50ccくらいだそうです。

今日は朝食抜きだったので、病院から会社へ向かう電車の中で朝食代わりのビスケット。途中で紙パックの野菜ジュースを買いましたが、これは押さえると吹き出すことに気づいて電車の中では飲めず、結局飲んだのは会社に着いてから。ワーファリンも会社に着いてからになりました。その後で気がつきましたが、朝ワーファリンを飲む前に採血したのは初めてです。数値が変わるかな?

小生は6月末で完全引退する予定なので、電車の中でバタバタと朝食を取るのも、これが最後です。写真撮影に行って、朝食前に出発するときは別ですが(^_^;。余談ですが小生の身分は現在は契約社員なので、6月末で丸5年になり、法律的にも延長は不可能です。ですが3月の給料と一緒に、9月末まで(6ヶ月分)の定期代が支給されました。定年の時もそうでしたが、辞めると決めたらその時返せ、というシステムのようです。年間決算で見れば、単なる仮払いとその返却ですから、問題なんでしょう。なお小生は、定期は6月末までにしました。

2014/03/16

原発の再稼働

2014年3月16日

小生は、原発再稼働容認の立場でした。将来的には再生可能エネルギーに置き換わるにしろ、10年から20年は立ち上がらないだろうから、その間は原発で繋ぐという考え方です。当然再稼働にはそれなりの安全対策の追加が必要で、古い原発は再稼働を認めないとして、当分動くのは半分くらいと考えていました。核のゴミは、再稼働できない原発を当面の仮置き場にして、10年くらいは何とかなるかな、と言う考えでした。

核のゴミの話を始めると長くなるので、今回はしません。とりあえずは「置ける」と仮定しての、それからの話です。
日本には鉄壁の備えをするという考えはあっても、その鉄壁が破られたらどうするか、という考えは、なかなか受け入れられないようです。言霊という考え方があって、ある言葉を口にしたらそれが現実になるので、最悪の事態のことを言いたがらないのかもしれません。しかし現実の安全管理を行う人たちがそれでは、困ります。

昔、東日本大震災が起こるずっと前ですが、渋谷の電力館で原発の安全対策について2重3重の安全対策を説明されても、「それが壊れたらどうするの?」としつこく聞いてくる子供がいて、とうとう係の人が「そんなことはあり得ません!」と怒ってしまったそうです。今ならその子供が正しかったことがよくわかります。じゃあ本当に各原発が「これが壊れたら」と次の手を考えているかどうかに関しては、はなはだ疑問です。

福島第一原発は全電源懐失によってメルトダウンに至りました。そのため、新しい安全基準では非常電源が強化されています。もっとも、福島第一原発1~4号機は、古い基準に当てはめても違反していた構造だったのですが、その話は置いておきます。その強化された非常電源であっても、全電源懐失は起こりえます。本来原子炉には、その場合に備えての電源の要らない非常注水機が置かれているはずですが、これはちゃんと動くのでしょうか?アメリカでは、定期的に動作させる訓練を行っているとニュースで見ましたが、日本では実際に動かしたという話を聞きません。定期点検の時にでも、実際に全電源を切って、非常注水機の動作訓練を行うべきです。実際に行わず、ボタンを押す動作だけやって「想定、全電源懐失」「想定、非常注水機動作」なんてやっているのは、訓練ではありません。

事故が実際に起こった後は、もっと問題です。一応避難区域を指定して避難する計画を自治体が作ることになっているそうですが、実際にその通りできるのでしょうか?避難指示が出た場所は、当然のことながら立ち入りは制限されます。では誰が残された人たちを助けに行くのでしょうか。アメリカでは軍隊(主に、洲兵)が出動しますが、日本にはそういう組織はありません。自衛隊はといえば、安全区域まで撤退することになっているため、福島の時のような住民を見捨てて真っ先に逃げるという「敵前逃亡」が起こります。さらに福島の時には、逃げてきた人の受け入れが病院を含めあちこちで断られています。これもなんとかすべきです。

原発を再稼働するためには、いや再稼働云々の前に、現実に燃料満載の原発があちこちにあるわけですから、
1)実際に非常時の想定を行った実機訓練を行うこと。
2)自衛隊、あるいは大きなの自治体の消防(東京消防庁か?)にきちんとした放射能防護服を備えた放射能下救出部隊を設置すること。
3)周辺自治体に、病院を含めた指定受け入れ施設を設け、ここでは受け入れを拒否できないこと。この周辺自治体とは、福島原発の場合で仙台、山形に、東京まで含みます。
この3つは、早急に行うべきです。そして、ここまでやってやっと最低限の国際レベルです。

小生は未だに容認派のつもりですが、現状の安全対策では再稼働どころではないですね。

2014/03/15

フェムトセル

2014年3月15日

小生の家の辺りは地形の関係か電波状態が悪く、携帯も接続状態がすごく悪いです。携帯で話しているときに突然切れるため、先日AUに訴えてリピーターを設置してもらいました。ところがリピーターを設置しても、良いときは良いのですが繋がるタイミングで当たり外れが有り、悪いときは雑音は多いし、すぐに切れてしまいます。再度AUに訴えて調査してもらったところ、電波の波形が悪いのでリピーターでは改善が難しく、小生のところはAUの光回線があったので、フェムトセルを設置することになりました。

フェムトは大きさの単位で、10のマイナス15乗です。マイクロから10のマイナス3乗ずつナノ、ピコと下がってきて、その下ですね。携帯電話は英語でセルラーフォンと言うように全体を細かい区域(マイクロセル)に分けてその中で完結していますが、マイクロよりもさらに小さいと言うことで、フェムトになったのでしょう。ナノやピコにならなかったのは、すでに小型基地局の意味で使われていた(現在も使われているかどうかは知りませんが)からでしょう。ただしピコセルまでの公用基地局と違って、フェムトセルは個人用基地局です。

リピーターが携帯用電波をとらえて増幅するのに対し、フェムトセルは光回線を使って機械(発振器というか、自家用基地局)まで通信を送り込みます。技術的には、IP電話+コードレスフォント同じですね。こうやってみると、固定電話も携帯電話も、基地局または交換局までは同じような通信形態を使っていることに思い至ります。その自家用基地局、見た目は光配線のルーターと同じ大きさで、ルーターとはLANケーブルで接続しています。小生のところのルーターはWi-Fiの親機にもなっていますので、仲良く並んで電波を出していることになります。周波数が違うので、全く干渉しません。

小生のところはたまたまAUの光回線だったのですが、これはAUの回線に限らず、別の会社のものでも利用できるようです。さすがにNTTの回線はダメですが。

パンフレットを見ると、フェムトセルからの電波が届く範囲は、2DKの真ん中において壁までの円を描いた位です。したがって、距離が遠くなる部屋のコーナーは、範囲外になります。理屈から言うとフェムトセルは隣の家人が「ただ乗り」できますが、電波の強さから実際はちょっと無理なようです。小生は自分の部屋に置き、ここで話すことにしました。壁際で壁1枚隔てた外は通路ですが、壁で電波が減衰するので、外での受信は難しいでしょう。

フェムトセルを使うときには、携帯電話機の方もフェムトセルの設定が必要です。これは切り替えではなく、フェムトセルを優先的使用するとの設定のようで、一度設定すれば外では普通の電波、家の中ではフェムトセルの電波を拾って、自動的に切り替わります。家の中でフェムトセルを使うと、個人用基地局のインジケーターが点滅するので、すぐにわかります。

使った感じでは、通話品質は大いに改善されました。ただ電波が弱いので、基地局から見て電話機が身体の(と言うより、頭の)陰になると、通話が途切れるようです。人間の身体は電波の吸収体(だから電磁波が害になることがある)ということがよくわかります。ただ改善されても、音質自体は固定電話に比べるとずいぶん落ちますね。AUの携帯電話同士の通話の無料枠があるから携帯を使っているので、料金体系が変わったらほとんど使わなくなるでしょう。

2014/03/14

しまった!

2014年3月14日

北王子貨物線。

今年の桜の時期に写真を撮りに行こうと思っていたけど、間に合いませんでした。

2014/03/09

3年目の3.11

2014年3月9日

あと2日で、東日本大震災の発生から3年が経ちます。今年は「関係筋」から工場などでも黙祷をするようにという依頼が来ているようで、うちの会社でも始業前に30秒黙祷をすることになりました。今年になってやおら言い出したのは、オリンピックの方に関心もお金も向きそうなので、「忘れてはいないよ」というメッセージなのかもしれません。

東北の復興は、はっきり言って全く進んでいません。東北の3年と、阪神淡路大震災の3ヶ月が同じ程度の進み方なのかもしれません。何事も黙々と耐える東北人気質と、とりあえず文句を言ってみるという関西人気質との差が、政府の態度の差に出ているとしたら、これはゆゆしきことです。しかし政府の態度を見ていると、黙っているのを良いことに、という感じはしています。国際的にウソをついてまでオリンピックをやっている場合ではないんですけどね。

大震災では、津波で多くの方がなくなりましたが、また多くの方が間一髪で助かっています。この場合、日本人は、と言うより日本のマスコミは、悲劇の方ばかりを報道して「こうやったから助かった」と言うことに関しては、あまり報道しないように思われます。そしてまた悲劇の原因追及になると、個人に責任を押しつけるために犯人捜しばかりを行い、システムの欠陥はあまり議論されません。

多くの児童が犠牲になった大川小学校の話は有名ですが、何で津波が来る方向へ避難したのかは、未だに謎のままです。一方で大船渡小学校は、その場所が避難場所に指定されているにもかかわらず、危険を感じた校長先生が正門ではなくフェンスを乗り越えて裏山へ避難するように指示を出し、小学校は津波にのまれたのに一人の犠牲も出していません。成功例から学ぶことは、多いと思います。

日本列島に住んでいる限り、地震と津波は必ず来ます。同じ地震と津波がまた来たときにまた同じ悲劇を繰り返すようでは、東日本大震災で犠牲になった方達も浮かばれません。

なお小生は会社用の鞄には毎日の服用薬は入れてあり、大震災の時も出張先での急な宿泊時に問題なかったのですが、大震災以来遊びに行くときも2日分の薬は持ち歩くようにしています。

2014/03/06

ココログのトラブル?

2014年3月6日

数日前から、このブログの文字が表示されなくなりました。IEでは表示されずChromeでは表示されていたので、ココログのトラブルだろうと思い、そのうちNIFTYが対応するだろうと思ってそのままにしておきました。ところがいつまでも治らず、同じココログでも他の方のはIEでちゃんと見えます。仕方なしに、テンプレートを変更しました。

ところが変更すると、サイドバーの表示順序が変わっていて、これがいくらやっても変更できません。はたと気がつき、IEでなくChromeで立ち上げたら、無事変更できました。これでIEの方でも、ご覧になれるはずです。ご迷惑をおかけしました。なお小生のIEは11で最新版のはず(Windows7です)。

最近、こういう事例が増えています。日経のデジタル版は、IE9では一部対応しなくなり、会社で見えない記事が増えました。日経からは「Chromeで見てくれ」と言われましたが、日経本紙以外のビジネスなどは、Chromeに全く対応していません。

会社の小生のパソコンはXPですが、交換順位はかなり後のようです。間に合うかな?

2014/03/03

熊本から帰ってきました

2014年3月3日

熊本から帰ってきました。
着いた2月28日はやたら暖かかったのですが、それからだんだん気温が下がりました。とは言うものの、東京はものすごく寒かったそうで、そういう寒さはありません。Img_55121a

写真撮影に当てた3月1日は時々雨が落ちる、ぐずついた天気。一方お墓の掃除に当てた2日は、良い天気。やっぱり、日頃の行いが大事と言うことでしょうね(笑)。それでも、このくらいの写真は撮れました。特急「A列車で行こう」です。

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