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2014/02/02

佐藤しのぶの「夕鶴」

2014年2月2日

オペラ「夕鶴」を見に行ってきました。場所はよこすか芸術劇場、京急線の汐入の駅前です。横浜から京急の快特に乗ったところ、600型でしたが車内はロングシート、調べてみたら、2004年からロング化されているようです。いかに京急に乗っていないか、です。

よこすか芸術劇場は、2階から5階まで座席はU字型に配置され、垂直に立ち上がっています。このU字型、中央を外すとやや横向きになるので、見えづらくなります。小生の席はLブロックでしたが、通路を挟んで隣はCブロックという中央よりだったので、問題はありませんでした。LやRブロックは、できるだけC寄りの席が良いようです。前回行ったのは2007年3月(タンホイザー)でしたが、その時はこのU字型については何も触れていませんでした。おそらくCブロックの中央だったのでしょう。

よこすか芸術劇場の1階に、團伊玖磨さんの手書きの楽譜の一部が展示してありました。ブルーブラックのインクを使ったペン書きで、丁寧なきれいな字です。そして「与ひょう、怒って立ち上がる」など、動作指示も書き込んであるんですね。貴重なものを見ました。

前回夕鶴を見たのは2008年2月で、鮫島由美子さんでした。この時は半演奏会形式で知ったが、舞台セットはひなびた農家が造られていて、それに子供の童歌が加わると、いかにも「日本の田舎」という感じがします。今回は「新演出」と書いてありましたが、大道具は一切無しです。ただ床が客席に向かって斜めに造られていて(こうすると、1階席からも舞台の床が見えます)、そこの回り舞台が動くと、舞台に切り立った段差ができます。その段差があるときは家の炉端になり、あるときは腰を下ろす石や木になります。そして千住博さん描く背景が投影されることにより、いろんな場面になるわけです。その場面は家の中にとどまらず、宇宙空間にまで広がります。千住博さんの夜空の絵は、すばらしいですね。

今回の演出は原作に書いてある「いつともしれない物語。どこともしれない雪の中の村。」を重視し、現代に通じる普遍的な物語であることを強調したかったようです。そのため、子供達の衣装は髪の毛まで含めて赤や黄色といった前衛的、登場人物も洋服です。おかげで過度に感情移入せず、じっくり聞くことができました。田舎の農家と童歌の組み合わせだけで涙するような世代も、多いのです。小生もそうですが。

小生は母というか、母なる存在がいなくなるという設定に過剰反応するようで(20歳の時の母親を亡くしているせいでしょう)、前回の時は大泣きしてしまって冷静な判断ができなかったのですが、今回はいろいろ新しい発見がありました。つうは単なる恩返しではなく、愛する与ひょうを独り占めしたい、変わって欲しくない、という独占欲と言うか思いが、かなり強いんですね。昔見たフランス映画に、夫を独り占めするために身体障害者にしてしまう、というのがありましたが、ふとそれを思い出しました。

カミさんに言わせると、これは前回見えなかったのではなく、今回の演出と佐藤しのぶさんの歌が、その女の性(さが)と言うか「女」を表に出したのだろうとのことでした。つうのアリアで悪人達を「出ておいで、卑怯、ずるい」と言う場面は言うというよりののしるで、「大事な与ひょうを奪うものは、私が殺してやる!」とでも言うような迫力、佐藤しのぶさんが歌うと、すごくドラマチックになりますね。

プログラムでは佐藤しのぶさんが伝えたいこととして、「人間は失わなければわからない。失ったことではじめて、本当に大切なものが何だったかがわかるものではないでしょうか。」とおっしゃっていますが、失われる側の悲しみもまた大きいことを、佐藤さんの歌は伝えているようです。

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