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2013/09/23

実家売却

2013年9月23日

先日も書きましたが、熊本(三角)の実家を売却することになり、最後の片付けに行ってきました。実家を相続したのは姉2人で、小生のものではありませんが、そこに小生のものが「置かせてもらっている」状態でした。特に離れは、大学を卒業した後下宿から荷物を引き払ったものをそのまま入れたので、タイムカプセルのような状態です。今までにアルバムなど必要なものは持ちだしていたので、最後に少し持ち出し、残りはすべて廃棄処分にすることにしました。Img_5373a


三角町(現、宇城市)の中心部はほとんど埋め立てによって造られたところで、九州鉄道によって三角線が開通したのは明治32年でしたが、この時も駅用地は埋め立てでした。なおこの時の駅は現在地より1kmほど手前でした。三角町史によると、小生の祖父が会社を興したのがこの頃で、この家はその頃の造りのようです。ただ昔は当時の駅前にあったようで、明治36年に三角駅が現在の場所に移転した後、小生の家も今のところに引っ越してきたようです。今は改造でなくなりましたが、以前は移転する前のほぞの跡が残っていました。

この時ついでに持ってきた「三角町史」には、今まで疑問に思っていたことが結構書いてありました。旧十條製紙の貯木場は、十條製紙が海面使用の許可を取ったのが昭和23年で、それ以前は何かと思っていたのですが、会社名が違うだけで、ずっと八代の製紙工場の貯木場だったようです。

E.E.スミスの「レンズマン」シリーズは、全巻そろっていたはずですが散逸し、残っていたのは半分でした。全巻そろっていたら、古本屋に高く売れたのに!ただ九州は日差しが強く、カーテンを閉めていた部屋でも、すごい日焼けです。あんなに日焼けしていたら、無理かな。

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補足です。
この家の水道代と電気代(実質使用量は0)は、小生が払っていました。売却手続きのときに水道代は支払い元が移管できたのですが、電気代は別で、改めて九州電力に手続きをする必要がありました。手続きと言っても、電話で済みましたが。

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