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2013/09/30

循環器の定期検診

2013年9月30日

循環器の定期検診に行ってきました。このところずっと安定していたのですが、この夏は暑さが厳しかったせいか、ちょっと動くと動悸が速くなる、じっとしていると不整脈の飛んだ後に「どかん」と来る、という状態でした。先生にこの話をしたところ、「どかん」は期外収縮だろうけど心電図には出てこないし、特に不快感はないんだったら、そのまま何もしなくて良いよ、ということでした。「どかん」は血栓を造りやすいらしいのですが、その対策はすでに打ってあるので、追加の処置は必要ないと言うことでしょう。

その「どかん」対策のワーファリンですが、2年前は1.9あたりだったのですが、最近は2.2あたりを上下しています。しかし特に量を増やそうという話は出ず、そのままでした。目標は2あたりで、10%くらいは誤差の範囲内と言うことでしょう。

薬局によって薬をもらうときに、久しぶりにナオコ先生がいたので目の話、左目が角膜潰瘍になった話をしてみました。すると、一度目の大病をやった人は、それから何やかにとちょっとした具合の悪さが続く人と、完全に治ってしまう人がいるそうです。しかしこれは、当人が神経質かどうかで、つまりちょっとした目の異常を気にするかどうかで、結構左右されるような気がします。小生も少なくとも今は、何ともありません。

2013/09/29

中国の大気汚染

2013年9月29日

このところなにやら休日も忙しく、なかなか書き込みが出来ない日が続いています。

今日のニュースでは、中国の大気汚染がかなりひどいとか。実は先日熊本に行ったときに、三角線から見えるはずの雲仙岳が全く見えませんでした。黄砂のせいかと思っていたのですが、黄砂ではなく、大きめの大気汚染物質が飛んできているのかもしれません。

九州は空気がきれいなことも自慢の一つだったのですが、だんだん危なくなってきました。

2013/09/23

実家売却

2013年9月23日

先日も書きましたが、熊本(三角)の実家を売却することになり、最後の片付けに行ってきました。実家を相続したのは姉2人で、小生のものではありませんが、そこに小生のものが「置かせてもらっている」状態でした。特に離れは、大学を卒業した後下宿から荷物を引き払ったものをそのまま入れたので、タイムカプセルのような状態です。今までにアルバムなど必要なものは持ちだしていたので、最後に少し持ち出し、残りはすべて廃棄処分にすることにしました。Img_5373a


三角町(現、宇城市)の中心部はほとんど埋め立てによって造られたところで、九州鉄道によって三角線が開通したのは明治32年でしたが、この時も駅用地は埋め立てでした。なおこの時の駅は現在地より1kmほど手前でした。三角町史によると、小生の祖父が会社を興したのがこの頃で、この家はその頃の造りのようです。ただ昔は当時の駅前にあったようで、明治36年に三角駅が現在の場所に移転した後、小生の家も今のところに引っ越してきたようです。今は改造でなくなりましたが、以前は移転する前のほぞの跡が残っていました。

この時ついでに持ってきた「三角町史」には、今まで疑問に思っていたことが結構書いてありました。旧十條製紙の貯木場は、十條製紙が海面使用の許可を取ったのが昭和23年で、それ以前は何かと思っていたのですが、会社名が違うだけで、ずっと八代の製紙工場の貯木場だったようです。

E.E.スミスの「レンズマン」シリーズは、全巻そろっていたはずですが散逸し、残っていたのは半分でした。全巻そろっていたら、古本屋に高く売れたのに!ただ九州は日差しが強く、カーテンを閉めていた部屋でも、すごい日焼けです。あんなに日焼けしていたら、無理かな。

2013/09/22

ありがとう高崎線130周年

2013年9月22日

最近、高崎線の沿線にこういうポスターそのほか、「ありがとう高崎線130周年」のものがいろいろ掲示されています。高崎線は130年になるんですね。13082901a


ところがこの文句、なにやら変なのです。一体これは、誰が誰に言っている台詞なのでしょうか。乗客から高崎線(運営主体のJR東日本)へ?ラッシュアワーは東北線との交互運行のために本数は増えず、関係ないようなところの事故でまですぐに運休になり、回復は人一倍遅い高崎線へ?お礼の強要?

では高崎線(JR東日本)から利用者へ?そうしたら「ありがとう」って事は無いでしょう。お金を払って乗っていただいているお客様に対しては、「ありがとうございます」でしょう、常識的に。

首都圏(嫌いな言葉ですが)のJRは、「運んでやっている」という態度がちらちら見えます。この「ありがとう」、何か引っかかるのです。

2013/09/20

中秋の名月

2013年9月20日

昨日は中秋の名月、本当に満月でした。Img_53841a
右の写真は、昨夜12時頃のものです。換算300mmでも、そこそこ撮れますね。

今日は十六夜、今日も月がきれいです。
ぽんぽこぽん。

2013/09/16

熊本に行っていました

2013年9月16日

13日から16日(今日)まで、実家の片付けで熊本に行っていました。いよいよ売却が決まり、最後の片付けです。今週からは、もう勝手に入れなくなります。Dscn0796a


実家のある三角にはホテル/旅館の類が1件もなくなったのですが、オーナーが病気のため1回閉店したビジネスホテルが、オーナーが代わってまた復活したそうです。まだ口コミでしか広まっていませんでした。そのため小生は熊本駅前のホテルから、三角線で通いました。
三角線はかつてはトイレの無いキハ31の単行ばかりだったのですが、さすがに苦情が多かったようで、かなりの本数がキハ31+キハ40に変わっていました。それでも所々にキハ31の単行があり、事前に調べてそこは避けて乗りました。

実家は築130年くらいの古い大きな家なのですが、いろいろ改造してあるので建築当初の様子はとどめておらず、また場所も今回世界遺産の候補になった三角西港とは離れているので、文化財価値はありません。買った方が取り壊すそうです。Dscn0800a


帰りは台風にぶつかり、予約した便は早々と欠航が決まったのですが、熊本空港で振り替え便の手続きをしたら朝東京まで行って着陸できずに引っ返してきた「出戻り」便に案内され、結局当初の予約通りの時間に羽田に着きました。小生にとっては、3人がけの真ん中の席が2人がけの通路側に変わり、かえってラッキーでした。

2013/09/08

2020年オリンピック東京開催

2013年9月8日

2020年のオリンピックが東京に決まり、まずは目出度いことです。
ただずっと、「何で東京?」と思っていました。大震災からの復興を訴えるのなら、仙台で開催すべきです。まあオリンピックを開催するにはお金がかかりますから、復興にお金をかけている仙台市より、「県」の行政単位である東京「都」(「開催は「市」レベルなのに、東京は「県」レベル)はお金に余裕あるのは確かですが、復興資金の流用のように、本来東北に回るはずのお金が東京に落ちる、という気がしないでもありません。

東京都民なのに今ひとつ乗り切れないのは、前回の誘致活動のとき、国内候補の福岡市を石原都知事(当時)がけちょんけちょんにこき下ろしたのを、未だに恨みに思っているからかもしれません。ちなみに、小生の本籍地は福岡県北九州市です。

オリンピックの招致活動がなかったら、福島第一原子力発電所の汚染水漏れは、うやむやのままだったでしょうね。海外の報道陣の前であそこまで大見得を切ったのだから、もう政府主導で片を付けるしかなくなりました。オリンピックまで7年あるし、それまでに海外の報道陣もどんどん入って来るので、やっつけ仕事は出来ずに、本格工事になるでしょう。これが一番良かったことかもしれません。

2013/09/07

「大人の休日」越前越中撮影記(3)

2013年7月7日(日)

天気、曇。予報では雨だったが降っていない上に、立山が見える。降っても時々雨のようだ。計画通り、福岡に出かける。福岡と言っても福岡市ではなく、高岡から金沢に向かって2つめの駅である。福岡市の駅は「博多」で重ならないため、こちらの駅に「越中」が付かない。なお越中福岡は、菅笠が名産のようだ。Dscn0629a


福岡までの北陸線の各停は、475系。金サワの475/457系は方向幕がLED化されている編成もあるが、一部未改造の編成もある。Img_48231a


ところが横サボは全面廃止の上に先頭の方向幕も廃止しているので、LED未改造編成は行き先表示が全くない。SL時代でも、ちゃんと横サボは付いていた。また475系のクモハは(455系や、直流のの165系も)先頭屋根上に大型のモーター用通風機があったが、廃止されている。冷房改造の時に廃止されたか?Img_48461a


福岡に着いたら、雨だ。ただし降ったり止んだり。降水確率の60%とは、60%ED(反復定格)のことだったか?ともかく写真撮影ポイントを探す。線路の南側が良さそうだ。農道沿いに良いポイントが見つかった。農道だと新聞紙を広げてそこに荷物を下ろせるが、雨が降ってくると撤収することになる。Img_48651a


広げたり撤収したりの繰り返しだが、681/683系、EF81牽引の貨物列車、521系など、いろいろ撮れる。何しろ、列車密度が高い。各停用の521系は金沢から東は入ってこなかったが、3月の改正からか、入って来るようになった。Img_48951a


各停に使われている475系は国鉄色(リバイバル色)もいるため、旧北陸色、新北陸色の、3種類がいる。どうもこの青1色の北陸色はいただけない。京都大阪近郊をツートーンにして、各地は地域ごとの単一色にしてしまうのが現在のJR西の方針だが、京都大阪以外は「田舎」という中華思想が見て取れる。さしずめ北陸は「北狄」か。Img_48981a


雨も時々降るので、引き上げようと駅に戻ったら、日中の各停は1時間に1本だった。富山から西は本数が少ないのは知っていたが、金沢-高岡間でも同じだった。予定を変更し、福岡で昼食にする。幸い、駅前に食堂があった。冷やし中華。Img_49271a


高岡に戻っても雨は降ったり止んだりなので、「鉄」は止めて、久しぶりに高岡大仏を見に行く。雨が止むと日が出て、猛烈に蒸し暑い。高岡大仏は江戸時代に作られたが木造で、昭和8年に銅製に作り替えられたせいか、奈良や鎌倉ほど有名ではない。Dscn0634a


しかし、立派だ。高岡大仏からレンガ造りの富山銀行と、観光である。高岡は数回観光で回ったが、見所は多い。しかし高岡駅近くには休憩するところがないので、富山に移動。そこでおやつにする。天気が悪いことを前提に日焼け止めを塗ってこなかったので、今日はかなり焼けた。Dscn0639a


そうこうしているうちに、帰りの時間である。ビールと弁当を買って、「はくたか」19号に乗り込む。今回は、行きも帰りも北越急行所属の681系だ。一応の目的は達したので、ビールがうまい。弁当は「MAXとき」で食べる。定刻東京到着、天気が悪い割には、良い収穫だった。Dscn0641a


(完)

2013/09/02

「大人の休日」越前越中撮影記(2)

2013年7月6日(土)

天気、晴れ。ホテルの部屋が暑く、早く目が覚める。今日はまず福井鉄道の新車撮影なので、市役所前交差点まで歩く。朝の通学時間帯なので、歩道を自転車がカッ飛んでくる。しかも歩道一杯に広がってくるので、危なくてしようが無い。Img_47181a


福井に限らず地方都市はどこでも自転車が多く、それが皆歩道を走ってくる。最近は自転車は歩道を走るものだという誤解が、一般に広がっているようだ。そのうちはねられる歩行者が増えてくるはずだが(義父も、自転車にはねられて死んだ)、ナンバープレートのない自転車は、ひき逃げをしてもなかなか捕まらない。やがて社会問題になるだろう。Img_47261a


福井鉄道は、低床車が主力である。そこにまだ旧型の高床車が混じる。乗る方とすると高床車は大変だと思うが、見る方は鉄道仕様の車両が路面を走ってくるのは、面白い。他に鉄道仕様の車両が路面を走るのは、京津線の大津市内くらいか。と思っていたら、高床の200型がやってきた。あれ、色が変わった。Img_47381a


市役所前交差点は福井駅前へスイッチバックで分岐するので車両の滞在時間が長く、写真を撮るのに便利だ。そのせいか、同業者があと2名ほど。Img_47521a


特に新車狙いではないようだ。やがて新型車のF1000型がやってくる。万葉線や富山ライトレールと同系統だが、こちらは3連接。日本は信用乗車の方式を採らないので、ヨーロッパのような多連接車が普及しないが、3連接は運転手と車掌の2名で対応できるので、使い勝手が良いはずだ。熊本市電にも、この手の3連接を入れてくれないかと思う。Img_47621a


もっとも熊本市電は、狭めた電停の幅を元に戻すのが先だが。駅前まで追いかけて写真を撮ったが、あまりの日差しの強さに、シャッタースピードを速めにしてしまい、方向幕が飛んでしまった。ISOを落として、スローシャッターで切るべきだった。Img_47701a


次は東富山へ。ところがサンダーバード1号が33分遅れ。小生が福井に来るときは、いつも遅れる。富山からの各停の本数が少なく、しかも富山で一旦外へ出て荷物をコインロッカーに放り込むつもりなので心配したが、各停発車の8分前に到着した。さすが683系サンダーバード。Img_47761a


東富山では、まず貨物列車を踏切で狙う。小生の写真はいつもやや広角気味だが、ここは望遠で狙った方が面白い写真が撮れる。EF510と思ったら、EF81が来た。600番台、高速対応車に速度記録装置取り付けが義務化されたあおりだ。「はくたか」は上下線間の仕切りロープのない場所で狙うが、今日も立山は見えない。683系非貫通先頭車を狙ったが、シャッターを切るタイミングが少し早かった。福井鉄道のシャッター速度設定といい、今日はどうもうまくない。Img_48171a


昼食は、富山で駅そば。14時頃から雨がぱらぱら来始める。こうなると、もう駅撮りしかない。そこで高岡に移動する。ところが高岡は、駅撮りには良いが、休もうとしたときに喫茶店(最近の表現では、カフェか?)などちょっと一服できる店がどこにもない。駅ビルが工事中で、おそらくこれが完成すれば整備されるのであろう。仕方なしにコンビニでお菓子とコーヒーを買い、駅コンコースのベンチで一服。冷房が効かず、暑い。ところが、猛烈な雨になった。そう言えば今日の天気予報は、午後から雷雨であった。しばらく待っていたが止みそうになく、早めにホテルには行って昼寝にする。今日は早上がりだ。夕食はホテル1階の飲み屋で、ホタルイカなど富山湾名産づくしがあった。

高岡泊。
(つづく)

2013/09/01

携帯電話を買い換えました

2013年9月1日

小生が携帯電話の音声通話を使うのは、カミさんと別行動になったときくらいです。以前は毎日の電話など入れていなかったのですが、友人が硬膜外出血で倒れて、定時連絡が無かったことで発見されてからで、そろそろいつ倒れても不思議はない歳なので、毎日連絡を入れるようにしています。と言ってもカミさんの性格から、定時連絡が無くても2,3日放っておかれるようないやな予感が(^_^;。

その滅多に使わない携帯電話ですが、しばらく前から電話をかけるときに無音状態が続くようになりました。呼び出し音もしないし、相手が出たかどうかもわかりません。こういう時の確認に天気予報を聞くのですが、全く聞こえません。あちこちいじったり、しばらく放っておくと直るので、どうやら中央の折りたたみ部分のケーブルか、コネクタがいかれたようです。すでに4年使っているので、買い換えることにしました。急遽思い立っての買い換えなので、事前準備は全く無しです。

スマホには、しません。あんな触ったところと違う文字や数字が出てくるようなタッチキーは、遊びには使えても、緊急時の使用が考えられる電話機には使えません。で、いわゆるガラケーなのですが、AUでは昔のタイプの携帯電話はもう京セラ一社しか造っていないんですね。機種も2つしかないので、ある意味選択には困りません。昔カシオが出したほとんどデジカメみたいなものが欲しかったのですが、ごくごく当たり前の、カメラの解像度は悪そうな機種になりました。

ヨ○バシカメラの売り場でいろいろ聞いてみて、新しいものからICカードが小型に変わりつつあることがわかりました。小型に変わると、一旦買ってまた自分で昔の機種に戻すことはできません。幸い今回のものはそのままの大きさで、あとで自分で昔の電話機を動かせます。と言うのも、モバイルSuica、エキモ(乗換検索)、ブックオフのポイントと、メモリーのどこまでがICカードでどこまでが本体なのかがわからず、帰ってじっくりやりたかったからです。メールアドレスは引き継げないと思っていたら、こちらも新しい機種にそのまま移動しました。AUからAUだったからでしょう。

さて古い携帯のメモリーですが、モバイルSuicaはICカードの差し替えでは移行できないことはわかっています。早速やり方をパソコンから眺め、これは覚えられないと思って印刷し、無事移行できました。ただ移行するときに登録の携帯メールアドレスを聞かれるので、機種と一緒に会社も変更したら、移行がもう一手間かかりそうです。

昔は古い機種と新しい機種の同時並行作業が必要だったエキモは、新しい機種だけで良いようになりました。これは楽です。ブックオフのポイントはICカードに記憶されるので、作業の必要はありませんでした。ただ画像は消えているので、10ポイントたまったときにどうなるかがわかりません。結局古い機種での事前操作が必要なのはモバイルSuicaだけで、この一つだけなら事前準備も可能でしたね。おそらく次のモデルは京セラもICカードを小型化するでしょうから、次回の買い換えは事前準備をした方が良いです。ただ次回の買い換えの頃世の中がどうなっているか、全く違ったものになっているかもしれません。

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