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2013/01/27

富山にいます

「大人の休日」を使って、北陸を旅行中です。一昨日が群馬に出張だったため、昨日の「はくたか」はお昼前の便にしたのですが、その前の便まで全部運休でした。偶然運転再開の便に乗ったことになりました。明日帰りますが、「はくたか」はちゃんと動いてくれるだろうなあ。

2013/01/20

雪かき

2013年1月20日

東京は先週の雪がまだ残っています。先週の雪は北関東にはあまり降らなかったようで、群馬から横浜に出張してきた連中は、雪の量にびっくりしています。

その雪、小生は翌日の15日に東京に帰ってきたのですが、20年前と比べ、道路の雪かきをする家がずいぶん少なくなったように感じます。以前は、一戸建ての家では雪が降った翌朝には、自分の家の前の道路の雪を、きれいに片付けていました。従って、小生が住んでいるアパートの前の雪だけが、いつまでも残っていたものです。
ところが最近は、家の前の雪かきをする家は5軒に1軒、いや、10軒に1軒くらいかもしれません。20年も経つと住んでいる方もそれだけ歳を取るわけですから、雪かきをするだけの体力が無くなったのかもしれません。

小生が15日の夜に帰ってきた時、1軒だけ家の前の道路(歩道)をきれいに雪かきしている家がありました。ところがそこが坂道の途中で、坂の上の家が雪かきをしていないため、上の雪から雪解け水が流れ、それが夜になって凍って一面つるつるです。光っている気配から察してそこはそろりそろりと通過したのですが、両足とも滑って塀にしがみついて事なきを得ました。それも、2回です。

こういう時は、雪が残っていた方がかえって滑らないのですが、雪かきをしないと今度は溶け始めの時に凍り付くことになります。雪国のように凍結防止剤が道路に置いてあれば良いのですが、東京では無理ですね。それ以来、道路の右側と左側と、凍らない方を選んで横断しながら通っています。

2013/01/16

昭和の時代考証

2013年1月16日

13日放送のTBSの日曜劇場「とんび」を、見る予定はなかったのに見てしまいました。小生は「母親が若くして死んでしまう」という設定にはどうも弱く、しかも子役の演技がすばらしく、かなり涙腺が緩んだのですが、ドラマの筋とは関係なく、時代考証はなっていなかったですねえ。原作は昭和37年(1962年)だったのをドラマで昭和47年(1972年)にしたせいかもしれません。

まず主人公の父親が乗っているオート3輪、「3丁目の夕日」(舞台は昭和32年)ではあるまいし、これはないです。すでに昭和40年(1965年)には自動3輪の免許がなくなっており、1970年代にはオート3輪はまず皆無でした。この頃の個人商店が使っていたトラックと言えば、ダットサントラックかトヨタのハイラックス。大型車はすっかりキャブオーバーに変わっていましたが、小型トラックはまだまだボンネットタイプが多かった時代です。従って、日野のボンネットトラックもないです。残ってはいたかもしれませんが、せいぜいその位。長距離はキャブオーバーで、運転席の後ろにベッドの付いたタイプがもう出現していました。

余談ですが、昭和55年(1980年)頃からトラックの過積載の取り締まり厳しくなり、酒屋のトラックが一斉に2t車から3t車に変わりました。このころから個人商店のトラックも、キャブオーバーになります。

「こんにちは赤ちゃん」が歌われていましたが、これは昭和38年(1963年)で、舞台の昭和47年(1972年)では完全な「懐メロ」です。

貨物ホームに横付けしたコンテナ者から荷物を下ろす風景も、無いですね。この時代で貨物ホームに着くのは客車タイプの荷物車で、貨物ホームにコンテナ車を横付けするようになったのは、荷物列車が廃止になった昭和61年(1986年)以降です。この時代でもコンテナ車はありましたが、コンテナはトラックに積み替え、そこで荷役をしていました。そしてこの時代は荷役の機械化もかなり進んでおり、ベルトコンベアをさしかけて下ろすか、台車に積み替えてその台車を連結してターレーが引っ張っていました。まあ撮影しようにも、荷物車自体がなかったのでしょうが。

今のプロデューサーの方々は小生の子供世代、生まれる前の1960年代と1970年代の10年間の違いは、わからないでしょうね。小生あたりの世代が、昭和5年と大正5年の区別が付かないのと、同じです。昭和は遠くなりにけり。

2013/01/13

成人式

2012年1月13日

今日は成人式らしく、街に出たら振り袖姿の女の子がたくさん歩いているのに出くわしました。小生たち古い世代には、「成人式=1月15日」というのが染みついていて、曜日が固定されて日にちが動く今のやり方は、どうもなじめません。

さて、では自分の成人式はどうだったかというと、小生は成人式をやっていないんです。と言うのも、20歳の4月に、下宿の引っ越しに合わせて住民登録上の住所を東京の下宿先から熊本に移したのですが、それまで住んでいた大田区では、1月15日時点では小生は19歳だったため成人式はまだ翌年、住所を移した熊本では同級生を同じ年に成人式をするため区切りは4月1日で、成人式はその年に終わっていたという扱いになり、ちょうど谷間に落っこちて成人式はありませんでした。

もっともカミさんも、ずっと大田区に住んでいたのですが、案内は来なかったと言っていますから、その頃は大田区は成人式はなかったのかもしれません。おかげで夫婦で話が食い違うこともなく(どちらも成人式未経験)、うまくいっています。まああんなもの出たからと言ってどうというものでもありませんが、どういう雰囲気なのか、見て見たかったのは事実です。

2013/01/10

神は存在するか(ウルフラム・アルファ)

2013年1月10日

久しぶりに大学(出身の学部ではありません)を訪問し、雑談ついでに教授に複素数(あまりまともな複素数ではありませんが)の正規化の方法を聞いてきました。教授の回答は、「ウルフラムを見よ」というものでした。「あ、知らないんだ」とおっしゃっていましたから、大学関係では常識に近いサイトなのでしょう。翌日会社でごそごそ調べたところ、「ウルフラム・アルファ」というサイトで、そのものはGOOGLEと同じ検索エンジンなのですが、そのものずばりの回答を返してくるところが違います。数学の場合、数式(一般式を含む)を入れると、その解を返してくれます。

そこで、j^n=cos(nπ/2)+jsin(nπ/2)という答えを得ましたので、組み合わせで変な複素数の正規化もやることが出来ました。

このウルフラム・アルファ、「珍回答集」というサイトがあるように、変な質問をしてもちゃんと答えてくれます。例えば、「人生とは何か」などです。ただしその答えはデータ^ベース中の過去の作品の中の台詞を引っ張り出してくるので、必ずしも真面目な答えとは限りません。
そこでふと思いつき、「神は存在するか?」と聞いてみました。答えは、「今こそ存在する。」

この「私が神だ」と言わんばかりの台詞、実はフレドリック・ブラウンの古いSF短編(ショートショートと言っても良いくらいの短編)の中にある台詞です。世界中のコンピューターを接続して巨大コンピューターを造り、その巨大コンピューターに対して出した「神は存在するか?」という問いに対する答えがそうです。記憶に間違いなければ(最近非常に怪しいですが)「天使と宇宙船」という短編集の中にあったと思います。小生がそれを読んだのは高校時代なので、1960年代中頃です。いやあ、すっかり楽しくなりました。

おそらく過去の名作のやりとりの一節を入力すれば(例えば、「2001年宇宙の旅」など)、その台詞を返してくれると思うのですが、残念ながら入力は英語で、日本語版はまだありません。誰か日本語版を造ってくれないかな。

2013/01/08

ワーファリンと内出血

2013年1月8日

4日朝、右手親指の付け根が真っ黒になっているのに気がつきました。内出血の症状です。しかも触ると痛い!たぶんどこかにぶつけたんでしょうけど、記憶にありません。小生のベッドは、寝ている時にぶつけやすいところが多々あるので、おそらく寝ている時にどこかにぶつけたのでしょう。4日から会社だったので、焦っていた夢でも見ていたのかもしれません。

しばらく放って置いたら治るだろうと思っていたのですが、腫れが引かないので、整形外科に行ってきました。先生、「どこかにぶつけたのかなあ」と言いながら、カルテに入力中。「血液さらさらの薬なんて、飲んでないですよねえ。」「いえ、ワーファリンを飲んでいます。」「そうか、それで合点がいった。」どうも腫れの割には、内出血がひどかったようなのです。納得した先生、「今度循環器の先生に、こんな事があったと言っといて。」で、レントゲン無し、薬無しで終わりました。

今まであまりそういうことは無かったのですが、ワーファリンを飲んでいると、ちょっとしたことで出血、それも内出血が起こりやすいそうです。冗談で「車にはねられたら、俺は助からんよ。」と言っていましたが、かなりまじめに考えないといけないようです。特に頭は、気をつけなければいけません。ワーファリンの効きは食べるものによっても左右され、野菜や海藻をたくさん食べると効かない方に振れ、日頃の食生活に合わせた量を飲んでいるのですが、お正月でそういうものの摂取量が減っていたのかもしれません。

2013/01/06

山手七福神

2013年1月6日
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皆様にも、御利益がありますように。


今年は4日から会社が始まり、おまけに5日(土)も出勤日だったので、七福神巡りが今日になってしまいました。
今年一年が、良い年でありますように。

2013/01/01

謹賀新年

2013年1月1日

明けましておめでとうございます。

暮れの31日ですが、カミさんが朝からベートーベンの弦楽4重奏連続演奏会(所要時間、8時間!)に出かけてしまい、小生は散財した後、寿司を買ってきてゆっくりこたつで紅白歌合戦を最初から最後まで見ました。本当の最後は、11時30分にジルベスターコンサートに切り替えたので、見ていませんが。

紅白歌合戦は、子供の頃はあまり見た記憶がありません。昔の酒屋は31日まで営業し、しかも盆暮れ払いの習慣が一部残っていたので、営業のトラックが帰ってくるのは夜9時過ぎです。そしてそこからの追加注文もあるので、全部終わって洗車する頃は、年が変わっていましたね。事務方の方はそれから集計の計算ですから、終わるのは3時くらい、徹夜の人も多かったです。事務の女性は皆住み込みだったので、元日の朝のおせち料理を一緒に食べて、親父からもらったおみやげを持って、実家に里帰りでした。このおみやげというのはもらったお歳暮を分けたもので、かさが張って今ならいやがられるのですが、昔は歓迎されていました。
こういう状態だったので、特にすることはなくても(役に立たなくても)のんびりテレビを見ているわけにも行かず、まして運転免許が取れる年齢になったら完全に「戦力」でしたから、紅白はまともに見たことはありませんでした。

裏方(台所)の方はと言うと、正月の支度の他に、31日の夕食は日頃は家に帰って夕食を採る外回りの男性組も食事をするので、数十人分の支度をしていました。なお31日の夕食は、人数がどう変動しても良いように、カレーと決まっていました。これが6時頃で、10時頃には年越しそばもゆでていました。この支度をする方は、ちらちらと紅白歌合戦は見られたようです。

結婚後は、しばらく酒屋を手伝っていた時期を除いて、紅白歌合戦は見られたのですが、目が炎症を起こしている時は、舞台に置かれたディスプレイとの干渉縞やちらつきが耐えられず、家族には悪かったのですが、チャンネルを変えるか、消していました。こうやって紅白歌合戦がゆっくり見られるということは、ありがたいことです。

さて今年は、もう1回契約更新が出来ますので、小生にとってはあまり変わらない1年になるでしょう。いや、変わらない1年になって欲しいものです。

今年もよろしくお願いします。

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