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2012/06/22

電車の系列名について

2012年6月22日

yukobueさんから電車の型式(系列名)についてご質問があり、長くなりそうなので、別立てにしました。
私鉄各社はその会社によって型式の付け方が異なっているので、旧国鉄の新系列電車(新系列が何かとなるとまた長くなるのですが、とりあえず今走っている電車を含む、ということにして置いてください)の在来線と新幹線について、ご説明します。JRになっても、JR四国を除いておおむね国鉄方式に従っています。

まず、在来線です。○○○系と数字3桁になっています。電車に書かれる型式名は、この数字の前にモハだのクモハだのという種別を表す記号が付き、その後ハイフンを挟んで個別の番号がつきます。話を系列名だけに絞ると、100の位で電源仕様を表します。
1~3:直流
4~6:交直流両用
7,8:交流
9:試作車など特殊車

10の位で、用途を表します。
1~4:一般用(急行料金が要らない列車用)
5~8:優等列車用(特急、急行用)
9:職用車など
優等列車の定義となるとまた難しいのですが、優等列車用は定員=座席定員で、一般用はそれに立ち席定員が加わります。これは今のところ例外はない(はず)です。

1の位は追い番です。ただし奇数番号のみなので、1の次は3です。

とこういうところですが、新しい構造ができたり、新機軸の車両ができたりすると、行替えではありませんが、追い番ではなく桁上がりすることがよくあります。
具体的に言うと、通勤用の新系列最初の系列は101系でした。これは4ドアロングシートだったのですが、3ドアセミクロスの、いわゆる近郊型が登場したとき、追い番ではなく10の位を一つあげ、111系にしました。双方その次の系列として、103系や113系が登場しています。そして今度は電機子チョッパという今までにない構造の電車が登場したとき、一気に201系になりました。
優等列車は「こだま」型151系から始まったのですが、交直流の特急型が急行用473系の後に出たため一つずらして481系としたため(特急用が初登場するときは、末尾に1を付けたがります)、151系のパワーアップ車は特急用=8というイメージで、181系になりました。
国鉄がJRになった後も、JR四国を除き、この付け方は踏襲されたのですが、各社で独自に付けるようになって番号の重複の恐れが出てきたため、JR東日本では1994年から、系列の3桁の数字の前にEを付けるようになりました。ただし後の数字はEを付けない時代の追い番ですので、EをとってもJR東内で重複することはありません。

新幹線も同じ3桁ですが、100番台のくくりでその系列すべてを表すため、変わるのは100の位だけで、系列名としては10の位も1の位も0です。
1964年に新幹線が開業したときは新幹線車両は1系列しかなかったため、特に○○系とは呼ばれませんでした。東北新幹線が開業するとき、改めて東海道新幹線が0系と呼ばれるようになりました。その東北新幹線ですが、本来なら0系の次で100系になるところ、100という切りの良い番号を先輩格の東海道新幹線に譲り、200系になりました。この時はまだ国鉄だったので、こういうことがあったわけです。従って新幹線の系列の数字とと登場順は、一致していません。
その後東海道新幹線の100系が登場し、東北新幹線には山形新幹線用の400系が登場、その後東海道新幹線の300系と、奇数が東海道、偶数が東北/上越と、棲み分けができました。ところがJR化後に番号の重複を避けるため頭にEを付けるようになり(実は、在来線よりこちらが先)、在来線と違って数字をリセットしたため、600系になるはずの系列がE1系となって登場しました。どちらかというとE100系と呼んだ方が良い付け方なのですが、東海道新幹線との混同を避けたのでしょう。そのため偶数番号が空き、800系は九州新幹線が使用しています。
新幹線の番号は800系まで使ってしまったため(900番台は職用車)、700系の次はどうなるか、興味がありました。しかし次に出るのは700系1000番台で、新しい番号にはなりませんでした。その次(次の次)に出るのが、空いている600系を使うのか、それとも2台目100系になるのか、興味があるところです。

JR東日本では、在来線と違って新幹線はEの付く系列を1(100)から始めたため、Eを取ると番号の重複が生じます。今は上越新幹線だけに残った200系の中間電動車に226型というのがありますが、長野新幹線用のE2系にもE226型というのが存在します。またかつては山形新幹線雄400系「つばさ」は、E4系「やまびこ」と併結して走っていました。どちらも4○○という型式名になるのですが、E4系は2階建てのため10の位の番号が違い、Eを取った後の型式名の重複はありませんでした。

いやあ、この手の話を始めると、ついつい長くなります。失礼しました。

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コメント

南海さん、こんばんは!

素朴な質問に詳細な説明をしていただきまして
ありがとうございました。

私は、理系の南海さんと違って、狸系なので、すぐには、理解できませんが、何回かおじゃまして理解してみたいと、思います。旅先で系列をメモって分析する楽しみができそうです。

ところで、岩手山の写真、本日、見てまいりました。美しいなだらかな岩手山を背景に、
広がる水田の緑が、美しい写真でした。
岩手山と水田の境界を走る赤と青の車両に、
どうして、先頭車両の色だけ、赤?と、また、
疑問が浮かびました。
1964年に東海道新幹線が、デビューしたのですね。

yokobueさん、コメントありがとうございます。それと写真展にご来場いただき、ありがとうございました。
小生は今日は家の片付けで会場には行けず、失礼しました。
さて「日本海」の色ですが、客車の青は、1958年(昭和33年)に東京発博多行き寝台特急「あさかぜ」が全車冷暖房完備の固定編成に置き換えられて以来、寝台特急の旧国鉄標準色です。機関車の赤もまた旧国鉄の標準色で、直流が青、交流が赤、交直流がローズピンクと定められました。この牽引機は交直流のEF81で、色はローズピンクです。ただ↑の濃い舞台化粧(コントラストの強い焼き方)のため、ほとんど赤に見えてしまっています。
すみません、岩手山ではなく、岩木山(場所は弘前の近く)です。

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