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2012/05/28

撮り損ない

2012年5月28日

「いつまでもあると思うな、親と金」(芸能人の間では、「いつまでもあると思うな、人気と仕事」と言われているようです(^_^;)ではないですが、あると思っていたのが、いつの間にかなくなっているというのは、よくあることです。今日の話はお金ではなく、「鉄」ですが。

群馬に出張に行くとき、午後の良い時間に走る高崎線下りのEF64重連の貨物列車を、時々目にしていました。いつか撮ろうと思いながら、土休日運休のためになかなか休暇を取って行こうとはしませんでした。出張の時に一眼レフを鞄の中に忍ばせて行けば良いじゃないか、と思われるかもしれませんが、小生は頭のモード切替に時間がかかる方で、「出張のついでに何とか」ということができないのです。と、もたもたしている間に、この3月のダイヤ改正でなくなってしまいました。代わりに東海道線を走るEF64の列車ができたのですが、夜中です(;_;)。

こうやって見ると、撮り損なって無くなった列車は数限りなくあるのですが、今思っても残念と思う列車が二つあります。その一つは、北九州は黒崎を12時ちょうどに発車していた引き込み線の列車です。黒崎からの引き込み線は三菱化成(現、三菱化学)が有名ですが、この列車は三菱化学とは反対側、八幡方向に走っていました。牽引機は96(9600型蒸気機関車)でバック運転、引き込み線は入替扱いなので誘導員が乗りますが、誘導員はテンダに乗っていました。これが安川電機の正門の前を横切って走るところを撮ろうと思いながら、撮り損ないました。

もう一つは熊本で、高校時代(1965年頃)に夕方5時過ぎに熊本駅を同時発車する普通列車がありました。1本は鹿児島本線の下りで、牽引機はD51、もう1本は豊肥本線の下りで、96重連でした。これが同時発車して田崎橋をくぐるあたり(すごい煙でした)を撮ろうと思いながら、これも果たせませんでした。しかしちゃんとカメラに収めた物より、こうやって「撮り損なった!」と思っている物の方が、しっかり記憶に残っているから不思議です。

今何とか名古屋界隈のDD51を撮ろうと思っていますが、名古屋は「大人の休日」切符が使えないので、先立つものの算段をしている間にどんどん時間だけが経っています。やっぱり、お金の話になった(笑)。

2012/05/27

九州から見たら、福島も宮城も同じ

2012年5月26日

東日本大震災で発生したがれきは広域で処理されるような動きになっていますが、その中で北九州市は石巻で発生したがれきの試験焼却に対し、住民の反対運動が起こっています。小生は反対する理由がわからなかった(理解できないという意味ではなく)のですが、ニュースの映像を見てやっと判りました(これも、理解したという意味ではなく)。要は、「放射能に汚染されたがれきを持ち込むな」ということです。このニュースを見て、腹が立ってきました。

北九州で試験焼却をやろうとしているのは石巻のがれきで、福島県の双葉町やのがれきではありません。福島第一原発と石巻市は、直線距離で110km離れています。玄海原発と北九州市(小倉北区)との直線距離より、離れているのです。それでも北九州から見たら、福島も宮城も、みんな区別がつかない汚染地域なんでしょうか。北九州といえば、困った人がいたら率先して助ける男気のある街だと思っていました。それがなんともはや、嘆かわしい話です。北九州市に本籍を置く身としては、情けないやら悲しいやら、本当に腹が立ちます。

と思っていたら、新聞に長崎の人が、やはり東北のがれきを焼却するために持ち込むことに対し、放射能汚染に対する警戒から反対意見を述べられていました。やはり九州から見たら、福島以北は皆同じなんでしょうか。

同じ日本国内でこうなのですから、外国から見たら、日本が全部汚染されていると見えるでしょうね。「放射能が怖い」と言って長崎のハウステンボスに来る外国人が減ったというのも、うなずけます。この北九州市の反対運動のニュースが外国で流れたら、戻りかけている外国人観光客が、また減るでしょう。

2012/05/26

グンソク

2012年5月26日

カタカナで書くと韓流スターみたいですが(^_^;、漢字で書くと、軍足です。あまりなじみの無い単語かもしれませんが(一太郎の辞書にも、ありませんでした)、作業用に使う厚手の木綿の靴下で、軍手の靴下版です。指のあるもの(とび職などの地下足袋をはいている方の靴下はこれ)とないものがあり、安全靴だった小生は指のない方でした。

軍足をはくようになったきっかけは、新入社員の時の加工実習です。その時は靴は安全靴だったのですが、靴下は普通のナイロンの靴下をはいていました。フライス版で加工をしているときに切粉が靴の中に飛び込み、あっという間に靴下が溶けました。当然「アチチチ」です。その時、「南海君、軍足をはいた方が良いよ」と言われて、初めて軍足なる物の存在を知りました。

防火用にはF1のパイロットも着用しているウールが有名ですが、木綿でも短時間なら耐火性があります。また火には至らない耐熱性なら、かなり持っています。火消しの半纏も、厚手の木綿のはずです。今小生が軍足をはいているのは、ハンダ付けの時の、溶けたはんだや熱せられた部品が飛んできたときの対応用です。普通に作業をしていると飛ぶはずは無いのですが、変な飛ばし方をするやつがいるものです(笑)。ちなみに作業服も混紡ですが木綿の比率が多く、多少の熱いものが飛んできても平気です。

以来ずっと軍足だったのですが、小生は足が大きい(28cm)ため普通サイズでは合わず、「大きいサイズ」という軍足を使っていました。ところが軍足、まして大きいサイズの軍足を売っているような店は古い雑貨屋で、一袋(5足か6足入り)を使い切って次を買おうというときには、大抵前に買った店は無くなっていました。しかしそのたびに新しい店を探し(探せば、あるものです)、何とか今まで使ってきました。

定年の少し前に「これで定年まで持つだろう」と思って6足入りを買いましたが、定年後も仕事を続けているため、とうとうそれも底をつきました。さあどうするか。R&Dに移ったときに現場に行って機械の調整をすることが無くなり、またその後の足底腱膜炎のこともあって、安全靴は止めています(今の靴はなんと、ナイキの「エアー」)。しかしハンダ付けは続けているため、6足入りではかなり無駄になると思いつつ、軍足を買うことにしました。

さていつもの店に行ったら、なんと端数が余ったのか、1足だけを売っていました。早速購入したのは、言うまでもありません。これで本当に引退するまで持つかどうか、本当に引退する時をまだ決めていませんが、少なくとも1年は大丈夫でしょう。

2012/05/21

新幹線は、前の方ほど揺れない

2012年5月21日

何やかにやで、毎週末仙台に通うことになりました。速くなりましたね。「はやて」に乗ると、2時間かかりませんから。
「はやて」と書きましたが、実際に乗ったのは毎回「こまち」でした。実は横方向の占有長さは「はやて」よりも「こまち」の方が大きく、「こまち」の方が少しゆったりしています。そのため以前は「こまち」を指定して乗っていたのですが、「こまち」の方が混んでいました。ところが新青森まで延長されてからは、「はやて」の方が混んでいるようです。復興作業その他で、太平洋側の方が人の動きが活発なのかもしれませんが。

この「こまち」、ほとんど16号車(下りは先頭車、上りは最後尾)に乗ったため、揺れ方の違いが露骨にわかりました。やはり先頭車の方が、揺れないです。特にトンネル内では、はっきり差が出ます。元々JR東のE2/E3系はJR海の300系に対応する車両だったのですが、後期(E2系1000番台)あたりからは700系相当になっています。しかし、揺れ止めの設備がN700系に比べるとどうしても劣り、トンネル内で蛇行動を起こすという700系と同じ癖を持っています。この蛇行動、編成の後ろに行くほど激しくなりますから、最後尾車両のトンネル内は、かなり揺れることになります。揺れるのの嫌いな方は、なるべく先頭に近い車両の指定席を取った方が良いです。なおE5系はこれが大幅に改善され、トンネルなでも快適です。

毎週仙台に通っていたため、先週は天皇皇后両陛下とニアミスだったのですが(仙台出発が1時間遅ければ、ぶつかりました)、青葉祭りにはしっかりぶつかりました。「雀踊り」というのを初めて見たのですが、なかなか見応えがありますね。両手に扇を持ち、その扇の表裏が補色(基本は、赤と緑)に塗られているため、扇を返すと色がさっと変わり、とてもきれいです。踊りの振り付けは、相当練習を積まないとできないような動きでした。Dscn0189a


PS:今日(21日)は、会社をフレックスで遅い出社にし、しっかり金環食を見ました。薄雲がかかっていたせいか、思ったより暗くならなかったです。

2012/05/13

地震保険の地域区分

2012年5月13日

ひょんな事で、地震保険付き火災保険の料金表を目にしました。火災保険は建物の構造(木造か、鉄筋コンクリート製か、など)によって保険料が違いますが、地震保険はその都道府県によって料金が違うんですね。被耐火の場合は最低料金の区分Aと最高料金の区分Gとでは、20~30%保険料が違います。

この保険料の差がそのまま地震の危険度の差に直結するわけではないと思いますが、保険料の算定の原理から言うと、ある程度は当たっているようです。それによると、最も危険度が少ない区分Aは、秋田から山口にかけての、新潟を除く日本海側、そのまま福岡、熊本と続く九州西側、内陸では群馬、栃木が含まれています。東日本大震災で大きな被害を受けた岩手と福島が区分A、宮城と青森が区分Bですから、本来は地震は少ない(と言うより、地震の被害が少ない)ところなんですね。

一方危険度が最も大きい区分Gは、東京、神奈川、静岡の3都県。う~~ん、ちょっと考えさせられますね。

2012/05/07

快男児 横山章一氏

2012年5月7日

「道を拓く-中東で生きる日本ビジネスマン物語-」(山本春樹著、同友館)という本を読みました。5月に出たばかりの本ですが、同友館は経済/経営書が専門の出版社なので、一般の書店には並びにくい本かもしれません。横山章一氏の半生記なのですが、「アラビアの快男児」と書いてある通り、まさに快男児です。こんなすごい人がいるんだ、と思いました。

この横山章一氏、小生にとっては、大学の、それもクラブ(合唱団の方)の2年上の先輩になります。それも同じパート(セカンド・テナー)。あの当時はセカンドは各学年10人以上(4学年合計では50名近い)の大所帯でしたが、その中で横山さんは技術系幹事(パートリーダーなど)でもなく、またマネージ系幹事(演奏旅行担当など)でもない、言わば宴会部長、快男児と言うより怪男児でした。合宿中に先輩の部屋に忍び込んでパンツを脱がせたり(言い遅れましたが、男ばかり、男声合唱です)、無垢な一年生に女体の神秘を解説したり、そちらの方面で有名な方でした。先へ行って有名になるような方は、学生時代は既存の枠に収まりきれず、型破りと言われることが多いようです。もう一つ、先へ行って有名になる方は卒業してからも(卒業してからの方が)よく勉強をされていますね。横山さんもそうです。

横山さんが卒業された後、一度だけ細かい話をしたことがあります。井の頭線の車内だったという記憶があるので1969年、小生が大学3年の時でした。おそらく、春の六大学演奏会の時に激励に来られ、その帰りだと思います。横山さんはIHIに入社されて新入社員研修の真っ最中、商学部出身だったので、機械や電気の基礎知識も勉強されていた時期でした。その時聞かれました。
「南海君、今直流機の勉強をしているんだけど、直流電動機の特徴は制御性の良さなのかな?」小生は電気科で、しかも重電系でした。
「いや、それもありますけど、細かい制御はAC-ACコンバータ(当時はVVVFなんて言葉はありませんでした)を使えば交流機でも実現できます。それより、トルクが電流の2乗に比例する起動トルクの大きさです。」
とまあ、小生はえらそうなことを言ったんですが、嘘ではないですけど、答えとしては不適切ですね。やはり直流機の特徴はその制御性で、交流機がそれに匹敵する特性を出し始めたのはベクトル制御になってからで、1980年以降のことです。さらにそれが広まったのはIGBTが出現してからで、さらにその10年後です。小生の話は、10年から20年早かったです。
またトルクが電流の2乗に比例するのも、これは直流直巻電動機の話で、直巻電動機は鉄道では一般的に使われていましたが、産業用では古い設備(新日鉄八幡製鉄所など)では使われていたものの、新規の採用はほとんど無くなっていました。直巻電動機は軽負荷で暴走するので制御がやりづらく、嫌われたのです。

と、その昔横山先輩には申し訳ないアドバイスをしてしまいました。43年後のお詫びです。またその後小生が電機会社にいる頃、横山さんが受注されたIHIからのアラブ首長国連邦向けのセメントプラントのモーターを何台か設計させてもらいました。37年後ですが、改めてお礼申し上げます。

横山さんは現在もアブダビで活躍されているようです。ますますのご活躍をお祈りします。

2012/05/06

ぶらり、千葉散歩

2012年5月6日

3,4,5日でカミさんと一緒に出かける予定でしたが、もたもたしていたため切符が全く取れず、その上に人出が多くて動きが取れなさそうだったので、延期しました。そこですっぽりと空いたのですが、あまり家ばかりにいてもしようがないので、昨日近場に出かけてきました。

3,4日が雨だったため、すごく良い天気です。今までの経験から、こういう雨上がりの午前中が最高で、天気の良い日が続くと、空はかえって薄曇りのようになってしまいます。行き先は千葉ですが、本当は山を背景にする写真を狙った方が、せっかくの晴天の効果が生かせます。富士山の見える場所など最高なのでしょうが、残念ながらそのポイントを押さえていません。季節と天気により、「今ならここ」という引き出しをたくさん持っておくと、急に天気が良くなったときにすぐ出かけられますね。そのうち、鉄用歳時記でも作らなければ。Img_34221a


行き先は京葉臨海鉄道で、内房線の浜野から少し歩いたところにある村田川橋梁です。行くのは初めてでしたが、少しどころではなく、30分はたっぷり歩きました。もう少し近いと思っていました。
連休中の貨物列車は、「休日運休」となっていなくても、運休になることがよくあります。特に5月の連休は工場が休みになるとKじょろも多いため、要注意です。と、少し心配して着いてみたら、案の定ウヤだらけでした。それでも1本撮れたので、良しとしましょう。牽引機は旧国鉄のDD13と同タイプ、DD13は重量が55t強のため、私鉄では何とか55(または、56)という形式になっていることが多いです。Img_34301a


本当は五井まで足を伸ばすつもりでしたが予定を変更、千葉に引き返して千葉都市モノレールを撮りに行きました。千葉都市モノレールは湘南モノレールと同じサフェージュ式(懸垂式)ですが、こちらは全線複線、本格的な都市モノレールです。千葉市内をうろうろしていたのは1979年頃ですから33年ほど前、その頃に比べると、京成の路線も延長され、モノレールもでき、ずいぶん変わりました。特に千葉駅の東側でモノレールの路線が2方向に分かれるため、モノレールの線路が複々線の様相を呈しています。空中で複線の軌道が2方向に分かれるというのも、ダイナミックですねえ。Img_34831a


本数が多く、写真を撮るのに待つ必要はありません。ところが天気が良すぎて、青空をバックに撮った写真は陰の部分が真っ黒になってしまい、ここに出した写真はずいぶん修正しました。ツツジと一緒に撮ってみましたが、ツツジはもう少し後のようです。

この連休、3,4日は天気が悪いどころかすごい雨、6日(今日)は天気は良いと思われていたのが、突然の嵐(自宅あたりでは、雹が降りました)になりました。天気が良かったのは5日だけ、旅行の延期といい、たまたま出かけた日が晴天といい、なぜかこのところ幸運に恵まれています。そのうち、ツケがたっぷり来そうな(^_^;。

2012/05/04

続・パスモのオートチャージ

2012年5月4日

4月初め、PASMOの会社から連絡が来ました。曰く、今使っているパスモのオートチャージは4月末で期限が切れるので、再設定せよ。ということです。今使っているオートチャージのスイカの方は、スイカとクレジットカードが一体で、クレジットカードの更新の時には中身の移し替え作業が必要なためその時オートチャージも一緒に更新することになるのですが、パスモはまだ一体のカードが出る前にオートチャージを始めたため、クレジットカードとパスモが別物です。そのためこんな「手続きが必要です」という連絡になったのでしょう。

ところが、この手続きというのがやっかいです。要は近くのT急かO急のパスモ発行窓口(大抵は、定期券発売窓口と一緒)にパスモを持って行けば良いのですが、期間が「オートチャージの有効期限の一週間前から6ヶ月後まで」。今からすぐに行ってもダメで、期限(小生のは4月30日)の切れる一週間前が過ぎたら来い、ということなのです。

その時は「これは、4月の月末に行かねば」と思っていても、1ヶ月も経つときれいに忘れるもので、5月になってパスモで入場したときにオートチャージされずに「オートチャージ期限4月30日」と表示が出たのを見て、改めてこのオートチャージの有効期限に思い至りました。

そこで、改めてPASMOのホームページのオートチャージ有効期限の更新のところを見てみると、「カード更新の時に同封されていた「オートチャージ有効期限延長手続きのお知らせ」の紙を持ってこい。」と書かれています。そんな「紙」が入っていたことすら、記憶にありません。どうしたものかと思ってホームページのFAQなどをいろいろ探っていたら、その「紙」と同じ文面が書いてあるページに行き着きました。これを印刷し、準備OKです。

今日、O急のパスモの窓口に行ってきました。パスモを出して、「オートチャージの有効期限の、、、」と途中まで言ったところで係員、パスモを機械の中に入れ、「はい、有効期限の延長処理を行いました。クレジットカードの有効期限まで有効です。」とパスモを渡してくれました。その間、わずか10秒、昨日FAQ巡りをしてわざわざ「お知らせ」を印刷したのは、何だったのでしょう。ともかく、今日試験をやってみて確認しましたが、オートチャージは復活しました。

スイカに比べ、パスモはオートチャージの閾値が変えられない、チャージ金額が変えられない、など、いろいろ不便です。パスモを止めてスイカ1本にしてもほとんど困らないのですが、その「ほとんど」から外れる事態がたまにあるので、相変わらず2つを併用しています。いや、モバイルSuicaを入れれば、3つ併用でした。いつまで?う~~ん、いつまでだろう。

2012/05/03

ジョン・カーター

2012年5月3日

映画「ジョン・カーター」、見てきました。原作はE.R.バローズの「火星のプリンセス」です。
この「火星のプリンセス」、創元推理文庫から出版されたのが1965年、高校2年生の時でした。初めて接するスペースオペラ、それこそむさぼるように読んだものです。同時期に同じ創元推理文庫からE.E.スミスの「レンズマン」シリーズも刊行され、どちらもシリーズ全巻そろえることになりました。シリーズの新刊が出るのを待ち構えて買ったのは、これが最初ですね。高校2年の時にこういうものに出くわし、よく現役で大学に入ったものだと思います(^_^;。

さて原作を読んで気に入ったものの映画化は、大抵失望するものですが、この古典的名作(アメリカでの出版は1917年)をどう映画化するのか、興味がありました。なおこの映画、3Dで売り出しているようですが、両眼視差立体視は3Dに見えないので、見たのは2Dです。

新聞広告では「映画の世界は原作の設定と異なります」と書いてあり、「バルスームという仮定の惑星」とまで書いてあったのですが、しっかり「火星」でした。舞台設定は、空飛ぶ船が船と言うより航空機に近かったり、第一巻ではまだ兵卒だったカントス・カンが提督だったり、最終刊の世界に近い設定です。ホーリー・サーンが地球と火星の間を自由に行き来して「悪の黒幕」として活動しているところは原作にない設定ですが、いかにもハリウッド好みです。

あまり細かく書くと種明かしになってしまいますが、作品は冒険活劇として、楽しめました。しかし、E.R.バローズの世界(と言うより、小西宏/厚木淳の世界?)を映像に持って来られたかというと、否です。「苔に覆われた、水の涸れたかつての海底を音もなく進む隊列」と言った幻想的な世界をどう映像化するか期待したのですが、景色があまりにもアメリカ西部(グランド・キャニオン)でした。また4本腕のサーク族など、造形はなかなか良くできていたのですが、サークは小生のイメージからすると華奢すぎました。金剛力士のような肩幅の広い戦士を期待したのですが、細すぎました。

原作に出てくる火星語は、適当にちりばめられていて、原作の読者としては面白かったです。サク(=ジャンプ)、ジェダック(=皇帝)、ジャスーム(=地球)、バルスーム(=火星)など。言葉だけで現物が出てこない、バンス(=火星ライオン)もありました。小生など、バンスと聞いただけで第4巻(火星の幻兵団)を思い出してしまいます。

「火星のプリンセス」デジャー・ソリスは、原作によると「絶世の美女」ということになっています。出てきたのは、きれいはきれいなのですが、小麦色に日焼けした体育系のお姫様(配役はリン・コリンズ)でした。小麦色は「赤色人」というところからのメークでしょうが、原作はもう少しおしとやかだったような気が(^_^;。なお原作の設定では火星人は「装身具以外は何も身につけていない裸」となっており、創元推理文庫の武部本一郎画伯の挿絵では天女の羽衣のような薄物をまとっているだけのですが、今回の映画はディズニー・プロ、露出度は期待するだけ無駄です(笑)。

なおこの映画、4月13日に華々しくリードショーで始まったのですが、小生の家の近くの映画館では、1ヶ月も経たない5月4日に打ちきりです。あまり人気は出ないだろうと思っていたのですが、やっぱりでした。

火星シリーズのストーリーはほぼ覚えているつもりだったのですが、今回の映画で、「そうだった」と思い出した部分も多々ありました。創元推理文庫の復刻版(合本)が今ならまだ手に入ります。読み直してみるかなあ。

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