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2011/11/27

地獄の沙汰も、、、。

2011年11月27日

小生は頸椎脳底動脈血流不全によるめまいの持病があり、その原因は目だとわかったので、中近やら遠近の累進焦点の眼鏡で、何とか小康状態を保ってきていました。しかし眼鏡屋さんで作る眼鏡は高価なため、もうそろそろ良かろうと思い、定年で収入が減ったのを機会に安物の眼鏡に変えてみました。これが2010年4月19日と、2010年7月11日のお話です。ところが久しぶりにめまいが再発し、中近の眼鏡をいつもの眼鏡屋さんで作りました。これが2011年10月13日の話です。

この中近の眼鏡、度を少し強くしたので、パソコンや本などはものすごく見やすく、肩こりというか首の後の痛みが嘘のように治ったのですが、少し離れると見づらくなります。特にテレビが、見えるのですけど眼鏡の上端で見ることになり、上目遣いで見るか鼻眼鏡にするかしないと、よく見えません。そのためテレビは、昔のダーバンのフレームの中近を引っ張り出し、これで見ています。会社の会議のパワーポイントも、こちらです。安物の眼鏡の方は、度自体はダーバンより強いはずなのですが、累進のカーブ設定がうまくないのか、現在は安物に作り替える前のダーバンの方が良く見えています。おまけに安物のレンズ(レンズメーカーは、セイコー)はレンズの端が欠け始めました。これはプラスチックの材質によるもので、眼鏡屋さんによると、昔よく使われていたものの欠けやすいので、今はほとんど使われなくなったものだそうです。

そんなこんなで小生が「安物」と書いている○井の眼鏡が、小生の中ですっかり信用をなくし、遠近も眼鏡屋さんで作り替えました。今度は昔のフレームの流用です。形は2007年3月21日の記事の、牛君がかけている下の方のものです。この眼鏡はシルエットの軽量フレームで、すごく軽いものです。ナイロールという上だけのフレームですが、眼鏡屋さんによるとシルエットは今は全部フレームレス(正しくは、リムレスフレームと言うらしい)になっており、このナイロールタイプは要求を出しているのに作ってくれず、今では貴重品だそうです。

その眼鏡が先日できあがりました。眼鏡屋さんからの帰りもかけて帰ると、よく見えること!今までぼんやりとしか見えず「目が悪くなると近くも遠くも見えなくなる」と思っていたものが、はっきり見えます。そしてものを見ているときに顔だけを動かしても、像がずれずゆがみません。同じHOYAでも、遠近のレンズは中近よりグレードがさらに二つくらい上で、両面非球面になっています。○井の眼鏡も遠近は両面非球面にしたのですが、顔を動かすと像がずれます。同じ両面非球面でも、作り方によってまるで違うようです。小生は右側の視野が狭いため、右側を確認するために歩くときに顔を少し左右に振ります。その時に像がゆがむと不快で、これも肩こりの原因になっていたようです。

眼鏡屋さんで作る眼鏡は、はっきり言って値が張ります。昔は「医療費を稼ぐために働いている」と言っていたのが病院に行く間隔がだんだん長くなり、最近は「眼鏡を買うために働いている」とカミさんがからかっています。ただお金をかけてその効果があり、お金をかけられるのなら、やっぱりお金をかけた方が良いという考え方になってきました。もっと目が悪くなったら、いくら高いレンズを使ってもダメでしょうから。

2011/11/26

おまけ付き岡山行き(5)

2011年9月25日(日)(つづき)

せっかく琴電の駅近くまで来たので、踏切で琴電の写真を撮る。琴電の車両は、旧京急が主力だ。かつては旧阪神の「床屋さん」と言われる小型車もいたのだが、それらは見損なってしまった。Dscf4436a


地方私鉄は18m車が主力だが、関東の私鉄はどんどん20mになっており、18m車の供給源が少なくなっている。その中で京急は、貴重な供給源である。Img_32371a


築港駅から高松駅へ。街のマンホールのふたは各地で面白い意匠を凝らしているところが多いが、高松では那須与一である。屋島の古戦場は、高松から少し東に行ったところだが、正確な場所は来て初めて判った。Img_32411a


昼食は高松駅前で、セルフサービスの讃岐うどん。高松に来たからには、うどんを食べて帰らねば。やはり、うまい。Dscf4487a


まだ時間に余裕があり、天気も良いので、駅前のビルに上がってみることにする。ところが高いビルの最上階はレストランで、いわゆる展望台はない。その代わりに4階に相当するあたりの屋上が無料開放されているので、そこに行く。天気はよいし風もないので、なかなかの眺めだ。Dscf4489a


おまけに、誰もいない。目の前に、鬼ヶ島伝説のある女木島がある。一度行って見たいところだ。函館と青森は青函連絡船を保存してあるが、高松には何もない。Dscf4493a


それどころか、宇高連絡船があった痕跡すらない。廃止されたものや場所を保存できるのは、その場所を再開発する必要がないと言うことなので、逆に高松は経済活動が活発な証拠なのであろう。Dscf4495a


またまたマリンライナーに乗り、岡山へ。どうやら現在のマリンライナー(2代目)は、展望車を含む高松側3両がJR四国、岡山側2両がJR西日本の所属車のようだ。ラッシュ時は増結されて7両編成になるが、この2両もJR西の所属車だろう。Dscf4442a_2

岡山で「桃太郎の祭り寿司」を買い、「のぞみ」で無事に帰着した。

(完)

2011/11/23

おまけ付き岡山行き(4)

2011年9月25日(日)

昨日は岡山に一往復して、用事を済ませた。夕食は高松だったが、駅ビルが21時までやっているのがありがたい。都会と田舎の境は、店が遅くまでやっているかどうかだという説もあるが、高松は都会である。Dscf4444a


今日は予備日、と言っても用事は済んだので、高松を見て回る。カミさんは学生時代の四国旅行以来、小生は初めてである。カミさんが来たときはまだ宇高連絡船だったので、高松駅前の変貌ぶりは大きい。Dscf4475a


高松駅で荷物をコインロッカーに入れ、まず栗林公園へ行く。高松築港駅から琴電と思っていたのだが、案内所で聞いたところ、循環バスが便利で安いとのこと。市内運賃が一般のバスと循環バスとでは、違う。ちなみに、循環バスだと150円である。Dscf4450a


朝早く開いているかどうか気にしたのだが、基本は日の出から日没まで開いているとのことだ。栗林公園は、緑がきれいだ。今の季節、花は萩である。借景は、紫雲山。Dscf4452a


「紫雲」というと、悲劇の宇高連絡船「紫雲丸」を思い出してしまう。この栗林公園、昔は本当に栗林だったそうだ。それを殿様が「鷹狩りの邪魔」と言って切らせたのだそうだ。Dscf4456a


庭園として造園される前の話かもしれない。園内に桜前線の標準木があった。高松の開花時期は、この木で決められる。今日は天気が良く、日差しが強い。まさかと思って、日焼け止めは持ってこなかった。その日差しの中、のんびりと、ゆったりとした時間を過ごした。Dscf4466a


次に玉藻公園に行く。高松城址なのだが、本丸のあたりは現在修復工事中である。高松のすぐ駅前で、琴電の高松築港駅はかつての敷地内にある。Dscf4477a


讃岐は江戸時代は松平家で、入封した初代頼重公は、かの黄門様水戸光圀公の兄君である。四国の押さえとして出口を固めていたのであろう。高松城は海に面しており、内堀にまで海水が引き込まれている。Dscf4478a


そのため堀で泳いでいるのは鯉ではなく、なんと鯛だ。えさをもらうために鯛が寄ってきている姿は、何とも不思議だ。鯛は底魚のはずなのに。櫓が公開されているので、登ってみる。すぐ外が海である。Dscf4482a


かつてはこの櫓の外に、舟を横付けしていたのであろう。この櫓は、言わば港湾事務所だ。
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(つづく)

2011/11/18

みなとみらいのクリスマスツリー

2011年11月18日

昨日、パシフィコ横浜の展示会に行ってきました。みなとみらいは(も)クリスマスの飾り付けができています。もうそんな季節なんですね。11111702a


ずっと気温が高かったので、11月も中旬過ぎたのを、すっかり失念していました。年賀状は、会社での出張販売でやっと気がついたくらいです。

2011/11/13

おまけ付き岡山行き(3)

2011年9月23日(金)(つづき)

リニア・鉄道館を見終わり、どこかであおなみ線の電車の写真を撮ろうと思うが、終点の金城ふ頭駅はホームドアがフルサイズなので、どうしようもない。途中駅で対向式ホームのところと思い当たったのが、ささしまライブ駅であった。「ささじま」ではなく、「ささしま」である。Img_3192a


余談だが会社の同僚に、同じ中島でありながら、名古屋出身の「なかしま」君と、群馬出身の「なかじま」君がいる。九州は「なかしま」である。それにしても「ささしまライブ」とは変わった駅名だと思って調べたら、みなとみらい21のような、「ささしまライブ24」という、再開発地域の名前であった。命名は名古屋市のようだ。Img_31941a


閑話休題。ささしまライブ駅はJRの名古屋車両所(旧、名古屋機関区)の隣にあるので、足下をキハ85などの特急車両が頻繁に出入りする。またあおなみ線自体は貨物線なので、貨物列車も通過する。最近は東海道線も貨物列車も、EF210が主体になった。Img_31951a


電車が来たので狙ってみたが、EOS-Kiss標準装備のズームでは最短の18mmにしても柵が邪魔で編成全体が入らない。そこで重い思いをしながら持ってきた超広角ズームの出番、10mmの威力は大きく、なんとか編成全体が入った。Img_32011a


何枚か撮って、名古屋に移動する。最近は人身事故での運転見合わせが多く、鉄道ダイヤ全体が信用できなくなってきているので、乗換駅まで早めに移動するようにしている。名古屋もホームドアはハーフサイズなので、写真が撮れる。しかし構造物が多く、こちらは望遠が必要だ。残念ながら、望遠は持ってきていない。Img_32031a


交換レンズを2本リュック入れて歩くと足に負担がかかって足底腱膜炎が再発するので、持ち歩く交換レンズは1本だけにしているのだ。Img_32071a

電車の時間でないのに接近案内があったと思ったら、DD51の単機が通過した。まさか名古屋駅のホームも貨物列車が通過するとは、思っていなかった。何枚か写真を撮っていたら、同業者が現れた。どうやら狙いはDD51牽引の貨物のようで、やがてDD51牽引のタンカーが通過した。Img_32091a


DD51は登場したときからずっと見ているが、牽引機がDD51だと写真を撮らずに止めたことも多く、DD51の写真は意外と残っていない。鹿児島本線では、1100PSのDML61Z搭載機(20番以降)が登場したとき、DML61S搭載機を後に付けての練習運転(見かけ上は、重連)が行われていたが、その写真も撮っていない。まさかDD51を追っかける日が来ようとは、思ってもいなかった。Img_32211a


「のぞみ」で岡山に移動し、カミさん、ドラ息子と合流。まず今日の用事を済ませる。夕食(岡山名物のB級グルメ、エビライス)後マリンライナーで高松に移動する。マリンライナーは通常は5両編成で、高松よりの1両だけが2階建ての指定席、2階がグリーン車のようだ。Dscf4440a


普通車も転換クロスシートなので、1時間の乗車の楽である。ただ混雑は激しく、早めに来ないと座れない。車両はJR西の223系500番台と、223系そっくりのJR四国の5000系のようだ。四国に入ると1線スルー化が進んでいるので、単線でも駅通過速度が速い。しかしロングレールではないので、ジョイント音が華やかである。予想以上に四国まで通す乗客が多く、かなりの乗車率で高松に到着した。Dscf4439a


高松泊。
(つづく)

2011/11/12

おまけ付き岡山行き(2)

2011年9月23日(金)(つづき)

腹ごしらえができたところで、あおなみ線へ。あおなみ線は元々JRの貨物線であるため、あおなみ線のホームはJR名古屋駅の構内にある。しかしトイカは使えない、ということは、スイカも使えない。設備投資額が大きいのは判るが、名古屋近郊はJR東海の系列第3セクターが多いのに、トイカが使える私鉄が皆無というのは、どういうわけだろう。Img_31691a

あおなみ線は新しいだけあって、ホームドア完備である。これは写真を撮る方にとっては、非常にまずい状態だ。車両は小田急3000系に似たような顔の20m3ドア車、ただし運転席はほぼ中央である。Img_3171a


先頭車に乗り込み、発車。貨物線だけあって、側線には空コキが止まっている。南荒子あたりがちょうどヤードになるのだろうか。終点の金城ふ頭に近くなると海が見え、その向こうに高炉が見える。北九州育ちには、懐かしい光景だ。金城ふ頭の駅は天井まであるフルサイズのホームドア、これでは電車の写真は撮れない。途中の駅はホームドアもハーフサイズなので、対向式ホームの駅で撮るしか無かろう。Img_31721a


金城ふ頭駅の回りは、何もない。その先にリニア・鉄道館がある。せめてアーケードくらいほしいところだ。リニア・鉄道館の入場券購入にはスイカが使えた。中に入る。まず出迎えてくれるのがC6217、蒸気機関車の日本最高速度129km/hを出した機関車である。Img_31731a


これが狭軌の「公式」世界記録になっているのだが、南アフリカの急行列車は常時112km/hで走行していたし、16Eの動輪径はC62より大きい。ニュージーランドのKa型やインドネシアのC53も、120km/hの走行は珍しくなかった(参考文献、斎藤晃著「蒸気機関車200年史」NTT出版)。単にタイムトライアルをやったC62が世界記録になっただけである。といっても、堂々たる日本記録であることは、間違いない。Img_31741a


その隣は300Xを挟んでリニアモーターカー、というより磁気浮上鉄道(マグ、レブとも言う)のMLX01。リニア・鉄道館というものの、リニアの展示はこれだけである。なおリニアモーターカーと言うと磁気浮上に限らず大江戸線も入るので、リニア・鉄道館という言い方は、ちょっと疑問である。Img_31751a


ここの呼び物は、シミュレーターである。元々やる気はなかったのだが、新幹線運転、在来線運転、車掌、の3つ有り、それぞれ抽選券を申し込んでの抽選である。小生が入ったときも、当選者の番号(入場券の番号)が表示されていた。先着順の大宮の鉄道博物館よりいろんな人にあたる可能性があるが、確実性はない。なお料金は在来線運転だけ100円(何で?)、あとは500円である。Img_31771a


車両展示は広い体育館に車両を持ってきて並べたような感じで、順路はないも同然である。その代わり、どこを回っても平気だ。新幹線の100系は、車内も展示対象になっている。食堂車の168の車内も見られる。100系が登場したのはちょうどバブルの頃で、豪華さが売りだった。Img_31841a


ちょうど新神戸まで行くことが多かった時期で、天井までかかる大窓の食堂車でも食事をしたし、1階と言っても一段下がっているから地下の雰囲気で、デパ地下のような感じだった売店では、「こんなものも売っている」と感激したものだった。そういう意味では、最近の新幹線は味気ない。Img_31851a


奥に展示してある車両は前面だけで横にも行けないのだが、室内灯を点灯し貫通扉を開放してあるので、車内の様子を見ることができる。オハ35など懐かしい車内もあり、やはりここは車内も展示コースに入れるべきだろう。Img_31871a


展示車両をじっくり見ていると飽きないが、全体的には「これだけ?」という感じがする。大宮のような別室の展示がないせいだろう。意外と短時間で引き上げた。Img_31881a


(つづく)

2011/11/06

おまけ付き岡山行き(1)

今年は旅行に行く回数が多い。旅自体で見ると以前は出張で飛び回っていたが、最近はもっぱら私的な旅行、それもほとんどが遊びである。その私的な旅行にも2種類あって、一つは完全な私的、つまり自分の小遣い(もしくはへそくり)でいく旅行で、もっぱら「大人の休日」切符の発売時期やマイルがたまったときに撮影に行っているあれである。もう一つは南海家としての公式行事で、これは家計費から出る。カミさんは専業主婦で収入源は小生の給料しかないので、元々の金の出所は同じなのであるが、会社で本社経費か工場経費かと別れるように、直接小生の懐に影響があるかどうかは、大きな差がある(^_^;。

今回は岡山で所用があり、カミさんと出かけることになった。その用事の前日夜にドラ息子と会うことにし、岡山には午後7時に着けば良いというスケジュールになった。そこで出たのが互いに別行動、集合岡山駅前午後7時という案で、早速乗った。新横浜-岡山間であれば、どこででも寄り道ができるわけである。今回は滅多に行くことのない名古屋界隈の私鉄を見て、ついでにJR東海の鉄道博物館である「リニア・鉄道館」も見てくることにした。Dscf4432a


2011年9月22日(木)
小生は旅行の時はいつも早めに指定席を取るのだが、今回はスケジュールがなかなか確定しなかったこともあり、切符を買うのが前日になってしまった。駅のみどりの窓口を覗いたら、明日から3連休ということもあって大混雑、指定席自動販売機まで混んでいる。1台だけ空いている「カード専用」という指定席自動販売機を見つけ、そこで購入する。名古屋までの「のぞみ」の指定席はもうB席しかないが、これは仕方がない。そのあと乗車券を高松まで(何で高松までかは、後ほど)と入力すると、経路の選択が出てきた。これがなんと名古屋からずっと東海道線-山陽線の在来線と、関西線-草津線回り以降在来線の2つしかない。名古屋で途中下車してまた新幹線を使うという人は、いないと思っているのだろうか。仕方がないので東海道線在来線経由の切符を買う。夕方の名古屋-岡山の「のぞみ」は、ちゃんとE席が取れた。なお乗車券は往復割引になるので、往復を購入する。Img_3143a


2011年9月23日(金)
天気、曇り。少し肌寒い。今日から3連休なので、朝8時の新横浜駅は大混雑である。「のぞみ」はしっかりN700系を押さえてある。新横浜から名古屋まで1時間半、本当に速くなった。名古屋は晴れ。名古屋で一旦外に出て、宿泊だけに使う荷物をロッカーに入れる。ロッカーを探すのに手間取り、切符を買って中央西線のホームを駆け上がる。名古屋の駅のロッカーは400円であった。Img_31471a


新幹線の中でコーヒーを飲むのに5000円札を出しておいて、正解。
東京にいると中央西線名古屋口に日常的にどんな電車が使われているか、なかなか情報が入ってこないものだ。主力は211系5000番台と新しい313系で、なんと313系は211系との併結もある。発車ブザーをしっかり使っており、どうやら発車ブザーを省略する無精を行っているのは、JR東日本の東京圏だけのようだ。Img_31541a


高蔵寺に到着。目的は愛知環状鉄道の電車である。ホームに同業者が長玉を持って待ち構えているのを見かけ、なんだろうと思っていたら、EF64の重連がタンク車を引いてやってきた。場所は悪かったが、一応撮る。目的の愛知環状鉄道(以下、愛環線)の電車が見える良い場所がないかと外に出てみたが、これは失敗、また駅に戻る。中央線から愛環線への直通が来るので待っていたら、これはJRの313系であった。Img_31602a


愛環線の車両がホームに入ってきたのでよく見ると、外観は313系とそっくりである。ただ塗装はかなり派手で、ステンレス車体のこの側面をうまく撮るのは、大変だ。次の電車が駅へ侵入してくるところを狙ったら、中央線の313系がもろにかぶってしまった。これはこれで面白い写真が撮れたが。この愛環線の電車、場所を選んで撮った方が良さそうだ。Img_31621a


313系の快速で高蔵寺から勝川へ。「かちがわ」と読む。名古屋近郊は「トイカ」が使え、トイカが使えるところはスイカが使えるが、駅の事情がわからないので切符を買って乗る。勝川は大きな駅で、当然自動改札機も装備されていた。勝川は2面4線のホームで、中央線は外側2線だけを使っている。中の2線は城北線用で、中央線の下り線の下をくぐって上がってくるようになっている。準備工事はできているので、いつでも乗り入れは可能だ。ところが、城北線の乗り場がない。駅の外の出たら、矢印があった。そのままとことこ歩いて行くが、かなり遠い。そうしたら工事を中断したような高架があって、その端に駅があった。駅というより、単なる乗降場である。城北線は1時間1本しかないが、たまたま試運転の列車が止まっていた。Img_31642a


18m級のキハが1両、ホームに待っている人はいない。ただこの高架、中央線の高架と同じ高さである。勝川駅は城北線が中央線の下り線の下をくぐるようになっているので、この場所では城北線はもっと低い位置にないといけない。いったい何を考えているのだろう。城北線は東海交通事業というJR東海の子会社が運営し、東海道線と中央線を結ぶ路線でありながら、列車は1時間に1本、非電化で車両は単行、やる気があるのかどうか疑わしい路線だ。政治的ないきさつのある路線なのだろうか。

勝川から名古屋へ211系で戻る。今度はスイカを使った。名古屋駅のホームで昼食のきしめん、名古屋に来たらこれだ。

(つづく)

2011/11/03

イカスミスパゲッティ

2011年11月3日

小生はパスタが好きです。休日は良くお昼にパスタを食べに行きます。そして魚介類の中でもエビ、カニ、貝、イカ、タコの類が好きなので、この両方が合わさったもの、イカの入ったパスタは大好きな部類に入ります。ところが小生はあまり食べ方が上手ではなく、気をつけているつもりでもソースがはねてしまうので、着ている服によって、パスタの種類が制限されてしまいます。先日は「今日のサービス品、アオリイカのトマトソーススパゲッティ」というのを見たのですが、白いシャツを着ていたため、ペペロンチーノにしました(;_;)。

はねたら始末に困る代表がイカスミスパゲッティですが、小生はこれが好きと来ています。前回は古いポロシャツを着ていったのですが、洗濯でも落ちない黒い点が増えました(^_^;。今日は久しぶりにイカスミが食べたくなり、黒いセーターを着て出かけたのですが、カミさんから出がけに、「そのセーター新品よ!」と言われてしまいました。それでもイカスミを食べるつもりで店に入ったところ、「季節限定、アサリとキャベツのスパゲッティ」というのが目に入り、一緒にカミさんの顔もちらちらしたので、こちらに方向変換してしまいました。これはこれでおいしく満足だったのですが、やっぱり次の機会にはイカスミを食べよう、という気持ちは残っています。もう少し寒くなると古い厚手のセーターが着られるようになるので、イカスミはその時です。しかしたかがイカスミにここまでこだわらなくても、とも思うのですが(笑)。

2011/11/01

10年前のフィルム

2011年11月1日

先日義母の一周忌をやったとき、岡山にいるドラ息子(ドラ2)が久しぶりに帰ってきました。このところ正月にも帰ってこないので、久しぶりです。こちらに置いてある荷物のうち、処分して良いものがあるのではないかと言ったところ、大量に処分品が出ました。その中に、電動式のコンパクトカメラがありました。

電動式のコンパクトカメラは、デジタルコンパクトカメラが出てくる前の製品で、フィルムを使っていますが、操作感は全くデジカメです。まず最初にフィルムをパトローネ部分だけ入れ、フィルムをレンズにかぶさった状態でふたを閉めると、自動的にフィルムを巻き上げ始めます。最初に全部巻き上げて撮影毎にパトローネに自動的に巻き込んでいく方式です。ズームも電動で、電源スイッチを入れるとレンズが出てきます。カメラ本体に付いているのはボタンだけで、フィルム式カメラに付いていたレバーやクランクのたぐいは、全くありません。フィルムを使い切らずに途中で中断するときは、本体の底にあるリセットボタンを押すと、全部パトローネの中に巻き込みます。操作は全くデジカメです。メーカーは、ペンタックスです。

その捨てて良いはずのカメラの中に、まだフィルムが入っていました。ところがこの電動カメラ、電池がないと何もできません。電池がとっくに切れているため、まず電池(高いCR123×2本(;_;))を買ってきて入れ、リセットボタンで全部巻き取りました。いつ頃のフィルムか判りませんが、外観はしっかりしています。そこでこれを焼いてみようと思い、コンビニに聞いたところ今はDPEはやっていないとのこと。街を歩いていたら、かつての写真館がDPEショップも兼ねていたため、そこに出しました。今時フィルムを現像に出すのは少ないだろうと聞いたところ、結構多いとのこと。数は少なくなってもDPEチェーン店が無くなったため、残った写真屋さんに集中しているのかもしれません。なおカメラのカレンダーのデフォルトは1997年だったので、このカメラはその頃の製造でしょう。

さすがに昔のような翌日仕上がりというわけにはいかず、一週間経って仕上がりました。もうかなり劣化しているだろうと思っていたのに、24枚撮りのフジカラーN100に一杯の写真が写っており、25枚ありました。ネガに焼き付けられた日付を見たら、2001年2月。10年以上前です。現像せずに感光した状態で10年放って置かれたわけですが、しっかり保つものですねえ。感心しました。写真はその中の1枚です。さすがにネガはカールが強く、何とかフィルムスキャナーにかかりましたが密着していないため、多少寝ぼけたような写真になりました。少し修正はかけましたが。11103101jj1a


写真の内容はドラ息子の研究対象で、2001年だったら修士1年の時です。一応ドラ息子に「見るなら送る」とメールを打ったところ、なんで現像しなかったのか不明、一応見るから送ってくれ、と返事が来ました。残念ながら、人間(特に女性)の写真は、1枚もありませんでした。

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