« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »

2011/10/31

ミニオフ@丸の内

2011年10月31日

昨日、丸の内オアゾでミニオフを行いました。出席者は、meeさん、memoreさん、ノン・トロッポさん、digiさん、それに小生の5名。きっかけはmemoreさんからのメールでの問い合わせで、いろいろ返事をしているうちに、「お茶でもどう?」と誘ったところ、話がどんどん発展してミニオフになってしまいました。

皆さんにお会いしたのは4年前の「夏野菜を食べて、夏を乗り切ろう」オフ以来です。ノン・トロッポさん以外は皆卒業生ですが、それぞれにいろんな病気を抱えています。皆さんそれぞれに病気を持ちながら、お元気そうで何よりでした。

memoreさんが落ち着いた良い個室を予約してくれ、3時までのところを4時半まで居座ってしまいました。memoreさんが出入り禁止にならなければ良いんですが。いやあ、いろんな話ができて、楽しかったです。
PS:写真は公開いたしません。

2011/10/29

眼科定期検診、異常なし

2011年10月29日

目の定期検診に行ってきました。自宅近くの開業医の眼科です。会社の成人病検診でも眼底検査はありますが、小生は会社の眼底検診(写真だけ)はパスし、同じような時期に眼科に行っています。5月にF病院を卒業したので、ほぼ半年ぶりの検査になります。

視力検査用のレンズが小さく、右目の検査で苦労しましたが、結果は異常なし。特にこの先生は左(良い方の目)を重点的に見ていますが、網膜の変成や緑内障の様子はなく、大丈夫のようです。この前眼鏡屋さんで言われた、コンタクトは17度を使っているが、最適21度と測定されたこと、またMRIを撮ったときに左目は真円なのに右目はいびつだったことを聞いてみました。まずコンタクトについて、ソフトコンタクトを介して測定すると、コンタクトの表面がきちんと決まらないので、誤差は大きいそうです。眼鏡屋さんも、「まあ、この機械では」と言っていましたが、測定誤差だったと言うことでしょう。17度が本当に適切かどうかは判りませんが、特に変化している様子はないとのことです。またMRIの結果については、バンドを、特に小生の場合は2本巻いているので、いびつになってしまうとのことです。これがもっと見える状態なら、像がいびつになっていることを感じるはずです。

次はまた半年後に、と先生は言っていましたが、1年位放って置いても平気なようです。それよりも、中近の眼鏡を新しくしたため、古い遠近の眼鏡との差が気になり出し始めましたが、タイで造っているHOYAのレンズ、今注文して受けてもらえるんでしょうか?

2011/10/28

片目で立体的に見えるディスプレイ

2011年10月28日

昨日パシフィコ横浜のFPD展に行ってきました。一応、仕事です。相変わらずLCDでは韓国メーカーが元気ですが、欧米のメーカーは日本語表示をするのに、韓国のメーカーは一切しないんですね。売る気はないけど、見せつけるために展示しているようです。最もサムスンが、「日本では三星電子と呼んでください」と言い出したら、そっちの方が怖いですが。

東芝のブースに、参考出品でしたが、「インテグラルイメージング方式裸眼3D」というのがありました。小生は右目がほとんど見えないため両眼視差立体視はできないのですが、なんとこのディスプレイ、運動視差立体視ができるのです。つまり、片目の小生でも立体的に見えました。

人間の画像認識は目よりも脳が主体のため、片目であっても世の中を立体的に認識しています。つまり自分が動くことによる視差で、頭の中で3Dモデルを組み立てているわけです。小生の頭の中の3Dモデルと、両眼視差立体視の方の3Dモデルが同じかどうか、これは永遠に判らないでしょう。ただ小生の頭の中のモデルも、ちゃんとした3Dです。

出品されていた東芝のディスプレイには、ある病院から提供された脳の中の血管の3D写真が展示されていました。重なって陰に隠れているところは、頭を少し動かすと見えます。仮に女性の写真だとすると、見る位置を(極端に)変えて、のぞき込むことも可能なわけです(笑)。

今まで3Dディスプレイの展示には、「片目で立体的に見えるディスプレイを出してみろ」とうそぶいていたのですが、本当に出てきてしまいました。さすが、東芝。

2011/10/23

めまいはやっぱり眼鏡のせい?

2011年10月23日

↓という話を、新しく作った眼鏡をかけて書きました。例のタイの大洪水の影響で、タイ産から国産に急遽変わった中近の眼鏡です。度数が今までのがずれていたせいか、ものすごく見やすいです。ピントの合う範囲が、前のものより広くなった感じです。その分、遠くは見にくくなりました。これが眼鏡屋さんの言っていた、「作り方によってもっと見やすくなる」ということでしょう。今までの肩こりが、嘘のように治ってしまいました。たかが眼鏡、されど眼鏡です。

タイ産から国産に変わってグレードが無償で1つ上がったのですが、眼鏡屋さんで見てもらったところ、定価ベースで2万円高いものになっています。今回は得をしたのですが、次に作り替えたときグレードを元に戻すと不満が出て、結局グレードを一つあげるような、いやな予感がしています。

2011/10/21

HBsセロコンバージョン

2011年10月21日

半年に1回の肝臓の検診に行ってきました。著効後5年半になります。
結果は、 GOT=15
      GPT=11
      γGTP=13
      血小板数=20.2万
      HCV:検出せず
      HBV:検出せず
その他、コレステロールも含め、全く異常はありませんでした。
なお最近はB型肝炎についても詳細検査が入っており、
      HBs抗原=0.1
      HBs抗体=21
でした。

さてそのB型肝炎ですが、小生はHBsセロコンバージョンの状態です。この状態がどういうことか、聞いてきました。
まずHBV検出せずなので、血液中にはB型肝炎ウイルスはいません。ただ肝臓の中にいないというわけではなく、いることもあります。仮にいても、HBs抗体がプラスなので、発症はしませんが。
そこでいた場合、抗ガン剤の強力なものを使ったり(血液のガンに対するものが、一番強力だそうです)免疫抑制剤を使ったりすると、B型肝炎ウイルスが増殖する場合も、無いとは言えない、実際に報告された症例があるそうです。ただ可能性としては、非常にまれだそうですが。

その対策とすると、「抗ガン剤を使ったり、臓器移植をやったりする場合は、事前にB型肝炎の既往症があると言ってください。」とのことです。まあ調べればすぐに判ることですが、申告した方が確実でしょう。そうすると、検査の監視項目に「B型肝炎ウイルス量」というのを入れ、増えたら増えたで対策をするそうです。特に小生のような年齢の場合、多少増えたところで、劇症肝炎さえ起こさなければ放って置いても良いと思っています。

余談ですが、Y先生に二人目のお子さんが生まれ、二人目は女の子だそうです。一男一女、良いですねえ。久しぶりに見たら、すごくきれいになったように感じました。元々目の大きい、整った顔の人なのですが、これまではその目がつり上がり、てきぱきではなく、びしばしという感じでした。それが少しおっとりした感じになり、実に魅力的になりました。小生のような経過観察者には、今の方が良いです。しかしてきぱきは相変わらずで、半年後の検診の前にエコー検査をやることになり、時間もしっかり指定で入りました。

2011/10/17

雨にたたられなかった一周忌

2011年10月17日

昨日、と言っても日付が変わったため一昨日(土曜日)、義母の一周忌を行いました。
お墓は八王子なのですが、先週掃除に行ったときには良い天気で、キンモクセイがとてもきれいでした。キンモクセイが咲いているときに行ったのは、初めてです。お墓の横にもキンモクセイが植えられていて、義母がまだ生きているときにこれが育ちすぎて困り、小生がホームセンターで剪定ばさみを買ってきて刈り込み、何とかまとまりました。これが確か4年前のことです。その時は、何でこんなところに手入れの大変なキンモクセイを植えたのだと思っていましたが、今年ちょうどキンモクセイの季節にあたったら、回りの生け垣もキンモクセイで、そこから繋がって実にきれいでした。キンモクセイを何で植えたのか、よくわかります。

それから1回雨が降り(掃除したのが、台無し)、土曜日は天気予報通りに朝から雨で、今回はお経の最中に雨に降られることを覚悟してお墓に行きました。霊園の待合室で四国から来た二男を含め息子二人と合流、頼んであったお花を受け取り、お墓に向かったときには幸い雨はあがっていました。キンモクセイはすっかり散っていましたが、その花を片付け、線香に火を付けたあたりでお坊様到着。早速式を始めました。義兄が入院中のため、出席者は小生の家族4人です。

今回は義父の三三回忌と義母の一周忌が一緒です。お墓の管理者であるカミさんが申し込んでいるので、回忌の対象者と申込人の姓が違います。そのあたりはお坊様も心得ていて、両家の先祖の霊にもお経が上げられました。このお墓に、終戦直後に死んだもう一人の義兄の名前を刻んだことは、8月12日付でここに書きましたが、お坊様はその戒名も読み上げてくれました。義兄にはお墓はありませんでしたので、義母も喜んでくれているでしょう。

式中雨は全く降りませんでした。日頃の行いの良い人間があの4人の中にいるとは思えないのですが、長男がどうやら晴れ男らしく、それが効いたのでしょう。

2011/10/15

台風ニアミス、北陸旅行記(6)

2011年9月5日(月)(つづき)

田原町でえちぜん鉄道と福井鉄道が接続している。福井鉄道は20分間隔で、えちぜん鉄道は30分間隔。あまり接続はよくない。福井鉄道は一部路面電車と思っていたら、鉄道線仕様の立派な電車が止まっていた。Img_30931a


かつて京津線が京都市内の路面を走っていた頃、高床型のこの手の車両は、路面の停留所は通過していた。福井鉄道では、どうしているのだろう。と思っているうちの発車時刻、自動車を停止させ、道路の真ん中を走り始めた。やはり高床型の車両が路面を走ると、迫力が違う。Img_30951a


待っていると、低床車もやってくる。20分間隔だと、ちょっと待っていれば次が来る感じである。低床車でも側面に標識灯があり、鉄道線仕様である。後日調べてみたら、専用軌道区間は鉄道、併用軌道区間は軌道であった。単行の低床車でも、れっきとした鉄道線車両である。車内のアナウンスも、「この列車は、」であった。Img_31051a


この福井鉄道、福武線が言わば本線で、それから枝線のように福井駅へ行く路線が延びている。乗換かと思ったら、現在は全列車が福井駅を経由しているようだ。面白いので、一旦福井駅まで来たあと、歩いて分岐の市役所前まで戻る。福武線は複線であるが、福井駅前に延びる線は単線、そして市役所前の交差点は単なるY分岐で、リバースはない。つまり田原町を出た電車はそのまま福井駅へ行き、そこでバックして市役所前に戻り、再度バックして転線して越前武生に向かうわけだ。長い2両連接の時は、方向変換も大変だろう。Img_31151a


ここまで眺めて福井駅に戻ったが、まだ帰りの特急までは時間がある。昨日北ノ庄城址(現在は、柴田神社)までは歩いて行けると聞いたので、雨も上がったことだし、見に行くことにする。駅に展示してあった地図で大体の見当を付け歩いて行くと、柴田神社の鳥居があった。Dscf4418a


駅から5分くらい、繁華街と言うか、飲み屋街の真ん中である。そこから入っていくと、柴田神社があった。大河ドラマに会わせて近年作られたものかどうかは判らないが、三姉妹の銅像にお市の方の銅像もあった。Dscf4419a


少し離れて柴田勝家の銅像、これは少し古いようだ。北ノ庄という名前から、福井市の中心部から外れた山間というイメージがあったが、街の真ん中というのは意外であった。Dscf4421a


少し早いが、金沢に移動する。「はくたか」は金沢始発なので、福井からはどうしても乗り換えになる。金沢では外に出るだけの時間もないので、ホームで電車を眺めて過ごす。Dscf4422a


金沢で福井側の521系と富山側の475系にきれいに別れるので、金沢では両方の電車を見ることができる。JR西日本は関西の中距離電車の連結部にガードを付けたとき、ガードの付かない運転室同士の連結部では、ヘッドライトの点灯を始めた。Dscf4423a


これは新系列だけのようだが、521系もヘッドライトの点灯を行っている。JR東でもやってもらいたいところだが、E231系などJR東の新系列はヘッドライトが運転台の上に付いているので、連結面のヘッドライトを点灯しても効果がない。Dscf4428a


今日は湖西線が不通で、「サンダーバード」が米原回りでやってくる。そのためどの列車も40分くらい遅れているが、東へ出発する列車は時間通りのようだ。金沢駅の自動アナウンス、なぜか「サンダーバード」のサにアクセントがある。「はくたか」に乗車、683系の北越急行所属車だ。早速缶ビールを開ける。キリンビールの北陸工場が閉鎖になったので、名古屋工場製だ。金沢では雨が上がっていたものの、富山を過ぎるとまた雨になる。雨と言えば、上越線も大雨で路盤が崩れ、しばらく不通になっていた。Img_31261a


その区間では徐行するので、越後湯沢到着が6分遅れるとのアナウンス。接続する新幹線は待ってくれるのだが、弁当を買う余裕はなさそうなので、「はくたか」の車内で購入する。結果は越後湯沢3分延着で、MAX「とき」は定時に出発した。

車内で弁当を食べながら注意していたら、今回は上毛トンネル内でのSカーブ、減速して右-左-右とカーブする動きがはっきり判った。Img_31291a

2階建てMAXには、車内販売用ワゴンを上下させるエレベーターが各車両に付いている。しかし操作が面倒なのか、MAX車内ではワゴンを使わず、全部手持ちである。やってきた売り子さんは、前にコーヒー用のポット(魔法瓶)と菓子やつまみ類、肩に十数本の缶ビールと、すごい量を持っていた。軽く30kgは超えるであろう。たくましい。

東京駅に定刻到着。台風が近くは通ったものの、引っかからずに無事旅行ができた。

(完)

2011/10/13

タイの水害の余波

2011年10月13日

先日のめまい騒ぎで、眼鏡を作り替えることにしました。今度は安物ではなく、今までの眼鏡屋さんです。少し値は張りますが、やはり同じ中近でも、作り方が違うようです。今回はダンヒルのフレームなどを選んでしまったため、余計に値が張りますが(^_^;。

今日、その眼鏡屋さんから電話がかかってきました。予定では16日にできあがるところ、完成が一週間遅れるという連絡でした。その理由が、なんとタイの大洪水でした。

タイの洪水のニュースはたびたび目にしており、日本企業にもいろいろ影響が出ているというのは知っていました。しかし「大変だなあ」と思いながら、どちらかというと、対岸の火事(タイ岸の火事?)でした。ところが、今度頼んだ眼鏡のレンズはHOYAなのですが、HOYAのタイ工場で作っており、今回の水害で出荷できなくなったそうなのです。急遽生産を日本に移したものの、一週間遅れるという連絡でした。

昨日か一昨日のNHKのニュースだったと思いますが、世界中のどこで災害が起きても、日本の日頃の生活に影響が出る時代になった、ということを言っていたのですが、まさにその通りになりました。

HOYAのタイ工場と言えば、昔小生が設計した機械が日本からタイに移設されたことがありました。古い機械なのでもう動いていないでしょうが、動いていても今度の水害でダメになったでしょう。
一日も早い復旧をお祈りします。

2011/10/12

台風ニアミス、北陸旅行記(5)

2011年9月5日(月)

朝から、雨である。雨は午前中強くなったり弱くなったりの予報で、待っていても止みそうにはないので、早めに出発する。まずえちぜん鉄道で、永平寺口へ。Img_3058a


このえちぜん鉄道、以前は京福電鉄の一路線だったのだが、大事故を起こして運転休止になり、そのまま廃止されるところを引き継いだものだ。京福電鉄の時代は永平寺までの路線があったが、この線は廃止されている。なお福井駅前から永平寺へはリムジンバスタイプの特急バスが走っており、どう見てもこちらに部がありそうだ。Img_30641a


乗車券を買って、ホームに出る。手動改札、それもスタンプではなく鋏だ。切り込みの入った切符も、久しぶりに見る。ホームのベンチには、ティラノザウルスが鎮座している。終点の勝山に福井県立恐竜博物館があるためだろうが、この恐竜博物館、勝山からさらにバスで15分かかる。もう少し便利なところに作れなかったものか。Img_3065a


6000型単行の勝山行きが発車。平日朝の逆方向なので、がら空きだ。このえちぜん鉄道、山間を縫って走るローカル線と思っていたら、永平寺口までは沿線はずっと宅地である。さらに福井口の近くは、複線になっている。実は通勤路線だったとは、知らなかった。Img_3066a


永平寺口はかつては分岐駅だったので、構内が広い。出口は線路を渡った反対側だが、臨時の出口を作って永平寺口行きのバスが待っている。ここにテキ(電気機関車)が保存されていると思ったが、聞いてみたら保存されているのは終点の勝山だった。Img_30681a


雨も強くなったが、勝山まで行ってみることにする。切符を買ったときに渡された時刻表を見たら、表紙は永平寺口での3本並びである。永平寺口にはホームが3本あるが、その全部に電車が止まる時間があるようだ。おそらく、平日の朝だろう。Img_30751a


と思いながら8時2分発の勝山行きの電車に乗り、時刻表をじっくり見てみたら、永平寺口8時32分にも並ぶ。今日が平日だということをすっかり忘れていた。おまけに計画より早く出発したため、まだ通勤時間帯なのだ。8時32分の3本並びを取ってから勝山に行っても今日のスケジュールは十分余裕があるのだが、今更戻るわけにも行かず、大失敗であった。Img_30891a


勝山到着。雨が強い。肝心のテキは、展示施設を作るために辺り一帯が工事中である。そばに寄れないので、反対側から撮る。ホームまでは入れるので、ホームの端からも撮る。そうしたら、工事中の人から声がかかった。「電気機関車の写真とってんの?」「はい、そうです。」「じゃあ、線路渡って、こっちおいでよ。Img_30771a


本当はいけないんだけど。」とのご招待。喜んで線路を横断して写真を撮りに行く。昔だったら平気で入っていたのだが、最近は線路に入ることにどこでも神経質になっている。電車は1時間に1本しか来ないのだ。テキは屋根付きの展示施設に収まり、駅前のロータリーも整備されるのだろう。Img_30781a


勝山駅の駅舎は、立派である。中には古い出札設備が展示してあった。自動販売機か、人手で売っても印刷機なので、印刷した切符をためておいたり日付を印刷する機械は、本当に珍しくなってしまった。Img_30821a


帰りは福井駅には行かず、途中の福井口から三国芦原線に乗り換え、田原町で降りる。今度は福井鉄道である。Img_30901a


(つづく)

2011/10/10

台風ニアミス、北陸旅行記(4)

2011年9月4日(日)

天気予報は曇りのち雨、ただし午前中から小雨有りとのこと、外を見たら、やっぱり小雨が降っていた。こういう時には近場の写真と、富山ライトレールの撮影に向かう。富山ライトレールは全部で7編成いてその色が全部違う。Img_29951a


つまり7色の編成がいるわけだが、昨日見たのは4色だった。前回の訪問までに別の2色は撮っているので、全部で6色は押さえたことになる。残り1色、紫色になかなかお目にかかれない。今日も結局昨日と同じ4色だけだった。Img_29911a


ひょっとすると車庫で撮れないかと思い、ライトレールに乗って城川原まで行く。しかしどうやら入場中のようで、シャッターの閉まった車庫の中の様子は、全くわからない。これは平日の朝に来ても、入場中なら全く撮れないということがわかった。Img_3022a

せっかくここまで来たので、岩瀬浜まで行く。昨日食べた白エビの里は、ここ岩瀬浜らしい。雨がかなり強くなってきたが、少し歩いてみる。もうここは海岸で舟が係留されているが、岸壁がびっくりするくらい低く、海面から10cmもない。Img_3023a


日本海側はどこもそうのようで、干満の差が少ないからできるのであろう。干満の差5mの有明海で育つと、海の干満の差をどうしても大きめに見積もってしまうようだ。海岸に人魚の銅像があった。ただ説明はないので、どういういわれなのかは不明である。Img_3026a


帰りのライトレールには、日曜ということもあって、アテンダントが乗車していた。持っている案内図などは、なんとi-PADである。Img_30271a


富山駅に帰り、今度は駅の反対側の市内線(セントラム)の方に行ってみる。セントラムは白と銀、それに黒がいるのだが、今日は黒は動いていないようだ。最近は編成ごとに色の違う車両が多く、全色撮ろうとすると一日では撮れず、何回も通うことになってしまう。市内線で新型の3連接車、T001を発見して撮る。収穫有り。Img_30291a


昨日は昼食を省略してしまったが、今日はまじめに取ろうと、サイゼリアに行く。富山まで来てサイゼリアでもないのだが、簡単に早く取ろうとすると、勝手のわかった店になってしまう。Img_30331a


白い服を着てパスタを食べるときはあまり色の濃いもの(例えば、イカスミスパゲッティ)は禁物なのだが、トマトスパゲッティを頼む。服は無事だった(^_^;。Img_30511a


午後から風が出てきたので、今日は早じまいにして福井に移動することにし、荷物を取り出してJRの富山駅に行く。北陸線の各駅停車の車両は金沢を境にがらっと変わっており、現在は金沢-直江津間は475系オンリーである。これが金沢から先(福井側)になると521系などの新車だらけになるのだが、金沢-直江津間は北陸新幹線開業時に第3セクターとして切り離すつもりのようで、新しい車両を投入するつもりはないようだ。Dscf4414a


小生は、並行在来線を廃止しなければ採算の取れないような新幹線は、建設不要の考え方は変わっていない。ましてこの北陸新幹線は遠回りをしているので、開通しても東京側から見れば時間短縮のメリットはない。値段だけ上がるので、全く迷惑な話だ。ただ現在は475系が集中しているので、「原色大目玉」という珍品を目にすることもできる。Dscf4416a


「しらさぎ」は5両編成、途中の元難所の倶利伽羅峠は、軽々越える。電車のパワーだけではなく、線路自体も改修されているようだ。かつてE10が活躍した名残は、全くない。快調に走っていたら、津幡の手前、やがて津幡の駅で、長時間待つ。この「しらさぎ」は和倉温泉から来る3両と金沢で併結するようで、その3両が遅れているため、待つことになったようだ。急ぐ旅ではないし、のんびり待つ。Dscf4417a


福井到着。ホテルで北陸4県キャンペーンのカードをくれる。新潟、富山、石川、福井4県うち3県ののホテルでスタンプをもらうと、特典があるそうだ。小生はまさにその3県を泊まり歩いてきたのだが、今頃カードをもらってももう遅い。結局ゴミになる。夕食はこれという店が無く、越前そばと焼き鯖寿司になった。

福井泊。
(つづく)

2011/10/09

「この電車で人身事故が、、」

2011年10月9日

3日前(6日)のことです。帰りの横浜線電車に乗りました。最近は会社を出る時間がほぼ一定になっており、必然的に毎日同じ電車に乗ることになります。電車が十日市場の駅にさしかかったとき、いつもより派手な減速をしてホームの手前に止まりました。非常停止の時は「バシュッ」という排気音がするのですが、このときは聞こえませんでした。停止時にがくんという衝撃があったため、女子高生から悲鳴が上がります。変な止まり方でホームの手前で止まったのでいやな予感がしていたら、「ただいま、この電車で人身事故が発生しました。しばらく停車いたします。」というアナウンス。やっぱりでした。

事故などでホーム外に停車したとき、JRは乗客をなかなか外に出しません。1時間や2時間は、平気で閉じ込めます。その点東急は「閉じ込め時間は30分以内」と決まっているようで、20分くらい経ったところで乗客を外に誘導する準備を始めます。車両も前面の非常口の他、側面ドアにも1両おきに非常階段を装備しています。今回はせっかく半分の車両がホームにかかっているので、外側のドアコックを操作して開ければよいのに(電車のドアは、車体の外側にも非常コックが付いており、開けられます)と思っていたら、20分くらい経ったところで、先頭車両の1番前のドアを開けたので、十日市場で降りる人はそこから降りるように、というアナウンスがありました。JRにしては、かなり早い対応です。周りを見たら、誰も動きません。実は動かなかったのではなく、動けなかったというのがそのうち判りました。

それからまた5分ほど経ったとき、車内灯を全部消す、というアナウンスがありました。消灯しましたが、当然のことながら非常灯は点いています。今度は非常灯も消す、アナウンスも止めるというアナウンス、本当に真っ暗になりました。空調も止まるので、窓を開けます。JRの通勤用車両は窓が開くので、こういう時は助かります。東武の50050系の初期車だったら、酸欠になるところでした。
十日市場の駅は切り通しの中に線路を通したような感じで、ホームにかかった車両は両側にスペースがありません。これで救出作業をするにはどの機器にも電気が来ていると危険なため、パンタグラフを下ろしたのだと思います。スペースがないので、救出作業はかなり手こずるでしょう。

それから10分ほど経ったとき、人が前へ動き出しました。横浜線は8両編成で、八王子行きは先頭が8号車です。小生が乗っていたのは3号車で、8号車から人が降り初め、やっとその流れが3号車まで来たようです。最初のアナウンスの後すぐ動き始めても、どこかで引っかかって前に行けなかったでしょう。次々と貫通路を通って前の車両に移り、ドアの開いている車両から降りたら、6号車でした。どうやら先頭車両だけではなく、もう1カ所開けたようです。ドアは1両全部の一斉開放ではなく、開いているのは一つだけでした。降りた後振り返ってみたら、パンタグラフは下りていました。

ホーム上をかなり多くの救急隊員が動き回っています。レスキュー部隊も、来ているようです。「マイク持ってきて!マイク!」と怒鳴っている救急隊員がいます。救出作業をするためには負傷者の上の車両の乗客は全員降ろした方が良いので、その指示を出すのでしょう。この時はまだ半分くらいの乗客は、電車に乗ったままでした。

こういう事故の時には振替乗車票が発行され、バスや他の私鉄にただで乗れます。その窓口の行列の後に付いたのですが、さっぱり動きません。こういう時は余計なことは聞かずにさっさと渡して乗客を外に出すのが鉄則なのですが、何をもたもたしているのでしょう。この日は早めに家に帰らなければならなかったので、あきらめて振替乗車票はもらわずに外に出ました。

十日市場は、東急田園都市線の青葉台からそう遠くないはずです。小生の自宅は田園都市線に乗れば何とかなるところなので、青葉台行きのバスを探します。バス案内で青葉台行きがあることは判ったのですが、今度は乗り場が見つかりません。やっとロータリーの中の島部分にあることが判り、バスを捕まえ、東急経由で帰りました。いつもより1時間遅れでしたが、まともに人身事故に引っかかった割には、早く帰れた方でしょう。なおこの日、横浜線の復旧には相当の時間がかかったのだと思いますが、何時に復旧したのかは、確認していません。

2011/10/04

台風ニアミス、北陸旅行記(3)

2011年9月3日(つづき)

越中三郷の駅をおりて、少し富山側に歩く。ここは天気がよければ、立山をバックに走る電車が撮れるところだ。電車はひっきりなしに来て、しかもその速度が速い。地方鉄道という名前から少し甘く見ていた。熊本電鉄とは、大違いである。シャッタスピードを少し早めにしないと、ぶれる危険がある。Img_28671a


天気はおおむね曇りだが、時々通り雨が来る。こういう時には人間よりカメラの方をぬらさないようにするのだが、直前に買った大型の折りたたみ傘が、威力を発揮する。撮影の条件としてはあまりよくないのだが、立山が見えているので、粘る。徐々に移動し、鉄橋のあたりまで来る。動くと蒸し暑い。やはりここが一番良いポイントのようだ。川に沿って線路に近づくと、立山をバックに良い感じの写真が撮れる。撮影しているうちにお昼を過ぎたが、どこかに移動して店を探すのも面倒で、持参してきた「玄米クリームブラン」を昼食代わりにする。Aのことを「寝食を無視するやつ」と言ったが、小生もあまり人のことは言えない(^_^;。Img_28811a


今回の目的は、元西武の「レッドアロー」を撮ることである。今まで現れなかったが、どうやら特急か長距離列車に優先的に充当されているようだ。富山から来る列車は大体折り返してくるようなので、上りのと山行きを優先して待つ。現れた。2両に短縮されてはいるものの、色は昔のままの「レッドアロー」である。レッドアローには、昔入間に住んでいるときに、仕事で遅くなったときに所沢までよく乗った。しばらくすると、富山で折り返した下りがやってきた。立山をバックにするために後ろ姿を撮ったが、ヘッドマークは前だけで、後には付けていない。多少間の抜けた写真になった。Img_29181a


疲れてきたので、富山に戻ることにする。ずいぶん歩いてきたので、越中荏原の方が近い。富山に戻って一旦休憩。そこでふと思い立ち、また稲荷町に戻る。稲荷町には車庫があり、何か面白いものが撮れないかと思ったのだ。駅から外に出てぐるっと回ると、レッドアローの中間車がいた。3両編成対応で購入したものの3両になることはなく、今は物置になっているようだ。電気機関車がいたが、これが場所が悪く、なかなか全体を収めることができない。超広角を使い、何とかなった。Img_29321a


富山に戻り、富山ライトレールの写真を撮りに行く。同業者がいるなと思ったら、去年北海道に一緒に行ったのZであった。世の中、狭い(^_^;。聞けば今日は「おわら風の盆」で、富山のホテルは全部満室なのだそうだ。小生は偶然キャンセル分にあたったらしい。これから同じ仲間のKと合流し、金沢に泊まるそうだ。Img_29361a


福井、金沢、富山の北陸3県のうち、食の一番は富山である(個人的見解)。その富山に来たので、今日は何か富山の名物をと考えたが、その名物を看板にした店は、皆高い。駅ビルまで歩いて行き、「富山うまいものセット」というのを見つけた。白エビやホタルイカが付いて、ビール1杯を入れて2K未満、小生あたりのは、このくらいが適当である。Img_29621a


ホテルで裸になったら、腕がまた日焼けしていることに気がついた。太陽はほとんど顔を出していなかったが、紫外線はそれなりに強かったのだろう。また、多少足底兼膜炎気味になったので、風呂でしっかりマッサージをする。考えて見れば、足底兼膜炎になったのは、カバンをリュックにしてからだ。リュックだと多少重くても平気で、足に負担がかかったのだろう。今回はレンズが重いので、もろに響いたようだ。

富山泊。
(つづく)

2011/10/02

台風ニアミス、北陸旅行記(2)

2011年9月3日(土)

新潟は良い天気である。富山の予報を見たら早い方が天気がよいので、新潟の見物や撮影は止め、朝から富山に移動することにする。Dscf4408a


新潟から富山への切符は明日の遅い便が取ってあったので、変更する。「大人の休日」切符の指定席でも、変更がきく。481系3000番台の「北越」に乗る。Img_27831a


ひょっとすると、新潟-長岡間の在来線に乗るのは、初めてかもしれない。新潟付近は各方面からの路線が複雑に入り、また乗り入れも多くて列車密度も高い。新津で「ばんえつ物語」のC57を見かけた。磐越西線は先日の大雨で不通になり会津若松までは行けないが、途中まで運行してそのまま折り返しているようだ。そのため、最後尾にDE10が付いている。震災で不通の区間はまだ多いのだが、会津界隈は大雨であちこちの鉄橋が流され、どこから復旧して良いのか判らない状態だろう。Img_2784a


米作日本一の座は北海道に奪われたとはいえ、新潟県は米所、長岡まで沿線には黄金色の水田が広がる。撮影に良さそうなポイントが、いくつかある。各駅停車や貨物列車との兼ね合いか、長岡を過ぎて速度が速くなる。しかし車内の電光表示、新幹線でもないのに「Super Express」はないだろう。Dscf4411a


柏崎の先で日本海沿岸に出る。天気は薄曇り、波は穏やか。日本海にはまだ台風の影響は現れていない。糸魚川の手前で交直転換、485系は車内灯が消える。車内灯が消える交直転換は、久しぶりだ。新潟県内の川は増水していたが、黒部川は増水していなかった。Img_2787a


曇り空の富山に到着、北陸新幹線の工事真っ最中である。ところが穏やかなのはこのあたりまでで、大阪/名古屋方面への特急は、全部運休である。上りはわずかに金沢方面行きの各停だけが走っている。下りの新潟や越後湯沢行きは平常通り、この状態から台風が今大阪界隈にいるのが判る。こちらももたもたしていると天気が悪くなるので、まず最初の目的地、富山地方鉄道へ向かう。Img_2788a


荷物の中から宿泊に必要なものを分けてコインロッカーに放り込み、少し身軽になって電鉄富山駅へ。今回は交換レンズを望遠と広角の2本持ってきているのでそれだけで重く、あまり身軽にはならない。14700系で越中三郷へ向かう。車内は転換クロスシート、乗用車に乗り慣れた地域の人たちに電車に乗ってもらうには、こうでなくてはいけない。

(つづく)

« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »

フォト
2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック

無料ブログはココログ