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2011/04/30

京都経由備中高梁行き(2)

2011年4月16日(土)(つづき)

今日は他に行くところもないので、もう一度仁和寺に戻って、今度は庭園を見に行く。普通は庭園が主体だが、この時期は御室桜を見に来る人の方が多く、庭園を見に来る人の方が少ない。入り口の生け花は御室流、さすがは本家。ここの庭園はきれいだ。バックの五重塔は、同じ境内にあるから借景とは言わないのだろう。Dscf4202a


今日のホテルは京都の四条通にあるので、帰りは京福電鉄(通称、嵐電)を使う。仁和寺のほぼ正面に京福北野線の御室仁和寺駅がある。かつては、御室駅と言ったようだ。なかなか趣のある駅である。京福電鉄は、路面電車が専用軌道を走っているような趣で、東急世田谷線のイメージである。Dscf4197a


2両連結で貫通路はなく、それぞれの車両に乗務員が乗っている。ワンマン×2と言ったところだ。沿線には桜の名所が多く、桜と嵐電の組み合わせを撮りに来たいところである。残念ながら今回は、沿線の桜はもう盛りを過ぎている。帷子ノ辻で嵐山本線に乗り換え、四条大宮へ向かう。Dscf4200a


途中で「地下鉄乗り換え」の案内表示を見て、びっくりする。確か嵐電は地下鉄と接続はしていなかったと思ったのだが、帰って調べてみたら地下鉄東西線が延長し、東西線の太秦天神川と嵐電の嵐電天神川が乗換駅になっていた。これだと京都駅からバスを使わず、地下鉄で烏丸御池-太秦天神川/嵐電天神川-帷子ノ辻-御室仁和寺と来ることができた。次はこうしよう。Img_1890a


この天神川に限らず京都は、と言うより関西圏は、乗換駅で鉄道会社によって違う名前を名乗っているところが多い。阪急と地下鉄の接続駅四条烏丸は、阪急は「烏丸」、地下鉄は「四条」である。また阪急と嵐電の乗換駅西院は、どちらも同じ漢字だが読み方が違い、阪急は「さいいん」、嵐電は「さい」である。Img_1892a


四条大宮で阪急に乗り換え(ここも「四条大宮」と「大宮」)、四条烏丸ならぬ烏丸へ。ドラ息子の状況も確認できた。なおドラ息子は今日は奈良に泊まり、明日は吉野で合流することになった。Img_1896_1a


(つづく)

2011/04/29

京都経由備中高梁行き(1)

岡山のドラ息子のところに行く用事ができた。しかし岡山だけに行ってもつまらないので、ちょっと寄り道をすることにした。京都は仁和寺と、吉野である。

2011年4月16日(土)
11時19分発、「のぞみ」225号。いつもながら遅い出発である。今回は小生にしては遅く一週間前に切符を取ったのでDE席はなく、AB席となった。新横浜でサンドイッチを仕入れ、16号車に乗り込む。N700系は、両端の1号車と16号車は外から見ると屋根が少し絞られているが、車内で見るとわからない。かつての500系のように、網棚が無くなっているというようなこともない。Dscf4194a


荷物を網棚にあげ、発車したと思ったら携帯が「ウイン、ウイン」といういつもの警報音を出した。緊急地震速報である。すると新幹線の方も室内灯が消え非常停止、どうやら送電を止めたようだ。止まったかと思うと、揺れが来る。震度3くらいか。後でわかったことだが、栃木で震度5強が出た地震である。新幹線の中で地震に遭うのは、初めてだ。停電でも案内表示は生きており、東京-新横浜間で送電を止めたという掲示が出る。タッチの差で引っかかってしまった。停電になると、当然のことだが空調も止まる。何となく、息苦しい。この気候だから良いが、夏はたまらないだろう。しばらくしたら送電が再開され、約10分ほどの停車で発車した。Dscf4163a


発車すれば、何事も無かったように車内販売が来る。そこでコーヒーを仕入れ、先ほど買ったサンドイッチで昼食にする。この「のぞみ」の前を「こだま」が走っており、ダイヤ通りだと小田原で抜くことになっている。10分遅れでどうなるかと思っていたら、小田原で待っていてくれた。Dscf4169a


「のぞみ」225号は遅れているので、飛ばす。そして揺れない。かつて500系が揺れずに飛ばすと思っていたが、東海道線区間では、車体傾斜装置のあるN700系の方が速い。やがて名古屋。名古屋は4分延、なんと新横浜-名古屋間で6分も回復してしまった。そして京都は1分の遅れ、これだと新大阪には、定時だろう。10分の延発を回復してしまうとは、恐るべしN700系。Dscf4171a


京都駅に着いたら、まず近鉄で明日の特急券を確保する。しかし吉野行きはすでに満席で、橿原神宮までしかない。そこからは急行になるが、まあ良いだろう。橿原神宮から吉野までは、同じ近鉄だが狭軌線だったはずだ。近鉄の狭軌線に乗るのも、初めてだ。Dscf4178a


京都駅から仁和寺へは、バスを使う。観光シーズンの京都市内のバスは渋滞がひどく、いつ着くかわからない。そのためあまりバスは使いたくないのだが、仁和寺へは電車では大回りになるので、致し方がない。今まで仁和寺に行かなかった理由も、それだ。しかし思ったほど混ではおらず、40分の予定のところが50分で着いた。やはり福島の原発事故で、海外からの観光客が来なくなっているのだろう。ここでドラ息子と合流、なんのことはない、ドラ息子は今日明日が暇で、仁和寺と吉野につきあうことになってしまった。Dscf4180a


仁和寺は、御室桜が有名である。少し小ぶりで、咲く時期が遅い。そのため門の前の表示も、「三分」になっていた。しかし入ってみると、三分どころか五分以上である。桜は気温が上がると急に咲くので、ちょうど良い時期のようだ。ゆっくり見て回る。観光客が少ないと言っても、やはり多い。金堂、経蔵と、一回りする。今日は風が強く、五重塔の風鐸が良い音を立てている。境内には、花が多い。京都や奈良のお寺には、必ずその地の神様を祭る神社が併設されているのが面白い。Dscf4187a


ここで一旦外に出て、御室駅前の喫茶店で休憩する。

(つづく)

2011/04/24

発電機の話

2011年4月24日

電力不足の話の続きで、発電機です。
発電機を設置してあるビルも増えていますが、この発電機、常用発電機と非常用発電機では、まるで違います。
まず非常用発電機ですが、これは非常時専用です。あくまでも停電時に避難する間だけ照明やエレベーターを動かすという考えですから、長くは使えません。消防法の規定によると起動(電源投入)までの時間が40秒以内ですが、運転可能な時間は60分です。これ以上運転すると、オーバーヒートを起こします。いわばワンポイントリリーフ専門のピッチャーみたいなもので、ウォーミングアップはほとんどなしで投げられますが、対するバッターは一人か二人と言ったところです。

非常用発電機も負荷を絞れば長時間運転ができますが、元々各部の構造が長時間運転に耐えられない構造なので、たとえば川崎重工製のガスタービン発電機は、1000時間運転でオーバーホールの必要が出てきます。この震災時には非常用発電機を無理して長時間運転したところが多数あったようですが、そのために現在はオーバーホール待ちとなり、使用できなくなっているところが多いのでないでしょうか。

常用発電機は、単独運転のものと、系統連携型のものがあります。単独運転は工事用の電源のようにどこかで独立して使えますが、電力会社の線と協調して運転することはできない構造のものです。これを会社などで使おうとすると、停電したときは停電した状態で発電機に切り替え、復電したときも一旦電気を止めて電力会社の線に切り替えます。何でこうしなければいけないかは、後で述べます。

実は震災の後、この発電機をかなり真剣に探しました。可搬式と言われる範疇でも、700KVAまではあります。700KVAと言えばエンジンは1000馬力級で、ブルートレインの電源車「カニ21」と同じ出力です(カニ21は、500馬力級×2台)。JRからカニの休車を借りてくれば何とかなったのですが(笑)、残念ながらカニはすべて60Hzです。このクラスの発電機を実際に工場入れようとすると、騒音対策、燃料保管場所及び危険物取り扱い責任者の申請等、面倒な手間が多数あります。結局設置場所の確保が難しくて止めたのですが、メーカーには注文が殺到していましたので、新規に設置されたところも多いでしょう。

系統連携型は、電力会社の線にぶら下がってその発電機の能力分を発電する方法で、ほとんどのものが電力会社の電気がないと運転できない構造になっています。現在の太陽光発電のほとんどがそうで、家庭用燃料電池の「エネファーム」もそうです。つまり停電の時には、役に立たないわけです。何で単独運転ができないかというと、そうすると機構が複雑になり、コストが上がるからです。

系統連携専用の発電機は、いわば合唱の後で歌っているようなもので、難しいところはすっ飛ばしても何とかなります。実際の発電機でも、周波数精度の維持や負荷変動への対応などはほとんど電力会社の方がやってくれています。それがいきなり無伴奏でソロをやれと言われても、できる人は限られます。またもっと難しいのは復電したときで、系統の周波数と位相にぴったり合わせて同期投入する必要があります。カラオケでたとえれば、カラオケの演奏がいきなり聞こえなくなってもそのまま無伴奏で歌い続け、演奏が戻ったときにリズム音程ともぴったり合っていること。これができるのは、相当にうまい人です。発電機でい言えば、それなりに金をかけないと、できません。演奏に切れ目があればそこで合わせられますので、単独運転の発電機で切り替えの時に一旦電気を止めるのは、まさにこれです。

幸いこの夏は計画停電にはならず節電だけのようで、そうなるとエネファームなど系統連携専用の発電機でも、十分に効果を発揮します。

2011/04/23

地域丸ごとの周波数移行は、現実的か?

2011年4月23日

計画停電が無くなって、街がずいぶん元の賑やかさを取り戻してきました。あの計画停電、電力不足と節電の大切さを知らしめるに実に効果的でしたが、影響は予想以上に大きかったようです。特に産業界では、計画停電のために震災後の立ち上がりが1ヶ月遅れたようです。

現在は季候が良くなって暖房需要が無くなり、電力不足が一息ついていますが、依然として厳しい状態にあることには変わりありません。企業に対しての25%節電が15%に落ち着きそうでいくらか良くはなりそうですが、この夏企業は冷房の設定温度を上げるなどの生やさしい対策ではなく、完全に冷房禁止になりそうです。会社では、ショートパンツとTシャツでの勤務も認めようかという議論もされているようです。

電力不足で必ず話題になるのが東日本と西日本との周波数の違いで電力融通が限られていることですが、東日本全体ではなく、その一部だけでも60Hzかしたら良いのではないかという話が出てきました。先週の「日経エレクトロニクス」に載っていた話ですが、静岡県東部、山梨県、それに群馬県を60Hz化すれば、今回の原発停止による不足分は全部まかなえるそうです。最近は50/60Hz両用機が主体になっているので、大きな混乱は起こらないとのことですが、果たしてそうでしょうか。

小生が住んでいる街が501Hzから60Hzに変わると仮定して、考えて見ます。50Hz地域から60Hz地域への引っ越しの場合、問題になるのは蛍光灯、洗濯機(脱水機)、電子レンジの3つです。かつてはレコードプレイヤーというのがありましたが、現在は持っている方はかなり特殊と見なせるので、個別対応とします。
蛍光灯は安定器が問題になって場合によっては発熱し、電子レンジも発振器が問題になります。脱水機は回転数が上がりすぎるので振動を発生することがあり、またブレーキをかけても止まりきれません。日経エレクトロニクスによると最近のものは50/60Hz両用になっているとのことですが、小生の家にあるものを見たら、脱水機も電子レンジも50Hz専用でした。これらは部品交換が必要です。

引っ越しの場合は家に造りつけになっているものは持って行きませんが、その地域を60Hz化しようとすると、すべての機器が対象になります。小生の家の蛍光灯は、スタンドは両用ですが、天井に付いているものはおそらく50Hz専用です。これも取り替えなければなりません。

引っ越しと違って、ある地域が60Hz化する場合は、部品交換は1日ではできず、その地域全部の部品を交換し終わるには、数ヶ月はかかるでしょう。そのため、部品交換する場合は60Hz専用ではなく、50/60Hz両用に交換しなければなりません。天井に付いている蛍光灯など住宅機器は、元々周波数の違う地域への引っ越しなど考慮されていませんので、基本的には両用のものはありません。新しく両用の安定器を造ってそれと交換するようになります。場合によっては従来のものには収まりきれず、器具全体を交換しなければならないかもしれません。脱水機は安全のために60Hz用として、50Hzの間は回転の落ちた性能の悪い状態で使わざるを得ないでしょう。

意外と盲点になっているのが、ポンプです。3階建て以上のアパートには給水タンクが付いており、ポンプで水を上げています。このポンプの動力は回転数の3乗に比例するので、50Hzで使っているポンプを60Hzで使ったら、1.7倍の動力が必要になります。モーターで言えば、1サイズ上のものになります。これはモーターを交換するしか無く、1サイズ上のものと交換するには土台から変更が必要で、スイッチ類なども交換の必要が出てきます。またこれらポンプもしばらくは50Hzで使ってその後60Hzになるので、50Hz時代はモーターの出力が大きすぎ、60Hzになったらポンプの能力が大きすぎることになります。なおタンクレス給水システムでも話は同じで、制御ソフトの変更という手間がもう一つ増えます。これも50/60Hz両方で使えるソフトを、新規に開発しなければいけなくなるでしょう。

これらのことが各家庭でできるかというと、まず不可能です。天井取り付けの蛍光灯など全体を取り外さないと確認すらできませんので、素人には無理です。そのため、これらのことを専門の作業員が1軒1軒訪問しながら交換部品の必要を把握して部品を発注し、部品が入ったところで交換作業を行うわけですから、果たして2ヶ月でできるものかどうか、小生は半年でも無理だと思います。さらにここには書かなかった工場の機器もありますので、地域限定でも周波数の変更は、実現不可能な空論と言えるでしょう。

やっぱり今年の夏は、暑さに耐えながら仕事をするしかないようです。小生は高校時代は36℃の教室で受験勉強をやってきましたが、その再来になりそうです。
そのうち今度は、発電機の話を書きます。

2011/04/15

著効後5年の超音波検査、異常なし

2011年4月15日

肝臓のエコー検査に行ってきました。T病院です。先月の循環器の検診の時は計画停電の真っ最中で、電車も各停しか走っておらず、しかもバスまで運休でした。今回は「90%」とは言うものの、ラッシュ時はほぼ100%の運行で、準急もぼんぼん走ってきます。おかげで各停はいくらか空いており、座れました。そしてバスは走ってはいるものの、行きは歩くことにしました。待ち時間がない分、結果的には早く着きます。T病院の構内、ちょうど桜吹雪でした。

さて肝心のエコー検査の結果ですが、胆嚢のポリープ(3mm)は変化なし、壁の肥厚が前回引っかかったのですが、サイズに変化はなく、問題なしとなりました。ついでに血液検査もやっていたのですが、GOT=18、GPT=13、血小板数20.6万、HCV検出せず、HBs抗原-、抗体+と、全く異常がありませんでした。前回は2ヶ月くらいはしょりましたが、これで満5年、完全にOKです。

異常なかったことで時間は半年後になりましたが、S先生、「どうします?」。S先生にとって、小生はY先生からの預かりの患者なのです。「どちらでも。」と言ったら、次回はY先生になりました。今日も朝からY先生は隣の部屋で外来の診察をされていました。

帰りはバスに乗り、駅前のコーヒー店でモーニングサービスの朝食を取ってワーファリンを飲み、ビッグサイトに向かいました。さすがにいつもより空いています。特に中国人や韓国人の姿を見かけません。ただ外資系の出展者の中には、本国から金髪の(しかも薄着の)コンパニオンを動員したところもありました。欧米から見たら福島と東京の距離の差はわずかなのに、よく頑張って来たと思います。

2011/04/10

今年の花見は近場で

2011年4月10日

平年より2,3日遅れて、桜が満開になりました。別に花見を自粛する気などさらさら無いのですが、未だに(しばらくはずっと?)私鉄は100%は動いていないため、何となく出かけるのがおっくうになっています。今年の花見は、手近なところで済ませました。写真は自宅のすぐ近くの川です。今年は桜祭りが中止になったため、余計な飾り付けが無く、かえってすっきりしています。ただ人出は例年と変わりませんね。11041003a


「週末お出かけパス」というのがあり、それを使って近場の写真を撮りに行こうと思いながら、出かけていません。しかし帰りにいきなり電車が止まる心配もそろそろ無くなってきたので、ぼちぼち出かけ始めます。

2011/04/05

大学病院の「補修」終了

2011年4月5日

眼科の検診に行ってきました。東急線がほぼ100%の運行に戻ったので、助かります。この4月でS先生に講師の声でもかかるかな、と思っていたのですが、さすがにまだ早かったようです。前回の2月1日の時にはコンタクトを重点に見ることになっていたのですが、S先生、特にコンタクト云々には言及しませんでした。ただ視力検査はコンタクトを付けて行いましたので、その結果を見て特に言うこともないと思われたのでしょう。

右目の炎症もすっかり治まっており、また左目も単なる結膜炎だったようでそれから何事もなく、大学病院の「補修」もこれで終了になりました。また開業医の先生のところに戻ります。

その開業医の先生に対し、連絡票と言うか、手紙を書いてくださることになりました。「この分の文書料がかかりますので」と先生恐縮して言われ、また会計でも「文書料がかかっています」と言われました。前回は2回くらい、書類を発行してもらったものの、文書料を払っていません(踏み倒したのではなく、請求に載っていなかったのです)。ところが今回、金額はたいしたことはありません。明細をよく見たら、「医学管理料」の「診療情報提供料」というところに、2500円(自己負担は750円)が付いていました。これを「文書料」とすると保険適用外になり2500円をまるまる払わされますが、「診療情報提供料」だと保険適用になるようです。この書類、郵送されてきますので、着いたところでまた開業医の先生のところに行くことになります。

2011/04/04

つかの間の平常

2011年4月4日

またまた群馬に出張です。東海道新幹線は通常運行なので、いつもの時間に新横浜へ。ところが、やってきたこだま802号は超満員。新横浜で乗り込むときにすでに何人かの人は立っており、デッキも満員なので客室の中に入って立っていました。見回したら、背広の人だらけ。どこかの会社か役所が、招集をかけたのでしょうか。いつもは品川でかなり空くのに今日は空かず、東京まで立っていました。しかしガーラ湯沢がすでに営業を終了しているため、上越新幹線のMAXたにがわは、がら空きでした。

在来線では今日から湘南新宿ラインが運行を再開しており、結果的に列車本数が増えています。東急線なども急行の運転を復活させており、かなり平常に戻ってきました。これは一つは暖かくなって暖房需要が減ってきたこと、また住金など発電所が復旧したところが東電に電力を供給し始めており、その分を4月から見込み始めたことによるのでしょう。これからしばらくはこの状態が続くでしょうが、暑くなると今度は冷房の需要が増えるので、また電力不足になります。それまでのつかの間の平常でしょう。冷房が動き出すのは普通は梅雨明けですが、最近の住宅は断熱と防犯に重点を置いているため窓が少なく空調に頼った設計のため、5月の連休明けには各家庭で冷房が動き出すかもしれません。そうなると、電力不足が起きるのも早いでしょう。

群馬の工場の方は、しっかり節電モード、会議室は寒くてしようがありません。コートとマフラーが、会議の必需品です(笑)。帰りは湘南新宿ラインから、急行列車の走り出した田園都市線へ。やはりずいぶん楽です。しばらくこの状態が続いてくれると、仕事にも身が入るのですが。ちなみにうちの会社で作っているのは、一応復興部材です。

2011/04/02

がんばれ仙台工場

2011年4月2日

いつもは焼酎のお湯割りを飲んでいますが、今日は暖かかったので、出かけたついでにコンビニでビールではなく、ビール風飲料を買ってきました。先週からコンビニでも、ビール類の棚の空きが目立つようになってきました。配送が滞っているのか、栃木県から盛岡県にかけての工場が被災したので、東北地方に回す分足りなくなったのかのどちらかでしょう。小生の場合は缶ビール1本あればいいので、キリンの「濃い味」というのを買ってきました。これはアルコール分が3.5%と少なく、小生にはこのくらいがちょうど良いです。

さて飲み終わっていつものように工場符号を見たら、なんと仙台工場製です。キリンビールの仙台工場は津波にやられ、現在再開のめどは立っていないと聞いています。製造日は2月下旬、震災の2~3週間前です。よく東京のコンビニにあったものです。

キリンビールは栃木工場を去年9月に閉鎖したばかりなので、仙台工場は何とか再開に持っていくでしょう。その再開の日を待つため、この缶はそれまで保存しておきます。

小生が住んでいる街では、今日は桜祭りのはずでしたが、「自粛」ということで中止になりました。桜は咲いていませんが、こんな時に「自粛」で中止はよくありません。節電のためにぼんぼりを消すなどの配慮は必要でしょうけど、こういう時だからこそ、大いに桜祭りはやるべきです。そうしないと、経済が回っていきません。ちなみに、川崎市はやっていたようです。西日本(と言うより、60Hz地区)の方は節電もありませんので、大いに祭りを楽しんでください。

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