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2011/02/27

流氷再挑戦記(1)

JALのマイルがたまり、国内の航空券がもらえる分になった。松山に行き、郊外電車と市内電車との平面交差や、片運転台の電車が1両で回送される様子を撮りたいとも思っていたが、今回は流氷に再挑戦することにした。
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以前流氷を見に行ったことがある。確か1992年だったので、19年前だ。このときは紋別まで行った。すでに名寄本線は廃止されており、旭川までは785系の「スーパーホワイトアロー」、旭川からバスを使った。Scan10027a


そしてガリンコ号(現在のガリンコ号の、一世代前)に乗ったのだが、風向きで流氷がいなくなってしまい、所々に氷の浮いた海面をちゃぱちゃぱ走っただけになってしまった。このときは2月末だったが、どうも紋別の流氷のピークは1月末で、2月末になると知床の方に行くようだ。その後の入院時(1回目のIFN)にガリンコ号を造った造船会社の人と一緒になったりもしたのだが、流氷自体とは縁はなかった。今回の行き先はこの時期の流氷が多いと思われる網走とし、万全を期した。Scan100341a


網走に行くだけなら、女満別空港がもっとも近い。しかし座席数と、悪天候での欠航のリスクを考え、千歳便とした。再度「オホーツク」で5時間かけていくことになるが、それも良しである。常紋峠を明るいうちに越えるのも、初めてだ。Scan10035a


という計画で、最初は2月11日をひっかけて行くつもりだった。ところがこの時期は札幌の雪祭りに引っかかり、とても切符がとれない。小樽の「雪明かりの路」にも行きたかったのだが、札幌の雪祭りと同じ日程である。結局1週間後にした。雪明かりの路は、次の機会があるかどうかわからないが、この次だ。なお、松山の片運単行回送電車は、旧京王3000系では行わないので、減っているそうである。こちらも次の機会で間に合うか?

オホーツクの指定券は、当然東京でも取れる。ところが時刻表をみていたら、札幌-網走間には往復割引特急券があることに気がついた。発売は札幌近郊だけである。そこで札幌到着後購入することとし、小生としては珍しく、出たとこ勝負で出発することになった。


2011年2月18日(金)

朝から強い雨である。傘を差して駅に向かう。大きい傘を差したいところだが、先のことを考え、折りたたみ傘だ。羽田発10時15分だと、家を出る時はまだラッシュ時である。リュックを身体に前に回し、小さくなって電車に乗る。横浜から京浜急行の快特に乗り、京急蒲田で乗り換える。京急蒲田は2階建てになったが、羽田行きはその両方から出発する。1階に下りようとしたら階段を間違え、出口の方に行ってしまった。まだ工事中なので、乗り換え階段と出口への階段が別になっているのだ。電車はすぐにやってくる。途中に国際線ターミナルができ、国内線ターミナルと名前が変わった羽田空港に到着する。Dscf6292a


千歳に着いたらなるべく早く札幌に移動したいので、荷物は預けたくない。リュックはたぶんぎりぎりOKと思い、そのまま手荷物検査場に行く。がら空きで拍子抜けするが、中身も大きさも問題なくパス。ジーパンのときはベルトのバックルが引っかかるので、ベルトを外さなければいけないのが面倒だ。チケットレスが本当に「レス」になり、手荷物検査場でもカードをかざすだけになった。搭乗控えが出てくるが、その後ろがマクドナルドのコーヒー引換券になっている。4月一杯までのキャンペーンらしい。なおこの搭乗控えの座席表には「1階席」と書いてある。B-747に2階席があるためだが、3月にB-747が引退した後は、どうなるのだろう。出発時刻の30分前には雨も上がり、向こうの山が見えるようになった。丹沢か?ただし北海道は悪天候のようで、旭川行きが「代替え空港の可能性あり」の条件付きで出発した。Dscf6294a


使用機はB-767-300。以前は千歳便はすべて大型機だったが、最近は小型機や中型機も混じるようになった。搭乗率優先に変わったのであろう。搭乗開始、クラスJを取れたので、席はかなり前の方だ。離陸後機内でNHKの朝のニュースを流すが、画面の隅の出でてくる天気予報が、熊本だけだ。「芦北、天草地方」など、熊本ローカルの放送でしか流さない地名が出てくる。どうやらこの機体は昨夜は熊本駐泊で、朝熊本で録画したテープを積み込んだようだ。時刻表を見たら、朝熊本を出て羽田滞在35分で千歳に向かう行程になっている。乗務員は当然羽田で交代するが、機体はかつての581系のような広域運用だ。しかし機内のテレビ放送、未だにアナログで、媒体もおそらくVHSテープである。7月以降はどうするのだろう。

雲は多いが、その雲の上で安定した飛行である。降下を始めて雲を抜けたら海の上で、ちょっとびっくりする。着くのは札幌ではなく千歳だと言うことを、再認識させられる。思っていたよりずっと苫小牧に近い。足を出すのは、苫小牧の上空だ。雪の新千歳空港に着陸した。

(つづく)

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コメント

おお、モヒカンの姿ではありませんか。

冬の網走や流氷は、学生時代の1973年のことでした。
流氷、白鳥、丹頂の三白を見てきました。
尾岱沼に行ったり羅臼に行くのに、今は無き標津線とバスを使ったことを思い出します。

継ぐに海に浮かぶ氷を見たのは、3年前の冬のヘルシンキの港でした。

楠の末裔さん、ありがとうございます。
晴れて山が見えると思って写真を撮り、カメラをしまったところでモヒカンに気がつきました。慌ててシャッターを切ったので、写ったのはしっぽだけです。
2月も半ば過ぎると、流氷は知床のあたりに移動するようですね。小生は氷結した大沼は1970年の2月に見ましたが、オホーツク海まで行ったのはこの1992年が最初です。

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