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2010/11/28

「桜坂」の舞台は沼部

2010年11月28日

今年は小豆島に紅葉を見に行くつもりが流れてしまい、おまけに諸事多忙でなかなか紅葉を見る機会がありません。昨日も土曜日なのに、出勤日でした。来月には大腸の内視鏡検査もあるので、休暇は少し取っておかなければなりません。そこであまり疲れない範囲ということで、日吉と田園調布に銀杏を見に行ってきました。10112903a


慶応の日吉校舎は銀杏並木が有名ですが、その隣のグランドの周りにも、紅葉が結構あります。久しぶりにグランドを見たら、全天候型の立派なグランドに変わっていました。ここで体育の授業を受けたのは、四十数年前ですからねえ。10112906a


そのまま東横線で田園調布へ。田園調布は地下駅になっていますが、昔の駅舎がそのままエレベーターホールとして残されています。周辺の建物も調和を図っており、落ち着いたしゃれた建物が証券会社の営業所だったりします。駅前の銀杏も、なかなかきれいです。10112910a


田園調布に来たついでに、沼部まで足を伸ばしました。と言うのも、先日福山雅治氏が出演したトーク番組で、誰かが「ヒット曲の桜坂の舞台は、鵜の木だ」と言っていたからです。実は小生は四十数年前、現在の田園調布本町がまだ田園調布2丁目といっていた頃に住んでいたことがありますが、そのときの記憶によれば、沼部の駅から中原街道に向かう坂が桜坂でした。行ってみたところやはり記憶通りでした。10112913za


鵜の木は同じ東急目蒲線(現在の東急多摩川線)の沼部の一つ先なのですが、鵜の木からだと中原街道に出られません。これまた来たついでに、昔住んでいたところ(下宿)を確認してきました。建て替えられて違う方の表札になっていましたが、空き地(現在は駐車場)との位置関係は、昔通りでした。

2010/11/23

三角の貯木海面

2010年11月23日

今は昔の昭和30年頃、三角線の貨物に直径10cmくらいの丸太材があり、貨車に積まれて三角から送り出されていました。三角への入荷は船で、そのため貯木海面も、陸上の貯木場もありました。三角に十條製紙の出張所があったことから小生はこれは十條製紙八代工場に送られる製紙用原木と思っていたのですが、親父は坑木だと言っていました。この貯木海面の歴史は古く、三角駅前に展示してある明治~大正期と言われる三角港の写真にも、ちゃんと写っています。この写真には巻き上げコンベアが2基ありますが、小生が知っている時代は使われていたのは1基だけでした。A


八代の製紙工場は古く、八代から2つ肥薩線側に入った坂本に東肥製紙ができたのが、明治35年です。それで八代の製紙工場の歴史を、いろいろ調べてみました。十條製紙の社史が印刷博物館にあることがわかったためそこに行って調べ、さらには紙の博物館の図書館にも行きました。さすがに紙の博物館の図書館の方が、蔵書は豊富です。おかげでいろんなことがわかりました。ちなみに、印刷博物館は一般公開はあまり考えられて無く、そのため開いているのは平日だけです。紙の博物館は飛鳥山公園の中で、土日もっやっています。余談ですが飛鳥山公園にはD51が置いてあり、これは標準型末期のものでドームが角形になっている「半戦時型」と言われるタイプです。10112001


調べてわかったことは、東肥製紙が操業を開始した頃は原料はボロか藁で、製品はまだ肥薩線の開業前なので坂本から八代までは川舟で、八代から三角までは艀舟で、三角からは本船に積まれたそうです。船の漢字の違いで、大きさが想像できます。八代の工場は東肥製紙の後身の九州製紙の時代の大正13年に誕生したもので、九州製紙はその後樺太工業、王子製紙、十條製紙と名前が変わり、日本製紙となった現在も健在です。樺太工業と名前が変わったようにその時代は製紙原料は樺太材で、当然三角港を経由していますが、三角港の貯木水面の使用許可を取ったのは昭和23年でした。小生の知っている貯木水面と貯木場は船から鉄道に積み替えるのにふさわしい設備で、製紙会社がその設備を使ったのは戦後ほんの10年くらいということがわかりました。となると古い写真に出てくる貯木海面は、親父が言ったように坑木だったのかもしれません。坑木だったとするとそこからどこに送られたのか、まだまだ調べることがありそうです。

2010/11/21

大腸の内視鏡検査をやります

2010年11月21日

先日会社でやった成人病検査の結果が帰って来ました。採便の時に痔の具合が悪く心配だったのですが、その通りと言うか、やっぱり便潜血が陽性になっていました。特に具合の悪かった初日ではなく、二日目の方が陽性だったのが意外でしたが。会社の看護師さんに相談したところ、「歳も歳だし、一度受けてみたら?」という答え。話しているうちに、看護師さん自身も先日大腸の内視鏡検査を受けていたことがわかりました。仲間を増やすつもりだったか。

内視鏡検査は、大きな病院に行くと小生のような太っていない男性は、練習台にさせられることがよくあります。そこで行きつけの内科に行き、良さそうなところを聞いてみました。ちなみに行きつけの内科は胃の内視鏡検査はやっていますが、大腸の方はやっていません。先生、しばらく考えていました。小生はワーファリンを飲んでいるので、いやがるところもありそうです。しばらくして電話を取ってかけ始めました。大学の後輩だそうです。なんと小生の自宅近くで開業しており、検査だけで組織の採取はやらないということで受けてもらえることになりました。

日を改め、その後輩の先生のクリニックに行ってきました。内科ですが「胃腸のクリニック」を看板にしており、肛門科も併設しています。つまり消化器は外に出るまで面倒見ますという体制、これはありがたいです。最近は新しい病院に行くときには病歴をA41枚にまとめた紙を出すことにしています。診察で採便の時に痔の調子が悪かったという話しをしたところ、「では見てみましょう」と早速肛門の触診、どうも内痔核(いぼ痔)があるようで、触診で出血するとのこと。前日が定年者の慰労会だったのがたたっていたようです。ただ痔に関してはそれだけで、特に何もなし。痔が重症の場合はまず大腸の内視鏡検査自体ができないでしょうから、このままでも良いんでしょう。

大腸の内視鏡検査では、通常おかしなところがあったら組織を採取して検査します。ところが小生はワーファリンを飲んでいて血が固まりにくいため、何かあったら入院して再検査と言うことになりました。入院してヘパリンという手術の時に使う薬(点滴)に変え、それで検査するそうです。まあそれは内視鏡検査で怪しいところが出たときの話しです。実は胃の内視鏡検査も同じなのですが、こちらも組織は採取しないということでワーファリンは止めずに検査しています。今回も検査日に絶食はするものの、ワーファリンはそのまま飲みます。

大腸の内視鏡検査は、準備が思ったより大変でした。食事制限は前日の朝からで、繊維質が少なく消化の良いものというのが大前提で、ゴマ、豆、キノコ類、牛乳、果物が不可です。この繊維質を少なくするのは意外と大変で、お昼のカレーライスはジャガイモと人参が不可、具のほとんど無いうどんしかダメなようです。当日は当然朝食抜きなのですが、前日夜に下剤を飲んだ後、当日10時くらいから2時間かけて2リットルの腸洗浄液を飲みます。これも下剤で、これで便が透明な液体になったら検査できるとのこと、透明にならなかったら、浣腸です。そして検査は午後2時半からで、麻酔薬が抜けるまでクリニックにいることになるので、終わるのは午後6時くらいです。いやはや、大変なことになりました。

2010/11/14

膝の関節炎、その後

2010年11月14日

先週、膝の関節炎の診察に整形外科に行ってきました。もう時にどうと言うことはないのですが、じっとしていて急に動くときに痛みがあります。最近会社での仕事があまり動き回らずにじっくり考えたり計算したりすることが増えたため、特に動くときとの差が出るようです。特にいきなり部長に呼ばれたときが、一番痛いです(笑)。整形外科医によると、後はもうじっくり筋肉を鍛えるしかないのですが、冷やさない方が良いようで、保温用のサポータを勧められました。湿布薬は患部を冷やすものですが、膝全体とすると、冷やさない方が良いそうです。

そう言うことで、今日は東○ハンズにサポータを買いに行ってきました。膝のサポータは大きく分けると保温用と固定用に分かれるようで、固定用はさらに横の動きを制限したタイプもあります。小生の場合は膝に水はたまっておらず軽い炎症ですので、柔らかい保温用にしました。

運動は、歩くのが一番良さそうです。定年で完全に引退した人の話を聞いたら、毎日朝1時間夕方1時間歩いており、そのおかげで体調も良く、あちこち痛いのがずいぶん改善されたということです。小生はそこまで時間を取れませんが、仕事中にもっと歩いた方が良さそうです。

2010/11/12

アイーダ

2010年11月12日

今日は一日幕張メッセ。FPF展をじっくり見るつもりで直行直帰にしていたら、意外と早く見終わってしまいました。隣で「鉄道技術展」をやっており、よっぽど自費で見てこようかと思いましたが、鉄道は閉鎖的で名刺がものを言う業界ですから、止めておきました。

さて、先日サンティさんのベートーベンを聴きにサントリーホールまで足を運んだという話しを書きましたが、同じサンティさんのN響A定期、ヴェルディの「アイーダ」演奏会形式をテレビでやっていました。アイーダの凱旋行進曲はサッカーの応援でも有名ですが、ここのトランペットはバンダで演奏されます。そして使うトランペットはアイーダトランペットと言うことになっていますが、普通はファンファーレ用トランペットを使います。ところがこの日よく見たら、本物のアイーダトランペットを使っていました。ファンファーレ用トランペットはバルブが3個で普通のトランペットと同じなのですが、アイーダトランペットはバルブが1個しかありません。その分演奏が難しく、この日も多少音程が不安定なところがありました。このアイーダトランペット、イタリアから取り寄せたそうです。

今回のアイーダの演奏に関してはサンティさんはかなりこだわったようで、ソリストも合唱団も、全員暗譜です。確かにオペラだったら当たり前の話しですけど、全員暗譜です。ただ演奏会形式は出たり入ったりできないので、「ここどうだったんだっけ」の確認はできないですね。

こだわりは楽器にも及んでおり、チューバでなくティンバッソが使われていました。チューバ奏者の池田さんが吹いている楽器がどう見ても「バルブ付きのコントラバストロンボーン」と言うものだったのですが、調べてみたらティンバッソという楽器のようです。ティンバッソを意訳すれば「金属製のファゴット」、確かにそんな形にも見えました。

ヴェルディはアイーダトランペット(エジプトトランペット)を作ったとき、エジプトフルートというAs管フルートを試作したものの、音程が不安定で断念したという記事を見つけました。ところがこの日、2番フルートの楽器は普通のフルートより長いようで、アルトフルート(G管)のような気がしました。低い音程の部分があるのでしょうか?

2010/11/07

アリアドネの弾丸

2010年11月7日

海堂尊の新作「アリアドネの弾丸」、読み終わりました。久しぶりに田口公平講師と白鳥圭輔技官の登場、それに重要な脇役まで登場し、過去の海堂作品を読んでいる人には「おおっ」と思わせる構成です。ただストーリーとしては面白いのですが、その背景構成が技術的に「???」と思わせる内容が多く、海堂尊氏はこの分野は苦手なのだと思わせました。ミステリーなので、あまり書くと種明かしになってしまい、書けないのが残念です。

この土日は、久しぶりにどこにも行かず、のんびりしました。ただまだいろいろ終わっておらず、各種手続きが完了するまでは、落ち着かない日々が続くでしょう。明日間に合えば、司法書士さんのところに行きます。

2010/11/06

宛名書き

2010年11月6日

今年は年賀状ではなく喪中欠礼のため、早々と宛名書きをやっています。やはり先方様が年賀状の準備に入る前に着いた方が良いですから。
ここ数年は年賀状は100枚準備し、最終的に数枚余るというペースで推移していました。今年もその調子で100枚準備しリストと合わせたところ、足りません。毎年5,6通から多いときで10通近くの喪中欠礼が到着しているせいだとわかりました。これから人数の多い世代が高齢化していきますので、ますます増えるかもしれません。生きている時間を大切にしましょう。

宛名書きついでに自分で出した過去の年賀状を見たら、3年前までは縁なし印刷でした。今年の喪中欠礼は、どうやっても縁なし印刷ができませんでした。ちなみに写真の縁なし印刷は、XPモードでだけ可能です。現在のプリンタ(エプソンのPM-G720)、7にも一応対応はしていますが完全対応ではないようで、ひょっとすると年賀状の縁なし印刷のためには、プリンタを買い換えないといけないかもしれません。

2010/11/03

定期会員辞めてもN響

2010年11月3日

順序が逆になりましたが、先週水曜日(27日)にN響の定期に行ってきました。昨シーズンで定期会員は辞めましたが、新シーズン2回目で昔と同じB定期の初日に顔を出しています。まあ今回はサンティさんのベートーベンを聴きたかったからで、今後はそんなにN響に通うことはないでしょう。

N響の定期会員は、最初は2回目のIFNが終わった後の1999年から2シーズン、次は3回目が終わって目が落ち着いた2007年から3シーズンでした。どちらも、再開後の1シーズンを除いて、サントリーホールのRB席です。ちょうどビオラの真後ろ(クラシック配置だと、第2バイオリンの真後ろ)になるところです。指揮者の顔も見えます。この席は音のバランスは悪いのですが、楽屋から覗いているような雰囲気があり、距離も近いのでオーケストラとの一体感があります。また管楽器奏者の様子がよくわかり、ソロに入る前に大きく振りかぶるように楽器を高い位置から持ってきて構えるフルートの神田さんとか、他の人のソロには膝の上で拍手を送り、自分のソロの後には必ずめがねを直すオーボエの茂木さんとか、ここの奏者の様子を見るのも楽しみでした。

今回のサンティさんは切符の売れ行きがよく、手に入ったのはS席、それも1階のかなり前の方です。木管の様子は全くわかりませんが、音のバランスは最高でした。この音ならS席の価値はあります。木管は見えないのですが音はよく響き、ベートーベンの交響曲5番では、見事な木管アンサンブルを聴かせてくれました。なおこの日のファゴットの1番は読響主席の井上氏でした。井上氏は元々N響にいた人なので、そのうち戻って来るかもしれません。演奏自体は良いというか、小生の好みの演奏で、楽しめました。

なおホルン主席の松崎さんが、10月21日で退団(おそらく定年)されたそうです。今井さんと日高さん、がんばってください。

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