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2010/10/31

特急「水上」乗り納め

2010年10月31日

上越線/高崎線を走っている特急「水上」は、今度の12月ダイヤ改正で廃止になります。この「水上」、群馬への出張帰りによく使っていました。特に湘南新宿ラインができる前は各駅停車にグリーン車はなく、ゆったり座って帰れる上に赤羽までだと特急料金は900円で、その後の普通グリーン車の950円より安いからです。車種は185系で特急としては見劣りのする車両ですが、社内のアコモ改善で回転リクライニングシートになってからは、ずいぶん良くなりました。窓が開くためすきま風が入るところがあるのが難点ですが、元々がら空きなので、通路側に座ればすきま風は気にならなくなります。おそらく最後の、横引きカーテン装着車でもあります。

湘南新宿ラインができてからあまり使わなくなったのですが、先日ちょうど時間も良かったので、乗り納めをしました。「水上」4号、1号車のクハ185-314です。話題の湘南塗り分け塗装車ではありません。同じ185系でも高崎線のは耐寒装備の200番台ですが、アコモ改善後の車内はほぼ同じです。いつもは1両に「つ止まり」なのですが、この日は珍しくハイキング帰りのような人たちが大勢乗っていました。それでも50%程度ですから、やっぱり廃止になるのもやむを得ないでしょう。

電車の中で寝ようと思ったら、停車駅は少ない方が良いです。また停車駅の少ない列車の方が前後ににかかるGが少ない分、体の疲れも少ないと思います。特急は熊谷から大宮まで無停車で、ゆっくり寝られました。

話は変わって30日は写真展の当番の日、台風とぶつかりましたが、楠の末裔さんとSisiyさんが来てくださいました。

2010/10/24

大きなバッグ

2010年10月24日

この二週間、大きなバッグ、それも厚さの厚いバッグを探していました。
事の起こりは、納骨です。カミさんの実家のお墓は、八王子からバスで40分くらい行ったところにあります。小生の家から八王子まで約30分なので、バスの時間に合わせて行けば、余裕を見ても1時間半で着きます。ところが、どうも最近はお骨を持って電車に乗るのがはばかられるような様子です。タクシーで行くことを考えてタクシー会社に電話をして聞いてみたら、平日の日中だったら、2時間見てほしいとのことです。と言うことは、10時半に霊園に着くためには、遅くとも家を8時に出発しなければなりません。この時間帯は通勤ラッシュに引っかかるので、もっと早く出なければならないでしょう。

元々カミさんは車に弱く、タクシーは大嫌いです。義母も車に弱く、救急車を呼ぶのさえ断ったくらいです。やっぱりここは故人の意思を尊重して、霊園までは電車で行くことにしました。しかし最近の風潮から骨壺を持って乗るのがはばかられるため、骨壺がすっぽり入るバッグを探すことになったわけです。

骨壺と言ってもそれがまた桐の箱に入っているため、実際は底辺が30cm×30cm、高さが45cmの四角柱です。ソフトバッグからキャリーバッグ、はてはショッピングキャリーまで見ましたが、この厚さ方向の30cmというものがありません。特に最近のキャリーバッグは飛行機の持ち込み制限寸法に入れるため、厚いものがありません。三鷹にあるカバン専門店にまで行きましたが、厚さは25cmが最高でした。スポーツ用品店で見てもらいましたが、やはり25cmが最高です。剣道の防具入れが良さそうですが、武道具店はかなり遠出をしないとありません。

あきらめかけたところで、M市の古い仲見世商店街という路地に入ったところのカバン専門店に、ありました。31cm×40cmで高さが50cmというほとんど四角柱のショルダーバッグで、そこにタイヤが4つ付いているものです。実は同じようなバッグは、子供がまだ小さかった30年前頃、里帰り用に使っていました。店の人に聞いたところ、数年前(十数年前?)、ブラジルから日本に出稼ぎできている人が多かった時代には、よく売れていたそうです。船便だと厚さ制限がなく、大きなおみやげも入れられるために便利だったとか。時代に取り残されたような店があったおかげで、助かりました。

なお義母が亡くなったのが先月23日で、納骨は49日に合わせたため、と言うより月末月初の繁忙期を避けたため、来月10日になりました。納骨までが足かけ3ヶ月にわたるのは良くないと言うことも漏れ聞きましたが、葬儀屋さんも何も言わなかったので(実は何か言いたそうでしたが(^_^;)、この件は無視しています。

2010/10/17

少し落ち着いてきた一週間

10月9日(土)
朝から整形外科に行った後、二つに割れたコンタクトを持って、眼鏡屋さんに行く。残念ながら、購入して1年経過しているので、保証は効かず。予備を発注する。遅くなったのでクラブの例会には顔を出さず、家に帰って先日の芋煮会の写真発送作業にかかる。発送と言ってもメール添付だが、一眼デジカメで撮ったので写真サイズが大きすぎ、メールに添付するために全部の写真を一回り小さくする。結構な作業量。なお小生は写真の修正ソフトはすべてXP用で、XPモードが活躍した。

10月10日(日)
この歳になって再婚した元同級生の、内輪でのお祝い会。相手は中国人で、上海在住。日本と中国とで半々に暮らす予定だったが、中国に長くいると食品添加物で体調が悪くなるので、1/4くらいしか中国にはいられないそうだ。

10月11日(月)
今日も休日。今度は高校の同窓会で「写真を焼いてくれ」と頼まれた分の印刷。写真用紙が途中で切れ違うメーカーのものに変えたら、白黒写真がセピア調になった。紙でこれだけ違うかと、実感。カラーと白黒は最初から分け、白黒は白黒モードで印刷した方が良かった。クッション封筒に入れ、クロ○コのメール便で送る。
デパートに行き、香典返しを見てくる。変なものを送るより、カタログギフトが良さそうだ。お礼状その他、一切デパートで手配可能。これは便利だ。用紙をもらって帰る。
石屋さんに依頼する書類を書き、郵送。

10月12日(火)
カミさんが義兄から、戸籍謄本と印鑑証明を至急持ってくるように言われたという。戸籍謄本はまだ必要ないはずだが、小生の本籍は北九州市に置いたままで取り寄せるのに時間がかかるため、手配する。最近は依頼書が北九州市役所のホームページで入手できるので、楽だ。念のため、2通頼む。
なお義兄の方は、義兄の早とちりだった。

10月13日(水)
49日法要および納骨に続き、香典返しもカミさんが義兄から一任を取り付けてくる。これで手配可能。

10月14日(木)
会社でインフルエンザの予防接種を受ける。既往症:C型肝炎、現在の病気:心臓弁膜症、でも別に問題なく接種。個人負担の現金払いだが、後で健康保険組合から一部補助金が出る。その日のうちに申請書を提出。

10月15日(金)
会社の成人病検査。胃は先週内視鏡検査を受けており、バリウムはパス。眼底検査も元々会社では受けていないので、大腸検査と超音波だけである。大腸検査用採便の時痔の調子が悪く、そっちの血液が混じった可能性がある。この話を会社の看護婦さんにしたら、「大腸の内視鏡検査は受けてないだろうから、たまには受けてみたら?」あまり受けたくはないが、そろそろ一回受けてみた方が良いかもしれない。
帰ったらカミさんが、義母の家で位牌を見たら、戒名の字が違っていたから石屋さんに訂正の連絡をした、と言ってきた。寿の字が今の字ではなく、なにやら複雑な字体だ。小生は字の意味にはこだわるものの字体にはこだわらないため、控えを今の字で書いてしまっていた。カミさんはこういうときに結果の連絡だけでグチグチ文句を言わないので、助かる。

10月16日(土)
本当は先週行くはずだった床屋に行く。先週空いていた月曜日は、床屋が休みだった。生え際の後退が目立ちだしたので、それを隠すためにヘアスタイルをちょっと変える。それからデパートへ行き、香典返しの手配。すべて義兄の名前で、小生は裏方である。帰りに本屋により、海堂尊の新作「アリアドネの弾丸」(ハードカバー)と高千穂遙原作「ダーティペア」のコミック版を、衝動買いしてしまう。
夕方会社の先輩のお通夜へ。小生がF病院に入院中整形外科に入院されていて、ロビーでばったりあったことがある。68歳、死因は心筋梗塞だそうだ。小生も予備軍なので、気をつけよう。

10月17日(日)
義母のお墓の掃除。八王子からバスに延々と乗らなければいけないので、カミさんもついつい足が遠のき、着いてみたらキンモクセイが生い茂って墓の字に被さり、さらにツタが巻き付いて廃墟のようになっていた。持参の剪定ばさみで刈り込み、すっきりした。すっきりさせると、立派な墓である。石屋さんが来る前にやっておいて、良かった。
管理事務所で墓の名義変更について聞いたところ、戸籍謄本と印鑑証明が必要だとのこと。今の間には合わないので、49日の時に一緒にやることにする。戸籍謄本を2通頼んでおいて、良かった。カミさんの実家の墓は、義兄ではなくカミさんが引き継ぐことにしたのだ。ちなみに小生の実家の墓は、管理費は姉が払っている。ただ小生夫婦のきょうだいで子供がいるのは小生のところだけなので、次の世代は2軒分の墓を引き継ぐことになる。その先どうするかは、これから考えよう。

今週は何もなさそうだ。

2010/10/16

今年もやります、写真展

2010年10月16日

今年も写真展をやり、そこに出品します。期間は10月28日から11月3日までで、場所は去年と同じ、四谷の「ポートレートギャラリー」です。入場は無料ですので、皆様のお越しをお待ちします。10102701a
写真はクリックすると、大きくなります。


2010/10/11

伝染性散財番長

2010年10月12日

スケジュール管理に使っている「リナザウ」とパソコンとの同期がWindows7のXPモードではどうもうまくいかず、ネットで調べても成功した人がいないようです。Windows7にあわせて、後継機のネットウォーカーにするか、それともシャープの新しいスマートフォンにするかと考えたのですが、安いノートパソコンを買ってしまいました。ネットウォーカーもスマートフォンも4万円台なのに対し、安いノートパソコンは3万円台で買えたからです。おまけにネットウォーカーはまだOFFICE2010に対応しておらず、スマートフォンも発売されてみないと様子がわからない状態で、いつまでもバックアップを取らない状態が不安になってきたこともあります。

ノートパソコンは、使用の主目的がリナザウのバックアップなので、XP限定。もう売っていないかと思ったら、なんと新品が手に入りました。EeePCです。調べずに買ったのですが、無線LANがついており、小生のところはモバイル機器はないくせに無線LAN環境が整っており、有線にしようか無線にしようか、迷っています。

メインのパソコンを更新したら2台になってしまったわけです。まあ、何やっているんだろうという感じがしないでもないですが。
これで仕事用にだましだまし使ってきたWindows98機が、処分できます。これがあれば香典の整理が楽だったので、ドラ息子は「どうせ買うなら、もっと早く買え!」と言うだろうなあ。

2010/10/09

今度は膝の関節炎

2010年10月9日

一ヶ月前にいすから立ち上がるときに突然膝の内側が痛くなり、その後じっとしているときには痛くないので、ずっと放っておきました。しかし一ヶ月経っても痛みは消えないので、とうとう整形外科に行ってきました。
結果は、軽い関節炎だそうです。X線写真を見ると、古傷の剥離骨折の跡がくっきり、結局骨は分離したままです。この剥離骨折、2003年の山形時代の最後の冬に、雪洞を右足で踏み抜いて左足が雪面というより氷の面にたたきつけられて、起こしたものです。いわば古傷、これが原因ですが、最近運動不足で筋力が衰えたので関節に炎症がきたもののようです。関節炎と言っても軽いものなので、湿布薬だけでした。

さて膝を守るためには、大腿四頭筋、つまり太ももの上側の筋肉を鍛えるのが一番良いそうです。これはスクワットなども良いのですが、一番簡単なのは椅子に座っていて足を上げることだそうです。先生が言ったのは、テレビを見ていて、コマーシャルになったら足を上げることを続けると良いそうです。残念ながら小生の家はたたみにテレビなので、この手は使えません。会社でたまにやる手もありますが、いきなり横を向いて足を上げたら、変になったと思われそうです(笑)。

2010/10/08

やっぱりいろいろあった一週間

10月1日(金)
朝が早いので、久しぶりに新幹線で群馬へ。これで3日連続である。もう少し、ばらしてくれ~~。午前中で会議は終わり事務処理のために横浜に引き返すが、帰りの湘南新宿ラインの中では久しぶりに爆睡した。

10月2日(土)
年1回の高校の同窓会、東京支部である。男子校であるが、小生の頃は学年600人のうち約5%の女生徒がいた。ところがなぜか小生は3年間女生徒のいるクラスであった。アルバムの写真を適当にコピーして持って行ったら、当然あちこち女生徒だらけ、写真が勝手に一人歩きし、二次会が大盛り上がりになってしまった。3年間女生徒のいるクラスというのは確率1/1000だと誰かが言ったが、本当かな?2次会の途中で抜け出し、山形へ向かう。久しぶりの山形新幹線である。

10月3日(日)
今日は山形で芋煮会、山形に嫁いだ高校の同級生(つまり、女生徒)から招待されたのだ。同窓会の流れで東京から来たのは小生を含め3人、後の二人は女性。家に泊まれと言われたが、さすがにそれは遠慮した。天気予報では雨だったが、雨が遅れて最高の芋煮会日和になった。Img_1544a

8時頃自宅に帰り着き、カミさんから義兄が葬儀屋さんとトラブルを起こしたことを聞く。なんだかんだで寝るのが遅くなった。

10月4日(月)
カミさんがトラブルの後始末と葬儀代金支払いのため、葬儀屋さんに出かける。とりあえず、立て替えである。小生の方はさすがに眠く、午後の業務報告会は半分以上寝ていた。

10月5日(火)
CEATEC開幕。招待客専用の初日の招待券が回ってきて、資料をもらってくることを頼まれる。小生の印象では、CEATECは年々寂れる。欧米のICメーカーが一切出店しておらず、日本の電子産業の先行き危うさを感じる。シャープではガラパゴスを展示していたが、説明員がザウルスを知らないことに驚く。ザウルスがWINDOWS-XPとOUTLOOK2007までしか対応していないはずだ。お昼に幕張から群馬へ、高崎線の往復で、よく寝る。

10月6日(水)
朝から胃の内視鏡検査、会社の成人病検査でバリウムを飲むのがいやになり、久しぶりに行きつけの開業医で内視鏡検査を頼んだ。ここでは10年ぶりの内視鏡検査である。会社の検査は選択制になったので、別に受診していればパスできる。いろいろハードだったが、胃の中はきれいなもの。逆に胃の中はヒダが豊富で「胃は若い」とほめられる。10100602a

検査のためにコンタクトは外しておいたが、検査が終わって付けた後、何か違和感がある。そのままにしていたら夕方引っかかるような感じで目から外れ、外れたのを見たらほぼ中央から真っ二つに割れていた。約1年1ヶ月、そろそろ寿命か。

10月7日(木)
久しぶりに行事が何もなく、一日横浜の会社で過ごす。コンタクトは新しいものにしたが、コンタクト以外のところで何か違和感がある。昨日割れたので、傷でもついたか。夜目が真っ赤になっていることに気がつき、明日は会社を午前中休んで眼科に行くことにする。
会社の終業後、49日法要と納骨の手配。恥ずかしながら塗りの位牌は仏具屋さんに頼むとは、知らなかった。葬儀屋さんで手配できるとのことで、依頼。小生の田舎では、お寺が準備してくれた。10100802a


10月8日(金)
眼科で見てもらったら、コンタクトの破片が目の中に残っていた。取ってもらって、すっきりする。ところが目が炎症を起こしており、久しぶりに目薬が処方された。クラビットとフルメトロン、かつてお世話になった薬だ。行きつけの薬局に行ったが今日はナオコ先生は不在。ナオコ先生がいれば「あら、久しぶりの目薬、いったいどうしたの?」とか声がかかるのだが、若い薬剤師の先生からは何もなし。しかも過去の処方歴を確認していないようだ。だめだ、こりゃ。
カミさんに頼んでおいた霊園への連絡は、うまくいった。問題は義母の家での永代供養証探しである。

まだまだ続きそう。

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