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2010/05/23

雨男、只見線訪問記(1)

2010年3月
新しい時刻表を見ていたら、5月22,23日に只見線にSL列車が走ることが分かった。只見線なら牽引機はC11、それも真岡鉄道のC11325である。只見線には只見川に魅力的な鉄橋が多数有り、特に第1橋梁は有数の名所になっている。とりあえず前日出発会津若松泊で、行くことにする。A


2010年4月10日
クラブのOB会の例会。そこで写真のほとんどプロと言って良い先輩にこの話をしたら、土日の列車が走るときには、必ずその前の水木に練習運転があることを聞いた。ただ只見線は本運転だろうが練習運転だろうが人はめちゃくちゃ多く、場所取りが大変とも聞いた。ただ先輩曰く、「南海君は手持ちだから、後からちょっと覗かせてもらえれば撮れるさ」。仲間内では写真を専門とする連中は皆フルサイズで三脚装備で、手持ちでAPS-Cのカメラを使う小生の写真は「余技」と見なされている。まあ確かに小生は写真は専門ではない。

余談だが、いわゆる「鉄」に撮り鉄とか乗り鉄とかあるように、クラブの現役時代からそれぞれ専門が決まっていた。当然専門が複数にまたがる人もいる。小生は研究派だった。今も電気学会に加入し続け論文誌も読んでいるのは、仕事のためより趣味のための方が大きい。仲間にも研究派はいたが、皆それぞれその道のプロになっている。某重電メーカーの交通システム部長、某私鉄の鉄道部長、元国鉄の機関区長、など。小生は門外漢になってしまったが、電車や機関車がインバーター駆動になって話が変わってきた。誘導電動機だったら自分で設計し、触ってきたのである。偉くなりすぎて総論で話す連中とは、わけが違う。ただ同期電動機はリラクタンスモーターも含め全くやっていないので、同期電動機駆動が普及するまでである。

閑話休題。本番の「SL会津只見新緑号」にはヘッドマークが付く。C11で旧型客車にヘッドマークは似合わないので、練習運転に行くことにした。仕事の都合で19日の夕方出発して会津若松泊、20日の一発勝負、雨が降ったらそれまでである。なお昔はカミさんが雨女だったが、最近は小生が雨男になったようで、かなりの確率で雨が降る。

2010年5月18日
どうやら20日は完全な雨模様である。19日は何とか良さそうだったが、外せない会議があるので仕方がない。リュックや靴に、防水スプレーをしっかりかけておく。リュックの中の荷物は、すべて小分けしてビニールの袋に入れる。また待ち時間はやたら多いので、折りたたみの椅子と文庫本も入れる。

2010年5月19日
リュックをしょい、帽子をかぶって完全なハイキングスタイルで会社に行く。会社内では作業服なので、問題はない。一番困るのは急な外出だが、今日は会議が入っているので、これは断れる。Dscf4146a

定時の1時間前にフレックスで上がる。予定より少し早かったので、蒲田で一旦外に出て東京都区内発の切符で入り直す余裕があった。列車はつばさ127号。MAXやまびこと併結しており、郡山までなのでやまびこの方でも良いのだが、新幹線の5人がけより在来線の4人がけの方が座席が広いのだ。つばさは新在直通電車なので、車体の大きさは在来線規格である。Dscf4147a


つばさからは400系が姿を消してしまい、E3系に統一された。新しいE3系2000番台には初めて乗る。1000番台は荷物棚に東急の7200系のように天井からステーが出て車内が狭く感じたが、2000番台ではそれがなくなって見通しが良くなった。さすがに横引きカーテンはブラインドに変わったものの、400系からの伝統の間接照明はそのままである。車内でビールに駅弁、足置きに靴を脱いで足を乗せ、ゆったり過ごす。Dscf4148a


郡山で磐越西線のあいづライナー5号に乗り換える。指定席のある列車なので455系かと思ったら、何と国鉄色の583系の6両編成だった。モハネ582に席を取る。このモハネ582、パンタグラフの下は寝台が2段で中段に余裕があり、狙い目だった。Dscf4150a


581/583系の原型は複層ガラスの間に内蔵されたベネチアンブラインドだったが、横引きカーテンに改造されている。なんと、見られなくなったと思った「大窓横引きカーテン」に再会してしまった。快速列車なので、通勤客も多い。と言っても、ボックスに2名ずつ位でゆったり座れる。もう暗くなって外がどうなっているかは分からず、会津若松に着いた。

(つづく)

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コメント

南海さん、こんにちは
フットワークが軽くてすばらしいです。
只見線ですか・・・中学生のときの鉄道クラブの合宿で会津線と只見線のC11を撮影に行ったきりで、南海さんの記事が楽しみです。

ひでほさん、ありがとうございます。
こうやって動き回れる時間は限られているようなので、今のうちと思って動いています。小生が昔行った頃はまだ只見線は全通しておらず、滝ノ原も只見も会津線と言っていました。昔の写真と比べると、ずいぶん木が育ったようです。

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