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2010/04/29

信州桜紀行(3)

2010年4月17日(土)(つづき)

臥竜公園を後にしたが、帰りは来た道とは違うバス通りを歩く。確かバスがあったはずと思っていたら、バス停がある。しかしその市民バスは1日に4本、こんなバスが使い物になるのかと思っていたら、ちょうどバスが来た。これ幸いと乗る。乗客は誰もいない。100417066a


今日は土曜日、このバスはコースと時間帯から見ると、沿線にある病院への通院用かも知れない。須坂の駅に到着、発車時刻を見ると、すぐに特急がある。特急券は100円、これでロマンスカーに乗れるのだから、乗らない手はない。昼食がまだだったのでコンビニでサンドイッチとコーヒーを買い込み、それを持ってホームで待つ。すぐに元小田急10000系Hi-SE、現在の1000系「ゆけむり」がやってくる。特急券と言っても自由席だが、さすがに先頭の展望席は満員、2両目に乗る。連接車の音を聞きながら、快適に長野に着いた。100417068a


今日桜を見たとき、「松本城の方がすごい」という話し声も聞こえたので、善光寺には行かずに松本に移動することにする。長野から松本までは特急で約1時間、特急はすべて名古屋大阪方面行きである。JR東海の振り子車、383系に乗る。100417070a


篠ノ井線は姨捨付近の眺望がすばらしく、天気が良ければ善光寺平が一望できる。そのため、進行左側に席を取る。定刻発車、ところが姨捨の坂にかかったあたりで行き違い列車が遅れていることが分かり、とうとう姨捨の駅の手前で停車してしまった。100417077a


機関車牽引では大変なことだが、電車は坂道の途中で止まっても平気である。実に絶景ポイントで停車してくれ、こちらは大喜びだ。離合したら遅れを取り戻すかのように振り子を効かせながら飛ばして、松本に着いた。100418001a


松本についてホテルのチェックインし情報を調べると、松本城の桜は夜ライトアップをやっており、自由に入れるらしい。しかもライトアップは今日までだという。これは行くつもりで、夕食は飲まずに済ませる。やがて日が暮れ、出かける。川沿いの桜もライトアップされ、なかなかきれいだ。100417088a_1


お堀のそばは、水面にきれいに写っている。松本城もライトアップされているが、全体的に光は控えめである。上品な感じであるが、写真を撮るには少し暗い。そのためぶれないように少し早めのシャッターを切り、帰宅後ソフトで加工することにした。雪月花ならぬ、城と月と桜の組み合わせができあがった。桜は満開、これでライトアップを終えるとは、実にもったいない話である。100417098a_1


松本泊。

(つづく)

2010/04/26

信州桜紀行(2)

2010年4月17日(土)

昨日の雨が夜には雪になった。後で聞いた話だが、東京も雪だったようだ。出かけるときには雪は上がっていたが道路には雪が残っているので、滑らないようにゆっくり歩く。100417002b


今日は長野電鉄で須坂へ、「すさか」ではなく「すざか」である。階段を下りて長野の地下駅に着いたら、ちょうど須坂行きが出発するところ。改札から階段がないので、間に合う。旧営団の3000系であった。学生時代に、よく乗った。100417003b

長野電鉄の車両はかつては自社製であったが、現在は東京の私鉄各社の中古ばかりになっている。各停は旧東急の8500と旧営団の3000、東横線が引っ越してきたようだ。ドア半自動ではなく、単線区間で離合待ちをするときは、一旦全開した後1扉だけ残して後を閉めている。ワンマンだが有人駅のため料金の授受をしないので、離合がないと停車時間は短い。須坂に着いたら、1編成だけOSカーが残っていた。100417065a


須坂から蔵の街を歩く。入口に東山魁夷さんの碑がある。まずクラシック美術館へ。須坂はかつて生糸で栄えたところで、ここも製糸業の旧牧新七家である。そういえば、信州大学には確か繊維工学科があった。次に田中本家博物館へ。ここは豪商の館でひな人形も有名であるが、庭がまた有名である。100417006a


殿様がお忍びで庭を見に来ていたというのも分かる。「開運なんでも鑑定団」で紹介された焼けた井戸茶碗も展示してあった。庭には見事なしだれ桜があり、昨日から桜に欲求不満になっていたので、じっくり眺める。雪が残っており、雪に桜も風情がある。100417015a


昨日東京を出発するとき、日差しは無さそうだったが雪かも知れないと思い、帽子をかぶってきた。これが大正解。屋根に雪が残っている街を歩くと、雫どころか、時々雪が落ちてくる。帽子嫌いのカミさんは、かなり直撃を食らっていた。雪国に2年いると、色々生活の知恵がついいてくる。100417020a


さらに歩いて、今日のメインの目的地である臥竜公園へ。見事に満開、これはすごい。道は昨日の雪でぬかるんでいるので歩きにくいが、桜はきれいだ。ゆっくりと見て回る。人出も多い。100417060a
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隣は動物園で、ここにはD51がいた。昨日桜を外したことは、この臥竜公園でチャラになった。

(つづく)

2010/04/25

信州桜紀行(1)

山形にいるときも含め東北の桜は良く見て回ったが、信州の桜は見ていない。高遠が第一候補であったが交通が不便なため、飯山から長野市に桜を見に行くことにした。ところが長野マラソンの日とぶつかり、土曜日の長野の宿が取れない。取れたのは松本で、長野から松本に回ることにした。これが怪我の功名になるのだが。


2010年4月16日(金)

東京の桜は終わったが、真冬並みの寒さ。信州は冷えるかも知れないと思い防寒用の下着を準備していたが、出発時から着込む。平日なのでラッシュのあおりで田園都市線が遅れ、おまけに山手線まで時間調整をしたので、余裕無く東京駅に着いた。昼食のサンドイッチを買い込み、バタバタと「あさま」に乗り込む。お昼前の出発なのに混んでおり、ほぼ1ヶ月前に取ったのにAB席であった。乗り込んで分かったが、団体さんが一緒だった。

上越新幹線の高崎までは毎月のように乗っているが、高崎から先は滅多にない。まして長野新幹線は久しぶりだ。長野新幹線(正確には、北陸新幹線)は高崎から別れるが、実際は高崎から少し先にポイントがある。ところがこれは下り線だけで、上り線は上越新幹線と併走したまま高崎駅に入る。下り線は高崎駅の1番端のホームから一旦ポイントを渡って上越新幹線と合流し、また別れるような形になる。200km/h可能な高速ポイントを開発するよりこの少しの区間を併走させた方が良かったのに、と思う。用地買収の難しいところがあったのだろうか。

碓氷峠を越えて軽井沢に着くと、一面の雪である。乗客から感嘆の声が上がる。吹雪かとも思ったが、霧がかかっているだけのようだ。団体さんが2組軽井沢で下車したが、かなり軽装の人もいる。大阪からの団体のようだったが、桜が終わった後のこの寒さは、まず考えないだろう。佐久を過ぎたあたりで、雪は消えた。100416003a


長野に到着、天気は曇。飯山線に乗り換えるが、階段が工事中で大回りする。飯山線はキハ110系の2両。この車両は窓が開かず、小海線を含め高原を走る車両には不似合いだと思う。新幹線を眺めながら発車。長野駅近くにあった新幹線の車両基地が、北陸新幹線延長工事の影響で豊野近くに移動している。100416043a


新幹線のそれから先は、工事中である。豊野で信越本線に別れ飯山線に入るが、レールのジョイント音が始まる。長野市内の桜は先週満開と聞いたが、寒さのせいか今もそのまま満開である。別れたはずの新幹線と、飯山で一緒になる。どうやら飯山にも新幹線の駅ができるようだ。100416007a


今日の目的地は飯山城址で、最も近い北飯山で降りる。そこから歩いて飯山城址公園へ。明日から桜祭りでぼんぼりなども立っているが、桜は全くつぼみのまま、開花すらしていない。100416009a


長野から見ると千曲川の下流であり標高は低いはずだが、気温は低いのだ。人っ子一人いない城址公園に、桜祭りの音楽だけが流れている。花見に来て桜の時期を外したことは良くあったが、ここまで外したのは初めてだ。100416011a


気を取り直し、せっかく飯山まで来たのだから名所を見て歩く。北飯山駅から飯山駅にかけて雁木通りがつづき、その山沿いにはお寺が並ぶ。地図で見ると、良くここまで集めたという位、お寺が並ぶ。従って商店街にも仏具屋さんが多い。また飯山は和紙の名所で、そのために「和紙店」という珍しい店もある。100416016a


飯山も雪の多いところで、道路には融雪装置があり、1階の窓には雪よけの木が取り付けられている。これは窓ガラスの破損を防ぐもので、1階の屋根近くまで雪の積もるところでは必需品だ。融雪装置も窓の木も米沢でもおなじみだったが、逆に米沢ではどこの家にもあった雪切り室と言うか入口の二重戸が、ここではないようだ。100416027a


飯山の駅前にはC56が保存されている。保存と言っても雨ざらしで、状態はかなり悪い。SLが廃止されたときにあちこちの公園などにSLがおかれたが、状態が悪化して解体されたものも多いようだ。C56は走行線区が少なかったので、貴重である。また飯山駅には転車台もあり、これは除雪機用として現役のようだ。100416032a


飯山からまたキハ110に乗り、長野に戻る。一駅ごとに桜が咲いてくるのが面白い。そして長野に来ると満開であった。そして、雨になった。

(つづく)

2010/04/24

やっぱりブルックナーは好きじゃない

2010年4月24日

N響のB定期(21日、サントリーホール)に行ってきました。曲目はブルックナーの5番。小生は元々ブルックナーはどちらかというと苦手で、通常のコンサートだったら行っていませんが、定期会員なのでたまにはじっくり聞いてみようと思って行きました。曲目はこれ1曲だけで、休憩無しです。

N響の定期会員は、山形に行くまで2期、その後中断して、著効になってから今年で3期目ですが、その間に休憩無しというのは1回だけあったものの、山形に行くことになってカミさんに変わっています。今回は小生にとっては初めての途中休憩無しです。トイレが一番気になるのですが、休憩無しと言っても大抵は1時間半、映画は2時間かかるのでそちらの方がもっと長いです。やはりコンサートホーは途中退席をやりにくいので、どうしても気になってしまいます。その点歌舞伎は、途中の出入りが楽ですね。

今日に指揮者はブロムシュテット。気がついてみたらN響の名誉指揮者はブロムシュテットさんだけになってしまいました。コンマスは篠崎さん、首席は第2山口さん、ビオラ店村さん、チェロ藤森さん、コントラバス吉田さん、フルート神田さん、オーボエ青山さん、横川さんの定年で主席奏者のいなくなったクラは良く分からなかったのですが、おそらく松本さん、ファゴット水谷さん、ホルン松崎さん、トロンボーン新田さんです。これも津堅さんが定年となったトランペットは、見かけない方でした。ホルンは楽譜では4人ですが、今日は6人います。並び方から見ると、1stと3rd(日高さん)にアシストが付いたようです。気になるホルンは、1stに松崎さん、3rdに日高さんという、現在最強の組み合わせです。

演奏は、すばらしいものでした。ピアノで出るところのホルンとトロンボーンの息がぴったり、ただでさえバラけやすい楽器同士、なかなかこうはいきません。ブルックナーの曲はダイナミックレンジが広いのですが、マエストロ・ブロムシュテットの棒にぴったり、それこそ一糸乱れずについてきます。当然、弦や木管も。以前は新田さんがトップのときはばらけやすかったのですが、どうやらトロンボーンセクションを把握できたようです。それと、やはり松崎さんが中心にいると、金管のまとまりが違うようです。こうなると逆に、松崎さんの定年後が気になってしまいます。すごいものを聞きました。演奏終了後ブロムシュテットさんがガッツポーズをしていましたので、会心の出来だったのでしょう。

これだけの演奏を聴かされたのですからブルックナーが好きになったかというと、残念ながらそうではありません。やっぱり苦手のままです。小生はもっと歌うもの(カンタービレ)が好きで、聞いた後幸福な気分になるものを聞きたいのですが、ブルックナーはそういう曲ではないようです。カミさんから好みの幅が狭いと言われていますが、もうこれからは自分の好きな曲だけを聴きに行きたいと思っています。N響の定期会員も、今期が最後にするつもりです。

2010/04/19

安物の眼鏡

2010年4月19日

小生はかつてはめまいの持病があったのですが、眼鏡を変えてから起こらなくなり、それ以来眼鏡は比較的高いものを買い続けてきました。中近両用は出始めたばかりの頃に使い始め、これはその当時の部長から「俺は高くて作れなかったよ。」と言われた代物でした。それから十数年、中近両用も一般的になり、小生は準年金生活者になりました。特にボーナスが無くなったことは結構響き、今までボーナスを当てにしていた値の張る買い物は、躊躇するようになってしまいました。

そこで眼鏡です。先日から目を使った後目が痛くなり始め、そろそろ度が合わなくなってきたと思い始めました。1万円の眼鏡という宣伝も結構目にするので、試しに安い眼鏡を作ってみることにしました。1万円なら、もし失敗してもさほどの被害ではありません。

作りたかったのは中近ですが、最初の店では中近は取り扱っていませんでした。次の店は、中近や遠近などの累進焦点レンズは1万5千円です。色々話を聞いてみると、やはり高いレンズは高いだけのことがあり、ゆがみなどを気にし始めるとだんだん値が張ってきます。小生の遠近は両面非球面というタイプで、これは値が張ったのですが、横を見ながら顔を動かしても、像が全くゆがみません。これは高いだけのことはあります。しかし最近はそんなしっかり見ることもできなくなってきたので、今回は最低限のものを作りました。

できあがってみると、良く見えます。まして縦方向に少し大きめの眼鏡を作ったのでカバーする範囲が広くなり、かなり使い勝手の良い眼鏡に仕上がりました。明日から会社で実戦ですが、使えそうです。これで1万5千円、価格破壊には反対しているのですが、自分がこういう価格破壊をやって良いのだろうかと思いながら、片棒を担いでいます。Dscf4111a

話は変わりますが、金曜日から飯山、長野、松本と、花見に行ってきました。飯山は全くのつぼみでしたが、長野と松本は満開、実にきれいでした。写真は松本城から見た松本市内です。

2010/04/15

3Dデバイド

2010年4月15日

東京ビッグサイトに行って、Display2010というのを見てきました。仕事です。これは仕事とは関係ないのですが、3Dが大流行ですね。眼鏡をかけなくても立体的に見えるものが、だいぶ現れてきました。その中でも「今までの3Dとは違う!」と主張しているのもありましたが、所詮テレビの3Dは以前も書きましたが、両眼視差立体視です。小生は片目はほとんど見えませんが、両眼が見えても俗に「ガチャ目」と言われる左右の視力が極端に違う人は、運動視差立体視で物を立体的に見ています。この「ガチャ目」は意外と多く、小生のカミさんを初め、周りに数人います。

もし両眼視差立体視の3Dが多数派になってくると、運動視差立体視の人達は、全く見視されてしまうことになります。デジタルデバイドという言葉が以前出てきましたが、これは3Dデバイドですね。どこかで声を上げないと、本当に無視されそうです。

なお今の3Dは奥行きのないところで無理して奥行きがあるように見せかけているため、乗り物酔いしやすい人もダメなようです。3Dが本格的になってきたら、「3Dオフ」というスイッチがテレビには必要になるかも知れません。

なお明日からカミさんと信州へ旅行に行きます。それこそ、行けるときに行っておこう、という旅行です。詳細は帰ってからに。

2010/04/11

パソコンの更新

2010年4月11日

小生のパソコンは半分テレビ(ビデオ)化していますが、チューナーはアナログなので、来年7月までには買い換える必要があります。今のパソコンは7年使っており、最近「仮想メモリー領域が不足しています」という表示がたびたび出て、そろそろ買い換え時かな、と考えています。なおメモリーは限界一杯の1GB積んでいますが、ハードディスクを外付けで増設しているので、メモリーが不足傾向にあるようです。

小生は自宅用はキーボードが別に置けるデスクトップが良いのですが、デスクトップでチューナーボード内蔵、もしくは内蔵可能のものは、少なくなってしまいました。富士通やNECの昨年までのモデルは、ディスプレイの後ろに本体が付いて奥行きが大きく、自宅には机の都合で置けなかったのですが、今年のモデルは奥行きが小さくなって置けるようになりました。そこで本気で買い換えの検討を始めたものです。

最初はテレビは地デジが映れば良い、ドライブのDVDで十分と考えていました。候補はNECのV570/WGでした。ところが昨日後輩が持ってきたソニーのDSC-TX7の映像を見せてもらって、考えが変わりました。ハイビジョンから普通の映像に落としたものですが、それでも今までのデジカメの動画とは全く違います。こんなカメラが3万円台で手にいるとなれば、やがて動画編集も始めるでしょう。そうなると、ハードディスクもCPUも、もう少し能力を上げたくなってきました。ハイビジョンを残すとなると、ドライブもブルーレイが欲しくなります。

問題は、先立つものです。昔だったら「ボーナス待ち」という手が使えたのですが、今はいくら待ってもボーナスなど出てきません。それどころか、もう数年で年金生活になります。節を曲げて、ネット買いをやらなければならなくなりそうです。

追記です。10041004a

桜は散り始め、桜吹雪になっています。桜の絨毯はきれいですが、掃除は大変だろうと思います。

2010/04/10

400系ラストラン

2010年4月10日

今日定例のクラブのOB会に顔を出したところ、同期のやつが声をかけてきました。来たばかりなのに、今から米沢に行くというのです。何でも明日(11日)400系が各停運用で福島-新庄間を走るそうで、それを撮るためににすでに同期が2名先発しており、米沢で合流するというのです。400系は今月18日がラストランというのは聞いていたのですが、11日の運用は初耳でした。18日はカミさんと飯山に花見に出かけることを優先するためパスするつもりでしたが、明日となればちょっと話は違います。

かえってから色々調べたところ、11日に福島-新庄間で運転され、それも福島駅では地上ホーム(在来線ホーム)から出発し、横で583系が見送るという演出がされることまでは分かったのですが、肝心の時刻が全く分かりません。まあ、元々さよなら運転には手を出さないつもりだったので、元に戻っただけの話です。

しかしJRも色々とさよなら運転を企てますね。それに集まる、俗に言う「葬式鉄」が多く、商売になるからなんでしょうけど、ちょっとやりすぎではないかと思っています。また人が集まって混乱すると、ますます規制が厳しくなって写真を撮れる場所がどんどん少なくなります。奥羽線は柵が無くて写真が撮りやすかったのですが、もし今度のことで混乱が起きると、柵ができるかも知れません。

2010/04/04

もし後30年後に生まれていたら

2010年4月4日

先日群馬で昼休みにテーブルの上に置いてあった日経産業新聞に目が行きました。安川電機が電気自動車/ハイブリッド車用に巻線切替型のモーターを拡販するという記事です。この巻線切替型のモーターは先日のビッグサイトであった展示会にもあったそうなのですが、小生は極数切替と誤解して素通りしてしまいました。

この巻線切替の原理は、新聞記事の解説によると、高速になると巻線を短絡して巻数を減らしたのと同じ効果を持たせるもので、逆起電力の上昇が抑えられて高速回転ができるというものです。ここで疑問に思いました。書いてあることは直流電動機の「弱め界磁」の原理で、三相交流機の回転数は周波数で決まるので、逆起電力云々は関係ないはずです。俄然興味が出て、今日は花見にも行かずに昔の教科書まで引っ張り出して調べました。

小生が安川電機(当時は、安川電機製作所)に入社したのは1971年ですが、元々は電気自動車をやりたいと思っていました。安川電機は1970年の大阪万国博構内用の電気自動車(ダイハツ製)のモーターを供給してはいたのですが、当時はやっとサイリスタという言葉が制定されたばかり(その前は、SCRというGEの商標で呼んでいました)、インバーターという言葉もなく、AC-ACコンバーターと呼んでいた時代です。電気自動車が一般に使われることなど、全く考えられない時代でした。
今だったら、すなわちあと30年後に生まれていたら、絶対に電気自動車用のモーターに志願していました。まして新聞記事にあった量産工場は、かつての職場が別会社となって引っ越した先です。しかしもし手を上げても、やらせてもらえたかどうかははなはだ疑問です。同じ電気工学科出身と言っても、安川電機は学校のカリキュラムを調べた上で配属を決めているようで、研究所は東大、東工大、九大と言った旧帝大クラス、設計陣は広島大、鹿児島大といった国立で、小生のような私大出はほとんどが営業です。志願しても、「君は営業の方が向いている。」と、体よく断られたでしょう。生まれた時期が早すぎたため夢が叶わなかったのか、それとも現実を突きつけられずに済んだのか、どちらにしろ、「たら、れば」です。

閑話休題。誘導電動機や同期電動機をインバーターで動かして回転数を上げるとき、ある周波数までは電圧と周波数を比例して上昇させるので、定トルク(定回転力)特性になります。電圧は上限が決まっているので、それから上は周波数だけを上げます。この状態では定出力になり、回転数が上がるほどトルクは落ちます。その新聞記事にあった巻線切替(巻線短絡)は、誘導電動機であれば高周波領域での励磁電流を増やせるので、高速域でトルクを増やすことができます。ところが現在は電気自動車には永久磁石式の同期電動機が使われており、同期電動機では成り立ちません。
現在主力のIPM(内部装着型永久磁石式同期電動機)は永久磁石式同期電動機と、リラクタンスモーターの特性を併せ持ったものだと分かりました。リラクタンスモーターであれば、誘導電動機と同じように、巻線短絡で励磁電流を増やし、高速域のトルクを増やすことができます。10040310a


永久磁石同期電動機を高速回転させると、過励磁状態になって、電流が進み電流になって行きますが電圧上昇には繋がらないはずです。ただ進み電流になると電圧が上昇するというのは電力屋さんの常識ですので、実際の使用上では電圧上昇に繋がっているのかも知れません。新聞記事は、嘘ではないけれども正確ではない、と言うことがままありますが、この記事がどうなのか、小生ももう少し勉強する必要があります。10040307a

昨日の花見の写真を、おまけで付けておきます。自宅近くです。

2010/04/03

僧帽弁閉鎖不全と大動脈弁閉鎖不全

2010年4月3日

小生は僧帽弁の逆流とは10年以上のつきあいになりますが、大動脈弁は初めての経験なので、自分の覚え書きも含めてまとめてみました。ちなみに僧帽弁も大動脈弁も左側(全身に血液を送り出す側)で、ポンプで言えば僧帽弁が吸い込み側、大動脈弁は吐き出し側になります。Photo


原因はどちらもリウマチ熱が一番に上げられています。小生はリウマチ熱にかかった記憶はないのですが、子供の頃いろんな種類の病気にかかり、中には脊髄液を取ったり、現在まで跡の残る太い注射を打ったりもしました。その中にひょっとしたら、現在だとリウマチ熱と判断されたものがあったのかも知れません。ちなみに昭和20年代はまだ子供の死亡率は高く、近所でも同じ年頃の子供の何人かは小学校に上がる前に命を落としています。

さて大動脈弁の手術ですが、弁体だけの場合は弁だけの交換で良いのですが、弁輪(弁の付いているところ)が拡大していると、大動脈基部の人工血管への交換が必要になります。この大動脈基部は心臓本体へ血液を送る冠動脈が2本分岐しているので、ただの人工血管ではなくこの枝分かれ用の穴のあいた人工血管になります。僧帽弁と比べて大動脈弁の手術は大手術になることが多いのは、そのためです。

心臓の弁手術を行った方は、大抵手術をするなら早い方が良いと言います。小生もそのつもりです。心肥大があまり進行すると弁の手術を行っても症状はそのままで「これ以上悪くならない」で止まってしまうからです。とは言っても、僧帽弁も大動脈弁も手術死亡率は少ないとは言っても2~3%ありますので、やらなくて済むのだったらやらないに越したことはありません。小生の場合は閉塞(弁が開ききらない症状)を伴っていないので、僧帽弁と同様手術適用の目安は逆流度3以上です。どちらかの逆流が3を越えたとき、他の状態や自覚症状を見ながら判断するJことになるでしょう。その時片方だけなのか、両方いっぺんにやるかも含んだ判断になります。

参考文献:小坂眞一「これで安心!心臓手術」保健同人社
      村松邦彦「よくわかる最新医学 新版心臓病」主婦の友社

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