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2009/12/31

干支交代

2009年12月31日

2009年も、残すところあとわずかになりました。今年もいろいろなことがありました。会社を定年退職し(仕事はそのまま続けているので、その実感がまるでありません(^_^;)、なのに定積分や複素数の正規化を40数年ぶりにやるなど、頭を使うことが増えてきました。まあボケ防止には最適です。定年のあおりで、カミさんと一緒に旅行に2回行ったのは、今年が初めてですね。「大人の休日倶楽部」も使いましたが、来年は廃止されそうです。
眼科も大学病院を卒業しました。総じて体調が良く、心臓の状態が良くなって手術からだんだん遠くなってきたのが大きい収穫でした。09123003a


皆様には、今年も色々お世話になりました。来年もよろしくお願いします。
恒例の干支交代、来年の寅はぬいぐるみがないので、ネコです。どうぞよいお年をお迎えください。

今年はこれから、ジルベスターコンサートです。

2009/12/29

神在月の国へ(6)

2009年11月20日(金)(つづき)

市内観光には「レークライン」という循環バスを使う。この路線の運転手は、全員女性である。ともかく、一日乗車券で乗り降り自由というのがよい。まず松江城に行く。09112032a
現存する(再建でない)天守閣では、姫路城に次ぐ大きさだという。しかも山陰地方唯一の現存である。ちょっと小振りの感じの、きれいな城だ。市の中心部にあり、水の便が良くて水堀をめぐらしているところは、富山と似た印象だ。場内に興雲閣というきれいな洋館がある。09112033a
何やら昨日見た仁風閣と印象がダブるが、やはりこちらも皇太子時代の大正天皇のご宿泊所である。明治時代に皇太子を迎えるということは、大変なことだったのだ。09112045a

予想に反して、松江城の天守閣は最上階まで登れる。しかも外に出られるので、景色は抜群である。すぐ近くに宍道湖が見えるが、宍道湖から中海を使った水運も活躍したのであろう。09112039a


次に八雲記念館に行く。小泉八雲は松江の印象が強いが、松江には1年しかいない。松江は好きだが気候に耐えられなかったというから、寒さに弱かったのだろうか。その後熊本に3年いるので、暑さには強かったはずだ。熊本の小泉八雲旧居は、それなりに整備されたのだろうか。09112055a

すぐ近くの小泉八雲旧居は入らずに、レークラインでぐるりと一回りし、再度島根県立美術館へ。今日は天気がよいのでもっときれいな夕日が見られるかと思ったが、雰囲気は良いものの夕日は見えない。夕日は西側の空がどうかで決まり、頭の上の雲は何の関係もないことを思い知らされた。09112058a


さて夕食、昨日松江は「食」とは無縁であることがわかったので、コンビニ弁当を買ってホテルの部屋で食べる。食べた後移動しなくてよいというのも、良いものだ。09112056a

松江はカミさんの友人がしばらく住み、「松江は良いところよ」と盛んにカミさんに宣伝していたのだが、小生には残念ながらさほど魅力的には見えなかった。小生、寒いところは苦手である。

松江泊。
(つづく)

2009/12/27

神在月の国へ(5)

2009年11月20日(金)

松江のホテルの正面には、昨日行った一畑百貨店がある。この一畑百貨店の最上階は早朝から明かりが点き、何やら人が立ち働いている。コック帽をかぶった人も見える。最上階は元々は大食堂であったのか、壁は全面ガラス張りである。従って中の様子が良く見える。09112001a47
そう言えば「横浜中華街フェア」というものをやっていたがその中華料理、すべて持ち帰られるものなのでたいしたものではないが、その仕込みか。早朝から大変なことだ。しかし今回の旅行はよくよく「横浜」に縁があるものだ。09112003a


今日はまず足立美術館に行くため、山陰線で安来に向かう。「やすき」ではなく、「やすぎ」である。周遊券なので特急にも乗れるが、ちょうど時間の良かった各停に乗る。キハ47の2連、このあたりの各停は電車気動車、それも古いものから新車まで、いろいろだ。横サボを使わず行き先表示は正面方向幕だけ。09112012a
まあ昔の電車は皆こうだったし、今はホームの案内が充実したので、誤乗は無かろう。しかしそれはあくまでホームの案内が充実しての話で、上り列車が下りホームから出るのに、「出雲市方面行きではありません」という案内が一切無い。各停には慣れた人しか乗らないとでも思っているのだろうか。
途中の東松江に貨物駅があったが、貨車が乗り入れているような気配がない。貨車の乗り入れは米子までで、それから先はトラックターミナルになっているようだ。09112015a


安来に到着、古来このあたりは製鉄の郷で、八岐大蛇の神話も製鉄者集団がベースにあると聞く。有名な安来節のドジョウすくいの仕草も、砂鉄取りの仕草だとも言われている。現在は駅の裏に日立金属の工場があり、刃物用として有名な安来鋼を生産している。駅前にはやはり安来節の像だ。09112017a

足立美術館には専用送迎バスで向かう。松江からの各停に乗っていた方も、何組か見かける。進行方向がわかりにくかったが、少し松江側に戻り、それから山側に入るようだ。約20分で到着、正面もきれいだ。この足立美術館、大観の画の所蔵で有名だが、庭園でも有名である。ともかくきれいだ。09112021a
この手入れには、相当手間がかかっていると思う。そして借景の山との間に、人口の建造物が何もないのが良い。窓を額縁に見立て、景色を一幅の画として見る趣向もある。いろいろな角度から楽しめる。今日は天気も良く、紅葉の赤がさえる。最高だ。大観を見て、この景色を見て、それで2400円は安い。09112024a

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送迎バスで安来に戻り、今度は新車のキハ126の2連で松江へ。ワンマン運転だが、速い。次は松江市内観光である。

(つづく)

2009/12/24

ショスタコーヴィッチとくるみ割り人形

2009年12月24日

16日にN響の定期(B定期=サントリーホール)に行ってきました。この日の指揮者は名誉音楽監督のシャルル・デュトワ、N響と言えども「怖い」指揮者の方が良い演奏になるようです。
1曲目はラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」何気なく聴いていた曲ですが、生で聞くと出だしはホルンソロでしかも高い音のピアノ、ホルン奏者にとっては大変な曲でしょう。今日の1番は日高さん。日高さんは以前は独特の形のホルン(コンフォルドのセミトリプルホルンと言うらしい)を使われていたのですが、最近普通の形のもの(アレキサンダーの103と言うらしい)に戻され、しかも眼鏡を外されたため、遠目にはなかなか分からなくなりました。良い演奏で、演奏終了後デュトワが日高さんだけを立たせて拍手を受けさせました。

2曲目は同じラヴェルの「左手のためのピアノ協奏曲ニ長調」。協奏曲ですがそこはラヴェル、管楽器も多いので弦も16-8のフル編成です。ピアノはニコライ・ルガンスキー。この曲の解説には「重厚かつ劇的な表現」と書いてありましたが、まさにそうです。左手だけとは思えないスケールでした。

メインはショスタコーヴィッチの交響曲第11番。ショスタコーヴィッチの曲はメッセージ性が強い曲が多いのですが、11番も「1905年」(血の日曜日事件があった年)という副題を持つだけあって、重たいです。ただメッセージ性はともかく(小生にはあまり伝わらなかったかもしれません)、演奏は力の入った演奏でした。休符の後に力強くコントラバスが入るところなど、デュトワの「ウン」という声が聞こえました。感動と言う前に、「すごいものを聞いた」という印象が強く、1時間以上かかる大曲を長いと感じさせない演奏でした。1時間以上と言えば、この曲には打楽器奏者が7人いたのですが、その中の一人チューブラベル奏者は始まってから1時間近く休みで、終了前にやっと出番が来ます。その時は7人全員演奏していますので、持ち替えも聞かないようです。出番を舞台で1時間待つというのも、結構大変そうです。演奏終了後はイングリッシュホルンソロの池田さんが大拍手を受け、ホルンの日高さんも再度の拍手です。オーボエの青山さんは立たせられませんでしたが良い演奏、小生から拍手を送ります。茂木さんだったら、ぐれるだろうな。最後にデュトワが弦最前列の全員と握手をしましたが、紅一点の大林さんには手の甲にキス、こういうところはデュトワです。

N響の定期会員は小生にとっての2期目(第1期は1999-2000年の2年間)の3年目で、来年は収入も減ることだし、更新するのを止めようかと思っています。しかしこのプログラムは単独だったらまず行かないプログラムで、そこでこの日のようなすごいものを聞かされると、どうしようかと考えてしまいます。

20日は一転して松山バレエ団の「くるみ割り人形」、森下洋子/清水哲太郎です。前回と違って今回は2階の真ん中よりやや後、全体が良く見えますが、逆に表情など細かいところは見えません。演奏はいつもの東京ニューフィルハーモニック。振り付けや演出は毎年変わっているのですが、今回はグラン・パ・ドゥ・ドゥが美しく、又演奏もすばらしく、感動しました。今日の演奏は時々金管(特にホルン)のアインザッツが揃わずアラのある演奏だったのですが、このグラン・パ・ドゥ・ドゥの時は完璧な演奏でした。カミさんは別れのパ・ドゥ・ドゥが切なくてすばらしいと言っていました。しかし森下さん、だんだん幽玄の世界になっていくようです。09122101a


最後はおなじみのクリスマスメドレー、これも毎年振り付けが変わっています。今年は森下さん清水さん二人だけの踊りが入り、観客にはアンコール的なサービスでした。

「くるみ割り人形」はクリスマスイブのお話し。
皆様、Merry Christmas!

追加:↓の時に見つけたクリスマスツリーです。

2009/12/23

3ヶ月ぶり、循環器の検診

2009年12月23日

21日、3ヶ月ぶりの循環器の検診に行ってきました。
検診時はワーファリンの効き方を調べるため事前に採血しますが、年明けに肝臓の検診もありタックマンは時間がかかるため、一緒に採血してもらいました。全部で試験管7本、全部すんなり取れました。その時看護師さんが小生の「アルコール禁」の表示を見落とし、1回アルコールで拭いた後を改めて拭き直しました。今までの経験で、これで赤くなったことはありません。看護師さんによると、小生はアルコールで拭いたところが赤くなるくらいで呼吸が変になるなど他の症状は出ませんから、アレルギーではなく反応が敏感(敏感すぎる?)なだけだろうとのことです。このアルコール過敏、アルコールだけでなくいろんな薬に過敏に反応するようで、IFNを含み薬がよく効いたり、又効き過ぎて免疫力までなくなったり(おかげでヘルペスが暴れ回ります)、するのもその一環なのかも知れません。その採血した看護師さんもアルコール過敏で、手にアルコール綿を置くとその形に赤くなるそうです。しかし大変な職業を選ばれたものです。

次にこの日は心電図を撮る指示が出ています。撮った後、「これを先生に渡して下さい」と仮報告書を渡されました。ひょいと見ると全部英語ですが、「DANGER」と記載してあり、何やら房室ブロックらしいことが書いてあります。

やがて予約時間で診察室に呼ばれます。「心電図も異常ないですから」と軽い房室ブロックなどまるで無視です。PT-INRが3月の2.05から徐々に少なくなり(つまり、ワーファリンの効きが悪くなり)6月が1.78、9月が1.74と、今月は1.63まにで減ってしまいました。ただ小生は脳梗塞の予防で飲んでおり、最近は逆流も少なくなって不整脈も減っているので、ワーファリンの量はそのままです。ひょっとすると、次回(3月)あたりには増量になるかも知れません。

なお、肝臓用の採血で検査が早く出るものはすでに結果が出ており、先生は「言っちゃって良いのかな?」と言いながらプリントしてくれました。GOT=20、GPT=15、γGTP=13で、タックマンはまだ出ていませんがこの数字ならまず問題ないでしょう。肝臓の検診は1月15日、エコー付きです。

2009/12/20

神在月の国へ(4)

2009年11月19日(木)(つづき)

187系の新山口行き「スーパーおき」で松江に向かう。鳥取始発で新山口まで走るのに、2両編成で車内販売もない。しかしどうもこの「新山口」というのはしっくり来ない。小郡で良いのに。09111938a

187系は加速がよい。そして昨日のHOT7000系もそうだったが、エンジンブレーキ併用でブレーキも高速からよく効く。遙か昔の45年前、キハ82の試乗で全軸ディスクブレーキの効きの良さに驚いたことがあるが、その効きに匹敵する。同じく高性能気動車が走る四国はポイントを改良して駅での減速を不要としているところが多いが、山陰本線はまだまだである。09111941a

2両編成だが、米子までは60%くらいの乗車率、しかし米子でがら空きになる。ところが松江で降りるときに、大勢の乗客が待っていた。どうも米子以東と松江以西で、客の流れが分割されているようだ。そう言えば、米子までは鳥取県であった。

安来からは中海にそって走るが、中海は外洋と繋がっているため、500tくらいの貨物船がそのまま乗り入れてくる。こちらは宍道湖の続きの湖として見ているから、外洋船がいるのにはびっくりする。中海はほとんどが島根県であるが、鳥取県との県境も兼ねている。そして鳥取県は島根県が行っている中海の淡水化工事(小生は、てっきり中止になったと思っていた)に反対のようだ。小生も反対である。09111942a


ホテルは松江の駅前だが、松江の駅前には横断歩道が無く、大回りの地下道を通るしかない。しかもこの地下道は地下駐車場の入口を兼ねているので、地下道なのに横断歩道がある。しかも入口は階段、歩行者に優しくない。
宍道湖の夕日を見るのは明日の予定であったが、時間があるので今日も行ってみる。寒いので、用意してきた防寒用下着を着込む。夕日の名所は県立美術館で、貝をイメージしたような斬新な建物だ。展示室の先に(つまり、有料)展望テラスがあるが、行ってみたものの今の時期は太陽の位置と合わず、かえって見通しが悪い。宍道湖湖畔で待つことにする。09111945a


宍道湖半には「宍道湖うさぎ」の銅像があるが、この前から2番目の像は縁結びに御利益があるとか。この像にお祈りしている女性を見かける。今日は曇で、雨が落ちていないだけ幸いと言うくらいの天気だ。しかし西側には雲の切れ目があり、時々太陽が顔を出す。太陽が山際に消える寸前にも一旦顔を出したので、かろうじてきれいな夕日を見ることができた。後日談になるが翌日は全く夕日は見えず、予定にない行動を取ったのが大正解であった。09111951a


さて夕食であるが、同じ山陰でありながら松江は文化の街で、食い物には縁がない。名物の食べ物というと、シジミしかないと言って良い。食は鳥取で、鳥取行きのグルメツアーの募集などもやっている。仕方がないので駅前の一畑百貨店(いちばたと発音する)の食堂に上がり、広島産の牡蛎フライを食べる。ちゃんとシジミの味噌汁が付いてきた。

松江泊。
(つづく)

2009/12/19

神在月の国へ(3)

2009年11月19日(木)

昨日の雨はすっかり上がった。駅前のバス停に行く前に、昨日地図で見つけた鉄道記念物公園というところに寄ってみる。信号梃子など周辺物の展示で、車両はない。駅前には当然、大黒様と因幡の白兎の銅像。ここは神話の国である。09111905a


鳥取と言えばまず砂丘、駅前からバスに乗る。偶然にすぐあったものの、時間帯によっては1時間も間隔が開く。鳥取市内から砂丘、つまり海岸に出るには、一旦山越えをする形になる。今はトンネルで抜けるが、気候的には山に遮られた盆地性気候なのであろう。熊本と同じで、夏は暑いのかも知れない。09111909a

砂丘に着いた。さすがに大きい。これでも昔に比べるとずいぶん小さくなったのだそうだ。朝早いのでまだ観光客少なく、ゆっくり歩ける。昨日の雨で砂が締まり、歩きやすい。雨が上がったので、観光用のラクダも出ている。実に様になる風景だ。09111911a
見ているとラクダは背が高く、歩くときによく揺れ、乗っているのは大変そうだ。海岸は少し風があり、白波が立っている。しかし雨が降らなくて良かった。09111912a


砂丘に隣接した砂の美術館に行ってみる。砂の彫刻だが、見事なものだ。現在のテーマはハプスブルク家時代のウィーン、マリア・テレジア女帝と少年モーツァルトの時代だ。09111921a
ちゃんとヴァイオリンとヴィオラが作り分けられている。主要展示には屋根があるので昨日の雨の影響はなかったが、屋外展示は雨で一部が崩れている。砂の美術館の「砂の彫刻」は砂を押し固めただけで接着剤などは使用していないので、仕方がないのであろう。09111930a


鳥取市内に戻り、庭園の美しい仁風閣に行く。途中に「ふるさと」作曲者の岡野禎一氏の記念碑があり、ボタンを押すと曲が流れる。押してみたら、結構音量が大きい。回りに家がないので良いのだろう。09111933a

仁風閣は、皇太子時代の大正天皇の山陰行幸時の宿舎として建てられた、旧鳥取藩主池田侯爵の別邸である。ルネサンス式の西洋館だが、白壁で実に美しい。館内も見学できる。浴室があるが普通の部屋で、バスタブを置いて下からお湯を運び入れたのであろう。庭園も見事だ。館内を見た後、庭の中をゆっくり回る。紅葉には少し早いが、手入れが行き届き、きれいな庭だ。09111932a


鳥取はこれで終わり、松江に向かう。
(つづく)

PS.すべての写真は、クリックすると拡大します。

2009/12/14

神在月の国へ(2)

2009年11月18日(水)(つづき)

鳥取に着き、まずホテルにチェックインして荷物を置いて、街の散策に出かける。どこかへ出かける時間はなく、しかも雨なので、ぶらりと街を回る程度である。紅葉にはもう遅いかと思っていたが、銀杏がきれいだ。県庁所在地とは言え小さな街で、駅前を歩いてもたかが知れている。民芸美術館は、古いレンガ造りの建物だ。09111805a


街の表示は、日、英、韓の3カ国語である。熊本にいる頃、夜は中国のラジオ放送ががんがん入ってくるし、中国は隣の国であった。北九州は韓国は近く、JR九州が日英韓中4カ国語の表記/車内放送を始めたのも、地理的に当然と言えば当然だ。鳥取/島根の隣国は韓国である。まあ新羅から国を切り取って引っ張ってきた神話がある国だから、人の移住もかなりあったはずである。それも何次にもわたっているはずだ。これが同じ日本海側でも富山になると隣国はロシアになるので、面白い。ちなみに東京の隣国はアメリカで、こういう感覚は実際にその場所に行ってみないと分からない。09111807a


その民芸美術館の近くで、ショウウインドウに戦時中のものを色々展示してある文房具屋があった。雑誌など良く残っていたものだ。小生は戦後の生まれなので、こういうものを生で目にしたことはないし、戦後は「戦意高揚」の品物は進駐軍を恐れてほとんど処分されてしまったと聞く。

鳥取の駅前に大丸があり、そこの地下の食料品売り場に行く。旅先でスーパーやデパートの食料品売り場に行くと、東京では珍しいものが「当然」という顔をして並んでいることがあるので、面白い。目方売りの駄菓子(実際は個包装)を見つけた。饅頭や羊羹、さらにはチョコレートなど、色々ある。販売者を見たら「横浜市緑区長津田」、こんな所で会うとは思わなかった。09111808a


鳥取は海産物が豊かである。しかしシーズンは、モサエビ3月から5月、アゴ(トビウオ)と岩ガキは5月から8月で、食べ物が目当てなら5月にくるべきだった。冬の名物はカニだが、カニには少し早い。夕食はモサエビ丼にした。冷凍物かも知れないが。
鳥取泊。

(つづく)

2009/12/13

神在月の国へ(1)

定年退職の時のもらった旅行券がまだ半分以上残っており、会社からは今年中に使えと言ってきた。しかし一緒に休暇をくれるわけではないので、何となく延び延びに今まで来てしまった。さてどこへ行こうかということだが、国内はあちこち旅行しているもののカミさんは山陰がまるで抜けており、小生も学生時代に各駅停車で1回通っただけなので、鳥取、松江、出雲と組み合わせ、最後は岡山によってドラ息子の様子を見てくることにした。もっと暖かいかと思っていたが寒波が来てしまい、防寒用品を詰め込んでの出発となった。

2009年11月18日(水)
飛行機嫌いのカミさんと一緒なので、新幹線での出発である。予約はN700系を選んだ。やはりN700系が一番揺れない。ただ揺れないためにすれ違い時のショックはかえって大きく感じるようで、「N700が一番揺れる」と言っている人がいるのには驚いた。前日は会社なので、新横浜を11時すぎに出る遅い出発である。それでも明るいうちに鳥取に着いてしまうので、ずいぶん早くなった。09111801a

広島行きののぞみ109号は満席、平日なので、ビジネスマンが多い。とは言え隣の並びの3人ずれは、「広島のグルメ」のパンフレットを見ている。昨日の雨はすっかり上がったが、さすがに富士山は見えない。静岡あたりからは、晴れてくる。09111802a


新大阪を過ぎると、かなり空いてくる。こののぞみは、数少ない姫路停車ののぞみだ。鳥取へは姫路から智頭急行経由で入る。今回は非鉄旅行と言いながら、しっかり押さえる路線は押さえている。
スーパーはくとの車両は智頭急行のHOT7000系、制御付き振り子を装備した高性能気動車だ。車内は木を多用してすっきりしている。最近は木材に防燃加工して内装に使う例が多くなった。照明は半間接照明、シートもなかなか良い。いかんせん平日ということもあり、お客さんはまばら。09111803a


上郡で車掌が(おそらく運転士も)交代し、智頭急行線に入る。ここから振り子を作用させ、車体を傾けながら飛ばす。線路が良く、揺れは少ない。トンネルに入るとき、気圧の変化で窓がたわむ。車内アナウンスのチャイムのメロディーは故郷(うさぎ追いし)であるが、これは作曲者の岡野貞一氏が鳥取市の出身だからであろう。佐用でJR西日本の車両を使った岡山行き特急「いなば」とすれ違う。姫新線経由かと思ったら、智頭急行経由で上郡から山陽本線を走るコースであった。09111804a


大原に車両基地がある。ここはかつての宿場町で、通過した一つ手前の駅が「宮本武蔵」、旧宮本村である。ご存じ宮本武蔵生誕の地で、終焉の地熊本には「武蔵塚」駅がある。ここは岡山県で、いつの間にか兵庫県から岡山県に入っている。岡山県はかすめるだけで、長い志戸坂トンネルで県境を抜け、鳥取県に入る。県境が分水嶺になっているようだ。トンネルに入る前は日が差していたのに、トンネルを抜けると雨、ここは山陰である。

智頭駅到着、信号が雪国仕様だ。智頭急行線はここで終わりここから因美線になるが、とたんに線路が悪くなる。激しく上下に揺れ、しかもロングレールでないので走行音もやかましい。沿線に柿畑がある。柿の木というのは民家の横にぽつんと立っているというイメージがあったが、農産物となると畑になる。当たり前の話だが、柿畑というのは初めて見た。花御所柿というブランドらしい。雨の中で、鳥取に着いた。

(つづく)

2009/12/12

グリーン車のスイカシステムの誤動作

2009年12月12日

先日群馬での会議は午前中で終わり、横浜に戻るためにいつもより早い湘南新宿ラインに乗りました。2時間以上乗るのでグリーン車で、いつもは渋谷で降りるのですが、会社に戻るために横浜までです。渋谷までも横浜までも、値段は同じです。
湘南新宿ラインのグリーン車は、ご存じの方も多いと思いますがスイカシステムで、座席の上のセンサーにスイカグリーン券をタッチすればランプが緑に変わります。これは下車駅(グリーン券の行き先)でドアが開いた瞬間に赤に変わります。

渋谷で前の2人連れが降りました。一杯に倒したシートを戻さずに降りたので、何とはなしに座席上の緑のランプを見ていたら、前の2つが赤に変わったと同時に小生の席も赤に変わりました。いつも渋谷まで買っていたので、今日も無意識に渋谷のボタンを押してしまったのだと、その時は思っていました。ところがアテンダントが来てスイカを見てもらったら、ちゃんと横浜までになっていると言います。そしてそのままセンサーにタッチしたら、何事もなかったように緑に変わりました。こんなことは初めてです。

前の2つが赤に変わるとき、ノイズが乗って小生の席も一緒に赤になってしまったのだと思います。ただし「横浜まで」という情報はグリーン車の方ではなく小生の持っているスイカの方に記憶されていますので(だから途中での乗換が自由にできます)、ノイズで緑が赤になろうと、実害は全くありません。そのため、多分分かっていて手を打たないのだと思いますし、よけいな対策をする必要もないと思います。しかし、びっくりしました。

2009/12/06

坂の上の雲と三角西港

2009年12月6日

今年はNHKの大河ドラマが11月で終わり、12月は「スペシャルドラマ」なるものが放映されています。このスペシャルドラマ坂の上の雲、小生も見始めました。ただ1回が1時間半と長く教育テレビのN響アワーとかぶってしまうので、前半は生で見て、後半は録画したものを一週間遅れで見ています。072506


さて昨日やっと先週のもの(第1回)を見たのですが、最後の撮影協力のところに宇城市と熊本大学吹奏楽部というのが出てきて、「あれ」と思いました。もう一度戻して見てみると、横浜港(外人居留地)のシーンの海岸の石垣は、三角西港のものです。09120603
その後調べてみると、5月28日と29日に三角でロケをしたことが分かりました。そして演奏していた軍楽隊が、熊大吹奏楽部でした。小生が三角に行ったのは4月でしたが、その時はそんな気配は全くありませんでした。もっとも、西港には行っていませんが。09120602


三角西港は1887年(明治20年)の開港で、福井県の三国港、宮城県の野蒜高とともに、明治の3大築港と呼ばれています。しかし鉄道が三角東港の方に開通したため西港は寂れ、そのまま時代から取り残されてしまいました。しかしそのために明治の石垣積みがそのまま残り、明治の3大築港の中で現存するのは三角西港だけになっています。09120601


ロケには、復元された浦島屋も使われています。小生が撮った写真と、見比べてみて下さい。
三角西港は現在産交バスの天草(本渡)行きの快速バスが停車し、しかも30分おきにあるので、昔より便利になっています。

2009/12/05

モバイルSuica特急券と大人の休日切符

2009年12月5日

先日携帯をウィルコムから普通の携帯(AU)に変えてからいろいろな機能を使っていますが、今度は「モバイルSuica特急券」なるものを初めて使いました。事の起こりは群馬に出張の時で、翌日に工場見学に行く予定は入っていたのですが、その場所は不明でした。ところが移動中の携帯に電話が入り、場所は福島と言ってきました。群馬の工場についてメールを確認すると、列車が指定してあります。その日は忘年会で帰りに切符を買う時間はなく、翌日の当日買いで満席の場合は代替手段がないので、余裕を持って1本早い列車に間に合うように行かなければなりません。そこでごそごそと携帯電話で特急券をあさり始めました。

モバイルSuicaの設定は以前終わっているので、そのまま特急券の購入サイトに行けます。説明を見ると、指定席は約7%引きのようです。ところが乗車券と特急券はセットになっており、東京駅までは別料金です。そこで考えたのが、「大人の休日」切符とどちらが安いかと言うことです。料金の一覧を書くと、東京-福島間は普通車指定席で乗車券特急券込みで、8700円です。これが大人の休日切符だとその5%引きで8265円になります。モバイルSuica特急券だとこれが8000円になりますが、これに東京駅までの運賃が加わり、小生は大井町からJRに入るので160円を加え、8160円ということになります。結局大人の休日切符より105円安くなりました。ただしこれは大井町からの計算で、大人の休日切符だと東京都区内発ですから、蒲田発だと逆転しているかもしれません。

結局その日は往復ともモバイルSuica特急券を使いました。切符を購入し、乗る前には「受け取り」という操作が必要です。購入は何枚でもできますが受け取りは1枚だけのため、複数枚購入した場合は次に乗る切符だけを受け取る必要があります。ただ受け取っても画面には何も表示されず、座席番号などは購入履歴で確認するしかありませんから、実際に乗って降りるまで、ものすごく不安です。JR東管内は自動改札で入場した人に対しては検札はありませんので、検札で画面を出すことはありませんでした。

このモバイルSuica特急券、自由席も指定席も値段は同じです。そのため自由席では普通の切符よりは安いですが、大人の休日切符よりは高くなります。これはJR東海のEXICも同じようで、新横浜-東京間の自由席は安くなりません。小生は群馬に朝早い特は新横浜から高崎まで自腹で新幹線を使っていますが、これは大人の休日切符と普通の紙の切符を組み合わせた方が良さそうです。

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