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2009/10/05

「大人の休日」撮影旅行記(5)

2009年9月6日(つづき)

来た時と同様、キハ40の単行で函館に戻る。ところが今度は部活の高校生で満員、仁山の引き上げ線をじっくり見ようと思ったが、右側の席には座れなかった。仁山のトンネルを過ぎると天気は一転して晴れ、やはり山一つ隔てると、天気は全く変わってしまう。まあいきなり来ていきなり良い写真が撮れたら、苦労はない。途中の渡島大野には北海道新幹線の車両基地を建設中、どうやらこのあたりに新函館駅ができるようだ。函館からずいぶん離れている。Dscf2428a


函館駅でちょうど出発するスーパー白鳥がいたので、789系というよりJR北海道のドア操作方法を見てみた。車掌が乗務するのは2号車のドアのある車掌台で、ホームに降りたままドア操作、ドアが閉じたことを確認して列車に乗り込み、車掌台のドアは開けたままで発車合図をする。そしてドアは開けたままホームの監視を続けるので、東京近郊の私鉄でいえば京浜急行と同じやり方である。小生はこれが一番乗客の安全性が高いと思っている。東京近郊のJRの、発車合図無しで発車するやり方は、何とかならないものか。Dscf2429a


函館で昼食を取り、摩周丸へ向かう。乗る列車は15時42分発の白鳥30号なのでもう少し大沼にいても良かったのだが、摩周丸を見るために少し早く戻ってきた。なお今日の午後の上り白鳥は、全列車満席である。Dscf2430a

青函連絡船に乗ったのは40年前の1往復だけであるが、それでも今となっては乗った経験は貴重である。その時に乗った羊蹄丸は、現在青森に係船されている。摩周丸は、残念ながら車両甲板には入れない。鉄道連絡線への貨車の積み込みと引き出しは、船と連携した独特の技術を要するが、その技術も忘れられている。ただもう必要とされることもあるまい。その当時乗った1等指定席(1等自由席と指定席では、同じ1等でも席が違う)も再現されている。その当時は読書灯はなかったように思う。Dscf2434a
座ってみて広いシートピッチに、当時のことを思い出す。往復とも出航前に寝てしまい、起きたのは接岸のショックでだった。操舵室にも行ってみる。操舵輪はいわゆるパワステなので小さいが、自動車のように斜めに付いている。小型船なら見たことがあるが、大型船で自動車タイプの操舵輪は、初めて見た。Dscf2435a


ビール(キリン淡麗生グリーンラベル)とおみやげを買って白鳥30号に乗り込む。ビールはもちろん千歳工場製だ。同じホームの向かい側に、函館からの北斗が到着する。函館では札幌から本州方面への乗り継ぎが同一ホームでできるように考慮されている。やがて発車、海峡線には何回も乗ったが、函館側から青函トンネルを通過するのは初めてだ。沿線にいかにも北海道らしい家が多いが、「北海道らしい」と感じる要因を調べてみたところ、雨樋がないことと、石(またはコンクリート)造りの煙突があることだと分かった。Dscf2437a
青森側に入ると雨樋のない家はあるが、石造りの煙突は姿を消す。また本州の雪国に多い屋根の雪止めは、北海道にはない。木古内で左側に松前線の跡があるのに気がつく。青函トンネルを抜けると、雨がぽつぽつ落ち始めた。Dscf2440a

青森で意外なことの半分近くの乗客が降り、また同数乗り込んできて満席になる。789系が自慢の快足を披露できるのは、青函トンネル内と青森-八戸間だけである。八戸での乗り換え時に弁当を買う。また八戸での弁当になってしまった。この後はやてを大宮で降り、明日の会議のためあさまに乗り換えて高崎に向かうことになる。

(完)

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